獣の領域

    作者:麻人

    「隊長、腕が鳴りますね」
     囁いたのは新入りの松岡だった。
    「黙って開始の合図を待て。気取られるぞ」
     隊長こと三島は厳めしい顔で警告する。彼らは迷彩服に身を包み、手にはBB弾を込めた銃を抱えていた。都内に拠点を置くサバゲーチームのメンバーである。彼らは本日、奥多摩の山中で千葉のチームを相手にゲームを行う予定だった。
     開始まであと一分弱。
     だが、合図である笛の代わりに突然、甲高い悲鳴があがった。
    「ぎゃっ!!」
    「うわあ、ああああっ……!!」
     それは四時の方向、鬱蒼と茂る林の向こう側から聞こえたようだ。
    「なんだ、どうした?」
     三島は思わず身を乗り出して悲鳴のした方向を見る。
     額に手をかざし、目を凝らして見つめる先で炎のようなものが揺らめいた。

     山中でサバゲーをしている集団がイフリートに襲われてしまう――。
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は手短かに説明を始めた。あまり時間がないのだ。どれだけ無駄なく動けるかで被害の程度が変わってしまう。
    「場所は奥多摩。急げばゲーム開始の数分前には現場へたどり着けるよ」
     ただし、とまりんは顔をくもらせた。
    「イフリートに近い場所にいる千葉チーム二人の居場所は特定できなかったの。わかったのは東京チームの二人が隠れている木陰の方。他にも四人がゲームに参加してて、近くにいるはずだから彼らへの対処もお願いするね」
     イフリートは彼らが自分の住処を荒らしに来たと思っている。
     愚かなヒトたちはまるで、飛んで火に入る夏の虫――……。

     この山を根城にしているイフリートは体が大きく、立派な炎の尾を持っている。その咆哮は炎を、駆ける足取りは敵の防御を切り崩す。
     鉄皮によろわれた狐を眷属として引き連れており、そちらは傷を舐めることで癒すこともできるようだ。
     彼らはこの山の主であり、山中での戦いは手馴れている。茂る樹木は視界を覆い隠し、特に体の小さい眷属はそれを利用してこちらに迫るだろう。
    「眷属の力は弱いから、イフリートさえ押さえればどうにかなるはず。全員を助けるのは難しいかもしれない。けど、最初から諦めるのと駄目だったのはきっと全然意味が違うと思うから」
     よろしくお願いね、と。
     まりんは説明を終えると同時に深く頭を下げて皆を見送った。

     イフリートは殺戮の獣。
     幻獣種という幻想的な名とは裏腹にその性質は炎そのものとしか言いようがなく、命絶えるまで屠る相手を求め続ける。


    参加者
    神崎・勇人(日々之ナンパ・d00279)
    江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)
    二夕月・海月(くらげ娘・d01805)
    紫空・暁(紫鏡の絵空事・d03770)
    フウラ・アンデスティ(二律背反・d03945)
    エルザ・スチュワート(省エネボルケーノ・d05216)
    旋風寺・真(嵐を呼ぶゲーム小僧・d07228)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)

