バレンタインデー2016~想いの形は心の数だけ

    「ぬわっ! なんすかこの邪神像は!」
     狗噛・吠太(中学生人狼・dn0241)が、甘い匂いに誘われて家庭科室をのぞくと、そこに禍々しい茶色の物体があった。
     そのそばには、むすっ、と頬を膨らませた初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)。
    「失礼な。これはチョコだ。チョコの女神像だ」
    「チョコ……? ああ、バレンタインっすね。先輩、チョコ渡すような相手いたんすね」
    「やかましい。いいか、これは友チョコという奴だ」
     そういうと、杏は、吠太に1枚のチラシを見せた。
    「チョコスイーツづくりのお誘い?」
    「ああ。今度、この家庭科室で開かれるらしい。いわゆるチョコレートを始め、ケーキ、マカロンなど、チョコを使ったスイーツなら何でもあり。ただし、味だけでなく、見た目や形も重視するという事になっている」
    「ははあ、それでこの邪神像が爆誕したと……ひっ」
     にらまれた。
    「ざ、材料や調理器具の類はあらかじめ用意されるって書いてあるって事は、手ぶらでの参加もOKみたいっすね。自分での持ち込みも可、って書いてあるっすけど」
    「それぞれ、こだわりの食材があるだろうからな」
     せっかく手作りするのなら、見た目や形までこだわりたい。そんな生徒達のニーズに応えたイベントのようだ。
     チョコならハートや星、思い思いの形に。
     ケーキも、クリームやデコペンなどでメッセージやデコレーションを施すのもいい。腕に自信があるなら、杏のように、立派なものを目指すのもいいだろう。
     もっとも、美味しくなければ意味がない。そのため、味見を兼ねたお茶会も行われるという。
     基本的なチョコスイーツ各種の作り方はレシピとして最初に配られるし、料理が苦手な人でも、友人から教えてもらういい機会になりそうだ。
    「だから、不器用な吠太でも参加できるぞ」
    「先輩よりはマシ……いやなんでもないっす」
     吠太が空気を読んだ。
    「もちろん私は参加するぞ。他の皆の作品を見たり食べたりして、参考にしたいからな」
    「ホントは、色んなチョコを味見したいだけっすよね」
    「バレたか」
     笑いあう2人。
    「あはは」
    「あはは。……邪神像の芯にしてやろうか」
    「マジ勘弁っす」
     チョコの形は想いの形。
     皆それぞれの想いをこめて、チョコスイーツづくりに挑戦してみるのはどうだろうか?


    ■リプレイ

    ●ここが腕の見せ所!
     ふわり、チョコの香り漂う家庭科室は、今日に限って美術室も兼ねているようだった。
     その中でも、杏のアート作品は、異彩を放っていたけれど。

     マグロ型に冷やし固まったチョコを前に、空は細い針を手に取った。
     カリカリと、ヒレや鱗、エラの模様まで忠実に彫り込んでいく。
     何度失敗してもめげない。これは、空がお世話になっているクラブの部長のためのチョコなのだから。
     何とか上手くできたら、台座型のチョコにマグロチョコを乗せれば、
    「マグロ像チョコの完成ですっ♪」
    「……あの、なんでマグロ像なんすか?」
     じいっ、と見ていた吠太に、空は明るくこう答えた。
    「それはですね、クラブのショップにこんな像が売ってたのですよ♪」

     茶葉研究会の部長らしく、葉っぱのチョコを製作中の曜灯。
     アールグレイを煮詰めたエキスを混ぜれば、味も見た目も茶葉仕様だ。
    「さて、次はメインのチョコね」
     形こそシンプルなハートだが、ラインや厚みに丸みと、造形にはこだわる。
     香り付けのダージリンエキスとアーモンドの粉を混ぜているうち、彼氏の喜ぶ顔が浮かび、早くその本物を見たくなる。けれど、
    「このチョコに込めた気持ちにどこまで気付いてくれるか、不安だわ……」
     知らず知らずのうちに、溜息がこぼれる曜灯だった。

