富士の迷宮突入戦～越えたその先に

■リプレイ

　薄明が、じきに訪れる朝日を導くために空を照らす。
　まだ春来たらぬ冷たい空気が、張り詰めた表情の灼滅者たちの頬を撫でる。
　富士裾野に広がる樹海の中、隠された風穴の入り口から中に入り進むと、『氷柱』があった。
　その先が『セイメイの富士の迷宮』につながる入り口だ。
　風穴の壁がチラチラと二重写しになっているように見える。ここだ――そう、灼滅者たちは理解した。
　体当たりするように踏み入れ、淡く輝くその先を見て、確信へと変わる。
　目が慣れてくれば行動に支障は出ないだろう。
　視界不良だった場合のために用意した暗視ゴーグルや照明は不要だと判断し邪魔にならないようにしておく中、
「ん……」
　先に突入した灼滅者たちと連絡を取ろうとし、通信機に触れていた暴雨・サズヤ（逢魔時・d03349）がかすかに眉をひそめた。
「どうした？」
「……通じない」
　予備にと用意した無線機や携帯電話でも確かめるが、やはり望んだ結果は得られない。
　それならばと一宮・閃（鮮血の戦姫・d16015）とセラフィーナ・ドールハウス（人形師・d25752）がハンドフォンで連絡を試みたが結果は同じだった。
　そればかりに重きを置いているわけではないが、方針の一端に置いていたものが欠けてしまうことは、少なからず灼滅者たちの心に影を落とした。
「ま、気にしても仕方ないさ」
　野帳と筆記具を取り出し澤村・民子（ストロークス・d03829）が不穏を振り払う。
　そもそもここは自然の洞窟ではないのだ。通じる可能性もあれば、通じない可能性も当然あった。
　それに、他人頼りで作戦を立ててきたわけではない。少し予定が狂っただけだ。やりようはいくらでもある。
「セイメイにはいい加減ご退場願おう」
　背中を押す彼女の言葉に、富士川・見桜（響き渡る声・d31550）はぐっと拳を握った。
「（私は難しいことはわからないからみんなを無事に帰らせるために命を賭けよう）」
　もちろん、みんなの中には自分も含まれている。
「きっと厳しい戦いになると思うけど、絶対に諦めないよ！」
　激励にロジオン・ジュラフスキー（ヘタレライオン・d24010）が静かに頷き、閃も彼の毒舌系オネエのビハインド・麗子と視線を交わした。
「ええ……セイメイ勢力、強大になりましたが詰めを誤ったようですね。新たな黒牙もお出でですし、きっちり成果を挙げて帰りましょう」
「そうじゃな。セイメイたちの野望を潰す大事な任務じゃ。他班のためにも気合入れて囮やるぞ！」
　気合を入れる仲間たちに、アイナー・フライハイト（フェルシュング・d08384）は友人でもあるサズヤを見た。
「……少しでも、他班の助けになれるよう。俺達が出来る事をやろう」
「ああ」
　頷く彼に、頷いて返す。
　大盾と馬上槍を持ち西洋甲冑を纏うビハインド・聖堂騎士を従え、セラフィーナは手にする人形を撫でた。
　オリヴィエ・オーギュスト（従騎士・d20011）は、淡く輝くがその先を見せない通路へと視線を投じ、星形のポップチョコレートに触れた。
　暗がりで敵とって言うのはやっぱり苦手だ。ただ訳も判らず家から逃がされたあの夜を思い出すから。
「（……でも、あの子から貰ったチョコを口に含むと、ほっとして平気になれる）」
　あの子は僕を騎士様って呼んでくれた……なら。
　通路のその先、この迷宮の奥にいるであろう男を睨みつける。
「……闇なんかに……お前達なんかに負けないぞ！」
　セイメイ、待ってろ！　お前の業、きっと暴いてやるからな！

