牡丹坂の忌み子

    作者:志稲愛海

     一族に生まれた男女の双子は『忌み子』なのだと。
     実の親からさえ蔑まれ、疎んじられても。
     それでも、幸せだった。
     真っ赤な月が輝く夜――大好きな兄様と離れ離れになった、あの日までは。
     
    「ねぇ兄様。暫くお手紙がありませんが、お元気なのでしょうか?」
     紅い牡丹が見事に咲いた着物の袖を、蝶の如く、ひらりひらりと揺らしながら。
    「ただお忙しくて筆が取れぬだけというならば良いのですが」
     長い黒髪を天にさらりと滑らせ、少女は庭という匣の中を、ただひたすらに揺蕩う。
     煌々と赤く照る月に語りかけながら。
    「でもね……何となく私には分かるの。兄様がお手紙を書けない理由が」
     それから少女は、すとんと縁側に腰を下ろして。
     くすくすと笑い始める。
    「ふふ、それにしても可笑しいわ。やっぱり私達、皆が言うように『忌み子』だったのね。どうりで、お友達は庭にやって来る鳥さんくらいでしたもの」
     そして、不意にじわりと滲みはじめた月から、ふいっと視線を手元に移して。
    「でももう、そのお友達もいないわ。一族の男女の双子は将来物の怪となる『忌み子』。まさにその通りね」
     真っ赤な月に照る『それ』を天高く掲げると、一心不乱に啜り始めるのだった。
    「だって、こんなにこんなに……お友達の血が美味しくて、堪らないんですもの」
     紅き牡丹の花が落ちるかの如く。
     ぽたりぽたりと滴る、首なき『お友達』であったものの血を。
     

    「みんな、集まってくれてありがとう!」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はそう灼滅者達にぺこんと頭を下げてから。
     サイキックアブソーバーの解析結果である未来予知を語り始める。
    「今ね、一般人が闇落ちしてヴァンパイアのダークネスになろうとしていることが分かったんだ。通常なら闇落ちしたダークネスはすぐさま人間の意識が消えちゃうんだけど、今回の子……八千代・富貴(やちよ・ふき)さんは、元の人間としての意識を遺していてね。ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていない状況なの」
     もし富貴が灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救い出して欲しいし。
     また、完全なダークネスとなってしまうのであれば……その前に灼滅をお願いしたい。
     放っておけばいずれ彼女は、遠からず完全なヴァンパイアとなってしまうだろうから。
    「そして、富貴さんなんだけど……離れて暮らす双子のお兄さんが闇堕ちした時に、一緒に闇堕ちしたみたい。お兄さんは今行方不明らしいけど、富貴さんは、山奥の日本家屋にいることが分かったんだ」
     季節になれば牡丹の花が見事に咲き誇るという、緩やかな坂をのぼったその先。
     人の目から隠れるような山奥に佇む、立派な日本家屋。
     富貴は、そこにいるのだという。
    「彼女の一族、古い仕来りみたいなのが代々ある元名家らしくてね。一族に生まれる男女の双子は『忌み子』として疎まれてるらしくて。彼女は半ば、この山奥の家に幽閉されているような状態らしいよ」
     身辺の世話は全て使用人に任せ、広い家屋の何れかにある己の部屋からいつもは決して外に出てこないという富貴だが。
     使用人達が寝静まった、月の輝く夜になると。
     日本家屋の広い庭へと、ふらり散歩に出てくるらしい。
     彼女自身特に逃げるつもりもなければ、誰も訪れることのない山奥。
     鍵などかかっていないため家屋への侵入は容易く、月夜の庭に行けば富貴とも難なく接触できるだろう。
    「戦闘になったら、彼女は日本刀を武器に、ダンピールの皆と同じヴァンパイアのサイキックを使ってくるよ。彼女は闇堕ち途中の状態だけどとても強い力を持っているから、十分気をつけてね」
     それからまりんは、少し悲しそうな表情を宿した後、続ける。
    「富貴さん、小さい頃から忌み子って言われ続けられてるみたいだからか……物の怪のような自分はいずれ誰かに倒されて死ぬ運命にあるんだろうって、そう思っているみたい。大好きだったお兄さんとも離れて、不吉で疎まれている自分に生きる意味なんてあるのかって。だからある種の覚悟みたいなのができてるみたいだから、説得は正直大変そうなんだけど……このままじゃ確実に彼女、ダークネスになっちゃうから」
     だからそうなる前に彼女を倒し、闇堕ちから救い出して欲しい。
     灼滅者となって学園に来てくれれば上々だが。たとえ、灼滅することになったとしても。
     それから改めて顔を上げたまりんは、いつもの笑顔を取り戻して。
    「危険な任務だけど、みんなの活躍を祈ってるよ!」
     灼滅者達を、送り出すのだった。


