富士の迷宮突入戦~雪は降りそそぐか

    作者:柿茸

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
     
    ●教室
    「大きな戦いが終わったばかりだけど、さらに事件だよ」
     いや、事件と言うよりはチャンスなのかな? と、田中・翔(普通のエクスブレイン・dn0109)は首を傾げる。
     先日の琵琶湖大橋の戦いは、武蔵坂学園と天海大僧正側の大勝利と終わった。
     安土城怪人勢力の残党達は、本拠地であった琵琶湖北側の竹生島に立てこもっているが、安土城怪人を失った事でその勢力は大きく減退しているようだ。
     安土城怪人に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に戻ってこなかったこと、『もっともいけないナース』が灼滅された事もあり、組織としての結束力も無く、遠からず自壊するだろう。
     一方の、田子の浦の戦い。
     うずめ様、ザ・グレート定礎、海将フォルネウス、セイメイと同じ『王』の格を持つ緑の王アフリカンパンサー。軍艦島勢力は上陸を果たし、白の王勢力に合流。結果、白の王勢力は大幅に強化された。
    「田子の浦の皆が悪いわけじゃない。闇堕ちした人もたくさんいるけど、大多数が無事に、それに有益な情報もあるから十分な戦果だよ」
     うずめ様が去り際に言っていた言葉。そして、アメリカンコンドルの離脱。
    「それに、さっきも言ったけど、逆にチャンスが舞い込んできた」
     多くのダークネスを招き入れたセイメイは、その場所を闇堕ちしてクロキバとなった、白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)に察知されたのだ。
     彼女は先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしていると同時に、武蔵坂学園に対して、この突入口の情報を連絡して来た。故に、今回の機会がある。
    「白の王の迷宮の入口を通過できる人数には限りがあるし、この機を逃したらまた侵入することはできなくなる」
     限られた人数で迷宮を突破し、有力なダークネスを灼滅することは難しいだろう。しかし、今こそ、白の王セイメイだけでなく、軍艦島のダークネス達を討ち取る雪辱戦たる千載一遇の好機でもある。
     これまで様々な暗躍をしてきた白の王の喉下に牙をつきつける今回の作戦は、非常に重要な作戦になるだろう。
    「そうそう、それと迷宮に関してだけど、これが凄く特殊な機構を持っていて」
     迷宮は、内部から迷宮を破壊しようとすると外にはじき出されるという防衛機構があるようだ。そのため、危機に陥った場合は、迷宮自体を攻撃する事で緊急脱出が可能となっている。
     ただ、この防衛機構により、迷宮への破壊工作もほぼ不可能となっている。迷宮からの脱出は難しくないが、反面、敵拠点に攻め込むには戦力は多くない、道を新たに作ることもできない。成果をあげるには、目的を絞る事も必要かもしれない。
    「白の王セイメイを灼滅できれば、クロキバとなった白鐘さんを闇堕ちから救出することも可能だと思う」
     クロキバの、そして田子の浦の雪辱戦ともなる、今回の作戦。
     心してかかって欲しい。僕はただ、健闘を祈ることしかできないから。


    参加者
    裏方・クロエ(雨晴らす青・d02109)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)
    宮守・優子(猫を被る猫・d14114)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    高嶺・円(蒼鉛皇の意志継ぐ餃子白狼・d27710)
    海弥・障風(阻む風・d29656)

    ■リプレイ

    ●潜入
     富士の風穴から迷宮へ、潜入した灼滅者達。
     各々はそれぞれのチームに分かれ、それぞれの目的を果たしに迷宮を進んでいた。
    「ここまでは何事もなし……と」
     海弥・障風(阻む風・d29656)が呟きながら紙にここまで来た道を書き記していく。その前では裏方・クロエ(雨晴らす青・d02109)がウイングキャットのエコーと共に後方からの敵襲に警戒をしていた。
