琵琶湖・田子の浦の戦い~二戦択一

    作者:柿茸

    ●教室
    「伏見城の戦いが無事に勝利することができた事、皆はもう聞いたかな?」
     田中・翔(普通のエクスブレイン・dn0109)が、珍しくカップ麺などを机の上に置かず集まった灼滅者達をじっと眺めていた。
     一息置いて、翔は言葉を続ける。
    「この戦いでスサノオ壬生狼組の被害が少なかったこともあって、天海大僧正は、全軍を琵琶湖に向かわせて安土城怪人との決戦に挑もうとしているみたい」
     既に琵琶湖大橋では両勢力が睨みあい、小競り合いも始まっているようだ。
    「で、協定を結んでいることもあって当たり前なんだけど、天海大僧正からこちらに協力要請が来てる」
     内容としては、自分達が琵琶湖大橋で戦線を膠着させている間に、後方から安土城怪人の本拠地を攻撃して欲しいという物。特に無茶な注文でもない普通の協力要請だが、翔の表情、というよりも雰囲気は硬いままである。
    「ここまでなら問題ないんだけど」
     と、少し置いて。
    「このタイミングで、軍艦島が静岡県沖に出現し、田子の浦の海岸に上陸しようと近づいてきている」
     行方をくらませていた軍艦島がこのタイミングで。偶然とはとてもではないが思えない。
     おそらく、日本のご当地幹部であるザ・グレート定礎が、安土城怪人勢力と連携した作戦か、刺青羅刹・うずめ様による作戦だろう。
    「どちらも放っておくことはできないけど、どちらかしか選べない状況なのは、分かってると思う」
     僕からはどちらを優先すべきとか、そう言うのは何も分からないから。
     どちらの戦場に行くか、君達に決めて欲しい。
    「補足と言う形にはなるけど、それぞれの戦場の状況を説明しておくね」
     まず琵琶湖の方。
     琵琶湖の戦いに大勝利すれば、安土城怪人の勢力を壊滅させる事も可能となるが、逆に琵琶湖の戦いに敗北すれば、天海大僧正の軍勢は壊滅してしまう。
     別に天海大僧正勢力が壊滅する事は、致命的な問題ではないが、武蔵坂が協定を反故にして見殺しにしたという事になってしまうのは、今後のダークネス勢力との交渉などに悪影響を与えかねない。
     そして田子の浦。
     こちらは放置しておくと軍艦島勢力が白の王勢力に合流してしまう可能性が高くなる。
     軍艦島勢力は、勢力規模としては大きくないが、有力なダークネスが多く参加している。一方の白の王勢力は戦力は大きいが有力な将が少ない。つまり合流する事は、強大なダークネス組織の誕生を意味する。
     学園の灼滅者からの戦力を二分することで両方で戦えば、両方で勝利できる可能性はある。しかし、どちらも生半可な相手ではないため、両方で敗北する可能性もまた高まる。
     そして、どういう結果が出たにしろ。今後の情勢に大きな影響を与えるのは間違いないだろう。
    「琵琶湖に向かった場合は、武者アンデッドと戦うことになる」
     黒の武士鎧に身を包み、刀を持つ武者アンデッド。
     使ってくる技は以下の通り。
     1つ目、剣を振るい、光り輝く衝撃波を飛ばしてくる。見た目こそ違えど、性能は月光衝である。
     2つ目、重い斬撃を打ち込む雲耀剣。
     3つ目、勢いを乗せた全力の突き。螺穿槍と同じ性能を持つ。
    「そして田子の浦に向かった場合は、ソロモンの悪魔と戦うことになる」
     白い、フォルネウスの鎧に似た鎧に身を包む悪魔だ。おそらくは逃走後に軍艦島に合流したフォルネウスが召喚したのだろう。
     使ってくる技についてだが。
     1つ目、アンチサイキックレイと同じ、敵のサイキックを否定する魔力の光線。
     2つ目、純粋な魔力の塊であるマジックミサイル。
     3つ目、凍り付く炎を敵陣へと放つ魔法。フリージングデスの性能を持つ。
     以上となる。
    「……今回は、どの選択が正しいという事はないと思う。だから、どっちの戦場で戦うかは皆に任せるよ」
     ただ、悔いのないように、頑張ってきて、と。
     翔は、言葉を締めくくった。


