「バレンタインデーに彼氏彼女が居ない奴、集まれええええええい!」
カマジミの服を脱ぎ捨て、学校指定水着にチェンジした大爆寺・ニトロ(大学生エクスブレイン・dn0028)が、突如として頭からバケツ一杯分の液体チョコレートを被り始めた。
断じて私をたべて的な奴ではない。
修行僧の荒行的な、荒ぶる牛に追いかけられたり転がる丸太に轢かれたり家に巨大神輿が突っ込んで来たりする、そういうバイオレンスかつエキセントリックな祭りの空気だけがそこにはあった。
そう、これは独り身たちのバレンタインデー乗り切り行事!
『チョコかぶり祭り』なのだ!
説明しよう。
チョコかぶり祭りとはふんどしや水着姿になった尊きシングルたちが身体に熱き液体チョコレートを浴びることによってバレンタインデーに自分が一人であることを認めつつもその現実に打ち勝つ漢らしさの塊みたいな祭りである!
当然終わった後は全員チョコでがちがちにコーティングされ一晩くらい『独り身たちの像』として過ごすことになるが――それがいいじゃない!
漢たちの魂が混ざり合い、一体感を得ればいいじゃない!
「これはどこぞの村がやけくそみたいな村おこしで始めたイベントだ。全員にはほぼ無限にお湯で溶かしたチョコソースが配られ、寒空の下に飛び出してお互いにぶっかけ合うという暴挙に出るんだ。熱いぜ、あらゆる意味でな!」
さあ君も一緒に。
「チョコかぶり祭りだこの野郎!」
●通常の三倍くらいお得な祭り
激動のニュースが飛び交う2016年!
今年もこの季節がやってきた!
嫌が応にもモテ度をチェックされる2月14日バレンタインデー。この日を気合いと狂気で乗り切ろうと会場には無数の独身男たちが!
「って!」
風真・和弥(風牙・d03497)はドラム缶になみなみ溜めたチョコソースを頭からかぶった。
「6人しかいねえじゃねえか!」
「落ち着いて! 女子も混じってるから実質3に……4人ですよ!」
「ちくしょうどういうことだよ!」
紅羽・流希(挑戦者・d10975)に押さえつけられ、和弥は早速空になったドラム缶を地面に叩き付けた。がんごーんとかいいながらチョコを跳ねて転がっていくドラム缶。
チョコまみれの裸体を地面にべっしゃんと叩き付け、和弥はうつ伏せた。
「よそじゃ軽く60人をきってるってのに……やっぱり少数派なのか。リア充と男の娘だらけの武蔵坂じゃRB団に市民権がないのか……!」
「何を落ち込んでるんですか。よく考えてください。これはチャンスですよ」
ホントは一人でぶつぶつ壁に向かって呟き続けようと思っていた流希だが、目の前でこうもドメスティックに落ち込まれちゃあなぐさめないわけにいかなかった。
ちなみにその慰め文句というのが。
「500円で通常の二倍は出番があるって、もうこれ大サービスじゃないですか」
「おかね!?」
チョコのドラム缶(満タン)からざばーっと飛び出してくる白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)。
「いや、もっとあるだろ。せーしん的なせいちょーとか、こころのカタルスシとか……」
「そんなもの私たちにあるわけないでしょう!?」
「あれよ! あってくれよ!」
「歌音ちゃん、諦めなさい。この男たちはネガティブな魂とマイナス思考を全力で発信することで自我を保とうとしているのよ」
ぽん、と後ろから肩を叩くウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)。
「世間は言うほどバレンタインデーに沸いてなんていない。カップルの数は独り身の数より少ないのが当たり前よ。武蔵坂が異常なの。武蔵坂のカップル率と男の娘率が異常なの」
「さっきからなんで男の娘率推すんだ?」
「寂しさは少数派にのみ許された悦楽。怒りと憎しみに身を任せるための美酒なのよ。みな、それにおぼれたがっているの」
「お藤さん……」
歌音は他人の悲しみを想って涙した。
そんな彼女の肩を掴んだまま。
ウィスタリアは和服を引き裂かんばかりに脱ぎ捨てた。
「むろんあたしもなァアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ウワアアアアアアアアアアアアアアア!」
ウィスタリアが服の下から表わしたものは『裸体』とか『素肌』とかそういう次元のヤツじゃねえ。
肉。
汗。
そして骨。
