琵琶湖・田子の浦の戦い~栃木の苺は琵琶湖で待つ

    作者:邦見健吾

    「まずは伏見城の戦い、お疲れ様でした。今回の勝利により、天海大僧正は安土城怪人に総攻撃を仕掛けようとしています」
     すでに琵琶湖では両勢力の睨み合いが始まっている、と冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は言う。
     天海大僧正からは、後方から安土城怪人の本拠地を攻撃してほしいと要請が来ている。しかし時を同じくして、別の場所で大きな事件が起ころうとしているのを予知した。
    「以前から行方不明だった軍艦島が現れ、田子の浦から上陸しようとしているのです」
     ご当地幹部であるザ・グレート定礎が安土城怪人と通じているか、あるいは予知能力を持つとされるうずめ様の導きか……ともかくこのタイミングを狙ってきたのは間違いないだろう。
    「もし琵琶湖での戦いで大きな勝利を上げれば、安土城怪人の勢力を壊滅させることも可能です」
     しかし琵琶湖の戦いに敗北すれば、天海大僧正の勢力が壊滅する危険がある。それ自体は問題でないかもしれないが、協定を反故にすることで他の勢力との交渉に悪影響が出るかもしれない。
    「また田子の浦の戦いで圧勝できれば、上陸しようとする軍艦島にこちらから侵攻して壊滅させられるかもしれません」
     逆に敗北した場合、軍艦島の勢力が白の王に合流する可能性が高くなる。軍艦島勢力は規模は大きくないものの有力なダークネスが多くおり、たいして白の王の勢力は大きな戦力に対して将が少ない。この2つの勢力が合流すれば強大なダークネス勢力になると予想される。
     戦力を2つに分けた場合、両方で勝つ可能性もあるが、両方と敗北することも想定でき、リターンもリスクも大きい。どのような結果になったとしても、この戦いが今後の情勢に大きな影響を与えるはずだ。
    「どのような選択をしようと、何らかの形で結果は残ります。……悔いのないよう決断してください」
     そして蕗子は敵の戦力を説明すると静かに灼滅者を見つめ、選択を委ねた。


    参加者
    東当・悟(の身長はプラス八センチ・d00662)
    七瀬・遊(烈火戦刃・d00822)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    桜木・心日(くるきらり・d18819)
    高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)
    ヴィンツェンツ・アルファー(機能不全・d21004)
    ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)
    土也・王求(天動説・d30636)

