富士の迷宮突入戦~追走の果て

    作者:長野聖夜

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    ●クロキバ、迷宮に立つ
    「皆、琵琶湖大橋と、田子の浦の戦い……お疲れ様。琵琶湖大橋の大勝利のことは勿論、田子の浦の件も聞いているけれど……アメリカンコンドルの合流を阻止できただけでも、十分、成果だと思う。……闇堕ちした皆がどうなったのかは、まだ分からないけれど」
     机に置かれた世界の正位置のタロットを横目にしながらの北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)の労いに、其々の表情で返す灼滅者達。
     安土城怪人と言う主柱を失った残党は、現在、本拠地でもあった琵琶湖北側の竹生島に立て籠っている。
     ――しかし……。
    「カリスマだった安土城怪人を失った今、離反者も増えている。正直今、何らかの組織だった行動を取るのは、無理だろう」
     安土城怪人に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に帰ってこなかったことや、中立でありながらも、その献身的な活動で支持されていた、『もっともいけないナース』が灼滅されたことも、組織の解体に弾みをつけている。
     現状のまま、その内自壊するだろう、と言う見方が大勢だった。
    「でも……」
     沈痛そうに俯く優希斗に小さく頷く灼滅者達。
     仕方ないこととは言え、軍艦島勢力の有力な者達が、セイメイと合流した。
     ――エクスブレインとは全く違う予知能力を持つ『うずめ様』。
     ――現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』。
     ――ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』。
     ――セイメイと同じく『王』の格を持つ、『緑の王アフリカンパンサー』。
    「彼女達の合流は、今までの失策を補って余りあるほどの力を、セイメイに与えるだろう。ただ……」
     そこで言葉を区切り、それまでずっと裏になっていたタロットに手を載せて、集まった灼滅者達を静かに見回す優希斗。
    「……今回の作戦は、『白の王』にとっても賭け、だったんだろうね」
     そのまま、ゆっくりとタロットを開く。
     開かれた其れは、運命の輪の正位置。
    「この作戦で、多くのダークネスを富士の迷宮へと招き入れたのは、白の王である彼に、致命的な隙を作った。そう……」

     ――クロキバに、迷宮の入り口を発見されるという、致命的な隙を。

    ●白の王の迷宮
    「現クロキバである、睡蓮先輩は、先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしている。でも、その直前になって、俺達武蔵坂学園に対して、この突入口の情報を連絡して来てくれたんだ」
     白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)のことを説明する優希斗の表情は、複雑そうだ。
     最も、彼が感じているその感情は、灼滅者の多くにとっても、共有しうるものであろうが。
    「でも……だからこそ、白の王セイメイだけじゃない。田子の浦の戦いで討ち取れなかった、軍艦島のダークネス達を討ち取る千載一遇の好機になる。……残念なことに、白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には、限りがあるんだけど」
     もし、それ以上の人数で攻めれば、迷宮はその入り口を封鎖する。
    「そして、この機を逃せば再度迷宮に足を踏み入れることは出来ない」
     つまり、本当にこれが、千載一遇のチャンスなのだ。
    「迷宮を突破し有力なダークネスを灼滅するのは難しいだろうけれど……でも、やってみる価値はある様に思える。調査次第では、白の王の秘密について何か知ることが出来るかも知れない」
     裏返しにされていた最後の一枚を表にする、優希斗。
     開示された其れは、可能性を意味する愚者の正位置。
    「だから……君達に決めて欲しい。この戦いで君達が、どんな結果を求め、そして、どんな策を取り、迷宮に突入するのかを」
     タロットから目を離し、1人、1人と目を合わせる優希斗に、灼滅者達は其々の表情で首肯する。
    「後、白の王の迷宮は、内部から迷宮を破壊しようとする相手を外に弾き出すという防衛機構があるらしい」 
     だから万が一の場合には、迷宮自体を攻撃する事で緊急脱出が可能だ。
    「ただし、この防衛機構によって、迷宮への破壊工作はほぼ不可能だ。それだけは、忘れないで」
     それが優希斗の忠告であり、今出来る、精一杯の助言だった。
    「今まで数多くの暗躍をしてきた白の王の喉下に牙を突きつけるこの作戦は、とても重要な作戦になるだろう。……ただ、迷宮からの脱出は難しくないけれど、敵拠点に攻め込むには戦力は少ない。成果をあげるには、目的を絞るのも重要だ。白の王さえ灼滅すれば、現クロキバの睡蓮先輩を救える可能性も見えて来るし」
     そこまで告げたところで、優希斗が口を閉ざし、灼滅者達を見回す。
     ――まるで、その姿を刻みつける様に。
    「今回の戦いは、田子の浦の戦いの雪辱戦にもなる。逃げられる状況でも、逃げずに覚悟を決めて挑む人もいるだろう。……絶対に帰って来て、とは言えない。ただ……」
     ――死なないで。
     祈る様な優希斗の見送りを背に受け、灼滅者達は、静かにその場を後にした。