屈強に鍛え上げられたインナーマッスルから立ち上る肉体のオーラがチョコレートのくっそ甘い香りと共に燃え上がっていた。
「解き放たれてしまったのね。己の怒りが」
わりとぼったい格好をしたシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)が、縁の大きな眼鏡を押さえて小声で喋っていた。
「普段から女装しているだけなのに雑に『男の娘』カテゴリへ混入された恨みかしら。それとも中途半端に性別をブレさせたせいで恋人ができない憎しみかしら」
「恨みと憎しみしかないじゃないのよ! ヤッダもう、信じらんない!」
「ウィスタリア、いやさウィッさん! 口調が女形からオカマにシフトしてるぞ!」
「あたしはれっきとした男よ! 肉体も男! 精神も男! 社会的にも男!」
「ならなんで女装してるのよ」
「気持ちいいからに決まってんでしょ!」
バケツをシャルロッテめがけてバシャーするウィッさん。
余談だが、よくいる『男の娘』カテゴリは肉体・精神・社会の三本柱で表わすことができる。全部ひとくくりにしないで、一度見直してみよう。
シャルロッテは眼鏡を布でくいくい拭くと、胸にさらしを巻き付けてきゅっと縛った。
「大陸出身だと、バレンタインにチョコを連想させることピンと来ないのよね。クリスマスしかり、ハロウィンしかり、日本人ってどうしてこう宗教観を無視するのかしら」
「八百万神教は神の教えは『常識を守れ』でお布施零円礼拝不要偶像自由のフリー宗教だからよ」
「……」
頭からじょうろでチョコを浴び続けるウィスタリアに、シャルロッテは正直引いていた。
いやさ。郷に入りては郷に従え。シャルロッテも銭湯によくある黄色い風呂桶にチョコを溜めると、肩からばさーっと浴び始めた。
「不思議な光景だな……」
霧亜・レイフォード(黒銀の咆哮・d29832)は同じく手桶にくんだチョコを小刻みに自分にかぶせつつ、シャルロッテたちを眺めていた。
「聞いた話だと、海外では男が逆にチョコレートを上げる日なのでは?」
「海外にそんな風習はない。たとえガーナでもだ」
聖バレンタインデーは聖ウァレンティヌス殉職を記念して西ヨーロッパのキリスト教諸教派が行なう式典である。
愛の記念日であっても恋人の記念日ではないし、強いて言うなら家族の記念日だ。『男が女にあげる』の話も、家族で父が母に記念の花束を贈るさまを曲解したものと思われる。
「どうせあれだろ? 一万円くらいのくそ高いチョコを売りつけて『高い商品をプレゼントする甲斐性を見せつけましょう』ってんだろ。ラ○ホでも行ってろてんだよ!」
「よせ和弥、口が悪いぞ。『静かに生殖に勤しめ』と言え」
「いや、言うなよ」
ここに小学三年生がいるんだぞ、と呟く歌音。
シャルロッテが静かに首を振った。
「無駄だ。彼らはカップルたちへの浮ついたイメージで凝り固まっている。さながら冷えたチョコレートのように」
「うま……いのか?」
逆に、独り身たちの語る『異性は乱暴で無神経で傲慢』というイメージも、よく考えれば凝り固まったものだ。男が女に、女が男に、全く同じイメージを抱いているのだもの。
レイフォードはニヒルに笑ってふんどしの尻を締め直した。
「さあ、くよくよしていても仕方ない。そろそろ本番と行くぞ……!」
「「応!」」
男たちはチョコソースいっぱいのバケツを手に、目をぎらりと光らせた。
●速報、まだ半分
「チョコレートプウウウウウウウウウウウウウウウウル!」
飛び込み台からジャンプした和弥は、空中で服を脱ぎビキニパンツ一丁となった。
空中で前に三回転。後ろに三回転。
流星キックのごとくプールへ飛び込んだ。
波紋を吹き上げるチョコレートのプール。
といっても温水プールにチョコレートソースを薄く溶かし込んだものである。チョコレート風呂とかいってたまにやる施設もあるくらいの、わりかし一般的なプールだ。
その横を、顔だけ出した流希がすいーっと横切っていく。
「私は……俺はなぜこんなことをしているんだ……」
自問自答が過ぎて、途中から宇宙の神秘とか人生のゆくえとかそういう不眠症の人みたいなことを呟きはじめ、しまいにはチョコレートの中にぶくぶくと沈んでいく。
チョコレートに包まれていると、自らがチョコレートにとけていくように感じるものだ。
自分はチョコレートなのか。
チョコレートが自分なのか。
もしかしたら宇宙はすべてチョコレートなのでは。
みーたーいーなー。
