儚に咲け、雛桜

    「ふわぁ」
     突如吹いた風に少女の髪が弄ばれ、視界を遮られて慌てて押さえる。
    「これ使うといいよ」
    「ありがと」
     友人からパッチン留めを差し出され、いそいそとつけながら溜息をついた。
    「春の嵐だねぇ」
    「ね。でもそうしたらそろそろ咲くかな」
    「雛桜? 今年も見に行く? 山の中だから運動にもなるし」
    「混雑しない時期に、しかもいい雰囲気のお屋敷だもん。穴場だよね」
     よしじゃあみんなも誘って企画しよう、と携帯電話のスケジュールアプリをタップして呼び出す友人に、
    「やったぁ!」
     と少女が両手を上げた途端にまた突風にあおられ、今度は友人のかぶっていた帽子が顔にあたった。
    「あぅー」
    「ご、ごめん。帽子すっ飛んでかなくて助かったけど」
     帽子を取ってやりかぶりなおして、ふと首を傾げる。
    「そう言えば、いつもこの時期だよね。春の嵐が吹いて雛桜が咲くの」
    「ん?」
     ぺしぺしと鼻先をなでて、少女もある一方へと顔を向ける。
    「もしかしたら、雛桜は寂しいのかもね。ほら、桜の木って動けないじゃない?」
    「自分も仲間に入れてって怒ってるのかも。……まさかね」
     そんな他愛もない話を、春の嵐がさらっていった。
     
    「雛桜カ」
     エクスブレインが示した資料を一瞥し、御手洗・七狼(黒彩ルイン・d06019)は名を口にした。
     頷いて、五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が集まった灼滅者たちに微笑む。
    「とある廃村にあるお屋敷に、毎年春になるととても綺麗に咲く桜があるんです。他の桜よりも少し早く咲くその桜は、雛桜と呼ばれて古くから親しまれていたそうです」
     ちょうどひな祭りの時期に咲くからだとか、屋敷に住んでいた小さなお姫様のために植えられたからだとか、いわれは様々だが真実は分からない。
     ただ、昔からそう呼ばれていたという。
    「ですが、過疎化が進み、そこに住む人もいなくなり……お屋敷も荒れ放題のはずなのですが、まるで誰かが毎日手入れしているかのように綺麗にされているそうです」
    「では、好き放題されテいルダろうか」
    「いいえ。それが……」
     あまりに整いすぎていて、無神経な行為に及ぶことをためらってしまう。
     だから心ない者に荒らされることはないのだそうだ。
    「多分、離れた場所に住む人が管理しているのかもしれませんね。それで毎年、雛桜が咲く頃になると、隠れた名所としてそう多くはない人々が花見に訪れるそうです」
    「それなら別に問題はないんじゃないか?」
     首をかしげる白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)の疑問を、やはり姫子はやんわりと否定する。
    「雛桜が咲く頃は、春の嵐が吹くことが多いそうで……それが、いつしか雛桜の呪いと言われるようになってしまい」
    「それが現実になり本格的に災いを為す前にどうにかしてほしいということか」
    「そういうことです。曰く、『自分のそばで楽しく過ごす人々に雛桜が嫉妬して起こす』と」
     首肯するエクスブレインに、七狼はかすかに眉をひそめた。
    「桜と戦うノハ抵抗がアルナ」
     それも美しく咲くというのであればなおさらだ。
     姫子は3度目もやんわりと否定し、
    「灼滅する方法はふたつあります。ひとつは雛桜と戦うこと。もうひとつは、雛桜と楽しむこと」
    「雛桜と?」
    「はい。皆さんが楽しそうにしていれば、つられて雛桜は姿を見せます。そこで雛桜を誘って一緒に楽しめば能力が弱体化され、頭に触れるだけでも」
    「ま、待った。木を誘うのか?」
     慌てて遥凪が説明をさえぎると、エクスブレインはこくりと首を傾げた。
    「説明していませんでしたっけ。雛桜は、大元である桜の木とは別に小さな女の子の姿で現れます。こちらが災いを起こす……そう言われる『雛桜』ですね」
     きっと、由来の定かでない雛桜の名からそんな姿が連想されたのだろう。
     詳しいことはこちらに、と資料を示す。
    「都市伝説である雛桜を倒しても桜の木は枯れたり倒れたりはしませんから、雛桜と一緒にお花見をしてもいいでしょうし、雛桜をさくっと倒してお花見をしてもいいかもしれません。どちらを選ぶかは皆さんにお任せしますね」
