富士の迷宮突入戦~迷いなき意志に導を

    作者:夕狩こあら

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    「兄貴、姉御……戦の傷は癒えたッスか?」
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、教室に揃った灼滅者達に不安と安堵の混じる声を掛けた後、本題に入った。
    「琵琶湖大橋の戦いは、武蔵坂学園と天海大僧正勢の完全勝利に終わったッス」
     敗走した安土城怪人勢力の残党は、本拠地である琵琶湖北側の竹生島に立て籠ったようだが、カリスマだった安土城怪人を失った事で離散した者も多く、その勢力は大きく減退しているらしい。
     更に、安土城怪人に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に戻ってこなかったこと、中立的な立場ながら、その献身的な活動で支持されていた『もっともいけないナース』が灼滅された事もあり、組織としての結束力も無く、遠からず自壊するのは間違いないだろう。
    「逆に、軍艦島勢力が合流した白の王勢力は大幅に強化されたッス」
     エクスブレインとは全く違う予知能力を持つ『うずめ様』、現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』、ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』、そしてセイメイと同じ『王』の格を持つ『緑の王アフリカンパンサー』――彼等は、白の王セイメイのこれまでの失策を補って余りある力を持っている。
    「が、しかし! 多くのダークネスを富士の迷宮へと招き入れた事は、白の王に致命的な隙を与える事になったんスよ」
     ノビルは語気を強めて灼滅者らに食い掛かった。
    「――そう、富士の樹海で探索を続けていたクロキバに、その迷宮の入り口を発見されてしまったんス!」
     クロキバ――その名に炯眼を見開く者も多い。
     その視線を受け取り、ノビルの言は更に続く。
    「闇堕ちしてクロキバとなった白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)の姉御は、先代達の意志を継ぐべく白の王の迷宮に挑もうとしてるッス」
     そして彼女は同時に、武蔵坂学園に対して迷宮の突入口の情報を連絡して来てくれたのだ。
    「今こそ、白の王セイメイだけでなく、田子の浦の戦いで討ち取る事ができなかった、軍艦島のダークネス達を討ち取る千載一遇の好機!」
     残念ながら、白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあり、全軍で攻め入る事は出来ない。
     そして、この機を逃せば再び侵入する事はできなくなる――。
    「迷宮を突破して有力なダークネスを灼滅する事は至難の業ッス。でも、挑戦する意義は十分にあるッス」
     迷宮に挑むならば、どういった結果を求めるかを十分に相談し、作戦をまとめて突入して欲しい――。
    「因みに白の王の迷宮は、内部から迷宮を破壊しようとすると、外にはじき出されるという防衛機構があるようで、危機に陥った場合は『迷宮自体を攻撃する』事で緊急脱出が可能なんスよ」
     ただ、この防衛機構により、迷宮への破壊工作もほぼ不可能となっている為、その点は注意が必要だ。
     成程、と頷く灼滅者に愈々闘志が湧き出す。
    「多面に亘って暗躍をしてきた白の王の喉下に牙を突きつける今回の作戦は、凄く重要な作戦になる筈ッス」
     迷宮からの脱出は難しくないが、反面、敵拠点に攻め込むには戦力が多くない。成果をあげるには、目的を絞る事も必要になるだろう。
    「白の王セイメイを灼滅できれば、クロキバとなった白鐘の姉御を闇堕ちから救出することも可能だと思うんス。そうすれば……!」
     この戦いは、田子の浦の戦いの雪辱戦でもある――。
     声を落としたノビル、その意する処に首肯を重ねた灼滅者は雄々しく席を立ち、
    「兄貴! 姉御! ……ご武運を!」
     背に敬礼を受け取って戦場に向かった。


    参加者
    館・美咲(四神纏身・d01118)
    八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)
    普・通(正義を探求する凡人・d02987)
    志賀神・磯良(竜殿・d05091)
    ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)
    檮木・櫂(緋蝶・d10945)
    八重沢・桜(百桜繚乱・d17551)
    蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)

