チョコレート泥棒!

    作者:さめ子

    ●二月の噂
    「見て見て、奮発した! デパ地下チョコレート~♪」
    「えー! いいなぁ!」
     嬉しそうな女子高生が友人に見せたのは、有名店のロゴ入りの包みで可愛くラッピングされた箱。中身はこの時期限定で出た人気のチョコレートセレクションだ。
    「プレゼントするね~!」
    「キャー嬉しいありがと~!」
     笑顔で受け取ろうとした友人は、そこでふと手を止めて不安そうに囁いた。
    「あ、でも最近へんな噂があってさぁ」
    「噂?」
    「バレンタイン前にチョコレートを誰かにわたすと、……突然チョコを奪われちゃうって話!」
    「えーなにそれまじ通り魔じゃん~意味わかんない」
     だよね、と笑い、友人があらためてチョコレートを受け取った、その瞬間。
    「ヒャッハーーー!! そのチョコレートは頂いていくぜ!!」
     突然二人の間に伸びてきた第三の手が、小さな箱を奪っていった。どこからともなく走ってきた男が一人、その手にはチョコレートを掴んでいる。勢いよく駆けてゆこうとした男は、一瞬立ち止まり女子高生二人をちらりと振り返って悪態をついた。
    「けっ友チョコかよ! しけてやがんぜ!!」
     さっさと彼氏見つけやがれ、ばーかばーか!
     実に余計な世話をさけぶ声がドップラー効果で変調し、そして細く遠く消えてゆく。
    「……な、なにアレ……」
    「私のチョコ……」
     後に残るのは、呆然と立ちすくむ女子校生が二人。ただただ目を丸くして男の消えた路地を見つめるしか無かった。
     
    ●そのチョコ、返して!
     教室に入った灼滅者達を、石神・鸞(仙人掌侍女・d24539)が丁寧にお辞儀をして迎えた。その隣で、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)がなんとも言えない表情を浮かべて首をひねる。
    「なんか、迷惑な都市伝説が現れちゃったみたいだね」
     バレンタインの前にチョコレートを渡そうとする者がいると、どこからともなく男が現れ、チョコをひったくって逃げてゆく、という都市伝説が現れた。出現条件は至ってシンプルなのだが、困った事に非常に逃げ足が速い。
    「実はこの都市伝説、どうやら仲睦まじい恋人同士に対するこだわりが、ずいぶんと強いようでございます」
     サボテンメイドのクールな声が、淡々と響いた。
    「特にカップルを狙うんだけど、あんまりにラブラブなカップルを見ると調子を崩して、いつもの逃げ足が発揮できなくなるみたいだね」
     バレンタイン当日でなくその前に出現するのは、この複雑な心理が理由なのかも知れない。カップルを憎むが故に、カップルからダメージを受ける悲しい矛盾。この辺りの性質を利用すれば、上手く引き留められるだろう。
     相手は一体、ポジションはクラッシャーで、殺人鬼のような素早い動きと、体にまとう、なんとも言えない悲しい邪念で構成されたオーラで武装している。中々に手強い、のだが。
    「戦闘中でも、熱々カップル相手だと攻撃が雑になるみたい。……羨ましさとか妬ましさで、戦いに集中できなくなっちゃうとかなのかな……」
     怒りだか嫉妬だかの力で一撃の威力は上がる。しかし、同時に冷静さや判断力が失われてしまうようだ。なんともいえない複雑な胸中がそうさせるのか。というか何がしたいのか。鸞がまりんの説明を補足した。
    「恋人同士であるように振る舞いさえすれば、性別も真偽も問わないようでございます。仮に演技でも、十分通用するかと」
    「というか、もうラブラブなカップルってだけで過剰反応して細かいところまで見てないみたいだよ」
     実に雑な判断力である。何が彼にそうまでさせるのか誰にも分からない。それが都市伝説という物だからなのか。
    「やれやれ、楽しいバレンタインを迎えられるようにしっかりこらしめてきてね! 皆だったら大丈夫だよ!」
     そう言って、まりんは灼滅者達に笑顔を向けた。