     柔らかく微笑む姫子の言葉に、七狼が思案するように目を伏せる。
     まぶたの裏に、舞い踊る桜の花びらを映しながら。


    参加者
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    御手洗・七狼(黒彩ルイン・d06019)
    御手洗・枷織(御手洗の番犬・d06020)
    御手洗・陸(和協・d06021)
    御手洗・狂夜(狂々解体魔・d06022)
    御手洗・黒雛(気弱な臆病者・d06023)
    御手洗・流空(誰ソ彼迷猫・d06024)
    糸木乃・仙(蜃景・d22759)

    ■リプレイ

     春のぬくもりを含んだ風がいたずらっぽく渡っていく。
     風にもてあそばれた髪を押さえて、糸木乃・仙(蜃景・d22759)は屋敷を見回した。
     主の居ない屋敷にお邪魔するのは気が引けるけど。
     お邪魔しますと断るが、灼滅者たち以外に人影はなく、応える声もない。
    「誰もいない……な」
     ゆっくりと視線を巡らせる御手洗・陸(和協・d06021)が口にした呟きに、誰からともなく視線を交わした。
     人がいる気配はないが屋敷の内外は綺麗に整えられている。均された砂の庭に描かれた模様を見守るように咲く桜の木が、時折強く吹く風に梢を揺らす。
    「ここから見ると綺麗だよ」
    「ああ、ではそうシよう」
     青い瞳を細めて桜を見上げるシェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)の提案に、御手洗・七狼(黒彩ルイン・d06019)が頷いた。
     レジャーシートを取り出し広げようとする彼を、
    「兄貴、準備手伝うよ」
    「自分も手伝おう」
     御手洗・枷織(御手洗の番犬・d06020)と仙が手伝う。
     シートの上や周囲に並べられた荷物を眺めて白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)は溜息をついた。
    「すごい量だな……」
     弁当に菓子に飲み物におもちゃ。食器と、場を汚さないためのゴミ袋も。
     みんなで分けるために多めにしたと御手洗・流空(誰ソ彼迷猫・d06024)が言い、なるほどと思い直す。
    「くくく、いかなる料理であろうともこの漆黒のジャシンが食らってやろう」
     ノートとスケッチブックを手に何やら大仰な素振りと口ぶりの御手洗・狂夜(狂々解体魔・d06022)。食べるの楽しみです、という意味らしい。
    「それは?」
    「闇に隠された真実を記す書だ」
    「設定ノートか」
     そしてそれは、後に魂を引き裂く禁断の書となるに違いない。
     御手洗・黒雛(気弱な臆病者・d06023)はビハインドとしていつも彼女のそばにいるお母さんと共に陸を手伝い荷物を広げていく。
     料理を丁寧に並べ人数分にひとつ足して食器を用意しながら笑みを浮かべた。
    「(兄妹皆でお出かけするの、ちょっと久しぶり……嬉しいな……♪)」
     視線を移せば風にはらはら舞う花びら。風に撫でられる桜の木は、うとうとしているかのように揺れている。
     皆と仲良く遊べるといいな。思いながらお母さんにも微笑んだ。
     弁当もおもちゃももちろん集まったみんなも賑やかで、ふと七狼は桜を見上げる。
    「……数年前は何も感じなかったノだが、綺麗だな」
     穏やかにこぼれた言葉に、愛し人も彼と同じく桜を見た。そんな兄の変化に枷織は少し微笑む。
    「なあに?」
     ふと問う声と小さな手が示したのは、仙が持ち寄った小さな重箱。
    「桜餅だよ。長命寺と道明寺」
     両方買ったものだけど、とふたを開けて説明する彼女。
     薄く焼いた生地に餡が包まれた長命寺と、粗砕きのもち米に餡が包まれた道明寺。
     上段を飾るふたつの桜色に視線が集まる中、そっと取り上げて下段を見せた。
    「それから、サンドイッチを持ってきたんだ。キッシュ風の厚焼き玉子を挟んだものと、普通のハムレタスの二種類」
    「きっしゅ」
     ふわふわの玉子焼きの金色に優しい彩りのハムとレタスが添えられて、まるで菜の花畑のよう。
     お洒落だね、と微笑むシェリーに笑って返す。
    「これは?」
     次に示したのはショップのロゴが描かれた箱。持ち寄ったのは枷織だ。
    「ドーナツだ。色んな種類のを箱で買ってき」
     ん?
