庭園の主、猛る

    作者:波多野志郎

     その山にある公園には、整えられた庭園が設けられている。冬場は降雪のため閉鎖されるが、雪が解ける春となれば庭園は整えられ春の息吹を感じられる絶景となる、のだが。
    『――――』
     雪積もる庭園の中心に、その獣はいた。体躯は熊によく似ている。額には、ねじれて伸びた漆黒の一本角。緋色の毛並みは、鮮やかな炎を連想させた。そして何よりも、その大きさが獣の威容を現わしていた。体長は優に五メートルを超える、という自然ならざる巨体だ。
     うずくまったまま動かない獣は、まどろんでいるようでもあった。しかし、その存在自体が今後起きるだろう悲劇の引き金なのだ……。

    「気に入ったのかずっと居続けて、人がやってくれば大暴れするんすよ」
     面倒な状況っす、と湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はため息をこぼす。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。
    「とある山にある庭園は、冬は降雪を原因に閉鎖されるんすよ。んで、その間に山奥から降りてきてしまったイフリートが住み着いちゃったんす」
     不幸中の幸い、冬の間は閉鎖されているため犠牲者が出ていない。しかし、このまま春が訪れてしまえば――連鎖的に、多くの人々が犠牲となるだろう。
    「そうなってしまう前に、みんなには対処してほしいんす」
     庭園は、今は無人に等しい場所だ。昼に挑んでも誰も迷惑はかからない。
    「人払いの必要も一切ないっすね。ただ、足場は結構積もってるっすから、何がしかの対策があるといいと思うっす」
     出現する敵は一体、熊にも似たイフリートだ。ただし体長は五メートルほど、大きさに見合った破壊力の耐久力の持ち主である。
    「真っ向勝負になるっすからね。だからこそ、全員で力を合わせなければ届かない相手であることを忘れないでほしいっす」
     強敵との戦いだ、未来予測の優位をどこまでいかせるか? それが勝敗を分ける鍵となるだろう。


    参加者
    ティノ・アークライン(一葉ディティクティブ・d00904)
    南風・光貴(黒き闘士・d05986)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    ロイド・テスタメント(無へ帰す元暗殺者・d09213)
    棗・螢(黎明の翼・d17067)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)
    氷川・紗子(高校生神薙使い・d31152)
    加持・陽司(炎の思春期・d36254)

    ■リプレイ


     ざくり、と歩く度に雪が鳴る。真っ白な純白の世界を見回して、釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)は思わず吐息をこぼした。
    「綺麗な庭園……雪に覆われた姿も静謐な美しさがあります、ね。『彼』がここを気に入ったのも、わかる気がします」
     雪が音を吸収したような静寂、とはよく言ったものだ。雪の中では全てが凍え、息を殺して耐えている。その光景は、あまりにも静かな――まるで、一枚の絵画のような息を飲む美しさがあった。
    「雪の庭園に緋の獣。眺めとしては好ましいのですが……」
     ティノ・アークライン(一葉ディティクティブ・d00904)がいう様に、そこにまどろんでいた獣の姿は、白い世界のアクセントとなっていた。
    「この雪が融けたら、春ですね。絶景の庭園にするためにもイフリートさんを倒さないといけないんですね」
     氷川・紗子(高校生神薙使い・d31152)は、がこぼす。今は大人しくても、目の前にいるのは多くの人の命を奪う災厄そのものなのだ。
    「恐怖も、こうなると綺麗っすね……」
     恐怖とは一種の感動を抱かせるものだ――加持・陽司(炎の思春期・d36254)が、そう呟いた時だ。イフリートが目を開き、ゆっくりと立ち上がったのだ。
     熊にも似た体躯。額には、ねじれて伸びた漆黒の一本角。鮮やかな炎を連想させる、緋色の毛並み。立ち上がれば、優に五メートルを超える巨体は明確に自然の摂理に反した巨大さだった。
    (「今回も違ったか……」)
     閉じていた目を開き、そのイフリートの姿を確認した大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)は、胸中で落胆の声をこぼす。しかし、意識は瞬時に切り替えた――そういう敵なのだ、目の前の巨獣は。
    「全てを無へ……」
    「我が剣に蛇を、我が体に青き魔獣の力を……」
     ロイド・テスタメント(無へ帰す元暗殺者・d09213)が、棗・螢(黎明の翼・d17067)が、解除コードを唱える。戦闘体勢を整えた灼滅者達に、イフリートの殺気が膨れ上がる――背景ではなく、敵だと認識したのだろう。
    『ぐ、る、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
     イフリートの咆哮が、静寂を打ち破る。ビリビリと震える冬の大気に、南風・光貴(黒き闘士・d05986)が言い捨てた。
    「随分と暑苦しいのが現れたもんだ」
     イフリートが、前脚に力を込める。光貴は、背後のまりを視線だけで振り返り、笑っていった。
    「まりが居てくれると心強いよ、頑張ろうね」
    「ええ、そうですね」
     まりも、思わず微笑んで返す。そこには、明確な信頼がある――二人が視線を戻した、その刹那。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     イフリートの裂帛の気合と共に、黒い衝撃が灼滅者達を襲った。


