バレンタインデー2016~簡単生チョコはいかが?

    作者:草薙戒音

     今年もバレンタインがやってきます。
     大好きなあの人に、大切な仲間に。
     手作りの『生チョコ』を贈ってみてはいかがでしょう――?

     ミリヤ・カルフ(中学生ダンピール・dn0152)が手にしているのは、バレンタインに向けたチョコレート製作の案内チラシ。
    「学園の調理実習室で、有志の皆さんが集まって『生チョコ』を作るみたいです」
     作り方は非常に簡単。
     まず、チョコレートを細かく刻む。溶かした時に玉にならないよう出来るだけ細かく。
     次に、生クリームを沸騰直前まで温めて火を止める。
     温めた生クリームに刻んだチョコレートを入れて溶かす。
     固まる前にラップを敷いたバットに流し込む。
     そして、冷蔵庫で冷やすこと数時間……は長いので、時間短縮のために冷凍庫へ入れて1時間ほど寝かせる。
     固まった生チョコを好きな大きさに切ってココアパウダーを塗して出来上がり。
    「ビターでもミルクでも、チョコレートの種類は基本的になんでもいいみたいです。固まった生チョコは型抜きでくり抜いてもいいし、ココアパウダーの代わりに抹茶パウダーなんかもあるみたいですね」
     脇からチラシを覗き込み、一之瀬・巽(高校生エクスブレイン・dn0038)が口を開く。
    「焼いたタルト生地に流し込んで、生チョコタルトにしても良さそうだな」
     生チョコの上にナッツやスプレーなどのトッピングを乗せてもいいだろう。デコレーション用のチョコペンで文字を書くのもいいかもしれない。
     ただし、事前に用意されているのは製菓用チョコレートと生クリーム、ココアパウダーのみ。色々凝りたい場合は材料持ち込みとなる。
    「作り終わったら、お茶会があるそうです」
     紅茶やコーヒー、ミルクに緑茶。それらと共に「せっかくなので作った生チョコを試食してみよう」ということらしい。
     ふわりと笑って、ミリヤが続ける。

    「最低限の材料は用意してあるみたいですし、よろしければご一緒しませんか――?」


    ■リプレイ


     ふつふつと今にも沸騰しそうな生クリームに、細かく刻んだチョコレートを入れて混ぜる。
    (「ふふ、あの人に喜んでもらえるといいなぁ……」)
     脳裏に大好きな恋人の姿を思い描き、思わず笑みを浮かべる美智。
    「美智姉、こうかー?」
     尋ねる声に視線を移せば、歌音が耐熱ボウルをミトンをした手でしっかりと押さえ、ぐるぐると中身をかき混ぜているところだった。
    「そうですねー。あ、もう少しこうしたほうがいいかもです」
    「おー、ホントだ♪ まぜまぜ、まぜまぜ」
     美智のやり方を真似てチョコレートを溶かす歌音はとても楽しそうだ。
    「そういえば、歌音さんの好みのタイプや理想の恋ってどんな感じですか?」
    「え、オレの好みのタイプか? そうだなー」
     チョコをかき混ぜる手は動かしたまま、歌音はうーんうーんと考え始める。
    「優しい人? いや、楽しい人? んー、どっちもイマイチピンとこないなー?」
     悩む歌音。その様子に目を細め、美智は何気ない様子で言葉を紡ぐ。
    「少女漫画でも憧れの先輩とって展開もあれば、喧嘩ばかりの幼馴染とくっつくって展開もありますよね」
     歌音さんは後者かな? と尋ねる美智に、歌音が頷く。
    「うん、憧れの先輩とか王子サマと劇的な恋……っていうのは読むには面白いけど実際に自分がって思うと違和感感じるー。同じ年の恋愛のほうが身近に感じるな」
    「確かにそっちのほうが良い所も悪い所も受け止めてくれそうな感じがしますよね」
     美智が同意すると、歌音が再びこくこくと頷いた。
    「例えばいつも喧嘩するクラスの男子がバレンタイン前に告白してきて」
     語り始めた歌音のヘラを持つ手の動きが、だんだん慌しくなってくる。
    「最初は冗談かと思うんだけど段々真剣な雰囲気に呑まれていって……」
     恥ずかしさゆえか、さらに激しくかき回されるチョコ。
    「って、ちょっ、かき混ぜす……」
     美智の忠告は、ほんの一瞬遅かった。
    「……ってきゃー♪ ぁぷっ!?」
     ――ベシャリ。
     勢いあまって景気よく(?)ボウルの縁からはみ出たチョコは、そのまま歌音へと降りかかった。
    「わわっ!? 大丈夫ですかー!?」
     てんやわんや、楽しい生チョコ作りはまだまだ続く。

