富士の迷宮突入戦~玉響の綻びへ

    作者:那珂川未来

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    「集まってくれてありがとね。先日の戦いに行って来た人たちは、本当にお疲れ様。実は、闇堕ちしてクロキバとなった、白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)さんから、白の王セイメイの迷宮の入口の発見の報が入った」
     仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は、そのリークされた場所を示す地図を広げながら言った。
     先日起こった琵琶湖大橋の戦いは、武蔵坂学園と天海大僧正側の大勝利。
     残党達は本拠地であった琵琶湖北側の竹生島に立てこもっているが、カリスマである安土城怪人を失った事で離散した者も多く、その勢力は大きく減退している。
     更に、安土城怪人に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に戻ってこなかったこと、中立的な立場ながら、その献身的な活動で支持されていた『もっともいけないナース』が灼滅された事もあり、組織としての結束力も無く、遠からず自壊するのは間違いないだろう。
     逆に軍艦島勢力が合流し、白の王勢力は大幅に強化。エクスブレインとは全く違う予知能力を持つ『うずめ様』、現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』、ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』、そしてセイメイと同じ『王』の格を持つ『緑の王アフリカンパンサー』。
     彼らは、白の王セイメイのこれまでの失策を補って余りある力を持っている。
     が、多くのダークネスを富士の迷宮へと招き入れた事は、富士の樹海で探索を続けていたクロキバに、その迷宮の入り口を見つける致命的隙となったのだ。
    「闇堕ちしてクロキバとなった睡蓮さんは、先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしているんだ。武蔵坂学園に対して、この突入口の情報を連絡して来てくれた。そういう意味でも、クロキバが武蔵坂学園を頼ってきてくれた事、それは間違いなく今までの結果だろうね」
     だから今こそ、白の王セイメイだけでなく、田子の浦の戦いでは討ち取る事ができなかった、軍艦島のダークネス達を討ち取る千載一遇の好機となるはずなのだ。
    「けれど悔しい事に、白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあって、全軍で攻め入る事は難しい。それにこの機を逃せば、再び侵入する事はできない」
     襲撃を受けて、その後も入口を変えないなんて事があるわけもない。
     迷宮を突破し有力なダークネスを灼滅する事は難しいだろう。しかし挑戦する意義はある。 
     なお、白の王の迷宮は、内部から迷宮を破壊しようとすると外にはじき出されるという防衛機構がある模様。
     そのため、危機に陥った場合は、迷宮自体を攻撃する事で緊急脱出が可能となっている。
     ただ、この防衛機構により、迷宮への破壊工作もほぼ不可能となっているので、その点は注意が必要だ。
    「これまで様々な暗躍をしてきた白の王に迫る今回の作戦は、非常に重要。迷宮からの脱出は難しくないし、反面、敵拠点に攻め込むには戦力は多くないけれど……成果をあげるには、目的を絞る事も必要かもしれない。赴く皆は、どういった結果を求めるかを相談して、作戦をまとめて突入して欲しいんだ――勿論、それがどれだけ大変かわかっているよ」
     探索目的、探索方法、遭遇するだろうアンデッドとの戦い。必要最低限なものだけでも、この短い時間の中で練り上げなければならないから。
    「白の王セイメイを灼滅できれば、クロキバとなった白鐘さんを闇堕ちから救出することも可能だと思う。そうすれば……」
     この戦いは、田子の浦の戦いの雪辱戦でもある。
    「見送るしかできないけれど、無事に戻ってくるのを待っているからね」


    参加者
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    逢瀬・奏夢(ブルーフラクション・d05485)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)

