富士の迷宮突入戦～潜入者達の選択

■リプレイ

●いきなりの誤算
「ここが……富士の迷宮ですか」
　風穴の壁に体当たりした筈の本田・優太朗（歩む者・d11395）は顔を上げると周囲を見回し。
「じゃねぇの？　しかし、厄介な場所だぜ、ほれ」
　仲間の声に携帯電話へ目を落としていた久遠・翔（悲しい運命に抗う者・d00621）はそれを他の仲間に見えるよう突き出す。
「……通じてない？」
「ああ、電波が繋がんねぇ。何が影響してっかは不明だけどな。これじゃハンドフォンも無意味だろうぜ」
「ESPも色々と万能じゃないってことね」
　電話をじっと見た天城・呉羽（蒼き鋼の聖女・d26855）に肯定を返し携帯をしまい、肩をすくめれば、ロベリア・エカルラート（御伽噺の囚人・d34124）は紙の上にペンを走らせつつ嘆息する。手を使わず携帯で話せようとも、電話自体が使えなければ無意味だし、スーパーＧＰＳにしても作成中の地図に記載されたエリアに戻ってきた時に位置が解るだけなので実質的にただマッピングしてるのとあまり差がないのだ。
「ん、だいたいこんな感じかな？」
　それでもとりあえず迷宮側の出現点の地図を書き終えると紙面から顔を上げ。
「準備は良いか？」
　と、声には出さずハンドサインで仲間達に確認したのは、綱司・厳治（窮愁の求道者・d30563）。これに倣い無言で縦に振られた首が複数。
（「漸く、今まで色々好き放題してきたセイメイに手が届くの」）
（「千載一遇のチャンスってやつですね！　きっちりダメージ入れておきましょう！」）
（「もちろんなの」）
　会話している訳でもないのに視線の合った小早川・美海（理想郷を探す放浪者・d15441）と天城・紗夕（蒼き霧の聖女・d27143）は奇跡的に目での会話を成立させて頷き合い。
（「可能ならこの手でセイメイを倒しに行きたい所だが……」）
　直接殴れないのは残念だけどとしつつも「企みぶち壊して悔しがらせるの」とが上方を見れば、同じように天井を見上げたアルディマ・アルシャーヴィン（リェーズヴィエ・d22426）も己を律すように拳を握り締めると視線を前方に戻すなり蛇に転じた。
「みぃ」
　続く形で猫へと姿を変えた美海はすぐに元の姿へ戻る。
「先行偵察して敵に見つからないようにするつもりだったけど」
「これは想定外、ね。もうアリアドネの糸も……」
　ある意味笑うしかない状況であった。ぶっちゃけると、下層に向かおうとする灼滅者達が多すぎたのだ、もうこれ一塊になって突き進んでいった方が早くね、と言いたくなる程に。
（「またとない機会……無駄にしないようにしないと」）
　それでも真剣な面持ちを優太朗が崩さないのは、稀少な機会であることが紛れもない事実だからだろう。
（「エクソシストとして、滅多に宿敵と戦える機会が少ないからだなんて……ええ、そんな考えからではありません」）
　だからこそ、声に出さなければ真意は闇の中。
「下手にこそこそ行くより見敵必殺で押し潰してゆくべき、とかな」
「セイメイの邪魔できるの楽しみ。がんばろ？」
　もはやハンドサインも用を為さず、想定外の事態に何とも言い難い顔をした厳治へマイペースに声をかける呉羽。
「こうもこっちに戦力が集まってると上に向かった皆さんが心配ですが……」
「今更行き先変更は出来ねぇだろうしな、それより……始まったぞ」
　お人好しらしく別目的で動いた仲間を案じる優太朗へ応じた翔が眼鏡を外し口調を荒くすれば、戦闘が始まったらしき前方を示し、一同も戦いへ突入するのだった。

●下層へと
「何というか、本当に酷いですね」
　げっそりとした様子で蹴散らされたゾンビやスケルトンとの戦闘跡を後方に紗夕は迷宮を行く。目につく敵は片っ端から刈り取られ、「数の暴力って怖い」を地で行く流れに心が疲弊したのかも知れない。
「あ」
　だからこそ、強襲は突然だったが。
