琵琶湖・田子の浦の戦い~双極の狼煙

    作者:御剣鋼

    ●双極の狼煙
    「先日の伏見城の戦いは無事に勝利する事が出来ました、誠にありがとうございます」
     温和な笑みで灼滅者達を出迎えた里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は、深々と頭を下げると、早速展開があったと話しを切り出す。
    「この戦いで、スサノオ壬生狼組の被害が少なかったこともあり、天海大僧正は全軍を琵琶湖に向かわせ、安土城怪人との決戦に挑むつもりでございます」
     恐らく、これが最後になるだろう。
     既に、琵琶湖大橋では両勢力のダークネスがにらみ合いを始めており、小競り合いも起きているようだ。
    「天海大僧正勢力からは、自分達が琵琶湖大橋で戦線を膠着させている間に、後方から安土城怪人の本拠地を攻撃して欲しいという、要請が入っております」
     この要請は、先に結んだ協定に沿ったものなので、問題は無い。
     むしろ、安土城怪人勢力に止めを刺す、絶好の機会でもある。
     けれど、この戦いに呼応して、想定外の事件が発生してしまったと、執事エクスブレインは双眸を険しくする。
    「第2次新宿防衛戦直後から行方をくらませていた『軍艦島』が、静岡県沖に出現し、田子の浦の海岸に上陸しようと近づいてきたのです」
    「――!」
     思わぬ勢力の報せに、教室の空気が瞬時に張り詰める。
    「軍艦島の出現は、偶然ではございません……」
     おそらく、日本のご当地幹部である『ザ・グレート定礎』が、安土城怪人勢力と連携して作戦を行ったと想定されるだろう。
     ――あるいは。
    「エクスブレインの予知と別系統の予知能力を持つ、刺青羅刹『うずめ様』による作戦かもしれませんが、どちらにせよ、武蔵坂学園は戦力を二分する事態になったといってもいいでしょうね……」
     ――琵琶湖の戦いに全力を注ぐのか。
     ――或いは、琵琶湖の戦いを諦めて、軍艦島の上陸阻止を行うのか。
     どちらが正しいかは、エクスブレイン達でも、わからなかったという。
     執事エクスブレインはバインダーを開くと、それぞれの戦場の説明と補足に切り替えた。
    「琵琶湖に向かう場合、琵琶湖大橋の反対側から攻めることになりますので、陸上戦になります」
     琵琶湖の戦いに大勝利すれば、安土城怪人の勢力を壊滅させることも可能になる。
     逆に、琵琶湖の戦いに敗北すれば、天海大僧正の軍勢は壊滅してしまうだろう……。
    「天海大僧正勢力の壊滅は、わたくし達には致命的な問題ではございませんが、武蔵坂が協定を破って彼等を見殺しにしたと、周りには思われるかもしれませんね」
     その場合、今後のダークネス勢力との交渉等に、悪影響を与える可能性があるだろう。
     今は、静観を保っている勢力との折り合いも、難しくなるかもしれない……。
    「軍艦島が上陸しようとしている田子の浦に向かう場合は、上陸してくる敵軍を海岸戦で迎撃する形になります」
     田子の浦の戦いに大勝利すれば、上陸しようとする軍艦島に逆侵攻して、軍艦島勢力を壊滅させる事が出来るかもしれない。
     逆に、田子の浦の戦いに敗北した場合、軍艦島勢力が『白の王』勢力に合流してしまう可能性が、高まるだろう。
    「軍艦島勢力は、勢力規模としては大きくございませんが、有力なダークネスが多く参加しております。この軍艦島勢力と、兵は多くて有力な将が少ない白の王勢力と合流する事は、強大なダークネス組織の誕生を意味するため、阻止できるならば阻止したいですね……」
     戦力を二分して戦えば、両方で勝利できる可能性があがる。
     だが、両方で敗北する可能性も高まるので、大きなリスクを抱えることになるだろう。
     
    「難しい選択肢だな……」
    「はい。どちらを選んでも、今後の情勢に大きな影響を与えるのは間違いございません」
     今回は、どの選択が正しいというものはない。
     だからこそ、戦場に赴く灼滅者達の選択に、全てが委ねられる。
    「より良い未来に繋がりますよう、皆様方の御力をお貸し下さいませ」


    参加者
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    裏方・クロエ(雨晴らす青・d02109)
    刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)
    音鳴・昴(ダウンビート・d03592)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)
    桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)

