君を連れていくから

    作者:内山司志雄

     これは、ある人物のソウルボードに存在する架空の地での出来事――。
     
    ●ひとかけらの意地
     埼玉県オギトラス市一七五番区。
     そこは一見普通の、とある小さな市街を再現したような景観だが、その周辺一帯はトランプの『クラブ』に似た形の樹木によって完全に取り囲まれている。
     町は、この深い闇の森の出現によって、世界から完全に孤立した集落と化していた。
     
     かつて、『国道』と呼ばれていた自動車道は現在、鬱蒼と生い茂る森の木々の中に続いている。だが、町の境界を一歩越えれば、その先は何も見通すことが出来ない……なのに国道を飲み込んだ深い暗闇は、まるで誰かが踏み入ることを期待しているかのように、大きな口を開けて待っている。

     国道沿いにあるファミレスのバックヤードに、文人達は隠れていた。
     彼の背中にぴったりとつき従い息を潜めているのは、昔から近所に住んでいたという娘。歳はたしか二十四。名をシゼミといった。
     文人は弾倉に残った弾を数える。……あと三発。
    「たったこれだけで、あの数とどうやって戦えと……?」
     実際に扱ったことも無い拳銃を手にして一端のヒーロー気取りでいる自分がなにか滑稽にすら思えた。
     文人は、未来に絶望しかないこの町と決別し、森を抜ける決心をしたのだが、周りの人々は森の入り口付近に徘徊する化け物の話を持ち出し、不可能だと決め付けた。……そんな市民達の中でただ一人、共に行きたいと願い出たのがシゼミだった。そしてシゼミは文人に対する密かな想いを告白し、外の世界へ出たあかつきには二人で家庭を築こうと言ったのだ。
    「文人さん、わたし怖い……!」
     シゼミの震えが背中を通して伝わってくる。
     もし独りだったならば、あるいは怖気づいて町へ引き返したかもしれない。だが、自分に想いを寄せてくれている女がいる以上、今更ないがしろにはできない。
     自分は決して頼りがいのある男ではないと思うが、それでも彼女は自分を信頼し、危険な賭けに自らの命を託してくれたのだ。
    (絶望の中で生き長らえるくらいなら、たとえ死んででも希望に喰らいついてやる!)
    「心配するな。必ず君を連れていくから」
     そして遂に、文人はシゼミの手を取り、走り出した。
     死と絶望が口を開ける道へ向かって……。
     
    ●護衛任務
    「とある男性の精神世界が、シャドウによって蹂躙されようとしています」
     そう切り出した五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、今回の依頼のキーマンとなる荻野・文人という名の一般人男性について説明をした。
    「……ひょんなことから荻野さんはご自身の精神世界に迷い込み、シャドウの標的となってしまいました。けれど、夢の世界で出会ったかけがえのない人を守るために、危険な相手へ立ち向かおうとしているのです。いくら本人の夢の中とはいえ、シャドウに干渉されているいまとなっては、一般人がひとりで戦ってどうにかなる状況ではありません。どうか、皆さんで彼を無事にソウルボードから救い出してあげてください」
     先の見えない不安を象徴するかのような闇に包まれた森……文人がそこを無事に通り抜けることができれば、彼の心を破壊しようとするシャドウの目論見はひとまず潰える。
     シャドウは力の抑制を余儀なくされているとはいえ、もともとはダークネスの中でも特に強大な力をもつ敵だ。そのうえ知力も高い。しかし、たとえ完全には退けられなかったとしても、文人の心をシャドウの呪縛から解き放ちさえすれば、敵は興を削がれて撤退しはじめるだろう。
     また、場合によっては思いもよらない不意打ちを仕掛けてくる可能性も考えられる。
     万が一文人がシャドウの策略にはまり失意の底に落ちてしまった場合、彼は二度と現実世界に目覚めることはなくなってしまうだろう……。
    「シャドウはすでに岡野さんのすぐ近くで息を潜め、ずっと監視しているという解析結果が出ています。……ですが、いついかなるタイミングで姿を現すのかは分かっていません。道中はくれぐれも気を付けてくださいね」
     さらに、その道中においても、巨大な昆虫のようにも見える得体の知れない姿形をしたモンスターが多数徘徊している。ただし、個体ごとの戦闘力はダークネスによって支配下に置かれた強化一般人などと大差無い。つまり、一般人の文人にとっては充分な脅威となり得るが、灼滅者達が恐れるには及ばないということだ。
    「長い道のりになるかもしれませんが、皆さんならきっと彼を無事に森の外へ送りとどけてくださると信じています。では……、よろしくおねがいしますね」
     
