琵琶湖・田子の浦の戦い~分岐路に立つ者

    作者:一縷野望

    「純粋にキミ達に選択を委ねたいから――」
     敢えて状況だけを粛々と告げる、灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)はそう言い置いて口火を切った。

     伏見城の戦いは勝利で終わった。
     スサノオ壬生狼組の損傷が抑えられたため、天海大僧正は、全軍を琵琶湖に向かわせて、安土城怪人との決戦に挑もうとしている様子。
    「既に琵琶湖大橋では両勢力での小競り合いも始まってるよ」
     天海大僧正勢力から、琵琶湖大橋で戦線膠着させている間に、後方から安土城怪人の本拠地への攻撃要請が来ている。
     要請自体は協定に沿っている為、正当。
     ただこの戦いに呼応し、第2次新宿防衛戦直後から息を潜めていた軍艦島が、静岡県沖に出現し田子の浦の海岸への上陸を狙い接近してきたのだ。
    「偶然じゃないと思う」
     日本のご当地幹部であるザ・グレート定礎の、安土城怪人勢力との連携作戦。
     あるいは予知能力を持つ、刺青羅刹・うずめ様による作戦かもしれない。
     つまり『琵琶湖』と『軍艦島』と要対応事項が2つ。
    「どちらを優先すべきかボクには示せない、正解はわからないんだ――だから、キミ達の意思で決めて欲しい」
     
     状況説明を終えた標はチョークを手に取ると、目的の説明へと移行する。
    「琵琶湖の戦いについて――大勝利は土城怪人の勢力の壊滅を狙える。逆に敗北は天海大僧正の軍勢の壊滅に直結する」
     後者は致命的な問題ではない。
     ただ武蔵坂が協定を反故にして見殺しにしたと取られ、今後のダークネス勢力との交渉などに悪影響を与えるかも、しれない。
    「田子の浦の戦いについて――大勝利は軍艦島へ逆侵攻しその潰滅が狙える。逆に敗北は軍艦島勢力が白の王勢力への合流の可能性が高いね」
     規模は小さいものの軍艦島には有力なダークネスが多数参加している。白の王勢力は逆に戦力が大きいが有力な将がいないのが泣き所。
    「弱点を補い合って強力な組織が誕生するから……できれば阻止した方がいいと、思う」
     戦力二分はリスキーである。
     双方の勝利を取れる可能性もあるが、双方敗北という目も当てられない結果の危険性も高まる。
     勿論、わかった上でリスクを抱えチャレンジする選択もありえるだろう。
     
    「なんにしても、この戦いの結果が大きな分岐点になるのは間違いないよ」
     チョークを置いて手をパチパチと払い、標はようやく何時もの笑みを唇に刻む。
    「だからキミ達に任せたいんだ」
     どの選択が正しい・間違い――そんなもんは、ない。
     岐路に立ち状況に作用できるのは、命をかけて戦場に立つ者だけに赦された、権利。
    「ボクはキミ達の選んだ未来についてくよ。だからどうか、後悔無き選択を」


    参加者
    狐雅原・あきら(アポリアの贖罪者・d00502)
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    佐久間・嶺滋(罪背負う風・d03986)
    波織・志歩乃(夢と微睡み小夜啼鳥・d05812)
    雪乃城・菖蒲(廻り合いの必然・d11444)
    虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)