     ブラックウェイブの衝撃が、ごぱ! と爆ぜて新雪を巻き上げる。白く煙る視界の中、紗子は交通標識・改を黄色標識にスタイルチェンジ、イエローサインを発動させた。
    「来ますよ!」
     ダッ! と雪を蹴ってイフリートの巨体が駆け出している。紗子の声に、迷わず迎撃に向かったのはロイドだ。
    「It's done in a sea of blood」
     笑顔で一礼、クロスグレイブを引き抜くとロイドはその笑みを壮絶なものに変えて、雪を蹴った。
    「イフリートの墓を直ぐに作ってやるからな?」
     ヒュガ! とロイドは鋭くクロスグレイブを薙ぎ払い、イフリートの頭部を殴打する。しかし、イフリートの巨体は止まらなかった。それを見切って、ロイドは振ったクロスグレイブの勢いを利用して上に飛んでやり過ごす。
    「棗・螢……参るよ!」
     愛用の海王の蛇腹剣を振るい、駆けてい来るイフリートを螢は強い視線で見やった。そして、螢は左手をかざす。
    「悪いけど、退治……させてもらうよ」
     ヒュガガガガガガガガガ! と闇色の帯が射出され、イフリートの緋色の毛並みに突き刺さっていった。螢のレイザースラストに、炎をこぼしながらも止まらないイフリート――そこへ、ライドキャリバーのキツネユリと共に、陽司が滑り込む。
    「自分だって……!」
     二度目の戦い、その気の緩みもあったのだろう。キツネユリの突撃を受け止めたイフリートへ一撃を――そう思った時、エアシューズの足が大きく滑った。
    「あ」
     宙を舞った陽司に、イフリートの角が――突き刺さる、そう思った直後だ。ガクリ、とイフリートの巨体が揺れて速度が落ちる――雪煙の中、死角から滑り込んだ蒼侍の刀の切っ先がイフリートの前脚を斬ったからだ。
    「ど、どうもっす!」
    「――――」
     空中で体勢を立て直して着地した陽司の例に、蒼侍は答えない。一瞬減速したイフリートの動きが、止まる――ティノの足元からごぷりと音がしそうな動きで伸びた影が、水蛇のようにイフリートに絡み付いたからだ。そこへ、ライドキャリバーのバトルキャリバーが突撃した。
    「光の剣よ、破邪の力を今、ここに!」
     holy brillianceの爍々と輝く皓月めいた白閃の刃に破邪の白光を宿して、光貴が横一閃のクルセイドスラッシュを放つ。度重なる攻撃に、ついにイフリートの体勢が崩れた。倒れたそこへ、まりがダイダロスベルトを躍らせた。
    「彼か、彼女か。本当はあなたと言葉を交わしたいのだけれど――できないのなら、せめて、拳で語り合いましょう」
     ヒュガ! と転がったイフリートへ、まりがレイザースラストを射出する。イフリートは、すぐさま立ち上がった。そして、角を振るい――月光のごとき青い衝撃で、灼滅者達を薙ぎ払う。
    『ぐるあああああああああああああああああああああああああああああ!!』
    「くっ、流石にすごいパワーだ……けどっ!」
    「対応できないレベルでは、ありません」
     光貴の言葉を継ぐように、紗子が同意した。確かに、その力は脅威ではある――しかし、一度の攻防でも届かない相手ではない事を確信するのには十分だった。
    「イフリートなら、倒すまでだ」
     蒼侍の強い決意の呟きと共に、灼滅者達は雪を蹴って戦場を駆け出した。