    ■リプレイ

    ●田子の浦の戦い
     田子の浦海上に『軍艦島』が現れると、少し離れた所からは『スイミングコンドル』が姿を見せる。
     軍艦島から揚陸部隊が大挙して海岸線に向かってくるものの、迎撃に向かった灼滅者は余りに少ない。
    「水際で阻止できなければ、防衛は失敗するだろうね」
    「まずは、ボク達の立ち向かうべき相手を倒しましょうですね」
     圧倒的な戦力を前に、刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)がぽつりと呟き、裏方・クロエ(雨晴らす青・d02109)は、インカム型無線機の操作を確かめる。
    「厳しい戦いになるだろーけど、ガンバってこうな!」
    「例え僅かでも、決して無駄ではないはずです。ここで食い止めましょう」
     住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)が、気合いを入れるように明慧黒曜を軽く振うと、桐城・詠子(逆位置の正義・d08312)も、バイオレンスギターを握る指先に力を込めた。
    『戦闘を始めるよ。こっちは寡兵ではあるけれど、学園灼滅者の絆と底力で頑張ろうね』
    『幸運を祈るよ!』
    「うん、みんなで笑顔で帰って来られるように、頑張るね」
     インカムから聞こえる仲間の激励は、厳しい戦いに向かう8人と6体の士気を底上げしてくれて。
     連絡係の花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)の表情も、ぱぁと明るくなった。
    「有力敵と一戦交えることができれば、情報は欲しいですね」
    「こっちが負けそうって状況なら、向こうから出てくる可能性はありそうだけどな」
     向こうのチャンスは、こちらの機会。
     成る程と川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)は頷き、双眸を研ぎ澄ませた音鳴・昴(ダウンビート・d03592)と共に、眼前に迫る羅刹を迎え撃つ。
    「……がんばる、です、よ」
     敵は1体、増援の気配はない。
     周囲を見回した加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)が霊犬のさっちゃんの背に視線を移すと、頼もしい相棒は尻尾を振ってみせて。

     少年少女達は、未だ知らない。
     昴の推測が、現実になるということを――。

    ●海岸線の攻防
    『敵多数と交戦中、応援を要請――ぐはっ!』
    「させないよ!」
     灼滅者達に炎の弾丸を見舞いながら無線機を手にする狙撃兵の腕に、淡い桜色の髪を靡かせたましろが、高速回転させた杭をグリグリとねじ込んでいく。
    「俺の炎で燃え尽きろ!」
     弾丸をかいくぐりながら穂先を旋回させた慧樹も、一気に距離を狭めて、跳躍ッ。
     勢い良く叩き付けられた炎に焼かれた狙撃兵は、苦し紛れに青い炎の弾丸を前衛に見舞うけど、多勢に威力を削がれて鋭く舌打ちする。
    「テメェはここで死ぬ。面貸せよ」
     先程までは清楚だった詠子の口調は、ゴロツキのように変貌していたが。
     ウイングキャットのウルスラグナに合わせ、癒しの旋律を味方に送り続けていた。
    「仮面は攻撃に専念しなさい」
     晶が鋭い刃に変えた影を伸ばし、ビハインドの仮面が電撃を折り重ねる。
    「ちょっと悩ましい、ですね」
     1体に対して通常の2倍近くの戦力、ちょっとした数の暴力でもある。
     それでも負けられないという想いは強く、彩雪も大量の炎の弾丸をばらまいていく。
    「今のところ増援はなし、か」
    「このまま短期決着を狙いましょう」
     早めに倒すことに越したものはない。
     炎と影の刃に重ねるように、昴が速攻の勢いで神秘的な歌声で響かせ、咲夜も積極的に冷気のつららを絡めていく。
    『くっ、このままでは……』
     多勢に無勢。
     疲労を濃くした狙撃兵が半歩後退するや否や、ましろが退路を断つように回り込む。
     そのままトラウマに駆られる影を伸ばすと、重ねるように晶が大鎌を鋭く振う。
    「フォローよろしくです」
     今度は、後列を狙って放たれる銃弾と刃。
     それをクロエと昴の霊犬、ライドキャリバーのぶんぶん丸が、体を張って遮る。
     三つ編みを靡かせながら鋭い飛び蹴りを見舞ったクロエに、ウイングキャットのエコーがリングを光らせ、傷を癒した。
    「かなり追い詰められてますね、気を付けて下さい」
     数の利を生かして速攻を重視した作戦は、列攻撃重視の狙撃兵には効果的面で。
     咲夜が繰り出した螺旋の如き捻りが、狙撃兵の利き腕を砕いた時だった。
    『うずめ様、万歳ーー!!』
     追い詰められた狙撃兵は捨て身の勢いで前衛に特攻、凄まじい膂力で殴りつける。
    「――っ!」
     ビシリ。
     影を盾の形にして攻撃を逸らさんとした晶の腕に、重い衝撃が浸透する。
     僅かに態勢を崩した隙を狙って、狙撃兵が更に半歩踏み出す、が。
    「足元がお留守になってるぜ」
     敵の気を引くように正面から迫った昴が、強烈な飛び蹴りで狙撃兵の機動力を奪う。
     その隙にギターに指先を奔らせた詠子が、癒しの旋律を前衛に届けた。
    「絶対に外せないのは、さゆも分かりますです」
     再び後列に向けられた銃口には、さっちゃんが体を張って遮ってみせて。
    「でもそれは、さゆ、たちも同じ、です」
     すかさず彩雪が、ガトリングガンの連射で黙らせる。
     無数の弾丸を追うが如く、咲夜が強く放った魔法の矢が、狙撃兵の右腿を深く貫いた。
    「前座はとっとと倒れとけっての!」
     皆が作ってくれたチャンスを見逃すまいと、慧樹が駆け出す。
     槍の柄を強く握ると同時に、穂先を覆うのは、強く強烈な炎――。
    「食らえ俺の必殺技!」
     勢いを乗せて豪快に振り下ろされた炎が、狙撃兵の体を真っ二つに両断した。