     人が闇に支配されるがままの世界など、我々は望んでいない。
     その手で明日を切り開き、必ず生き残れ。


    参加者
    風音・瑠璃羽(高校生魔法使い・d01204)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    紫・アンジェリア(魂裂・d03048)
    洲宮・静流(湧きいずる清流・d03096)
    瑠璃垣・絢(ペインキラー・d03191)
    ルイーザ・ヴァレンティノ(ルナ・ヌエバ・d04273)
    デルタ・ワイズ(放たれた矢・d04735)
    神木・璃音(アルキバ・d08970)

    ■リプレイ

    「【遠祖神 恵み給め 祓ひ給へ 清め給へ】」
     そして、静流は静かに目を閉じる――。

    ●見ず知らずの仲間
     文人達の前方にはクマムシに似た五体のモンスターが蠢いていた。
     森との境界を警護する衛兵の如く辺りを行き来しながら、触覚をせわしなく動かしている。
     二人は物陰になる場所を探して、少しずつ距離を縮めてゆく。
    「いさという時の為に、これは君が持っていてくれ」
     文人は拳銃をシゼミに託すと、自身は足元に転がっていた棒状の鉄くずを拾い上げた。
     前方を覗き込む……ここを真っ直ぐ突き走れば、最短距離で森へ入れる。タイミングを計り突撃のサインを送ろうと、文人がシゼミを振り返ったその時……。
     二人の気配を嗅ぎ付けた一匹のモンスターが、車の陰からぬらりと姿を現した。
     ――!! シゼミの悲鳴と共に轟く一発の銃声。
     頭部から体液を噴き出して身をよじり、奇声をあげる巨大生物。もはや文人に躊躇している暇は無かった。シゼミを引き寄せ脇目も振らずに森へ向かって全速力で走り出す。周辺のモンスターも銃声に反応して集まりはじめていた。
     森の木々がざわめいた。すると、赤子ほどの大きさもあろうかというハエに似た化け物が四匹、耳障りな羽音をたてて上空から飛来する。
     森の境界を踏み越えた所で、ハエの襲撃を受けた文人の足は滞った。鉄の棒で叩き落そうとするも、空から四対一で来られては手も足も出ない。
     シゼミが発砲した。が、頼みの銃弾も当たらなければ意味が無かった。
     落胆する二人を嘲笑うかのように、敵はケタケタと胴を震わせ襲い掛かる。このままでは周囲の化け物にもやがて追い付かれてしまうだろう。
     ここでなぶり殺しにされ、万事休すか……。

    「あきらめないで!」
     ――凛として透きとおるような少女の声が、萎みかけた文人の心に響いた。

     顔を上げると、そこには風の妖精と見紛うばかりの藍い髪の可憐な少女がいた。両手に振るった刀の衝撃波で、空飛ぶハエを切り裂いてゆく。
     少女の名は、風音・瑠璃羽(高校生魔法使い・d01204)。
    「お待たせしました。お二人のために参りました」
     続けて、激しい風を巻き起こし現れたのは、異国情緒漂う神秘的な美女、ルイーザ・ヴァレンティノ(ルナ・ヌエバ・d04273)。
    「これより灼滅を開始します」
     深紅色のドレスに身を包んだ華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が空へ手を翳し、仲間達に魔法のような力で障壁を張り巡らす。
    「絶望も希望も、私の中に、此処にある」
     紡いだ言葉と共に、紫・アンジェリア(魂裂・d03048)は猫を思わせる身のこなしで文人とシゼミの前に躍り出ると、みずから盾の代わりとなった。
    「文人兄さん! 私も行く! 私を置いていかないで」
     見事なブロンド髪が、黒い空間にあでやかな波をえがく。
    「君らは……?」
    「脱出しようという人がいると聞いたので、一緒に行かせてください」
     尋ねる文人に、紅緋はそう申し出た。
    「アヤって言うの。よろしくね?」
     瑠璃垣・絢(ペインキラー・d03191)は素早く繰り出した結界糸で一気にハエを撃墜。……しかし、虫が苦手な絢は、次の瞬間ボトボトと落ちて来た巨大な死骸に青褪めた。
    「やだー! 頭文字にGの付く虫とか出て来たら許さないから……っ!!」
     ハエを退治した一行だが、すでに新たな危険が迫ろうとしている。背後には、あの巨大クマムシ、そして左右からはまた別の……。
    「囲まれております。詳しい説明は走りながらと言うことで……」
     ルイーザはそう言って二人を促すと、仲間達と隊列を組んで森の奥へ分け入った。