    参加者
    ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)
    セレティア・アシュタルテ(キーテジに咲く青薔薇・d29548)
    八月一日・旭(花守のアルタイル・d29662)
    白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)
    坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)
    ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)
    新堂・アンジェラ(業火の魔法つかい・d35803)
    滝峰・創司(徒然なるままに・d36399)

    ■リプレイ

    ●1
    「はわ、いくらチョコでも、都市伝説を奪うなんて許せません……。……はぅ?」
     ミリア・シェルテッド(キジトラ猫・d01735)が自分の言葉に首をかしげた。何か間違えた気がする。おどおどと周りを見る姿はか弱い小動物のようだ。不安そうな表情を浮かべながらもミリアは殺界形成を発動させ、襲撃に備える。同じように滝峰・創司(徒然なるままに・d36399)も陰に潜む。油断なく動いたその視線の先には、一組のカップルがいた。
    「つか、ホントのカップル俺らだけとか……大丈夫なんすかね」
     八月一日・旭(花守のアルタイル・d29662)がぼやいた。なんつーかカオスだ、とため息のように零したあと、ふと、はにかんだ。
    「セレティアと一緒の依頼って初めてっすね」
     セレティア・アシュタルテ(キーテジに咲く青薔薇・d29548)が、透けるように白く輝く髪を揺らして頷いた。
    「そう、ね。あさひと一緒」
    「……ちょっと緊張しやすが、 いや、ヘマしないかとちょいと不安というか……」
     妙に弱気なことを口にする旭を、天青石の瞳が見上げた。
    「えー……で、どうしますかセレティア」
     旭が、美しく、愛しい、大切な人である彼女の意向を問う。セレティアは頷いた。
    「作戦開始、しましょう」
    (でも、ただ、あさひに言いたいこと、あるからいうだけ、なのだけど……)
     胸の中でこっそり付け加えながら自分の前に屈んでくれた大好きな人の赤い瞳を見つめた。
    「14日当日は、ちょっと、会えるかわからないから……」
     取り出したのは、赤いリボンで飾られた瓶。その中にあるのはもちろんチョコレートだ。
    「少し早いけど、あさひにわたそうと、思って」
     華奢な手の中ではとても重たそうに見える瓶をしっかりと持ち直し、彼女は言葉を紡いだ。
    「あさひにわたすために、寮長に教えてもらって、つくったの」
     中身はオレンジピールチョコだ。
    「これなら、あんまり甘くないよって」
     期待と少しの不安が混じり合った色を浮かべた瞳が、旭に注がれた。
    「……食べて、くれる、かな」
     恋人の優しい瞳を見つめながら、けれどセレティアの複雑な想いは消えなかった。
    (「告白は、男の人からするものじゃ、ないのかしら……」)
     だが、この国のバレンタインは女性から愛の告白をするという。
    (「日本の女の人は、気が強いの、かな」)
     白い肌の上に、睫毛の影が落ちる。
    (「私とあさひも、私から告白だったけど、それは、あさひが人造であるのが負い目だから……」)
     チョコレートの入った瓶を握る手に、きゅっと力が入った。
    「……私、はしたない子、かな」
    「え? セレティアはかわいいと思われても、はしたない、は無いと思いますよ?」
     彼女の不安の嵐は、旭があっさりと追い払った。
    「大丈夫、セレティアは世界で一番健気でかわいい俺の恋人です!」
     星屑の欠片をちりばめた瞳がゆっくりと喜びに満ちて輝く。この人が、俺の恋人なのだ。旭は自分の言葉を胸中で反芻する。
    (「……そういえば、こういう風にはっきり言ったの初めてじゃ、なかろうか?」)
     自覚したとたん、頬が妙に熱い。ぎこちなく伸ばした手で、けれどしっかりと、リボンのついた瓶を受け取った。決して放す気はない。たとえ無粋な第三の手が伸びてきたとしても。
    「……させるかよ!」
     触れさせる事すら許すものか。勢いよく瓶を掲げて旭が立ち上がる。二メートル以上の中空に避難させたチョコレートには、さすがの都市伝説でも手は届かない。
    「セレティアが作った物を誰が渡すかっつーんだ、ボケ」
    「く、くそ、クソっ! こういう本気モードのやつは、当日にやれよぉぉ!!」
     都市伝説の悲痛な叫び(?)がこだました。
     