    参加者
    烏丸・織絵(黒曜の識者・d03318)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)

    ■リプレイ

    ●浜に見えるは
     軍艦島が遠くに見える。浜にはその軍艦島勢力の揚陸部隊が、今まさに上陸しようとしていた。
    「ここで軍艦島勢力の介入とは流石の名探偵の私でも予想の範疇外でした」
     それを見やりながら、星陵院・綾(パーフェクトディテクティブ・d13622)が真面目な顔で、辺りを見回しながら分析を行う。
    「田子の浦に向かう班は少ないようですが、セイメイとの接触は阻止して見せます」
    「いやー、でもやっぱり数的にこっち側で強いやつを相手するのは難しそうっすね」
     なるべく無理はしないようにして、琵琶湖側でいい知らせがあることを祈るっすよ。と隣でぼやくのは宮守・優子(猫を被る猫・d14114)だ。
     さらに、もう1人の黒猫、もとい猫の着ぐるみ、文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)が頷いた。
    「琵琶湖の方も気になるが……向こうは仲間に任せたぜ。軍艦島勢力とセイメイの合流は阻止したいしな」
    「そしてさらに、田子の浦にうち出でてみれば白い悪魔、と。長らくの船旅お疲れ様ですが、まるで笑えませんしそのまま沈んで頂きましょうか」
     ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)が愛用の消音拳銃の調子を今一度確認し。そして、いよいよ浜に上がり始めた敵部隊を見据える。敵はどこだと。
     その目の前を、ふわりとシャボン玉が通り過ぎて行った。風に乗り、飛んで行くシャボン玉。それを追うように、紅コートをはためかせながら歩き出す烏丸・織絵(黒曜の識者・d03318)。
     その背中の向こう、狙うべき白い悪魔の姿が遠く、双眼鏡越しに見えれば、歩みから走り出す紅の背に向けて、狐の獣人、饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)と敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)が追いかけていく。
    「全く、安土城だの天海だのややこしいなもう」
     だが、俺は俺にできることをやるだけだ、行くぜオヤジ。とビハインドの紫電と頷き交わす雷歌の左右両側から、ライドキャリバーがその背に主人を乗せて2台、先へ。
    「先に僕達ディフェンダーがあいつの注意を引きつけます」
    「任せとくっすよ!」
     左藤・大郎(撫子咲き誇る豊穣の地・d25302)と優子が振り返りながら、砂を撒きあげ浜を駆けていく。
     用意した無線からは、次々と開戦を告げる音が聞こえ始めていた。