    ■リプレイ

    ●立ちふさがるは栃木の苺
     天海大僧正の軍が正面で激戦を繰り広げる中、武蔵坂の灼滅者達は背面から安土城怪人の軍勢に強襲をかける。様々な陣営を取り込んだ安土城怪人の勢力は強大だが、灼滅者の力が加われば勝利もぐっと近づくだろう。
    「久しぶりやないか、苺。俺の家の隣に住む気になったか?」
    「はっ、戯言を!」
     一気呵成に攻め込む灼滅者達の前に立ちはだかったのは、かつて東当・悟(の身長はプラス八センチ・d00662)とも戦ったことのある栃木いちご怪人3号。新たな姿に生まれ変わったいちご怪人は同胞の仇を討とうと並々ならぬ闘気をみなぎらせている。
    「そうか、ほな討つしかあらへんな!」
    「それはこちらのセリフだ! 1号、2号、そしてナースさんの仇を取らせてもらう!」
     悟は弾丸のように飛び出して槍を一閃、足を切り裂くが、怪人に動じる様子はなかった。
    「悟も俺も去年とは違う。さあ、仲間の苺の所へ送ってあげます」
     妖気を帯びた槍を携え、若宮・想希(希望を想う・d01722)が続く。踏み込むと同時に真っ直ぐ槍を突き出し、螺旋描く一撃を繰り出した。
    「ここがお前の墓場だ」
     ヴァーリ・マニャーキン(本人は崇田愛莉と自称・d27995)の体に巻き付いたダイダロスベルトがほどけ、矢のように宙を貫いて突き刺さる。ウイングキャットのカイリは敵の足を鈍らせようと尻尾を振って魔法を発動した。
     他のところでも仲間が安土城怪人の配下と戦っており、まずはいちご怪人を倒すことに全力を注ぐ。
    「今がいちごが一番良い時期なのになー。3号さんさぁ、何でこんなトコにいんの?」
    「知れたこと。仲間の仇を取るため、そして仲間の夢を叶えるためだ! そのために貴様らとの戦いは避けて通れんのだ!」
     同じく栃木をご当地とする高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)がどこか残念そうな声で尋ねると、いちご怪人は胸を張って答える。
    「ま、そっちにゃそっちの都合があるか。それじゃ、全力のいちごパワーぶつけ合おうぜ!」
    「そちらにも話の分かる奴がいるようだな……受けて立つ!」
    「いちごグランデダイナミック!」
    「栃木いちごダイナミック!」
     栃木のいちごの力を纏った2人がぶつかり合い、全力で激突する。瞬間、赤い光が弾け散っていちごの甘酸っぱい香りが周囲に漂った。
    「栃木いちごぉっ! フラァーーーッシュ!!」
    「させないよ」
     いちご怪人が空中にジャンプすると、全身のいちごアーマーが発光して光線が灼滅者に降り注ぐが、ヴィンツェンツ・アルファー(機能不全・d21004)とそのビハインド・エスツェットが身を盾にして後衛への攻撃を受け止めた。ヴィンツェンツ自身はダークネス同士の争いに加担する気はないが、親友のために今回は援護に徹する。
    (「目の前の事に集中しなきゃね……。ここで失敗したら終わりだもん」)
     桜木・心日(くるきらり・d18819)は幼い顔を引き締め、真剣な面持ちで戦場を見据える。ヴィンツェンツがダメージを受けていることを確認すると霊力を送り込んで傷を癒した。一度取り逃がしたいちご怪人を見つけられたのは嬉しいが、本来の目的は安土城怪人勢力の撃破。ここでつまずくわけにはいかない。
    (「戦争は嫌い。たくさんの者がぶつかり合うのは辛いし………怖い」)
     竦みそうになる体と心を奮い立たせ、土也・王求(天動説・d30636)は怪人に立ち向かう。怖くても戦わなくてはならない、なぜなら王求はヒーローだから。エアシューズで疾走して迫り、炎を纏うローラーで蹴り上げた。
    「ドンドンいくぜ! こんなところで止まってられないからな!」
     七瀬・遊(烈火戦刃・d00822)は槍を横薙ぎに振るい、妖気を氷柱に変えて撃ち出す。鋭く尖った氷の棘が突き刺さり、アーマーが凍り付いてひび割れた。

    ●3号、墜つ
    「1年どないしてたんや。俺はおまえを倒すために力と技を磨いとったで!」
    「決まっている、強くなろうと努力した。そして俺は強くなった!」
     悟が至近距離から槍を突き出すが、いちご怪人は肩のアーマーを盾にして巧妙に刺突を受け流す。
    「栃木いちご……インパクトッ!」
    「ぐっ……やるやないか!」
     いちご怪人の右腕に全身のアーマーが集まって巨大ないちごを形作る。高速回転するいちごはドリルと化し、強烈な一撃を受けた悟が痛みに顔を歪めた。
    (「あの時は逃げられたけど、今度こそ逃がさない……!」)
     心日はダイダロスベルトを伸ばし、悟を包み込んでダメージを回復。ずっと探していたいちご怪人を逃すまいと、今はサポートに専念して戦線を支える。
    「俺の栃木パワーを見せてやる!」
     麦が矢のように素早く駆けて螺旋渦巻く槍を突き立てると、鋭い切っ先がアーマーの隙間に刺さって斬り抉る。続けてヴィンツェンツが迫り、エスツェットの一閃とともに白光纏う剣を振り抜いた。
    (「周囲は……大丈夫じゃな」)
     王求は周りをさっと見回し、割り込んでくる敵がいないことを確認して縛霊手を振りかぶる。そのまま力任せに拳を叩き付け、同時に霊力の網を放った。
    「くっ……まだだ! まだ戦える! 今度こそ同朋を、仲間を守ってみせる!」
     1年前は3人がかりでも敗れたことを思えばいちご怪人は間違いなく強くなった。けれど以前より強くなったのは灼滅者も同じ。連続攻撃で確実に怪人を追い詰めていく。
    「栃木いちごぉ……キィィィィック!!」
    「やらせねえ!」
     いちご怪人は状況を好転させようと前衛の灼滅者を仕留めにかかるが、遊が咄嗟に飛び出して代わりに受け止める。踏ん張って押し返し、掌から噴き出した炎をギターに宿して逆袈裟に振り上げた。
    「逃がした苺は大きかったって奴でしょうか。でもここで決着つけますよ」
     想希は傷つきながらも冷静な態度を崩さず、ロッドを構えて側面から接近する。魔力を込めた一撃を見舞い、打撃と同時に魔力を解き放って体内に注ぎ込んだ。
    「熟れた実は俺が食らい尽くしたる。種も残さず全部や!」
    「うっ……!」
     さらに悟がオーラを帯びた拳を連続で打ち付け、いちご怪人が耐えきれず吹き飛ばされる。
    「ここで負けるわけには……うおおおおおおおっ!!」
    「それはこちらも同じだ」
     いちご怪人は全霊を込めて赤い光線を放つが、ヴァーリを倒すには至らない。そして岩塊のごとき鬼の拳がいちご怪人を捉え、胸のアーマーとマスクを砕いた。
    「すまん、1号、2号、ナースさん…………。やっぱり俺は……ダメないちご……だっ、た……」
     かつて散っていった者達に謝りながら倒れる栃木いちご怪人3号。空に向かって手を伸ばそうとするがガクリと力尽き、小さな爆発に包まれて消えた。
    「もっと早く出会えれば俺が……いや、ごめん、元の3人組が一番だよな」
     一瞬だけ目をつむり、溜め息を呑み込む麦。怪人とはいえ栃木を愛する者同士、話せば少しだけでも分かる気がした。だからこそやるせなくて、湖から吹く風が余計に冷たく感じた。