    ●2
     本気のカップルにほいほいとおびき寄せられたせいで、都市伝説は登場した瞬間からすでに心が満身創痍だった。
    「これ、昨日お店で見つけたんです。可愛らしいですよね、きっと差し上げたら、アンジェラさんも喜んで下さると思って」
     白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)がことり、と首をかしげた。柔らかい頬を一層薔薇色に染め上げながら差し出すのはもちろんチョコレート。可愛らしい見た目の、一目で手の込んだとわかる一粒一粒が宝石のように整然とおさめられていた。新堂・アンジェラ(業火の魔法つかい・d35803)がそれはそれは嬉しそうに甘い一粒を指先でそっとつまむ。
    「ありがとう、とってもおいしそうね」
     早速口に入れた彼女が、蕩ける表情で噛み締める。おいしい、とうっとりした声でつぶやく彼女の事を、雪緒は優しい眼で見つめた。
    「ふふふ、雪緒ちゃんに食べさせてあげるね、あーん!」
    「うふふ、なんだか恥ずかしいです、あーん……」
     小さく開けた雪緒の魅惑的な唇を掠める寸前、指先はさっと進路を翻し、チョコレートはアンジェラの口の中に消えた。
    「なんちゃってっ! えへへ、おいしい~」
     いたずらっぽく笑う無邪気な少女に、雪緒は拗ねたように唇を尖らせ怒って見せた。
    「もうっ酷いですアンジェラさんったら」
    「ごめんね、今度はいじわるしないから……はい、あーん!」
     黒髪の乙女二人による、麗しく華やかで清らかな空間、ちょっといい匂いとかしてきそうですらあった。またも奪取に失敗し、都市伝説がブルブル震えて叫ぶ。
    「見せつけやがって!! ばーかばーか!」
     今度こそ逃げようとした都市伝説の行き先には、もう一組のカップルが立ちふさがっていた。
    (「ふっふっふ、あたしの芸人魂を見せてあげるわよ」)
     ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)は内心で熱く決意した。雪緒義姉さんの許可は貰ってるしー、と情け容赦なく坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)に迫る。本来なら太郎と雪緒こそが真実お付き合いしているカップルであるのだが、当の彼女の方から「面白いから」、と許可(という名の命令)が下されたばかりにこんな事になっている。
    (「寒気なんて気のせい。鳥肌なんて立ってない。何故なら僕はコイツの彼氏だから!!」)
     必死の自己暗示の成果なのか、彼は朗らかな笑みで仮のパートナーを受け止めた。色っぽい流し目にドキッと心臓が跳ね上がるのは、決してゾゾ……となったわけではないのだ。違うのだ。ときめきの方だからこれ。ほんとほんと。
    (「僕はお藤の彼氏、彼氏、カレシ……」)
     脳内で「カレシ」の文字がゲシュタルト崩壊し始めるにつれて、背筋を流れる汗の量が増える気がしたが、気のせいなのだ。気のせい。その彼女が取り出したのは、当然チョコレートだ。
    「ちょっと早いけど……当日じゃ、恥ずかしいんだもの。ね、貰ってくれる? 先輩」
    「あ、 気になってたお店のヤツだ。ありがとうね、よしよし」
    「喜んでもらて、嬉しい……」
     しなだれかかる見た目純和風な美人にほんの少しだけ頬を引きつらせて太郎は笑った。手を伸ばしてチョコレートを受け取り……ひょい、と軽く第三者の手を避けた。
    「あれ、ご自慢の速さは形無しだなぁ」
    「くっ……調子に乗りやがって……! 覚えてろよ!」
     三下の見本みたいな捨て台詞を口にして、都市伝説が行方をくらまそうとする。
    「そうはいかないよ」
     行く手をふさぐ灼滅者たちに、都市伝説はたじろいだ。いつの間にかきれいに包囲されていることを、ようやく理解し始めたようだ。
    「はぅ、泥棒をチョコする……じゃなかった、チョコを泥棒するなんて、許せません……」
     ミリアが睨み付ける……段ボールの影から。
    「チョコ泥棒赦すまじ。乙女の純情返せ。ていうか、食い物の怨みを思い知れ!!」
    「ってことで、チョコレートのために……じゃなくって、カップルのために、都市伝説はしっかり灼滅しなきゃね」
     もはや逃げ場は無いと観念した都市伝説が、じり、と構えた。
     