    ■リプレイ

     今この地に立つのは、数の面で不利であろうが諦めぬ選択を取りし者達だ。その矜恃はなによりも、尊い――。


    「……厳しい、ですね」
     掌で庇つくり透かし見ていた雪乃城・菖蒲(廻り合いの必然・d11444)は唇を噛みしめる。
     地響き。
     混沌と散らされているように見えて、真っ直ぐな志向性を持つ、行軍。
     否。
     自分達がまさに砦、彼らの目指す先は更に向こうの人の棲まう地。
    「強襲をかけたかったけど無理そうデスネ」
     光の入らぬ平坦な瞳と弾むような口調、狐雅原・あきら(アポリアの贖罪者・d00502)は今日もアンバランスの中の安定に腰掛ける。
     眼鏡越しの瞳を確と開き、波織・志歩乃(夢と微睡み小夜啼鳥・d05812)は音の正体を数え怯む。
    「回復は任せてほしいなー!」
     支える癒し手が怯えてどうする。恐怖は口を開けて笑い飛ばすんだ!
    「なるべく他班と連携したい所だけれど……」
     送信を済ませた由井・京夜(道化の笑顔・d01650)と視線を交わすのは、佐久間・嶺滋(罪背負う風・d03986)の切れ長の瞳。
    「これからの状況次第だろうな」
     額のタオルを強く押しつけていた指を外しおろした腕に現れるは縛霊手。
    『どけ』
     声と同時だった、朽ち色の軍服纏う男が柄に触れたのは。
     ……き。
    「無理だね」
     ん……。
     一太刀受けたのは、視線に割り込むと立ち位置を定めていた京夜。
     胸から紅蓮吹く仲間支えに向かう志歩乃が到達する前に奔るは紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
     引けと問うは無駄と見取った。故に突きつけるは、牙。
     がきり。
     異教の印握り屍は振り払う。京夜の帯は腕ギリギリ掠め空を刻んだ。
    『はっ……ッ』
     そんな屍の笑みが噎せ返りに砕けた。
     腹をしこたま蹴り込んだ虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)は、狼のしなやかさで着地すると胸に手をあてる。
    「我が名は虚牢智夜! 大いなる魔を身に秘めし、輝きの獣なり!」
    『その意気や、良し!』
    「貴様には……えーっと……」
     カンペを取り出す智夜の肩をぽふり、包帯越しの瞳で諭すように頷くは卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
     修行僧めいた落ちつきで取り出したギターをつま弾き一言。
    「此れがびじゅある系バンドもどき、という物か……」
     いや、むしろ琵琶法師だから!
    「……だ! 光栄に思うがいい!」
     重力狂わされよけ損ねた音響く中、智夜はカンペ読み上げ厨二台詞を言い切った!
     嶺滋は笑みで綻ぶ唇を引き締めると屍の姿捉えるように腕を振るう。
     命中へひたすら研ぎ澄ました薙ぎに囚われた屍は、苦悶と共に砂煙を上げ下がり態勢を立て直す。
    『武勲を』
     轟音立てて突き出された菖蒲の杭を刺青絡む腕でたたき伏せ再び前へ。
    『うずめ様に認めてもらう、為に』
    「それで軍艦島から真っ先に出てらしたのですね」
     囁く菖蒲がしゃなり避けた脇、空間が捻れ螺旋を描く。気取った男は反対に腕を捻り続けるコトで掴んだ槍の勢いを殺した。
    「貴方は……屍サン、でしたネ」
     槍を引き寄せ構え直すあきらは相も変わらず焦りからは遠い。
    「さあさあ、殺しあいまショウ!」


     ――孤立の、予感。
     他チームと大きく離れずを心掛けていた。
     が、
     相対する男が其れをさせてくれぬ。回り込み、がむしゃらにして静逸な刃からの圧力が皆を此の地へ縫い止める。
     嗚呼、留まり力交わす度、予感は確定の錨を心に食い込ませてくる。
    「……」
     盗み見た地図、印をつけた仲間達へは余りに遠いと泰孝は瞳を伏せる。
     屍の背を揺らす地響きの数は八人では賄えない。必要とされるのは五倍、否……六倍の物量。