    参加者
    高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)
    獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)
    ルナ・リード(夜に咲く花・d30075)
    柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)
    荒谷・耀(護剣銀風・d31795)

    ■リプレイ

    ●潜入
     ――白の王の迷宮
    「駄目ですね、繋がらない」
    「通信対策は万全みたいですね」
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)がハンドフォンで他班に連絡出来ないことに頷く、荒谷・耀(護剣銀風・d31795)。
     其れはアンデッド達との戦いを極力避けながら、音を立てずに隠密行動を取る中で判明した事実。
    「でも、逃げるわけにはいかないだろ」
     何処まで役立つかは分からないが、と思いつつマッピングを続ける白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)。
    「壁に迷宮破壊の意図を持って攻撃すると脱出できるんだっけ。案外、セイメイがあの晴明だとしたら、それも方位術を用いた仕掛けなのかも知れないっすね」
    「そうかも知れませんね」
     ミドガルドを操縦する獅子鳳・天摩(ゴーグルガンナー・d25098)に、常に周囲を警戒しているセレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)が首肯する。
     そんな時……。
    「皆さん。下の方から、水の匂いがします」
     柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)と共にミドガルドに隠れながら聴覚と嗅覚で水の匂いを追っていた高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)が、一時的に人に戻り声をかけた。
    「……では、もしや……」
    「はい。そちらにいるかも知れません。フォルネウスが」
     目を細めるルナ・リード(夜に咲く花・d30075)の問いかけに、妃那が頷く。
    「それなら、私達に出来ることは1つですね」
    「そうっす」
     飄々としている様に見えて、その実固い誓いを胸に秘める天摩の促しに、雄哉達はそのまま下へと入り組んだ迷宮を進んでいく。

