富士の迷宮突入戦~いざ未知の迷宮へ

    作者:森下映

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    「みんな、集まってくれてありがとう! さっそく説明に入るね!」
     須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)が言った。
    「琵琶湖大橋の戦いは皆の活躍もあって、武蔵坂学園と天海大僧正側の大勝利。負けた安土城怪人勢力の残党達は本拠地だった琵琶湖北側の竹生島に立てこもっているんだけど、カリスマだった安土城怪人がいなくなってしまったことで離散した者も多くて、その勢力は大きく減退してしまってるみたい」
     更に、安土城怪人に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に戻ってこなかったこと、中立的な立場ながらその献身的な活動で支持されていた『もっともいけないナース』が灼滅された事もあり、組織としての結束力もなく、遠からず自壊するのは間違いない。
    「でも逆に……軍艦島勢力が合流した白の王勢力は大幅に強化されてしまったんだ」
     エクスブレインとは全く違う予知能力を持つ『うずめ様』、現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』、ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』、そしてセイメイと同じ『王』の格を持つ『緑の王アフリカンパンサー』。彼らは白の王セイメイのこれまでの失策を補って余りある力を持っているといえる。
    「でもね、たくさんのダークネスを富士の迷宮へと招き入れた事は、白の王に致命的な隙を与えることになったんだよ!」
     そう、富士の樹海で探索を続けていたクロキバに、その迷宮の入り口を発見されてしまったのだ。
    「闇堕ちしてクロキバとなった白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)さんは、先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしてる。それと同時に、武蔵坂学園に対して、この突入口の情報を連絡してきてくれたんだ」
     今こそ、白の王セイメイだけでなく、田子の浦の戦いでは討ち取る事ができなかった、軍艦島のダークネス達を討ち取る千載一遇の好機。
    「ただ残念ながら、白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあって、全軍で攻め入る事はできない。それにこの機を逃せば、再び侵入する事はできなくなってしまう」
     迷宮を突破し有力なダークネスを灼滅する事は難しい。が、挑戦する意義はある。
    「みんなには、『どういった結果を求めるか』をよく相談して、作戦をまとめて突入して欲しい」
     なお、白の王の迷宮は、内部から迷宮を破壊しようとすると外にはじき出されるという防衛機構がある模様。そのため危機に陥った場合は、迷宮自体を攻撃する事で緊急脱出が可能だが、同時にこの防衛機構により、迷宮への破壊工作もほぼ不可能となっている。
    「これまで様々な暗躍をしてきた白の王の喉下に牙をつきつける今回の作戦はとても重要だよ。迷宮からの脱出は難しくないけど、その反面敵拠点に攻め込むには戦力は多いとはいえないし……成果をあげるには目的を絞る事も必要かも。それから、」
     まりんは一呼吸置くと、皆を見回し、
    「白の王セイメイを灼滅できればクロキバとなった睡蓮さんを闇堕ちから救出することも可能だと思う。そうすれば……。とにかく田子の浦の戦いの雪辱戦でもあるこの作戦、みんな、よろしくね!」


    参加者
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)
    ゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)
    オルゴール・オペラ(空繰る指・d27053)
    真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)

    ■リプレイ


    「今日は洞窟探検! がんばろー、おうー!」
     探索用にと用意した服装に身を包んだ、真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)が言った。学年は1つしか違わないものの、まだまだ子どもっぽい悠の言動にオルゴール・オペラ(空繰る指・d27053)は笑みを返す。内心は闇堕ちした友人が攫われているかもしれないことから気が気ではないオルゴールだが、表面上は平気なふりを貫く。
