目指せハイキックハーツ!

    作者:邦見健吾

    「はあっ!」
     男が樹木に向かってハイキックを繰り出すと、パキッと音を立てて幹がへし折れる。
    「とおっ!」
     さらに今度は体を一回転させ、その勢いを乗せて後ろ回し蹴りを放つ。またも木の幹が砕けた。
    「うおおおおっ!」
     そして男は高く跳び上がり、木の背丈を追い越すと、かかとを突き出して真上から叩き付ける。かかと落としが炸裂し、木が真っ二つに割れた。
    「まだまだー!」
     男は技を磨くべく木々を相手に蹴りを繰り出し続ける。ハイキックハーツを目指して。

    「脳筋……じゃなかった、アンブレイカブルが空手道場を襲撃するのを予知したんだ。お前達にはこのアンブレイカブルの灼滅を頼みたい」
     灼滅者が教室に入ると、神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)がキックの素振りをしながら待っていた。なんとなくスタイリッシュである。
    「このアンブレイカブルは名前をケリィと言い、ハイキックを極めてハイキックハーツに辿り着こうとしているらしい」
    「ハイキックハーツ? なんだそりゃ?」
     ヤマトの説明に顔をしかめる天下井・響我(クラックサウンド・dn0142)。他の灼滅者も似た反応をしている。
    「何でも、ハイキックの真髄を奴はそう呼んでいるようだ」
     奥義とか極意とか、そんな感じのニュアンスで使っているらしい。
     え、無理がある? まぁ脳みそ筋肉なのでその辺はあまりツッコまないであげてください。
    「お前達はケリィのすぐ後から道場に入って挑戦を叩き付けてくれ。そうすればケリィは勝負に乗ってくるはずだ」
     使ってくる技は蹴りに偏っており、普通の上段蹴り、後ろ回し蹴り、そしてかかと落とし。かかと落としがハイキックに含まれるのかは不明だが、相手が使ってくる以上注意するほかない。またシャウトで体力を回復することもある。
    「ただ、脳みそまで筋肉でできている分戦闘能力は高い。特に攻撃力が高いから気を付けてくれ」
     格闘技において、ハイキックは一撃で勝負を決める威力を秘めた大技。もし急所に当たれば灼滅者でも一撃でノックアウトされかねない破壊力があるので油断はできない。
    「ま、ケリィがハイキックハーツに辿り着こうが着くまいが関係ない。真っ正面からぶつかってぶっ飛ばしてやれ」
     そしてヤマトは不敵に笑い、ぐっとサムズアップして灼滅者を送り出した。


    参加者
    佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)
    苑田・歌菜(人生芸無・d02293)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    森村・侑二郎(一人静・d08981)
    夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)
    レイチェル・ベルベット(火煙シスター・d25278)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)
    新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)