     【リトルエデン】の4人は張り切っていた。
     親しい人が闇堕ちから無事戻って来た、そのお祝いだからだ。
     丸型クッキーに、チョコペンで色々な顔を描いていく希沙。なんだか、以前香乃果と作ったどら焼きを思い出す。
    「我ながら似てる! ……似てる?」
    「うん、とっても似てる!」
     希沙に尋ねられ、香乃果がこくこく頷いた。
     きりりとした眉毛の真面目顔を指さし、るりかが楽しそうに笑う。
    「これ、どこかの誰かにそっくりだよね」
    「色んな顔がいっぱいですごいし、楽しいね」
     穂純からも褒められ、希沙もピースサイン。
    「へへ、ありがと……って、すごー!」
     香乃果の生チョコサンドクッキーを見て、思わず希沙が声を上げる。
     片方の中心が小さめのハート型に抜いてあり、その空洞からサンドした生チョコが見えるのだ。
    「室本さんの、凝っていてすごいなあ」
    「ハートの形も可愛くて、香乃果ちゃんにぴったりだよね」
     シュガースプレーの彩りも、穂純やるりかを感心させる。
    「ありがとう。るりかちゃんのは、お魚さん?」
    「そう。お菓子の王道はたい焼きだから、たい焼きの形したクッキーにしてみたんだ」
    「わ、すごくるりかちゃんらしいね」
    「ふふ、楽しくて美味しそう!」
     香乃果や希沙が微笑む。
    「わぁ、穂純ちゃんのは動物? 賑やかでええね!」
     希沙が指したのは、穂純が皆に教わりながら作った、型抜きクッキーの数々。
     クマやコアラでぷち動物園風味。裏面にはちゃんとチョコを塗ってある。
    「うん、どれもみんな可愛いね」
     2色の生地を使ったパンダを見て、るりかも香乃果も目を細める。
     それから、作ったクッキーを、みんなで記念撮影。
     穂純は、自分の動物とるりかの魚を並べてぱしゃり。
     それから皆のチョコを飾り付け、プレート型には、希沙が大きく『おかえりなさい』の文字を書く。
    「きっと素敵なお茶会になるよね」
    「どれもすごく美味しそうだもん。絶対に喜んでくれるよ」
     香乃果の言葉に、穂純もこくこくうなずいた。
     そう。きっと、大丈夫。

    ●想いを形にこめて
    「たかがハート、されどハート。手強いわね」
     彩希が難しい顔をしている。どのチョコも、微妙に歪んでいたり、ガタガタしていたりするからだ。
    (「まるで私の愛情のよう……いえいえ、真っ当な愛情ですとも」)
     内心言い訳する彩希だが、傍らの彰は、にこり微笑み、
    「きっと色んな愛情がいっぱいなのですね」
    「そ、そうね」
     つい、目を逸らす彩希。
    「彰ちゃんはネコの形なのね」
    「はい!」
     甘さ控えめビター黒猫に、ほんのり甘いミルク茶色猫、ホワイトとミルクのしましま猫もいる。それにデコペンでリボンを付ければ、
    「とっても上手に出来たのです♪」
    「可愛い、とても可愛いわ……! それ、誰にあげるの?」
     彩希が笑顔で訊くと、彰は、真っ先に思い浮かんだ顔を誤魔化すように、
    「え、えっと、そう、クラブや同級生の皆様にですね……っ!」
    「皆に、ねぇ……いえね、特別な人にあげたりしないのかなって、思ったのだけど」
     明後日の方を向いて呟く彩希。予想はつきつつも、そらとぼけて。
    「……と、特別、だなんて……」
     彰自身にも、まだよく分からなくて。
     少し怖さも含んだこの想い……今はまだ、しまっておきたいと思うのだった。