    ●疑惑と誤解
     絢のESPのお陰で行軍は思いのほか楽に進んだ。先程の化け物はもう追って来ない。
     灼滅者は、自分達も文人の話を聞いた者だと説明し、改めて挨拶を交わす。
    「ん……よろしく」
     デルタ・ワイズ(放たれた矢・d04735)は控えめに。
     ヘッドフォンを首にぶら下げた格好で、神木・璃音(アルキバ・d08970)も軽く頭を下げた。
    「俺は、待ってる人がいる。だから絶対に通り抜ける」
     洲宮・静流(湧きいずる清流・d03096)は自らの決意を口にすると同時に、文人にもこう尋ねた。
    「森を出たら、何をしたい?」
     訊かれ、文人はシゼミを振り返る。
    「こいつを、幸せにしてやりたいと思ってる」
     彼は誇らしげにそう答えた。
    「二人とも仲良しさんね。いいなあ……。どんな所で知り合って、どんな風に仲良くなったの?」
     絢の質問に答えようとした文人だが、それについての記憶が出てこない。
     シゼミは彼を叩きながら、代わりにこれまでの経緯を語って聞かせる。
    「ああ、そうだったな」
    「忘れるなんて、ひどいわ!」
     まだぎこちなさはあれど、仲睦まじいカップルに思えた。
     だが、そんな二人を見つめる灼滅者達の胸中には、一方でシゼミに対する疑念も湧く。

    『シゼミはシャドウの仕掛けた罠ではないか?』と。

     愛する者からの裏切りは、人に耐え難い苦痛をもたらす。故に、心を壊そうと目論むシャドウがそれを狙ってくるのは、きわめて妥当な線だろう。
     が、まだ確証は無い。
     いきなりシゼミを問い詰めるような真似をすれば、却って敵の思う壺だ。
     そこでアンジェリアは、文人の傍で彼を慕う振りをしつつ、シゼミの動向を見張ることにしていた――。

     その後も幾度かモンスターの襲撃を迎え撃ちながら一行は進んだ。
     アンジェリアは二人のガードを請負い、瑠璃羽とデルタが囮となって敵の懐へ切り込んでゆく。
     璃音は敵の無力化を図ることで戦況を有利に運び、絢とルイーザが弱った相手へ次々と止めを刺していった。
     後方からは紅緋が前衛の死角を護り、静流が仲間全体のフォローに徹する。
     彼らの戦闘技術の高さに、文人はただ舌を巻くばかり。
    「……ターゲット、ロック。ファイア」
     デルタのバスターライフルが火を噴き、また敵を仕留めた。
    「いくら倒してもきりがなさそうなので、早くに突破したいですねー」
     木々の根元から、枝から、土から、あらゆる場所から化け物は姿を現した。この森全体が、まるでそれらの母体であるかのように。
     だが灼滅者達の護衛の甲斐あって、文人とシゼミは身の危険に晒されることなく森の出口付近まで到達した。

