琵琶湖・田子の浦の戦い~不和の林檎

    作者:菖蒲

    ●introduction
     教室に集まった灼滅者達を見回した不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は硬い表情の侭、「お疲れ様なの」と告げた。
     伏見城の戦いは無事に勝利を得る事が出来た。それは、灼滅者達の紛れもない戦果である。しかし、事態は急速に動き出した――スナノオ壬生狼組の被害が少なかったこともあり、天海大僧正は、全軍を琵琶湖へと向かわせているようだ。
    「安土城怪人と、天海大僧正が決戦を行おうとしてるの。琵琶湖大橋では両勢力のダークネスの小競り合いも起きてるみたい。
     それから、要請が入ってて……琵琶湖大橋の戦線を膠着させてる間に、安土城怪人の本拠地を攻撃して欲しいらしいの。協定に沿ったものだし、問題は無いけど――でも」
     でも、と戸惑いを浮かべる金の瞳は『静岡県沖に軍艦島が出現した』と告げる時に伏せられる。
    「田子の浦の海岸に上陸しようとしてるの。ええと、由々しき事態なの。
     日本のご当地幹部であるザ・グレート定礎が、安土城怪人勢力と連携して作戦を練ったって想定されてるのよ」
     ――あるいは、エクスブレインの予知と別系統の予知能力を持つ『刺青羅刹・うずめ様』による作戦かもしれない。どちらも放置しておく訳にはいかない。
     だからこそ、選択を願わねばならないのだ。非力なエクスブレインにとって『何を優先すべきか』の判断を委ねるのは心苦しい。しかし、灼滅者が向かわねば『被害』の可能性も大きい。
    「……マナは琵琶湖の戦いも、軍艦島の戦いも、大切だと思う。
     でも、身体は1つしかないから、どちらに向かうかは皆に――委ねるの。身勝手で、ごめんね。大事な選択を任せて、ごめんね。
     ……どちらが正しいかわからない。でも、いかなくちゃ、だめなの」
     だから――皆の意思で、どちらに参加するか選んで欲しい。
     
    ●『選択肢』
     琵琶湖の戦いに大勝利すれば安土城怪人の勢力を壊滅させることが可能となる。
     逆に、琵琶湖の戦いに敗北すれば、天海大僧正の軍勢は壊滅する。天海大僧正勢力が壊滅する事は『現時点』では致命的な問題では無い――しかし、それはダークネスとの協定を武蔵坂が反故にし見殺しにしたと見られかねない。
    「今後、ダークネス勢力と交渉があった時に悪影響を与えるかもしれないの。
     ……それから、もう一方は、田子の浦の戦いなのね」
     田子の浦の戦いに大勝利すれば、上陸しようとする軍艦島に逆進行し、軍艦島勢力を壊滅させることが出来るかもしれない。逆に、田子の浦の戦いに敗北すれば白の王勢力に合流する可能性が高くなる――軍艦島勢力は勢力規模として大きくは無い。だが、有力なダークネスの参戦が確認されている。
    「ぐんかんじま勢力と、戦力は大きいけど有望株が少ない白の王勢力が合流したら、強大なダークネス組織の誕生を意味することになるのね」
     阻止できるなら、阻止して欲しい。
     けれど。
     けれど――戦力を二分し、双方での『勝利』と『敗北』の可能性がある。リスクがある事は十二分に理解している。今後の情勢に大きな影響を与えることも重々に承知している。
     真鶴は、唇を震わせて灼滅者を見回した。
    「両方で勝てる可能性も、敗北もある。それはね、大きなリスクなの」
     良くよく理解していると、瞬く真鶴はそれでもと灼滅者を送り出す勇気を唇に乗せる。
    「マナは、どちらが正しいかわからないし。どちらも正しくない訳じゃないと思う……送り出すのが、不安なの。だって、リスクがあるなら、マナは皆が幸せであって欲しいの。でもね、でも……力を貸して欲しいの。
     選ぶことは、大きな勇気が必要だし――『ハッピーエンド』に向かう為には必要不可欠なの」
     身勝手な話しを聞いてくれてありがとうと付け足した真鶴は灼滅者へと視線をくべる。
    「どちらで戦うかは皆次第。でも」
     ――でも、無事に帰ってきて欲しい。そう祈るのは間違いでは無い筈だから。
     だから、『ハッピーエンド』の為に、君を送り出す。


