富士の迷宮突入戦~隠匿のラビリンス

    作者:菖蒲

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     

    「琵琶湖大橋の戦い、お疲れ様なの。武蔵坂と天海大僧正側の大勝利なのね。
     安土城怪人勢力の残党は本拠地の竹生島に立て篭もりしてるけど、カリスマの安土城怪人が居なくなったから離反した人も多いみたい」
     それに加え、実力者のグレイズモンキーが拠点に戻って来なかったことやもっともいけないナースが灼滅された事により組織として瓦解するのは間違いないと思われる。
     情報を口にして、表情を曇らせた不破・真鶴(中学生エクスブレイン・dn0213)は不安げに視線を揺れ動かす。軍艦島勢力は対象的な結果に終わった。白の王勢力に合流し、彼の派閥は大幅な戦力強化をしたのだ。
    「マナとは違う予知者の『うずめ様』に、『ザ・グレート定礎』、『海将フォルネウス』、生命と同じ王の格を持ってる『緑の王アフリカンパンサー』……とっても、とっても、危険なの。
     でもね、多くのダークネスを『富士の迷宮』に招き入れたのは白の王に致命的な隙を作ってるの」
     富士の樹海で探索を進めていた『クロキバ』白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)が、迷宮の入り口を発見。彼女は先代の意志を告ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしているのだ。同時に、この突入口を武蔵坂学園へと知らせてくれた。
    「意趣返し……ではないかもなのだけど、セイメイは勿論、田子の浦では討ち取れなかった軍艦島ダークネスを打ち取りましょう。これは、えっと、正に千載一遇なの!」
     残念なのは白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあるという情報。
     全軍で攻め居る事が出来ないが、この機を逃せば再侵攻が不可能になる以上、挑戦する意義はある。
     危険なのは重々承知だと真鶴は重く告げる。迷宮を突破し有力なダークネスを全員灼滅するのは難しい。
     しかし――やらねば『何も結果は得られない』
    「……皆には苦労をかけるけど、どういった結果を求めるかを相談して作戦をまとめて欲しいの。
     あと、緊急脱出の方法があってね、内部から迷宮を破壊しようとすると外に弾きだされる防衛機構があるから、危機の時は迷宮自体を攻撃して欲しいの。
     でもこの防衛機構があるから迷宮を壊す事は出来ないから……注意してね」
     暗躍を続けてきた白の王の喉下に牙を突き付ける今回の作戦は非常に重要な作戦となる。
     迷宮からの脱出は難しくないが、反面、敵拠点に攻め込める戦力が多くない。
    「戦果を上げるには目的を絞る事が必要かもしれないの。白の王セイメイを灼滅出来れば、クロキバになった白鐘さんを闇堕ちから救うこともできるだろうし……」
     真鶴は不安げに視線をあちらこちらとする。これは、意趣返しや雪辱戦も兼ねている。
     ――無事を願うのは第一だ。だからこそ、エクスブレインは不安げに言う。
    「……頑張って。それから、無事のお帰りをお待ちしてるの」


    参加者
    森田・依子(深緋・d02777)
    椎葉・花色(グッデイトゥダイ・d03099)
    雨積・舞依(こつぶっこ・d06186)
    土岐・佐那子(朱の夜鴉・d13371)
    廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    凪野・悠夜(闇夜に隠れた朧月・d29283)
    木津・実季(狩狼・d31826)

    ■リプレイ


     静謐溢るる富士の裾野は生い茂る草木の所為か鬱蒼としていた。何処からか聞こえる水音さえも、清廉された空気をより澄ませるかの如く存在感を発揮する。指先の向こう側――迷宮の入り口がある事を確かめて、胸一杯に朝の空気を吸い込んだ木津・実季(狩狼・d31826)は翠玉の瞳できょろりと仲間達を見回した。
    「ここが白野郎の迷宮ですか……」
    「随分な所に居を構えたのね」
     ロケーションとしては自然いっぱい、最適。冗句めかして告げた雨積・舞依(こつぶっこ・d06186)の表情は動かない。唯一、眉根が顰められた事だけが印象的だろうか。闇色のレースに包まれたほっそりとした指先が迷い動いて難しい顔をした『同僚』の袖を引く。
    「無理はしないでね」
     目深にかぶった帽子で常の退屈げな貌は見られない。プラチナブロンドが頬に触れ廣羽・杏理(ソリテュードナルキス・d16834)は静かに「善処するよ」と囁いた。
     舞依の纏う衣装――貴方の為に、というのは成程絶対神(おにいさま)の事を差すのかもしれない――を用意した椎葉・花色(グッデイトゥダイ・d03099)は所属するクラブ『駅番』の仲間達を見回して唇に笑みを乗せる。
    「大丈夫ですよ。ゲテモノ喰いは慣れっこでしょう」
     へらりと笑う花色はきつめに締めたゴーグルを装着し、母譲りの青い眸に『ケダモノ』を乗せる。恐れを恐れるが故、それを嫌う。迷宮に足を踏み入れることは、恐れる事と同意義だ。恐れるだけでは進まぬと矜持を胸に抱き、彼女はゆっくりと後方へと下がった。
     蔓花を模した守護の杭をしかと見つめ、愛しい緑を眸に湛えた森田・依子(深緋・d02777)が「いきましょう」と仲間達へと確かめる様に囁く。
     攻めの一手を選び取ることが出来たのは僥倖だ。敵陣に潜りこむのは何が起こるか分からない。故に、備えは十分に整えた。依子にとって、長期間にわたって暗躍し続けた『白の王』を討つ事が出来る機は千載一遇とも言えるのだろう。
     だからこそ、彼女等の目的はセイメイを討つ――
     強大な敵だと言うのは理解している。表舞台に引き摺り出せないならば自らが『彼の公演』で演じてみせるかの如く。
     薄淡く輝く壁に反射する鈍色の切れ味を確かめる様にじゃきんと大きな音を立てた凪野・悠夜(闇夜に隠れた朧月・d29283)が血色の瞳でゆっくりと前を見遣る。
     ブレる空間に、決めた隊列。何処から敵が迫ってこようとも対応できる様にと議論を重ねた結果を胸に乗せ――来る、と彼の唇が言葉を乗せた。
     足を踏み入れ、走り出す。射干玉の髪を揺らし、愛刀を手に前線へと躍り出た土岐・佐那子(朱の夜鴉・d13371)の前へとアンデッドが姿を顕した。気怠けに身体を揺すり灼滅者を獲物と認識したそれらが両の腕を振り上げる。
    「酷い歓迎だ」
    「全くです」
     傍らの相棒へと視線を向け、何処か冷めた眸で周囲を捉えた真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)の皮肉へと佐那子が肩を竦めて応じる。爪先が固い地面を蹴り飛ばし、研ぎ澄まされた闘気を身に纏った彼女の身体がぐるりと反転する。
     切り裂かれた腐肉が動き出さんと狙いを定めた首筋へと突き立てた一太刀に花色が「お見事!」と声を上げた。


     敵に察知されぬ様、物音にも気を配り悠夜は走る。煌々と輝く月が如く、淡く光る迷宮内はゲームに出てくるダンジョンの様だと杏理は冗句めかした。
