富士の迷宮突入戦~因縁の深淵

    作者:御剣鋼

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    ●因縁の深淵
    「先日の琵琶湖と田子の浦での戦いの出来事を、ご存知の方は多いとは思いますが……」
     琵琶湖大橋の戦いは、武蔵坂学園と天海大僧正側の大勝利に終わったと、里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は集まった灼滅者達に告げる。
    「安土城怪人勢力の残党達は、琵琶湖北側の『竹生島』に立てこもっていますが、安土城怪人を失ったことにより離散した者も多く、その勢力は大きく減退しております」
     更に、『安土城怪人』に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に戻ってこなかったこと。中立的な立場ながら、その献身的な活動で支持されていた『もっともいけないナース』が灼滅されたこともあり、組織としての結束力は無く、遠からず自壊するのは間違いないと続け、バインダーをめくる。
    「対して、田子の浦での戦いでは、軍艦島勢力の上陸を阻止することは適わず、合流した『白の王セイメイ』勢力は、大幅に強化された様子でございます」
     ――エクスブレインとは、全く違う予知能力を持つ『うずめ様』。
     ――現世に磐石の拠点を生み出すことができる『ザ・グレート定礎』。
     ――ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』。
     そして、セイメイと同じ『王』の格を持つ『緑の王アフリカンパンサー』。
    「彼等はこれまでの白の王の失策を補う程、余りある力を持っていると、推測されておりますが……」
     だが、多くのダークネスを富士の迷宮へと招き入れたことは、白の王に致命的な隙を与えることに繋がってしまった。
     富士の樹海で探索を続けていた『クロキバ』――白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)に、その迷宮の入り口を発見されてしまったのだ。
    「闇堕ちしてクロキバとなった睡蓮様は、先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしております」
     同時に、武蔵坂学園に対して、この入り口の情報をリークしてくれたという。
    「これは白の王を始め、田子の浦の戦いで討ち取ることができなかった、軍艦島のダークネス達を灼滅する千載一遇の好機と言いましても、過言ではございません」
     迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあり、全軍で攻め入ることができない。
     さらに、この機を逃せば、再び侵入することができなくなると付け加える。
    「それでも、多数のチームを突入させて、白の王セイメイを始めとする有力なダークネスの灼滅を狙えるなど、大きな成果が期待できます」
     白の王の迷宮は、内部から破壊しようとすると、外にはじき出されるという、防衛機構があるという。
     そのため、危機に陥った場合は、迷宮自体を攻撃することで緊急脱出が可能だ。
    「ただ、この防衛機構により、迷宮への破壊工作もほぼ不可能となっておりますので、その点は注意が必要でございますね」
     この作戦は、白の王セイメイにとっても重要な意味を為すのは、まず間違いない。
    「先程申し上げました通り、迷宮からの脱出は難しくございませんが、わたくし達も多くの戦力を割くことはできません。成果をあげるには、目的を絞ることも重要になりましょう」
     白の王セイメイを灼滅できれば、クロキバになった睡蓮を闇堕ちから救出することも、可能になるかもしれない。
    「この戦いは、先日の田子の浦の戦いの雪辱戦でもあります。皆様方の健闘を心からお祈り申し上げます」


    参加者
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)
    音鳴・昴(ダウンビート・d03592)
    セーメ・ヴェルデ(煌めきのペリドット・d09369)
    雪乃城・菖蒲(虚無の放浪者・d11444)
    深草・水鳥(眠り鳥・d20122)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)