    「よし、私だって意外に手先が器用だってところを見せてやるのだ」
     銀河はナイフを使い、チョコの塊を、彫刻の要領で象っていく。整形が済んだら、デコペンで、顔や黄色の虎縞を描きこむ。
    「……うむ、出来上がり!」
     銀河は得意げな顔で、黒虎をイメージした猫チョコを見せる。
    「黒虎、見て見てー」
    「お、よ~く出来てるぜ! 愛を感じるな!」
     俺も負けてられんな! と黒虎が工具を取り出した。とてもチョコ作り用とは思えないが。
    「いくぜ、俺の造形魂、とくと見よ!」
     シュバババっ! 工具が閃き、チョコタワーから女神が生み出されていく。職人めいた技で、黒虎の中の銀河の姿を投影、再現しているのだ!
     女神といえば薄着、薄着といえば水着! そんな黒虎の独断と偏見に満ちた想いを、チョコにぶつける!
    「おお……」
     ビキニ水着姿の銀河の女神像チョコを前に、銀河ご本人も感嘆。
    「よし、こんな感じだな!」
    「うん、職人芸なくらい凄いけど、私を再現してくれてるのは嬉しいけど!」
    「だろ?」
    「だけど、水着姿は恥ずかしいよ!?」
     周囲の視線を感じ、赤面する銀河だった。

    ●甘くおいしく美しく!
    「それでは、手伝いが要るなら素直に言うように」
    「が、頑張ってみます」
     エプロン姿で少し緊張気味の忍を見て、くすりと笑う月岡・悠。
     湯せんに取り組む忍は、すぐにチョコ作りの大変さを悟る。
     しかも相手は、普段から料理が得意な悠。下手なものはプレゼントできないと忍は思いつつ、シンプルな板チョコに、ココアパウダーをまぶしていく。
     一方の悠は、基本のケーキをチョコクリームや生クリームで彩る。チョコチップをまぶし、ハート型や星型のチョコ、持参した砂糖菓子の雪だるまを乗せていく。
     手際良く進める悠の様子は、忍の目に心なしかウキウキとして見える。とても可愛い。
    「……あの、忍くん。ほっぺた」
    「えへへ、チョコついてましたか?」
    「仕方ないな。くすぐったくても動かないでね」
    「え?」
     忍の頬を、悠の舌が、ぺろり。
    「うん、甘い。上手にできてるんじゃない?」
    「あ、えと、悠さんのは本格的ですよね、食べるの楽しみです」
     照れつつ微笑み、あーんと催促してみる忍だった。

    「……ゆーさん、どんなちょこ、作らはる?」
    「ふふん、幸運を呼ぶ白狼様チョコでご利益満載なのじゃ!」
     形をどうしようかと悩む保に、茅ヶ崎・悠の答えは迷いがなかった。
     やがて保が作り始めたのは、麦とドライいちじくを包んだチョコ。小さなハートの形を、両手から溢れそうな数作っていく。だが、
    「き、気になる……」
    「くっ……ここのディテールがどうしても気に入らぬのじゃ……!」
     悠がどうにかチョコを修正していく様子を、ひやひや、はらはらしながら見守る保。
    「ええい、曲がれ! あっ!」
    「あっ」
     ついにチョコが部位破壊した途端、2人から同時に声がもれる。
    (独創的やなぁ……)
     近代アートのような、SAN値直葬、邪神のようなチョコに成り下がっていく様子さえ微笑ましくなって、保は思わず見惚れてしまう。
    「見たかね! これが新世界の白狼様チョコなのじゃよ!」
     開き直って、どん! と保に差し出す悠。
     もぐもぐと味見してみると、
    「……うん? うん……美味しいなぁ」
    「と、当然じゃな!」
     嬉しい笑顔になる保に、悠が得意げな表情を見せるのだった。

    「なあ、クッキーつくりたい! サンディ頼む、教えてくれ!」
    「わかりマシタ、とびきり美味しいの、作るでス!」
     リュータのお願いに、サンディが快く応じる。
     生地はプレーンとココアの2種類。それぞれ色を分けながら、ペタペタと形を作っていく。
    「サンディはどんなのつくってんだ? おれはデカいのつくるぞ!」
     リュータが途中のぞきこんだりしつつも、形が出来たら、オーブンに入れて焼成だ。
     2人並んで、オーブンの前でそわそわ。
     焼きあがったら早速お披露目。
    「じゃーん、でっかいトナカイのクッキーだぞ!!」
    「わっ、ホントに大きいでス!」
     リュータは出来たクッキーを差し出して、
    「これサンディにやるなー?」
    「じゃあ、サンディもプレゼントしマス!」
     お互いのクッキーを頬張ると、リュータから満面の笑みがこぼれた。
    「うん、太陽の味がする! ありがとなっ!」
     それから、余った部分を食べて、大満足の2人なのだった。