    ●白の悪魔
    「やあ、遠路遥々といったところか」
     2人と2台が交戦を始めた十数秒後、ダイダロスベルトが貫いていく。白い鎧に弾かれ戻る帯の先には織絵の姿。
     駆けてくる直哉へと次いで目を止め、回避行動を取ろうとした悪魔の足元を銃弾が掠めていく。止まる脚に叩きつけられるレッドストライク。
    「海魔、知ってますよ。一番逃げ足の速い大悪魔でしょう?」
     鍔付き帽子を押さえながら、銃を構え直すジンザ。
    「自身は顔出さずに先兵ね。ま、悪魔らしい臆病さです」
    「どうする、お前も逃げるか?」
     さらにニヤリと笑う紅の殺人鬼。
    「良い手土産になると思うぞ、私たちの首は」
     それをむざむざ見過ごすのかと言わんばかりに。
    「下らん挑発だ」
     だが乗ってやろう。
     悪魔から発せられた言葉。襲い掛かる純粋な魔力が、一直線にジンザを穿つ。弾ける衝撃に、囲む灼滅者達も緊張の走った顔を見せる。
    「くっ……話に聞いてたより、ずっと強い!」
     一歩、ジンザが、そして大郎と優子が後ろに下がる。逆に一歩踏み出してくる悪魔。
    「先程の挑発はどうした?」
     走り、詰め寄って行く白い鎧に、後ろから追いすがる形となる織絵、直哉。踵を返すジンザ。
     しかしその足が、数十秒で止まった。同時に奇妙とも言える程凛とした何かの鳴声。歪む視界に見えない衝撃が襲い掛かり、そして炎が己の身体を斬り裂いた。
    「今日の『護り刀』は一味違うぜ」
     何かを護る、その為に。阻む全てを、叩っ斬る!!
     紫電と並び立つ雷歌の、護りの意志を体現する斬艦刀が今一度燃え上がる。
    「いやぁ、相変わらずお熱いお方で。あ、大郎さん、もうちょっと左の方でお願いします」
    「分かった」
     そしてラビリンスアーマーをジンザに施しながら、一歩引いた場所で戦場を見渡す綾。悪魔が辺りを見渡せば、己の身が主戦場より陸地にある場所で、周りを8人の灼滅者とそのサーヴァント達に囲まれていることを理解した。
    「今更海には還しませんよ、この地に、沈みなさい」
     帽子をかぶり直し、指輪を押さえこんだジンザの言葉と石化の呪いに何事か、恐らく罵りの言葉を返しながら砂を蹴り、悪魔は二方向からの機銃の射線両方から逃れる。
     追いすがる樹斉の刀が閃いた。血のように黒い瘴気が噴きだし、着地する悪魔の膝が一瞬大きく落ちる。
     その後ろに翻った紅色が、そのまま前に切り抜けつつ砂を抉り止まる。見上げる織絵の頭上を飛び越えた優子が振り下ろした白光の斬撃は、惜しくも砂に埋まるが、その白光の奥からナイフが鎧目がけ飛び出してきた。
     捉えた、と思った直哉の一突きは、しかし紙一重で魔力の壁に逸らされる。否、紙一重で逸らした、と言うべきか。
    「どうも速さ相手には慣れているみたいだな」
     一歩引く着ぐるみに返す言葉はなく、代わりに凍る炎が周囲へと噴き上がる。
     咄嗟に腕や足で身体を庇った前衛陣を巻きこみながら凍り付いていく砂の足場。しかし突きたてられたスリップ注意の標識が氷を砕き、不思議な力を与えていく。
    「……変ですね」
     突きたてた標識から手を離しつつ、綾はもう片手を口元に置いたまま呟いた。
     目線で問いかける樹斉に、いや、と言葉を濁しながら奥へと視線を移す。
     その奥は混戦状態ではあったが、しかし拮抗しているように見えた。
    「もっと劣勢になるかと思ったんですが」
    「……」
     確かに、と言う様に狐の顔を縦に振る樹斉。無線を耳に当てた文月も、軽く横に首を振るだけだ。
     煮え切らぬ嫌な予感を覚えつつ、しかし3分、4分と時間が過ぎても状況は変わらず―――むしろ、灼滅者側に有利に傾いていく。
     白の鎧はボロボロに砕け、悪魔は身体の至る所から瘴気を溢れ出していた。
     そして、膝が崩れ落ちる。機を見逃さず、飛び出すは織絵と雷歌だった。紅のコートと、赤色の電撃の如きオーラが砂を駆ける。
    「臓を捉えた感触……ありだ!」
    「一気に、砕くっ!」
     緋色の暴力が白を染める。
    「ぐおおおっ!!」
     地面に叩きつけられた鎧が砕け、溢れ出る黒が空中へ霧散し、そして溶けて行った。
     一息つく灼滅者達。しかし戦いはまだ終わっているわけではない、と次の戦いに移る前の準備を始めようとしたその時に、無線から悲鳴染みた声と、それをかき消すような大音声が―――否、無線越しでなくとも、海から新たに大量のダークネスが、音が押し寄せてきているのが見え、聞こえた。
     一息ついたその顔に、先程以上の緊張が走る。
    「……後ろ!?」
     そして、優子のDSKノーズが、腹の虫を擽る香りと共に敵を捉えたのは、その直後だった。

