白く染められていく世界で

    作者:波多野志郎

     雪山というのは、多くの人々を引き寄せてやまない。自然の驚異に満ちたそこを登る、そしてその先にこそある光景に魅せられたからこそ、多くの者が危険を承知で挑むのだ。
    「…………」
     その男も、そんな一人だ――いや、だった。視界を埋め尽くす白、吹雪の中で男は倒れたまま動かない。雪山において、一つの判断ミスが命を失わせる。その事を、男は理解していた。
     男は、悟っている。己に待っているのは死である事を――だからこそ、そこから先は男の理解の外だ。
    「あ、あああ、あ? ああああああああああああああああ――!!」
     ミシリミシリ、と男の体が膨らんでいく。蒼く蒼く染まっていく異形の巨躯――デモノイドへと変貌した。
     デモノイドは、白の世界を疾走する。蒼き悪意は一直線に、人里へと駆けていった……。

    「運が悪かった、というのにはあまりっすけどね」
     殊更感情を押し殺して、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)がそう言った。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、デモノイドの行動だ。
    「とある雪山を登山していた人が、足を踏み外して崖から転げ落ちた……ここまでなら、雪山でならよく耳にする――してしまう話なんすけど」
     しかし、結果が違う。デモノイドへと変貌し、一路人里へと走り凶行を行ってしまうのだ。
    「本人は、雪山での末路として自分の死を受け入れていただけに、皮肉な話っす。決して放置はできないっす」
     デモノイドが、人里へ至るルートは判明している。夜、峠道で待ち構えれば遭遇出来るだろう。
    「光源は必須、山ほどではないっすけど雪が積もってるので、足場への対策はあった方がいいっすね」
     デモノイドに堕ちたばかりであるが、強敵である事にはかわりない。真っ向勝負となるだろう、戦術を練った上で対処に当たるとよい。
    「まだ、デモノイドになったばかりで多少の人間の心が残っているみたいっす。だから、その人の心に訴えかければ、弱体化させられるはずっす」
     ただ、決して人に戻る事はない。ここで終わらせてあげるのが、灼滅者としてできる唯一の事だ。
    「本人は、自分の死を受け入れていたんす。なのに、こんな形で他人を巻き込むのは望んでないはずっす。どうか、みんなの手で終わらせてあげてほしいっす」


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    無道・律(タナトスの鋏・d01795)
    遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)
    蒼井・苺(中学生デモノイドヒューマン・d25547)
    赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)
    真神・司狼(白銀狼・d27713)
    江藤・鈴菜(新米デモノイドヒューマン・d29788)
    マギー・モルト(つめたい欠片・d36344)