     連絡を取るとした旨に依子は悩ましげに無線機を見詰める。ノイズを吐き出す通信機器は作動をしているためしがない。
    「人工物――だからでしょうか……」
    「連絡が使ないのは不便ね」
     立ち止まっていては敵から発見されるリスクが高まる。自然の産物では無いこの迷宮での通信機が役に立たない事を確かめた依子に舞依は悩ましげに呟いて進みましょうと促した。
     確りとした骨格の背を丸め実季は現在地を把握せんと意識を研ぎ澄ます。上下に分岐したダンジョン、その中でも枝分かれする内部を進むのは骨が折れる。突如として後方から鳴り響く戦闘音は数は少ないが、懸命に立ち回る囮班によるものだろう。
     乱闘の気配を孕んだ其れが近く――傍で起こっている以上、距離をとって安全圏から最奥を目指すのが先決だと櫟は冷静に告げた。
     月色の瞳は燻ぶり続ける己の想いを飲み込む様に複雑さを見せた。
    (「ホント、儘ならない、世界――」)
     口にする事無く、前進する仲間達の背を見詰めた櫟は唇を鎖す。
     何時の日か、深追いし喪った。その絶望感が胸中にふつふつと溢れでるかの様で。強力な敵へと向かう等、泥舟に乗っているのではないかと不安が過ぎる。膨らむそれを破裂せんように堪える彼の傍らで依子は「大丈夫ですか」と柔らかに告げた。
    「大丈夫」の言葉を吐き出した唇は僅かに青褪めて。淡く光る洞内で彼の頬さえも青く照らすかのようだった。
     一方で、様々な策を講じ進み続ける前線で先陣を切って進み続ける佐那子が振り仰ぎ掌で合図を送る。
     ぴたりと足を止めた花色と舞依が顔を見合わせてこくりと小さく頷いた。後方からなる戦闘音。そして、前方に存在するアンデッド。一度や二度では無い、複数回の戦闘は気力と共に戦闘と言うリソースを擦り減らす。陣形をしかと組んだ彼女達にとって『不安』ではないだろうが――じりじりと擦り減らされて往く集中力には危機感を覚えずにはいられない。
    「戻る事はできませんし、ここは倒しましょう」
     怜悧な眸がぎらりと戦意を灯す。地面を蹴り『敵陣』へと躍り出た佐那子の掌で三日月を描いた刃が舞う。腐敗したアンデッド達が呻り飛び込んでくる様に、連携を見せるかのように悠夜が鋏をぐぱりと開く。
     唇がゆっくりと動く。声も、指示も一切必要ない。只、佐那子は瞬く。
     彼女へと狙いを定めたアンデッドの横面へ闇色の鎌が振り翳される。八枷による奇襲で、壁へと勢いよく投げだされたアンデッドへと「ご機嫌よう?」と花色が笑みを含めた。
    「有象無象がわらわらと……面倒なものですね」
    「経験値は欲しいですけど、ここまでモブバトルが多いと困っちゃいますよ」
     毒づく佐那子の言葉に花色が茶化すように笑みを浮かべた。真珠星を芯に花開いたひかりを盾に彼女がステップを踏む。カツンと固い音を立てたそれと共に鈍い衝撃を放ったアンデッドの攻撃を受けとめた花色の眉根に皺が寄る。
    「御無事で重畳です」
     毒花を廃し、刻まれた梔子が光り望み鈍い銀の軌跡を作る。突き刺された衝撃にアンデッドの身体が宙にふわりと浮き上がった隙を逃さんと杏理が放った光が虚空を裂いた。
     唇に浮かんだ嗜虐心。整ったかんばせに浮かんだのは余りに歪な『正義』に似ていて――
    「盛り上がってますね? ストラさん」
     くすくすと笑った実季が手にしたリングスラッシャーの角度を変える。襲い来るアンデッドを倒し進む。直向きなまでに。弱っている相手を狙うと息を潜めた舞依は実季の合図に小さく頷く。
    「舞依さん」と呼ばれたその一声に頷いて、蹴散らさんと手にした魔導書が光り輝く。