     天井を、灯りを絞ったライトで照らすのは敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)。特に何もないことを確認し、隣に佇む水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)へ、黙って首を横に振る。無線類は使えなかった。
     まるで月明かりに照らされる雪のように、ぼんやりと迷宮全体が光るので、支障がない程度の視界は確保できている。手鏡で曲がり角の先を確認した淳・周(赤き暴風・d05550)は、足元で待機していた狼と猫に、ハンドサインで指示を出した。
     指示を受け取り先行する狼、もとい狼変身中の高嶺・円(蒼鉛皇の意志継ぐ餃子白狼・d27710)。その背に乗る猫変身をしている宮守・優子(猫を被る猫・d14114)は、DSKノーズにて索敵をしているが臭いは嗅ぎ取れない。
     後方からは、僅かな交戦の音がルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)の耳に届いてくる。しかし、これは囮が行っている物だろう。こちらにその音が近づいてきている様子もない。
    「……何と言うか、敵がいなさすぎる、様な気もするな」
     そっとルフィアが呟いた。障風が己のマッピングを見返せば、もう随分と奥まで進んできているようであった。
    「……留守か?」
    「んなわけねえだろ」
     雷歌は視線を前方を進む狼へと向ける。
    「(いくらなんでもこのゾンビカーニバルの中で、食べ物系ご当地怪人は出てこないと思ったら……)」
     仲間が食べ物推し系だった。脱出したらオススメ聞いとこう、と言う視線に気がつかない円は餃子大好きな人狼。ご当地ヒーローではない。
    「(田子の浦での雪辱を晴らすっすよ!)」
     風穴内も寒ければ、迷宮内も寒い。移動しながらも毛皮を円に擦り付け、互いに暖を取りながら優子は思う。
     と、その移動していた狼が音に脚を止めた。DSKノーズが臭いを嗅ぎ取る。すぐ目の前のT字路の片側に、敵がいる。
     緊張が灼滅者達に走る。僅かな物影に身を隠しながら耳をそばだてるが、何時まで経っても這いずる様な足音と、そして僅かな呻き声。
     そっと、小石を分岐の、己達とは違う道へ投げ入れれば、呻き声は反応を見せ―ー―アンデッド達は灼滅者達を見つけることなく、目の前を素通りしていく。
     止めていた息を吐きだして、再度歩みを進める一行。アンデッドたちが来た道へ行き、さらに数分と進んだ時。
    「……ん」
     通路の『先』から、音が聞こえた。破砕音、衝撃音とでも言えばいいのか。
     前方から。囮ではない。では誰が?
     足を止めて目配せ合う8人の中、真っ先に歩み出し、そしてやがて走りに変えたのは旭だった。それに連なる様に周も走り、後に皆が続いていく。
    「(待っていろよ……セイメイ!)」
     前を走る2人の目には確固たる確信があった。この先にいる、と。
     やがて、音が戦闘音だとはっきり聞き取れるようになるにつれ、通路の景色が変わる。鳥居が見え、その奥には鳥居が徐々に徐々に、間隔を狭め連ならせていく。
     他の灼滅者達のチームがその鳥居の下をくぐり駆けているのが見えた。彼らもまた、追っているのだ。
     そしてまた、自分達も、その目的を目指して只管に走った。

    ●神域
     鳥居が連ねられた厳かな通路を駆け抜けると、神社のような空間が広がっていた。
     中央で、クロキバが、紅の衣に身を包み水晶の羽根を生やした男に頭を掴まれていた。辺りには陰陽師風の姿をしたノーライフキングが立っているもの、倒れているもの合わせて数人。それと、田子の浦で消息を絶った灼滅者が、2人。
    「ーー―あなたというクロキバを再び、私の傀儡とする事ができれば……」
     やり直しは何度でも出来るのです。
    「させるかっ!!」
     その男の、セイメイの言葉を聞き、何をしようとしているか。勘付いた旭が、周が走る。他にも集まっていた灼滅者達が一斉に雪崩れ込んでいた。
    「灼滅者ですと!」
     同時、気がついたセイメイの顔色が変わる。クロキバを打ち捨て、立っているノーライフキング達の後ろへと素早く身を翻す。
    「まさか、うずめの手引きだとでも言うのですか。なんという、なんという……」
     怒りを露わにしながら、しかし冷静さは失わないようだ。灼滅者達の目的をクロキバの救出と判断し、それを阻止するように指示すれば配下達が動き出す。
    「……先代クロキバの願いでもあったしな」
     あの胸糞悪い野郎は塵まで焼き尽くしてやんねえと!