     生チョコの素材の前、包丁を握った想々が呟く。
    「どうしよシルキーさん……失敗のイメージしか浮かばん……はっ」
     無意識に出てしまった弱音に、ぶんぶんと頭を振る。
    「駄目、始まっとらんのに諦めちゃ」
    「一緒ならきっと大丈夫ですわ」
     小さく笑って想々を励ますシルキー。彼女とてチョコ作りは初めての経験、しかしこの生チョコは切って溶かして固めるだけ、きっとできるはず!
    「うん。頑張って作って、あげるんだもん」
     ぐ、と握り拳を作り、想々はチョコに向かい合う。
    「……か、硬い」
    「チョコを切るって意外と難しいのですね。急いで捌かないと溶けてしまいそう!」
     そこそこに硬いから力も要るし、刃の当て方を間違うと刃先が滑って上手く刻めない。
    「次は生クリームを……」
    「沸騰しない程度ってどれ位でしょう?」
    「沸騰直前だから、きっとクリームの縁がすこーしふつふつし始めるくらい……って、ああっ沸騰しちゃう!」
     慌てて火を消し、次の工程へ。
    「これくらいなら私にもできますわ」
     言いながらチョコを生クリームの中へ入れ混ぜていくシルキー。
    「ええと、このチョコをクリームに混ぜ……あっ熱!」
    「まあ、想々さん大丈夫ですか?」
    「うぅ……ただでさえ無い自信がマイナスに……」
     ちゃんと冷えてくれるかと心配する想々をシルキーが励ます。
    「大丈夫、斯ういう物は気持ちが大事です」
     何とか冷え固まった生チョコを、二人は金型でくり貫いていく。
    「シルキーさんのハート、可愛い」
     想々の言葉通り、シルキーの生チョコはハート型。少々縁が欠けたりしているのはまあ、それもご愛嬌ということで。
    「想々さんの鳥型も可愛いわ」
     想々の生チョコは鳥型で、チョコペンで目が描かれている。どれも微妙に、目の位置がズレているけども……。
    (「美味しいと思うけど、み、見た目がどれも微妙……」)
     はあ、とため息一つ。
    「喜んでくれるかなぁ」
    「こんなに頑張ったのですもの、きっと喜んでくれますわ」
     大丈夫――ふわりと笑うシルキーに励まされ、想々もまたはにかむように笑ってみせた。
    「うん、ありがとうございます」

    「最近はお菓子作りに熱を入れているからね。期待していてくれたまえ」
     遼平の言葉に千影が頷く。
    「うん、期待してる。僕も頑張るよ」
     とはいえ、仕上げにかかる直前までは共同作業。
     包丁を手に取り、その刃を板状のままのチョコの端に当てる。チョコを切り刻むべくそのまま力を込めると、ずる、と刃先が滑った。
    (「なるほど」)
     包丁についた削りカスのようなチョコを確認し、千影は心の中で呟いた。そして、再び刃先をチョコに当てていく。
     一度目で大体コツが把握できたのだろう、お菓子作り初心者とは思えない手つきでチョコを刻む彼の姿に、遼平は一瞬感心したように目を見張り……その卒の無さに思わず見とれた。
     生クリームを混ぜたチョコを冷凍庫で冷ませば、生チョコの原型は完成。ここからは、別作業。
     持ち込んだ抹茶の粉末を生チョコに塗し、少し贅沢に金箔を散らして……隣で作業を進める千影と完成した目の前の生チョコを本人に気付かれないように見比べて、遼平はほんの少しだけ口元を緩めた。
     落ち着いた緑の中に映える、輝く金――彼に似合う良いチョコになった、と思う。
     ビターな生チョコに、淡いピンクの桃の花を添えて。黒に桃色、少し和を思わせる取り合わせは、隣に立つ遼平をイメージしたもの。
     チラリと遼平を見遣れば、丁度こちらを見ていた彼とばっちり目が合った。
    「あぁ、君も同じ事を考えていたんだね」
     千影の手元のチョコを見て遼平が笑う。遼平の前に置かれた抹茶でコーティングされ金箔を散らしたチョコに気付き、千影もまた笑みを零す。
     嬉しそうな千影の様子に目を細め、遼平は再び千影が作ったチョコに視線を移した。チョコに添えられているのは、桃の花。
    (「花言葉は確か……」)
     思い至った瞬間、遼平は自分の頬が熱を帯びるのを感じた。誰に指摘されずともわかる、自分は今顔を赤く染めているに違いない。
     遼平の反応を見た千影の頬も朱に染まる。桃の花に込めた言えない言葉に、気付かれてしまったのがわかったから。
     桃の花言葉は『天下無敵』『チャーミング』、そして――『私はあなたのとりこ』。