    「弾け飛びなさい」
     飛沫と共に、その身の一片を飛ばしアンデッド達の動きが止まる。隙をつく様に走り出す一向に、先を促すイツツバが櫟を心配する様に覗きこんだ。彼の耳が、確かに拾ったのだろう。
     慟哭にも似た衝撃を。怨嗟にも似た金属音を――鈴の音にも似た、鍔迫り合いを。
    「セイメイ……。セイメイを灼滅する、それを実行する日が来ようとは」
     仄かな高揚感に佐那子の身がふるりと震える。近い、と直感的に察した悠夜が瞬き仲間達を振り仰ぐ。
     決意は固いとしっかりと槍を握りしめた依子は佐那子の言葉を促す様に小さく頷いた。
    「私達も成長したものだ……必ず、成功させましょう」
    「ええ。これが彼を阻止するチャンス。必ず届かせましょう」
     ――機は熟したのだから。


     鳥居が連ねられたその空間は清廉された聖域と呼ぶには余りにも似つかわしくない。
     陰陽師が如く狩り衣を纏ったノーライフキングがごろりと転がり、臨戦態勢に転じたクロキバを目にした櫟が小さく息を飲む。単体で乗り込んだクロキバと相対するセイメイの傍らにはノーライフキングの姿が見える。
    「まさか、あのクロキバが灼滅され、新たなクロキバが生まれるとは思いもしませんでした。おかげで、私の計画が根底から崩されてしまいました。しかし、この帳尻はここで合わせさせてもらいましょう。あなたというクロキバを再び、私の傀儡とする事ができれば……。やり直しは何度でも出来るのです」
     クロキバの頭部を両の手で掴み上げたセイメイは彼女へと顔を近づけ呪いの様に言葉を吐きだした。危機感を煽られる様に飛び出した舞依がはっとしたように息を飲み『灼滅者』の姿を双眸へと映し出す。
    「闇堕ち灼滅者……?」
     セイメイの傍らに存在する二人の灼滅者。配下達の背後へと隠れたセイメイが「なんという……」と唇を震わせて苛立ちを露わにする。『うずめの手引きだとでも言うのですか』という言葉を耳にし、悠夜が首を傾げると同時、セイメイが声高に配下へと指示を下した。
    「あの者達の目的は、おそらくクロキバの救出です。クロキバの奪還を許してはなりませぬ。クロキバの身柄を押さえ、灼滅者を追い払うのです!」
     一斉に動き出す配下に身構えた依子が槍の穂先を向けた先に――淡いペールアッシュの髪に龍角を生やした青年がゆっくりと歩み寄る。
    「貴方は……?」
    「愛による世界平和は必然! 故に、世界を愛で満たすのです! 名は、貴船縁結び怪人!」
     灼滅者としての面影は多分に在る。伏見城で共に戦ったカリル・サイプレス(京都貴船のご当地少年・d17918)だと言う事に気付いた悠夜が小さく息を飲んだ。
    「縁結び怪人……? でも、今はお前も敵ってコトだよなァ?」
     ぎょろりと血走った眼は戦闘に狂う様に殺戮衝動を迸らせる。巨大な釘で宙を掻く様に動かしたカリルは笑みを浮かべ悠夜にひらりと手を振った。
    「皆さんを待っていました。共にセイメイを討ちましょう! 愛なき彼を許してはならないのです!」
     くるりと背を向けた彼の言葉を上手く飲み込めぬと実季が目を瞠る。それは誰しもが同じだ。白の王の眼前で彼は『裏切る』と公言したのだ。繋いだ縁をぷつりと切るが如く吐き出された言葉に「それは、寝返る、ってことですか」と実季が気の抜けた声を発する。
     周囲ではノーライフキング達が灼滅者へと攻撃を仕掛ける。セイメイの視線は他所へ向いているのだろう。
     カリルは囁く様に「さぁ、いきましょう! 白の王が傍観する訳がないのです。痛い所を突こうとする筈です!」と佐那子へと告げる。惑いを振り払う様に日本刀をしかと構えた佐那子は仲間達へと「いきますよ」と発破をかけた。