    ■リプレイ


     声を殺し靴音を抑え――薄闇に身を隠した黒影は、足跡に赤い糸だけを残しつつ、張り詰めた大気を静かな息遣いに進んでいた。
     宛ら冴月に照る雪路を歩く如く、淡く燐光を放つ迷宮に光源は不要か、八重沢・桜(百桜繚乱・d17551)は不自然な発光が敵に気取られぬよう、眼が慣れた頃合を見計ってライトを消す。
     多叉路の手前では檮木・櫂(緋蝶・d10945)が手鏡に進路を映して探り、傍らの志賀神・磯良(竜殿・d05091)は地形を写し取って略図を作り上げる。
     仄暗い闇に手を翻すはゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)で、彼のハンドサインに聴覚を研ぎ澄ました一同は、
    「侵入者アリ!」
    「武蔵坂学園ノ強行偵察ヲ阻止セヨ!」
     遠く反響する剣戟、その方向を辿る敵の足を沈黙の裡に見送った。
     チーム単独で動く彼等は、十分な索敵と警戒行動、また囮役の奮闘あってアンデッドとの遭遇率を大いに下げる事に成功している。
     蓋し幾許か懸念が拭えぬは、その陽動要員の寡さか、或いは未だ反応の無い通信で、
    「……」
     後方で戒心を注ぐ普・通(正義を探求する凡人・d02987)が、耳元に手を宛てた儘の蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)を伺うに表情は険しく、内部の何かが通信を妨害しているのでは、と予測する。迷宮と化した洞穴ならば、斯く異状も致し方ない。
     他班と連絡は取り合えぬか――蒼然を進む8人は愈々気を引き締めつつ、標的を探して更に足を進める。
     一同が狙うは白の王配下の楢山御前。
     氷の技を使う彼女は寒所を好むか、乃至は自ら冷気を放つか、僅かにも手掛かりを得たい八絡・リコ(火眼幼虎の葬刃爪牙・d02738)と館・美咲(四神纏身・d01118)は、身を低くして低所を這う寒気を探る。
     強敵との邂逅を渇求する本能か、その直感は奇しくも標となり、久遠なる迷宮にあって一同を確実に彼女の下へ導いていた。
     一貫して言を殺していた彼等が呼吸を変えたのは、より冷冽を感じる一路を見出して間もなくの事。
     彼の道を塞ぐ警邏兵が巡回せぬとものと判断すれば、殲術道具を解放した影は瞬速の機動で駆逐に掛かり、
    「侵入者ヲ発見ッ!」
    「敵襲、敵――ッッッ!」
     それは神風の吹く如く――敵が急襲を叫ぶ間に櫂の影が躯を操ると、ゼアラムの抗雷撃と桜の螺穿槍が次々に咽喉を引き裂いて声を断つ。尚もヒュウヒュウと笛を鳴らす骸はスナイパーの磯良と瑠璃がレイザースラストを合わせて胴を貫突し、
    「増援ヲ、仲間ニ知ラセ――!」
     ならばと振りかぶる腕は鉾を以て開戦を知らせるも、その刃撃は楯と割り入ったリコと阿曇、その紅蓮斬と斬魔刀に撃退され、且つ美咲が軍庭の檻に囲えば、激痛を叫ぶ悲鳴すら届かない。
     通とアオは一滴の血すら許さぬ気概か、直ぐさま清風と幽光に傷を塞いで戦闘の痕跡を隠し、怒涛の猛攻が凪と変われば、地に遺されるは砂塵と消え行く髑髏のみ――。
     再び静謐の影と化した灼滅者は、また一歩と迷宮の深部へ踏み出し、肌に触れる冷気に緊張を受け取りつつ駒を進めた。