    ■リプレイ

    ●戯れの代償
     戦なき国の民が戯れに戦を模倣するとは――フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)は柳眉をひそめ、心中にて呟いた。
     所は未開の山中。だが、確実に人の管理が行き届いた場所だ。真に手つかずの自然と戦を知るフランキスカにはいささか理解できぬ趣向であったらしい。
    (「えー……でも、ゲーム好きとしては一度やってみたいと思うじゃん?」)
     現場へ駆けつつもそんな心境にあった旋風寺・真(嵐を呼ぶゲーム小僧・d07228)だが、彼女の厳しい横顔の前には口を慎むしかなかった。
     代わりに、鋭く視線を巡らせる。
    「場所はこの辺り、だよな」
    「多分な」
     やる気があるのかないのか分からないエルザ・スチュワート(省エネボルケーノ・d05216)の返答である。エルザは乱暴に頭をかいてから、耳を澄ませた。
    「……ったく、普通に登山でもしててくれりゃ気配もたどりやすいだろうに。サバゲーっつったか、あいつら綺麗に気配を消してやがる」
    「そういうゲームみたいだものね。仕方ないわ」
     彼女――否、『彼』である紫空・暁(紫鏡の絵空事・d03770)はふと唇の前に人差し指をあてた。同時にがさり、と草陰が蠢く。
     『あちら』もこちらの存在に気がついたようだ。江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)は茂みの中にいるであろう者達に対して、ぞんざいに口を開いた。
    「さっさと山を下りろ。死ぬぞ」
     すると、ややあってから二人の男が姿をあらわす。
     どこからどう見ても登山客には見えない一行を前にして、三島は首をひねった。
    「なんだ、君たちは?」
     隣の松岡が続けて尋ねる。
    「どうするんですか、隊長? この子たちがいたんじゃ危ないですよ。皆に連絡取って中止に――」
    「んなこと言ってる場合じゃないッスよ!」
     叫んだのは崎・勇人(日々之ナンパ・d00279)だった。彼は後を仲間に任せ、真と共に四時方向目がけて駆ける。
    「え?」
    「……早く逃げた方が良いわよ。今なら間に合うかもしれないわね」
     フウラ・アンデスティ(二律背反・d03945)がささやいたのが早いか、フランキスカが眼光を強め彼らの精神に負荷を与えたのが早いか――三島と松岡は「ひぃっ」と悲鳴をあげ、腰を抜かして倒れこんだ。
    「早くお逃げなさい。さもないと、火遊びでは済みませんよ?」
    「あ、あああ……」
     二人はこくこくと激しく肯いて、一目散に駆けだした。勇人と真に続いて千葉チームの捜索に加わった二夕月・海月(くらげ娘・d01805)は獣の唸り声を察知してはっと顔をあげる。
    「どこだ!?」
    「うわあっ」
     誰何の声に応えたのはイフリートではなく全身を迷彩のペイントに包んだ二人の男だった。
    「び、びっくりし……」
     だが、続く言葉は迸る炎に飲み込まれてしまう。
     背後から現れたイフリートが彼の足に食らいつき、引き摺り倒したのだ。
    「くそっ!!」
     神崎・勇人(日々之ナンパ・d00279)はとっさに身をかがめたもう1人の体を乗り越え、イフリートの鼻先に喰らいつく。同時に飛び出した真はその脚力を生かして宙返り中に戦神を纏い、態勢を整えながら着地。暁の殺気が周囲に迸る。遠くで複数の悲鳴があがった。潜んでいた残りのメンバーだろう――当たりをつけた暁は容赦なく言い放った。
    「離れなさい、今直ぐに」
     とどまれば、その命は即ち無――。
     言外に込められた意を汲み取った男達はほうほうの体で逃げ出した。イフリートは嘶き、獲物を逃すまいと自らの従える眷属を呼び出す。
    「来たッスよ!」
     獣としては異形の姿を誇る眷属は身の軽さを生かして樹上から男達へ襲いかかった。
    「アクセルを踏め。死に向かって」
     呟きは八重華のものだ。帽子を深々と被り、その表情は見えない。彼は構えたバスターライフルを零射程で眷属へ突きつけ、己へと注意をひきつけた。
    「あ…わわ……」
    「早く行け」
     殺気にあふれた言葉に突き動かされ、男は這うように遠ざかる。動きの鈍さに舌を打ちつつ、海月は影を巻きつけた腕を差し延ばして眷属の一体を縛り上げた。
    「クー、手加減はなしだよ」
     影はまるで呼応するかのようにぎりぎりと眷属を締め付ける。
    「さて、お手並み拝見といきましょうか。Ms.スチュワート」
    「はっ、お上品な振る舞いは似合わねえ。一気に片つけるぜ!」
     二人のファイアブラッド――エルザとフランキスカは炎の双璧となってイフリートに迫った。その傷口から迸る炎を見た小鳥の類が「チチッ」と悲鳴をあげて枝から離れる。
     ガトリングに纏わせたレーヴァテインでイフリートの横っ面をはたいてやったエルザは、犬葉を剥き出しにして笑った。
    「よう、兄弟。会えて嬉しいぜ」
     返る唸りは怒りそのもの。
     エルザはその牙を間一髪で避けると高々に吠えた。
    「さあ、思う存分燃やし合おうぜ……!!」