「しっかし、こうやってるとチョコフォンデュにされてる気分だぜ。むしろお鍋……?」
たらこの着ぐるみに包まれた歌音が、チョコプールのなかをぐーるぐーるしながら流れていく。
こうしていると全てがどうでもよくなってくる。参加者が六人しかいないことも、バレンタインデーの意味も、ちきゅーのおんだんかも。
「このままチョコにとけちゃいそうだぜ……」
ドラム缶いっぱいのチョコソースが上からぶっかかった。
「なーに落ち着いてんじゃおらー!」
「う゛ぁー!?」
全身をブルーベリーの着ぐるみに包んだウィっさんが灯油タンクを頭上高く振り上げた。どばどばと流れ落ちるチョコソースを歌音たちに浴びせかける。
「ひとりみがなんぼのもんじゃーい! あたしは泣かない! 同室からカップルの空気が流れてきても泣かない! 一人の夜が寒くても泣かない! いつか現われろ、あたしの未来のハニー! ……ハニー!? それって男!? 女!?」
「おちつけウィッさん! それは流石に女だろ! 女形の歌舞伎役者だって妻娶ってるだろ!」
「そっか! 子孫残せないもんね!」
「おちつけウィッさん!」
「これが落ち着いていられるかってのよ! ほうらホットチョコレートオオオオオオオオオオ!」
ガスバーナーをダブルでひねり、チョコのプールに火を放つウィッさん。いやさウィス林師匠!
「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
地獄の釜(ホットチョコ)に煮込まれて荒れ狂う和弥と流希。
「うろたえるな。灼滅者はこの程度で死なないわ」
チョコのプールを突き破り、シャルロッテがせりあがってきた。
「たとえチョコのプールに三時間つけ込まれてもね」
「死なないからって……」
「たとえ煮えたぎるチョコに三時間つけ込まれてもね」
「むしろ死なせてやれよ……」
バケツやドラム缶の上に立ち、水瓶からチョコをだばだば駆け流すシャルロッテ。
その身体は下半身だけ妙にガッチガチだった。
あえてアホな言い方したが、チョコが固まってクリーチャーの像みたくなっていた。
「安心しなさい。チョコに黒糖を混ぜておいたから」
「何に安心しろってんだ……」
「高級な沖縄産だとしても?」
「何に安心しろってんだ!」
そうこうしている間にもシャルロッテはどんどんせりあがっていく。
まるで女神像かなんかだが……。
「よく考えたらどうやってせり上がってるんだ」
「下にそういう装置があるわけでも」
「……」
よく見たら、シャルロッテの下にはレイフォードがいた。
上半身をチョコでガッチガチにしたレイフォードが、チョコ柱から顔だけだしてゆーっくりスクワット運動をしていた。
「あの、そんなものに入ってて大丈夫なんですか? 呼吸とか」
「心配ない。そうだな?」
「当然よ」
二人は無言で身体に力を入れると、自らを覆うチョコレートを全てキャストオフした。
ヒビがばりばりーって入ってずばしゃーって飛び散っていった。
「筋肉があればなんでもできるわ」
「灼滅者にあるのはバベルの鎖だけではないということだな」
ニヒルに微笑するレイフォード。
チョコレートをキャストオフした後に言われましてもである。
だがその場の全員は納得した。
何言われても納得しちゃう空気がそこにはあった。
「そうだ、俺たちには筋肉がある!」
「筋肉を鍛えれば独り身だって恐くないですね!」
「よっし、やるぞー!」
「筋トレじゃあああああああああああああい!」
そして……。
2016年。
沖縄で雪が降った奇跡の年。
15日の夜明けを見つめる六つの像があった。
パンイチでダブルバイセップスする和弥の像。
サーファーパンツで身を反らしたまま固まる流希の像。
ヴィーナスの腕ついたやつを独自に再現したシャルロッテの像。
腕組みして夜明けを見つめるレイフォードの像。
タラコかのん。
ブルーベリー林。
六つの『独り身の像』は夜明けと共に。
「「自由だあああああああああ!」」
内側から筋肉でチョコを破壊し、明日という今に向かって飛び出したのだった。
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年2月13日
難度:簡単
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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