富士の迷宮突入戦~奈落の白

    作者:佐伯都

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    ●富士の迷宮突入戦~奈落の白
     まず成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)は、先立っての琵琶湖大橋の戦いが武蔵坂学園と天海大僧正側の大勝利で終わったことを端的に述べた。
    「今の所、安土城怪人勢力の残党は本拠地だった琵琶湖北部、竹生島に立てこもっている。ただ安土城怪人というカリスマを失った事もあって、大幅な弱体は避けられない」
     さらに安土城怪人につぐ実力を有したグレイズモンキーが帰還しなかったこと、中立の立場ながら献身的な活動で支持されていた、もっともいけないナースが灼滅されてしまった事もあり、遠からず自壊するのは間違いないだろう。
     それはそうとして、と樹は教卓の上にあったルーズリーフを広げる。
    「それとは逆に、白の王・セイメイの一派は軍艦島勢力が合流した事で大幅に強化された、と言っていいと思う」
     武蔵坂学園が擁するエクスブレインとは全く違う予知能力を持つ『うずめ様』、現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』、ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』、そしてセイメイと同じ『王』の格を持つとされる『緑の王・アフリカンパンサー』。彼らはセイメイの失策を補うに足る存在だ。
    「これだけ言うとセイメイに手を出しにくくなったように感じるけど……根城にしていた富士の迷宮へ軍艦島勢を引き入れる時に、奴さん、少しばかりしくじったようで」
     闇堕ちして今や『クロキバ』となった、白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)。富士の樹海でセイメイの迷宮の手がかりを掴もうと探索を続けていた彼女に、その入口を発見されるという致命的な隙を与えてしまったのだ。
    「白鐘、いや、今はクロキバと呼んでおこうか。クロキバは先代達の遺志を継ぐため白の王の迷宮に挑もうとしている。そして武蔵坂にも、この突入口の情報をリークしてくれた」
     残念ながらセイメイの迷宮の入口を通ることができる人数には限りがあるため、武蔵坂全軍で攻め入るということはできない。しかし次の機会が望めぬ以上、この機を逃す理由はどこにもない。
     これまで長いこと暗躍し、煮え湯を飲まされ続けてきた白の王・セイメイだけに留まらず、軍艦島勢力をまとめて討ち取るまたとない好機だ。
    「はっきり言って、富士の迷宮を突破して有力敵を灼滅するのは一筋縄じゃいかない。相応の覚悟も、ダークネスを追い詰めるための作戦も求められるだろうね」
     たとえ難しくとも、それでも挑む意義は十二分にある。それに、セイメイについてはいい加減、尻尾を掴んでやりたいと思う者も多いはずだ。
     この千載一遇のチャンスに求める結果と、それを成すための作戦。それを考えてほしい、と樹は一段声を低める。
    「ちなみに、迷宮からの脱出については一切心配しなくていい。内部から迷宮を破壊しようとすると外にはじき出される防衛機構があって、それを利用すれば生命の危険が迫った場合でも安全に緊急脱出できる」
     しかし同時に、迷宮への破壊工作もまず不可能、という点だけは忘れずにおくべきだろう。
     脱出は容易な反面、敵の根城へ攻め込むには戦力は限られていると言える。成果を上げるため目的を絞る事も必要かもしれない。それにセイメイを灼滅できれば、クロキバとなった睡蓮を救うことも可能になるはずだ。
    「これは田子の浦の戦いの雪辱戦でもある。皆の健闘を祈っているよ」
     そう説明を締めくくって、樹はルーズリーフを閉じた。


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    真馳・空(スクリプトキディ・d02117)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    天使・翼(ロワゾブルー・d20929)
    湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)
    興守・理利(赫き陽炎・d23317)
    虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)

    ■リプレイ

     某月某日早朝。曇天の空の下、富士樹海を数多の灼滅者が駆け抜ける。
     白の王・セイメイが築き上げた迷宮の入り口へと繋がる風穴へ、他チームのメンバー共々先頭を切って科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)、そして天使・翼(ロワゾブルー・d20929)が飛び込んだ。
     風穴の内部を十分ほど進むと、二重写しになっているかのように見える壁が興守・理利(赫き陽炎・d23317)の目の前へ立ちはだかる。
     堅固な岩盤にしか見えないが、たとえ触れたとしても壁はなく、その向こうに迷宮が広がっているという寸法だ。壁に向かって体当たりしなければならない、という状況に思わず湊元・ひかる(コワレモノ・d22533)は喉を鳴らす。
    「……疾く参ろう。数が数だけに、固まっていては気取られる」
    「急ぎましょう」
     虚牢・智夜(魔を秘めし輝きの獣・d28176)の呟きに背を押されるようにして、真馳・空(スクリプトキディ・d02117)と百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)が意を決し壁の向こうへ消えていく。
     殿を務める嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は壁を通り抜けた直後の光景にどこまでも果てしなく続く闇を想像していたが、こつり、と硬い音を立てた足元はぼやりと明るい。
    「……これは……」
     イコが見上げた天井、壁、床、あらゆる場所が月か真珠にも似た淡い光を放っていた。行動はもちろん、戦闘に支障がなさそうな程度の明るさはある。光源が必要ないのは僥倖だ。
     そのまま固まっていてはアンデッドをおびき寄せてしまう。急ぎ隊列を整え上層めがけて走り出した煉火は、おもむろに耳へ手を当てた。連絡手段としてハンドフォンを用意してきたが、手の中からは耳障りな雑音のような、周囲の残響のような音が聞こえるばかり。
     自然の洞窟でない以上は通信機器が使えぬ可能性は十分にあったなと潔く諦め、煉火は小声で呟く。
    「ハンドフォンは駄目だったよ。アリアドネの糸も他チームとは共有できない以上、なんとか各自で頑張るしかないな」
     全くの未知の世界を行くほの暗い恐怖にひかるの表情も相当強ばってはいるものの、不敵に笑いつつ先頭を行く日方はもちろん、士気は高い。
    「囮にひっかかってくれりゃ何とかなるんじゃねぇの?」
     目指すべきは迷宮上層、セイメイが陣取るとされるエリア。
     このたびの作戦で九チームという戦力がそこへ振り分けられている。それはそのまま、これ以上白の王を野放しにすることはもはや許されない、固い決意の表れでもあった。
     そしてもうひとつ、この迷宮へ至る糸口をもたらしてくれた黒き獣の魂。
    「今回のセイメイとのたたかい、クロキバをさがしだし同じ目的でたたかうと伝えられれば……つまり、クロキバの助力をえられるにちがいない、という意味!」
    「まずはクロキバの気配を探りつつ道中を切り抜け、そして根城に至らねばならぬ」
     空の独白に同意してから、智夜は人の姿を解いた。嗅覚レベルには変化がないとは言え、靴音をさせるよりも狼の足音のほうが小さいだろう。可能な限り会話を控え、見通しのきかない曲がり角などは鏡を使うなどして慎重に探索を進めてゆく。
     連絡手段を断たれたため囮のチームがうまく引きつけを行えたかどうかもわからないが、何の気配もしない方向を慎重に進んでいくと、不意に前方から、かすかに戦闘音のようなものが聞こえていることにひかるは気付いた。
    「……戦いのような、物音が。前のほうから……」
    「これ以上囮方向に進むのはよくありませんね。引き返して迂回――いや、違う」
     一瞬、囮チームのものだろうと考えた理利は、即座にその可能性を否定する。