    参加者
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    柴・観月(あまほしの歌・d12748)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)
    磯貝・あさり(海の守り手・d20026)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    リュカ・メルツァー(光の境界・d32148)

    ■リプレイ


     鬨の声を上げよ。巨濤に飲み込まれぬ様に、強くその地を踏みしめよ。
     田子の浦は東京の寒々しさに比べれば幾分か和らいでいて。悴む指先はそれでもなお冬を感じるかのように赤く色づいていた。 
    「成程ね……」
     逆境ほど燃え上がる――それは不謹慎だろうかと古賀・聡士(月痕・d05138)の唇へと浅い笑みが浮かぶ。無線機を手にした彼は「包囲されないようにね」と囁きかける。どうやら、他班も『軍艦島』の存在を発見したようだった。
     琵琶湖と田子の浦。双方へと赴く為に戦力を分断せざるおえなかった武蔵坂学園。田子の浦へと奇襲を仕掛けた軍艦島勢力に比べれば武蔵坂の灼滅者達は一見して劣勢だ。
    「――可能な限り敵勢力を潰しておきたいよねぇ……」
    「それに、楽しい方がいいよねぇ。ボクは楽しい方が好き、うふっ♪」
     眼前へと現れた刺青羅刹の姿をしかと捕え、舌舐めずりをしたハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)は透けた翠髪を海風に靡かせる。
     パステルブルーの髪に、ギラリと輝く殺意の瞳は射る様に灼滅者を捕えている。迷いを振り払うが如く、帰路を示す夕星がゆらり、ゆらりと鳥辺野・祝(架空線・d23681)の身を守護するが如く纏い付いた。
    「灼滅者よォ」
    「あいたくなかったよ、羅刹」
     ざっくりと肩口で切られた黒髪を撫でた風が先ほどとは違い――鋭さを帯びていると気付かされる。
     背筋に走った悍ましさが軍艦島戦力が揚陸部隊が海岸へと襲い掛かってきたからだ。灼滅者達の戦力が少ない事は十分に理解している。孤立無援とまではいかずとも、状況が芳しくない事を御影・ユキト(幻想語り・d15528)は理解していた。
    「水際で阻止……しなくてはいけないんですね。
     ご当地お城さんと同盟のとこの羅刹さんの戦いは続きますね。ま、目の前の事から片付けなくては」
     額に滲んだ汗をフィンガーグローブで拭った彼女は祝福と契約の顕現を持って、仮初の名を与えられし槍をゆっくりと手にする。怜悧な眸はその色味とは違った好戦的な気配を感じさせていた。
    「防衛を失敗する訳には行きませんから」
    「勝てると思ってンのか」
     くつくつと咽喉を鳴らして笑った男を上から下まで眺めた後、柴・観月(あまほしの歌・d12748)は肩を竦める。はじまるの闇夜が靴先から歩み寄る様にぞろりと立ち昇る――闇に怯えるかの如く、寄り添う淑女は観月の肩をぎゅっと握りしめる。
    「逢ってしまった以上は『勝つ』しかないんだ」
    「そうだ。私達は勝つ以外にセレクトできねーんだよ」
     に、と唇の端から尖った牙を見せたリュカ・メルツァー(光の境界・d32148)が飛びこむ羅刹を受けとめる。高いヒールが地面を蹴って、道化のドレスをふわりと揺らす。
    「海で――勝手は許しません!」
     愛しい潮の香りを受けて、八重歯を見せて笑った磯貝・あさり(海の守り手・d20026)が槍を手に、襲い来るソロモンの悪魔を警戒する。
     螺旋の勢いを持って鋭く穿つその穂先に怯えることなく、臆することなく襲い掛かるその数は――大凡、八。
    『戦闘を始めるよ。こっちは寡兵ではあるけれど、学園灼滅者の絆と底力で頑張ろうね』
     無線機器から聞こえた声に崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)が「幸運を祈るよ!」と力強く声を発する。
     己の位置を正確に把握した彼は別働班の動きを仲間へと伝え眼前の男を見据えた。
    「セイメイの力が増したら多くの人が泣く事になる!」
    「泣き喚けよ――数を見ろよ? 怖気づいちまわねェのか?」
    「僕は、ヒーローだからね」
     ――笑顔を護る為にご当地ヒーローが敗北を許すわけがないだろう?