    ●炎の化身
     遠くからその戦場を垣間見るものがいたとすれば、炎と闇が絡み合う舞踏のようであったと評するであろう。
     それも、戯れにあらず死の舞踏である。
    「でっやぁああー!!」
     気合いのこもった鋼鉄の拳がイフリートのこめかみを撃ち抜いた。軽い眩暈に襲われたイフリートは頭を振って態勢を立て直し、吼えたける。
    「ぐ、ぐぬぬ……!!」
     炎は真の頬を、腕を焦がして未だ消えない。
    (「負けない。もっと、もっと強くなってやる……!!」)
     援護するのは暁だ。後衛に布陣した彼は小さな笑みを唇に刻んだ。不謹慎過ぎる微笑みはなぜか彼によく似合う。
    「前だけ見なさい、感覚ごと覚ましてあげる」
     宣言通り放たれた癒しの矢は真の傷を癒すと同時にその集中力を研ぎ澄まさせた。
    「……Reve et Realite」
     フラウの瞳に翻るカードが映える。
    「……行くわよ、フウ」
     まるで半身のように付き従うビハインドがその時、僅かに頷いた。同じ中衛に身を置きながらもその役割は異なる。イフリートの咆哮を身を持って受け止めたビハインドの肩越しに、フラウは光輪をまるで盾のように大きく広げた。
    「これでっ、どうッスか!?」
     死告げの一刀は眷属を斬り伏せるに十分だった。
     一体目を打ち倒した勇人は息を切らせて仲間を振り仰ぐ。
    「次はどれッスか!」
    「――こいつだ」
     無愛想な物言いは影業を腕に纏わせた海月だった。彼女は風を斬るように踏み込み、浅くない傷を眷属に与えていく。
    「キキィッ!!」
     手ごたえあり、と僅かに唇を引き結ぶ。
    「黒に蝕まれ沈みなさい」
     低い、まるで呪いごとのような呟きとともに眷属を射抜いたのは暁の弾丸だ。
    「逃さないわよ」
    「当然です」
     フランキスカはふっと息を止めて咎人の大鎌を振り被る。
    「汝、癒え安らぐこと能わず。慟哭せよ!」
     其れは神速の一撃――!!
     宣告とは裏腹なことに、眷属は慟哭に身を浸す暇すら与えられず闇に葬られた。これで残るは一。既に逃げ腰となった眷属の退路は八重華が塞いでいる。
     ピリ、と空間が緊張に苛まれた。
     だがあくまで八重華は飄々と告げる。
    「ふむ、当ててみろ、か? 良いだろう」
     今、彼の脳内は最も有効な一手を弾きだしている。後ずさる眷属が反転するより一瞬だけ早くBlack Camellia――黒椿という愛称のバスターライフルが一撃を放った。視界の不良など意に介すことなく、光条は一直線に眷属を貫き滅する。
    「スナイパーなんでね」
     無情に皮肉をひとしずく落とした声色は限りなく――闇の色。
     ただ一匹となったイフリートは低く唸った。仲間の死を悼んだわけでもなく、危機を察したからでもない。
     殺し甲斐がある、と。
     炎を宿した瞳が笑ったような気がした。
    「領分を侵され荒ぶるか、獣」
     呆れたように言ってフランキスカは髪を背に払った。
    「……祓魔の騎士・ハルベルトの名に於いて、汝を討つ」
     大地を蹴ったイフリートの足元から炎が巻き上がる。フランキスカは決して目を閉じることなく、攻撃の機会を窺った。
     炎に巻き込まれた右脚が痛みを訴える――が、その足を軸に向きを替えたフランキスカは捉えたイフリートの体躯に思いきり大鎌を叩きつけた。
    「汝、破魔の戒めに屈すべし。縛せよ!」
     ひとつでは微弱とて、これまで受けてきた幾つもの負荷が徐々にイフリートを追い詰める。真は得意げに笑って言った。