     言いかけてちらと視線を巡らせる。
     いち、に、さん、…………。
     数えてみると、ひとり増えている黒髪の少女。
     無警戒に輪に混ざっている少女は、どーなつ、と小さく呟いて不思議そうに箱を見つめ、それから自分に向けられる視線にきゃっと小さく声を上げたかと思うと姿が消えた。
    「!?」
     注意しながら周囲を確かめると、いつの間に移動したのか。風に小梢を揺らす桜の木の下、あまり太くはない幹に隠れて着物姿の少女がこちらを見ている。
     隠れているといっても、身体の半分も覗かせているのだからほとんど効果はないのだが。
     不安げに視線をさまよわせ灼滅者たちの様子をうかがう彼女に、そっと声をかけたのは黒雛だった。
    「あの……一緒に、遊びませんか?」
     誘いの言葉に少女は木の陰に顔を隠した。そうしてまた顔と体をのぞかせこちらの様子をうかがう。
     こちらに興味を持っているのは確かだろう。だが同時に警戒もしている。
     ふと目が合い、シェリーは笑って挨拶した。
    「こんにちは、君もお花見かな?」
     好ければ一緒に遊ぼうと声をかけ、七狼が彼女に続いて少女へ挨拶を告げる。
    「君が綺麗なノで皆で花見をサせて貰っている」
     その言葉に、そわと風が吹き渡る。
     桜吹雪の中を立ち尽くす少女は、彼らの真意を確かめるように、灼滅者たちを今度こそまっすぐに見つめた。
     新緑色の瞳にはどこか不信が影を落としている。
    「くくく、我らの宴に招待しようではないか。薄紅の化身よ」
     狂夜の言葉にぱちぱちとまばたきをし、恐る恐る砂の上を歩いてこちらに近付く。足跡は砂に残らない。
     やや離れたところにちょこんと立ち、やや上目遣いに一同を見回した。
     一番背の低い黒雛よりもなお背の低い少女は、流空を除いた背の高い男性陣を怖がっているようで、招かれたとはいえそれ以上近付くのをためらっているようだった。
     そんな彼女の様子に、茶倉・紫月(影縫い・d35017)は遥凪の後ろに隠れている。
    「隠れるならどうしてついてきたんだ」
    「勢いその他諸々で来たけれども、来てよかったのか無茶苦茶不安になって」
    「なら堂々としなさい」
     ぎゅ、と遥凪の眉間に皺が寄る。
    「変に気を遣わないほうが、雛桜も安心できるんじゃないかな?」
     言って仙がこっちにおいでと手招きすると、やはり恐る恐るだが近付き、ちょこんと彼女のそばにくっついた。
     小さな手が桜を示す。
    「ひな」
     葉擦れに似た小さな声が、誰にともなく言う。
    「きれい」
    「うん」
    「だから」
    「うん」
    「みない」
     最後の言葉は、自身を指して。
     綺麗だから、見ない。少女――雛桜を。
    「いっぱい」
     広げられた料理を差す。だがそれは、肯定的な意味ではないのだろう。
     玩具もあるよ、とシェリーがシャボン玉を見せる。
     ひとつ、ふたつ。ふわり浮かぶシャボン玉が風に遊ばれ、桜の花びらの中を踊る。
    「くくく、この風、そしてこの舞う薄紅の風に、浮遊水晶。我が新しき幻術にぴったりである」
     シャボン玉を見て狂夜が怪しい笑みを浮かべて桜の木に近付き、桜の中かっこよくポーズを決め、設定ノートにめもめも。
    「流石狂夜……いや、ジャシンサマ。新たな幻術を編み出すとは、格好良いよ」
     枷織の言葉によりかっこいいポーズをとってみせるジャシンサマの行動を不思議そうに見る少女に彼の兄弟が、つまり桜とシャボン玉が素敵ってことだよと説明した。