　足音を殺し迷宮内を進む。
　白の王セイメイ撃破を目指し上層へと向かう他のチームは先行している。まだ敵に、灼滅者が侵入したことは察知されていないだろう。
　だが気付かれるのも時間の問題だ。それに、有力なダークネスだけでなくあちらこちらにアンデッドがいるのだ。
　彼らが囮となってアンデッドの注意を引きつけることで、他のチームの負担が軽減されるだろう。
「！」
　見桜が手で制止を告げる。
　さっと示したハンドサインは『敵あり』。示された数に灼滅者たちは視線を交わし、音を立てないように得物を構えた。
　アンデッドの姿を確かめオリヴィエが敵に向けて声を立てると、こちらに気付いたようで向かって来る。
　可能であれば足音静かに物陰や別通路に潜んで敵をやり過ごし背後から奇襲をしたかったが、灼滅者たちと同じように複数体でまとまって行動する敵を振りきることはできても、他のグループも引きつける可能性があった。
　ならば早く殲滅し各個撃破していくことが好手と言え得た。
　ぎぢりと軋ませ腕を振りかざすアンデッドに、蒼風と化したサズヤが急襲する。鋭い連撃にその身が激しく打たれ、嫌悪感を催す不快な音がした。
　姿勢を崩したのを見逃さずアイナーの振るったロケットハンマーが大地を穿った。その衝撃は波動となりアンデッドへと襲い掛かる。
　づぁんっ！！　衝撃波がアンデッドを薙ぎ払い数体の足元を掬う。
　セラフィーナが糸状に縒り上げた結界で敵を絡め取り、聖碑文の詠唱と共にオリヴィエの放った灼罪の光に薙ぎ払われたアンデッドが膝を突きくずおれた。
　屍体を顧みもせず不吉な奇声を発し、アンデッドは灼滅者たちを狙う。
「勇者に宿れ！」
　厳粛な言葉と共にロジオンの癒しが仲間の集中を高める。
　力強く地を蹴りながら巨大な刃を作り出し見桜の奔らせた一閃は、しかしアンデッドを断つには至らない。
　踏み込んだ一瞬の隙を突き不浄の攻撃が彼女へと繰り出される。
「騎士！」
　決して激しくはないセラフィーナの声に重厚な姿を滑り込ませ聖堂騎士がその身で攻撃を受けとめた。
　勢いをつけアンデッドをぐっと突き放し、その手に持つ馬上槍で一気に斬り捨てる。
「これでも食らうがよいわ！」
　麗子が霊撃で攻撃を阻止したところへ長い髪をドレスの裾のように翻し、閃の後ろ回し蹴りがアンデッドに命中し打ち倒す。
　癒しを与えながら民子は仲間たちの様子を確かめ、敵の強さをはかる。
　このアンデッドはさほど強くない。油断せず戦えば苦戦しないで倒せ、戦い続けられるだろう。
　一戦一戦を、戦闘態勢を整えて行えれば。
「（1秒でも時間を稼ぐ。その為に来たんだよ！）」
　心の中で強く告げ、ふっと息を吐く。
「今、がんばれば他の班のみんなを楽に出来る」
　頬を拭って見桜が言い、
「さあ、まだまだ気合い入れていくよ」
　ぐっと拳を握っての鼓舞に、仲間たちは頷いて応えた。
　気を緩める間もなく灼滅者たちはアンデッドを迎撃し、囮としての役割を果たそうと努める。
　通信機器が使えず情報の連携はできないため、とにかくその場で敵をたくさん引きつけて戦うこととしたのだ。
　こちらに敵が寄って来れば、その分他のチームが動きやすいはずだ。そう判断して。
「夜空を焦がせ！」
　ロジオンが魔導書の面に触れ詠唱すると禁呪が紡がれ、アンデッドを飲み込み爆破する。
　修道服を翻してセラフィーナが幾筋もの糸を操り捕らえたアンデッドは、見桜の放ったリングスラッシャーにその身を穿たれた。
　手にする交通標識を黄に変え、民子の癒しが仲間を護る。
　ダイダロスベルトの波をうねらせ刃と化し、オリヴィエの鋭い攻撃がアンデッドを切り刻む。
　膝を突くのを押しのけるように後続のアンデッドが飛び掛かり、一瞬の判断が遅れたサズヤにぞぶりと裂傷を与えた。
　アイナーはぎゅっと掴んだ天星弓を高く向け、放った矢は数多となりアンデッドの頭上へと降り注いだ。
「大丈夫か」
「ん……問題ない」
　閃から治癒を受けながらこくりと頷き、紫の瞳をアンデッドへと向けた。
　囲まれるのは、想定内。目の前の敵を全て倒して、道を作る。
　襲いかかるアンデッドを避けようともせず、バベルブレイカーに渾身の力を込めて杭をその足元へ撃ち込んだ！
「此処から先は、通さない」
　激しい衝撃にどう、と倒れる敵の向こうにも、こちらを恐れることなく害さんと殺気を放つアンデッド。
　だが、彼らが他の班と遭遇することはなく、ひたすらに戦闘が続く。
　どれだけの時間が経ったか、何時間も経ったようにも思え、さして時間が経っていないようにも思えるほどの時間。
　次第に灼滅者たちは押され始め、敵数が多く不利と判断したアイナーはサウンドシャッターを展開しようとするが、既にその段階を超えていた。
「これ以上は危険です。撤退しましょう」
　アンデッドを魔法の矢で射抜きながら告げるロジオンの進言に、灼滅者たちは臍を噛む思いだった。
　少しでも多く敵を引きつけ殲滅し、少しでも有力なダークネスを倒す助けとするために戦ってきた。
　しかし彼らの前にはまだ多くのアンデッドがいる。このまま相手をし続けるのが困難であることは誰もが気付いていた。
　そう、囮はとても重要な役割だった。だが、それを務める班が少なすぎたのだ。
「悔しいが……仕方ない、のっ！」
　少女の如く可憐な顔に苦渋を浮かべて、閃は身長ほどもある巨大な斧をその細い腕で振るい、悔しさごと強烈な一撃を叩きつけた。
　八つ当たり気味の攻撃を食らったアンデッドは原形をとどめていない。
「それじゃあ、」
　撤退しよう、と民子が口にしかけたその時、づわと風が渦巻く。
　迷宮内を照らす輝きとは明らかに違う、蒼き稲妻を纏った黒竜が彼らの前に現れた。
　天を翔る大きな翼と鋭い爪、槍の様に長く鋭い尾を持ったその姿は、見るものに畏怖を抱かせそうな巨大な竜。
「あれは……」
　竜、ではない。黒竜の姿を取るシャドウだ。
　破壊衝動が形を取ったかの如きダークネスは、自信に満ちた尊大な口ぶりで灼滅者を睨む。
「灼滅者がこんなところまで入り込むとはな。歓迎するぞ」
　決して友好的な意味ではないのは、隠そうともしない破壊衝動から容易に察せられた。
　その身体のどこかで雷光とは違う煌めきがかすかに見え、灼滅者たちはハッと気付く。
　あれは、いや、彼は田子の浦の戦いで闇堕ちした――東雲・悠（蒼電竜・d10024）。
　巨大な黒竜の姿が彼のダークネスとしての姿なのだろう。だが、なぜ彼がここに？
「まさか……」
　彼はセイメイの元にいたのだろうか。
　或いは、彼以外にも闇堕ちした灼滅者がそこにいたら？
　しかしそれを確かめる術は、今ここにいる灼滅者たちにはなかった。問答する余裕すら彼らには与えられていない。
「……ッ」
　訊きたいことは山ほどある。言いたいこともたくさんある。だが今は、退くしかない。
　ガッ！
　魔法の弾丸が迷宮の壁を穿つ。
　灼滅者たちが最後に見たのは、ばさりと翼を広げた黒竜だった。