「えいっ」
「っきゃあぁぁ」
　膝の裏を押され、姿勢を崩した紗夕は悲鳴をあげ。
「呉羽ぁぁぁぁぁぁぁ！？」
「よし、元気出た」
　振り返って犯人を目撃し回りの迷惑にならないよう自制、静かに叫ぶ義姉の様子を見て、呉羽は感情を表に出さぬままぐっと拳を握る。
「緊張をほぐす余裕があるのは良いことと思うべきか」
「順調すぎて揺り返しが怖いレベルなの。それはそれとして……また、もふもふ出来ない死者なの」
　アルディマと会話する美海は前方を指し示すと漆黒の弾丸を形成する。
「デッドブラスター、しゅーと、なの」
　何度目の戦闘かは解らない。ただ、見つけた以上は攻撃有るのみであり。
「時間を割くのも勿体ない、直ぐに勝負を付けさせてもらう」
　手にした妖の槍に捻りを加えつつ、アルディマは既に死んでる自殺志願者向けて駆け出した。
「うっ」
　それから、何度戦いをこなし、下へと進んだか。
「更にきつくなった気がしない？」
「生臭ぇ」
　奥に何があるのかなと楽しげにしていたロベリアの顔を引きつらせた酷い悪臭に、幾人かの灼滅者は手で鼻と口元を覆っていた。
「眷属を考えればこの臭いも些少は仕方ありませんけど」
「うん、異常すぎ」
「嫌な予感しかしないな」
　それでも足を止める訳にはいかない。立ち止まれば下を目指す集団から孤立してしまうし、目的も果たせない、そも。
「ちっ、ンな時に限ってめんどくせぇッ」
　立ち止まってゆっくり考える暇を与える程迷宮は優しくなかった。両手をだらりと下げた前傾姿勢から翔は毒風の竜巻を放ち、遠方からよたよたと近寄ってくる動く死体の群れがこれに飲み込まれる。
「これとかが臭いの元ってことはないよね……」
「無いと思います、おそらくは。もう鼻自体が麻痺しそうですけれど」
　影の触手でゾンビの一体を捕らえるロベリアに紗夕が冷たい炎を解き放ちつつ頭を振りつつ顔をしかめれば。
「大丈夫、さゆ姉も私も実質全裸だから」
　何の根拠もないことを言ってのけつつ呉羽が親指を立てる。
「呉羽ぁぁぁぁぁぁぁ！？」
「実質全裸シスターズの前に敵はない。だって――さゆ姉のことは深く信頼してるから、ほんとだよ？」
「信頼はいいけど、そのコンビ名、何？！」
「やっぱり『シスターズ』の後ろに『ＬＯＶＥ』とか入れてみた方が良かった？」
　どんどん酷くなって行く提案だが、コントのような展開がそのまま続くことはなかった。
「敵は片づいた、先に進もう」
　血糊でも振り払うかのように妖の槍を振るったアルディマが最後の一体を突きで仕留めていたのだ。
「臭いも強くなってきてるし、近いのかな？　アルルカン、周りの警戒引き続きヨロシクね」
　ロベリアはビハインドに声をかけると再び歩き出し。
「っ」
　更に敵との遭遇撃破、進軍を幾度か繰り返した灼滅者達は、広大な空間へと辿り着き、目にする。
（「セイメイからは三文役者の匂いがしてた。カンナビス然り、そういう奴の策は成就すべきではないと考えてもいた訳だが……」）
　厳治の予想は当たっているかどうかはさておき、ロクなもので無かったのは事実だろう。大広間とでも言えそうな空間には膨大な数の死体があったのだから。
「これは、死体の保管庫でしょうか？」
　一万に届きそうな数の犠牲者を目に驚き、声を絞り出したのは、誰だったか。
「安らかに……」
　優太朗は命を落とした者達への礼儀として黙祷を捧げる。これだけの犠牲者を作り上げた元凶に憤ろうとも直接手を下せる場所に灼滅者達は居らず。
「どうする？　調査はするんだろうけどよ」
　持ち帰れるモノがあれば持って行くつもりの翔だったが、死体しかないというのは想定外であり。
「待って」
　罠を警戒していた紗夕が声を上げたのはその直後。前方にあった死体達が動き始めたのだ。

●もう結果オーライでいい気もする
「数は多いけどそれだけなの」
