富士の迷宮突入戦~迷いの先に

    作者:篁みゆ

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     

     灼滅者たちが教室を訪れたことに気がつくと、座るように示して神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)が和綴じのノートを開いた。
    「琵琶湖大橋の戦いは、武蔵坂学園と天海大僧正側の大勝利と終わった。安土城怪人勢力の残党達は、本拠地であった琵琶湖北側の竹生島に立てこもっているけど、カリスマである安土城怪人を失った事で離散した者も多くてね、その勢力は大きく減退してしまっているようだ」
     更に安土城怪人に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に戻ってこなかったこと、中立的な立場ながらその献身的な活動で支持されていた『もっともいけないナース』が灼滅された事もあり、組織としての結束力も無く、遠からず自壊するのは間違いない。
    「逆に軍艦島勢力が合流した、白の王勢力は大幅に強化されたよ。僕達エクスブレインとは全く違う予知能力を持つ『うずめ様』、現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』、ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』、そしてセイメイと同じ『王』の格を持つ『緑の王アフリカンパンサー』。彼らは、白の王セイメイのこれまでの失策を補って余りある力を持っているだろうね」
     だが、多くのダークネスを富士の迷宮へと招き入れた事は、白の王に致命的な隙を与えることになった。そう、富士の樹海で探索を続けていたクロキバに、その迷宮の入り口を発見されてしまったである。
     闇堕ちしてクロキバとなった、白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)は先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしている。
     同時に、武蔵坂学園に対して、この突入口の情報を連絡して来てくれたのだ。
    「今こそ白の王セイメイだけでなく、田子の浦の戦いでは討ち取る事ができなかった、軍艦島のダークネス達を討ち取る千載一遇の好機となるだろう」
     そこまで告げて瀞真はひとつ息をつき、そして再び口を開く。
    「残念ながら白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあってね、全軍で攻め入る事はできないんだ。またこの機を逃せば、再び侵入する事はできなくなる」
     迷宮を突破し有力なダークネスを灼滅する事は難しいが、挑戦する意義はあるだろう。参加する灼滅者の皆は、どういった結果を求めるかを相談し、作戦をまとめて突入して欲しい。
    「なお、白の王の迷宮は内部から迷宮を破壊しようとすると外にはじき出されるという防衛機構があるようなんだ。そのため、危機に陥った場合は迷宮自体を攻撃する事で緊急脱出が可能となっているよ」
     ただこの防衛機構により、迷宮への破壊工作もほぼ不可能となっているので、その点は注意が必要である。
    「これまで様々な暗躍をしてきた白の王の喉下に牙をつきつける今回の作戦は、非常に重要な作戦になるだろうね。迷宮からの脱出は難しくないけど、反面、敵拠点に攻め込むには戦力は多くない。成果をあげるには、目的を絞る事も必要かもしれない」
     白の王セイメイを灼滅できれば、クロキバとなった白鐘を闇堕ちから救出することも可能だろうと瀞真は言う。そうすれば……。
    「この戦いは、田子の浦の戦いの雪辱戦でもあるよ。皆の健闘を祈っているね」
     そう言って瀞真は和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    大御神・緋女(紅月鬼・d14039)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)

    ■リプレイ

    ●いざ
     早朝。冷たい空気が肌を刺す。その空気と同じように集った灼滅者達の間に流れる空気も張り詰めていた。
     緊張を保ったまま樹海の中を1時間ほど進むと、隠された風穴の入り口を発見することができた。風穴の内部を10分ほど進んだ先に見えたのは氷柱。どうやらその先に、セイメイの富士の迷宮へと繋がる入り口があるようだった。
    「さて、これよりは迷宮ですね。鬼が出るか蛇が出るか」
    「ふぬぅ、セイメイめ一体どのようなものを隠しておるのかのぅ」
     新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)の言葉に返すように大御神・緋女(紅月鬼・d14039)が呟いた。このチームは下層へと向かうことが決定している。セイメイが隠している何かとは一体何なのだろうか。
    (「白の王をこの手で直接倒したかった気持ちはありますが、彼の目論見を阻止するのも重要ですからね」)
     氷柱を見上げ、深海・水花(鮮血の使徒・d20595)は自分を納得させるかのように心の中で呟いた。
    (「とても、嫌な感じがしますから」)
     感じたそれは、恐らく間違っていないのだろう。
    「白の王の迷宮……どれだけの脅威が待ち受けているのかわかりませんが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。必ずやセイメイの計画を暴きだしましょう」
     いつもの和服姿ではなく動きやすい服装に身を包んだ姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)がチームの皆に声をかける。
    「慎重に、けど気負いすぎずに進みましょう。気を詰めすぎると、思わぬミスもしちゃいますし」
    「そうですね。疲労を取り思考の助けとするために甘い物も持参いたしました」
     月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)に声をかけられて、セカイが少しこわばっていた表情を崩した。それを確認して、彩歌は氷柱を見上げる。
    「けれども強敵から陰謀まで多くのものがひしめく魔窟……今回は予知には頼りきれない分、しっかりと態勢を整えませんとね」
    「ミナカタにも気張ってもらわんとなぁ」
     横にいる霊犬のミナカタをに視線を移した迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)。ミナカタは応えるように尾を揺らした。
    (「以前お話できた先代クロキバさん。彼が消える原因を作ったセイメイの計画を潰すことで墓前への報告に変えさせてもらいます!」)
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)の緑の瞳は氷柱の奥にあるものを見つめているよう。
    「……」
     新沢・冬舞(夢綴・d12822)が黙したまま駆け出す。他のメンバーもそれについていくように駆け出した。

