富士の迷宮突入戦~目指す深奥、その先に

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    「琵琶湖大橋の戦いは、武蔵坂学園と天海大僧正側の勝利となったな」
     初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)は、笑顔で皆を労った。
    「安土城怪人勢力の残党は、琵琶湖北側の竹生島に立てこもっているようだが、首魁である安土城怪人を失った事で離散した者も多い。勢力としての弱体化は否めないな」
     安土城怪人に次ぐ実力者『グレイズモンキー』が拠点に帰還しなかった事や、支持を集めていた『もっともいけないナース』が灼滅された事もあり、勢力の自壊は時間の問題だ、と杏は語る。
    「問題は、軍艦島勢力と合流した、白の王勢力の方だ。軍艦島側には、エクスブレインとは別系統の予知能力を持つ『うずめ様』、現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』、ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』、そしてセイメイと同じ『王』の格を持つ『緑の王アフリカンパンサー』……いずれも、白の王のこれまでの失策を取り返すだけの実力の持ち主ばかりだ」
     だが、と杏は人差し指を立てた。
    「多くのダークネスを富士の迷宮へと招き入れた事は、白の王にとって大きな隙となった。そこをつき、富士の樹海で探索を続けていた『クロキバ』が、迷宮の入り口を発見したのだ」
     新たに『クロキバ』となった白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)は、先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑まんとしている。
     同時に、武蔵坂学園へ突入口の情報を連絡して来てくれたのだ。
    「これは、白の王セイメイだけでなく、田子の浦の戦いで取り逃がした、軍艦島のダークネス達を倒す絶好の機会だ」
     もっとも、白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあり、全軍で攻め入る事はできない。また、この機を逃せば、再び侵入する事は不可能となる。
     しかし、今ここで有力なダークネスを灼滅する事は、その難易度に見合った成果となるだろう。白の王に直接仕掛けられるというだけでも、意義は大きい。
    「迷宮攻略に参加する皆は、相談によってこの戦いの目的を決定し、作戦を立てて突入して欲しい」
     迷宮内には、有力ダークネスの他、白の王配下のアンデッドが徘徊している。
    「苦難が予想されるが、迷宮には『内部から迷宮を破壊しようとすると外にはじき出される』という防衛機構がある。もし危機に陥った場合、迷宮自体を攻撃する事で緊急避難をはかるといいだろう」
     ただ、裏を返せば、迷宮への破壊工作も不可能という事だが。
     とはいえ、何らかの成果を持ち帰るには、目的を1つに定める事が必要だ。
    「白の王セイメイを灼滅できれば、『クロキバ』となった白鐘先輩を闇堕ちから救出するチャンスも訪れるだろう。田子の浦の戦いのリベンジでもある。皆なら心配無用と思うが、手ひどい反撃を喰らわぬよう、慎重さも忘れずにな」


    参加者
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    渡橋・縁(神芝居・d04576)
    ハイナ・アルバストル(実害の・d09743)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    乾・剣一(紅剣列火・d10909)
    ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)
    セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)

    ■リプレイ

    ●突入
    (「寒いわね」)
     セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)が、身をぶるりと震わせた。
     それもそのはず、ここは早朝の富士の樹海。気温は一桁前半だろう。
     曇天下の冷気に耐えつつ、樹海の風穴を行く一行。クロキバによって知らされた迷宮への突入口を、探索用の陣形で進んでいく。
     前衛は、桃野・実(水蓮鬼・d03786)と霊犬のクロ助、セティエ。
     中衛は、ハイナ・アルバストル(実害の・d09743)、乾・剣一(紅剣列火・d10909)、猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)、ヘイズ・レイヴァース(緋緋色金の小さき竜・d33384)の4人。
     そして後衛は渡橋・縁(神芝居・d04576)とセティエのウイングキャット、殿を務めるのは高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)だ。
     富士の迷宮探索は、一大作戦となった。周囲には、他のチームの姿も見える。
     黙々と一行がしばし進むと、巨大な氷柱が姿を現すようになっていく。
    (「そろそろ迷宮の直接の入り口があるはずだけど」)
     実が、注意深く景色を見つめる。
     仁恵が着目したのは、壁の不自然さだった。ちらちらと、二重写しに見える部分があるのだ。
     最初は慎重に触れ、そして体ごとぶつかると、
    「なるほど、こういう仕掛けですか」
     こここそが、セイメイの作りし迷宮。
     その壁面は薄く光を発しているらしく、視界の確保に困る事はなさそうだ。用意してきた暗視スコープなどの出番はなさそうだが、身軽に行動できるのは幸いだった。
     この8人が目指すのは、ただ1つ……セイメイの研究である。