     走る経路の先に、張られる結界に燃える拳を叩きつける周。彼女の視線はその結界のすぐ奥の陰陽師、のその向こう。
    「周ちゃん! 熱くなりすぎだよ!」
     円が反撃にと攻撃を撃ち込もうとする敵へ咄嗟に畏れを纏い斬りかかり、障風が口を開く。
    「あいつをぶっ飛ばすのは、とりあえずこの取り巻き共を倒してからでもいい。だろ?」
     そんな柔な奴じゃねえよセイメイは。と、周りで同じように陰陽師を、そして闇堕ちした灼滅者を相手取り始めた仲間達を冷静に見渡しながら言えば、周も炎の勢いを弱め、一歩後ろへと下がる。
    「すまない。少し熱くなりすぎちまったな」
    「……気持ちは分かるよ」
     異形化させた腕で攻撃を防ぎながら旭がその隣に並び、そっと呟いた。
     チラリと、セイメイへと視線を巡らせる。あの時、第一次新宿防衛線にて取り逃していなければ、と。頭をよぎる強い後悔とそれに伴う殺意を隅に押し留め、セイメイへと走り寄る仲間達と、陰陽師の衣装を纏う青年から視線を外し、目の前の敵を見据えた。
    「だからこそ、まずはこいつだ」
    「ああ。しっかりと、ぶちのめす!」
    「ええ、目的は見つけましたし」
     後は仕事をするだけですねー。と、普段の口調と変わらずに、しかしクロエは熱い蹴りをエコーのパンチと共に叩き込む。
     さらに炎を纏う斬撃が狩衣を斬り裂く。深い傷に至らず、また炎も直ぐに鎮火してしまうが、刀を振り切った雷歌が叫ぶ。
    「オヤジ!」
     飛び退けば寸前まで炎があった位置から衝撃が飛んできた。霊の一撃が侵す身体に、さらに帯が突き刺さる。
     息を短く鋭く吐きながら、手応えがあったダイダロスベルトを手首を返し、引き寄せた。主であるルフィアの元へ戻って行く、この世に最も多く存在する物の名を与えられたベルトと入れ違う様に一台のライドキャリバーが疾走する。
    「ぱらりらぱらりらー! ガク、撃つっす!」
     己のライドキャリバーの座席を蹴り猫のように宙を舞う優子。弾丸の雨を結界で防ぐ陰陽師の真上から、身を捻ることで威力を重ねた剣の一撃を叩き込む。
     一歩下がり構え直し、横並びになる4人と1人と1台、その奥に1人、更にその奥に3人と1匹。それらを確認してから陰陽師はこちらに来ることを拒否するように結界の壁を撃ちだした。
     真っ直ぐ突撃してくるそれを防御し、歯を食いしばる前衛陣。同時に陰陽師の顔が訝しむように歪んだ。
    「ダメージの通りが悪い、って思ってます?」
     クロエが笑い、その身に障風の霧を纏いながら足を一歩、踏みだす。
    「敵の拠点に踏み込むんです、慎重すぎても悪くはないでしょう!」
     踏みだした足を軸に飛びあがる身体。飛び蹴りの一撃が結界へヒビをいれ、優子の影から生み出された猫がヒビを破いた。
     瞬間、オーラキャノンが、そしてそれに続きルフィアが接敵する。キャノンに怯むその身体に剣の柄が叩き込まれた。正確には柄にはめ込まれた宝玉、そこから溢れ出る魔力が破壊の力となり、暴れる。
    「しかし間近で見ると美味そうなオーラキャノンだな。後で食わせてくれ」
    「えっ!?」
     た、食べれないですよ!? と円が真顔で見てくるルフィアに慌てる。
    「後で餃子ご馳走しますから!」
    「それでいい」
    「自分も欲しいっす!」
    「ええっ!?」
     優子の追撃に更に慌てる円。はぁ、と障風が溜息を吐く。
    「全く、騒がしい奴らだぜ……っと!」
     飛んでくる護符。前衛へのダメージの通りが悪い、つまり前衛陣がディフェンダー揃いとなれば、少しでも回復対象を増やすことで回復を追いつかなくさせようと言う魂胆なのだろう。
     しかし、ディフェンダー揃いと言うことはそれをさせまいと言う意志もそれだけ強い事であり。
     直撃を避けようと身を捻る障風の前に割り込む水色の髪。貼りつく護符から身体中に行き渡る痺れに顔を歪めるが、エコーのリングがその痛みを多少なりとも和らげた。
    「ほんと、騒がしいですよね」
     クロエの声に、ああ、と頷き帯を纏わせる障風。同様にルフィア、円を庇う雷歌、ガク。
    「ガク、耐えるっすよ!」