    「待って」
     堪りかねた表情でシゼミが呼び止めた。
    「足が、もう……」
     言ったそばからシゼミはその場に座り込む。思い返せば、かれこれ四半日もあるき通しだったように思う。一般女性にとっては体力的にも辛い行軍かもしれない。
     しばらく休憩にしよう。誰からともなく声があがり、一行は休憩を取ることに。
     デルタ、瑠璃羽、紅緋、絢の四人で交互に周辺の見張りをしている間、アンジェリアは煙たがられながらも、文人の傍に居座り続ける。
     そして、璃音達はそれを遠巻きに監視していた。
    「心の支えになってる人を疑うのは良い気分じゃないっすけどね」
    「出来うることなら何も無ければよいのです。信じる事は素晴らしいのですから」
     ルイーザとしても、そう願わずにはいられない。
    「ねえ、どうして……」
    「え?」
    「どうして、わたしたちの邪魔をするの? 彼はもうわたしのモノなのよ。後から来た分際で我が物顔しないで」
     苛立ちが限界に達したのか、シゼミはアンジェリアに喰って掛かった。
    「シゼミ、落ち着けよ。そんな言い方しなくたって」
    「――文人さんまで!」
     シゼミの嫉妬は止むどころか、ますますヒートアップした。
    「もういいわ。そんな浮気な人とは思わなかった。さよなら……!」
     そしてとうとうシゼミは独りその場を去る。
     追いかける文人に付いて行こうとするアンジェリアを、彼は拒んだ。
    「悪いけど、この先は二人だけで行かせてくれないか」
    「ダメよ。危険すぎるわ!」
    「シゼミはどうなっても良いって言うのか!」
     罠の可能性がある以上、シゼミと二人きりにはできない。けれども、彼女へ何の疑いも抱いていない文人に対し、どう話せば受け入れてもらえるだろうか。
     そうやって押し問答しているうちに、奥からシゼミの悲鳴が聞こえてきた。
     文人に先んじてシゼミの後を追った璃音、ルイーザ、静流の三人は、彼らが辿り着いた場所で大きなカマをもつモンスターに囲まれ腰を抜かすシゼミを発見。すると三人の到着を見計らったように、背後からは長い触角をもった別のモンスターまで現れた。
     一斉に動き出す化け物ども。背後から来る敵を、ルイーザと璃音が迎え撃つ。静流はシゼミを囲む敵を、氷の魔法で引き付けた。
    「シゼミ!!」
     文人が危険も顧みず彼女の傍へ駆け寄ってゆく。
    「文人兄さん! 危険よ!」
    「離せっ、いい加減にしろ!」
     アンジェリアの腕を振り払い、文人はシゼミの元へ辿り着いた。
    「シゼミ! すまなかった」
    「そう……それでいいのよあなたは」
     優しく微笑むシゼミの右手が、スッと文人へ差し向けられた。
     その手をとろうとする文人。
    「愛してるわ――」
    「まずい、離れろ!」
    「え」
     静流が警告を発した。
     直後、不可思議な色を放つシゼミの腕から、何かが飛び出した。

     ドッ。

     強い力に押されてバランスを崩した文人は、ゆっくりと後ろへ倒れ込んだ。
     シゼミの顔が隠れて見えない。シゼミの優しい微笑みを遮ったのはあの少女。
     ……アンジェリアだ。

    ●希望の目印
     車輪のような光彩がアンジェリアの肩や脇腹を通り抜けていった。苦痛に呻いた少女は前屈みに崩れ落ちる。
    「文人兄さん……」
     無事を確かめるように、苦しげな声が文人を呼んだ。
    「本当に鬱陶しい小娘――」
     その向こうで豹変したシゼミの顔に、文人は愕然となった。
     文字通り化けの皮を剥がしたシゼミは、まるで別のおぞましい姿をさらけ出す。
     まさしく彼女こそがシャドウだった。
    「嘘だろ……?」
    「やはり、か」
    「……こういう陰険なのって大っ嫌い!」
     追い付いた瑠璃羽達も、モンスターを蹴散らしシャドウと対峙する。
    「褒めるトコ皆無だけど、斬り応えだけはありそ、ね」
     絢はモンスターの死骸を踏み越え、ティアーズリッパーでシャドウに切り掛かった。
     紅緋がデッドブラスターを撃ち込み、デルタが隙を突いてアンジェリアと文人を拾い上げる。
    「お前等さえ来なければ、ソイツは疑いもせず自らの足で絶望へ転がり落ちていったものを――」
    「残念ですが、ここで終わりにしましょう。夢はいつかは覚めてしまうものですから……」
     ルイーザはロッドを翳した。魔力を宿した霧がクラッシャーを包み、破壊への衝動を駆り立てる。
     デルタが引き金を引く。一条の光線が闇の森を照らし、シャドウを貫く。