    ●美味なる匂い
     肉とジャガイモの香りを撒き散らしながら一直線に走ってくる怪人の姿。更にその隣には飛ぶように駆けてくる、こちらも怪人の姿。隊列を組み直す灼滅者達。
    「俺はポットロースト怪人!」
    「ホットドック・エアフォース!!」
    「「アメリカンコンドル様の配下怪人だ!!!」」
     飛びあがる2人の怪人の蹴りが、ガクとキャリバーさんに突き刺さる。
    「後ろから……挟み撃ちだよ!」
    「退路を断つようにってことか!」
     声が飛ぶ。身体を翻し着地する怪人達になだれ込む灼滅者達の銃弾が、剣が殺到する。
    「そのとぉーりっ!」
    「野望を邪魔しようとする灼滅者を確実に排除するためのアメリカンコンドル様の作戦よ!!」
     それらの攻撃を受け、逸らしながら高らかに笑う怪人に、雷歌がうんざりした顔を向ける。
    「普段の奴らよりは、見た目も攻撃もまともみたいだが」
    「食えそうにないってのが残念っすね」
    「いつもそうだが怪人を食おうとするんじゃねえよ!」
    「何!? 怪人は食う物ではないのか!?」
    「フハハハ! この状況でありながら俺達を食おうとするとは大したタマだ!」
     むしろ、この状況だからこそと言うべきか。威力を見る限り、先程灼滅した悪魔と同程度の強さを持つのだろう。
     連戦、相手の数。かなり厳しい状況であることは明確。故の、士気を盛り上げようとするやり取りに大郎は思わずクスリと笑ってしまう。キャリバーさんの傷を癒せば、車体も大きく唸りを上げる。
    「集中攻撃を! 速攻で数減らしです!」
    「了解!」
     回復を施す綾の指示。直哉が踏みだし、通行止めだと赤い標識をホットドックへと叩きつけ、織絵が炎を噴きあげながら砂を駆けた。
    「アメリカンコンドルの配下って言ったよね」
     半獣人の姿に戻りながら大きく斬りかかる樹斉。目線をその狐耳の少年へと向けるホットドックへ、さらに言葉を紡ぐ。
    「幹部で神様な烏天狗さんはどこー?」
    「あそこだ。お前達は私達に任されてな」
     疑問に律儀に指で指し示す、その先を見れば、確かに遠くで別のグループと戦うアメリカンコンドルが見えた。
     叩くには、まずはこいつらを倒さねばならない。
     しかし強敵が2体。はたして倒せるのか。
     否―――。
    「ファイアブラッドの炎、火傷じゃすまねえぜ!」
     倒さねばならない。退路を作るためにも。
     燃える刀を怪人の繰り出す蹴りに叩きつける雷歌が、視界の端に紫電を捉えた。その先にはポットロースト怪人。
    「オヤジ!?」
    「フハハ! 我が匂いは狙いをも引き寄せる!」
     集中攻撃してくるならば、強制的に狙いを散らばせればいい。
    「ホットドックよ、まずはサーヴァントを叩くぞ! 次にその主、そして前衛よ!」
    「OK!」
     連携の声が飛ぶ。ニヤリと、織絵と綾の口元も歪む。
    「いいだろう、やってみろっ!」
    「やらせはしませんし、進ませもしませんよ。名探偵の名にかけて!」
    「威勢がいいな! 気に入った!」
    「……あ、ダメでも名探偵の名前は返上しませんが」
    「面白い、ますます気に入った!」
     ラビリンスアーマーが紫電に飛び、刃がパンを斬り裂く。少しでも長く耐える様にと集気法とフルスロットルで気合を入れ直す優子、ガク。
     その中で、ジンザと樹斉が眉間に僅かに皺をよせていた。
     互いに蓄積していくダメージ。だがその勢いは、灼滅者とダークネスの間には埋められない差がある。
     ホットドックとポットローストが繰り出す風と地震に、撒きあげられる砂に巻き込まれライドキャリバー2台が消える。
     すぐさま回復が、前衛のサーヴァント主へと集中するその時に、放たれた2つのビームが紫電を消し飛ばした。
    「灼滅者は厄介だ。トドメは蹴りでだぞ!」
    「こうなったら、とことん粘ってやるっすよ……!」
     疲弊した様子を見せつつも元気に返答するホットドックに、同じく疲弊し血と汗をぬぐいながらも優子が大郎に治癒の光を押し当てる。大郎も盾を雷歌に分け与えながら、紙一重で杭打機のような突きの一撃を避ける。
    「結構ダメージを与えているとは思うんだけどなっ」
    「相変わらずうるせぇ奴らだ!」
     直哉と雷歌の攻撃は避けられる。樹斉の施す執刀術に痺れつつも、ホットドックは雷歌に手を伸ばした。咄嗟に割り込む大郎が掴まれ、そのまま宙を飛ぶ。
    「ホットドーック! ダイナミーック!」
     爆炎と砂が叩きつけられる衝撃に舞う。割れる盾と衝撃の強さに綾が帯を大郎へと飛ばそうとして、飛びあがるポットロースト怪人の姿を見た。
     飛び蹴りが舞う砂と煙を割り、大郎を穿つ。
    「うぐぁっ……!」
     悲鳴一つ残し、そして動かなくなった。ラビリンスアーマーは間に合わない、間に合っても耐えれたかどうか。単純に相手の攻撃が2倍になれば、回復は当然間に合わなくなる。
    「も、もう駄目っす……」
    「クソッ……!」
     それを再確認させるかのように、やがて優子と雷歌も倒れた。次に狙われるは織絵。
     ジンザの攻撃が邪魔をし、直哉の攻撃がその魔術的阻害を増やしていく。それでも、綾と樹斉の回復だけでは間に合わない。こちらの攻撃も、確実にホットドックの体力を削って行くが、しかし踏みとどまっていた。
    「いい加減に……ッ!」
     トドメを狙う形で蹴られ、大きく体勢を崩しながらも織絵はまだ倒れない。射出した帯が宙を舞うホットドックへと突き刺さる。捉えた、と引き寄せながら放つ逆側の帯が、的確に肉を貫いた。
    「あ、アフリカンコンドル様……栄光あれええええ!」
     爆散するホットドック・エアフォース。脂汗と笑みを浮かべる織絵に、しかしその横合いからもう1人の怪人が迫る。
    「よくも!」
     ジンザが咄嗟に、的確に魔力のミサイルを直撃させるがほぼ無傷と言っていいほどの怪人は意にも介さない。突き刺さる衝撃に、紅のコートが僅かに浮く。
    「く……そ……!」
     そして膝から崩れ落ちる織絵の、その前に割り込む1つの大きな影。
    「直、哉……?」
     着ぐるみが、その目付きの悪い黒猫の瞳が、怪しく輝いていた。