    ●不穏の足音
    「こちら花守班、予知された敵を撃破。周囲の警戒に入るねー」
    『我らもラシュモアヘッド撃破。援護要請なくば、敵増援に備える』
     塵と化した狙撃兵を一瞥したましろは、すぐに無線に一報を入れる。
     程なくして、他班からも勝利を伝える報せが、次々と届いてきた。
    「妙だな」
    「ええ、怖いくらいに順調すぎます」
     無線から伝わる朗報に、周囲を警戒していた昴と咲夜の双眸は険しい。
    「確かに想定していたよりも敵が少ないですね」
     地図を広げていたクロエは神妙に頷き、顔を覗かせたましろも首を傾げる。
     もう一度、スーパーGPSで他班との位置関係を、照らし合わせようとした時だった。
    「あれは……」
     連戦に備えて皆に癒しの歌声を届けようとした晶の声が、張り詰める。
     新たに軍艦島から現れたのは、開始時の2倍を超える敵の軍勢だった――。

    ●嵐、来る
    「増援だ、他チームに伝令頼む」
    「軍艦島から有力敵多数出現! え、え、うずめ様もいるよ!」
     昴が鋭く呼び掛けたのと、ましろがインカムに連絡を発したのは、ほぼ同時。
     更に、アフリカンパンサー、ザ・グレート定礎、大悪魔フォルネウスがそれぞれの手勢を引き連れて軍艦島から出て来たのだ!
    「おー、スター選手が揃って登場だな!」
     慧樹の言葉はくだけていたけれど、緑の双眸にはメラメラと闘志の炎が灯って。
     軍艦島維持に回していたサイキックエナジーも全て投入したのだろう、同時に軍艦島は、ゆっくりと沈み始めていた。
    「大悪魔フォルネウスも艦内にいましたか」
     遠目に見えた宿敵の姿に、咲夜も静かな敵意を燃やす。
    「ボク達の戦力が少ないのをみて、一斉に総攻撃を仕掛けてきたのかもしれないです」
    「心霊手術の余裕は、なさそう、ですね」
     もはや、上陸阻止は不可能。
     立て続けに無線に入る緊迫した報せに、クロエと彩雪の表情も張り詰める。
     ――撤退を決めるべきか。詠子とましろが顔を見合わせた時だった。
    『狗神だ。我らはこれより、うずめを狙う』
     明確な意志が宿られていた一報、その支援を断る理由はない。
     最も危険な予知を持つうずめ様を放置すれば、撤退に影響がでる恐れもあった。
    「確かに、うずめ様が戦場に出てきている今が、千載一遇のチャンスだと思うのです」
    「軍艦島に足を運ぶ必要がなくなったのは、好都合だよ」
     うずめ様の近くなら、有力な情報を掴むことが出来るかもしれない。
     そう続けたクロエに晶が強く頷き、咲夜も同意する。
    「大悪魔も気になりますが、最も危険なのは、うずめ様に間違いありませんね」
    「まあ、羅刹打倒は最低目標だよな」 
     仲間の決意を受け、慧樹も少しでも敵を減らさんと闘志を燃やす中、詠子が頷いた。
    「チッ……状況は悪ィが仕方ねぇ」
     周囲では、既に幾つかの班が退路確保のために動いている。
     同時に。後背を狙うアメリカンコンドルを抑えこもうと、2班程動き出したようだ。
    「了解! 花守班、8人と6体の大所帯でうずめ様に向かうよー」
     味方の支援を信じて前に進むのは、今しかない。
     ましろが通信を終えると、一行は一陣の風になった。