    ●合流
    「ニャッ! ニャッ! (こっち、こっちよ!)」
    「了解っす」
     紫の毛並みに赤茶の瞳で、尻尾が長い玲奈猫の鳴き声に頷きつつ、天摩がミドガルドを操縦して地下へと向かう。
    「この辺りにはアンデッドは少ないようですね」
    「そうですね。けれど、何処までこれは……」
     耀の呟きに、セレスティが小さく頷いた時、細い道の終点だったのだろうか。
     水の匂いが、はっきりと感じ取れるくらい強くなっている。
     恐らく水場が近いのだろう。
    「にゃ~ん(少し様子を見て来ます)」
    「ニャッ、ニャッ(私も一緒に行くよ!)」
    「頼んだぜ」
     明日香の微笑みを背にミドガルドを下りて、先行する妃那猫と、玲奈猫。
     程なくして何人かが纏まって入っても苦労しない程の大きさの入り口らしき場所に辿り着き8人の男女が固まって先の様子を見ている姿を発見。
     僅かに息を詰める夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の姿を見て、警戒心を解くために妃那が猫変身を解き、玲奈が彼女達から見たら死角となる耀達の方へと視線を送った。
    「アンタらも、水の気配を辿って来たのか?」
    「あなた方もですか?」
     後ろを警戒していたのであろう治胡が口元を綻ばせているのに妃那が首を傾げて問いかけつつ彼女達の反対から、入り口の先を覗き見る。
    「この先の湖にフォルネウスがいる。4体の配下もな」
     斥候を担当していたのであろう、槌屋・透流(トールハンマー・d06177)が教えてくれるのに、陣形を整えつつ玲奈と共に来た耀が頷いた。
    「ありがとうございます」
    「礼を言われるまでもない。此方の狙いも同じだからな」
     透流の呟きに、セレスティが僅かに微笑を零す。
    「左と右に分かれ、まずは配下を灼滅した方がいいと思います」
     今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)の提案にセレスティが分かりました、と首肯した。
     その後は逃げられぬ様にフォルネウスを包囲。
     それで、十分。
    (「待っていてね、フォルネウス。あなたを、必ず灼滅して見せます」)
    「……ルナさん?」
     固く心に誓いを刻むルナにほんの少しだけ不安を覚えたか玲奈が話し掛けるが、ルナは大丈夫です、と微笑んだ。
    「そろそろ、ですね」
     セイメイと相対することが出来なかった悔しさを荒く首を振って掻き消しながら、雄哉が誰にともなく小さく呟き、耀が一瞬だけ、アイコンタクトを送る。
     そして17人と2台の総勢19名となる灼滅者の陣営が……フォルネウスとソロモンの悪魔に肉薄した。

    ●速攻
    『なんと、灼滅者とな?』
     僅かな動揺を感じ取れる、フォルネウスの声。
     だが、この人数なら手を下すまでもないと思ったか、傍に控えていた4体のソロモンの悪魔に命じ、自分は動こうとしない。
     ――これは……好機。
    「行きます!」
     左翼の鮫型の2体に向かって躊躇いなく走り、耀がおどろおどろしい気配を放つ鋏で一体の肉を抉る。
     舌切雀で語られる狂気を孕んだ怪奇達が、悪魔を内側から食らい始めた。
    「ガァァァァァ! 貴様ぁ!」
     怒りのままに口から吐き出した魔法の矢から、ミドガルドが耀を守る間に天摩が上空から、幾千の闇と戦場を打ち祓うとされる十握剣、建速守剣を振り下ろし強かな斬撃を与える。
    「そこです……!」
     天使の様に白翼を広げたセレスティが、腰に巻いた帯に命じて悪魔を射抜く。
    「その余裕、ぶった斬る!」
    「急いでいますから」
     怒号を上げた明日香がクルースニクに纏われた緋色の刃で傷を負う悪魔を逆袈裟に斬り裂き、妃那が魔力を籠めた指輪を翻し、石化の呪詛を撃ち出す。
     石化に顔を歪める悪魔を雄哉が素早く拳を鋼鉄化させ一撃。
     砕かれ、よろける悪魔に、玲奈が捻りを加えた螺旋の如き一撃でその傷を深々と刺し貫いた。
    「クッ……貴様ら、やってくれたな!」
     復讐とばかりに後衛の悪魔が氷の礫を吐き出そうとするが、其れよりも早くルナの射出した帯がその口を締め上げる。
    「貴方方に、時間を掛けてはいられません」
     そのまま傷だらけの悪魔に接近して、フォースブレイク。
    「おのれ、おのれぇい!」
     爆発に呑まれ焼け焦げた悪魔が、恨みの声を上げながら、諦めることなく口から氷の吐息を吐き出した。