    ●白猫よ、何処へ
    「ポットロースト、か」
     着ぐるみを纏う人物の口が動く。繰り出される斬撃は、明らかに段違いに速く肉を抉る。
    「貴様、まさか!」
    「食い物で世界征服なんて甘い甘い、あまぁーい!!」
     たたらを踏んだ怪人に、直哉が、着ぐるみが、高らかと告げる。
    「食い物など所詮食えば影も形もなくなる! ただの食料に世界征服なんてなあ!」
     そう! 形を保ち、そして人を包むこの着ぐるみが!
    「着ぐるみこそが! 世界征服に相応しいぜ!!」
     赤く染まる直哉の目。黒猫の瞳がキランと輝き―――その毛皮の色が、黒から白へ、スカーフが赤から青へと変貌していく。
     闇堕ちの条件は、満たされていた。どうしようもないこのチャンス、懸けるほかない。
     真っ先に動いたのは綾。今この時点で最高のダメージソースとなった白猫へ防護を優先する綾に続き、樹斉の歌声が怪人を身体を揺り動かし、ジンザが強烈に肉を斬り裂いた。
     闇堕ちした灼滅者の戦闘能力がダークネスに匹敵するのは既に承知の通りだろう。
     そこへ、さらに味方が3人となれば、怪人に勝てる道理は見つからず。
    「ポットローストは……黙って調理されてるがいいぜ!」
     動けないポットローストを、強烈な炎の蹴りが断末魔を発する暇すら与えずに焼き尽くした。
    「直哉さん!」
    「おっと、止めてくれるなよ」
     一歩、まだ敵がいる場所へと踏み出そうとする白猫にかかる声。振り返ったその赤い瞳は、普段通りに、しかし明らかに異なって燃えていた。
    「着ぐるみで世界征服する野望を邪魔する奴を潰しにいくだけだ」
     お前達も邪魔をするなら……潰すぜ?
     踵を返しながら告げられた言葉に、歯噛みしながらもその背を見ることしかできない。
     そして同時に気がついた。敵の動きが変わりつつあることに。
    「追ってこない……?」
     こちら側へ撤退してくる灼滅者達を追うことなく、別の何かを探す様に動くダークネスの軍。
     それを追う白猫は。やがて砂煙の向こうに消えていった。

    作者:柿茸 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712) 
    種類:
    公開:2016年2月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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