    (「何を企んでいるにしても此処で食い破るの」)
     早朝の樹海の中を進むこと1時間弱。隠された風穴の入り口から中に入ってさらに10分程。氷柱の先、風穴の壁がちらちらと二重写しになっているように見える場所へ体当たりするようにして、他の班の灼滅者達がどんどん迷宮内に入っていく。
    「僕達も気を引き締めていこうか」
     遠夜・葉織(儚む夜・d25856)が言った。
    「みんなあちこちいくんだよねー。ボクも頑張らないと!」
     悠も言う。伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)も、
    「これまで散々状況をかき回してくれたセイメイを、ついに補足することが出来たな」
    (「この好機、決して逃しはしない」)
     琵琶湖の戦いで負った傷も癒えた。蓮太郎の赤茶色の瞳が闘志に燃える。
    「懸念がないわけではないが、セイメイの灼滅ができるなら挑まぬ理由はないな」
     鰹をモチーフにしたライドキャリバー、スキップジャックから降り、アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)が言った。
    「今まで奴が弄んだ命への贖いをここでさせてやろう」
    「はい、ずっと暗躍し続けてきたセイメイを倒す千載一遇のチャンスです」
     胸に下がる蒼い星座盤を用いたアンティーク風の懐中時計、stella marisは恋人の遊からのプレゼント。今日は別々の班で戦うが、時計がチクタクと刻む星の声と遊の思いは共に。不安な時は見守り、決意は後押ししてくれる。花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)はそれを握り、
    「クロキバさんのためにも、ここで確実に仕留めましょう」
     眼鏡の下、緑の瞳が前方を見据える。霊犬のまっちゃは主人を見上げ、そして主人と同じ方向へ、真剣な眼差しを向けた。
    「これだけの仲間が集まれば遂にセイメイを倒せるかもしれない……」
     髪と手首を彩るゼラニウムにのせた言葉は『決意』。結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)が言う。セイメイを倒しに上層へ向かう班は9班。さらには重要な役目の囮を買って出てくれた者達もいる。
    「長年の因縁に決着を付けましょう!」
    「行くよ……助けるために」
     ゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)の眼鏡の向こう、銀の瞳に迷宮への入り口が映った。セイメイの所には、彼女が『母親代わり』と想うクロキバ……睡蓮がいる。ビハインドのヴェロニカを連れ、ゼノビアが迷宮内へ入ると、他のメンバーも後に続いた。


    「ランプは必要なさそうだな」
     葉織が言った。迷宮の内部は月夜の雪あかりの道のように淡く光っている。
    「そのかわり、無線も携帯電話も使えなさそうです……」
     通信機器を試してみた桃香が言う。自然の洞窟ではないことから、その可能性はあっただろう。
    「洞窟ー洞窟ー、あっ」
     はっと気づいて悠は声をひそめた。囮チームの協力も得て、可能な限り道中アンデッドに出会わないよう、進む方針である。
    (「なんかすごいねー、ダークネスって。こんなの作れるんだ」)
     足音も立てないようにする悠。
    (「何がでてくるー、何がでてくるー……セイメイってどんなんだろー? アンデッドはちょっとこわそう……と、ん?」)
     悠は立ち止まっているオルゴールに気づいた。オルゴールの色白の肌がさらに青くなっているように見える。悠は側に駆け寄ると、
    (「オルゴールさん、だいじょうぶ?」)
     オルゴールが顔をあげた。迷宮の中は過去に彼女が囚われていた場所を思い起こさせ、異様な圧迫感を与えていた。が、
    (「ありがとう、ユウ。でもわたくしは大丈夫なの。はやく先に行かなくちゃ」)
     オルゴールは悠に礼を述べると、事前に測っておいた自分の歩幅を利用し、手元の方眼ノートにマッピングを続ける。もし、もう1度同じ場所に戻ってくるようなことがあれば地図はスーパーGPSと合わせて有効だろう。
    (「ちょっと待っていて」)
     曲がり角。オルゴールは手鏡で様子を確認、他の皆も床や壁に耳をつけて物音を確認した範囲では敵の気配はないが、
    (「念のためスキップジャックを先に行かせよう」)
