虚白の音

    作者:麻人

     いつの頃からか、町外れの河原で一人の青年が笛を吹く姿が見受けられるようになった。それは大層美しい青年で、細く白い象牙のような横笛を上手に吹き鳴らす。
     細い指先を器用に操り奏でるのはどこか懐かしい、ほの寂しさを感じる音色だった。
    「ねえ、次はあれを吹いて!」
    「だめ、私の番なんだから」
     彼の元にはいつしか子供たちが集まって、小さな輪ができる。
     すると青年は優しげに笑って言うのだ。
    「いいよ、何でも吹いてあげる。その代わりもっとお友達を連れて来て欲しいな。多ければ多いほど、僕は嬉しいんだ――……」

     美しい笛吹きの青年は名を土岐という。
    「そして、紛うこと無きヴァンパイア。彼は主であるヴァンパイアのためにあるものを集めてるんだ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は集まった灼滅者たちの顔を見渡して、優しい笑顔の裏に隠された謀を暴いた。
    「骨だよ。集めてるのはね、子供の骨。彼の主はそれを楽器に加工して配下のヴァンパイアに演奏させることを至極の楽しみとしている――悪趣味以外の何者でもないよね」
     彼、土岐は彼女のために町を渡り歩いては健康な子供をさらい、殺し、死肉をそいで取り出した骨を洗いざらして素材へと変える。ヴァンパイアはダークネスの貴族とも称される種族であり、闇堕ちの際には元人格の血族や愛する者をも闇堕ちさせるという性質を持っていた。
    「…………」
     説明を聞いていた一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)が小さく呟いた。「下種」、と聞こえたような気がする。
     それに、とまりんは眉をひそめる。
    「私が予測したタイミングだと、彼は子供たちに囲まれてるの。確実に接触できるのは彼が河原で笛を吹いている頃から、集まった子供たちを連れて屋敷に戻るまでの間……これより早ければバベルの鎖によって察知され、これより遅ければ子供たちは殺されてしまう」
     ダークネスはいずれもバベルの鎖による予知力を保持している。エクスブレインの予測はこれをかいくぐる事を可能にするが、その機会は非常に限られたものとなってしまうのだった。
    「できるだけ子供たちに危害を与えず、かつ、戦闘能力に秀でるヴァンパイアを倒す。これが今回、皆にお願いしたい依頼の内容だよ。頑張ってもらえるかな?」
     改めて尋ねたまりんは、皆の肯定を待ってから詳しい説明に入る。
     
     町は都心から離れた片田舎で、明るいうちは学校帰りの子供たちが外で元気よく遊びまわるような土地柄だ。青年が寝ぐらにしているのはもう随分長いこと空き家になっていた古い屋敷で、河原からは歩いて数分の場所にある。
     いずれもほとんど人気のない町外れだ。それも秋の日暮れ時となれば既に薄暗く、子供をかどわかすにはうってつけの状況が揃っている。
    「本性を現した彼はダンピールと同様にドレインや催眠が付与する技を使って来るよ! ちなみに、子供たちを味方にするために自分の正体に関しては極力しらを切るかもしれない。ただ襲いかかったらこっちが悪者にされちゃうかも……! ほんと、悪知恵がまわるよね」
     まりんは険しい顔で言って、手元の帳面を閉じた。
    「説明はこんなところかな。取り逃せばきっと、このヴァンパイアは次の町でも同じことを繰り返すに決まってる。だから絶対にここで倒して! お願いだよ」
     小さく「Oui」、と応えたのはリュリュだった。異国の言葉で「はい」を表す。必ずや灼滅してみせるという誓いだ。空はまだ青くとも、秋の空が茜色に染まるまであまり猶予は残されていない。


    参加者
    大沼・弥生(千華万蓉・d00238)
    三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)
    月宮・白兎(月兎・d02081)
    井国・地アミ(ご当地ダンピ・d04341)
    四条・識(シャドウスキル・d06580)
    片桐・秀一(高校生殺人鬼・d06647)