    ■リプレイ


     富士の樹海、クロキバより示された竪穴。永久の凍てつきに囲まれた異界の口をくぐったなら。
     そこは屍の迷宮の中層。今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)が、光り乏しい世界へ慣らす意味で目を閉じたのは僅か。
    (「音、湿気、水――小さな変化も見のがさないの」)
     瞳が湛える決意は、あどけない少女の色からは程遠い。
    「次は、まけない」
     心に引き摺る、大悪魔ザガンと対峙した時の悔しさ――それをばねとする様に。白星・夜奈(夢思切るヂェーヴァチカ・d25044)は、右手に槌屋・透流(トールハンマー・d06177)と結ぶロープを。左手からはアドリアネの糸を。上層部目指し、緩やかな登りから奥へ。
     目指すは有力敵の灼滅。辿る手がかりの奥にきっと、フォルネウスがいると信じているから。
     いつもは陽気で、兄貴的気さくさが持ち味の柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)の瞳も、この時ばかりは富士の空気の様に研ぎ澄まされた厳しい眼差し。
    「このチャンスを逃すわけにはいかねえ」
     避けられなかったアンデットとの戦闘。高明が其の手に翼を得ると同時、ガゼルの機銃の中を突き抜ける、猛禽の鉤爪の様な弾丸。次いた刃が頭蓋骨を刎ね。
    「ああ、ものにしてこそ意味がある、ってな」
     狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)にとっても、直接交戦の機会は待ち望んだ事だから。唇に仄か浮かぶ狂喜に沿う様に、血を飲みこんでゆく殺刃器『忌紅』も、語られぬ主の空虚を埋めんと淡々と紅黒の殺意を光らせる。
    「腐食した神経では、後ろの気配もわからんか」
     蛇であった時の小柄さ生かし、敵の背面へと回りこんでいた森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)の十字架の先端が胸に大穴をあけたなら。逢瀬・奏夢(ブルーフラクション・d05485)の鬼神の拳が、最後の敵をあっという間に血煙にした。
    「かなり進んだはずだが――今井、どうだろうか」
     血を見れば変わらず痺れるその右手を見たのも刹那。奏夢がESPでマッピングと、塗料での目印を同時にこなしながら尋ねれば、紅葉は緩く首を振って。
    「スーパーGPSの表示が曖昧ですね。現実世界と密接に係わり合っていないのかも」
     ダークネスの作り上げた迷宮だ。次元が別か、実は樹海の地下ではない仮定を紅葉たちは立てた。となれば、連絡係を担う夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)に、その予測が過るのも自然な流れ。
    「やっぱコッチも駄目か。通じねェ」
     電波障害を起こす何かがあるみてーだと、治胡は電話をしまった。残る方法で進みだす切り替えの早さも、この班が用意した対策が十分あった故。
     治胡自身、セイメイを目指す班がクロキバと巡り合えたか気になるところだが、ここは信じるのみだ。
    「透流、あいつどうしてる?」
    「義弟の事? それは……」
     不意に高明が訊ねたから、透流は「師匠の方が把握してるんじゃ?」と言いかけ、止めた。きっと、会ってない――いや、会えないのか。
     ただ二人とも、互いの気持を漠然と感じ取ったまま、幾つかの気がかりを今は任務の集中に変える事で落ち着かせる以外なかった。
     そしてあの時闇堕ちした仲間が迷宮に居たのだと知るのは、後の事になる。


     感覚は変わらなくても、人と動物とでは視線の高さはかなり違うから。斥候を務める煉夜は蛇の細さ、透流は猫の身軽さを生かし、そして時折鏡を使うなどして、不意の事態を避ける事も怠らない。
     探索行動や隊列の設定も明確。必要な戦闘とやり過ごしを使い分け、慎重でありながらも水や湿気を主に探るという着実な目標を据えての探索故か、かなり順調だった。
     湿気の気配を辿り、感覚研ぎ澄ませながら進めば分岐点。
    「道は三方向か。どれがビンゴかねぇ……」
     高明は結露に指を濡らし、湿気を運ぶ風を感じようとしていたところ、そういえばと煉夜が手荷物漁り、
    「困った時はこれだ。地下水脈を探すのに使えると聞いてきたんだが」
     ダウジングに使う針金を取り出し、即使用。一つの可能性を託してみたが――既に地下だからかどうも絞りきれない。奏夢も湿気の流れや地図から浮かぶ迷宮の構造と合わせ、短い思考時間の結果呟く。
    「このまま何も出ないようなら、当初の法則通り右に行こう」
    「そうしよう」
     さっと針金をしまいながら賛同する煉夜。
     進む中彼らに期待をもたらしたのは、配下悪魔をやり過ごしたからだけではない。
    「こっち、水音きこえた……」
     索敵を担う仲間への信頼から、水の存在に注意を強めていた一人である夜奈の耳にに届いた音。
     慎重さに磨きをかけ、其処へ近づけば近づくほど期待は確信に変わってゆく。
     そっと覗きこめば、そこは今までの迷宮とは似ても似つかない、大きく抉られた空間に巨大な湖が広がっている場所だった。
     そしてその中央、水流纏いし槍を携え、そのクラーケンの様な触手を水面に広げ。異形の海将が鎮座していたのだ。
    (「フォルネウス――」)
     辿り着いた、刑のその高揚感は形容しがたく。無言であるが、夜奈のダークネスに対する感情も、その凍てつくような視線に表れている。
     中の情報収集に関しては既に済んだものの――たった一班で挑むことの無謀さはよくわかっていたからこそ、二の足を踏んでいる。
     連絡が取れないこの状況。とはいえここでずっと燻っていては、逆に見つかってしまう危険が高い。
     どうするか――他班との連携を得る為に一端戻るか。誰もがそう思った時、治胡が息を飲んだのも一瞬、口元が綻んだ。
     この異質な場所で猫を二匹も見る理由は一つだけだから。