     目標を捉える迄は極力戦力の損耗を抑え、敵との接触を回避していた彼等も、楢山御前へと繋がる道を絞るうち、不可避の戦闘に身を投じていた。
    「地表に凍霜が出来ています。これだけの冷気――敵は近いかと」
     暗い足元、靴底に触れた微細な変化に気付いたか、観察眼に優れた瑠璃が眼前に立ちはだかる敵勢との交戦を諾えば、
    「何故、武蔵坂ノ斥候ガ斯様ナ処ニ……!」
    「それは私達が肝要な所にまで来たって事で良いかな?」
     磯良は不意に漏れる吃驚の声に真実を読み解きながら、灼罪の光条を浴びて凍結する躯を鬼神の膂力に砕き散らせる。暗澹たる戦場にあって彼の言は泰然と核心に迫り、徒に情報を与えた骸らは更なる揺さぶりに内幕を明かしてしまう。
    「妾たちの狙いは楢山御前。こちらも強力な相手ゆえ楽しみじゃ」
    「御前ハ此処ニハ居ラレヌ……!」
    「妾は狙うと言うた迄。居る居らぬは問うておらぬがの」
     朽ち裂けた顎にて噛み付く骸にWOKシールドを合わせて抗衡した美咲、その黒瞳は敵背に繋がる一路を見据え、
    「はっはっは。これは懇意な情報提供、感謝するさよー!」
    「グ……ヌ、ォ……ッ!」
     確定事項と高笑いしたゼアラムに憤激するも、強靭なる踏力より繰り出されたドロップキックに顎を砕かれれば歯噛みさえ儘ならぬ。
    「此処ハ通サヌ!」
     肉片と崩れる仲間を割って驀進する敵には、好戦的な嫣然を湛えたリコが焦熱に迎えて視界を撹乱し、
    「寒くて堪らないったら。少しは身体を動かして温めないと」
    「本番前のウォームアップは大事ね」
     紅蓮を舞うは緋き蝶――繊麗なる躯を翻した櫂が流水の波紋に射抜いて斃す。
     敵わぬ、と逃げ出す骸骨らは退路に御前の居所を晒し、
    「楢山御前……御目覚メヲ……ッ!」
     警急を訴える悪声が氷穴に残響するも、灼滅者が撤退を許す筈が無い。
    「あの先に楢山御前が……行きましょう」
    「はい! これが前哨戦の最後の一撃です……!」
     通は紫黒の天蓋に婚星の煌きを差し射て、軌跡に合わせて飛翔した桜が宙に之を受け取れば、精度を増した破魔の霊力が敵躯に炸裂する。
    「オヲヲッ、ッ!」
     痛痒を絞って消える髑髏に一瞥すらくれず先を進んだ一同は、更に深奥へ――踏み締める足に固い霜の感触と、肌を刺す凍気を浴びつつ、氷に覆われた室へと辿り着いた。

    「ここは……」

     氷柱と氷筍が鋭牙の如く生え出でる色無き世界。
     悪寒か戦慄か、灼滅者の視線を一手に集めた中央には、天地を繋ぐ氷の幹にゆったりと身を預けた楢山御前が寛いでおり、
    (「眠って……いる……?」)
     無防備にも瞼を閉じて氷の麗顔を晒す――何処か不気味な艶気が漂っていた。
     心臓が早鐘を打つのは、本能が警鐘を鳴らしているのだと自覚する彼等は、敵の挙動を冷静に伺いつつ、攻撃が可能になる範囲まで躙り寄る。
     遠距離攻撃の命中が確保できる距離まで迫った時であった。
    「そんなに、おばちゃんの寝顔が見たかったのかい?」
     ぱちり、と白銀に縁取られた睫毛を持ち上げた御前は、微笑を注いで語りかけ、
    「とんだ子鼠ちゃんだよ」
    「、ッ! 周囲の氷柱が……!」
     同時に四方の氷塊が楢山御前の写し身――『憑竜楢山御前』と相成って一同を囲む。
    「これも若さって奴かしらね~」
     羨ましいこと、と袖に隠したのは皮肉であろう。
     灼滅者がその意味を知る刻は間もなく訪れ、本体が踏み出るに合わせて動き出した氷像が、一斉に襲い掛かった。