    ●探索
     迷宮を踏破していくと、さほど遠くない距離から、戦闘音が響いてくる。先を行くチームが、アンデッドと接敵したようだ。
     かなりの人数が下層に向かっているらしい。慎重に進軍するのにも限界があると考え、不意打ちは受けぬよう、警戒だけは怠らず進んでいく。
     作戦の準備段階で図られた意志疎通が役に立ち、皆の足並みは揃っていた。
     セイメイの研究の在処は、最下層。ひたすら深き場所へと潜っていく。
    「……?」
     不意に、がしゃり、と響いた音に、前衛が足を止め、後方の仲間にサインを送った。
     眼窩に深淵なる闇を宿した骸骨……スケルトンの一団が、こちらをとらえていた。
    「出たな。ダンジョン探索はこうでなくっちゃな?」
     殲術道具を解放しながら、剣一が不敵に笑う。今更、口を閉ざすこともあるまい。
     何より、不要な増援を防ぐため、縁が音声を遮断している。
     初手を取ったのは、前方に位置していた実。
     クロ助がスケルトンの剣と切り結ぶ間に、別の1体を、仲間側へと蹴り飛ばす。
     転がって来たスケルトンへ、縁が巨腕を振り下ろした。骨が砕ける音が、見えざる壁に阻まれる。
    「アンデッドと戦わないと、セイメイの迷宮に来た気がしませんものね」
     凛とした口調で、軽口をこぼす縁。
    「うん、隙間だらけの相手を貫くのも一興だね」
     思いのほか軽い身のこなしの骸骨を、ハイナの槍が待ち構えていた。あばらをまとめて折り砕く。
     体をくの字に折ったスケルトンを待っていたのは、ウイングキャットの魔法。四肢を硬直させられたところを、セティエの影の刃が断ち割っていく。
    「戦う以上は……速攻!」
     琥太郎の槍が、頭部を穿つ。頭を失い、不器用なダンスを披露する体を、ロッドをフルスイングした剣一が粉砕した。アイコンタクトで互いの連携を称え合う。
    「あと1体!」
     『鏡の魔物』の姿に変じたヘイズが、敵の骨の継ぎ目を狙い、解体していく。
     受けたダメージを回復するのは、仁恵の役目だ。
    「はい、怪我人はこちらですよ」
     手早くスケルトンを蹴散らすと、再び先を急ぐ。
     以後も数回にわたってアンデッド達が襲ってきたが、多くのチームに分散したこともあるのか、さほど苦も無く駆逐していく。
    「……何でありましょう、この匂い」
     先ほどから鼻孔をくすぐる不快さに、ヘイズが顔をしかめた。
    「ゾンビの匂いにしては、きつすぎるわね」
     セティエの抱いた疑問は、皆も感じていたもの。
     下層に進むにつれ、生臭い匂いは強まっていくばかりだった。