     猫姿のまま、柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)が死角となるような場所へと視線を送っている。
     この連絡の取りあえない場所で、仲間とここで、このタイミングで出会えた奇跡を感謝したことだろう。
    「アンタらも水の気配を辿って来たのか?」
    「あなた方もですか?」
     こちらの勘違いを未然に防ぐように即座に変身を解き傍へと寄る高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)へと、治胡が言ったなら。彼女は首を傾け問いかけつつ、察したのか入口をそっと覗き見ている。
     陣形を組みながら集まった彼らへと、透流は早速偵察した内容を。
    「この地下湖にフォルネウスがいる。配下も四体いるな」
     地下湖の広さや、水の深さは戦闘に支障ないだろう事、鮫のような姿の配下悪魔たちの存在。実力に差があれど、全部で五体の悪魔を相手になければならない事実は、今からの戦いの厳しさを予感させただろう。
    「ありがとうございます」
    「礼を言われるまでもない。此方の狙いも同じだからな」
     荒谷・耀(護剣銀風・d31795)に礼を述べられても、透流は相変わらずぶっきらぼうな言いっぷり。ただ、人見知りな部分を見透かされたのだろうか、セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)が僅かに微笑を零していた様に見えた。
    「左と右に分かれ、まずは配下を灼滅した方がいいと思います」
     丁度フォルネウスの両脇に対の様に控えているから。紅葉が分担を提案。耀から送られるアイコンタクトと同時に突入して速攻戦で配下を倒し、そして一気にフォルネウスを囲みこんで討つ。
     短時間で大まかな共闘作戦はまとまった。あとは――耀から送られる合図を待つのみ。