     ――美しい静寂に満ちた光景は、もうそこにはない。激突音が、爆発音が、肉のぶつかる音が、そこには満ちていく。
    「丁寧に、丁寧に――」
     ガガガガガガガガガガガガガガガ! とキツネユリが機銃を掃射するそこへ、陽司が両手の間に生み出した炎を叩き付けた。ゴォ! と視界を白から赤へと染め上げる炎。大技はいらない、陽司は着実にダメージを重ねていく。
    「あーあ、図体は本当にデカイから動きを鈍らせるだけでも大変だ……」
     ヒュオン、と熱と冷気を混じった空気を切り裂き、ロイドのほんのりと蒼く光る鋼糸が、イフリートを締め上げた。ギシリ、と軋むイフリートの巨体。だが、ロイドの言う通り、その巨体は動きを止めない。
    「レイザースラスト、射出!」
     そこへ、ヒュガ!! と光貴の放ったレイザースラストが突き刺さった。イフリートは、それに一気に光貴の元へと駆け込んでいく。そして、炎に燃える角の突進を、紙一重で庇ったのは螢だった。
    「まったく、僕の戦友はどうしてこうも後先考えないのかな?」
     しかし、言葉とは裏腹に守ったという満足感が螢の口調にはある。すぐさま横合いからのバトルキャリバーの突撃が、イフリートの体勢を崩した。それを見やって、跳びながら螢が言い放つ。
    「卑怯かもしれないけど、これも生き残る為だよ」
     そして、燃え盛る踵をイフリートの頭部へと落とした。炎に焼かれながら、イフリートがのけぞる。
    「いきます!」
     そこへ、ティノの足元の影が形作る恐竜の咢が、ばくりとイフリートを飲み込んだ。そのまま影が、雪の上を走っていく――イフリートは炎の中から、その影を焼き切りながらイフリートが這い出た。
    「体勢を立て直しましょう!」
    「フォローします」
     螢をラビリンスアーマーで包み、回復させながら紗子が叫ぶ。それに、まりも縛霊手をかざし、祭霊光で螢の傷を癒した。
    「時間は稼ぐ」
     そう蒼侍は言い捨て、雪の上を駆ける。イフリートの巨体が生み出した死角、そこへ身を沈め、間隙を伺いながら刃を重ねていった。
    「やってくれますね」
     ティノは、静かにそうこぼす。イフリートへの、感想だ。雪の庭園の主は、静寂と美観を思う存分に破壊しながら、暴れまわっている。一撃一撃の威力、こちらの攻撃を受けてなお怯まない耐久力――その巨体にふさわしい暴力は、確かに脅威だった。
     だが、その暴力も絶対のものではない。役割分担された灼滅者達の連携を、跳ね除けるほどのものではなく。着実にダメージは積み重なり、その時が訪れようとしていた。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
     イフリートの眼前に、巨大な氷柱が出現する。炎の獣が生み出す、氷の一撃――ズドン! とイフリートの妖冷弾が射出された。それを迎え撃ったのは、ティノだ。真っ向から走っていたティノは寸前で氷柱を横へ回避、ドォ! と背後に着弾して雪柱を立てるのを背中に感じながら。
    「さて、腕試しの時間ですわね……亡霊バスが投げれてイフリートが投げれない道理なしと信じ、思い切りましょう」
     ザン! と雪を蹴って、加速する。滑り止めの効いた蹴り足が、一気にティノをイフリートの目の前へと導き、その巨体を持ち上げた。
    「お願い――します!」
     グオ! と唸りを上げて、ティノのご当地ダイナミックがイフリートを雪原へと叩き付け爆発を巻き起こした。
    「合わせていくよ、まり」
    「はい」
     バトルキャリバーに乗り込み、光貴が走り出す。そこへ、答えたまりもまた駆け出した。
    「いっけぇ!」
     爆発からのっそりと姿を現わしたイフリートへ、バトルキャリバーが突撃し同時に光貴の燃え盛る蹴りが叩き込まれる! 大きくのけぞりながらも堪えるイフリートへ、後ろに回り込んだまりがマテリアルロッドを振りかぶる。
    (「……ただ春を待ちながら微睡んでいるだけ。そんなあなたを倒さなければならないのは少し胸が痛い。でも、あなたがここに留まることを望むように、私だって……皆を守りたいから」)
     ぎしり、とロッドを握る指が、軋みを上げた。強く強く、心の迷いを打ち消すように、まりは言う。
    「だから、ごめんなさい。私たちは退けないから、戦って、雌雄を決しましょう」
     私の想いはすべて、この力に乗せて――まりは、渾身のフォースブレイクを狙いをすましてイフリートの後ろ足へと放った。ズドン! という衝撃に、イフリートの巨体が雪の上を転がる。そこに、ジャラララララララララ! と蛇腹の刃が絡み付いた――螢の蛇咬斬だ。
    「走られると厄介だから少しじっとしてよね?」
     螢の言う通り、動きを止められる時間は長くない。だが、仲間の次の攻撃に繋ぐのには十分な時間だ。
    「俺は、お前を無に帰す事しか出来ないからな……」
     ロイドは、炎に燃えるクロスグレイブを上空からイフリートへと突き立てた。それは、まさに墓標のようにイフリートの背へと突き刺さる。そして、駆け込んだ紗子が非実体化した銀の剣で横一閃にイフリートの魂を切り裂いた。
    「今です!」
    「おお!」
     そこへ、陽司が走る。ガガガガガガガガガガガガガガガガッ! とキツネユリの機銃掃射の中を走り抜き、炎に燃える槍を真っ直ぐにイフリートへと突き立てた。
    「イフリートは……全て斬る!!」
     ザン! とそこへ回り込んだ蒼侍の居合い一閃が、イフリートを断ち切った。それが、止めとなる。ゴウン! と鈍い爆発音――内側から爆ぜたイフリートが刹那の炎を華を咲かせて、四散した……。