    「好き勝手させるかよ」
     静岡の山中で育った嶺滋としては近隣であるこの地を決して捨て置けない。
    『はっ!』
     狙い澄ましなおその蹴りは躱せたと笑む屍へ、
    「甘い」
     蹴りは騙し本命は漆黒の三日月。死神好む武器の一閃に後ずさる背は智夜の十字架によりたたき伏せられる。
    「此の痛みしかと命運に刻め」
     見得を切る狼の背が目映い光で煌めいた。
    「そなたの道と我の道、共存は決して叶わぬ定め」
     墓標のように泰孝が刺した剣から生まれる光は、肉と護りを剥がしていく。
     射手が命中力を生かし開く路、一つたりとも無駄にせぬと妨害手がありとあらゆる戒めを結びつける。
    『このガキどもがぁあああ!』
     恫喝で我をとりもどさんとするも、焼け石に水と成り果てているのは周知の事実。
    「無理しないで、お願い!」
     ひたすらに暖か色の光りを灯し、志歩乃は声枯らす勢いで繰り返す。
     これは自分への鼓舞でも、ある。
     無理をさせては、ならない。
     生きる力が底をついた時、奇跡の凌駕を叩き折るのが屍の太刀だ。
    「星芒の魔力、煌めいて加護を此処にー!」
    「ありがとう」
     これでまた、征ける。
     あきらの前に身を躍らせた京夜は、喉元だった巨椀を叩き逸らし。それでも損傷は夥しい、されど護り手の自分以外が受けるよりは遥かに、良い。
    (「挑発の余裕はないね」)
     代わりに狙いを練り込んだ巨椀を額に伸ばし、握った。
    (「攻めでもって主を護る、か」)
     それでは全力でもって、介錯を。
     京夜が覆った視界から姿消すように身を屈め、跳躍。
     握りしめた短刀を死角からねじ込んで、消し損ねた戒めを広げにかかる。
     再び鈍る足取りを、あきらと菖蒲の攻撃手が逃す訳が、ない。


    『あっぱれなり。だがな――』
     例え自らの名の地黄泉国へ誘えずとも、此が起点となるように、屍は深く京夜の腹を刺し貫き、歯を剥いた。
    「だが、なに?」
     いっそ爽やかに笑む彼の命、まだ底をついていない。
    「倒れさせないんだから」
     志歩乃が必死に編み続けた光と、自らかけた迷宮鎧がつなぎ止めているのだ。
    (「これは……他チームの支援どころではないな……」)
     足音へ耳を澄ます嶺滋は、屍をたたき伏せた直後からの連戦を予測し、仲間達の疵を量り、志歩乃へ祭壇の光を注いだ。
    「あ」
     ぺこり頭をさげる彼女へこくり。そしてタオルに触れ今度は抑えずすぐに指をおろした。
    「戦いを終わらせる……」
     証明するように突きつけた矢印は、白。
     この後幕を開ける戦いも、一人不退転を誓いあきらは巡る刃で兵を貫く。
    『く……効かぬ、よ。女』
    「ふふ」
     性別を違えられて口元を吊り上げるあきらの隣、菖蒲はほうっと息をついた。
    「ここまで鍛えるなんて、驚きを通り越し感心しますね」
     弱みを潰すように重ねた鍛練、其れが終焉を嫌い強がりを吐かせているのだ――本人すら気付かぬ強がりを。
    「それでも、見逃せないんです。これで貴方は終わりです」
     すんなりした指が絡め取るように喉を抱き、蓄えた渾身の力でもって屍の命を完膚なきまでにへし折った。
     ――でも此は幕開けに、過ぎない。


     屍が倒れた先、陰々滅々を煮固めたような男の群が連なり円を描く。
     皆思い思いの刺青に身体を浸し、故国護る誇り高き兵の服装に身を包んでいる。
    『排除せよ』
    『排除せよ』
    『うずめ様を護る』
    『我軍のため』
    『排除せよ!』
    『排除せよ!!』
     わんっ!
     不協和音が昂ぶった刹那、彼らはすぐ傍の獲物へと斬りかかる。
     これ程に多いと、統制が取れているのか混沌なのかはわからない。だが人が抜ける隙間もない物量にはそんなもんは無意味だ。
    『援軍求む』
     辛うじて志歩乃が京夜が件名綴り送ったメール、嶺滋が智夜が無線機に叫んだ応援要請、果たして応える余裕がある他チームは存在するのか。
     一回目の蹂躙が、終わった。
     まるで古い映写機が出力するスクリーンのように、血煙で霞む画面には疵だらけになった仲間が映る。
    「フッ、数の暴力とはまこと雑魚らしい」
     警戒に気を尖らせていた智夜の気っぷの良い台詞を契機に灼滅者達は己の殲術道具へ力を注ぐ。そうして、自らの痛みに明滅する意識の中、最善手を必死に手繰る手繰る。
     ――誰を回復すれば、いい?
     ――どいつを潰せば、いい?
     それぞれが吐き出す荒い息づかいは、まるで人の境界線を踏み越えてしまった『ナニカ』の如し。
    「堪えなくては」
     誰が言ったのか?
    「皆の退路を確保せねば」
     誰が言ったのか?