    『なんと、灼滅者とな?』
     かわされた視線、堰を切った様に飛び出す彼ら。二班一斉の突入ともなれば、それこそ勢いは波のよう。
     フォルネウスは思わぬ奇襲に一瞬驚いたようだが。この人数なら手を出すまでもないと、始末を配下に任せる余裕を見せている。
     それは灼滅者側にとっては好機。厳しい状況の中、敵側の油断で生まれた一筋の希望にも似ている。
    「これより宴を……開始する!」
     普段の軽い調子の面影など、刑の左腕に撒きついてゆく幾重もの鎖が覆い隠してゆく。右翼側の配下へと肉薄した夜奈が、先制で放った邪気祓う一撃に合わせる様に、殺刃器『忌紅』が水辺に鮮烈な血痕を生みだした。
    (「この機を逃すか」)
     だからこそ、早急に目の前の輩を斬り伏せなければならないと、奏夢はわかっているから。突入時の勢いのまま繰り出す鬼神変。拳圧に水面割れ、飛沫があがる。
     配下の、その鮫の様な口から迸るフリージングデスの衝撃。咄嗟、ガゼルが主たちの勝利の為に素早い動きで衝撃を反らしてゆく。けれど間を縫う様に飛んできたマジックミサイル、配下とはいえ悪魔の一撃。
     鮮血を肩に流す奏夢。
    「任せてください」
     紅葉が指輪に口づけ落せば。癒しの輝き溢れてゆく。煉夜のクロスグレイブの先端と治胡の縛霊手の一振りが、重低音響かせた。氷の息吹とガゼルの機銃の波動ぶつかり合い、水煙を上げる中。灼滅者の連携は途切れることなく、少しずつ配下を追いつめてゆく。
     怒声上げる配下の指先。翻るジェードゥシカが、刑への弾丸せき止めて。その衝撃に苛まれている揺らぎに気付いた透流。
    (「こっちの疲弊も激しいな」)
     主の勢いそのままに、必死に身を呈してくれるのは有り難い。けれど、大将戦まで持つかと言えば――。
     刹那、配下の顎がジェードゥシカを飛散させてしまう。その後には、カゼルも。
    「一分で沈める」
    「あァ、行くぜ」
     配下の劣勢を長く見せれば、大悪魔の介入もありえる話。影より左手に撒き付く鎖、その繋がりを反動にするかのような勢いの刑の肉薄と合わせる炎は、治胡からだ。荒れ狂う鎖、それと戯れる炎獣かの様な爪先に果てた一体。
    「師匠、ぶち抜け!」
     残る配下へと透流のダイダロスベルトが縛り付けたなら。
    「――いくぜ」
     呟いた相手がいたとしたら、それは一人ではなかったのかもしれない。高明は手にしたヒュッケバインと共に飛ぶように間合い詰め。配下が戦慄と共に発動した契約そのものを容赦なく啄ばむ嘴のように、その一撃は命を繋ぐ事を許さなかった。


     もう一班が、最後の悪魔を仕留めたのもほぼ同時だった。
    (「今です!」)
     一瞬のアイコンタクトをセレスティが。煉夜が咄嗟に受け取ったのも縁故だろう。
    「さて、イカ漁を始めるか、陸だけどな」
     囲むぞと呟く煉夜。流れるように組み上げる包囲陣。全ては前回の交戦結果から得た教訓。
    『吾輩の部下がこうもしてやられるとは……!』
     唸るフォルネウス。最適の合図を繰り出したろうセレスティを、容赦なく手にした槍を以て貫かんと。
     劈く音。
     今、誰もが疲弊しているとはいえ、その攻撃の鋭さに息を飲んだのは、こちら側を囲んでいた刑たちの目にも容易に感じ取れた。
     刹那、ルナの声が衝撃音の合間を縫ってこちらに届く。
    「あの時より強くなっておりますのね……! 皆様、お気を付けください!」
     交戦した者だからこそわかる事実。特に大悪魔と交戦経験のある夜奈や治胡、紅葉は、彼女の祈る様な顔から力の上昇率は小さきものではなのだと強く感じた。
     牡丹のように咲く血溜まり。回復や牽制行動の慌ただしさの中、こちらも激しくフォルネウスを攻め立て、立て直しの間を作り上げようと。
    「イカ漁と言えば網よな」
    「師匠、援護する」
     巻き付くルナの帯の隙間から肉を穿つように、透流もベルトの先端を解き放てば。
     高明の影より伸びあがる機械触手が、灼滅の回路を構築するかのように複雑にうねっては囲みこみ、痛みの記録を引きずり出した。
    『やりおるな、灼滅者。あの時の戯れの続きと言いたいところであるが。セイメイの迷宮ゆえ、彼奴に余分な借りなどしたくはないのでな』
     フォルネウスの周りにある水がうねる。荒く、激しく、そして凍てつく冷気を含んだ海流となって襲いかかってくる。的確に当て、癒しを担う後衛編成を一掃してやろうと思ったか。
     激しい水流が後衛に行かない様に、治胡と夜奈が必死にせき止める。けれど――二体の悪魔を退けてからの連戦。夜奈は凌駕によって意識を繋ぎとめたものの。そのふんわりとした袖の口から流れる血は、集気法で塞ぎきれない。
     祭霊光で自身を癒す治胡。紅葉が指輪へ口づければ、浮かび上がるスートはダイアの輝き。己が闇に眠る力を現世へと引き出し、刹那の契約にて力を。
     そんな、予断一つ許されない戦況である一方。
    『……やはり、まだ回復しきっておらぬか……』
     どうやら召喚酔いが少し残っているようだが、どこか余裕を滲ませているフォルネウス。
    「これで全力じゃねぇってのかよッ」
     左翼班へと鋭い矛先が落ちるのを見ながら、高明は吐き捨てるように言った。二班合わせ後衛の数七人。この人数を巻き込んでいるのにも拘らず、目を見張る程の威力だというのにだ。本来の威力はどれほどだというのだろう。
     迸る水流が高明の肌を削る。透流の分を受け持ち、淡い色の袖で口元の血を拭って震えながらも立ち上がる夜奈。凌駕も三度目。
    「……ヤナたちは、負けない」
     そう、だから。
    「ころす」
     夜奈の目はただ灼滅の意志を冷たく蒼く燃え。殺傷ダメージの溜まり具合に身の危うさを知ろうとも、倒れる一瞬まで喰らいつく。
     跳躍に合わせる様に、高明がImplacableから引きずり出す己が闇の先端を広げれば。煉夜の砲口から逆巻く魔氷が、一本の触手へ樹氷のように食い込んで。
     夜奈が、まるで時計の針のように繊細な二つの刃でその触手を斬り飛ばした。
     やりおるな――そんな目つきのフォルネウス。
     その闘志に応えるかのようなメイロストロウム。とうとう夜奈を飲みこんでしまう。
     次第に全体の疲弊が深くなってゆく。
     奏夢への攻撃庇い、その槍の先端が治胡の血ごと空を踊る。
     歪む視界。既に凌駕を経験している。炎帯びる赤い飛沫は、いつか見たあの翼の様な。
    (「頼む。もう一度力を、貸してくれ……!」)
     その翼を掴むかのように、天へと突き出す手。立ち上がる力求めるその気魄が、消えそうな意識を奮い立たせる。
     まだ立つかというその顔へと、その爪先に迸る焔。癒しの輝き受けながら、自らの血炎すら纏わせ。
    「人をナメるなよ――!」
     火炎噴く。
     それを寄りつかせた様に。透流の握りしめるクルセイドソードが橙に染まったなら。
    「その余裕ごとぶっ壊す!」
     怒涛の如く押し寄せた水流を飛燕のように翻りながら避けると、脇腹への斬撃。湖面を滑りゆくように死角へと回り込む煉夜。
    「もう一本頂く」
     奏夢の指先より逆巻いた気流が、一気に大きなうねりとなってカミの如く吠え声をあげる。
     衝撃に跳ね上がる幾つかの触手。潰すが如く振るう煉夜の十字架の一端、鮮血の飛沫が噴き上がった。