    ●目指すは安土城
     消耗しながらも栃木いちご怪人3号を下した灼滅者達は、途中陣形を入れ替えつつ、軍団を束ねる頭領・安土城怪人を目指して敵軍に切り込んでいく。
    「来たな灼滅者ども! しかし我ら宇都宮餃子怪人がいる限り、安土城怪人様の元には行かせんぞ!」
     待ち受けるのは、他の戦場から移動してきたご当地怪人達。灼滅者にとってもお馴染みとなった餃子頭の怪人がずらりと並んで餃子の匂いのビームを放った。
    「悟、一番槍、競争しません?」
    「おう、負けへんで!」
     想希が呼びかけると、後に続く悟がすぐさま応じて頷く。想希は安土城怪人への道を開こうと赤いオーラを帯びた槍を薙ぎ払い、間髪入れず悟もロッドを振るって打撃を見舞った。
    「悪いけど、そこをどいてもらうぜ」
     麦は再び栃木に縁ある者を前にしてもどかしい思いが湧き上がるが、それでも止まらず走り続ける。麦と足取りを共にしていた影の形が歪み、敵に迫って一閃。刃と化して餃子を断ち切った。
    (「さすがに多いな……」)
     友の道のりを阻む者を退けるべく、ヴィンツェンツは十字架を構えて詠唱とともに砲門を解放。大小無数の光条が迸って敵群を呑み込んだ。
    「ここから先、には……」
    「行かせてもらうよ!」
    「ぐほっ……」
     心日はエアシューズで加速して跳躍し、弱った餃子怪人目掛けて降り落ちる。流星のごとき瞬きを纏って狙い撃ち、直撃した餃子怪人が倒れた。せっかくあと少しまで迫ったこの機、いちご怪人のように逃がしてしまうことは避けたい。
     ヴァーリは仲間の盾になって攻撃を受け止めつつ、ダイダロスベルトで自身を包んで傷を癒し、カイリも尾のリングを光らせて回復に加わる。
    「動きが変わった?」
     しかし見るからに敵の様子がおかしい。灼滅者と積極的に戦うことを避けてどこかへと流れていっているように感じる。つまりこれは、敗走……?
    「年貢の納め時だな、覚悟しな!」
     とうとう安土城怪人を肉眼で捉え、安土城怪人から遠ざかる配下達を押しのけながら駆ける遊。安土城怪人も灼滅者の接近を察したが、しかし動じる気配は微塵もない。
    「まさか、ここで巨大化フードを使わされるとは思わなかったぞ」
    「何じゃと、あれは……!?」
     安土城怪人が取り出したのは一見何の変哲もないチョコレート。驚く王求を尻目に、安土城怪人がチョコレートを口にする。
    「引け! 一旦離れるのじゃ!」
     安土城怪人が食べたのは、かつてご当地怪人が探していた巨大化フード。王求は声を張り上げて仲間に知らせ、自身も急いで走り出す。そして安土城怪人はみるみる内に巨大化し、その名の通り城と化した。