　目の前の景色に、一瞬ここがどこなのかと錯覚する。
　武蔵坂学園。違う、確かに学校の校舎だが彼らの学び舎ではない。ダークネスにより作り出された特集空間でもないようだ。
「ここは……学校、だね。どこだろう」
　窓から外を確かめ、オリヴィエはふと目に入った時計に気付く。
　まだ7時前だ。迷宮に突入したのが6時頃だから……彼らが戦っていたのは、時間にして20分ほどだった。
　ここが廃校で時計が止まっているわけではないことを自分たちの時計で確認し、ついでに携帯電話の地図機能で位置を確認した。
「そんなに経って、いなかったんだな」
「ん」
　ふっと息を吐いてアイナーが言うと、こっくり頷くサズヤ。
「セイメイはどうなったのでしょうか。他の班の人は……？」
　ロジオンが口にした疑問に、交換しておいた連絡先と通信を試みる。
　迷宮の外に出たからか通じたが、それでもいくつかの班とは連絡が取れない。恐らくまだ迷宮内で戦闘しているのだろう。
　閃と共に仲間を癒しながらそっと民子が溜息をつく。
「結局連絡もできなかったし、他の人にも会えなかったな」
　彼女が道中で記していたのは器用な彼女らしく丁寧で分かりやすい地図だったのだが、残念ながら出番はなかった。
　同行していた仲間が見ても、ああここは確かにこうだったとすぐに思い出せるくらいに。
　うー、と唸る民子にセラフィーナが微笑んだ。
「澤村様。ですが、そのように孤立した状態で私たちは戦い抜きました。それに、」
　どう言うべきか一瞬ためらい、
「……東雲様を引きつけることもできました。きっと、それは充分皆様のお役に立ったでしょう」
　セイメイ自身が強大なダークネスだ。そしてそこに闇堕ちした灼滅者が加担すれば、撃破できるかどうかも怪しいだろう。
　悠の他にも闇堕ちした灼滅者がいたかもしれない。いや、いただろう。
　囮役としてアンデッド以外にも引きつけられたのは大成功と言ってもよい。
「もう少し待ってから、もう一度連絡してみようかの。戦いが終わっているかもしれぬ」
　麗子に丁寧に髪をブラッシングされながら言う閃に、それもそうだと思い直す。
　きっといい結果を聞くことができるだろう。
　からからと窓を開け、見桜は早朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
「外って、明るいね」
　朝の陽射しに目を細めて微笑む。
　まやかしではない輝きは、灼滅者たちを優しく照らしていた。

作者：鈴木リョウジ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年3月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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