    ■リプレイ

    ●富士の迷宮へ
     ――早朝6時頃。
     樹海を1時間程進んだ場所にあった風穴の中へ、8人と2体は少し時間を置いてから足を踏み入れた。
     風穴の内部を10分程進んだ所には美しい氷柱に覆われた一角があり、慎重にライトで照らしてみる。
    「他と同じに見せかけてあるが……此処怪しくないか」
     天井からしみ出した水滴が凍ってできた氷柱群は、水晶のように美しい。
     だが、よくよく目を凝らしてみると、その一角が2つの景色を半透明にして、重ねたかのようになっている……。
     御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)は、二重写しになった壁に、手拭いを巻き付けた武器の柄を、そっと押し当てる。
    「罠ではなさそうだ」
     そう、小声で伝えると、迫水・優志(秋霜烈日・d01249)が警戒しながら壁に触れた。
    「間違いない、あの野郎の迷宮の入り口だ」
     壁に体当たりするように侵入した優志に続いて、7人と2体も迷宮内に入っていく。
    「灯りは……必要無さそう、だね……?」
     迷宮内部は淡く光っているため、薄闇に目が慣れれば、支障なく行動できそうだ。
     むしろ、不要な光源は敵に見つかる恐れが高くなるかもと、セーメ・ヴェルデ(煌めきのペリドット・d09369)が、愛らしいランタンをしまった時だった。
    「ぬぅ、無線機が使えなくなったようだ、携帯電話も……駄目か」
     だが、それも計算内。
     他班との連絡役を担当していた伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)は、すぐにハンドフォンに切り替える。
     が、ハンドフォンは相手の携帯電話と話すESP、こちらも使えないと首を横に振った。
    「スーパーGPSも、上手く表示されない、ね……」
    「迷宮内の何かが影響しているのかも……」
     地図を広げたまま首を傾げた深草・水鳥(眠り鳥・d20122)に、天嶺も神妙に頷く。
     雪乃城・菖蒲(虚無の放浪者・d11444)は探索の邪魔にならないよう、使用不可能になった道具を片付けていく。
    「まぁ、自然の洞窟っていうわけでもねーし?」
     ふと、音鳴・昴(ダウンビート・d03592)の視線が、上層に向かう班に吸い込まれる。
     あの背に続けば……と思った刹那、肩を軽く叩かれて振り向いた。
    「さて、下層の最後尾は別班が担当してくれてるし、俺達も行こうか?」
    「私達は自身の役割を。セイメイの目論見を完全に潰してやろう」
     これで、年貢の納め時になってくれるといいな。
     そう、優志が明るく告げ、セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)も静かに頷く。
    「ここで奴の全てを過去にしてやろう」
     白の王にはこのまま、思い出の中に消えて貰うのが相応しい。
     そう短く告げた黎嚇は、下層の深淵を見据えるように、金の双眸を細めるのだった。

    ●下層の迷宮
    「懐かしいな、かつて奴の存在を掴んだ時の事を思い出す」
     後衛を前衛と自身で挟むように移動していた黎嚇は、思わず感嘆に似た溜息を洩らす。
     32班中、下層に向かった班は18班。
     大世帯での進行により、隠密行動が事実上不可能になった反面、過剰戦力とも言える下層班は、目に入る敵を数の暴力で蹴散らしながら、下へ下へと移動していて。
    「この人数が下層に侵入した時点で、隠密行動なんて出来そうにないか……」
    「幸い、下層は単純な構造だな。何かを見落とすことはなさそうだ」
     最下層に続く大きな道は1つ。途中に小さな通路や部屋があるという構造に過ぎない。
     天嶺がシールの有無と枚数を確認している間、他班の見落としがないか菖蒲と共に四方を見回していた優志も、思わず苦笑する。
    「曲がり角だ、皆注意してくれ」
     後衛を護るようにセレスが静かに羽を広げると、隊列の中央で簡単にスケッチをしていた水鳥も、すぐに足を止める。
     隣で歩いていた昴が耳を傾けると、何かがいるのは間違いない。
    「ソニア、そのまま空飛んで……周りみて……」
     セーメは、ウィニングキャットのソニアに周囲の警戒を命じる。
     怪しいものを見つけたらすぐに教えてと小声で告げると、ソニアも音を立てないように、口だけニャーの形に開いてくれた。
    「手鏡なら持っています、任せて下さい」
    「あー、敵がいたら指で方向と数を知らせてくれ」
     少し時間を置いて、下層に侵入した自分達が通る頃には、脇道はあらかた調べ尽くされていたものの、打ち漏らしの敵は少なくない。
     菖蒲が抜け目なく曲がり角に近付いたのと、ハンドサインを指示した昴の足を、霊犬のましろが小さく引っ掻いたのは、ほぼ同時。
     菖蒲が立てた指は、2本。
     優志の合図と同時に奇襲を仕掛けた灼滅者達は、アンデッド2体を迅速に撃破する。
     黎嚇の指示で隊列を整えたあと、更に奥へ進んで行き、下の階層に降りた時だった。
    「ん……大回廊の奥から、強烈な匂いが……漂ってきて、ない……?」
    「アンデッドがいるのだとしても、確かに妙だな……」
     注意深く先を見るセーメに、天嶺も些細な変化も洩らすまいと、五感を研ぎ澄ませる。
    「打ち漏らしが、残っていても……ここまで、生臭くなることは、ないはず……」
     外は肌寒かったのに、下へ下へ向かう程空気は生暖かく、臭気が濃くなっていく。
     最奥に伸びていると思われる、この大回廊の先に何かがあるのは、間違いない……。
    「隠していたのは最初の入り口だけか、他に隠し通路や罠がある様子はなさそうだが」
    「セイメイが望む『業』や、力の研究成果でも持ち帰れたら、御の字ですがね」
     隠したいモノではあるけど、大事に護るモノでもないような……。
     空飛ぶ箒では仲間を護りにくいため、床を木槍で押しながら歩くセレスに、先行者の痕跡を確認していた菖蒲が頷く。
    「奴め、いったい何を隠しているのやら」
     更に下に進むに連れて、匂いはより強烈になっていく。
     黎嚇が足を早め、スケッチしていた水鳥も只ならぬ気配に顔を上げた時だった。
     目の前に、東京ドームが何個か入りそうな巨大な空間と――『絶望』が広がったのは。