    ■リプレイ

    ●ハイキックハーツへと至るために
    「たのもー!」
     道場の門を蹴破って1人の男が入ってくるが、全身から迸る闘気は人間の物ではない。彼は脳筋……ではなくてアンブレイカブル。究極の武を求める人ならぬ存在だ。
    「我が名はケリィ。ハイキックの極致……ハイキックハーツに到達するため、俺と手合わせしてもらおうか」
    「ちょっと待ったー!」
     ケリィが蹴りの素振りを見せつけながら挑戦状を叩き付けようとすると、その背後から威勢のいい声が響く。
    「やいやい、私達を差し置いてハイキックを極めようたあ片腹痛い、大激痛だぜ!」
    (「ハイキックハーツ……不思議な響きだぜ。始めて聞く言葉なのに、すげえドキドキする!」)
     闘志を内にたぎらせ、レイチェル・ベルベット(火煙シスター・d25278)が不敵な笑みを浮かべてケリィをビシッと指差す。今こそ本気の全力ハイキックをぶつける時だ。
    「いい足技ですね、でも俺たちだって負けてないんですよ。ハイキックハーツに辿り着きたいなら、俺たちを倒してからにしてもらいましょうか!」
     森村・侑二郎(一人静・d08981)も気合十分、自身に満ちた瞳でケリィを見据える。ハイキックハーツなど聞いたことがないが全力で挑む気満々だ。一方、ウイングキャットのわさびはなんだかんだノリノリな二郎を冷めた目で見ていた。
    「格闘技とは全身をこれ武器とするもの。蹴り一本で武の深奥に辿り付こうなど、思い上がりも甚だしいというもの」
     百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)は胸の前で腕を組み、堂々と仁王立ち。
    「ああ、ですが――とても、好ましい。そのくらい突き詰めなければ、最果てになど至れるわけがありません。さぁ遊びましょう、もっと高みへ行くために」
     キックのみを研鑽する姿勢は愚かしいが、けれど血が騒ぐのを感じる。リィザ自身も、己をぶつけるのを今か今かと待ちわびていた。
    「いいだろう、少年少女達よ。力の全てをぶつけ合い、ともにハイキックハーツを目指そうぞ!」
    (「ハイキックハーツ、かー。格好いいんだけど、小さい人を相手にする時とか、そこに拘りありすぎると大変だね。……まぁ、技に拘る気持ちはわかるけど」)
     灼滅者の挑戦に応じるケリィを、少し引いた目で見る新堂・桃子(鋼鉄の魔法つかい・d31218)。ケリィの心情は分からなくもないが、今回は勝利を優先して戦うつもりだ。
    (「ハイキックハーツもツッコミどころ満載だけど、ケリィって名前も……笑いを取りたいのかしらって思っちゃうわね」)
     蹴りだからケリィなのかと、安直に思ってしまう苑田・歌菜(人生芸無・d02293)。というか、多分そうだろう。
    「とあるところに、古い古い道場がありました。金曜の夜になるとどこからともなく声が聞こえ……」
     小声で怪談を囁き、こっそり百物語を発動。ひとまずこれで一般人を巻き込むことはない。
    「ハハハハッ、中々にいい気分だ。ではいくぞ!」
    (「割と気持ちのいいくらいに単純なタイプだけど……」)
     豪放に笑うケリィに、害意とか殺意といった暗い感情はないのだと佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)は感じる。しかしそれでも、無辜の人々の日常を壊そうとするのなら許さない。影と共に影を狩る者、影の狩人として武の化身を討ち果たす。

    ●ハイキックバトル!
    「ケリィさん、貴方の実力はなかなかの物ですね。蹴りは拳の技よりも威力が高いと言いますし」
    「ほう、見る目があるな。これは期待できそうだ」
     夕凪・緋沙(暁の格闘家・d10912)が先ほど見た素振りからケリィを称えると、ケリィは一層機嫌を良くして笑みを深める。
    (「蹴りが得意なアンブレイカブル……私と同じ格闘家でも、私はどちらかと言えば拳が得意ですね」)
     格闘スタイルも人それぞれ、色々とあるので多くの相手と戦って自身も技を磨きたいところだ。
    「ですが、貴方の動きを封じさせて貰います」
    「卑怯とは言うまい。来い!」
     緋沙が縛霊手を振りかぶりながら接近、目前で足を捌いて側面に回ると鋭い爪を突き立てて足を斬り裂いた。
    「……さぁ、あなたの好きな純戦……というところです」
    「おお、そう来たか!」
     煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)はエアシューズで滑り出し、助走を付けて跳躍。天井ギリギリのところから真っ直ぐ落下し、流星のごとき跳び蹴りを見舞った。
    「こちらからも行かせてもらおう。むんっ!」
    「ぐっ……! やるじゃねぇか!」
     ケリィは右足で床をしっかりと踏みしめ、体の回転を利用して左足でハイキックを繰り出す。強烈な衝撃がレイチェルの頭を打ち、その威力で意識がぼやけた。
    「食らえ! これが私のハイキック!」
    「ぬうぅ!」
     しかし気力で踏ん張り、レイチェルもハイキックを返す。エアシューズのローラーを高速回転させ、赤く燃える炎ごと蹴りを叩き込んだ。
    「頑張って」
     名草はダイダロスベルトでレイチェルを包み込み、ダメージを取り除くとともに防御力を高める。ライドキャリバー・轟天は唸りを上げて全速力で突進した。
    「元々は私、ローキックを絡めた手技の方が得意なのですが……ふふ、その求道は本当に好ましい。そちらの流儀に合わせて、今日は蹴り合戦と参りましょう」
     挑戦的な微笑を浮かべ、リィザが駆け出す。板張りの床を蹴って自身の体を跳ね上げると、重力の力を借りて頭上から襲いかかり、重い蹴りが炸裂した。
    「いっくよー! せーのっ!」
     桃子はエアシューズを駆動させてジグザグに走行。駆けながらローラーに炎を灯し、至近距離まで潜り込んで蹴り上げた。続けて歌菜もエアシューズで駆け、鋭い足払いが半円を描いてケリィの動きを鈍らせる。
    「ハイキック……みたいなので行きます」
     侑二郎の体から炎が噴き出し、赤く燃える炎が右足を包む。肉体の一部を烈火の剣とし、豪快に右足を振り抜いた。緋沙は光の盾を展開し、丸く広がる盾を光の刃にしてアンブレイカブの分厚い筋肉を切り裂く。
    「とおおっ!」
     灼滅者の攻撃を次々に浴びてもケリィは怯まない。力強く軸足を踏み込むと同時に後ろ向きに一回転、後ろ回し蹴りがリィザを狙うが、ライドキャリバー・ブラスが割り込んで主を庇った。
    「回復は朔眞に任せて下さいね」
     朔眞は大きなダメージを受けたブラスを指差し、霊力を注ぎ込んで回復させる。防御態勢を取っていてもそのダメージは凄まじく、装甲が足の形に凹んでいたのだった。