    ●名城の最期
     高くそびえ立つ姿はまさしく城。多くの灼滅者に囲まれようともその覇気に一片の陰りもない。
    「武力で天下統一を成し、ゆくゆくは世界征服を行なう我が野望、ここで潰えさせるわけにはいかぬ」
     安土城怪人が灼滅者を見下ろすと、周囲に天下布武と書かれた旗が大量に現れ、無数の旗から強烈な光線が降り注いだ。
    「ペナント城7件も落とした俺参上ッ! ってな」
     安土城怪人を見上げて今まで攻略した城を思い出す麦。ボロボロになりながらも怯まず、胸に刻んだ怪人達のご当地愛を思い起こしながら槍を振るって氷柱を撃ち出した。
    「ここが頑張りどころだな!」
     遊はギターをかき鳴らし、活力を与える旋律で前に立つ仲間を奮い立たせる。ヴィンツェンツもダイダロスベルトを伸ばして麦を回復させた。
    「お主を倒せば、妾らの勝ちじゃ……!」
     王求はエアシューズで助走を付けると高く跳び、安土城怪人に縛霊手を突き出す。鋭い爪を深く突き立て、壁を斬り抉った。
    「全ての銃口がお前達を向いているぞ。怖かろう?」
     安土城怪人の周囲に浮かんだ三千丁の火縄銃の幻影は、歴史に伝え聞く長篠の戦いを思わせる。次々と砲火が放たれ、数千の弾丸が後衛に立つ灼滅者を襲った。
    「それくらいでビビっとったら灼滅者できんわ! で、お前は戦国時代の誰なんや? ……って聞こえとらんな」
     悟は砲撃を受けて満身創痍に近づきつつも不敵な笑みで強がり、ロッドを足に打ち込むと同時に魔力を注ぎ込む。
    (「会って戦ってみたかった。たとえ歴史上のあの人とは違うにしても」)
     安土城の名を聞いて日本の歴史上でも有名なあの武将を思い出すのは想希だけではないだろう。京都のお返しにと、悟とタイミングを合わせてフォースブレイクを繰り出した。
    「まだだ、まだ倒れぬ。我が愛しき部下達が逃げ延びるまで、我は倒れるわけにはいかぬのだ」
     途中グレイズモンキーにも撤退を命じつつ、天下布武ビームと三千丁火縄銃ダイナミックで猛威を振るう安土城怪人。傷付いても自身のサイキックエナジーを活性化させ、堂々と立ち続ける。
    「はぁ、みんな、頑張って……!」
     心日は額から血を流し意識が朦朧としながらも、霊力を送り込んで仲間を優先して回復させる。ここが正念場と、意志の力を足に込めて踏ん張った。
    「私はまだやれるぞ」
     ヴァーリは城の外壁目掛けて槍を突き出し、虚空を貫いた穂先から妖気が凍結した氷柱が飛び出した。安土城怪人の攻撃でカイリを失ったが、その分まで攻撃する。
    「お前が目的とする『たったひとつのシンプルなもの』って何だ?」
     以前バベルの鎖が見せたヴィジョンの中で安土城怪人がそう言っていたが、あらゆるダークネスが賛同を示すなんてありえないと遊は思う。仲間を治癒しながら尋ねてみるが、多くの灼滅者と戦う安土城怪人にはその声は届かなかった。
    「これが三段撃ち三段目。この銃撃を耐えられたならば、お前達の勝ちだ」
     三度火縄銃の幻影が現れ、弾丸の雨が容赦なく降り注ぐ。破壊の嵐が灼滅者を呑み込み、その暴威に力尽きた者が膝を付いた。
     だが――、
    「ならば、私達の勝利だ……!」
     土煙の中からヴァーリが飛び出し、鬼の拳を叩き付ける。続けて心日が星のように降り落ちて飛び蹴りを見舞い、王求が烈火を帯びたローラーをシューズごとぶつけた。
     そう、灼滅者は安土城怪人の猛攻を耐えたのだ。ならば結末は1つ。
    「二条!! 大麦!!」
     安土城怪人の足にしがみつき、全身全霊を込める麦。怪人達がご当地を愛していることを麦は知っている。でも麦だってご当地を愛している。だから、負けるわけにはいかない!
    「ダイナァッ、ミィーーーーーック!!!」
     渾身の力で安土城怪人の巨体をひっくり返し、城が倒れていく。そして安土城怪人が地面に激突した瞬間、響く轟音とともに麦色の大爆発が起こった。
    「はぁ、はぁ……はあぁ……んんっ」
     安土城怪人は地面に沈んだまま動かない。麦は勝鬨を上げる余裕もなく地面に倒れ、代わりに青い空に向かって腕を突き上げると、それが勝利を宣言する旗印となった。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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