    ●うずめへの道
    『うずめ様を守れッ!』
     うずめ様に向かう灼滅者達の前を立ち阻むのは、護衛部隊の羅刹達。
     部隊長の号令に合わせて配下の狙撃部隊が一斉に発砲するものの、8人と6体は最も弱っている敵に標準を合わせて、着実に灼滅していく、が……。
    「ウルスラグナ、へばッてんじゃねェぞ!」
     敵の攻撃は熾烈。
     詠子の声もむなしく、無数の銃弾を小さな体で遮ったウルスラグナが、消えてゆく。
    「まともに相手してるとキリがないな、強行突破してうずめ様を叩く!」
     先陣を切って駆け出した慧樹が手薄な所に狙いを定め、最大火力の咲夜に声を掛けて。
     退路を確保している後方のチームを思うと、答えは1つ!
    「さっちゃん、もう少しだけ、頑張って……」
    「可能性が少しでもあるってなら、闇堕ちしてでもうずめ様を潰しとくか」
     張り付くように銃撃を遮った霊犬達が消えていく姿に彩雪は瞼を伏せ、昴も蔦が装飾された和弓の弦を強く引き絞る。
    「エコーも行くのです」
     行かせるなっと響く号令と銃声。
     最後まで奮闘していたぶんぶん丸が消滅するや否や、クロエの声にエコーが飛び出す。
     片腕を撃ち砕かれた晶も仮面に前にでるように命じると、更に前へ駆け出した。
    「あともう少し……!」
     ましろが招いた優しき風が、前へ進む灼滅者の背中を後押しする。
     前方では、羅刹の頭をごぼう抜きに踏み台にした少女が、うずめ様の側まで距離を詰めていて。
     ――刹那。弾んだ声をあげながら、赤い光に包まれた獲物を振り下ろした。
    「いや、ごぼうで叩くなごぼうで」
     さよならシリアス、こんにちわコメディ。
     昴が呆れ返ったのも一瞬、巨大な轟音が周囲の空気を裂く。
     ザ・グレート定礎がうずめ様を守らんと動き出し、大勢の定礎怪人がこちらに向かって来たのだ。
    「ちょっとしたアイドルみたいだな、うずめ様って」
     予想していた増援は余りにも巨大。
     ザ・グレート定礎がうずめ様の救援に回った今、戦局が覆されることはないだろう。
    「まずいな……」
     定礎怪人の増援が加わったことで、戦況は圧倒的不利に傾いた。
     それでも慧樹を始め、可能性に掛けて戦い続けたいと願う者がいる中、咲夜のインカムにも緊迫した声が入った。
    『こちらは撤退します。皆さんもお気をつけて』
     その報せは、近くでうずめ様を狙っていた他班のもの。
    「ここが潮時だね」
     インカム越しに聞きながら、晶は飛び交う銃弾を影の刃で黙らせながら呟く。
     反撃に備えて瞬時に鎌を横にするものの、弾丸の嵐に耐えきれず、ついに崩れ落ちた。
    「後方の班も押されて、ます。これ以上は危険、です……」
     迫り来る定礎怪人に、彩雪は青みを帯びた銀のリボンを伸ばしながら、悲鳴を上げて。
    「詠子ちゃん、お願い……」
    「ああ、後は任せろ」
     只1人になったディフェンダーのクロエが集中砲火を受けて倒れ、横から追撃を受けたましろが膝を付く。
     ましろを助け起こしながら自身のインカムに触れた詠子は、逡巡する間もなく告げた。
    「何処も彼処も状況が悪ィな、花守班も撤退する」
     遠くには、自分達の撤退を支援しようと、ザ・グレート定礎に立ち向かう班が見える。
     詠子は後ろ髪引かれる思いで踵を返し、敵中孤立から脱すべく、来た道を引き返した。
    「あと少し戦力が集まっていれば、うずめ様を討ち取れたかもしれませんね」
     悔しさの余り、ぎゅっと噛んだ咲夜の唇に、血が滲む。
     そして、退路を塞ぐのは、先程追い抜いた護衛部隊の羅刹達――。