     今この窮地は決して彼らの責任ではない。
     否、
     繰り返す。
     彼らは、敢えて数少なき戦場を選び来た勇敢なる者達である!

     それぞれ傍にいる敵に組み付き疵を入れる菖蒲とあきら。
    「こいつを狙って」
     胸に抱いた闇を融かし落ちた命補う謡の声に、まず泰孝が影が伸ばした。
    『ぎゃあっ』
     影に囚われつんのめった所を智夜と嶺滋が左右から蹴打を見舞った。
    「まだ倒れる気ないけどね」
     面を崩す京夜は、志歩乃へ回復はいらぬと手をあげて謡の半身に帯を巻く。
    「京夜、さん……」
     気力で意識をつなぎ止めた青年の覚悟を受け止めもう一人の護り手は頷いた。
    (「選びたくなんか、ないよー……」)
     悔しさで唇を噛みながら、志歩乃は後衛を聖なる風で包む。
     無茶苦茶だとしても、これが定められた戦場だ。彼らの役割は、少しでも敵数を減らすコトそして――血を流し退路を切り開くコト。


     二回目の蹂躙。
     多勢の前にも躊躇わず身を置いた京夜が膝を折る。しかし彼の犠牲により命運繋いだ仲間は想定より勝る力を発揮する。
     護り手、射手妨害手の連携で敵が一人、たまたまあきらと菖蒲の手が合い更に一人の敵を地につけるコト叶った。
     ……悔しいのは、敵物量を前には焼け石に水な点である。
    「こん、回は……」
     ごめんねと呟き志歩乃は自らに絡むバベルの鎖を引き寄せる。
    「いいデスよ。アナタが倒れると総崩れデス」
     笑えば口中の血が垂れる。戯けたように口元拭いあきらは改めて口元を緩めた。
     何処までイケるだろう? 元より護りに回る気はないから攻めて攻めまくる所存、例えば闇に明け渡しても。
    「三回目が、来ます」
     注意喚起する菖蒲は、自らが抱える物語の封紐に指をかけた。次は一か八かの追撃で一人一殺の賭けに出る!
     割れるような雄叫びに再び飲まれる七人。
     滅茶苦茶に斬り殴りかかってくる敵どもへ、繋いでくれた命を盾に仲間を庇う謡。
     ――その時、
     動かぬ京夜の喉元をつかんとす一人を、見つけて……しまった。

    『させないよ』
     ぱきり。
     紫の『鬼』は、その剣をいとも容易く握りしめ、潰した。

     狩る者の矜恃に身を委ねた謡が最後に描いたのは、此の血道がセイメイを追う黒牙関係の一助になるだろうか? そんな欠片。
    「「……ッ」」
     方々で飲まれた息の多くは悔しさではなくて、自らの箍をかけ直し人に留まるためのモノだ。


     罪。
     罪を踏みしめ生きると誓った少女は、全ての者の助命のために再び『わたし』へ躰を明け渡す――。

     此処で一つようやく好転の兆し。なんと最初の半数のモノが、撤退しているではないか?!
    「これはもしかして……各班、増援に注意されたし!」
     他班もこうであれば受け取る暇はないだろう。だが、嶺滋はインカムへそう叫び、紫鬼が翔り喰んだ者の息の根を霊的物資ごと掴み止める。凌駕し伸ばした命運は使い切るまで。
    (「できれば……これ以上の闇は……」)
     自分を含め、見たくはない。
    「とにかく減らします」
    「まだ生きてマスからネ!」
     見えた希望を幻になんてするものか。
     菖蒲は自らが決めた通り、奇譚を語り半分以上体力を残していた者の命を奪い取った。
    (「もし彼女だけで足りないなら、仕方ありませんかね」)
     菖蒲もまた覚悟を新たに。
     ――そう、どうかその時は振り返らずにいて欲しい。
    『その命、もう風前の灯火だけどなぁ!』
     振り下ろされた巨椀を槍で弾き、あきらはそのまま捻り伏せる。
    「……残念だけど、ボク達には後戻りなんて出来ないんだ」
     ああ、先に進みたいさ。
    「さあて、我が手で葬り去られる栄誉、次はどいつが手にするのだ?」
     黄金を靡かせ血を蹴る智夜は、身が風に融ける感触に酔いはじめる自分を見いだしている。
     命潰える前に、闇へ。
     でも……。
     確かな手つきで泰孝の影に落ちた者を斬り伏せる彼の中、親友の笑顔が浮かんではちらつく。
     ひとりぼっちだった自分へ笑いかけてくれた、友達が増える格好良さを教えてくれた――彼に逢うコトができなくなるのは……。
    (「そのために、生きて帰るのだ」)
     皆が。
     だからいざとなれば、躊躇わない。
    「……ッ」
     袈裟靡かせくるり、敵の太刀を避けた泰孝は哀しげに紫の獣を目で追った。
     二度、闇へ身を窶した彼自身、彼女が紫鬼へ堕ちる意味がなんなのかよく知っている。知っているからこそ……嗚呼……。