     楢山御前が言う「若さ」とは、彼女と相剋を成すには十分と言えぬ頭数ながら敵陣へと踏み込んだ勇気を言ったものか、或いは憑竜碑により不死身を得る彼女に闘いを挑んだ雄渾を言ったものか――否、その両方であろう。
    「わたし達の班だけでも……鍛えてきたこの力、思いっきりぶつけたいです。いきます!」
    「まぁ~健気ね~! おばちゃんも年の功を見せないとね~!」
     寒風に咲く櫻の如く凛然と、妖槍を手に疾風の斬撃を衝き入れる桜。
     彼女の果敢に感嘆の声を漏らした楢山御前は、身代わりと割り入る氷像が鋭く穿貫されると、その隙間より氷の龍を泳がせて薙ぎ払う。
     猛牙に後退する桜に代わるはゼアラムと磯良。
    「憑竜碑がある筈さよ」
    「敵の切り札は確認しておかないとね」
     鞭の様に撓りながら迫る龍の頭を交わした二人は、片や白撃を伸ばして後方から、片や雷光を宿す拳撃に敵懐へと踏み込むも、
    「どこ見てるんだい? おばちゃんにそっちの相手を所望かい?」
    「……ッ!」
     着崩した襟の合わせより覗く膨らみ――そこに挟まれた石の碑を目視する前に、もう片方の肩より躍り出た氷龍に押し返されてしまう。
     飽くまで手の内は明かさぬか――楢山御前は氷像を楯にそれ以上の接近を許さず、艶笑を湛えた儘、執拗かつ酸鼻に灼滅者を嬲った。
    「おばちゃんの相手は大変よ~?」
    「ッ……ッッ!」
     2本の憑竜碑を同時に破壊されぬ限り死を得ぬ彼女は、灼滅の恐れがない故に一縷の躊躇いもなく、今まさに命を得た氷像を連れ立って攻勢に出る。
    「流石は名のある強者ぞ、……!」
    「、っ……これ程の力差があるなんて……!」
     歴然たる実力差が如実に表れたのはディフェンダーの磨耗度合で、双龍が吐く氷の息吹を前に庇い出た美咲とリコは、シールドバッシュとグラインドファイアに気流を逸するが精一杯。冴えた凍気は鋭刃となって両者の柔肌を裂き、阿曇が休みなく回復を施すも逓減は必至。
    「直ぐに回復します。どんな傷も油断できませんから」
     強敵と渡り合うに3枚の楯では足りぬか――否、圧倒的脅威を前に剣も弓も、或いは癒し手さえ足りぬのが現状。通は癒す創痍の深さに戦況を読みつつ、額に滲む汗を拭ってアオと共に自陣を支えた。
    「分が悪そうね~。お友達でも呼ぶかい?」
     クッと笑みを歪める御前に、一同がその術を持たぬ事は知れていよう。
     双龍の熾烈なる乱舞にしとど氷床を赤く染めた灼滅者は、然し劣勢を甘んじず、
    「此処に踏み入れた時から、相応の覚悟は出来てる」
    「其れは戦術に於いてもです」
     色白の頬を紅血に染める櫂と瑠璃は尚も犀利に、反駁のレイザースラストを合わせた。
    「あら、まぁ~!」
     灼眼と青瞳が交わる先――心臓を交点に十字を描いた鋭撃は氷像を破砕し、写し身の無残な倒潰に声を上げた楢山御前は、ふと、
    「子鼠とはいえ、こんな場所まで入り込むなんて……セイメイは大丈夫かねぇ」
     蒼白き唇にその名を漏らした。
     之を聴いた灼滅者は、彼女を白の王の下へ行かせてはならぬ――その一念に持ち直し、
    「援軍には行かせないよ。御前は此処で仕儀に与るがいい」
    「いけずな坊やだこと」
     磯良は己が血の滲む水干を神楽舞に翻しつつ、双龍が噴く凍気に長躯を躍らせると、氷刃に腕を切らせる代わり龍の頭を鬼神の膂力に押さえ込む。
     一瞬の凪に猛撃を衝き入れるは美咲とリコ。
    「御前にも仲間を想い助太刀に行く慈悲があるとはの。犠牲には成り得ぬであろうが」
    「これでもおばちゃん、面倒見が良いのよ~」
     楢山の名に擬えつつ雷鳴を轟かせる拳は、ダメージを代わる氷像を読んだか、そのまま稲妻を撃ち落とし、
    「先ずは眷属を倒すけど、御前をフリーにはさせないよ」
     一際派手な雷撃に隠れた鋏の切先は、砕ける写し身を楯に奇襲を仕掛ける。
    「殊勝な気遣い、受け取っておくわ~」
     然し咽喉元に迫る冴刃も、御前の冷笑を醒ますに至らず――カウンターアタックに双氷竜鞭を喰らい、苦渋の声を氷壁に叩きつけた。
     悉く立ち塞がる憑竜楢山御前、その厚き楯もまた本体との戦力差をまざまざと示すも、灼滅者は諦めず、
    「わたしはヒーローですから……負けません……!」
     桜は絶望に誘う氷像の微笑をレイザースラストに打ち砕き、
    「そうです。私達は負けなければ十分役割を果たします」
     彼女に呼応した瑠璃は、その軌跡に精確に黒刃を合わせて敵の防壁を削り行く。
     灼滅はならずとも、楢山御前をこの場に留めるに十分な利があると信じる彼等は、同時に別班が必ずや首魁を滅ぼすと信頼を置いており、その冀望こそ脚を立たせている。
     鋼の意志が蛮勇でないと証するはゼアラムと櫂か、
    「リング戦と思えば得意な土俵さよー!」
    「生憎、多人数戦も慣れてる身なの」
     氷筍を足掛けに氷壁を蹴り、神速の立体機動で氷像の死角に潜った瞬間、同時に鋭撃を差し入れる。雲耀剣に四肢を手折られた氷塊は地獄投げに氷片と砕かれ、影と隠れる御前の妖顔を暴いた。
    「身代わり人形でもおばちゃん傷付くわよ~」
     楯を破れば今度は龍が暴れるか――双龍は狂牙を剥いて吶喊し、温かい血肉を屠る。躯を撓らせる毎に波打つ衝撃は全てを薙ぎ倒し、一同の戦陣を大いに乱した。
     凍気の渦に抗って癒しの微風を戦がせる通もまた手負いつつ。
    「セイメイさんの所で戦う皆さんの事も考えれば……まだ倒れる訳にはいきません……!」
     前髪に隠れた黒瞳に決意を宿し、固く唇を引き結んだ。