    ●海将
     陣形、気合、そして力も十分。通常よりも攻撃を重視したその布陣は、少しでも早く敵を倒しフォルネウスを包囲したいこの状況では良手。
     ただ、相手もまた、フォルネウスに護衛を任されていたソロモンの悪魔。
     故に、全員が消耗する。
    (「すまないっす、ミドガルド……!」)
     消耗を少しでも減らす為、仲間達を守らせ続けていた傷だらけの愛機に心の裡で謝罪しながら、天摩は悪魔の紋を刻み込んだ3連の銃口を持つロングバレル銃に影を纏わせた強烈な一撃を、まだ生きているソロモンの悪魔に叩きつけた。
    「グ……ゴガァ……!」
     苦しげに呻きながら、悪魔が光の矢を撃ち出し雄哉を狙うが、その前にミドガルドが立ちはだかり、その攻撃を受けて消滅。
     其の間に雄哉が上空に飛び上り、手刀で悪魔を斬り裂く。
     よろける悪魔の隙を見逃さず、妃那の放った兎型の影がガブリと悪魔の肩を齧り取った。
    「そこね!」
    「行きます!」
     玲奈から射出されたダイダロスベルトに締め上げられた悪魔の至近距離に耀が愛靴で踊る様に飛び込み炎を帯びた回し蹴りを叩きつける。
     焔に焼かれる悪魔に明日香が愛槍バルドルを捩じり込むように脚部に突き刺しその身を縫い止める。
    「グ……グガァ……?!」 
     ルナの歌により紡ぎ出された魔法の矢に射貫かれ瀕死の悪魔にセレスティが接近し、蒼月と『白の魔女』に祝福を受けたとされる白銀の月杖、フィアーネに籠められた魔力を暴発させる。
     その爆発に飲み込まれ、消滅していく悪魔。
     ほぼ同時に、反対側でも最後の悪魔が消滅した。
    (「今です!」)
     一瞬のアイコンタクトをセレスティが送ると、森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)がそれに応じる。口元が囲むぞ、と動いているのを目の端に捕らえ、耀達と左翼からフォルネウスを包囲。
     瞬く間に組み上げられた包囲網に、目を瞠るフォルネウス。
    『吾輩の部下がこうもしてやられるとは……!』
     呻きながら、構えた槍を鋭く突き出す。
     それは、配下に止めを刺し、包囲網を完成させた最大の功労者である彼女を貫いていた。
    「くっ……!」
     胸を貫かれ耐え難い痛みを感じるが、躊躇うことなく、妖の槍に捻りを加えて、戦乙女の如き槍捌きでフォルネウスの触手を断ち切るセレスティ。
    (「大事にしたいことがありますから……!」)
     想いと共に、強引に傷を修復しながら。
    「セレスティ先輩!」
     声を上げつつ一気に肉薄し、炎を纏った蹴りを叩きつける耀。
    「無理はしちゃ駄目よ!」
     玲奈の天摩を癒しながらの心配に、セレスティは気丈に微笑んだ。
    「大丈夫ですから」
     だが、言葉とは裏腹に、彼女の動きに鈍りが見えているのに気が付くルナ。
    (「そもそも、セレスティ様の実力なら……」)
     あの一撃に凌駕せずとも耐えきれたはずだ。
     つまりそれが意味するのは……。
    「あの時より強くなっておりますのね……! 皆様、お気を付けください!」
     右翼の班にも聞こえる様祈りながら、帯を射出してフォルネウスの動きを絡め取る。
    「行くぜ、フォルネウス!」 
     ルナの声に頷きつつ、明日香が素早くバルドルの先端から、周囲の水を凍りつかせんばかりの勢いで弾丸を撃ち出し、彼の触手を凍り付かせた。
     其の間に、雄哉が自らの意識をより戦闘的に高めていく。
    「アンタいい感じの名前つけてくれる悪魔なんっしょ? ちょっとつけてみてよ渾名」
     からかう様に天摩が下段から、建速守剣で防護の触手を断つ。
     すかさず妃那が兎型の影を再び呼び出し、地を這わせると、一瞬で駆けよった兎の影がフォルネウスの左腕を締め上げていく。
    『やりおるな、灼滅者。あの時の戯れの続きと言いたいところであるが。セイメイの迷宮ゆえ、彼奴に余分な借りなどしたくはないのでな』
     影に左腕を縛られながらも、余裕を見せつつ周囲の水に唸りを上げさせるフォルネウス。
    「これは……メイルストロウムっすか?!」
     荒く、激しく、そして凍てつく冷気を含んだ海流から玲奈を守る、天摩。
     耀も素早く斜線に割込み明日香を庇っている。
     雄哉とルナが飲み込まれるものの……誰一人倒れることなく立っていた。
    「……やはり、まだ回復しきっておらぬか……」
     小さく呻くフォルネウスの姿に、まだ、召喚酔いが完治していないのだと悟る明日香達。
     ――ならばやるべきことは、一つ。
    「私を覚えていらっしゃらないかも知れませんが……今度は、逃がしません……フォルネウス」
     ルナの決意の籠められた呟きが、耀達の耳に強く残った。