    ●最下層に隠されたモノ
    「っ、あの野郎……!」
     視界一面に『ソレ』が広がるや否や、優志は怒りと共に吐き捨てる。
     多数の大人達に混じってみえるのは、小学生のランドセルを担いだ、子供達。
     卸したてのスーツ姿の若者。あどけない女子生徒達。ゴルフバックを担いだ中年男性のグループ。その下に折り重なる、年配の老夫婦……。
     大空間の9割を占めているのは、1万体近い『死体』だった。
    「まさに死体の保管庫か、生存者がいれば――」
    「全くいねーな、ブレイズゲートの方がまだマシなくらいだ」
     先に到達した他班の様子からも、この膨大な空間にあるのは、全て死体に間違いない。
     静かに拳を震わせる黎嚇。テレパスで周囲の思考を探っていた昴も、首を横に振る。
    「これどうする?」
     天嶺の問いに返って来たのは、沈黙と憤りだけ。
     写真を撮るのも躊躇われるほど、凄惨な状態だった。
    (「……それにしても何なのだろうか。繁殖か、特殊な肉体か、それ以外か」)
     セレスは少しでも白の王の目論みの先を推察しようと、慎重に死体に近付く。
     死体は『噛み付かれて殺された』ようなモノが多く、その姿からも、つい最近殺されたばかりであることがわかる。
     調査と警戒どちらを優先するか迷っていた菖蒲と水鳥も、そっと近付いた時だった。
    「死体から、離れるんだ!」
     終始警戒に専念していたセーメの鋭い警告に、3人は咄嗟に後方に飛び退く。
     遠目で死体の山を見やると、生者の気配を感じた死体がモゾモゾと動き出し、その半数が生者――灼滅者達を襲おうと動き出したのだ――!
    「すぐに脱出しない、と……」
     その数、約5000!
     迷宮の壁に視線を止め、即座に足元の影を伸ばした水鳥を、しかし昴が制した。
    「その判断は的確だけど、18班もいれば少しは足掻いてみてもいいんじゃねーの?」
     既に、他班も戦闘を開始している。
     戦力を温存していた自分達が、退く理由は――ない。
    「あの野郎の研究結果なら、此処で全滅させておかないとな、腹の虫が納まらん」
    「犠牲者のためにも、瞬殺で終わらせる」
     水鳥に迫る女子高生を優志が凄まじい連打で殴り倒し、天嶺が螺旋の如き捻りを加えた穂先で、老夫婦を穿つ。
    「ゾンビに殺された、死体のようなゾンビの存在か……私も放置したくないな」
     この地獄を作り出した白の王に、憤っているだけではない。
     その詳細を手に入れないまま撤退するのは、嫌な予感がしてならないとセレスは思う。
    「数が多い、だけとは……思えない……きっと何か、あるはず……」
    「伐龍院の名にかけて。白の王の企み、必ずや阻止してみせる」
     金の瞳に激しい闘志を燃やしたセーメは、橄欖石色の聖衣を翻す。
     セーメが召喚した十字架から放たれた無数の光がサラリーマン達を焼き尽すと、黎嚇が構えた白き刃から解放された浄化の風が、血戦に挑む仲間の背を後押しした。
    「まぁ、何もせずに撤退なんて、顔向けできねーって訳で」
    「今回も下手出来ませんがね」
     昴と菖蒲も、田子の浦での屈辱を晴らさんという想いが、勝ったのだろう。
     光の残光を追うように、激しい炎の蹴りと、ガンナイフを用いた近接格闘術を乗せて。
    「全然リスクのない探索方法は、ありません、けど……」
     8人で300体弱。
     ならば、尚更メディックが抜ける訳にはいかないと、水鳥も癒しの符で支援する。
     此処に。少年少女達の避けられない調査と戦いが、始まった――。