    「皆さん、お疲れ様です。寒いでしょうから温かいお茶をどうぞ」
     戦いが終われば一転穏やかに、ロイドは保温性の水筒から紅茶を仲間達へ手渡していく。
    「まったく迷惑な相手だったね。こういった場所は静かに、自然な姿を味わえるから良いのに……」
     それを受け取り、光貴は周囲を見回した。不幸中の幸い、厚い雪が庭園を守ってくれた。
    「春になれば庭園に花が咲き乱れ、人の手で整えられて、より美しい姿を見せるだろうから。あなたの寝床にするには悪くない、と思うんです。きっと気に入ってくれるんじゃないかなって」
     今は倒れたイフリートへ、そうまりは呼びかける。その光景は、十分に心を躍らせるものだった。
    「ああ、ご飯とかいかがっすか――あ」
     陽司の言葉の途中で、蒼侍は踵を返し歩き始めてしまう。
    (「今回も違ったが、いつかは必ず見つけてみせる」)
     心の中の両親へそう語りかけ、蒼侍は足を止めてその場を去っていく。
    「あ、あの……っ」
     陽司も声をかけはするが、蒼侍の足が止まる事はなかった。
    「勝手ですが、いなくなりますと寒々しくも感じますわね」
     その時には、ティノが散策を終えて戻って来る。その言葉に、まりが言った。
    「……春が待ち遠しい、ですね」
     明けない夜がないように、季節もまた巡る。冬が終われば、もうすぐ春がこの白い景色を万色の世界へと変えていくだろう……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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