    ●嬉しい誤算? それとも……
     迷宮内部は淡く光っていた。例えるならば、月が明るい夜の雪明りの道くらい明るさである。明るいところから急に来た場合は暗くて見えないだろうが、目が慣れれば光源などは必要ないだろう。
     誤算があるとすれば、20チーム近くの灼滅者たちが下層へと向かっていることだ。これだけの数の灼滅者が下層へと続く道を征くのだから、物音を立てない、極力戦闘を避けるという方針は実行しても無駄である。
     肩を寄せ合うほど密集しているわけではないが近くに他のチームもいるため、よほどのことがない限り連絡を取り合う必要もないだろう。
     敵達もこれだけの人数の侵入を察知して、次々と現れる。スケルトンやゾンビなどのアンデッドが次々と立ちふさがる。
     冬舞が立ちふさがるゾンビに殺気を放ち、炎次郎とミナカタが息の合った動きで叩き伏せる。兎のような軽やかな跳躍から振り下ろされる翡翠の巨大な刀の一撃でスケルトンが粉砕され、死角に入った彩歌の攻撃を追うようにして水花の帯がとどめをさす。七波が回し蹴りを放ち、緋女とセカイがそれぞれ一体ずつ仕留めた。
     数の暴力、過剰戦力で下層へ向かった者達は目に入る敵を蹴散らしながら迷宮を下へ下へと下っていく。隠密行動が無駄であるならば、早く目的地につくように行動するのが吉だ。
    「なんじゃの、この臭いは」
    「お世辞にも良い香りとはいえませんね」
     下層に降りると強烈に生臭い匂いが灼滅者達の鼻孔をついた。緋女もセカイも手で鼻を覆うようにして顔をしかめる。
    「ゾンビがいるのである程度生臭いのは仕方がありませんが……普通のゾンビは死してから時間が経っているので、ここまで生臭くはないはずです」
    「そうやのう。嫌な予感しかしないわ」
     水花の解説に同意を返し、炎次郎も眉をしかめる。それでも灼滅者たちは出てくる敵を倒しながら、下へ下へと進んでいく。
    「臭いはどんどん強くなっていきますね」
     そう、彩歌の言う通り、下へ進めば進むほど匂いは更に強烈になっていくように感じる。
     そして。漸く辿りついた最下層と思われるその場所は、広い広い大広間だった。東京ドームが何個も入りそうなその大広間には――。
    「……これは」
     思わず冬舞が小さく呟いた。その大広間には、大量の死体が集められていたのだ。一万体近くはあるだろうか、その様相はまるで死体の保管庫のよう。
    「つい最近殺された死体のようですね。ゾンビに噛みつかれたような跡があります」
     慎重に死体を観察した七波の報告。
    「これだけの人たちを殺して集めたのですか」
     翡翠の呟き。死体のあまりの多さに、他のチームでも驚きや憤りが広がっているようだった。
     だが、驚きと憤りを高めている時間はそう長く与えられていなかった。
    「――えっ」
     最初に声を上げたのは誰だったか。
    「――嘘……」
     その光景がにわかに信じられなくても無理は無い。
     大広間に横たわる死体のうち、約半数が動き出したのだ。そう、この一万体近くの死体のうち、約半数がゾンビだったのだ。生者の気配を感じて、ゾンビたちが灼滅者たちに襲い掛かってくる。
    「ただ数が多いだけとは思えへんな」
    「ええ。セイメイの研究成果というのならば、今ここで全滅させておかねば、大変なことになるかもしれません」
     炎次郎と七波の言葉に反論する者はいない。
    「ゾンビに殺された死体のようなゾンビ……何か嫌な予感がします」
     水花の感じたその予感の正体はわからない。けれどもやはりここでこのゾンビたちを倒しておかねば、その思いは強くなるだけだ。
    「数が多いですね。それでも出来る限り倒しましょう」
     杖で殴りつけてきたお婆さんゾンビに翡翠は異形巨大化させた腕を振り下ろす。スモックに帽子と肩掛けカバン……幼稚園児位の子どもゾンビのシャベルによる刺突を防ぎ、彩歌は『蒼月之篭手』を手に死角へと入る。
     スーツ姿のサラリーマンと思しきゾンビが3体。飲み会の帰りなのだろうか、うち1体は頭にネクタイを巻いている。その3体を巻き込むように冬舞はどす黒い殺気を放った。
    「どのゾンビも……まるでつい最近まで生きていたかのようです……」
     母親らしきゾンビの押すベビーカーの突撃を受けたセカイが、悲しみと嫌悪の混ざったような複雑な表情で小太刀を振るう。
    「みんな、ゾンビに噛み殺されたような姿のまま、ゾンビになったようですね……それを、こんなにたくさん」
     七波が怒りを抑えたような低い声で呟き、鋭い爪で確実に1体を落とした。
    「これがセイメイの隠しておったものか……まるで地獄のようなのじゃ」
     緋女が喚んだ清らかな風が、前衛を癒していく。