    ●敵中孤立
    『うずめ様を傷つけた罪は、万死に値するッ!』
     撤退のタイミングは的確だった。
     しかし、退路を守っていた後方の班は崩壊寸前、更に壁の主力だったサーヴァントを失い、戦力が一気に激減した自分達には、退路を斬り開く余力がない。
    「倒れるか、よ!」
     魂が肉体を凌駕したのも何度目になるだろうか。
     重い体を叩き起こした慧樹は、鋭い叫びを戦場に響かせていて。
    「回復が、追いつかない、です」
    「めんどくせえな」
     何よりもザ・グレート定礎の救援を受け、うずめ様を狙われた護衛部隊の士気は高い。
     だからこそ、彩雪と昴の脳裏にはっきりと過る。――全滅。その二文字が。
    「詠子さん、応援要請をお願いします」
    「クソッ、私達だけじゃ突破しきれねぇ! すまねえが応援を頼む!!」
     殿を買ってくれた班は無事だろうか。
     何処も切羽詰まっていることは、咲夜と詠子も重々承知している。
     その時だった。ツインテールが揺れ、蒼き雪が戦場に舞い降りたのは――。
    「ごめんなさい、です……」
     彩雪の姿が、幼い少女から緩やかに蒼き雪の女王へ変わっていく……。
     近くの羅刹を指先だけで一瞬で蜂の巣にすると、涼やかな双眸をうずめ様へ向けた。
    「……あなたたちがどんなに強くても、先を見通すことが出来たと、しても。さゆ、たちが力を合わせたら……絶対に負けない、んです」
     だからこそ、この時この場所で、自分が堕ちる意味がある、と。
     ――その刹那、羅刹達の動きが変わる。
     闇堕ちした彩雪を見るや否や、一斉に向かい始めた様子に、クロエは目を見張った。
    「さっきまで、ボク達を殺そうと躍起になっていたのに……」
    「まるで、彩雪ちゃんを捕まえようとしているみたい」
     他班の状況を遠目で確認していたましろにも、闇堕ちしたと思われる灼滅者達に、敵が一斉に群がる異様な光景が見えて……。
    「彩雪チャン!」
     それでも止まぬ追撃の中、飛び出そうとした慧樹を昴が傷だらけの片腕で制する。
    「闇堕ちした灼滅者に集中して包囲が薄くなってる、撤退のチャンスは今しかねーよ」
     ここで留まることは、彩雪の覚悟を無駄にすることに等しい。
     苦渋の眼差しを向ける昴に、慧樹も握り固めた拳を振わせた時だった。
    『狗神だ。煙幕を使う。利用できるならしてくれ』
     他班の連絡と同時に、発煙筒の煙が真っ直ぐ伸びてくる。
    「今だ、走ってくれ」
     深手を負った晶は肩を支えて貰いながら煙に身を隠すと、一気に戦場を駆け抜ける。
     後ろを振り向かず、少しでも遠くへ。後方の仲間の元へ――。
    「次会った時はブッ飛ばしてやるよ」
     潮の香りが遠ざかる頃、詠子はゆっくり後ろを振り向く。
     ……追って来る羅刹や、定礎怪人は、いない。
     他班も多くの闇堕ちや戦闘不能者を出しながら、皆生き抜くことが出来たようだ。
     だからこそ、挽回のチャンスは必ずある。そう信じて――。

    作者:御剣鋼 重傷:裏方・クロエ(雨晴らす青・d02109) 刻野・晶(サウンドソルジャー・d02884) 
    死亡:なし
    闇堕ち:加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786) 
    種類:
    公開:2016年2月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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