    参加者
    来栖・清和(武蔵野のご当地ヒーロー・d00627)
    日辻・迪琉(迷える恋羊・d00819)
    館・美咲(影甲・d01118)
    八幡・朔花(翔けるプロレタリアート・d01449)
    天鳥・ティナーシャ(夜啼鶯番長・d01553)
    夜魔神・霜汰(復讐鬼・d03490)
    皇・なのは(へっぽこ・d03947)

    ■リプレイ

    ●物怪
    「随分と人里から離れているんだね」
     皇・なのは(へっぽこ・d03947)が思わずそう呟くのも、無理はない。
     けもの道を往き辿り着いたのは、天照らす月へと続くなだらかな牡丹坂。
     足を踏み入れる事が憚られる程の道無き深い山奥。
     それに今の時期は、絢爛な牡丹の華の片鱗すら見えない。
     そんな物寂しげな坂を上った先。
     煌々たる月明かりにピカッとオデコを光らせ、館・美咲(影甲・d01118)は佇む日本家屋へと視線を向けた。
     人目を避けるかの様に在る屋敷には、不吉だと言われる子が居るという。
     だが、この少女・富貴と己を重ねる者も、少なくない。
    (「男女の双子は忌み子か。俺と妹は両親に受け入れられたけど、もしも境遇が違えばと思うと他人事じゃないな」)
     富貴の一族では忌むべき存在の、男女の双子。
     そんな、まさに男女の双子である八幡・朔花(翔けるプロレタリアート・d01449)や。
    (「みちね、双子は幸せになれるって信じてるの」)
     何よりも大切な双子の妹が居る、日辻・迪琉(迷える恋羊・d00819)。
     双子であるから分かる気持ち、双子にしか分からない思い。
     誰も知らぬ残酷なお伽噺は、富貴を長年、小さな匣の中に閉じ込めている。
     ――でも。
    (「お伽噺の結末は『めでたしめでたし』でしょ」)
     迪琉達灼滅者はそのお伽噺を幸せな終焉にすべく来たのだ。
     富貴の心を蝕む闇を、灼滅する為に。
     そしてまた、狼かの如く月を仰ぐ霊犬・シュヴールを伴ったヴォルフガング・シュナイザー(Ewigkeit・d02890)も。
    (「事も事情が違うとは言え、同じ種族にして、兄妹間での闇堕ちともなれば放ってはおけますまい」)
     富貴に、己の過去をうつしていた。
     ヴァンパイアの一族に生まれ、姉に連れられる形で闇堕ちするも。ダンピールとなり、彼もまた劣等種だと命を狙われる身だという。
     そしてふと昔を回顧しつつ往くヴォルフガングの足が仲間と共に、不意に止まった後。
    「ちょっと行儀が悪いけど、お邪魔します」
     辿り着いた立派な家屋の門が呆気なく開いたのを確認したなのはは、そう断りを入れながらも、皆と屋敷の敷地へ侵入を果たす。
     そして庭へと続く道をぐるりと回って。
    「こんばんは。富貴さんでよかったかな?」
     ひらり、月下の庭をただ蝶の様に揺蕩う少女に、静かに声掛けた朔花に続いて。
    「少し貴女とお話がしたいのです」
     同じく驚かさぬ様にとまずは遠くから話しかける、天鳥・ティナーシャ(夜啼鶯番長・d01553)。
     だが浮世離れしているからか、特に侵入者の姿に動じる事もなく。
    「お話? 私に?」
     牡丹柄の着物の袖を揺らし、長い黒髪をさらり靡かせる富貴であったが。
     お話は楽しそうだけど、と笑んだ後、こう続けたのだった。
    「でも、早くお帰りになった方がいいわ。だって私……物の怪ですもの」