    「ダークネスの、それもノーライフキングらしいやり方やと言ってしまえばそれまでやけど、到底許せるわけはない」
     炎次郎は、多くのゾンビを巻き込めるようにと結界を展開する。
    「いつもはふざけとる俺やけど、ここいらで本気を見せたるで!」
     ミナカタは、言葉による指示を得ずとも弱っているゾンビへと向かっていった。
    「このような非道な行い、神の名の下に、断罪します……!」
     水花が裁きの光条を喚び、貫く。
    「いえ、断罪ではなく……救いになるのでしょうか……?」
     小さな呟きは、誰にも届かず音の波に飲まれていった。
    「……っ!」
     七波がセーラー服姿のゾンビの攻撃を避けようとして、思わず足が出た。もちろん、サイキックによる攻撃ではないため、敵に傷をつけるこちはできない、はずなのだが。
    「……?」
     後方から仲間を癒しながら状況を見ていた緋女の脳裏に違和感が走った。他にも接敵されて攻撃を受けた後、敵を引き剥がすように繰り出された冬舞の肘打ち。巨大な刀を振り下ろした後、距離を取るための足場として踏みつけた、翡翠の行動。これらはサイキックによる攻撃ではないのに、それらを受けて動かなくなるゾンビがいるのだ。
    「少し、試させて欲しいのじゃ」
     そう断り、緋女は『荒神切「暁紅」』を手にゾンビへと近づく。そしてサイキックを使わずに、刀を振り下ろした――結果、そのゾンビは倒れ伏したのである。
    「通常だめーじが有効というのは明らかに弱点なのじゃ。じゃがこいつらは数が多い。しかもつい最近、ぞんびにさせられたような者が多いの」
     緋女がは推測を口にし続ける。
    「だとすると、弱点のあるぞんびを、一気に大量に生み出す技術である可能性が高いのじゃ。もしこれと同じことが数百万人の人口密集地で行われば、数百万体のぞんびが生み出されてしまうのではないかの」
    「数百万体ですか……それは脅威ですね」
     彩歌が素直な感想を漏らした。その間もゾンビたちは次々と襲い来る。灼滅者たちに今わかるのは、ここにいるゾンビたちをすべて灼滅しなければ、何か恐ろしい事が起こってしまうかもしれないということ。
     ゾンビ自体はそんなに強くはない。けれども数が多すぎる。回復を重ねても、徐々に癒やしきれぬ疲労がたまり、体力が削られていくのは避けられない。
     数十分以上、戦い続けただろうか。どれ位時間が経ったのか、感覚的にはあまり良くわからなくなっていた。けれどもゾンビの数は、明らかに減っている。
     ――その時。
     ゴゴゴゴゴコ……!
     迷宮に激震が走った。最下層に集う灼滅者たちは、何事かと辺りを見回す。しかし変わった様子はない。もしかしたら、上層で何か起こったのかもしれない。
     しばらくの後、連絡を請け負っていたチームの動きに変化があった。通じなかった無線が通じるようになったらしい。そして。
    「セイメイが倒されたぜ!」
    「セイメイが倒されましたわ!」
    「崩壊する前に撤退しましょう!」
     そのチームの面々が上層から受けた連絡を、下層の皆に伝えて回ってくれたので、状況を把握する事ができた。どうやら激震は、セイメイが倒されたことにより迷宮が崩壊する影響なのだろう。
    「早く脱出しましょう!」
     水花が声を上げる。崩壊に巻き込まれては元も子もないのだ。
    「脱出するで!」
     炎次郎とミナカタが、壁を破壊するべく思い切り攻撃を仕掛ける。すると、チーム全員が共に、転移を果たしたようだった。

    ●そして
    「ここは?」
     転移した先は学校の裏庭のようだった。目の前にある校舎が年代を感じさせるものだったので、今は使用されていない旧校舎の裏庭なのかもしれない。耳を傾ければ、体育館らしき場所から校歌が聞こえてくる。どうやらここは地方の高校のようだった。
    「全員そろっていますか?」
     セカイが確認のために人数を数える。だが、転移してきたのは灼滅者たちだけではなかった。
    「……!」
    「私達の転移に巻き込まれたのでしょうか」
     最下層に残っていたゾンビが3体、転移してきたようだった。問答無用で冬舞が死角に入り、1体を斬り伏せる。彩歌と翡翠が合わせるように動き、2体目。七波と炎次郎が最後の1体を倒し、ゾンビはいなくなった。
    「他のチームの姿は見えませんね」
    「別々の場所に飛ばされたのかの」
    「皆さん、ご無事だと良いのですが……」
     水花と緋女、セカイが辺りを探しても、他の灼滅者の姿は見えなかった。
     とりあえず、今は学園に戻り、他のチームの戦況を聞くのが先だ。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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