    ●血戦
    「隙だらけだな」
    「1体1体は大したことない。列攻撃があれば、もっと楽に戦えた感じかね」
     眼前の光景は、まさに地獄。
     オーラを拳に集束させて凄まじい連打を繰り出す天嶺に、優志は攻撃が重複しないように声を掛けながら、冷気のつららを撃ち出す。
    「余り時間をかけたく……あら?」
     ゴルフクラブを振り下ろしてきた中年男性を避けるように、菖蒲が軽く足を払う。
     その牽制とも言える一撃を受けた中年男性は、倒れ伏したまま、動かなくなったのだ。
    「どういうことだ?」
     ダークネスや眷属、灼滅者に至っては、このようなダメージはバベルの鎖の影響で、ほぼ無傷のはず。
     仲間の回復中心に動いていたセレスも、魔術文字が刻まれた槍で、軽く子供のゾンビを小突いてみると、こちらも呆気なく倒れてしまった。
    「もしかして、このゾンビ……バベルの鎖が、ない、とか……?」
    「通常ダメージが有効というのは、明らかに弱点だな」
     回復が被らないように注意を払っていた水鳥と黎嚇も、不思議な現象に視線を交わす。
     けれど、回復の手だけは弛めずに、前線で戦う味方に癒しの歌と風を送り続けて。
    「この数の多さも、つい最近ゾンビにさせられたのが多いのも、必ず理由があるってことだろ?」
     自分と同じ年頃の学生を黒のエアシューズで葬った昴は、険しい双眸を仲間に向ける。
     昴の視線を受け、セレスとセーメが、ほぼ同時に口を開いた。
    「単純に考えると、弱点のあるゾンビを大量に生み出す技術である可能性が高いな」
    「もし、これと同じことが……数百万人の、人口密集地で、起きたら……」
     数百万体のゾンビが、生み出されてしまうかもしれない。
     そうなれば、――最悪だ。
    「ちとキツくなってきたな。俺が見る限り、列攻撃持ちは1人だけか?」
     回復が充実していても、着々と殺傷ダメージは蓄積されていく。
     ましろに攻撃重視で戦うように命令した昴は、倒せそうなゾンビ目掛けて距離を詰めると、低い位置から機動力を奪う飛び蹴りを見舞った。
    「私が敵を惹きつけます、その隙にセーメさんは纏めて列攻撃をお願いします」
    「ならば、私も攻撃に回った方が良さそうだな」
     漆黒の喪服を翻した天嶺も、少しでも多くのゾンビを倒さんと、惹きつけるように断斬鋏を大きく振り回す。
     ――一閃。
     攻撃に切り替えたセレスも、包丁で切り込んできた主婦を、正確な斬撃で斬り裂いた。
    「ソニア……もう少し、頑張って……」
     ソニアに回復に専念するように命じたセーメは、純白の十字槍を大きく旋回させて。
     再び降臨した十字架から放たれた無数の軌跡を追うように、優志が螺旋の捻りを繰り出し、菖蒲も躊躇せずに純白な手甲に装着された杭で、若い夫婦の体をねじ切っていく。
    「攻撃は極力迷宮に当てぬようにな」
     黎嚇と水鳥が回復と支援に徹する中、皆で数十分以上戦い続けただろうか。
     大空間に蠢くゾンビの殆どを駆逐した刹那、突如迷宮に激震が奔った――!