    ■リプレイ


     白く白く染められていく世界で、江藤・鈴菜(新米デモノイドヒューマン・d29788)は小さくこぼす。
    「本当に360度『白い闇の中』って感じですね」
     その足元でランプを咥えて控えていた霊犬の雪風に、鈴菜は小さく微笑んだ。
    「雪風ー、半分埋まっちゃってるよ。頑張れ頑張れー」
    「寒ッ。もこた連れてきたら喜んだろーなぁ……」
     小さく身震いしながら、遠藤・穣(反抗期デモノイドヒューマン・d17888)は下宿で飼っている子マゼランペンギンを思い出した。確かに、この真っ白な光景の中なら、喜んでくれるかもしれない。
    「野の獣でさえも生き辛い山に何故人間は分け入ってくるのか。失くした野性を求めておるのか、将又人の身で山を制したいのか……人間とは正に複雑怪奇、摩訶不思議よ」
     真神・司狼(白銀狼・d27713)は、ぼそりとそうこぼした。
    「それでいて、我ら野の獣に出会うと殺しにかかる。まぁ、確かに鹿やら猪やらこの頃やたらと増えたが。我には人間が何をしたいのか皆目解らんわ、我の幼き頃の方が住み分けは出来ていたな」
     山が人を引き寄せるのか? あるいは、人の本能が山を求めるのか? それは、人狼である司狼には定かではない。
    「真っ白な世界、か、真っ白だから魅せられる、っていうのは、わかる気がするよ。真っ白だから……その上に、どんな色彩を想像したって構わない。原稿用紙みたいなものだね」
     赤阪・楓(死線の斜め上・d27333)は、吐息と共にそう呟いた。ただ、そこに描かれるのがハッピーエンドの物語ばかりではない、それだけの話なのだ。
    「人生は理不尽そのもの。そもそも、ダークネスに支配されてるっていう時点で、相当理不尽な世界設定だ。小説だったらよかったのかもしれない、けれどもね」
     また一つ、この真っ白な上に物語が描かれようとされている。この先の違いは、悲劇が広がるか否か、それしかない。
    「来るよ、蒼い弾丸の様に駆けて来る」
    「そのようですね」
     ふとこぼした無道・律(タナトスの鋏・d01795)の言葉に、椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)が複数のサイリウムを周囲にばらまいた。ポスポスポス、と突き刺さっていくサイリウム――そこへ、文字通り蒼い異形が降ってきた。
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     低い風鳴りにも似た咆哮、蒼き異形の巨体が灼滅者達へと殺気を叩き付ける。その姿に、蒼井・苺(中学生デモノイドヒューマン・d25547)は言った。
    「問答無用、といった風ですね」
    「ちゃんと、自分の最期を受け入れられるって……凄いことだと思う。なのにそんなひとを……こんな姿にして、人を襲わせるなんて……許せない」
     マギー・モルト(つめたい欠片・d36344)は、ウイングキャットのネコを強く抱きしめる。最期を受け入れた人の、終わりを汚してはならない――そのために、このデモノイドはここで終わらせなくてはならないのだ。
    「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
     デモノイドの右腕がガシャン、とガトリングの銃口へと形を変える。そして、蒼い銃弾の雨が灼滅者達へと降り注いだ。


     ガガガガガガガガガガガガガガガッ! とマズルフラッシュが、闇夜に瞬く。ズサッ、と雪を蹴って律が跳躍した。
    「こんばんは、迎えに来たよ」
     ドォ! と靴底のスパイクが、デモノイドの分厚い胸板に突き刺さる。律のスターゲイザーの重圧が、ごふぉ! と足元の雪を爆ぜさせたそこへ、ボクシングのファイティングを構えたなつみが一気に踏み込んだ。
    「フ――ッ!」
     短い呼気と共に繰り出される、なつみのシールドに覆われた右ストレートが、デモノイドを殴打する。なつみのシールドバッシュに、デモノイドは構わずに前へ出ると右腕をなつみの頭へと振り下ろそうとした。
    「させるか!」
     デモノイドの右拳を、楓の燃え盛る右後ろ回し蹴りが蹴飛ばす。グラリ、と雪に足を取られ体勢を崩したデモノイドへ、しゃらんとビハインドの橘が迫った。
    「帯よ覆え、そして癒せ」
     司狼の発動させたラビリンスアーマーをまとい、橘の霊撃がデモノイドを強打する。ずさ、と一歩後ずさりながら踏みとどまったデモノイドへ、鈴菜がガシャンと赤色標識にスタイルチェンジした交通標識を振り払った。
    「行こう雪風、私と同じ境遇の人を救う為に……」
     鈴菜の言葉に応えるように、雪風は浄霊眼による回復を施す。デモノイドは体勢を立て直し、怒りの咆哮を轟かせた。
    「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
    「ネコ、頑張ろう、ね」
     膨れ上がる殺気を前にしても怯まず、マギーはネコへと告げる。白い雪の上を走るマギーの足元から伸びる影、それに合わせてネコが猫魔法を発動させた。
    「ぐ、が!?」
     ギシリ、と影と魔法が、デモノイドを締め上げていく。そこへ雪を滑りながら、穣が突っ込んだ。
    「悪ぃな、ソッコー終わらせっからチョイ我慢しろよ」
     ビキリ、とデモノイド寄生体で解体ナイフを飲み込み、巨大な刃へと変える――穣のDMWセイバーが、デモノイドの胴を薙ぎ払った。ズサァ! とデモノイドの巨体が宙を舞い、そのまま雪の上を転がっていく。
    「まだです!」
     警告を放つ苺が、黄色標識にスタイルチェンジした交通標識を手にイエローサインを発動させた。ヘッドスプリングで何事も無かったように立ち上がったデモノイドは、そのままデモノイド寄生体で生み出した無数の手裏剣を灼滅者達へと投擲する。
    「散れ!」
     楓がそう叫んだ直後、無数の爆音が山へと響き渡った。