     海将の猛攻と、二班による連携の応酬が続く。
     奏夢が膝を付いた。次いで高明も二度目の凌駕まで追い込まれ。彼らを支える紅葉は、何度も何度も闇との契約を取り付け。
     頬を流れる血は今しがた受けた波によるものだが、まるで自らの命を削っているようにも見えた。
    「そろそろ終わらせようか……この、宴をッ――」
     殺影器『鎌罪』を最大限放出して、フォルネウスへ最後の追い打ちをかけんとする刑。
     本来なら二班で挑むのは厳しい相手。けれど粘る灼滅者達にも意地があった。
     多少召喚良いが残っていたのも一つの運。
     大悪魔が侮ってくれていたのも一つの機。
     そして間違いなく16の気魄が、この海将の能力を押そうとしていた。
    『おおおお――!』
     左翼班から受ける衝撃との圧迫に、さすがのフォルネウスも、その身から体液を大量にぶちまける。
     凪ぎ払う様に放たれた水流が、高明と透流を一気にかっさらって――。
     あと一歩。この大技を繰り出したあとフォルネウスは肩を上下させ、底の見えない海溝のような体力も、とうとう手の届くところまで追いつめている。
    「まずい」
     なのに珍しく煉夜が、歯噛みする様な表情を見せた。
     あと一歩だというのに、入口からわらわらと溢れだす大量のアンデッド。唸りながら彼ら二班分断するようになだれ込んでゆく姿は、戦慄さえ覚えるようなおぞましい光景だった。
     囮班が頑張っていてくれたのは間違いなかった。だが全体的に囮が足りなかった。騒ぎを聞きつけ、この場にアンデッドが大量投入されてしまったのだ。
    「……もしも闇堕ちした灼滅者もこの場に居たとしたら」
     うずめ様に連れていかれたかもしれないという情報もある。そうだとしたら3班では非常に厳しかったのでは。そんな憶測が、奏夢から無意識に零れたものの、それを確かめている余裕などあるわけもない。
    『……吾輩をここまで追い詰めるか灼滅者』
     自慢の触手の大半を潰され、確実に追い詰められている憤り。しかし歓喜も滲ませているのは、知略巡らせるとは違う、大悪魔として海の頂きを知るものへ気魄で食い込んでくる存在との、稀なる戦い故か。
     もう何度目となったろうか、再びうねりあがる水流。幾重もの水竜巻が噴き上がるかのように、メイルストロウムの荒波が灼滅者達を飲みこんだ。
     引きゆく水の下、とうとう治胡と奏夢が倒れてゆく。
     そして。
    「! ルナさん! 駄目……!」
     腐肉の嵐に飲まれたあの波の向こう、玲奈の悲痛な声がやけにはっきりと聞こえた。