     確かに減った、三倍量に。
     そして謡が堕ちた。
     ……最初からこの計算だけならば、奮闘する灼滅者の勝利は決して不可能ではなかった。
     だが彼らはそもそもが屍という強者を下し、更には六倍という物量のダークネスからの横暴にも晒されている。
     故に、
     故に、
    「俺はいい、他を」
     そう言い残した嶺滋が倒れ、間もなく志歩乃に襲いかかる兵。それを喰らい止めたのは――。
    「大丈夫ですか?」
     菖蒲の足元から伸びる影。
     自己回復と攻撃を切り分けながら立つ娘の脇で、刺し違えるように風切る矢印。
    「案外もっちゃうもんデスネ!」
     別の男からの剣を受け入れて笑顔でどうと倒れるあきら。志歩乃はふらつく足で立ち上がり震える指揮棒を菖蒲へと滑らせる。

    「あはは」
     絶望に紫鬼が確かに、嗤った。
     謡の制御が限界に近づいているのだろう。

    「……往生際が悪いぞ」
     自身包むバベルの鎖に指を伸ばしかけた智夜だが、覚悟を決めるように押し退け傍の男へ回し蹴り。
     路を開くにはまだ敵が多い。だとすれば?
     自問自答は敵三人が同時に翳した刃の前に弾け飛ぶ。狼と癒し手に襲いかかる相手もまた勝負に出たのだ、灼滅者の全滅を狙うという賭けに。

     その賭けに、刺青羅刹側は勝利した――。

     いや。
     まだだ。

     水晶爆ぜるを抑えきれぬように千切れた包帯が、ぶちりぶちり。
    「命賭けし必要あらば……」
     もつれ絡む白が煩わしい、嗚呼まるで残る『彼』のようだ。
    「この俺がチップになってやるってんだよ!」

     ――救い示したいと常に焦がれ続ける『泰孝』のようだ。

     圧倒的な力でもって放出された光刃を前に為す術もなく崩れ落ちる兵達へ、死を覚悟したロード・ウラベ……否、泰孝が更なる蹂躙を開始する。
     此処で死んでもよいと身を明け渡し、今はただただ『闇』だというに『彼』は慈悲深く瞳を眇めるのだ。
    「キミ、だけに……いかせないよ?」
     そう紫鬼……否、謡がいつもの食えぬ笑みで拳を叩きつけた。
    「……ああッ」
     二人の闇が、路をあけんと羅刹どもを押し飛ばしているのに菖蒲は喉を振るわせた。だが即座に毅然と顔をあげ京夜と嶺滋の腕を引きずり歩き出す。
    「……絶対、迎えに来るぞ。絶対、だ」
     辛うじて凌駕した智夜もまたあきらと志歩乃を両肩に担ぎ戦線を離れはじめた。

     彼らがひらいた血道は更に数多の仲間達の帰る標となる。
     どうか、迷わずに。
     去るも、腕伸ばしに征くモノも、どうかどうか――とうか、お願いだから。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:紫乃崎・謡(紫鬼・d02208) 卜部・泰孝(大正浪漫・d03626) 
    種類:
    公開:2016年2月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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