    ●こめた想いのお味はいかが?
     ルチルのチョコは、闇堕ちから復帰した鶉へのお祝いの証。
     見様見真似で挑戦しているけれど、チョコを焦がしたり、手順に悩んだり。
    「うう……」
    「? どうかしましたか?」
    「な、何でもない……鶉のに、目移り、した……だけ」
     その鶉はというと、鷹の形をしたチョコを作る……つもりが、サブレのようになってしまったり。けれど、次に作った水晶の形のチョコは、なかなか上手くできたようだ。
     ルチルも、羽根の形と、デフォルメした鷹の形のチョコを作り終えたら、紅茶をいれ、お茶会の始まり。
    「どうです? 美味しいですか?」
    「鶉の方が、美味しい……」
     少々悩みながらチョコを食べ比べるルチルを見つめるうち、鶉は様々な感情が抑えがたくなる。
    (「……全く、私は悪い部長で、先輩ですね」)
    「チョコが付いてますよ」
     そんな口実を付けて、ルチルに口付ける。
     はっとなるルチルだったけれど、そばに大事な人がいるのを再確認できて。
    「鶉……おかえりなさい」
    「はい、ただいま」
     これからもよろしく、と微笑み合う2人だった。

    「ふふふ、流石は僕……」
     ドヤ顔のクリス。
     作り上げた色とりどりのベリーとクリームが添えられたフォンダンショコラは、店に置かれてもおかしくないレベル。
    「相変わらず上手だね。これを食べさせてもらえるオレってば幸せ者♪」
     うきうきと、桃夜が口に運ぶ。
    「中に細かく砕いたナッツを入れてみたんだけどどうだい? まぁ僕は天才だから旨いに決まってるけどね」
    「うまっ! ほっぺが落ちるほど美味しい! 最高だよ! 可愛いよクリス!」
    「ふふふん」
     クリスはますます自慢げだが、桃夜が美味しそうに食べている姿を見て、嬉しさがこぼれる。
    「さあ、お礼はオレの愛のチョコ。当然、クリスの為に作ったんだよ」
     桃夜が披露した皿の上には、色とりどりのハートチョコ。
    「ピンクは苺味、緑は抹茶味、白はホワイトチョコ味、薄茶色はキャラメル味、で、黄色はバナナ味だよ」
    「わ、食べるのが勿体ないね」
     クリスが苺味をぱくり。
    「うまーい! トーヤも上手になったね」
     クリスに喜んで欲しいから! と、これまた得意げな桃夜だった。

    「希望に応えて、小さめのハート形のチョコレートを沢山作ってみたよ」
     七葉が紅詩に差し出したのは、ミルクチョコにストロベリーチョコ、ビターチョコ。色も様々だ。
    「マーブルもあるんですね。どれもおいしそうで迷いますね」
     その中から、紅詩がまず摘んだのは、ビターチョコ。
    「どう、かな?」
     味わう紅詩に、おそるおそる感想を聞く七葉。もっと頑張りましょう、なんて評価だったらどうしようと心配になる。
     果たして、紅詩の答えは、
    「ん、もちろん美味しいですよ……さあ、七葉さんもおひとつ」
     ほっとして少しにっこりした七葉の口に、ミルクチョコを運ぶ紅詩。
    「ほら、甘くて美味しいでしょう」
    「う、うん、そうだね」
     甘さが増しているのは、きっと紅詩の笑顔のせい。
     紅詩自身は料理が得意でないと言うけれど、彼だけの素敵な調味料を持っているようだ。
    「紅茶も用意しておいたよ、どうぞ」
    「ありがとうございます。ふふ、楽しいお茶会の時間ですね」
     照れる七葉がストレートティーを注ぐのを眺め、微笑む紅詩だった。

     この世に2つとない、正真正銘の限定チョコレート。
     バレンタインデーを、ますます幸せなものにしてくれるはず。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月13日
    難度:簡単
    参加:22人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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