     アレクサンダーは自身の引いているアリアドネの糸が途切れることがないか注意しつつ、まずライドキャリバーを先行させた。危険そうな場所はマジックハンドで確認も。探索済みの場所と分かれ道では蓮太郎が中心となりスプレー缶でマーキングをする。そうして進むうち、
    「先から……音が聞こえるね」
     ゼノビアが言った。静菜も、
    「ええ、これは戦いの……ということは」
     灼滅者達は頷き合うと、一斉に駆け出した。後ろから戦いの音が聞こえるのならば囮チームが戦闘に挑んでいるに違いないが……前方である。
    「きっとクロキバさんだね!」
    「ああ。恐らくセイメイもいる!」
     悠と蓮太郎も全力で走る。
    「様子が変わった。皆気をつけて」
     葉織が言った。音に近づくにつれ、通路の様子が変化していく。
    「これは……鳥居?」
     まっちゃとともに走りながら桃香が言う。神社の鳥居のようなものが連なった厳粛な通路は、まるでここからは神域だとでも言いたげだ。
    「悪趣味な装飾だな。主の趣味か」
     アレクサンダーが言う。進むうち、同じくセイメイを狙う他の班の面々とも出会い、そして通路を抜けた先には、
    「うわーまるで神社だね!」
     悠の言う通り、迷宮の中とは思えない神社のような空間が広がっていた。そしてその境内では、
    「クロキバさん……!」
    「睡蓮さん!」
     クロキバと縁の深いゼノビアと静菜が同時に叫ぶ。戦うクロキバとセイメイ。境内にはクロキバが倒したと思われる陰陽師風のノーライフキングの死体があるものの、セイメイの側には陰陽師のような姿をした者がまだ3人おり、さらには、
    「あれは……」
     オルゴールの緑の瞳が見開かれた。
    「チドリ!」
    「荒吹さん?!」
     桃香も思わず叫ぶ。三つ編みでもない。巫女服を着てもいない。バサリ落ちたままの漆黒の髪の頭には2本の角。フリルで彩られた黒い拘束服に身を包み、巨大な熊のぬいぐるみに座って虚ろな目をしてはいるが、確かに荒吹・千鳥がそこにいた。
     セイメイは、クロキバの頭部を両手で掴むと顔を近づけ、
    「まさか、あのクロキバが灼滅され、新たなクロキバが生まれるとは思いもしませんでした。おかげで、私の計画が根底から崩されてしまいました。しかし、この帳尻はここで付けさせてもらいましょう。あなたというクロキバを再び、私の傀儡とする事ができれば……やり直しは何度でも出来るのです」
    「!」
     セイメイはまた同じ事を繰り返そうとしている。そう感じた灼滅者達は一斉に境内に駆け込んだ。
    「死んだ身を操る者。お前自身も塵となるがいい!」
     アレクサンダーが叫び、
    「クロキバさんの敵は……ゼノビアの敵……」
     ゼノビアも言う。そしてフラッパーサテライトの部員である静菜も、
    (「睡蓮さんはクラブの部長さんでもありますからね」)
    「一緒に戦いましょう」
    「灼滅者ですと!」
     セイメイはクロキバを打ち捨て、配下達の後ろにまわると、
    「まさか、うずめの手引きだとでも言うのですか。なんという、なんという……」
     怒りのあまり言葉が途切れた。が、なんとか気を鎮めたのか、配下達に命令を下す。
    「あの者達の目的は、おそらくクロキバの救出です。クロキバの奪還を許してはなりませぬ。クロキバの身柄を押さえ、灼滅者達を追い払うのです」
     動き出す配下達。オルゴールは無論のこと、桃香も千鳥が闇堕ちしたという知らせに心を痛めていた。そして葉織も千鳥のことは戦友と思っている。
     そんな思いが呼んだか呼ばれたか。
    「チドリ……なぜ……」
     巨大な熊に座ったまま灼滅者達の行く手を阻む千鳥に、オルゴールは血の如き赤い骨と銃器で形造られた異形の十字架、Blood・borneを構えつつ、言った。
    「……うちは頼まれただけや」
     気だるげに口を開く千鳥。やる気のなさそうな彼女の様子とは裏腹、強敵特有の威圧が空気を占領しつつあることは明らか、従い灼滅者達はそれぞれのポジションを取る。回復役にゼノビアが加わり、オルゴールは積極的に動きを阻む効果を狙い妨害役へ。盾役にはヴェロニカとまっちゃのみになることから悠が加わった。
    「くま太郎……よろしくなぁ」
     千鳥が熊からおりる。グワとあいた熊の口の隙間から見え隠れする無数の形代。恐らく千鳥が念を入れて使役している式神だろう。
    「くるぞ」
     スキップジャックに騎乗したアレクサンダーが突っ込む。テディベアのように座っていた熊が突如両足で立ち上がり、スキップジャックはそのまま熊へ突撃、アレクサンダーはバベルブレイカーの噴射でシートから跳び上がった。