     集気法を雷歌に施す優子の声にまだまだやれるぜと言わんばかりに、エンジンをふかし直すガク。
     そして雷歌が、周が、刀と身体に炎を宿した二人のファイアブラッドがその炎で焼き尽くしにかかる。
     身を覆う結界に威力を軽減しつつ、それでも大きく相手の身体は揺らいだ。確実に聞いていると燃え盛る炎からも実感する。
     その炎の影に、旭がいた。
     さっさと灼滅されろと、冷えた目が得物と共に突き刺さる。武器を引き抜き戻るその一瞬にセイメイを見れば、仲間達が闇堕ちしたはずの灼滅者と共に未だ抑え込んでいた。
     劣勢はすぐ見ただけで分かるが、しかし何故あの陰陽師の服の男は、こちら側の味方をしているのだろうかと言う疑問が頭をよぎり、戦闘の邪魔になるとすぐに消える。
     防御を固めた布陣。敵の攻撃にダメージは少しずつ蓄積すれど、崩されることはない。さらに、この数分間における数回のスナイパーの急所への一撃と、ジャマーによる重ねる炎上が明らかな痛手を与えていた。
     このまま押し切らんと優子が斬りかかる隙に、旭が裏回る。握り込んだ縛霊手に霊力の網を展開し、縛り付けながら殴りつけた、その耳に。
    「―――つまり、私はその業を喰らえばよいだけでございます」
     セイメイの不穏な言葉が聞こえた。
     状況を把握しようと視界を動かし、その端に、消える陰陽師の服が見える。龍角が、龍尾が消えていく。視界の中心が笑うセイメイに向けられ、狭まって―――。
    「先にこいつだ!」
     周の言葉が頭を殴った。視界が広がる。影で霊力の網の上から更に縛るその赤髪の顔は歪んでいた。
    「……すまない、カッとなってしまった」
    「いいって。アタシも同じ気持ちだ」
     セイメイへ駆けていく仲間達が見える。入れ違いに下がる仲間達が見える。あそこへ、あそこへ行かなくては。
     そのためには。
    「まずはこの者を!」
     倒さねばならない。
     クロエの蹴りが重力を伴い沈ませた、そこへ。
    「人を殺すことは、やがて己へと帰って行く」
     見えるか? お前の業が。
     呟いた障風の言葉に湧き出た大量の刃物が殺到した。

    ●白の王
    「セイメェェェイ!!」
     消え行くノーライフキングには目もくれず、一目散に駆けていく。視界の端に、同じように桃色の衣へ向かっていく仲間達が見える。
     ライドキャリバーすらも駆け抜けて、一歩、旭が前に出た。只管に隠し、溜めに溜めていた殺意を噴きあげ周囲の景色すら黒く歪めんとばかりに。
     自分たちの前にいた仲間達を乗り越え、余裕の表情で迎え撃つセイメイの顔面に異形化させた腕で殴りかかり、そしてその掌に止められる。
     視界が一瞬、交錯した気がした。
    「貴方は忘れているかもしれないが……俺は覚えているよ」
     ……お前の首を落とす夢を、何度見たことか! セイメイ!!
     再度振り上げる拳、同時に腹にそっと置かれた手。衝撃が身体を強く吹き飛ばす。
     ダメージこそないが、同じように相手に与えるダメージもまた、ない。
     遠のく憎き仇、背中に強い衝撃。
    「いったた……。全く、ほんと熱くなりすぎっすよ」
     まるでイフリートっすね。と、ガクと共に受け止めた優子が茶化す様ににひひと、こんな場であるのに笑う。
    「自分も元殺人鬼だから言うっすよ。本当に殺したい相手には?」
    「……ああ、そうだな」
     殺すと同時に殺気を噴きあげろ。殺気で気取られるなど愚の骨頂。
    「そうそう。熱いのはファイアブラッドのお二方に任せておけばいいんです」
     クロエが隣に並び立つ。黒髪と水髪が靡き、先程の一分間を抑えていた者達を吹く風が癒していく。エコーのリングが風にあおられ、リンと音を響かせた。
     そしてクロエが視線を向ける、その前では。
    「引きこもり先が富士の樹海とかいい趣味してやがるなあの野郎」
    「本当にだ。自然の迷宮にさらに迷宮を重ねてくるなんてな」
     言葉はあくまで冷静に、しかしその身体を覆う炎は熱く。
    「さぁて、年貢の納め時ってやつだぜ?」
     ここをてめぇの墓場にしてやるよ、セイメイ!