　動き出す死体、その目的が歓迎でないことは明らかだが、白の王が準備してきた何かがゾンビの類であると予測していた美海は動じなかった。そも、セイメイの研究成果というのならば放置は出来ない。
「少ない数の戦力だけでここに辿り着いたとしたら、流石に勝ち目はないと撤退していたかも知れませんけどね」
　幸か不幸か、やり合えるだけの戦力がここには居たのだ。
「最初から決めていたことだ」
　魂の奥底に眠るダークネスの力を注ぎ込みながら、厳治は呟く。
（「見付け次第ぶっ壊す、と」）
　幾人か調査を考えていた仲間が居たようだったが、厳治は違ったのだ。始めから壊すことしか考えていなかったからすれば、白の王の企みが自分達に襲いかかってくる敵という形をとったのはまさに願ったり叶ったりだったのだろう。
「さながら作り途中のドミノを倒してやるようにな！」
「ど、ドミノ？」
「そんなことを話してる時間はありませんよ、来ます」
　思わず聞き返してきた仲間も居たが、前方を見据えた優太朗はバベルブレイカーの杭の先端を動き出した死体の一つに向けたまま警告を発し。
「推定五千、こちらの戦力で頭割りすると私達の担当はだいたい三百前後、か。ならばっ」
　妖の槍を握り締めつつ、よたよた歩いてくるそれらを見つめていたアルディマが迷宮の床を蹴る。
「まず一体、倒させて貰う」
　捻りを加えて繰り出した突きはサラリーマンだったらしきものの胴を貫いた。
「お゛ぁあぁ」
　呻き声とも唸り声ともつかないものをあげつつ、倒れたゾンビのポケットから定期券入れがこぼれ落ちる。
「これは……殺されたのはつい最近と言うことか」
　表向きになったケースから覗く定期券はまだ有効期間内だった。
「臭いがきついのはそのせいもあるのかな」
「おそらくなっ、ったく、うぜぇっ」
　右、左、正面、何処を向いても前方は敵で埋まり、冷徹な笑みを微かに歪めた翔は殺到してくる死体達に毒風の竜巻を見舞う事で迎え撃つ。
「っ、範囲攻撃の一つも持ってくるべきでしたね」
　ジェット噴射で敵のさなかに突っ込んだ優太朗も一撃を見舞い、動いていた死体を動かぬ骸へと変え。
「フリージングデス……と見せかけておいてのコールドファイア」
　何かをさりげなく誤魔化しつつ呉羽の解きはなった冷たい炎がゾンビの群れを飲み込む。
「あー、びっくりした。……じゃなくて、翔さん大丈夫ですか？」
「アルルカン、前に出てる人のフォローをお願い」
　思わず義妹を二度見した紗夕が頭を振るなり温かな光で殺到する動く屍を前に立ち回る仲間を癒やせば、ロベリアも指示を出しつつ影を触手にして仲間へ肉迫しようとした敵に絡ませる。
「予想は外れたみたいなの」
　激闘の中、慈眼衆の断罪輪を掲げ、巨大なオーラの法陣を展開していた美海はタフどころか灼滅者の攻撃にばたばた倒されているゾンビ達の姿を見てそう結論づけた。それでも落胆の色を見せないのは、元々マイペースだからか、それとも予想が外れることさえ想定していたからか。
「邪魔」
「お゛ぁ」
　噛み付こうと飛びかかり呉羽に振り払うように投げ飛ばされただけで一体のゾンビが完全に沈黙し。
「がうっ」
「お゛べっ」
　口にくわえた斬魔刀で斬りかかるべく、霊犬のキントキが踏み台にした一体が派手に転倒し動かなくなる。
「えっ」
　思わず声を上げる灼滅者が出るが、無理もない。
「って、おい！　よそ見すんな、来るぞ！」
「あ」
　もっとも、ゾンビは灼滅者達の驚愕などお構いもなく。
「お゛ぉぉお」
「アルルカン！」
　ロベリアの声で飛び出したアルルカンが庇いに入り。
「デッドブラスター、しゅーと、なの」
「お゛ぅぉ」
　美海の撃ち出した漆黒の弾丸に貫かれ、アルルカンに噛み付いたゾンビが倒れ伏す。
「「お゛ぉおぉうぉお゛ぁ」」
「死者は安らかに眠るべきもの。氷棺の中で眠りにつくがいい」
「邪魔だ、どけっ」
　更に厳治が周囲の熱量を奪い動く骸達を凍てつかせれば、アルディマが寄ってきた別のゾンビを影の刃で両断する。