    「カルフさん、よかったら一緒に作りましょう」
     織姫が材料を抱えこんだミリヤに声をかけと、彼女は嬉しそうに頷いた。
    (「バレンタインにチョコレートを作るのは久し振り」)
     織姫はミリヤと二人、まな板に置いたチョコを細かく刻む。文章に書かれた作業工程は一見簡単そうに見えるものの、油断は禁物。
     例えばチョコの刻み方が甘くて生チョコなのに塊が残っていたりとか、生クリームを沸騰させてしまったりとか。
    (「うん、頑張らないと」)
     慎重に作業を進め、焼き上がったタルト生地に溶けた生チョコを流し込む。
     タルト生地を感心したような目で見ているのに気付き、織姫は悪戯っぽくほんの少しだけ笑ってみせた。
    「これ、市販のものなんです。タルト生地を焼くのは、さすがにちょっと自信がなくて」
    「こういうの、売ってるんですか?」
     尋ねるミリヤに笑いながら頷いて、折角だから抹茶味も……と呟きながら次の用意を始める織姫の耳に届くのは、チョコ作りに励む人々の楽しげな話し声。
    (「一人で悪戦苦闘しながら作るのもバレンタイン前の醍醐味だけど、こうやって大勢集まって作るのも賑やかで楽しいわね」)
     賑やかな調理実習室の片隅で、水鳥は黙々と生チョコタルト作りに励んでいた。
     特に引っかかるようなことも無く作業を進めた水鳥が冷凍庫から取り出したのは、バットに並べられた生チョコタルト。一人用なのだろうかサイズは小さめだがとにかくたくさん並んでいる。
    (「折角だし粉砂糖で絵を描こうかな……」)
     クッキングペーパーを切り簡易の型紙を作ってタルトの上へ。その上から粉砂糖を振りかけて、そっとクッキングペーパーを外せばゆるーいアルパカやカピバラの顔の出来上がり。
    「へえ、上手いもんだな」
     突然降ってきた声に、水鳥がビクリと肩を震わせる。
    「……モチーフはちょっと独特だけど」
     逃げ出したい衝動をなんとか抑えて声のしたほうを見れば、そこには巽が立っていた。
    「ありがとう……あの、これ皆さんでお好きに食べてください」
     小さすぎる声が巽に届いたかどうか。意図を伝えるべく、必死の覚悟でタルトを差し出してみる。
    「え、これ食べていいのか?」
     問い返す巽にコクコクと頷く。巽はタルトを一つ手に取ると、それをぱくりと一口。
    「――うん、美味しい。お茶会でテーブルに並べておけば、きっと皆喜ぶよ」
     褒められて、水鳥はほんの少しだけはにかんだように笑った。