    ●意思
     特に騒ぐ事もなく、羽を休める蝶の如く大きな景石に座った富貴に。
     まず言葉を投げたのは、美咲であった。
    「妾は……そうじゃな、富貴と友達になりに来たのじゃ」
    「ボクも日本刀とか和服とか好きなんだよね。もし良かったら友達になってよ」
     愛用の甚平を着た夜魔神・霜汰(復讐鬼・d03490)も人懐っこい笑顔を作り、お座りするズィルを撫でながら。和風趣向な共通点を基に語りかけてみる。
     そんな二人の言葉に、一瞬瞳をぱちくりとさせるも。
    「可笑しな人達ね。物の怪の私と、友達だなんて」
     小首を傾け、灼滅者達をぐるり眺める富貴。
     そんな彼女への説得はまずは仲間に任せ、今は静観する来栖・清和(武蔵野のご当地ヒーロー・d00627)。
     そして美咲は彼女に頷いて。
    「この屋敷しか知らぬお主に外を見せてやりたい。そして、それを見たお主がどんな反応をするのか見てみたい」
    「富貴ちゃんしだいで世界は色々な彩りをくれて、それはそこに背を向けず挑みかからないと何処かで後悔が残るんじゃないかって」
     なのはも、外の世界には他にも素晴らしい事が沢山あると。そう、懸命に伝える。
     そんななのはやティナーシャは、富貴の兄の事は触れぬよう心がけるが。
    「片割れに会えないの、すごく辛いね。みちも、考えただけで泣きそうに苦しいの」
     逆にそれに触れるのは、迪琉。
     いや、触れずにはいられないのだ――大好きな妹がいる、同じ双子として。
    「ひとりで頑張った富貴ちゃん、えらいんだよう」
     そしてふと妹とお揃いの髪飾りに手を当てれば……月の姿が、じわりと滲む。
     富貴はそんな迪琉に、貴女も双子なの? と問うた後、ふわりと笑むのだった。
    「兄様とは離れているけれど、貴女も双子なら分かるんじゃないかしら。私達はね、一緒のものだから」
     例え忌み子でも、大好きな兄様と一緒ならば平気――と。
    (「この方の考えは以前の私と似ておりますな……」)
     そんな富貴から、少し離れた場所にいたヴォルフガングであったが。
    「不吉に苛まれる物の怪……つまり化け物と思われているのですか。それは違いますな」
     ふと歩みを進め、諭す様に続ける。
    「私達は普通に出来ない事を可能にする力を得たと考えています」
     そして富貴は彼の言葉に、すぐに頷くも。
    「普通に出来ない事……そうね。友達の血を啜るべく、その身を切り裂く力を得たもの」
     赤き牡丹咲く袖を口元に当て、くすくすと笑う。
     ――だが。
    「俺も富貴さんと同じ男女の双子の灼滅者、言い方は違うが物の怪だ」
    「……えっ?」
     続いた朔花の言葉に、明らかに大きな反応を示す富貴。
     そんな彼女を真っ直ぐに見ながらも、さらに言葉を投げる朔花。
    「でも俺も妹も暴走せずにいられてる。強く表にでるかどうかは別として、みんな心の中にダークネスが潜んでる。この力は制御できるし、闇に負けない様強く思えば、これ以上友人を傷つけずにすむようになるよ」
    「この力は……制御、できる?」
    「富貴さんは『物の怪』になったりはしないのです。心の中にいる『物の怪』が富貴さんを飲み込もうとしているだけなのです。こうやってお話しできるのは富貴さんが『物の怪』と今まで戦ってくれていたからなのです」
     表情こそさほど変わらない様に見えるが。ティナーシャは、必死に言の葉を紡ぐ。