    「止まっていては――何もできません。それにこれは好機と捉えた方がいい」
     周囲の配下達は他チームの対応に向かっている。白の王を護る壁は何一つない。
     強大な相手だと知りながらも攻撃を仕掛けるチャンスはここだと言う様に佐那子が動き出す。
    「なぁーるほど、美味しいじゃないですか。こんにちは、色男。よそ見はNGですよ?」
     に、と唇を歪めた花色が『鉄砲玉』の様に飛びこむ。引き結んだ拳がぎりと音を立て、セイメイへと放った重い一撃に不意をつかれたと色男は激昂する。
     業を束ねた光に身体を捻り杏理は「厭らしい奴だ」と吐き捨てる。ちっぽけな銀色がちらりと揺れる。その感覚を確かめて、帰る場所を思い浮かべた彼は微笑んだ。
    「将が油断とは情けないな」
    「油断などと……最初から眼中にありませぬ。灼滅者、此処で朽ち果てるのです」
     断る、と。歯を噛み締めて悠夜が飛びこむ。愛(せいぎ)を胸に抱いたカリルが強大な釘を武具に手繰り寄せ、放つ一撃に白の王は浅く息を吐く。
    「おのれ――!」
    「ここで朽ち果てるのはそちらです! 白の王!」
     大きく宣言したカリルの声音は激励となる。志を共にする様に、頷いた依子がその穂先を白の王へと向け、跳躍した。
     新緑の瞳は――荒々しく燃えたぎる焔が如く焔の呪いを思わせる。溢れる血潮が火の粉と化す瞬間を感じとり依子は天河石の煌めきを確かに見た。
    「繋がれてきた縁の牙はここで穿ちます!」
     刹那の躊躇すらない。闇に堕ちる事を引きとめたのは後ろ髪引く様に輝いた銀のリング。傷だらけの仲間達の中でも、前線で身を投じた護り手は立つのが精一杯に近しい。
     この場の誰しもが覚悟していた。攻める事を躊躇しなかった。それは、瞬きする程に早く――コマ送りの様にゆっくりとした時間だっただろう。
     攻撃を重ね、攻撃を受けとめて、強力なダークネスに対して灼滅者八人とダークネス一人。十分に戦うにはまだ足りない。
     察したかのように櫟が首を振る。喪うにはまだ早いと進言する彼の前で悠夜が『跳』ねた。鳥居を足場に身体を反転させいっきに詰め寄った死角、されど白の王は負けじと身を捻る。
    「煩わしいですね」
    「煩わしい? ハッ、これ以上、お前に巻き込まれるなんざ御免なんだよ! 退場して貰うぜっ、白の王セイメイ!」
     吐き捨てた言葉に「良く言った」と言わんばかりに防御に身を投じた実季が靱やかに割って入る。攻撃手を護り、出来得る限りの手を尽くすと彼女は「白野郎!」と声を荒げた。
    「気に入らないんです。気分が悪くなりますよ、あなたには」
     煽る訳ではない、只、言葉にもできない程に『厭な存在』だと感じていた。
     しかして、戦線は崩壊してゆく。その様子は称賛に値しただろう。精鋭と言えど八人――ダークネスを一人含めても力の差は歴然だった。
    (「救援がきたならば……あるいは……?」)
     八枷との連携を主に戦いを続ける佐那子とて、膝をつく。武士の名折れだと己を叱咤する彼女の傍らで傷だらけの身体を押して、「雨積妹、良い子にしててくださいよ」と歯を見せて笑った花色がその身を震わせる。
    「良い子……だもの」
     拗ねた様に告げた舞依はへらりと笑った。妨害を得手とするように重ねたバッドステータス。便乗する様に走る杏理の背を押す花色の声に彼は嗤った。
    「でも、今日は『悪い子』でも居させてくれよ」
    「哀しませるなら悪い子ですよ?」
     でも、と駅番の絆は固いと冗談めかした実季が彼を繋ぎ止める。戦線が瓦解している事を悠夜は痛いほどに思い知っていた。