    「何が起こったんだ?」
    「これは一体……ん、無線が通じるようになったのか?」
     揺れが激しくなる一方で、沈黙を貫いていた無線機から幾つものノイズが走る。
     天嶺は蒼の組紐が印象的な武器で体を支え、黎嚇の指先が無線機に触れた時だった。
    「セイメイが倒されましたわ!」
    「崩壊する前に撤退しましょう」
     先に上層班から連絡が届いた班の呼び掛けに、セレスは注意深く周囲を見回す。
     この異変は、白の王が倒されて迷宮が崩壊する影響によるものに、間違いなさそうだ。
    「これがいわゆる年貢の納め時、か」
     だが、勝利に浸る余韻はない。
     下層班も急いで脱出しなければ、崩壊する迷宮に取り残されてしまうからだ。
    「俺達も急いで撤退しよう」
     撤退を促す優志に昴が口を開きかけた刹那、水鳥が迷宮の壁に真っ直ぐ影を伸ばす。
     ――パキッ。
     迷宮の壁に重い衝撃が奔ると、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。
    「精々悔しがれ、ざまあみろ」
     崩壊していく大空間は、彼の王の墓標にも見えて……。
     セーメが短く吐き捨てた刹那、視界が一変し、意識が一瞬だけ遠のいた。

    ●白の王の遺作
    「これが迷宮の転移か」
    「攻撃した個人ではなく、周辺の仲間も一緒に放り出す仕組みみたいですね」
     視界が戻った天嶺と菖蒲が見回せば、ここは何処かの学校の倉庫のようだ……。
     全員無事かどうか確認しようと2人が振り向いた刹那、セレスが警告をあげた。
    「1人多くないか? ――いや、違う」
    「ゾンビだ! 俺達の転移に巻き込まれたのか」
     自分達と一緒に転移してきたゾンビは、1体。
     幸い、見た目は普通のゾンビで、先程戦ったモノと同じ強さなのは変わらない。
     速攻でゾンビを倒した優志とセレスは揃って安堵を洩らし、セーメは周囲を見渡す。
    「……僕達に、ついて来た、ゾンビは……この1体だけだね……」
    「うぅむ、深層で掃討していなかった場合を考えると、恐ろしいな」
     周囲の安全を確認したあと、黎嚇は仲間の怪我を見て回る。
     全員軽症でサーヴァント達も元気一杯! どの傷にも不自然な箇所はないようだ。
    「そういえば、ここ……山梨県の高校の、体育倉庫の中みたい……」
    「他の班も、班単位で別の場所に飛ばされたと考えて、良さそうですね」
     地図を広げ、現在位置を表示させていた水鳥の手元を、菖蒲がひょいと覗く。
    「今、朝の7時少し過ぎた頃だな、早くここを出た方がいいんじゃねーの?」
     腕時計に視線を落とした昴の提案に、否と言う者はなく。
     普通の高校の倉庫なら、部活の準備で出入りがあっても、おかしくない時間帯だ。
    「何はともあれ、報告優先ですね」
     倉庫の扉を開けた天嶺の瞳に、朝の明るい陽射しが射し込んで来る。
     眩い光を全身に受けて一陣の風と化した少年少女達は、貴重な情報を手に、武蔵野の学び舎へと駆け出した。
     ――そして、決戦が始まる。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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