     黒雛が紐を取って指で編むようにあやとりで形を作り、少女の前に掲げてみせると、紐越しに覗いて見える桜に溜息がこぼれた。
    「ひとりは寂しいものな」
     微笑む陸の言葉に、少女もかすかに微笑む。
    「どんな遊びが好きなんだ?」
     兄弟の中でも一番背の高い枷織が、怖がらせないようにと屈んで視線を合わせて問う。
     あそび、と口にして、困ったような表情を浮かべた。
    「ひな」
    「ああ」
    「あそばない」
     小さな答えを拒否と受け止め顔を見合わせる。
     それなら何か食べるかと皿に料理を取り分けようとしたところへ、雛桜はいっそう困ったように視線をさまよわせた。
     もしかして、と流空が手を打つ。
    「遊ばないんじゃなくて、遊んだことないのかな?」
     極端に語彙が少ない桜の化身はそっと頷く。桜の木は遊べないのだから遊ばない。
     どんなのが興味あるかな。用意したおもちゃをひととおり見せても使い方が分からないらしく、ついには泣き出しそうな顔になってしまった。
    「まずわたしたちでやって、それから雛桜もやってみようか」
     言って、シェリーがもう一度シャボン玉をやって見せる。
     それと見て仙は紙風船を膨らませ、ぽんと飛ばせば風に乗りふわり浮かぶ。
     虹色の煌めきを閉じ込めたシャボン玉と陽射しを透かした紙風船が桜の花びらと共に舞う様を、雛桜はどこか憑かれたように見つめた。

     遊んでみて分かったのは、雛桜は活発に動くことが苦手であることと、大勢でやる遊びは気後れして逃げてしまうことだった。
     あやとりやシャボン玉、お手玉などは、自分でやるよりも誰かがやっているのを見るほうが楽しいようだ。
    「こういう遊び、あまりしたことないから……結構疲れるね」
     歌ったりしりとりしたり、鬼ごっこもしたり。
     動き回ったりして疲れた黒雛は、七狼とお母さんと一緒に見守る側に。
    「桜の花弁を落ちる前に掴むことが出来たら、願いが叶うって聞いたんだ」
     言いながら流空は花びらを追いかけるが、ひらひら舞い落ちる花びらを捕らえるのはなかなか難しくって、でも楽しくて。
     いつの間にか願いとか関係なく夢中になって追っていた。
    「よしっ!」
     やっと一枚捕まえて、両手に載せる。
     願うのはやっぱり、兄姉の幸せ。
     元気いっぱいの流空や見知った相手が多くジャシンサマ全開の狂夜に頑張ってついていこうとする雛桜を、他の兄たちや仙がフォローしてやっていた。
     そんな様子をカメラで撮影する長兄。
    「兄妹でも……昔はあまり全員で遊ぶことなかったしね……」
     溜息をつくような言葉に兄は優しく妹の頭を撫でてやる。
     穏やかに見やり問う彼へ、ふわと微笑んだ。
    「だから、いまとっても楽しい……♪」
     小さな胸を温かく包むその気持ちは、何よりも大切なもの。
     隅に咲いていたホトケノザをぷちりと摘んで、紫月が雛桜へと言う。
    「このホトケノザの花の蜜をだな……」
     力を入れずにちょんとくわえる。
    「吸うんだ。ぷちっと花の部分を取って」
     意外と甘い。口に合うかはそれぞれ好みだけれども。
     雛桜も見よう見まねでやってみて、花が口の中に入ってしまいぴゃっと小さく声を上げた。
     その様子に誰ともなく笑い、少女もまたかすかに微笑む。
    「これはどうダろうか」
     七狼が転がした手毬をシェリーが受け止め、また転がす。雛桜はそれを不思議なものを見るように眺める。