    「私も自分の中の『物の怪』に飲み込まれるところを助けてもらったのです。私達の通う学校には同じような人がもっとたくさんいるのです」
     自分が助けられたように、彼女を助けたいから。
    「学校?」
    「ええ。学園には多くの同胞もおります」
    「ボクたちみたいな和服の人も沢山いるから、きっと趣向や気の合う人が見つかるよ」
    「鳥籠を出て、一緒に学校行こう、お友達になろう? お友達を傷つけない方法、みち達が教えてあげる」
     頷くヴォルフガングの隣で、必死に言葉を探すように目をきょろきょろさせながらも霜汰も続いて。
     富貴へと、手を差し伸べる迪琉。
    「まずは富貴ちゃんの居場所を作って、それからお兄ちゃんを迎えに行こ。双子が一緒に笑って暮らすために、みちたちも協力するから。だから諦めないで、一緒に頑張ろうよう……!」
     双子が一緒に、幸せになるように、と。
     助けられるかどうかはわからないが。できればお兄さんも一緒に探してやりたい、と。
     やっぱり兄妹はずっと仲良く暮らして欲しいよなと……そう思う、朔花。
     ティナーシャも、彼女に期待を持たせる言い方はせぬよう説得にあたるが。
    「私達が富貴さんとお友達になるために、もう少しだけ一緒に『物の怪』と戦って欲しいのです」
     心に届くようにと、真摯に言葉を投げて。
    「今は心を何かにゆだねて消えてもいいかもって思ってしまうかもだけど、そうしたらもう後戻り出来ないよ」
     富貴が唯一飛び回るのを許された小さな匣庭の世界を見回した後。
     なのはは、ぐっと拳を握り締める。
    「外の世界を知らないで諦めるなんて勿体ないよ!」
    「物の怪である私に、その様な事が許されるの……?」
    「どうしても化け物だと思われる考えが捨てられないなら、私達、化け物同士で人を救って見返してやりましょう」
     そう同胞として彼女を受け入れるのは、ヴォルフガング。
     だが、これまで皆の説得に耳を貸していた富貴は、小さく首を振ってから。
    「やっぱり、貴方達とは違うわ。だって今私は、人を救いたい気持ちよりも……貴方達の血を啜りたくて、仕方がないもの」
     スラリと、牡丹の意匠を宿す日本刀を抜いたのだった。
     自分達の言葉が届かなかったのか、と。
     得物を手にした彼女を見遣る灼滅者達に、一瞬緊張が走るが。
    「それでも……それでもまだ、私に手を伸ばしてくれるの?」
     自分達を見つめる彼女の姿に、皆は理解するのだった。
     刀を抜いたのは、説得が届かなかったからではない。
     むしろ逆。兄様以外に必死に自分の事を思ってくれる皆に、富貴は委ねたのだ。
     やはり自分は物の怪なのか。
     それとも……どういう形であれ、外の世界へと飛び立つことが本当にできるのかを。
    「君が特別な存在というのならば、僕らもまた……特別だ! 地着!」
     これまで静かに見守っていた清和はその意思を察し、スッとスレイヤーカードを翳して。
    「ローカル特捜ムサシノイジャー! 参上! その力、乗り越えて見せろ!!」
     声高らかに変身の名乗りを上げると同時に、月に照るカードを天へ舞い躍らせて。
     美咲もカードを指で挟み、腕を横に振れば。
    「四獣顕現……纏え、玄武!」
     解放された能力と得物を携え、仲間達と共に陣を成す。
    「武術士、館美咲。籠に留まる鳥に空の広さを示すため、全力で参る!」
     富貴と――友達になる為に。