    ■リプレイ

    ●非日常
     狂気を秘めたその音はなぜ、子供達の心をとらえてやまないのだろうか。その日も青年は普段と何も変わらぬ様子で笛を吹いていた。
    「あっ、もう始まっちゃってる」
     ランドセルを背負った少女はいつもの河川敷に向けて駆けだした。その途中ですれ違った見慣れぬ人影に首を傾げる。
    「――……?」
     観光地でもない田舎町に外の人間が足を踏み入れることなど滅多にない。今日に限ってそんな人をちらほらと見かけたのはそれこそが、非日常のはじまりだった。

    「薄気味悪い音だな……」
     風に乗って届く笛の音に大沼・弥生(千華万蓉・d00238)は意思強げな眉をひそめ、ささやく。
    「全員いるな? 簡単に作戦を確認しておく」
     子供達を侍らせているヴァンパイア――土岐を討伐するにあたって僅かな齟齬が命取りにもなりかねない。
    「子供にショーを見せる者と、ヴァンパイアの退路を絶つ者。そして逃げ遅れた子供をフォローする者……自分の役割は頭に入ってるな?」
    「まーかせとけよっ!」
     三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)はVサインを作って笑った。
    「俺達はヒーローっぽい演出をして敵を悪役に仕立てる! ラブフェロモンで子供心を狙い撃ちだぜっ!」
    「ああ、うまくいくといいんだが……」
     顎に手を当て、白鐘・睡蓮(火之迦具土・d01628)は何か考え込むような素振りをみせた。
    「子供が一人でも殺された場合、自分を抑える自信がない。だが、それは仲間を傷つけられた場合も同じだ。月宮、四条、片桐。無理はするなよ」
     他が子供達の対応に回る間、ヴァンパイアの抑えは彼らに任されている。片桐・秀一(高校生殺人鬼・d06647)の返答は早かった。
    「任せろ、不謹慎かもしれないが気分は最高潮に高まっている。包囲については三兎に従おう。すまないが、指示を頼む」
    「OK」
     柚來はにっこりと笑んで親指と人差し指の先をちょんとつけた。自然と体を動かしたくなる。戦いの準備運動にショーのダンスはお誂え向きだった。
    「あとは? 確認しておくことはない?」
     仲間の顔を見渡して土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)が言った。ひときわ身長が小さく小学生と見まごうばかりの少女だ。彼女の問いに一色・リュリュ(高校生ダンピール・dn0032)がおずおずと手を挙げた。
    「私は後方からの援護、でよろしいのですよね?」
     不安げなリュリュを安心させるように井国・地アミ(ご当地ダンピ・d04341)は彼女への指示を繰り返した。
    「間違っていませんよ。それに、逃走阻止の陣形を意識して頂ければ充分です」
    「逃走阻止の陣形……」
    「要は、取り囲めばいいんだ。四方から攻撃を仕掛けて逃げる隙をなくす。だろ?」
     四条・識(シャドウスキル・d06580)は唇の端に笑みを乗せた。これから戦いに挑むというのにどこか楽しげな足取りで川の流れに沿って歩きはじめる。
     あとほんの少し秋が深まれば、すすき野に赤とんぼの舞う抒情的な光景が見られるのだろう。だが今はまだ、秋の気配よりも夏の名残りが色濃く残る九月の末。月宮・白兎(月兎・d02081)は識の言葉に頷き、遠くを見つめた。
    「敵は一人ですが、油断はできません。出来る限り、囲み退路を無くす。……大丈夫ですよ、貴女は一人ではありませんから」
     白兎はリュリュに微笑みかけ、眼鏡を外した裸眼を後方に差し向ける。リュリュが口元に手を当てて目を瞬かせる隣で、彼は取り出したゴーグルを眼鏡の代わりに装着した。
    「人に害なすヴァンパイア……報いは受けて貰いますよ」
     物悲しい笛の音が近くなる。
     やがて、広々とした河川敷の野原に輪を描いて集まる子供たちの姿が見えた。その中心に腰を下ろした青年の瞳がつい、と視線を上げてこちらを見据える。