    ●発見
    「ここが最下層、なのか?」
     急に開けた景色に、剣一が歩みを止めた。
     大広間と呼ぶには、あまりにも巨大な空間。その一面を埋め尽くすのは、死体だった。
     しかも、その数が尋常ではない。100や200どころか、下手をすれば、1万を超えているのではないか。
     視界に入りきらないほどの死体に共通する噛みつき痕は、ゾンビに殺された証か。
    「これが、セイメイの研究の秘密、なんでしょうか?」
    「アレの趣味が悪いのは当然として、これじゃただの死体工場じゃねーですか」
     憤りと疑問が、同時に沸き起こるのを感じる縁や仁恵。
     驚きもさめやらぬまま、ヘイズやハイナ達が、持ち寄った道具で記録を取りにかかる。
    「亡骸を持ち出すのは気が引けるでありますからな」
    「何か手がかりになるような物証があったりしないものかな」
    「俺の取った記録、後で預けるからよろしく」
     実が、後方の仲間に確認を取る。
     よく見れば、亡骸はいずれも新しい。身に着けたものの劣化がほとんど見当たらない。
    「もしこれがセイメイの研究なら、誰かが護っていてもよさそうなものだけど……」
     むくり。セティエの目の前で、死体が起き上がった。
     次々と動き始めた死体は、生者を求めるかのように、ふらふらと灼滅者達へと近寄って来る。
    「まさか、これ全部がゾンビなんじゃ……!」
     縁の想像した最悪は、幸い、現実とはならなかった。
     襲ってくるのは、全体の半数程度だろうか。それでも、十二分に圧倒的な数である事に変わりはないが。
    「どうするでありますか……?」
     既に交戦を始めている他チームを窺いながら、ヘイズが問うた。
    「なんだか嫌な予感がする。こっちはその気になればいつでも脱出できるし、やれるとこまでやってみない?」
     琥太郎が、仲間を見回した。信頼も戦力も充分。やれる、という自信がある。
     下層に集まっている灼滅者の数も相当なもの。何より、これがセイメイの研究成果だというのなら、それを止める事こそ自分達の目的なのだ。
     その事を再確認すると、皆はゾンビ討伐に取りかかった。
     乱れ舞う、縁や琥太郎の刃。切り裂かれたゾンビへと、ハイナや剣一の追撃が続く。容赦をかなぐり捨てると、殴り砕き、蹴り潰す。
     実の結界領域に足を踏み入れたゾンビ達は、一様に動きを鈍らせる。
    (「セイメイの計画は白日の下に晒す」)
     先の戦いで闇堕ちした仲間のためにも。
     クロ助の六文銭を浴びるゾンビ達を見つめながら、実はそう思う。
     相対するゾンビの顔を目の当たりにすると、剣一も舌打ちがこぼれる。
     おそろいのマフラーを付けたカップル。
     買ってもらったばかりの手袋をつけた幼い女の子。
     ゾンビは、老若男女を問わない。日常から強引に引き離された人間達が、亡者となって襲い来る様子は、地獄絵図以外の何ものでもなかった。
    「これだけの人達を無差別に殺したっていうの……自分の計画のためだけに」
     温厚なセティエも、これには憤りを隠せぬ。その除霊結界に囚われたゾンビ達を、ヘイズのヌイグルミの口から放たれた光線が焼き払う。
    「せめて、安らかに眠って欲しいであります……!」
     回復担当の仁恵も、休む暇はない。ベルトと符、煙まで駆使して、手早い癒しに努める。
    「にえも無茶はしないようにね」
    「どうでしょーね」
     仁恵の回答に、ハイナが相変わらずさを感じて、むしろ安心する。
    「はい、次の方。あ、こたは元気なのでまた後で」
    「扱いが雑じゃないッスか?」
     琥太郎がやりとりするわずかな隙に、1体のゾンビが手を伸ばす。
    「うわ、こっちこないで欲しいッス!!」
     思わず後輩口調になった琥太郎が、反射的に手で払う。
     裏拳気味のそれを受けたゾンビが、地面を転がると……動かなくなった。
    「……あれ?」
     予想外のあっけなさに、皆がかすかに動きを止めた。