    「ようやく試食ね、待ち遠しかったわ」
     月子の前に並ぶのは、自作のハート型のビター風味の生チョコや、湊が作った四角や星、ハートとさまざまな型に抜かれたミルク風味の生チョコ。
     ミルクをテーブルの上に置き、湊は同じテーブルについた巽とミリヤに視線を向けた。
    「今回は誘ってくれてありがとね」
    「二人はどういうチョコを作ったの?」
     月子に尋ねられ、二人が答える。
    「えっと、私はごく普通に」
    「俺はブラックチョコで作ってみた」
     ミリヤはココアパウダーを塗した一口サイズの四角い生チョコ。巽はブラックチョコを使った生チョコタルト。
    「良かったら交換して食べてみない?」
     提案に頷く二人。
    「ハッピーバレンタインね」
    「ハッピーバレンタイン♪」
     月子に続く湊。
    「初めて作ったから美味しくできてるかな?」
     自身が作ったチョコを一つ口に運び、湊はその頬を緩めた。口の中に、蕩けるような甘さが広がっていく。
    「うんうん、良かった。上手に出来てる」
     月子も自分のチョコを試食。満足気に頷いた後、彼女は湊に向き直った。
    「さて、湊君のチョコはどうかしら?」
    「あーん♪」
     絶妙なタイミングで湊がチョコを差し出す。
    「あーん」
     ごく普通に受け入れ、口を開く月子。
    「うん、美味しい、これが愛のスパイス!」
     湊の生チョコを十分に味わった後、月子はミリヤと巽に顔を向けた。
    「さあさあ二人も遠慮なく」
    「えーと、それは俺たちに『あーん』をやれ、ということか?」
    「え」
    「たまにはそういうのもいいんじゃない?」
     実に楽しげに進めてくる月子。湊も止める様子は……ない。
    「…………あーん、します?」
    「遠慮しとく」
     困惑気味に尋ねるミリヤに、脱力しながら答える巽。
    「あら、残念」
     二人の遣り取りにまったく残念そうな様子も無くそう言って、月子はくすくすと楽しげに笑い声を上げた。

     テーブルには完成した生チョコ、向かいにはサーシャ。
    「えへへ、お姉ちゃんとかっぷるになってから、初めてのデートかな?」
    「……あぅ」
     サーシャの言葉でより一層それを意識してしまい、悠花は少々恥ずかしそうに身を竦ませた。
    「こうしてると、去年初めてお姉ちゃんを見つけてお茶したのを思い出しちゃうね」
    「そういえば最初もこんな感じでしたねぇ」
     少しだけ遠い目をして悠花がサーシャに同意する。
    (「なんか突然腕引っ張られたけど、まさかこうなるとはねぇ……」)
     悠花の内心を知ってか知らずか、サーシャはにこにこ笑顔。
    (「ほとんど初対面だったあの時とは違うけどね」)
     心の中で呟いて、サーシャは笑顔のまま生チョコを悠花の口元へと差し出した。
    「はい、お姉ちゃん、あーんして?」
    「ふぇっ!? あーん?! いや、それはちょっと恥ずかしいというかなんというか……」
     戸惑う悠花の反応が可愛い。笑顔のまま待っていると、悠花が観念したように口を開けた。
    「あ、あーん……?」
     もぐもぐ、もぐもぐ。恥ずかしそうにしながらも美味しそうに食べる悠花に、サーシャが「えへへ」と笑ってみせる。
    「今度はお返しおねだりしていいかな?」
     可愛らしくお願いするサーシャ。わざと肩を竦める様なそぶりをみせて、悠花はチョコを一つ手に取った。
    「仕方ありませんねお姉さんがあーんして……」
    「あーんじゃなくて、口移しで食べさせてくれてもいいよっ」
    「ぶふっ!? 口移し!?」
    「なんちゃってね」
     慌てる悠花の反応が、やっぱり可愛い。
    「うふふー、ちょーっとおませが過ぎますねぇ……!」
     ぺしぺしとサーシャの頭を叩く様子も、やっぱり可愛い。
    「まったく……」
     ふう、と息を一つついて、悠花は改めてサーシャを見つめる。
    「でもまぁ……君といると、とっても楽しいですよ、サーシャ君」
    「僕もお姉ちゃんと一緒にいられて、とっても幸せだよっ」

     明日はバレンタインデー。
     皆が楽しく、幸せに過ごせますように――。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月13日
    難度:簡単
    参加:12人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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