     雷歌が身体に、刀に炎を纏い波状攻撃の中に踏み込む。セイメイの衣の淵を焼き切るが、しかし浅い。続く紫電の衝撃波も結界に阻まれ、届かない。
     だが、それでいい。より注意がこちらに向けばそれでいい。
    「周!」
    「応!」
     交わされるのは言葉のみ。炎の上から、さらに炎が飛び込んできた。
     着地の勢いを殺すことなく身体を沈み込ませるように大きく前へ。セイメイの目線が、確実に周の目とかち合う。腹に、炎が突き刺さる。
    「魂の込められた拳の重み、存分に味わえ!」
     アタシら灼滅者のな!
     これが反撃の狼煙だと言わんばかりのその一撃に、王の身体が僅かながらに揺らいだ。
     更に続く攻撃が、その揺らぎを大きくしていく。
     セイメイの表情が歪んだ。
    「この私とした事が、傷を負いすぎましたか」
     五芒星が紡がれる。光る星がその身を包み、灼滅者達が付けた傷をたちどころに治していく。
     それでも、治せない傷はある。攻め続ければ、あるいは。
    「随分としたチャンスだな……」
     ルフィアが呟く。宙で急に角度を変える帯を巧みに操りながら、言葉を続ける。
    「これはそう、あの時のような……そう、あの時……」
     顔が、隣で矢をつがえている円へと向けられた。
    「どの時だっけかな?」
    「ええっ!?」
     真顔の問いかけに思わず矢を取り落としそうになるが、それでも狙いを定め、放つ。
    「こ、こんな時にふざけないでよぉっ!」
    「スマンな、こういうキャラでな」
     あくまでも飄々としたように流す、角を持つ女性を見て、怒る狼の姿の少女を見て、そして先程少女が放ったものを見て、ふざけてるのもお前も大概だろうと障風は呆れる。
     五芒星の結界に突き刺さるニラ、もとい円の放った矢。その手に持つのは餃子型の弓。
     軽くため息をついて、数秒で冷静に戦場を見渡す。まだ、周囲ではノーライフキング達と戦う仲間がいる。こちらに駆けてくる仲間もいる。クロキバは、こちらに駆けてきてる。だが、遠い。闇堕ちしていた灼滅者に声をかけている一団も見える。
     セイメイは今は回復を行った。俺も攻撃に。
    「いや」
     回復に専念だ。最もダメージが深刻な者を見極め、援護の光輪を投げ飛ばす。
    「この私の遠大なる計画が、たかが予知如きに遅れをとるなど……許しません」
     セイメイの言葉。同時、殺気にも光。
     宙を塗りつぶし、白く光が襲い掛かる。光であるはずなのに、妙に遅く、視界がゆっくりと。当たったら一溜りもなさそうだと、動けない身体でも冷静に働く思考。
    「っせるかぁ!」
     全身に衝撃。突き飛ばされ、背中を強く地面に打つ。一瞬眩む障風の視界に、血と炎が散る。
    「大丈夫、みてぇだな……!」
     額に脂汗を流しながら、雷歌が背中から炎を噴きあげながら、己を見ていた。
    「雷歌さん、張り切り過ぎっすよ……!」
    「そう言うお前もだろうが」
     隣では円を庇った優子もまた、光を湛える手をかざした傷口から血を溢れさせていた。
    「にひひ、自分にとっては田子の浦での雪辱戦っすからね……!」
    「違いねぇ」
     互いに笑う。己の技をもって癒そうとする傷は、しかしその深さを軽く回復させるだけにしかならず。
    「全く、二人とも無茶するんですから」
     ヤレヤレとクロエが、同じく血を流しながら首を振る。
    「そういうクロエも、十分無茶しているだろう?」
    「おや、ボクはボクの仕事をしているだけですよ?」
     アタッカーを庇うと言う仕事をね。
     その言葉に、ルフィアの口の端が軽く釣り上がる。
    「なら、私達も仕事をしっかりとしなければな」