    ●ぶつけろハイキック!
    「おおっ!」
    「朔眞のお手伝い、おねがいしますね♪」
     ケリィの蹴りがまた灼滅者を襲い、朔眞が祭霊光を発動して仲間の傷を癒す。ウイングキャットのリオも尾に付いたリングを光らせて回復に加わった。
     ケリィは数の上では不利で、実際徐々に追い込まれているが、それがどうしたと言わんばかりに蹴りを放ち続ける。その威力は強烈で、灼滅者を庇って攻撃を受けたサーヴァントにも大きなダメージが走る。
    「ミケ、前足で攻撃するんだからキックだと言い張るんだぜ!」
    「にゃ……にゃふ!」
     レイチェルはケリィのハイキックに対抗するように、ウイングキャットのミケランジェロに猫パンチ、いやキックを指示。ミケランジェロは一瞬「無理があるだろ」みたいな顔をしたが諦めて肉球をぶつけた。
    「君の思うようにはさせないよ」
     名草の影が形を変え、地を這う様はまるで闇が大地を覆うよう。闇の奔流がケリィを呑み込み、続けて轟天が機銃を連射した。
    「正面から――と見せかけて」
     歌菜はエアシューズを滑らせ一直線に接近したかと思えば、さらに加速して脇をすり抜ける。
    「残念、こっちでした。真正面から押すばかりが戦いじゃないって、アナタだって知ってるでしょ?」
     背後を取るとそのままローラーに炎を宿し、回し蹴りとともに燃え盛る炎を叩き付けた。
    「ふっ!」
    「させない!」
     ケリィがハイキックを繰り出すと、桃子が応戦。エアシューズのローラーを走らせて勢いを付けて回し蹴りを披露し、暴風を纏った蹴りでケリィの一撃を弾き返した。
    「蹴り主体でなくて申し訳ないですが……」
     踏み込みながら縛霊手を薙ぎ払い、爪で筋肉の鎧を切り裂く緋沙。リィザはエアシューズに赤く燃える炎を灯して近づき、燃えるローラーで殴り付けるようにキック。ケリィの体を蹴って宙を一回転する。
    「わさびさん、お願いします」
     侑二郎が乞うと、ウイングキャット・わさびはやれやれといった顔で羽をはばたかせる。侑二郎は狙い撃つように飛び蹴りを見舞い、わさびは魔法でケリィの動きを封じた。
    「今日この日のために修業を重ねた必殺技、決めてやるぜ!」
     見るからにいかついガトリングガンを両手に携え、エアシューズを駆動させて突進するレイチェル。
    「ガトリングガン・キック! うおおおおーっ!」
     そして両足を交互に入れ換え、コマのように回転しながら炎を帯びた回し蹴りを全力で連発する。なお、威力はグラインドファイア一発分だし、両手に持ったガトリンガンは一切使用しなかった。
    「良い技だ。ならばこちらも切り札を見せよう!」
     何やら満足気なケリィは強く床を蹴ってジャンプ、高く跳び上がると右足を突き出しながら落下。
    「ハアッ!」
    「がはっ……! あれが、ハイキックハー、ツ……?」
     必殺の一撃・かかと落としが見事レイチェルの脳天に決まり、大地を割るような衝撃が走る。薄れゆく意識の中で、遥か遠くにある何かを見た気がした。