     漆黒のプリンセスドレスが、この醜悪な波の上をたおやかに渡る。
     闇堕ちしたルナだと、すぐにわかった。
     放たれる力は、見た目に反した苛烈な一撃。フォルネウスの血肉が一気に飛沫にされてしまう程の――。
    『まさか、我輩が灼滅されるとは……。やむを得まい、お前に我が槍の魔力を与えよう、我輩に代わり世界の海を頼む……』
     我輩に代わり世界の海を頼む、そう言い残して。ぐらり倒れながら、泡と消えゆく。
     フォルネウスに『何か』を与えられたルナの苦しみ喘ぐ声が聞こえるが、アンデッド達に阻まれ手を差し伸べる事も難しい。
    「何をした」
     同じソロモンの悪魔へと堕ちたルナだからこそ、その『何か』を受け渡すには十分だったのだろうと、刑は推測。嫌な予感だけが膨らんでゆく。

     ――皆様、お逃げください。私も、逃げますから。

     脳内に響くかのような、慈愛を含んだ最後の声。そして間もなく、向こうの壁側が光ったのを見て、煉夜は左翼班の撤退を悟る。
    「ルナ姉さん! ルナ姉さん、駄目です、早くこっちへ来てください」
     ともかく紅葉は声を張る。簡単に連れて帰れる訳もないとわかっていても、その危険な『何か』を宿したルナを、ただ見送ることなどできようか。自分らが其処まで行けない悔しさ、目の前の大群が憎らしくてしょうがなかった。
     ふわり――腐海に浮き上がった彼女は。ただ、有無を言わさぬような微笑み向けて。
     音もなく、陽炎の様にその場から姿を消してゆく。
    「限界だ」
     彼女の撤退見届けて、治胡を背負った煉夜は端的に言った。紅葉も、こうなってしまっては悔しさに苛まれている場合ではないと。
     このおぞましい腐肉の波に捕まったら最後、壁など叩いている余裕などあるだろうか。フォルネウスは灼滅された今、することは一つ。
    「頼む」
     高明と奏夢を抱えた刑へと、紅葉は透流と夜奈の手を繋ぐと頷き返し。喰いつく勢いで向かってくるアンデットから逃れるべく、ジャッジメントレイを楔のように床へと打ち込んだ。


     迷宮攻撃によって転送された場所は、何処かの学校――高校のようだ。窓の外を伺えば、田舎であろうか。周囲に人気はない。
     あの波を幾度も受けることになったディフェンダーの傷は深い。けれど彼らが守ったから。そして攻撃手が必死に得物を振るったから。命を削りそうなほど癒しを担った人がいるから。ここまでやり遂げた。
     心霊手術にて意識を取り戻した灼滅者へ、告げる結果。
     それは早急に学園にも伝えなければならない。たった一つ、アンデッドの大量増援を受けたことによる撤退に、セイメイの迷宮がどうなったのか――その報が欠けているとしても。
     まず一つは、フォルネウス灼滅。
     そして。
     そのフォルネウスより槍の魔力を託され、陽炎のように消えていった、闇堕ちしたルナの事を。

    作者:那珂川未来 重傷:夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486) 白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