    「だね! 行くよビスマスくん! ……なめろう餃子神霊剣っ!」
     ルフィアと円が剣を携え走る。攻撃を往なしながら、しかし傷が増えていくセイメイは明らかな動揺が見て取れた。
    「あなた達を倒し、クロキバを傀儡とすれば―――……―――クロキバー!」
     喧噪の中、敵であるクロキバを呼ぶその姿がどこか哀れに映る。
     しかし振り回される2つのチェーンソー。踊り唸る刃に倒れる仲間。それでも止まらない刃に、旭が咄嗟に武器を構える。
     が、衝撃はなし。己を庇う優子を、さらにクロエが庇っていた。
    「……無茶しすぎはどっちっすか」
    「……言ったでしょう?」
     仕事をしているだけですって。
     崩れ落ちるクロエを素早く受け止めつつ、優子は旭を見る。
     頷いて、旭は駆けだした。隣に、深い傷がない周が並ぶ。
     言葉はない、後ろを軽く見やれば護り刀を地面に突き立て、血だまりに片膝を付いている雷歌の姿があった。親指を立て、行って来いと告げている。
     五芒星が再び光る。ボロボロになったセイメイが何かを言っている。だが、どうでも良かった。
     赤と黒が、炎と影になる。
     ―――お前だけは。
     炎が跳ぶ。灼滅者達の攻撃に、火花が、風が、斬撃が飛ぶ。
     ―――どんな理由があろうと、お前だけは……。
     影が刃を、殺意を握り込む。殺到する灼滅者達に紛れ、その水晶の背中に回り込み。
     ―――殺す。
     殺到する攻撃の中、炎の拳と、影の刃が、確かに両側から突き立てられる。
    「前クロキバよ」
     同時、朗々と響く声。
    「かつてクロキバだった者達よ。私に力を与えてくれ」
     クロキバだ。
     クロキバが、その頭上に白く燃え上がる得物を振り上げる。セイメイの喉が、口が震える。
    「あなた達、灼滅者と因縁を持ってしまったことが」
     この私の最大の失策であったというのですか……。
     血を吐き出しながら紡ぎ出された言葉。
     炎を振り下ろすクロキバの表情は、何も読み取ることはできなかった。

    ●崩壊
     セイメイがいなくなった聖域。
     クロキバが、立ち去ろうと背を向ける。追いかけ、声をかける仲間達。
    「やったな」
     セイメイが消えたところを、じっと見つめていた旭に声がかかった。振り向けばルフィア、円、そして障風の姿。
     ガクにクロエを運ばせつつ、優子も駆けてくる。エコーは心配そうに辺りを飛び回っていた。
    「クロキバも……いや、クロキバからも、救出できたみたいだぜ」
     言葉に、集まる一同の視線がクロキバだった、気を失って倒れる者へ、向けられる。
     肩を叩かれる。振り向けば、片手を上げて笑う周。無表情だった顔が仕方ないなと笑みに崩れ、ハイタッチの音が鳴った。
     紫電に肩を貸してもらいながら、雷歌がゆっくり歩み寄る、地面に強い振動、轟音。
     神域の一部が崩壊し、天井の一角が落下する。雷歌の持つ無線が唐突に、他の場所を探索していた仲間の声を拾い上げた。迷宮の主が灼滅されたことで迷宮が保てなくなった、その影響か。
     何にせよ、目的を果たした今、こんなところに用はない。
     優子が笑う。
    「いやー、ほんっとうに……上手く行った……」
     かどうかは、分からないっすけど。と、消えた、仲間のことを思う。
     笑みを少し陰らせながら、それでももう一度、その陰りを払拭して、屈託のない笑みを見せる。釣られて、仲間達も程度の差はあれど、笑う。
    「今度こそ、ハッピーエンドっす!」
     その言葉を残して。
     一同は、この迷宮から姿を消した。

    作者:柿茸 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