     後方で戦闘が行われているならばともかく、はるか前方での戦闘ということは灼滅者が侵入するよりも先に迷宮内にいた、という可能性のほうが高い。そんな存在があるとすれば、クロキバかダークネスかのどちらかだ。
    「クロキバとするなら、加勢しなければ。急ごう!」
     煉火の声に灼滅者達は最低限の警戒を忘れることなく走り出す。
     しかし先頭を行く日方、そしてその次に続いた翼は、なぜか通路の様子が一変していたことに思わず立ち止まった。
    「なんだこれ……鳥居?」
    「ずいぶん奥まで続いてんな」
     ぼやりと淡く光っていた筈の天井や壁はいつのまにか、無数に鳥居が続く通路に変貌している。戦闘音と思える物音は通路の奥から聞こえてきていた。さっきよりも明確に聞き取れる。
     先を急いだ灼滅者達の耳へ、だしぬけに男の声が聞こえてきた。
    「――まさか、あのクロキバが灼滅され、新たなクロキバが生まれるとは思いもしませんでした」
     ……この声は。様子を伺っていた智夜が息を飲んだ。
     折り重なるように続いていた鳥居は終わっており、どこかの由緒ある神社の境内のような、いかにも荘厳な空間が目の前へ広がっている。
     セイメイと、彼に頭を両手で掴まれ何か囁かれているクロキバ――否、闇堕ちした姿の睡蓮だ、その周辺には陰陽師じみた装束に身を包むノーライフキングと思わしきダークネスの死体。おそらく睡蓮によって倒されたのだろう。
     智夜が固唾を呑んで見守るその視線の先、忌々しげにセイメイが目元をゆがめる。
    「おかげで、私の計画が根底から崩されてしまいました。……しかし、この帳尻はここで合わせさせてもらいましょう」
     その付近にはこれまた何体かの陰陽師風なノーライフキングが十数体ほど、そして明らかにそれらとは一線を画した空気をまとう二体のダークネス。恐らく、いやまず間違いなく闇堕ちした灼滅者の誰かだろう。
    「あなたというクロキバを再び、私の傀儡とする事ができれば……」
     白の王の恐ろしい台詞にイコは瞠目するしかない。
     クロキバ。傀儡。安土山の山中で、タカトにもセイメイにも奪えぬ絆と縁を胸に消えていったイフリートの姿が蘇る。これだけは何人たりとも奪えなかった、まるで何の時間も存在しなかったかのように奪われてしまうことはなかったのだと、自ら燃え尽きながらも見せたあの笑顔。
    「やり直しは何度でも出来るのです」
     ……やり直し? 何度でも?
     諦めてしまうことなく最後まで抗い、そして力及ばず命の去った亡骸を。盤上の駒がごとく、意のままに操り蹂躙することが。
     それが、やりなおし、だと?
    「……ふざけんな」
     決壊し、噴出するぎりぎりまで堪えた声音が耳に届きイコは我に返った。握り締めた両手。それを憤怒のあまり震えさせながら日方が大喝する。
    「ふざけんなセイメイ! もう好き勝手させねぇ!!」
     境内へ雪崩れ込む灼滅者の足音、それに気付いたセイメイが驚愕に目を見張る。しかも、灼滅者の足音はチーム一つ分ではない。もしかしてと考えた翼が境内を見回すと、別ルートを通ってここに至ったのだろう、セイメイ狙いの残り八チームが集結していた。
     打ち捨てられ無様に地面を転がった睡蓮へ向かって、ゼノビア(d08218)と静菜(d02781)が言葉少なに、しかし真摯に呼びかける。
    「クロキバさんの敵は……ゼノビアの敵……」
    「一緒に戦いましょう」
     睡蓮が二人の姿を認めたかどうかはわからない。
    「……グ、ぅ、セイメイ……ッッ!!」
     しかし、地を這うような声をあげ、今や闇に堕ちクロキバの後継者となった睡蓮がぼろぼろのまま地面へ爪を立て、身を起こそうとする。
    「灼滅者ですと!」
     陰陽師姿のノーライフキング、そして闇堕ち灼滅者と思しきダークネスが二体、セイメイを背後へ守るかのように立ち塞がる。
    「まさか、うずめの手引きだとでも言うのですか。なんという、なんという……」
     その先はもはや言葉にならぬとばかりにセイメイが身を震わせた。
     地を這ったままの睡蓮にそれ以上身じろぐ気配がない。理利はすぐにでも駆け寄り無事を確かめたかったが、無策のまま近寄ってダークネスに狙われればひとたまりもない。
    「あの者達の目的は、おそらくクロキバの救出です」