    ●3
     セレティアが旭へ、そしてウィスタリアが太郎に向けて、それぞれラビリンスアーマーを発動させた。
    「あさひ、がんばって」
    「ダーリン! がんばれ!」
     そんな些細なやりとりでも都市伝説の複雑な心理をつつくには十分だった。
    「くそ、くそぉ、避けるんじゃねぇよ!」
    「僕は避けてないよ」
     そっちが外してるんだ、と涼しい顔の創司が言った。かき鳴らしたバイオレンスギター『Code:Flamingo』から放たれるソニックビートが、都市伝説の足元をもつれさせる。敵の一撃は油断できない強さだ。だが、当たらなければ闇雲に怖れる必要も無い。
    「カップルを前にすると心乱れるなら、この時期は誰にも会わない所に引籠ってればいいのにね」
    「うるさい! 俺の勝手だろうがぁあ!」
     創司が口にした辛辣な正論を受け、都市伝説男がわめく。
    「人がせっかく作ったチョコを泥棒するなんて……」
     なんて酷い事をするんだろう。キッと敵を睨み付けたミリアは、隅っこでちいさく隠れながらも渾身の斬影刃を敵に向ける。ミリアによって切り裂かれ、一瞬動きが止まった敵に向かって、大鎌を振りかぶった旭が襲いかかる。その背後から援護するように、セレティアの怪談蝋燭から揺らめいた炎の花が飛んでゆく。休む間もなく創司の閃かせた黒死斬で都市伝説は再び足止めされ、雪緒の手から放たれた護符が心を惑わせようと襲いかかった。太郎の繰り出す断斬鋏『舌切鋏』のもたらす狂気が、都市伝説の怒りに一層火を付け、冷静さを失わせる。
    「くっそ、リア充なんかに負けねぇえええ!!」
     都市伝説男が謎の気合いを入れて叫ぶ。一見ひょろそうな拳に集束したなんとも言えないオーラの力が、凄まじい連打となり灼滅者達を捕らえようとする。いくら命中率が下がったとはいえ、全てが外れてくれるわけではない。時折、危ないときは太郎のウィングキャット『信夫さん』と、創司のウィングキャット『卵かけご飯』が躍り出て、敵の一撃から味方を庇う。それでも間に合わないときは。
     ウィスタリアは向かってくる一撃が避けようもない事を瞬時に悟り、衝撃に備えて体を強張らせた。しかし。
    「っ、先輩!」
     とっさに躍り出て攻撃を受け止めた太郎は、ダメージに少し眉をしかめつつも言った。
    「……大事な恋人に、怪我なんてさせたくないからね」
     ウィスタリアに、そして同時に自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。
    (「灼滅完了まで、ちゃんと演技するさ……手を抜いたらシメられそうだし……」)
     ちょっと遠い目になりつつも彼はやりきった。そう、まだ演技は続いているのだ。ウィスタリアもそれに全力で応えなければ。なにせ今日のお藤は覚悟を決めた漢なのだ。
    「ダーリン! 愛してる~~!!!」
     首に両手を巻きつけて、がっちりホールドする。『ズキュウウンン!!』と効果音がしそうなほどに熱烈なキスが、太郎に襲い掛かった。
    「コラー! まだ戦いの途中でしょうが!!」
     更に冷静さを失った都市伝説男が、怒りでパワーを増大させてゆく。もちろんその分、狙いは荒くなってゆく。この隙を逃す灼滅者ではない。懐深く飛び込んだアンジェラが、獲物を一閃させた。
    「これで切り裂いてやるわ!」
     龍の骨をも叩き斬る強烈な一撃が、細身のアンジェラから容赦なく繰り出された。
    「回復、します……!」
    「……助かるよ」
     隅っこから放たれたミリアの防護符が、ダメージを受けた太郎を癒す。
    「セレティア、気を付けて下さい」
    「ありがとう、あさひ」
    「いちゃつくな! そういうのやめて!!」
     戦闘中も互いを思い、気遣い合う恋人達の睦まじさに、都市伝説の動揺はどんどん大きくなってゆく。
    「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやらだろ。というか邪魔にもなってないのかなチョコ奪われて想いが消える訳じゃないだろうし」
     今や、もろい紙切れ程度の強度しかない都市伝説男のハートに、創司の言葉のナイフはざっくざくと刺さる。
    「カップルのチョコを奪っても、何の障害にもなってないって言うかむしろ、邪魔されて燃える恋ってあると思うんだ」
     ギターをかき鳴らし攻撃を続ける創司の銀の瞳が、ナイフよりも冷たく輝く。
    「てめぇ、い、言わせておけば……」
    「そうなると君はただの道化だよね、そろそろ自覚したら?」
    「うぎぎ……!」
     さらに追い打ちをかけるように、黒髪の美少女二人も互いを見合った。
    「アンジェラさん、どうぞお気をつけて」
    「ありがとう雪緒ちゃん!」
     目と目を合わせ、一瞬だけ指先を触れ合わせ微笑みあうだけで、一段と敵の動揺が大きくなるのがわかる。雪緒は口端を柔らかく上げた。
    「ふふ、こういう演技もなかなか楽しいものですね」
     さて、こちらもやられっぱなしで黙っているウィスタリアではない。くるりと一閃、武器を構え直すと気合と共につっこんでいった。
    「うおおおお! おれの本気を見とけええええ!!」
     その一撃は、敵と違って狙いたがわず容赦なく叩き込まれる。
    「……あらやだ、素が出ちゃったわ」
     完全に動きを止めた敵に向かって、アンジェラが放つ炎が、彼女の髪を生き物のようにゆらめかせた。
    「総てを焼き尽くす紅蓮よ!」
     そしてそれが最後の一撃となった。
     