     その下をくぐるようにスキップジャックの後ろを走る蓮太郎の拳に、稲妻がピシリと走る。その稲妻に全身をも包まれた蓮太郎は、スキップジャックに後ろへ突き飛ばされた熊の顎を殴りあげた。空中で器用に体勢を立て直そうとする熊。その腹へ両足を踏み置き、飛び込んだアレクサンダーが胸元へ深々と杭を打ち込む。
     そしてたなびく紅緋布。空中で間合いを詰めていた静菜は、三日月を貫く一条の槍『月貫』に螺旋唸らせ、熊の肩口を穿ちぬいた。
     熊はグオアと空気を震わせるような声をあげ、やぶけた生地の内側に式神をぐるぐると蠢かせながらも、槍を引き抜き飛び抜けようとした静菜を背中から狙う。
    「させないよ!」
     その腕の前にNachtschwalbe走らせ、悠が飛び込んだ。
    「真波さん!」
     強靭な力で叩き潰され、地面に落ちる寸前の悠を、桃香が飛ばした帯がくるくると包む。
    「桃香さん、ありがとう!」
     解ける帯の中でくるっと一回転、無事着地した悠が言った。
    「任せて下さい。皆さんの傷を癒すのが私の役目ですから……!」
     桃香が応える。まっちゃの回復も受け、元気一杯立ち上がる悠は再び熊に向かって走り出す。そこへ再び熊が向かおうとしたところにヴェロニカの霊撃がヒット。さらには姿勢低く走りこんでいたゼノビアが炎を蹴り放つ。
    「ぬいぐる、しっかりなぁ」
     表情を変えずに言う千鳥。本当のぬいぐるみのように燃え上がる熊。ぬいぐるみと違うのは、燃える炎ともに式神がゆらゆらと立ち上る様。千鳥とは離れて動いている熊だが、千鳥が熊に対して回復を施すようなことはなく、千鳥が別に攻撃してくることもないことから、サーヴァントのようなものではない…つまり千鳥が使役しているだけだと予測がつく。
    「その足、刈らせてもらう」
     千鳥の死角に入り込んだ葉織が言う。が、黒い刀身の本差し『忘却』が断ったのは守りに入っていた熊の足。ぬいぐるみの中身が溢れ出るように破けた片足から式神が溢れ出た。その頭の上、流星のような軌跡、降り注ぐ星雲の煌きは悠の足元。Nachtschwalbeで悠が蹴り落とすと、熊の首がごろりと落ち、中から吹き出した式神達が渦を巻いて立ち上る。 
    「何をしているの、チドリ」
     首なしでなお動きまわる熊に対して十字架をふるいながらも千鳥に呼びかけるオルゴール。
    「そこはチドリのいるべき場所じゃないわ!」
    「……うちは神やから」
     一瞥もせず千鳥が言う。
    「誰の願いでもきくんよぅ」
     千鳥の育ての母は羅刹。その母が故郷で神と奉られていたことが影響しているのか、今の千鳥は自らを神と定義しているようだ。
     どんどん形が崩れていく熊。それでもひたすら殴り、踏み潰しにかかるところを果敢にかばいに入る悠とヴェロニカ、そしてまっちゃ。攻撃手も射撃手も高い命中率をもって確実に攻撃を当てる。そして最後、蓮太郎の連打にみるみる千切れ、布切れとなった熊から、式神達がひゅるひゅると抜けていった。
    「ベア吉……」
     千鳥は一歩前に進み出ると、熊の消えていく場所を見下ろし、
    「まだ名前考え中だったんよぅ?」
     顔を上げた千鳥の服が弾けとんだ。
    「うわ、あれ全部あの黒い人型みたいのになった!」
     悠が驚く。服が弾けたように見えたのは、服となっていた式神を千鳥自身がばらしたに過ぎなかった。肌が見えるほど凄惨なまでに敗れちぎれた巫女服の姿となった千鳥を取り巻くように、赤く光る無数の黒い式神が並んで浮かび、
    「……しゃあないなぁ」
     『ろっかくさま』と化した千鳥の腕に式神が集まる。そして異形の拳を形づくると、千鳥は真っ直ぐに灼滅者達の中へ突っ込んできた。
    (「速いっ、」)
     避けられない。そう思った桃香の前にまっちゃが飛び込む。まっちゃを撃ちぬいた拳の式神達が不気味に笑うように蠢き、まっちゃの姿が消えた。
    (「まっちゃ!」)
     心の中で叫ぶ桃香。が、足を止めている暇はない。桃香は片腕に通した断罪輪をくるり浮かばせ、巨大なオーラの法陣を展開。前衛へ天魔を宿らせ、傷を癒やすともに付呪を破る力を与える。さらに悠が振り返るより早く、戦闘の経験が豊富なアレクサンダーは、自分の判断でスキップジャックを即盾役へ移動させた。一方で、葉織が振り下ろした忘却の強烈な一撃を、一瞬にして拳から盾へと形を変えた式神の集合体が防ぎきる。
     他の班も配下のノーライフキングと、そしてセイメイと死闘を繰り広げている。千鳥はさっきまでのやる気のなさが嘘のように、滑らかに鮮烈に動き、灼滅者達へ攻撃を加えてくる。
     激しさを増す戦闘。振るわれた槌に薙ぎ払われ、ヴェロニカとスキップジャックが消滅した。アレクサンダーは自らのポジションを盾役へ。と、そのアレクサンダーめがけて千鳥が接近しようとした、が、