     尋常ならざる形相だったセイメイはここでなんとか我を取り戻し、クロキバの奪還を許してはなりませぬ、といつも通りの声音で号令した。
    「クロキバの身柄を押さえ、灼滅者達を追い払うのです」
    「させん!」
     陰陽師姿のノーライフキングが動き出すのを黙って見逃してやる義理など、智夜にはない。居並ぶ不死王は他のチームにまかせ、まずあの傷だらけの睡蓮を確保しなければ。
    「あれだけ逃げつづけた白の王を、ここまで追い詰めたということ。つまり、きょうこそチェックメイト、という意味!」
    「ああそうだ、白鐘くんがこのチャンスを作ってくれたんだ」
     間違いなく、睡蓮の力も含めて、皆の力でここまで辿り着いた。
     睡蓮の身にもしものことがあれば、またクロキバ選定からのやりなおしだ。そして次のクロキバが灼滅者から出る確証などどこにもない。駈ける空と相棒のコインを追いつつ、煉火はフレア・スペクトラの踵を鳴らす。
     その視線の先では、いち早く睡蓮のもとへたどり着いた理利へ陰陽師姿の不死王が三体、迫っていた。日本刀を振りかざす狩衣めがけて軽くステップを踏み、煉火は業炎を伴った蹴りを繰り出す。
     傷を癒やそうと駆け寄ったひかるへ、余計な慈悲など受けぬとばかりに睡蓮が血まみれのまま牙を剥く。真っ青になって二の足を踏んだひかるの背を支え、翼は肩越しに睡蓮を見た。
    「信じてくれクロキバ。与えられた役目は必ず果たす」
     役目、というフレーズに何か思う所があったのか、クロキバである睡蓮は何かを言い募りかけてそのまま飲みこんだ。ひかるが盛大に怯えながらも、あらためて傷を癒しにかかる。
     クロキバを灼滅者に奪還させまいと向かってきたノーライフキングは黒青黄と、それぞれ色違いの狩衣に身を包んでいるだけあり互いが互いを補いあう戦法のようだった。
    「我が手にて果てる栄誉を与えてやろう。そしてセイメイの死出の旅路を導くがいい!」
     智夜の魔法矢が狙い過たず、黄色の狩衣を射貫いていく。ひとまずクロキバの回復を最優先させているため灼滅者は防戦一方に追い込まれた。
     ひかる一人では回復量が足らず彼女の霊犬も加わるが、そうなると今度はクロキバを守る灼滅者のほうが恐ろしい勢いで削られていく。ドレイン効果のあるサイキックで懸命に負担を軽減しているとは言っても焼け石に水だった。
     黒の不死王が両手の刀で空を切り刻みに来る。すんでの所でコインが割りこんできたが、青色の狩衣が畳みかけてきた。思わず目を閉じた空の耳に、何か重い音と日方の声が飛び込んでくる。
    「っハ、手脚の一本くらいどうって事ねぇよ……!!」
     がきり、と腕の骨格にまで刃が食い込む嫌な音を立てた左腕の下、血飛沫に半面を赤く濡らした日方が笑った。そのまま払いのけるようにして力任せに振りほどき、手近な青陰陽師に斬りかかることで体力の吸収をはかる。
     理利は陰陽師の猛攻を凌ぎつつ忙しく視線と思考を巡らせていた。視界の端では、セイメイ狙いのチームがそれぞれノーライフキングやセイメイを相手取って大立ち回りを演じている。誰か加勢してくれれば押し返せる可能性は高くなったはずだが、状況が状況なので加勢は望めそうにない。
     睡蓮が動けるようになれば戦力としてカウントできようが、彼女はまだ起き上がれなかった。そのうちじりじりと押されて睡蓮もろとも撤退、だなんて最悪の結末だけは避けなければ。
     そして睡蓮を背にしてどうにかこうにか耐えつつ空が反撃の活路を開こうとした、その瞬間だった。
     このまま押しつぶせるとでも思ったのか、黒狩衣が前へ出てくる。必死にありったけの回復サイキックを費やしていたひかるが、あっと声を漏らした。
     睡蓮がぎりぎりまで三体のノーライフキングの隙を狙い続けていたことを、智夜は知る。黒い狩衣姿のものが前へ出てきたことで生じた布陣の穴を、睡蓮は先ほどまで身を起こすことさえできなかったとは信じられない俊敏さで突破し、セイメイへ向かって走り出した。
    「睡蓮さん!!」
    「待て、今はまだ……くそっ」
     あまりの暴挙に、咄嗟にイコと日方の対応が遅れる。
     睡蓮の背中が遠ざかる、それを追って狩衣姿のノーライフキングがイコと日方の二枚の壁を突破した。……間に合わない!!