     黒と白、モノクロームの世界で戦いが加速していく。
    「ぐら、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
    「思い出せ! あんた雪山が好きだったんだろ、だったら好きだった場所をこれ以上汚すんじゃねぇ!」
     足を止めず、穣がデモノイドを打ち合う。ギギギギギギギギギギギン! と、無数の火花が散った。足を止めて打ち合えば、腕力で負ける。ましてや、足場は不自由な積雪だ――だからこそ、止まらずに穣はオーラを集中させた両拳でデモノイドを殴打していく!
    「自然という驚異の前で人は無力だ、それでも望み挑むのは魅せられたから。きっとその目でみた者にしか解らない、形容出来ないものがあるんだろう。貴方を倒すために対峙している、僕達のように」
     そして、そこへヒュガガガガガガガガガガン! と律のマジックミサイルが降り注いだ。両腕を頭上でクロスさせて耐えるデモノイドに、懐へと潜り込んだネコの猫パンチが炸裂する。
    「きっとあなたも気付いていると思うけど……人としてのあなたは、もう……死んだの。このままじゃ、ダークネスのせいで人を殺す道具になっちゃう。わたしのことなら、恨んでもいいから、だから」
     マギーの足元から伸びた影が、デモノイドの巨体を音も無く飲み込んでいった。影から伝わる抵抗に、しかし、マギーは真っ直ぐに告げる。
    「……眠りましょう、あなたの大好きだった白い世界で」
    「がああああああああああああああああああああああああああああ!!」
     影の中から、デモノイドが飛び出て来た。その巨大な刃を、鈴菜はオーラを集中させた両腕で受け止めた。
    「雪風、私は良いから椎木さんの傷の手当てを!」
     雪風は下がる鈴菜の言葉通りに、なつみを回復させる。その回復を受けて、なつみは震脚――雪を踏み抜き、雷を宿した拳でデモノイドの顎を打ち抜いた。
    「今、です!」
    「任せよ! 橘!」
     なつみの声に答え、司狼のレイザースラストと橘の霊障波が重ねられる。ズガン! と空中で吹き飛ばされたデモノイドが身を捻り、強引に着地に成功した。
    「人生を掛けた雪山登山を他の人の血で終わらせていいのですか?」
     語りかけながら、苺は鈴菜をラビリンスアーマーで回復させる。そして、楓が一気に間合いを詰め、デモノイドを刃を交わした。
    (「紫の嵐も、乱れ飛ぶ刃も……彼が最後にみたものが吹雪の残酷さだからかな」)
     本当にやりきれない、律は白い吐息をこぼす。
    (「誰であれ人は希望したいものだろう。けど、出来ない。冷静に状況を受け止めてなおそれがどうしようもないと自分が誰より解ってしまう。頭では解ってる、納得もする、でも、悔しさもあったんじゃないかな」)
     デモノイドとなったかつての人は、それを行なった、行なえたのだ。
    (「そういう解きほぐせもしないものを丸ごと飲み込んで、逝こうとしたんだろうか」)
     律は思う、思わずにはいられない。ならば、その人は何て強いのだろうか、と。
     その晩節が、汚されようとしているのだ。最期まで、自然の摂理を受け入れた気高い魂が、歪められてしまう。そんな事を、同じ人間として彼等には見過ごす事は出来なかった。
    「理不尽だったと思います。世の中には理不尽が満ちている。どうして、ということで満ちている」
     重いデモノイドの拳を受け止めながら、楓が真っ直ぐに告げる。届け、届いてくれ、と願いながら。
    「けれども、それを思い知ったあなたが、理不尽そのものになってはいけません。あなたが理不尽そのものとなって誰かを傷つけるのは、きっと、あなたの望みではないはずですよ」
     その時だ、不意に受け止めていたデモノイドの拳から重みが消えた。だらり、と両手を下げて、震える足取りでデモノイドは一歩二歩と後退する。
    「届いたか」
     司狼の言葉に、デモノイドが小さくうなずいた。異形へ変じ、なおも残った人の心――それを、無駄になど出来なかった。
    「終わらせましょう」
     苺が跳んで、燃え盛る右回し蹴りでデモノイドの首元を刈った。グラリ、と体勢を崩したデモノイドへと鈴菜と雪風が同時に駆け込む。
    「雪風!」
     その呼びかけだけで十分だ、先に加速した雪風が斬魔刀でデモノイドの脛を切り裂いた。更に大きく揺れたデモノイドを、鈴菜のオーラを宿した両拳の連打が強打していく。ガガガガガガガガガガガガ! と上下に殴り分けたその拳に、デモノイドはガードさえしない。ふらついたそこに、マギーが迫った。
    「終わらせますから……」
     灼滅者としての任務はまだ日が浅いが、望まぬ形で敵対してしまう人々とも戦わねばならない――痛いほど、マギーはその事を自覚している。だからこそ、速やかに苦しめないように。マギーの影縛りとネコの猫魔法が、デモノイドを縛り上げた。
     そして、頭上から跳んだ楓が踵を落としスターゲイザーの重圧で更に動きを奪う!
    「頼む!」
    「はい!」
    「おう!」
     そこに、なつみと穣が駆け込む。輝く手刀に輝きを宿してなつみは袈裟懸けに振り下ろし、穣はDMWセイバーを切り上げた。
    「ぐ、が……ッ」
     デモノイドが、揺れる。抵抗しようとする本能と、抵抗しまいと耐える人の心――それを目の前に、橘が霊障波を打ち込み、司狼と律が同時に迫った。
    「お疲れ様」
     律の、いっそ優しい言葉。司狼の銀腕が喉笛を、律の槍が胸元を、切り裂き貫いた。それが、止めとなる。デモノイドはゆっくりと、その場に崩れ落ちた……。