    「俺の……、俺の信じてたものは、一体何だったんだ……?」
     文人は前途を見失い、天を睨め上げた。

    「あなたが本当に大事だと思ってるものは、森の外にあるの! お願い、それだけは信じて、ここから出ると強く願って!」
    「お前等に出口など無い。――あるのは絶望の下り坂のみ!」
     森全体がうねり始め、次々にモンスターを吐き出す。
    「えぇいっ!」
     瑠璃羽は緋い魔力を宿した剣でシャドウを切りつける。群がるカマが、瑠璃羽を切り裂く。シャドウはクラブの紋章を浮かべ、クツクツと笑った。
    「無駄だよ――」
    「絶対に……私は、諦めないっ!」
     静流の癒しの光によって、アンジェリアは再び立ち上がる。
    「動けるか?」
    「……ええ、ありがとう。まだいけるわ」
    「君!」
     文人がアンジェリアを呼ぶ。
    「すまない……」
     少女はゆるりと頭を振り、微笑んだ。
    「文人兄さん、森の外には希望があるんでしょう?」
    「――ああ。そう……だな」
    「なら、一緒に行く! 私達と繋がって一緒に行こう?」
     文人の唇が微かに震えた。
    「わかった」
    「行きましょう」
     景色が明るみを帯びはじめている方角を目指し、九人はまた走り出した。
     だが、シャドウ勢はそこへ立ちはだかる。
    「ブラックフォーム起動」
     紅緋は敵に銃口を向けて突き走る。
    「さあ、影は影らしく光の中に消えてください!」
     漆黒の弾丸がモンスターの腹を撃ち抜き、塵に還す。
    「光迅よ、審判を」
     静流の魔法が追っ手を阻むように降り注いだ。
    「『想い』って何よりも強いんだって……大丈夫、絶対に乗り越えれるから!」
    「……ま、その位の気持ちで頑張りますか」
     璃音の燃える炎がシャドウのエンチャントを焼き払う。
    「絶望はいつだって、予想を超える。それでも、私は抗ってやる。飛び続ける矢のように」
     予言者の瞳で敵を捉えたデルタの砲撃の前に、モンスターどもは消し飛んだ。
    「そろそろ起きる時間だ。お帰り願おうか」
    「そうは行くか――。希望に燃える輩こそ貶めるのが愉しいというのに――」
     敵のセブンスハイロウが飛ぶ。文人を殺そうとしたあの光彩が、再び前衛を切り刻む。
     シャドウの強さは、やはりこれまでのモンスターと比較にならなかった。
    「くっ……う!」
    「恵みと癒しよ、降り注げ!」
     灼滅者達の悲鳴で、文人は振り返った。
    「おい、大丈夫か!?」
    「立ち止まるな! 森を出ると決めたろう?」
    「いや、だけど……!」
    「走れ! 森の外まで! もう薄々気が付いているはずだ。これはあなたが見ている夢にすぎない」
    「!!――」
     告げられた事実に、文人は息を呑んだ。
    「いつか現実のどこかで会えるといいね、お兄さん」
     絢のあどけない笑顔が、初めて現れたあの時のように文人を振り返った。
    「大丈夫。明けない闇はないってね♪」
     風にたなびく赤いリボンと藍い髪。決して折れなかった瑠璃羽の心。
    「信じるとは尊い事ですね。……貴方をお守りできて良かった」
     包み込むような、ルイーザの穏やかな眼差し。
    「覚めない、悪夢は……無い。だから……進み続けるんだ……どこまでも、ね」
     デルタが、文人の背中を押す。
    「みんな……」
    「さあ、今のうちですよー。行ってください」
     敵を撃ち落としながら紅緋が文人をおくりだす。
    「――これ以上わたしを不機嫌にさせるなら、お前等からまず地獄を味わわせてやろう!」
    「絶望も希望も、私の中に、此処にある。シャドウなんかに、渡さないわよ」
    「とっておきだ……降り注げ、氷雨!」
     ほんのひと時、心を通わせてみたその人に。
     誇りを示してくれた仲間に。
     文人は背中をあずけ、再び光の射すほうへ全速力で駆け出した。
    「もし本当にこれが夢で、無事に目が覚めたなら、今度は俺が――」
     やがて、眩いほどの光が降り注ぐ。
     ゲーム終了を悟ったソウルボードの侵略者は、崩落する闇の森から去っていった。
     時の歯車が現実世界へ重なるとき、灼滅者達の心に、文人の誓いの言葉が聞こえた。

     *

     さようなら、夢の人。
     今度は俺達大人が、君らを明るい未来に連れていくから。
     

    作者:内山司志雄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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