    「二体逃げました!! 誰か止めて!!」
     誰か、誰か止めて。前線を支えるひかるの喉を、悲鳴じみた叫びがついて出た。アレを、アレをセイメイにまでもし行き着かせるような事があったら。
     いくつものクロキバの歩みも願いも望みも、悲しみもなにもかも。
     追い詰めたのに。ようやくここまで追い詰めたのに!!
     手の中からすり抜けかけた勝機をたぐりよせる手段を、ひかるは持たない。そこへ日方と翼の怒号が投げ込まれる。
    「……そんなに急いでどこに行こうって!?」
    「邪魔してわりぃな。覚悟なんざとっくに出来てるのさ、これが俺の役目ならな!」
     黒狩衣だけは、という一念で己が身を張って行く手を阻み、日方は腰だめに構えた解体ナイフを一閃させた。それを躱そうとした陰陽師の足首は翼の足元から伸びた影が鞭のように捉えている。
     二体は取り逃がしたが、セイメイにたどり着くまえにどこかが足止めをしてくれることを今は祈るしかない。何かひときわ激しい閃光がセイメイのほうで明滅し誰かの痛切な声が聞こえたような気がしたが、今ここで黒陰陽師から目を離すわけにはいかなかった。
     ここは堪え所だ、と理利は腹を括る。急いては仕損じる、ここで戦っているのは自分達だけではないという事実に一縷の望みをかけた。
    「逃がしません」
     なおもクロキバに追いすがろうとする黒狩衣へ死角から陽炎幽契刃を見舞い、理利は肩で息をした。空のサーヴァント、コインがなりふりかまわぬ勢いで黒狩衣に貼りついている。
    「ええい邪魔な……!! 灼滅者風情が!」
    「その灼滅者風情に、邪魔されるご気分は?」
     あえて煽るような物言いをして、イコは黒狩衣の気を惹いた。範囲攻撃が多い敵だったせいで、前衛は皆等しくぼろぼろにされている。
    「此度のクロキバさんはスサノオを宿す方。楔奪う陣を用いてきたあなた方には滑稽なことね?」
    「白の不死王を愚弄するか!」
     叩き下ろされてきた日本刀の斬撃を、イコはどうにかこうにか耐えきった。せめてもの抵抗と、刀を受けるように掲げたWOKシールドがぎゃりぎゃりと悲鳴をあげている。
     しかし陰陽師に削られた分、いや数の有利がある分灼滅者もまた、苦戦しつつも確実にダメージを積み上げていた。
     黒陰陽師が睡蓮を追えぬよう日方と翼が先を押さえて立ち回り、さらに狙い澄ました後衛の攻撃でダメージを重ねる。血を血で洗うような激戦の終焉は、二体の追っ手を振り切りきった睡蓮への、セイメイの怨嗟の叫びだった。
    「おのれ、おのれ、あの裏切り者のせいで」
     呪わしげな声をかき消すようにサイキックが降り注ぐ。
     ああ、と絶望にまみれた黒陰陽師の声が空を奮い立たせた。精度を増したオーラキャノンがすっかり見る影もなくなった狩衣を焼き尽くす。取り逃がした二体もどこかのチームが足止めしていたようで、次々と倒れていく所だった。
     灼滅者が取り囲む、その中心。睡蓮の声が朗々と響き渡った。
     前クロキバよ、かつてクロキバだった者達よ。
     私に力を与えてくれ。――
     果たしてその台詞がどれだけの重圧と万感の思いを伴っていたか。きっとそれは灼滅者でもセイメイでもなく、睡蓮にしかわからない。
    「……」
     満身創痍のまま、空もひかるも、何も言えずに立ちつくしていた。
     スローモーションのように、睡蓮が白く燃えて見える得物を掲げ、もう見る影もないセイメイへ引導を渡す。
     灼滅者との因縁を『失策』と。
     誰かとの縁を、最後の最後まで策の上下や駒としてしか表現しなかったセイメイが斃れてゆくのを、日方は無言のまま見送った。
    「……睡蓮さん!」
     白の王、灼滅。
     その歓喜に沸く輪から離れ役目は果たしたとばかりにこの場を立ち去ろうとしているクロキバ、即ち睡蓮をイコは慌てて呼び止める。セイメイの灼滅はもちろんのこと、睡蓮を学園へ連れ戻すまでがこのたびの戦いだ。