     青年は、時代錯誤と言う言葉が似合っていた。旧日本軍が如き衣服を着崩し、日本刀を手にした羅刹はその種の名の通り『悪鬼』が如き勢いで灼滅者へと迫りくる。
     彼とすれ違う様に手にしたウロボロスブレイドを大きく振り翳したハレルヤの月色の瞳が煌々と輝き、深い笑みと衝動を乗せる。開いた掌で己が腕を引っ掻き、痛みを執念深く追いもとめる彼女は――言った。
    「全力で遊んでよ? ボクをもっともっと『ヨ』くして!」
     後方から狙いを定めたソロモンの悪魔たちの攻撃に紅き血潮が吹き出ることも厭わずに彼女はへらりと笑う。
     前線に走る殺人鬼を狙うばかりではない。羅刹が刃を一振り翳せば狙いは後方の灼滅者へと移り変わる。
     立った砂埃と共に、捲れ上がった服の裾を正す事無く地面を蹴り飛ばしたユキトが陽の光さえ透ける陶器の如き膚をちらりと見せた。
    「――……此度語るは世にも奇妙な鋏の話、」
    「ハッ、『童話』なんざ聞きたかねェよ!」
     奇譚≪縁切り鋏≫ ――彼女が所有する七不思議がおどろおどろしく宙へと顕現する。
     グローブで包まれた掌に武骨な槍を握りしめ、彼女の唇が悠々と語り続ける。固いアスファルトを蹴り、槍の穂先と日本刀がぶつかり合った鋼の音さえも清廉なる鈴を思わせる。
     しゃん、となったソレと共に後方へと降りたって、体勢を整える彼女の周囲に血潮を滴らせる鋏が姿を顕した。
    「カッコイイね! こっちも負けてられないな」
     葵葉が『時代錯誤』というなれば來鯉の纏ったものも時代錯誤か――旧海軍の軍服の上に選管を模した甲冑を身に纏う。ニシキゴイレッドと姿を変えて、彼は曾祖父の形見をその手に握る。
     守護者として動くソロモンの悪魔を靱やかなスピードで蹴り飛ばし、地面に手を付いたそのままに『ぐるん』と身を反転させる。
    「全力で止めさせて貰うよ!」
     くつくつと咽喉を鳴らして笑ったダークネスを遠巻きに洗練された歌声を響かせるあさりはスタート地点から闇雲に海へと近づく布陣を感じとる。
    (「アメリカンコンドル、アフリカンパンサー、ザ・グレート定礎、うずめ様……」)
     視線は警戒を見せるかのように。安土城怪人やグレイズモンキーの元へ向かった仲間達を心配する様に彼女は深い息を吐く。
    「ガラ開きだぜ」
    「そんな事はありませんよ」
     囁く羅刹の声音にあさりは臆することなく笑みを零す。
     後方へと狙い穿つ羅刹の攻撃へと滑りこんだリュカが「イオ!」と鋭い声で呼び掛ける。
    「ここは戦場だぞ、油断すんなよ?」
     まるで少年の様な口調で笑いかけた彼女が巨大な十字で葵葉の身体を軋ませる。
     地面を叩いたハイヒールがごつんと音を立て、入れ替わるように顔を出した祝が一打深く届ける。
    「私は、誰かが居なくなるのも居なくなられるのも辛い――だから、お前はここで退場だよ」
     指先を銃に見立て、打ち出す弾丸と共に彼女は只、前へ前へと走り往く。
     ソロモンの悪魔たちを崩し、傷つけて。
     灼滅者は己の身を焼かれる感覚を振り払い攻撃を進めてゆく。
     それは、恋い焦がれたお日様を求める様に。御守りを身に付けたユキトがステップを踏み敵を殴り付けた。
     酸素を受けて赤黒く染まった腕をそのままにハレルヤはへらりと笑う。
    「フフッ、もっともっともっともっと、どうしてくれるのォ?
     撲殺、絞殺、刺殺、欧殺、扼殺、轢殺、爆殺射殺、銃殺 惨殺……なんでも嬉しいッ」
     殴って潰してぐちゃぐちゃになって、気分さえも飲み込んで。
     葵葉を圧倒せんと攻撃を仕掛けるハレルヤを援護する様に観月が回復を送る。続き、姿をかき消したソロモンの悪魔の増援が居ないかと警戒するあさりが「敗因がありますよ」と柔らかに微笑んだ。
    「私の攻撃を、見きれなかったからです」
    「なッ――」
     息を飲む。兆弾した攻撃に身を震わせて葵葉の視界が黒く染まってゆく。
     羅刹の青年の元へいの一番に飛び込んだハレルヤは嗤った。
    「キミのいのち、みぃつけたぁ♪」
     突き刺された赤い雨をその身一身に受けとめた來鯉は倒れてゆく羅刹を見据えた。
     誰かの笑みを護るためなのだ。手にした刃をゆっくり下ろし、別れの言葉を口にして。
    「ッ――クソヤロ……」
    「どっちが」
     くすくすと笑った祝の下駄が鳴る。からんころんと子守唄の様に。