    ●ハイキックハーツは遠く……
    「おおおっ! やるな少年少女達」
     ケリィは強力なキックで盾となったサーヴァントを文字通り蹴散らしていくが、灼滅者も負けじと反撃。確実にケリィの体力を削っていく。
    「とんでけーっ!」
     ケリィが繰り出した足を桃子が掴み、小さな体に見合わぬ力でぶんぶんと振り回す。加速と遠心力を乗せて柱目掛けて投げ飛ばし、凄まじい勢いで激突させた。
    「そろそろ終わらせるよ」
     名草は巨大な十字架を携えて接近し、重量を利用してハンマーのように叩き付ける。轟天も再び疾走して全速でぶつかった。
    「わさびさんの分も……!」
     今度は両足に炎を宿し、侑二郎が踏み出す。ケリィはハイキックで防御しようとするが、一の蹴りでキックを払い除け、返す刀の二の蹴りを叩き込んだ。
    「むんっ!」
    「おっと。こっちの番ね」
     身をかがめてケリィの大振りな後ろ回し蹴りを避け、歌菜が槍を構える。間髪入れず、呪怨を帯びた槍を突き立てて貫いた。
    「朔眞とも遊んでくださいな♪」
     朔眞はエアシューズを滑らせて弧を描くように回り込み、背後から近づいてく。距離が縮むごとにローラーに渦巻く炎が大きくなり、烈火纏う蹴撃を繰り出した。
    「あまり格闘家らしい戦いができませんでしたが……最後はこれで」
     緋沙が胸元で拳を握ると、紫電が迸ってバチバチと空気を焼く。次の瞬間弾丸のように突進して肉薄し、ケリィの顎を稲妻のアッパーで打った。
    「とおっ!」
    「くっ……」
     追い詰められても決して屈しないケリィ。渾身のハイキックがリィザの顔面を打つが、リィザは口の端から血をこぼしながらもギリギリで踏みとどまる。
    「おおおおっ!」
     すると跳躍して両足でケリィの首をホールド。空中で体を捻り、無理やりケリィの体をひっくり返すと、2人分の体重を乗せて顔面から勢いよく叩き付けた。
    「なるほど、それもハイキック……か」
    「……大丈夫、次はいい夢を見られるわ……」
     そのまま力尽きて地面に倒れ伏し、満足そうに呟きを漏らすケリィ。やがて輪郭がぼやけていき、朔眞は目を細めて微笑とともに彼を見送った。

    「お疲れ様でした、わさびさん」
     侑二郎は復活したさわびを抱き上げ、労わりながら優しく撫でる。しかしふわふわの毛並を味わおうとするとキッと睨まれた。
    「貴方は素晴らしき格闘家でした。敬意を払いますよ」
     そう言ってさっきまでケリィが居た場所に手を合わせ、黙祷を捧げる緋沙。もしかすると、ケリィならあの世でもハイキックを極めようとするだろうか。
    「惜しいバカを無くしたぜ……」
     かかと落としを食らってしまったレイチェルだが、幸い重傷には至らなかったようだ。その呟きは口惜しそうにも悔いのないようにも聞こえ、ペロペロと飴を舐める。
     もしハイキックハーツが何かと聞く者がいれば、はははと全力で笑って、嘆くようにため息をついて、こう答えよう。ただ一言……「知るか」と。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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