「数は減ってるはずだよ。範囲攻撃が有ればもっとなぎ倒せてるんだけどね」
「呉羽、右っ」
　仲間の構築した霊的因子を強制停止させる結界に複数のゾンビが引っかかる様を見つつ、ロベリアは両手に集中させたオーラを放出すると、今度は紗夕が忠告しつつ剣に刻まれた祝福の言葉を風に変換し開放する。
「済まない、助かった」
　礼の言葉を口にしつつアルディマはオーラを拳に集束させ。
「試してみますか」
　ポツリと呟いた優太朗はサイキックでも何でもない一撃をゾンビ目掛けて繰り出した。

●事実と知らせと
「やはり、有効でしたか」
　殴られたゾンビは倒れ伏したまま起きあがる様子もない。
「けど、これってどう考えても――」
「弱点だな。だがこいつらは数が多く、つい最近ゾンビにさせられたようなものばかりだ」
　こいつらの一体に連続で拳を叩き込みつつロベリアに応じたのは、アルディマ。
「だとすると、白の王の企みは弱点のあるゾンビを大量に作り上げるもの？」
「へっ、ろくでもねぇな。これと同じことを人口密集地で行えればその人口に見合った数のゾンビが生み出されるってことかよ」
　首を傾げた美海が展開する巨大なオーラの法陣に癒やされながら、翔は何度目になるか解らない毒風の竜巻を近寄ってくる死者の群れに見舞った。
「さゆ姉、援護お願い」
　それから何十分戦い続けただろうか。襲い来るゾンビの波もまばらになり、好機と見た呉羽は駆け出し。
「仕方ないわね、ったく……連係、お願い出来ますか？」
「ああ、そろそろ終わらせるとしよう」
　厳治は紗夕の要請に頷くなり呉羽の後を追い。
「喰らえ」
　暴風を伴う強烈な回し蹴りで纏めて数体のゾンビがなぎ倒される。
「うお゛ぁぉあぁ」
　直後に呉羽へ飛びかかろうとした動く屍が急所を切除されて崩れ落ち。
「これで、最後なの」
　残る一体をすれ違いざま美海が非物質化した刃で斬る。
「ようやく、終わったか……」
　激戦だった、どこから疲れた表情で翔は外していた眼鏡をかけ不意に顔を上げ。
「なっ」
　直後のことだった、迷宮が突如大きく揺れだしたのは。
「この揺れは……まさか、ドミノか？」
「いや、ドミノって何だよ？」
「そんなことより……」
「ん？」
　驚きがカオスと混乱を呼ぶ中、翔のポケットから声が漏れ。
「どうしたの？」
「どうも無線が繋がったらしい。ちょっと待ってくれ……うん、そうか」
　無線機を耳に当て二度程頷いた翔は一同へ顔を向けるとセイメイが灼滅されたらしいと告げた。
「なるほど、それでこの揺れですか。では、急いで脱出しましょう」
「そうですね」
「「ああ」」
　事態を飲み込んで出された提案に反対する灼滅者は皆無。
「行きますよ」
　一同の見る景色が迷宮のそれから全く違うモノへと変わり。
「ここは……何処かの学校かな？」
「そうらしいな。ともあれ、何とか脱出出来」
　周囲を見回すロベリアの声に首肯したアルディマの声が不意に途切れ。
「お゛ぉあぁあ」
　その視線の先にいたのは、あちこちに噛み傷のあるゾンビ。
「こいつ、私達の転移に巻き込まれて？」
「どっちにしても放っては置けないの」
　幾人かを驚かせたゾンビだったが、現れたのはたった一体。
「必殺・もふビーム」
　美海のビームで貫かれた動く屍はあっさり倒れ伏し。
「今度こそ終わりですか……学園に戻りましょう」
　謎を残し、富士迷宮突入戦は幕を下ろすのだった。

作者：聖山葵	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2016年3月2日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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