    ●灼華
     匣庭を飛交うは、衝撃に乗せた灼熱者達の力と思い。
    「その力は、自らを滅されるためにあると何故決め付ける!」
    「妾は、全てを守るためにここに来た! 妾の目の前で誰一人犠牲者なぞ出させるものか……! 仲間も、自分も、そしてお主もじゃ!」
     ビシイッと言い放ち清和が放つのは、江戸の六上水の力・タマガワジョウスイビーム。
     だがこれは決して、相手を打ち倒す為のものではない。
     相手の怒りの矛先を少しでも自分へと向け、皆を守る為のもの。
     そしてそれは、シールドを振り翳す美咲も同じ。
     全力で、富貴の全てを受け止めるべく前に立つ。
     一緒に戦う皆も、富貴も……全員を、守る為に。
    「私が助けてもらえたように、富貴さんも助けたいのです」
     ティナーシャも自分を助けてくれたという学ランのおにーさんを思いつつ、富貴を救う想いを籠めた歌声を奏でて。
    「家の中だけが全部じゃないんだよ!外にはいっぱいいっぱい素敵で面白いことがあるんだよ」
     戦闘中も決して説得を止めない、なのは。
     だが富貴は日本刀を容赦なく閃かせ、鮮やかな赤の色が飛沫く度に興奮した様に口角を上げて。黒髪を天に滑らせ、強烈な冴月の如き衝撃を灼滅者達に見舞った。
     でも、いくら切り裂かれようとも。
    「制御できるといった手前、闇落ちはしないぜ。どんなに怪我したってな」
     もうひとりのヒーロー・朔花は強く逞しく、そして優しく。
    「俺は曲がらない鋼鉄の花だ。じいちゃんの代から北九州は八幡に流れる『鉄の意志』、みせてやるさ」
     ご当地の誇りを胸に、地を踏みしめ蹴りを返しながらも。
     それぐらいじゃ俺達は死なないぜと、にっと富貴に笑んでみせる。
     そして主人の言いつけ通りシュヴールが浄霊眼で朔花を回復する間に、ヴォルフガングの生み出した赤き逆十字の鋭撃が相手の精神を蝕みにかかった刹那。
    「もっと楽しませてくれよ、こんなもんじゃ倒れないよ!」
     人懐っこい表情から一変、戦闘狂の素を垣間見せながらも、彼女の心に訴えるように熱く声を上げて。死角から急所を狙って日本刀や斬魔刀をふるう、霜汰とズィル。
    「富貴さんは不吉でも忌み子でもないのです」
     ティナーシャも天上の歌を響かせ仲間を癒しながらも、浴びせられた連携攻撃に微かに揺らいだ彼女へと、さらに言葉を投げる。
    「富貴さんは『物の怪』と戦って、他の人を守ることのできる希望の存在なのですよ」
    「私も貴女と同じ化け物ですが……どうせなら人を救う化け物として、人生を努めてみませぬか?」
    「その力さえあれば、他の誰かを救ったり、大事な人を救ったり、そして、多くの絆を作り出すことだってできる!」
     彼女と境遇が近く尚且つ同胞でもあるヴォルフガングの言葉と。
     堂々たるヒーローらしい、清和の熱い思いが続けてぶつけられて。
    「物の怪じゃろうが、化物じゃろうが気にすることはないわ! そんな程度、妾が友になりたいと思うのに障害にもならぬ! 妾はお主の全てを受け止めて見せようぞ!」
     鮮やかな鮮血走る傷にも、やせ我慢と強気で全然効いていない素振りをみせながら。
     美咲はこう、富貴へと言ったのだった。
    「第一、お主は、”人”で在りたいと思っているじゃろう?」
    「……!」
     一瞬、灼滅者を血で染めていた残酷な牡丹の刀が、流麗であったその動きを止めて。
     貴女様の兄の事は判りませんが、と断りを入れつつ、ヴォルフガングも続ける。
    「例え肉体が化け物でも、心が人ならば貴女は人です」
    「心が、人ならば……」
     そして迪琉は、そうぽつりと呟いた富貴の気持ちが分かる気がするのだった。
     本当は血が嫌いで、吸血鬼が嫌い。そして魅かれ違うモノになりそうな自分が……怖い。
     そんな双子の妹にも絶対に言わない心の底の葛藤を、迪琉も抱えているから。
     でも。
    「みちも怖いよ……でも、ゆずが笑顔で居られるようにしたいの」
     でもそれでも、守りたいものがあるから。
     自分の背丈よりも大きな剣を手に、迪琉は前へと進めるのだ。
     そして。
    「逃げるな、自分から、立ち向かえ、自分の中にあるもうひとつの自分に! そして打ち勝つんだ!!」
     怒りの衝撃を幾重にも受けた富貴が、視線を清和へと向けた刹那。
    「富貴ちゃんの世界はこれから色んな彩り豊かな世界に出来るんだ」
    「!」
     なのはの、殺傷力を孕まぬ一撃が。
     小さな匣の世界から、ひらり牡丹柄の蝶を解き放ったのだった。

    ●友達
     意識を取り戻し、うっすら瞳を開いた富貴を。
     いたわりを込めて、そっと抱き締める迪琉。
     そして朔花は、彼女へと手を差し出す。
    「外にでるのが怖ければ俺達が引っ張るよ」
     ここにいる皆の16本の手で足りないのならば。
     学園の生徒2万の手が助けてくれるから、と。
    「自分の力を恐れずに、学園で一緒に力の使い方を覚えないか?」
     そんな朔花の言葉に素直にコクリと頷いて。
    「はい、義兄様」
     そっと、その手を取る富貴。
     もしかしたら同い年か年上かもしれない富貴の言葉に、朔花は瞳をぱちくりさせるも。
     にこり人間らしく笑む彼女の手を離すまいと、ぐっとより握り締めて。
    「これからよろしくね、富貴ちゃん」
     富貴はそんな皆の言葉に頷きながら、ある気持ちが己に芽生えた事に気付いたのだった。
     友達と共に生きる外の世界の事を、いっぱい知りたい――と。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 3
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