    ●迷宮の果て
     他の仲間同様、ヘイズも疑問を抱く。
     眷属も含めダークネスは、バベルの鎖の効果によって、サイキック以外の攻撃では負傷しない。なら今の個体は失敗作、あるいは不完全だったのだろうか。
     そんな推測を裏切り、牽制の拳を始め、非サイキックによる攻撃が、何度もゾンビを傷つける。
    「通常の手段で損傷するゾンビ? あのセイメイの研究がこんなつまらないもののはずないよね」
     ダイダロスベルトを操るハイナの言葉を受け、剣一はあえて純粋な体術を放った。蹴り飛ばされ、倒れ伏すゾンビを見て、確信めいたものが生まれる。
    「こいつら、わざと弱く作られたのかもな。それに、これだけのゾンビが最近作られたばかりってことは、弱いゾンビを一度に大量生産する技術が、セイメイの研究成果なんじゃないか?」
     もしそれが正しいとすれば、その技術が人口密集地で使用される事で数え切れないほどのゾンビが誕生する……皆に戦慄が走る。
     危機感に駆り立てられるように、縁のダイダロスベルトがゾンビを翻弄するように軌跡を描くと、急角度で切り裂く。
     ダイダロスベルトは、使い方によって盾にもなる。仁恵は、それを実践してみせた。時折混じる軽口とは裏腹に、眼差しは真剣そのもの。
     その前方を駆け抜ける一陣の風は、槍をかざして駆け回る琥太郎。暴風が通り過ぎた後、実のキックが、ゾンビを燃やし尽くす。無念ごと塵に還れと。
     バベルブレイカーを引き抜き、肉片を振り払う剣一。
    「ゾンビ、減ってるよな? っていうか、そう信じたい」
     どれだけのゾンビを倒したのだろう。早々に数えるのをあきらめてしまったが、もう数百体に達しているかも知れない。無論、灼滅者達の疲労、そして負傷は確実に蓄積されていた。
     ウイングキャットが矢面に立って盾となり、セティエが清めの風で回復する中、ヘイズも裂ぱくの気合で自らを鼓舞する。
     そんな戦いが、数十分も続いただろうか。
    「うわっ!?」
     突然の震動に、琥太郎がたたらを踏む。
     強力なダークネスが灼滅された衝撃だろうか? それとも……。
     疑問に、他のチームから答えがもたらされる。
    「……セイメイが、灼滅された?」
     思わず聞き返す実。
     実際にセイメイと戦闘したチームからの連絡だというから、信ぴょう性は高いだろう。
     この震動も、主を失った事で迷宮が崩壊を始めたと考えれば、合点がいく。
    「セイメイと心中する気なんてさらさらねーです」
     壁際にいた仁恵が、おもむろに壁を叩いた。
    「皆は、先に行ってくださいな。まだ元気なにえは、もう少しゾンビを始末してからいくんで」
    「いや、一緒に行くでありますよ!」
     手を伸ばすヘイズ。しかし、気づいた時には、転移が完了していた。
    「ここは……富士の樹海ではないわよね、どう見ても」
     セティエ達を囲んでいたのは、明らかに人工的な構造物だった。
     見知らぬ場所のはずなのに、どこか馴染みのある景色……。
    「学校、ですね。とりあえず、無事に脱出できて……」
     安堵しかけた縁の視界に、見飽きたものが映り込んだ。
     ゾンビだ。
     だが、噛みつくより早く、その額にハイナの剣が突きこまれた。
    「大丈夫? いろはすさん」
     こくりと頷く縁。だが、まだゾンビが1体残っていた。
    「外に出たら困る。ここで止める」
     すかさずクロ助が押し倒したゾンビに、引導を渡す実。
     他のチームも、転位できただろうか。
     今は、自分達同様、無事に脱出できたと信じるしかなかった。

    作者:七尾マサムネ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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