     血に飢えた様に走り寄り、鋏で切り裂く様に放った一撃に白の王が煩わしいと眉を寄せる。そのまま、瞬きと共に放たれた一撃に壁へと打ち付けた身体がやけに痛んだ。


     周囲で行われる戦闘の最中、彼らが与えたのは確かな一撃。無論、その一撃が白の王を『苛立たせた』事には変わりない。的が絞られている状況下で、危険が最高水準であることを灼滅者は悟っていた。
    「まだまだ……許せないのです。貴方を」
    「残念ながら、同感だよ」
     ダークネスと意見が合うとはねと同胞へと笑いかけた杏理は傷だらけの仲間達が擦り減らした体力からこれ以上の戦闘は危険だと納得する。
     道中の消耗を控えたと言えど、強大なダークネスに一つのグループのみで立ち向かうのは困難であった。
     諦めきれないと白の王を睨みつけた杏理の袖をくんと掴んだ舞依が「無理は禁物です」と浅い息をしながら呟く。
    「くそッ」
     毒づく悠夜の意識を刈り取らんとする怪我を庇う様に舞依がゆっくりと布陣を映す。前線で立ち回った『大切な人』達が闇に飲まれぬ様にと願うのは彼女等の絆の深さを伺えた。
     花色が、杏理が危険ならば、舞依がその身を投じるならば、実季が。
     誰かの命が刈り取られるなら、依子が、佐那子が、悠夜が、櫟が。
    (「――これ以上の深追いは、また」)
     喪ってしまうとぐるぐると渦巻く思いを飲みこんで駆け寄る音に鼓膜を叩かれた。
     救援の影が見えた事に内心ほっとした櫟は驚いた様に目を瞠る。セイメイの攻撃がこちらへ――カリルへと向いている。裏切りを罰する様に、苛立ちを手に。
    「あなたは、悪縁良縁を操ると言っていましたね。
     ですが、あなたの裏切りは悪縁であり、業そのもの。つまり、私はその業を喰らえばよいだけでございます」
     ――淡い光だと実季は思う。業を束ねた強大な閃光。
     杏理が駄目だと咄嗟に顔を上げる。間に合わない。悪縁を断ち切らんと伸ばされた光が何処を狙っていたのか等、一目瞭然。
     ましてや、白の王は苛立っている。己の目論見に一石投じた『粗暴者』だと。
    「駄目」
    「廣羽くん!」
     それ以上向こうへ行っては駄目だと声を発した花色に、依子が繋ぎとめる様に杏理の掌を握りしめる。
     セイメイが放った光がカリルの身体を覆い尽くす。鮮やかな光りだと至近距離で目にした杏理が目を瞠った。杏理だけではない汗の滲んだ掌からさっと汗が引く感覚に灼滅者達はその両眼に焼き付ける。
     志を共にしても闇堕ちした彼はダークネス。敵だと言う事は十分に承知している。しかし――「カリル」と、呼び声に応えることなく消えた存在に櫟の血の気が引いた。
    「嘘」
     ぽつりと零した実季の声に悠夜が顔を上げる。彼は、『敵』で、ダークネスで、共闘して居て、それで――脳内にダイジェストとして過ぎった情報が余りに辛辣な現実だと実感させる。
    「次はそちらですね」
     ちら、と向けられた視線に櫟がたじろぎ「撤退だ」と唇を震わせた。セイメイの視線から逃れる様に依子が壁へと放った一撃に、ぐにゃりと視界が歪んでいく。
     確かに刻んだ一撃に、聞こえた喧騒が入れ替わりに戦闘が開始されたことに気づく刹那、意識を刈り取られる様に瞳を伏せた。

    作者:菖蒲 重傷:椎葉・花色(春告の花嫁・d03099) 土岐・佐那子(朱の夜鴉・d13371) 凪野・悠夜(闇夜に隠れた朧月・d29283) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