    ●カリカチュア
     たんっと土手を蹴った柚來は空中で前転、着地と同時に倒立を挟んでロッキング――子供たちを指差して白い歯を見せた。
    「ソイツは悪の組織幹部のヴァンパイア男爵だ、皆ソイツから離れるんだ!」
    「その通り。悪事はそこまでにしてもらおうか?」
     腕に炎を纏いながら歩み出した睡蓮は高らかに告げ、カードを翻す。刹那、封印を解除された刀と槍が彼女の手に握られた。「きゃっ」と悲鳴をあげる子供がいる中、幾人かの子供はぽかんと口を開けて突然の闖入者を見つめている。
    「俺達は正義の味方スレイヤーレンジャーズだっ!」
    「スレイヤーマジカルただ今参上!!」
    「みゃあ」
     柚來のストリートパフォーマンスは素晴らしく璃理の名乗りも堂に入っている。猫――もといマスコットキャラとしての地アミの可愛らしさもまるで問題がなかった。にも関わらず、何かが滑っている。子供達はきょとんとするばかりでヒーローの登場に喝采をあげる気配は皆無だ。
     まさか、と璃理は白目を剥いて叫ぶ。
    「ヒーローじゃなくて魔砲少女という事がバレている……!?」
    「落ち着け土御門! それはたぶん違う。三兎、どうなっている?」
    「ええっと……」
     柚來は慌てて子供達の表層意識を読み取る。(「スレイヤーレンジャーズ……聞いたことないよ? 知ってる?」)(「だってお面してないもん。バイクにも乗ってないよ」)(「でもねこさんかわいい!」)……――。
     柚來は「うーん」と腕を組み、首をひねった。
    「即席じゃ誤魔化せない、かぁー……。子どもって意外とシビアだぜ」
    「…………」
     弥生はこめかみを指で押さえる。
     ヒーロー物に関しては子供の方が詳しい、というか目が肥えている。なにしろ本来の視聴者層だ。では、ヴァンパイアこと土岐の反応は――と彼の様子を窺えば、土岐はくすくすとしのび笑いをこぼしていた。
    「はは、結構面白いことをするね。目的はまあ、なんとなく分かるけれど……このまま戦うつもりかい、スレイヤーレンジャーズ?」
     おや、案外とノリは悪くない。
     慎重に彼の後背へ回り込んでいた白兎は肩を竦めた。
    「あまり、甘く見ない方がよろしいですよ」
    「ああ。笑ってる暇なんかあるかよ」
     識の不敵な笑みに土岐が身構えた時だ。それまで彼にしがみついていた子供が「わぁっ」と歓声をあげて柚來と睡蓮の周りに集まり始めたのだ。
     あれだけ土岐に懐いていたにも関わらず、少年も少女も目を輝かせて「ヒーロー!」「ヒーロー!」と諸手をあげて喜んでいる。
    「なに……!?」
     状況を飲み込めないでいる土岐に柚來はにやり、と笑んでみせた。
     ――最終手段ラブフェロモン。
     少しばかり卑怯な気はするが、それはそれこれはこれだ。
    「この子たちはもう俺たちの大ファンだぜっ!」
    「さぁ君達。今の内に逃げよう。遠くからお姉さん達を応援してくれ」
     睡蓮は子供たちを抱き寄せ、ひとり、またひとりとこの場から逃がしてゆく。しかし、まだ子供たちが逃げ切らぬうちに血染めの刃が睡蓮の背を切り裂いた。
    「っ……!!」
    「きゃああああっ!!」
     一瞬で歓声は恐慌にとって変わる。
     逃げ惑う子供たちを庇うように立ちはだかった弥は転んだ子供を助け起こし「早く」とその背を押して逃がす、逃がす――……。
    「ふえ……」
     泣き出す子供の頬を優しく舐めてやってから、地アミは変身を解いた。
    「私達が戦っとる間におみゃーさんらは逃げみゃあ」
     驚く子供に言い聞かせた後、立ち上がって土岐を見据える。闘気を纏い仁王立つ地アミはごくりと喉を鳴らしてその禍々しい姿を目に焼き付けた。
    「正体を現しましたね、ヴァンパイア」
    「やれやれ、とんだ誤算だ」
     土岐は彼を恐れ、怯え逃げる子供たちを見送りながら深いため息をついた。
    「いい子ばかりだったのに。この町はもう駄目だな。次の町を探さなければ」
    「生憎だが、お前はここで終わりだ」
     後背は白兎やリュリュに任せ、正面から堂々と包囲を狭めに入った秀一は鋭い眼光で土岐を見定める。彼の姿は闇に包まれ子供たちの目には映らない。人目を気にすることなく、全力を以ってヴァンパイアを討つ。
    「はっ、下賤な者らは口ばかり回るな。己の行為を悔いるならいまのうちにしておけ」
    「さすがお貴族様はテンプレ台詞がお得意だね。さて、それじゃヒーローの力見せつけてやるとしようか」
     識の手元でカードが弾け、封じられていた鋼糸が彼の周囲を取り巻いた。
    「ほな、行こか……」
    「火葬(インシナレート)開始」
     解除と同時に白兎の手甲を光の盾が覆い、睡蓮の背から炎の翼が迸る。ざあっと野原を薙ぎ払う風に火の匂いと闇の気配が入り混じった。
     ――それらの気が支配する場所の名を、戦場という。