    「ほら、雛桜」
     声をかけられ、そろそろと転がってきた手毬を取り、不思議そうにその面を撫でた。
     転がして御覧と促すと、そおっと転がして返す。もう一度転がして、それを幾度か繰り返し。
    「……何だか親子ミタイだ」
     ふと口にした彼の言葉に、愛し人は頬を朱に染めた。
     ……親子みたい、かあ。
     永遠を誓ったふたりが描く未来は、まだ分からないけれど。
     ちらと見れば目元和らげ見つめている彼と目が合い、夢が広がって温かい気持ち。
     いろいろ遊んで少しの休憩。
    「どうぞ」
     差し出された弁当にみんなの視線が集まる。
     小さい子に人気のふっくらした卵焼きと肉団子がメインの弁当は陸のお手製で、タコウィンナーと旗は外せない。
     これは食べちゃダメ、と言われて、雛桜は物珍しげに旗をちょんとつまんで掲げて見つめる。弁当の中の旗はひとつひとつ違っていた。
    「旗! くくく、やはりこれがあれば……」
     旗が嬉しくて狂夜が大喜びでパタパタするが、意味ありげな何かはない。
     はしゃぐジャシンの様子に、雛桜が理由も分からず同じように旗をパタパタしていた。
     もし雛桜が他の旗にも興味があるようなら交換とかするのも楽しそうだな。そう思い少女を見やった枷織は、逆に弟へ旗を渡そうとするのを見て苦笑。
    「うれしい、あげる」
     旗を、持っていると嬉しくなるものなのだと判断したようだ。
    「随分手が込んでいるな」
     感心して遥凪が言うと、陸ははにかんで応える。
    「……昔、雛桜ぐらいの頃に、母親がこういう弁当を作ってくれてな。自分でも作ってみたくなったんだ、皆の口に合えば良いが」
     ああ、だから子どもが好きなものを揃えたのか。納得してひとつ卵焼きを口にする。
    「わたしはお弁当にお握りを作ってきたよ」
     シェリーが出して見せたおにぎりは梅とおかか。それからおやつに桜ゼリーを。
     透きとおるゼリーは春のきらめきを閉じ込め、喉越し爽やかで美味しいと思う。好ければ此方もどうぞ。
     流空も陸と一緒に作った、桜でんぶのちらし寿司にお稲荷に唐揚げ卵焼き等々を勧める。
     それからこれはとっておき。
    「みたらしにゃんこ食べる? 白玉が猫の形のみたらし団子! 可愛いでしょ」
     まっしろもっちりのみたらしにゃんこ。かわいすぎて食べるのにためらってしまう。
     パンはホームベーカリーで焼いたのだけど、上手く焼けてるかな。そうごちた仙に、そんなことはないと黒雛が応える。
     厚焼き玉子にぴったりのパンはちょうどいい具合に焼けていて、ついつい手が伸びてしまう。
    「どれも美味しくて箸が進むね」
     家庭の味で温かくて、とても美味し。微笑むシェリーに、おにぎりをたくさん頬張って君のも美味しいよと七狼が告げると照れてまた笑う。
    「雛桜もどうかな」
     促されて恐る恐るおにぎりを取り、彼の真似か小さな口いっぱいに頬張った。
     あんまり口の中がいっぱいになって、ふにゃうにゃと声にならない声で何か言って、それから飲み物で流し込むように飲み込んだ。
    「……おいひ」
     ようやく出た言葉にくすりと笑う。
     嬉しい感想を有難う。
     
     たくさんあった料理も、みんなで食べればすぐになくなってしまう。
     持ち寄った弁当や菓子の感想や遊びについて話しあいながら食後のお茶を。
     疲れてしまったか、雛桜はちょこんと座り込んで、どこを見るでもなく灼滅者たちを見つめていた。