    ●死闘
    「一気に片をつけてやる!」
     気合のこもった声を上げながら、明日香が死角から黒死斬。
     クルースニクで手薄なフォルネウスの足を深々と斬り裂く明日香に続けて、妃那が周囲の氷柱を刃に変じさせて攻撃。
     斬り刻まれ僅かによろける彼に休む暇を与えぬために、天摩が接近しながら建速守剣を非物質化させて強烈な斬撃を加え、あまり長時間立っていられないと判断した雄哉が手刀で彼の触手を貫いた。
     玲奈が祖父から譲り受けた漆黒の刀怨京鬼から、その名前とは裏腹の暖かく優しい風を吹かせ、雄哉達を癒していく。
     回復を玲奈に任せたルナが、怪談蝋燭に炎を灯らせてその身を焼き、続けて耀が天叢雲剣のレプリカである大剣で追撃しセレスティが月杖フィアーネに籠めた魔力を爆発させる。
     立て続けに攻撃を受けたフォルネウスが、荒れ狂う波の如き勢いで槍を振るった。
     咄嗟にセレスティを庇い、その身を貫かれる耀。
     カハッ、と血を吐きつつも、養父アラヤの遺してくれた欠片を力に変えて、自らの体を癒す。
    「やらせませんから……!」
    「耀ちゃん!」
     玲奈が優しく温かい光で耀を癒すが溢れる血が止まりきらない。
    「……流石に大悪魔だけはあるっすね……!」
     黒い灰と煙を魔力に変え自分の傷を癒す天摩だったが、海流に飲み込まれて削り取られた体力は容易に回復しきらない。
     不意に、水が再びフォルネウスの周囲で唸りはじめる。
    「やらせません……!」
     洪水のような勢いで放たれた海流がルナ達を飲み込み、押し潰そうとする。
     玲奈を庇った耀がその波の奔流に飲み込まれ、『死』を意識するが……。
    (「死にたくなんかありませんから……!」)
     大切な人を守る為、そしてセイメイ一派を放置せぬために堕ちるのは躊躇わない。
     でも、最後まで『耀』として足掻かなければ、それを受け入れられる筈もない。
     ――だから……。
    「ハァァァァァッ!」
     暗転しかける意識を保ち舌切雀で強引に洪水を突き抜け、その勢いのままにフォルネウスを貫く。
     同じく激流に飲まれ錐揉みされなる雄哉が一つの事実に気が付いた。
    (「見誤ったか……!」)
     もしも、誰かが後一撃で有力敵に倒されそうになれば闇堕ちを躊躇わないつもりだった。
     けれども、自らの意志を力に変えて、『死』を齎す破壊を乗り越える者達もいるのに……何時、誰が後一撃でやられるなんて、分かる筈もない。
    「くそっ……!」
     ――雄哉が洪水を抜け、フォルネウスの死角に飛び込みその拳を硬質化させて、強烈な正拳突きを放ち、防御用の触手を破壊し、急所を晒させるが。
     ――けれど、そこまで。
     その場に頽れる雄哉。
     フォルネウスが右翼の灼滅者達を牽制しつつ、触手で雄哉に止めを刺そうとするも。
    「私の手に届く範囲で殺させたりしませんから……!」
     セレスティが、雄哉の作った傷に向けて捩じり込むように槍を突き出し、その動きを牽制。
     琵琶湖の激戦を共に潜り抜けた雄哉が切り開いてくれた道を逃すほど甘くはない。
    「あいつの分だ……受け取れ!」
     明日香が不死の者にさえ死を齎すとされるバルドルで急所を貫き傷だらけの天摩が更に追撃。
    「貴方に、私達の命を取らせはしません……フォルネウス!」
     洪水を自らの魂を凌駕させて凌いだルナが月光の如き美しさの矢でその身を貫き、妃那が兎型の影で防御用の触手を縛り、断ち切る。
     影の戒めを解き槍を我武者羅に振り回すフォルネウス。
    「荒谷っち!」
     大振りのその一撃に天摩が耀の壁となり、槍で体を打ちのめされるが。
    (「荒谷っちは……たとえ俺がどうなろうとも守るっす……!」)
     残された力を振り絞って倒れることなく踏み止まり、神霊剣で斬撃を加える。
     ――だが、フォルネウスの命には……届かない。