     彼女を連れ帰らずして、イコの中ではこの戦いに打ち勝ったとは言えない。
    「セイメイは滅びました、もう終わったんです。なにもかも」
    「そうですよ白鐘先輩、学園に戻りましょう。先輩の意思が存在しないこの現状を放ってはおけません」
     イコに同意する形で理利も言葉を重ねるが、クロキバの称号を得てからのち、たったひとりで戦い続けた睡蓮はひどく疲れたように笑った。
    「なぜ帰らなければならん。貴様らと馴れ合う気は、ない」
    「そうですか……前クロキバはぎりがたかったですが、あなたは命の恩をかえすのをなれあい、と言うんですね。つまり、現クロキバはすみにもおけぬはじしらず、という意味!」
     ずびし、と人差し指を突きつけて迫る空に、睡蓮は少なからず気圧され瞠目したようだった。何やら、大変に貴重なものを目にした気がして、翼は右手の下へ隠した口元でほくそ笑む。
    「恥知らずはちょいと言い過ぎなような気もするが、まあ何かあってもいい気はするわな。こちとらあんたの積年の復讐を手助けしたんだ……土産くらい、置いていけ」
     翼の言う土産がなんたるかを睡蓮はすぐに理解したらしい。理解して、そして翼の言い分を恐らく一笑に付するつもりでいただろう、しかしやや離れた所から静菜の声が届く。
    「お疲れ様です。そして……一緒に帰りましょう」
     睡蓮は遠巻きにこちらを見ている灼滅者の中に静菜、そしてゼノビアの顔を発見したようだった。記憶の底を浚うような数瞬の間があり、それがかつて見知った間柄の者であることに思い至ったのか目元をゆがめる。
    「理解したかい? 白鐘くんは前も今も、変わらず必要とされている。そして貴様は、立派にクロキバ達の遺志を遂げてみせたんだ」
     討ち取りおめでとう、と続けた煉火に睡蓮が一瞬言葉を失った。
    「……っはは、ダークネスが、灼滅者に、労われるか……! だが、そうだな……少し疲れた」
     天を仰いだ睡蓮が乾いた笑いを漏らす。ぶわり、と睡蓮の体の表面から黒い羽根に似た何かがこそげ落ちた。睡蓮の四肢へ巻きついたオーラのような、獣毛のような、衣服の一部のような。黒の残滓が羽毛のようにちぎれて乱れ舞う。
     夢遊病者のように一歩踏み出した膝からがくりと力が抜け、崩れ落ちた睡蓮をイコが支えた。
    「みんなで」
     どこかから吹いた一陣の風が黒羽を払ったあと、そよいでいた睡蓮の髪は、とても懐かしい赤色をしている。
    「みんなで、帰りましょう」
    「睡蓮ママ、おかえりなさいさん……」
     ゼノビアの呟きを背に、イコは意識を失っている睡蓮の髪を顔の上からどけた。
     その声と同時に、耳を聾する地鳴りが轟きはじめる。さしずめセイメイの灼滅でこの迷宮の存在を支える力が失われたというあたりだろうか。
     煉火はばらばらと細かな石を落としはじめている天井を見上げ、あらためて耳元へ手を当ててみる。しかし、手の中の音は相変わらずだった。
     本来なら時雨(d22505)に連絡をいれる申し合わせではあったが、無線が使えている者もいるようなので、これなら別ルートを介して情報は入るだろうし問題ない、と煉火は結論する。
    「急いで撤退しよう。長く保ちそうにないからね」
     セイメイの灼滅、そしてクロキバであった睡蓮の救出。白の王狙いチーム全体の戦果としてこれ以上のものはないはずだ。しかし闇堕ち灼滅者の姿がひとりぶん、どこにも見えなくなっていることの本当の意味。
     ――それを煉火達は、まだ知らない。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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