     雛桜よりも少しだけ年上に見えるおかっぱ頭の女の子が動物たちを伴い姿を見せ、仙のそばで都市伝説を眺める。
    「花一匁しよう」
     提案に、雛桜はゆっくりと首を傾げた。
    「なあに?」
    「遊びだよ」
     簡単に遊び方を説明して、二組に分かれて並び合う。
     歌を歌って、じゃんけんをして。あの子が欲しい。
     欲しいのは雛桜。
    「君さえ良ければ一緒に帰ろう?」
     自分のところは君に似たような寂しがり屋の子も居て結構賑やかだよ。
     手を差し伸べる七不思議使いに、都市伝説はぐるりと庭を見回した。
    「ひなは、ここをまもるの。ひなざくらはおまもりだから」
     少しだけ饒舌になり、首を振る。
    「ここにいても寂しいだろう?」
    「さみしくなんか、」
     言いかけ、口をつぐんだ。
     それから少しの間。
    「ひなざくらはおにわをまもってきたの」
    「うん」
    「だれもいなくなっても、ずっと」
    「うん」
    「おにわにくるひとたちはひなざくらをみないの。たべてのんでさわいで、ひなざくらをみてくれない」
     ざわ、と風が強くなる。だがそれは、灼滅者たちを傷付けるには弱い。
     雛桜の守る庭で楽しんで、しかし雛桜を顧みない。それは雛桜の苦悩となった。
    「楽しい時間がすぐに終わってしまうのと同じで」
     髪にまつわりついた花びらを手のひらに取り、陸がふと口にした。
    「桜の花も儚いものだが、残された枝はずっと伸び続け、来年また綺麗な花を咲かせるんだな」
     桜は人の人生に似ているのかもしれない。今日のように楽しい事はまたすぐ来る。
    「皆にも、雛桜にもきっとな」
    「くくく、薄紅の化身よ。また遊ぼうではないか」
     狂夜の笑みに、都市伝説は泣き出しそうな、しかし微笑むような表情になる。
    「楽しんで……貰えたダろうか」
     静かに七狼が問う。
    「もし次が在るノなら。恐れられないモノとなって、また共に遊ぼう」
     自身に向けて伸ばされる手の意味を知り、雛桜はそっと目を閉じる。
    「雛桜を忘れないで」
     不意に。その声音が変わった。
    「雛桜を忘れないで。春が来るたびに、この庭で見た桜を」
    「約束しよう」
    「ありがとう」
     おやすみと優しく頭に手を置く。
     触れた一瞬幼い姿が妙齢のそれとなり、桜吹雪と変わる。
     自身の肩を抱くように仙は桜吹雪を抱きしめると、かすかに香るぬくもりがその胸に生まれた。
    「雛桜、楽しんでくれたかな」
     シェリーの呟きを、愛し人はその肩を抱き肯定する。
    「白嶺には妹がいるんだろう? ちっこい時の事を思い出したりとか、したか?」
     紫月の問いに遥凪がそうだな、と苦笑して。
     宴の後を眺めた黒雛は、彼女が折った折り紙がないことに気付いた。
     兄へそれを告げると、枷織は少し考え、きっと持っていったのだろうと笑う。
    「何だか夢のような時間だったね」
     童心に返ったみたいで、楽しかった。キャッチした桜の花びらを手に流空が笑う。
    「また此処に、お花見に来たいな」
     その言葉に誰からともなく頷く。
     風はいつかやみ、はらはらと泣くように舞っていた花びらもささやかなものになっていた。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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