    ●河川敷にて
     子供達の避難さえ終えてしまえば人気のない河川敷など、破壊を恐れる人工物もなければ視界を遮る障害物も皆無。遠目からの目撃は日暮れの薄闇と殺気が逸らしてくれるだろう――だから識は戦いに全ての力を委ねる。自然と笑みが漏れてしまうのは、身体に染みついた癖のようなものであるのかもしれなかった。血刃に薙ぎ払われてなお、怯むことなく敵をにらみつける。
    「さすがヴァンパイア……固体の能力じゃ圧倒的に上だな」
     回復の暇を与えず畳みかけるどころか、一度攻撃を食らえば立て直しに時間がかかって仕方ない。
    「連続で食らうなよ、一気にもってかれるぞ」
    「心得えた」
     もう一人のクラッシャー、秀一は識と入れ替わりで前に出た。土岐は冷ややかな眼差しで腕を真横に振る。胸元に一文字の血花を咲かせながらも秀一の足は止まらない。
    「地獄で悔い改めろ!」
     大きく踏み込み、自らの体で隠した剣先を土岐の足元目がけて突き出す。後ずさり回避した土岐だが敵は二人だけに非ず。三枚目の前衛としてガードを担う睡蓮は槍を旋風のように振り回しながら、体当たりと見紛うばかりの突進を繰り出した。
    「ちっ、外したか!」
    「……野蛮だな」
     土岐は自らの周囲を霧で満たす。
    「典雅の欠片もない」
    「何が典雅だ。手出しが出来ない子供を狙う外道の分際で……私は断じてお前を許さんぞ!!」
     睡蓮の激昂を、土岐は一笑に付した。
    「我が主の手を経て永久の命を与えられるんだ、至高の音色を奏でる道具としてね。これ以上の名誉はないだろう?」
    「分かってはいましたが……」
     抗雷撃の余韻覚めやらず、電流迸る拳を白兎はもう片方の手指で解いた。
    「反省の色は無し、ですか」
    「っ……」
     怒りに我を忘れかけるリュリュを引き止めたのは彼女をサポートする亮達だった。彼らは血気逸るリュリュを諌め、また援護する。
    「一色さん! お手伝いさせてください!」
     己を恥じたリュリュは眞の申し出に目を見開く。
    「よろしいのですか? しかし……」
    「おぅてめーら、弾幕張るぜ!」
     答えを待たず、惡人は援護射撃の行える者に声をかけて一面の弾幕を張り巡らせた。更には緋世子や律嘩、その他大勢がもたらす力がリュリュを護り鼓舞する。
    「……お前はただ、敵と仲間を見ていればいい」
     身に余る援助に狼狽えていたリュリュははっとして顔を上げた。
    「お前自身の回復は此方に任せてしまえ」
    「……Oui!」
     気持ちを切り替え、何度も反芻した地アミの指示を思い描く。
    「リュリュさん、前衛が危ないわ」
    「Oui!」
     杠葉の指摘通り、近距離で土岐と渡り合う識と秀一が押されている。縛霊手を開封し祭礼の光を解放、時を同じくして柚來の光輪が敵の間に割り込む形でシールドを展開。眩さに目を凝らす土岐など眼中になく、柚來は仲間の背中だけを見つめて叫んだ。
    「回復は任せて存分にぶちのめしてやれよっ!」
    「……ふ、頼もしいことこのうえないな」
     弥生は知らず笑って拳を握り締めた。
    「!」
     前衛の後ろから突如として距離を詰めた弥生は、土岐が態勢を立て直すより先に拳を突き出す。
    「俺の拳、かわせるか?」
     それは両拳をフリッカーのように操るダブルフック。
    「……随分と図に乗ってるな」
     滲む怒りはだが、確かな焦りを孕んでいる。