    「偉いぞー雪風♪」
     鈴菜は、駆け寄ってきた雪風を抱き留め、労った。マギーもまた、ネコを抱きしめてせめて安らぎがあるように、と黙祷を捧げる。
    「せめて、形見だけは山に残してくるとしよう」
     狼へと姿を変じた司狼が、雪山へと駆け出した。春になればあるいは、その形見は誰かによって見つけられるだろう……本来ならば、あの男がそうであったように。
    「次に生まれ変わったら、雪山登山を成功してくださいね」
     苺の祈りを聞きながら、穣は小さく肩をすくめる。
    「寒ぃからとっとと帰ろうぜ」
     そう言って歩き出しながら、振り返らずにはいられなかった。死んだ男が、命を賭けてまで挑んだ雪山を。
    「確かにすげー綺麗だよな」
    「……形は違えど、私は彼を救えたでしょうか?」
     美しく、恐ろしい雪山に、鈴菜は誰にでもなく問いかける。その答えを持つ者は、どこにもいない。楓は、小さく呟いた。
    「少なくとも、汚しはしなかったさ」
     男は雪山に挑み、命を落とした。それが、この白い世界に描かれたあの男の物語の締めくくりとなったのだ。ならば、それを救いと呼ばなくてはあまりにも――。
     遠く、風の音に混じって狼の遠吠えが彼等に届いた。司狼の上げた、弔いの遠吠えが一つ、この雪山に挑み誇り高く敗れた男の下に捧げられた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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