    「プレッシャーがじわじわ効いてきたみたいだな! 行くぜ!!」
     怯むということを知らない少年は臆することなくイフリートの懐に潜り込み、ひたすら拳を撃ち込み続ける。
    「ふん、上等だ」
     無鉄砲な真を認めたのか、エルザは不敵な笑みを浮かべた。
    「どっちが仕留められるか勝負だなっ!」
    「へへっ、乗った!!」
     高らかな笑い声が凶悪な炎を凌駕して森に轟く。やれやれと肩を竦めたのは八重華と暁だった。
    「元気なものだ」
    「ふふ、頼もしいわね」
     服の襟からダイヤの印をちらつかせ、暁はより魔力を高めてゆく。八重華は再装填を終えた得物を緩やかに構えた。焦らずとも、この状況に持ち込めた時点でこちらが有利。照準を合わせ、引き金に指を添える。
    「ちっ、あと少しだってのに」
     頬に滲む血を拭い、炎を振り払うように叫ぶエルザ。足下からせり上がるような光に顔をあげれば、フランキスカが縛霊手に祭礼の輝きを纏わせている。
    「悪ぃな」
    「共同戦線を張る仲間ですから」
     当たり前のこと、と生真面目な答えが返った。その間にもビハインドに張らせた弾幕の後ろからフウラがシールドリングを発動。
    「……援護は任せて、勝負を決めてちょうだい」
     ……ああ、と海月は深い頷きでそれに応えた。
    「これで終わりだ」
     一瞬早く射出された八重華のバスタービームによって、イフリートは僅かに態勢を崩した。それは海月に後背を許す隙を与える事に繋がり、無防備な背中に幾筋もの傷跡を刻まれるはめになる。
     一筋ごとに、炎が血の如く飛び散った。
    「まだまだっスよ!」
     攻撃は途切れない。
     いつの間にか死角に回り込んでいた勇人が、挑発するように小刻みな動きで刃を返し、声を弾ませる。
    「こっちこっち、ッスよ。ケダモノ」
     苦痛に身をよじるイフリートはだから、気づくのが遅れた。その身はいつしか闇に包まれて自らの影を間の当たりにする――……。
    「本職はコレなの。さぁ、何が見える?」
     唇に笑みを刻んだ暁めがけ、イフリートは報復のように口腔を開いた。だが咆哮は滑り込んだ海月によって防がれる。同時に飛び出したエルザが止めのレーヴァテインを振り下ろした。
    「はああああっ!!」
     炎を凌駕する炎――。
     闇に堕ちたものに死に方を選ぶ権利などない。イフリートは自らと同種の力によって燃え尽くされ、塵と化した。
    「何れは、其方へ」
     消えゆく彼を見送るように、八重華は帽子を胸に抱いて頭を下げた。

    「お前の炎はその程度かよ……ぬるいぜ」
     跡形もなく消滅した同胞――兄弟にエルザは手向けの言葉を送る。背後では勇人が肩を落として首を横に振る。犠牲となった男の損傷は激しく、走馬灯を施すのは難しいと思えた。
    「こんな死に方、不本意ッスよね……」
    「……間に合ったのかしら。それとも間に合わなかったのかしらね」
     助けられた者がいて、助けられなかった者がいる。
     誰にともなく呟いたフウラの言葉をすくいあげるように、フランキスカが口を開いた。腕を組み、どこか遠くを見つめながらの独白だった。
    「サバゲー、でしたか? 火遊びの代償としては余りに酷い目に遭った事と思いますが……これに懲りて、獣の領域に立ち入る際は用心する様になれば良いですね」

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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