     至近距離で屹立した逆十字に貫かれ、弥生は悲鳴を噛み殺すように奥歯を鳴らした。
    「ぐっ……!」
    「わわ、大丈夫?」
     バスターライフル担いだ璃理が心配げに顔を覗き込むが、弥生は不敵に唇の端を吊りあげた。
    「あいつ、余裕ぶっちゃいるが自分の不利に気づいてる。逃がすなよ」
    「ラジャ☆ とっちめてやるって決めたんだもんね」
     璃理は背筋を伸ばして佇み、すっとバスターライフルを差し向けた。
    「マジカル☆クルエル、ロックオン♪」
     すうっと大きく息を吸い込んで、対峙する睡蓮が背を翻し道を開けた瞬間――狙い済ましたように引き金を引いた。
    「逝くよ、必殺バスタァァァァァァァビィィィィィィッム!!」
     薄闇を貫く光条は激しく、柚來は帽子を押さえて耳を塞ぎながらその行く末を見守った。
    「お、おっかなー!」
    「…………」
     土岐のそれと競うように癒しの霧を生みながら地アミは戦況を窺う。
     あれだけの猛攻を受けてなお、土岐は立っていた。傷は深く肩を右手で押さえながらもまだその戦意は失われていない。
     彼は小さく笑い、首を巡らせた。
    「見誤ったか……」
    「逃げ場はありませんよ。そのつもりで包囲させて頂きましたから」
     白兎が念じるとWOKシールドから血色のオーラが迸る。識の振るった鋼糸が土岐の四肢を締め上げ、問い詰めた。
    「聞かせてもらおうか、こんな悪趣味なこと、企んだのはどこのどいつだ?」
    「だから、主だよ。僕の唯一無二である人。その高貴な手指は器用に骨を削ぎ、新しい命を吹き込み、二つとない芸術品を創り上げる」
     土岐の口調には恍惚の色が織り交ざる。
     なるほど、と秀一は請け負った。
    「口を割る気はないということか!」
     返答は薄い笑み、それだけ。
     秀一が測りきった敵の距離を我が物とし、鞘から刀を抜いた瞬間から戦闘が終わるまでそれほどの時間を要しなかった。
    「ガンバレー! 応援してるぜー!」
     津比呂の声援が河川敷に響いた。一樹、迦月らにガードを担ってもらい、リュリュは仲間を癒し続ける。呼吸を楽にしながら弥生はもう一度だけ立ち上がった。土岐の足元からせり上がった闇が彼の脚を締め上げる。
     その瞬間を狙い済ましたかのように、睡蓮が跳んだ。傷口から炎を迸らせながら――白兎があてがったシールドをもってしても癒しきれない傷を抱えながらも、槍の穂先を土岐の胸元に捩じり込む。
    「その魂、風と共に散り失せ主への墓標となるがいい! 灰燼」
    「――……」
     心臓を貫かれ、吐き出した血とともに呟かれた言葉は何であったのか。ダークネスを象っていたものは消滅する。それを、彼らは灼滅と呼ぶ。何も無くなったと思えた河原に白い笛だけが残されていた。采はそれを拾い上げて悼むように頬へ寄せる。
    「スレイヤーレンジャーズ♪ 土星からやーってきた、おしゃまで可愛いマジカル☆クルエル♪」
     もう聞こえない笛の音の代わりに調子っ外れな歌声が風に乗って河原を駆け抜けた。
    「でもでもそぉれは仮の姿! スレイヤーレンジャーズ♪ その本当の姿は――……」

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月26日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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