    「お生憎様です、攻撃する瞬間が一番の隙ですからね!」
    「……!」
     静菜が月貫の妖気を冷気へと変え、作りだしていた氷弾が千鳥へ突き刺さった。凍りつく千鳥を背後から掴み、蓮太郎が地面へ投げ落とす。
     度々式神を纏い、傷を癒やす千鳥だが、重ねてオルゴールと葉織に足止めを狙われ、付呪を得れば見逃すことなくアレクサンダーが非物質化された剣で断ち切り、静菜が矢を撃ち込みと、徐々に動きを鈍らせざるを得なかった。さらにゼノビアは小さな傷でも見逃さず浄化の風を吹かせ、癒しの光を撃ちだす一方、時にエアシューズを走らせ、攻撃にも転じる。
    「はいはい、回復ならボクにも任せてね!」
     盾役として自分とともに身体を張るアレクサンダーへ帯を飛ばし、傷を癒やすと同時に防御を固める悠。解ける帯から抜け出たアレクサンダーは足元に燃え上がった炎をそのまま千鳥に蹴り放った。そして、
    「今度こそ砕かせてもらおうか」
     八相の構えから葉織の振り下ろした忘却がついに式神の盾を打ち砕く。バラバラとなった式神は千鳥にまとわりつき服となろうとするが、
    「戻ってきて下さい、荒吹さん!」
     桃香の飛ばした帯が千鳥に突き刺さり、勢い式神を散らした。仲間の犠牲は絶対に出したくない。その思いは千鳥に対しても同じ。時計に触れる余裕はないけれど。まっちゃも今は側にいないけれど。それでも彼女は強く居る。
    「一緒に帰るのよ、チドリ!」
     足元から星の煌き散らし、オルゴールの金の髪が高く流れた。見上げた千鳥が一瞬眩しそうに目を細めたようにも見え。闇堕ち以前、『美しい』と感じていたオルゴールの姿。それは今の千鳥にも訴えるものがあっただろうか。 
     一蹴。倒れた千鳥を抱き起こすオルゴール。目をあけた千鳥は、
    「……心配掛けて、ごめんなぁ」
     いつもの三つ編み。いつもの笑顔。
     と、その時。
    「前クロキバよ」
     朗々と響いた声に、ゼノビアと静菜がいち早く振り返る。
    「かつてクロキバだった者達よ。私に力を与えてくれ」
     セイメイと対峙したクロキバが、その頭上に白く燃え上がる得物を振り上げた。セイメイの震える声がこちらまで伝わる。
    「あなた達、灼滅者と因縁を持ってしまったことが」
     ――この私の最大の失策であったというのですか……。
     血とともに吐き出された言葉。炎を振り下ろしたクロキバの表情からは、何も読み取ることはできなかった。
    「やった……!」
     蓮太郎の口から言葉が漏れる。自ら相まみえることはできなかったが、セイメイ灼滅の為に覚悟を決めていた彼のこと、目の前でセイメイが倒されたことに感慨はあったにちがいない。
     そして数名の灼滅者が説得のために、クロキバへ駆け寄った。
    「お疲れ様です。そして……一緒に帰りましょう」
     こちらから静菜も呼びかける。クロキバは距離のある中でも、静菜、そしてゼノビアの顔を発見したようだった。クロキバに記憶の底を浚うような数瞬の間が訪れ、それがかつて見知った間柄の者であることに思い至ったのか目元をゆがめる。
     そして続く説得の末、ついにクロキバの体へ巻きついていたオーラのような、獣毛のような、衣服の一部のような。黒の残滓が羽毛のようにちぎれて乱れ舞ったのが見えた。
    「みんなで」
     ふらり踏み出した睡蓮の膝から力が抜ける。崩れ落ちた睡蓮を嶌森・イコが支えた。どこからか吹いた一陣の風が黒羽を吹き払い、後にはあの懐かしい赤色の、睡蓮の髪が残った。
    「みんなで、帰りましょう」
    「睡蓮ママ、おかえりなさいさん……」
     片手に黒ヤギ人形のヴェロを持ち、ゼノビアが言う。静菜もほっと胸を撫で下ろした。が、次の刹那、 
    「なんだ?!」
     蓮太郎が訝しみ、
    「うわーすごい地響き!」
     悠が声を上げる。迷宮全体が振動を始めたのだ。
    「おい、崩れるぞ」
     アレクサンダーが言った。
    「脱出しましょう! ……あ!」
     桃香が無線機から何か音がしていることに気づいた。迷宮が崩壊を始めたことで、通じるようになったようだ。桃香は即座にセイメイ灼滅と睡蓮の救出、さらに千鳥も救出したことを伝える。
    「……帰りましょう」
     オルゴールは千鳥の手をしっかりと握り、
    「行こう」
     葉織の冷静な声が頼もしい。葉織が崩れゆく壁へサイキックを放ち、今は9人となった仲間全員で迷宮を脱出した。

    作者:森下映 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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