    ●決着
    「ウオオオオッ!」
     疲労を怒声で振り払い、斬撃を繰り出す明日香。
     とうに限界に来ているが、諦めるつもりはない。
     右翼からの苛烈な攻撃もあり全身から体液をぶちまけながらも周囲の水を唸らせるフォルネウス。
    「白石っち!」
     悲痛とも取れる天摩の声に、事情に気が付いた明日香が臍を噛む。
    「! くっ……しまった……!」
     今、明日香がいる場所。
     そこは……メイルストロウムの中心点。
     荒れ狂う海流の渦がその場にいる灼滅者達を飲み込み、天摩がルナを、耀が玲奈を守るが、海流の中心にいた明日香は怒涛の勢いに押し流され壁に叩きつけられ意識を失う。
    「くっ……よくも!」
     唇を噛み締めたセレスティが螺穿槍でフォルネウスを貫き、ルナがそれに追随する。
     玲奈もこれ以上の回復は無意味と判断、妃那と共にジャッジメントレイで畳みかける。
     更に耀が天摩と共に立て続けに攻撃を仕掛けるが……。
    「荒谷っち!」
     フォルネウスの槍による薙ぎ払いから天摩が耀をその背に庇い膝をつき、その場に倒れた。
    「天摩先輩……!」
     頭を振りながら耀が蒐執鋏。
    「絶対に、諦めませんから……!」
     連携して月杖フィアーネに籠めた魔力を爆発させるセレスティ。
     ――だが……。
     けたたましい程の足音が、自分達がやってきた通路の方から聞こえた。
    「! 気付かれましたか……!」
     妃那が思わず舌打ちを一つ。
     何時か気付かれるかも、とは思っていたが……予想よりも、明らかに早い。
    「……参ったわね、これ……!」
     玲奈が状況を理解し、思わず唇を噛み締める。
     ――囮が、足りなかったのね……!
     決死の囮をしていた3班のことを疑う者はいないだろう。
     だが、佃戸の浦で闇堕ちした者達をうずめが連れて行けと言っていたと言う話もある。
     もし、うずめによって連れていかれ、戦力として数えられている闇堕ち灼滅者がいれば……囮部隊に限界が来るのは、恐らく早い。
     彼女達の懸念を裏付ける様に、入口から大量のアンデッドがわらわらと溢れだす。
     唸りながら彼ら二班を分断するようになだれ込んでくる彼等の姿に、妃那の背筋に冷たいものが走った。
    『……吾輩をここまで追い詰めるか灼滅者』
     ふと、呟くフォルネウス。
     そこにあるのは、自慢の触手の大半を潰され、確実に追い詰められている憤り。
     しかし何処か歓喜も滲ませているのは、大悪魔として海の頂きを知るものにさえ自分達は負けぬ、と言う気概を感じているからだろうか。
     幾重もの水竜巻が噴き上がるかのように、メイルストロウムの荒波が耀達を飲みこんだ。
     力の限りそれに抗うが、既に凌駕もしている彼女達が耐えきれる筈もない。
    「ごめん……なさい……」
    「皆さん……すみません……」
     水竜巻に巻き込まれぬ様、倒れている天摩を庇った耀が倒れ、セレスティも力尽きた。
    「耀ちゃん!」
    「セレスティ様!」
    「皆さん、撤退を! このままでは逃げられなくなります!」
     声を上げる玲奈とルナに、妃那が何かを決した表情で合図を出す。
     このまま腐乱の海に飲み込まれれば、本当の意味で逃げ場を失う。
     彼女達が逃げることを予想し、自分の勝利を確信するフォルネウス。
     ――だが。
    「……此処で逃すだけでなく、皆様を失うのであれば……私は、貴女にこの身を委ねます……!」
    「! ルナさん! 駄目……!」
     何かを振り切ったルナの呟きに、玲奈が思わず制止の声を上げたその時。 
     漆黒のプリンセスドレスに身を纏ったルナが一瞬で水上を駆け抜け魔力を暴発させ、フォルネウスを破砕した。
    「まさか、我輩が灼滅されるとは……。やむを得まい、お前に我が槍の魔力を与えよう、我輩に代わり世界の海を頼む……」
     消え逝く彼の呟きに、一瞬眉をしかめるルナ。
    「槍の魔力……?」
     程なくして。
     ルナは手にした杖に膨大な力が流れ込んでくる感覚を覚え、そのまま喘ぎ苦しみ息をつき、冷や汗を垂らしながら膝をつきそうになる。
    「ルナさん!」
     思わず玲奈が声をかけ其方に向かおうとするが、ルナは苦しみながら玲奈達を振り向き、そして……。
     ――皆様、お逃げください。私も、逃げますから。
     まるで、慈母の様に、微笑んだ。
    「ルナさん……!」
     玲奈がそれでも近寄ろうとするがゾンビやスケルトンの軍団の壁が無慈悲な一撃を繰り出そうとしている。
    「行きますよ!」
     斬り裂かれつつも反撃でゾンビを灼滅した妃那の焦りを交えた叫び。
    「……御免……ルナさん……!」
     焼け焦げる様な胸の痛みを感じつつ玲奈がダイダロスベルトで耀達を捕まえ……光の矢を近くの壁に叩き込み姿を消す。
     その姿を見届けたのかどうかは定かではないが……不意に『彼女』がふわりと宙に浮かび、それから陽炎の様に姿を消した。