     数名の灼滅者が手にした無線機から花守・ましろ (ましゅまろぱんだ・d01240)らによる警戒の情報が滑り込む。
    「軍艦島から有力敵多数出現! え、え、うずめ様もいるよ!」
     眼前に現れし夥しい数の中にうずめ様を始め高名な敵達が存在していたのだ。
     口々に灼滅者達の声が響く。これは――好機だ。それも、予知能力を有し最奥に隠れるうずめ様を狙いにつけられる。
    「了解! 狙いはうずめ様だ」
     無論、聡士達とて此処で引く訳にはいかない。うずめ様の護衛部隊の羅刹達は有無を言わさず攻撃を展開してくるのだから。
     護衛の羅刹を殴り付け、リュカがぎらりと牙を見せる。イオやビハインドのカヴァーも有り、深手を負うまではまだ行かない。
     危機を感じながらも進む灼滅者狙いは『うずめ様』――会いたかったとリュカの唇が彼女を呼んだ。
     他班の攻防を背に受けて、俄然攻勢に転じる灼滅者達には一つの安堵があった。
     それは、深く敵陣へ進攻しても周囲の班が退路を確保しているという証左。此処まで来たならば、苦労はするだろうが、有力なダークネスに一打負わせることなら出来る筈。
     その高揚感がユキトを、來鯉を突き動かした。無線機から伝わる仲間の活躍に安堵を胸に抱いた刹那――
    「ザ・グレート定礎……」
     ぽつりと零した言葉の真意をその場の灼滅者達はよくよく理解していた。
     うずめ様へと放った一撃――彼女を護るべくその姿を灼滅者の前に投じたのだ。巨躯の背後には控える定礎怪人たちが増援として灼滅者へと狙いを付けている。
     眼前の存在をこれ以上相手にし続けるのは『冗談じゃない』と観月は唇で浅く笑う。
    「貧乏くじだよね?」
    「……でも、都合がいいのでは?」
     小さく笑みを零すユキトはゆっくりと槍の穂先をザ・グレート定礎へと向けた。
     人命第一。防衛せよ。
     それこそが彼女らが決めた『戦闘の方針』だった。両の足に力を込めて、からんと下駄を鳴らした祝が黄昏の軌道を作り無線機をあさりへと放り投げた。
    「皆には殿を任せろって伝えてよ。がんばらないといけないっつーなら、がんばるしかないだろ」
     入れ替わりに聞こえた鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247)の撤退の声に祝の表情が強張る。
     不安に押しつぶされそうな胸中でも――海は己のフィールドだと言う様に癒しの歌声を響かせたあさりは彼らが無事に撤退できる様に祈るが如く両の手を組み合わせた。
     宙へと伸びてゆく煙が、闇雲に戦うだけだった灼滅者達に確かな意思を伝えていた。
    『狗神だ。煙幕を使う。利用できるならしてくれ』
     聞こえた声はそう遠くない場所での出来事だ。狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)の連絡を受け、來鯉は森沢・心太(二代目天魁星・d10363)らの班が人工煙を上げた事に気づき、心の中で感謝の念を一つ。
    「退路は不安定か」
     ぽつりと零した観月の声に肩を竦めた聡士が息を吐く。眼前の巨躯に慄く事もなく茫と見上げた観月が小さく呟いた。
     意識し続けた回復。攻撃手を残す様にと庇いを命じたビハインドの姿は掻き消えた。感傷に浸る訳でもない。何時も通り、死ぬまで庇ってと唇に乗せた指示を全うしただけなのだから。
    「有力敵……」
     うずめ様、ザ・グレート定礎。
     確かに彼らは強大な敵だ。遠巻きに見つめた一打に誘われて出てきたのだろう。直ぐ様に撤退を開始した仲間達の退路の為に――誰かが死ぬ危機を回避すべく走り寄ったは彼らの言う『不運』なのかもしれない。
    「ザ・グレート定礎。セイメイとは、合流させな――」
     肩で深い息をした來鯉が言葉を飲み込んだ。
     咄嗟の攻撃に身を交わし、ユキトの呼び声に來鯉が振り仰ぐ。楽しいと嗤声を上げながら敵陣へ身を投じたハレルヤを追い掛けて祝がその信条を胸に飛び込んでゆく。
    「……俺は、狙う気もないけれど、出逢ったなら仕方ないね」
    「狙わない、んですか?」
     柔らかに告げたあさりの言葉に観月は肩を竦める。混戦状態では何処から狙いが飛ぶかは分からない。
     あさりや観月を狙った攻撃をその身に一撃受けとめて、ユキトが振り仰ぐ。
     ビハインドとイオが消えた事は十分な痛手だ。数が、多すぎる。
    「柄じゃないんだよね……。でもさ、君等をほっといたら、人を沢山沢山――すかもしれない」
     なら、俺は――……。