     地を這う凍気は剣と突き出てペニテンテの如く、灼滅者の脚を穿って切先を赤く染め、空には双龍が細氷を噴いて蹴散らし――色無き世界に血汐だけが生々しい。
    「そろそろ仕舞いよ~!」
     永遠とも思われる激痛の氷獄を彼等はよく耐えていたが、それも限界を迎えた。
     感情の絆を固く結んだ連携は見事ながら、御前には届かず、
    「氷像がバッドステータスを全て請け負うとは厄介さよ」
    「両肩の氷龍の攻略が見出せれば、少しは……!」
     桜がフォースブレイクに打ち上げた躯をゼアラムが鋭く大地に叩きつける、大爆発のコンビネーションも氷像と氷龍に阻まれ、
    「不死の強敵を相手取るに聊か性急過ぎたかしら」
     反撃に迫る凍気は櫂が紅差す一刀に裂くも、逆巻く冴刃を御しきれず――3者は氷柱に叩きつけられて膝を付く。
     追撃を駆る氷龍にはリコが楯を成すが、既に限界を超えており、
    「ボクはボクの戦場で力になるよ……!」
     彼女を立たせるはクラブ仲間の睡蓮を救いたい一心のみ――渾身のロケットスマッシュは猛牙を砕き、壮絶なる衝撃を走らせた華奢は遂に倒れた。
    「おばちゃんも年だからね~、畳ませて貰うよ~」
    「御前の性格は嫌いではないがの」
     愈々荒ぶる攻勢を赫灼たるオデコの反射――否、花の咲みに邀撃するは美咲。彼女もまた満身に創痍を刻んで壮絶ながら、向い来る龍の邪眼に拳撃を突き入れて突進を阻み、自らは鋭牙に穿たれて氷床に沈む。
    「1分でも長く足止めを……」
    「大丈夫、私達ならやれるさ」
     槍が折れ、盾が潰えても射手の磯良と瑠璃は沈着を保つが、最後まで回復に専念したサーヴァントを失った両者こそダメージは大きい。二人はフォースブレイクとトラウナックルを合わせて氷龍の顎を天蓋に打ちつけると、御前を見据えて屹立した。
    「幼気ね~。もう腕も上がらないのに……」
     彼女の言う通り、その腕は惨澹たる創痍に真紅と染まり――次の攻撃さえ危うかろう。
    「回復を、……いえ……!」
     先に決めた撤退条件を満たしていないとはいえ、通に逡巡が過ったのは至極当然の話。
     この1分を凌いでも、後の1分に明らかな全滅が見えれば、後衛にて最も進退を見極めるに優れた炯眼は判断せねばならなかった。
    「……っ! 私達が足留めた時間で必ずや、セイメイさんを……!」
     癒しを紡ぎ続けて血滲む手が、ここに初めて攻撃に転じる。
     鋭く旋回する巨杭が氷壁を食い破ると、防衛機構を作動させた迷宮が強制転移を実行し――、
    「あら~、口惜しい。もう少しで闇に引き擦り込めたものを……」
     楢山御前の溜息を最後に、灼滅者は戦線を脱した。

    「ここは……」
     転移先は、とある地方高校の敷地内。
     チーム毎に転移されるらしく、周辺には彼等の他に人は居ない。
     裏手の茂みに身を投げ出された8人は、仰ぐ蒼穹に激痛を吐き出すと、
    「……皆、無事で……!」
     拳を高く突き上げ、仲間の武運を祷り切った。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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