    ●4
     綺麗さっぱり消えた後には、何も残らなかった。
    「チョコ、残らなかったのね」
     すこしだけ残念そうに、アンジェラが肩をすくめた。手元にあるのは、自分たちの持ってきたチョコレートだけだ。
    「チョコレートは……あさひにって作ったから……あさひと食べるの」
    「ええ、もちろんです」
     旭が、セレティアの柔らかい指先を壊れ物のようにそっと包んで、手をつなぐ。
     隠れ場所として持ち込んだ段ボールを、また元のようにしまいながらミリアがつぶやいた。
    「最近、ちょうどいい大きさの段ボールがなかなか見つかりません……」
     しゅん、と肩を落としたミリアは、ちょっとしょげている。
     現場の片付けは、皆が手分けしたおかげでさして時間はかからなかった。
    「あー、楽しかったぁ」
     満足げなウィスタリアの声で、ぴくり、と太郎が体をゆらす。ぎぎぎ、とゆっくり首をめぐらせた。
     よりにもよって、本命の彼女がいる前で……。自己暗示が解けた今、いろんな感情が弾けだす。
    「……何してくれてんだゴルァ!!!」
     ぶわ、と殺気立った彼の手には、すでに得物がある。
    「キャー! 怖ぁーい!!」
     白々しくかわいい悲鳴を上げたウィスタリアが逃げ出した。後を追うのは、理不尽さとか無念さとか悲しみとか、たった今消え去った都市伝説にも負けないくらい複雑かつ、やるせない思いに詰まった太郎。悲鳴の合間に挟まれる笑い声がウィスタリア本人のものだったので、皆笑って見守ることにした。
     

    作者:さめ子 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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