     軋む音がリアリティを伴って響く。攻撃手として動く仲間達の深手を癒す観月の肩を叩いた聡士は嗤った。
     橙石の首飾りが彼の首から落ちてゆく。黒いコートをたなびかせ、その身を投じる様に彼は衝動を漲らせた。
    「軍艦島でこそこそ何かやってたみたいだけど、何してたの? ……まあ応えは期待してないけど」
     グレート定礎は何も言わない。答えない。口を持たぬかのようにうずめ様の守手として駆けつけているのみだ。
     姿を隠したうずめ様を視線で追って、傷の深さに、撤退の困難さに観月は小さく息を付く。
     退路はない、仲間達を救うために囮役を買って出た様なものだ。生命を大事にするという方針が彼らを突き動かしたのだろう。
    「笑い話で、終わらせたかったよ」
     ぐん、と前線へと飛び込む聡士を追い掛ける彼の周囲に深い闇が満ち溢れた。
    「そっか」
     瞬いて、リュカは小さく笑みを零す。閉じた瞼の裏で揺れた大切な彼の笑み。霞んでゆくその先に指切りした約束が掻き消されてゆく。
     無事に帰ろうと、願ったのは誰だったか。
     きっと、この場の誰もが感じた筈だった。走り寄るダークネスを蹴り飛ばす。宙をぐんと舞うリュカは瞳を伏せた。
    「待って――」
     いかないで、死なないで。
     取りこぼさぬ様にと武器を握りしめ、寂しがり屋は手を伸ばす。
     祝の方を掴んだあさりが「今は、今は駄目なんです」と青い顔をして首を振る。此処は引かなければと前線を掻き分けるユキトが「急いで」と普段の怜悧な声音の侭で告げた。
     傷だらけ、ハレルヤに抱えられた來鯉は霞む視界で確かに捉える。
     前線を翻弄し暴れ回った聡士の血潮に飢えた瞳を。
     憂いを乗せて、怜悧な眸を揺らした観月の首筋をそっと抱いた『彼女』の姿を。
     そして、退路の確保にその身を投じたリュカの後ろ姿。
     退路を切り開いた三人の灼滅者――今は、ダークネスと呼ばれる彼ら。
    「アハハッ――サイコーだよぉ♪ 君(ダークネス)ってェ」
     狂気を孕ませながらダークネスと相対するハレルヤが開かれた退路を駆けながら襲い来る敵を斬り伏せる。
     別働班が確かに走った道を行く。果敢にもザ・グレート定礎に立ち向かった事で出来得る限りの被害を低減させることができただろう。うずめ様に一打加えた功績は覆ること無く存在している。
    「ほら、早くいけよ」
     ゆっくりと瞳を開いた彼女の瞳に息を飲んだあさりは小さく頷いた。
     祝の手を引いて。闇雲に、走る、走る、走る――祝は手を伸ばす。
     霞んでみたその向こう側、血色の瞳を揺らしたリュカがごめんと音なく呟く声を確かに聞いた。

    作者:菖蒲 重傷:崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213) ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517) 
    死亡:なし
    闇堕ち:古賀・聡士(月痕・d05138) 柴・観月(星惑い・d12748) リュカ・メルツァー(光の境界・d32148) 
    種類:
    公開:2016年2月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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