    ●追走の果てに
     転移した先は、高校だった。
     だが、その場に『彼女』はいない。
     息苦しい空気を漂わせながら、玲奈と妃那が、傷だらけの5人の手当てを淡々と行い、意識を取り戻させる。
     目を覚ました耀が、暗い表情をする玲奈にそっと尋ねた。
     ――その瞳に白い滴を滲ませつつ。
    「……玲奈さん……ルナ、先輩は……?」
    「……」
     玲奈はただ、顔を俯けるばかりだ。
     ――あの時。
     誰も堕ちないで帰れるように頑張ろう、と話していたのに。
     雄哉が圧し掛かるような悔しさに胸を浸しながら静かに拳を握りしめた。
    「リードっちは、フォルネウスを灼滅出来たっす。それはリードっちの望みだったっす」
    「ですが……」
     無意味と何処かで理解しながらも、天摩が慰め、セレスティが静かに目を閉じ、軽く頭を振った。
    「……くっそぉぉぉぉ!」
     伏見と琵琶湖の激戦を共に潜り抜けた明日香が胸元の逆十字のペンダントをきつく握りしめ、天を仰いだ。

    作者:長野聖夜 重傷:セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444) 獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098) 荒谷・耀(一耀・d31795) 
    死亡:なし
    闇堕ち:ルナ・リード(朧月の眠り姫・d30075) 
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 12
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