終わらない掃除

    作者:冬月立花

    「はあっ、はあっ……お、終わったかな……」
     こじんまりとした部屋の中、四つん這いになって雑巾がけをしていた少女は、ふうと一息ついた。流れ落ちる汗を拭いぺたんと座り込む。
     そしてちらりと背後を窺った。
    「あの、先輩」
     視線の先には爽やかな容姿の青年がいた。知的な印象を残す眼鏡を押し上げた彼は頷きかけ、そしてその動きを唐突に止めた。
    「これ、なあに」
     腰を屈めた彼がつまんだのは……そう、口にするのもおぞましい、黒光りする虫。
    「いやあああああああ!」
     思わず叫び声を上げ飛びすさる。無意識に首を振るが、彼は困ったように「これはちょっと……」と語尾を濁らせる。
     一瞬にして少女の顔が絶望に染まり、真っ赤になる。
     彼を落胆させた自分への羞恥と憤りで、だ。
     ちゃんとおもてなしをしたいのに。きちんと掃除したと思っていたのに。
     こんな自分と付き合ってくれたから、ちゃんとした彼女をやらなきゃがっかりされてしまう。
     がっかりされたくない。させちゃいけないのだ。
     せっかく付き合ってもらっているのだから。
     更に彼女に追い打ちをかけるように、どこからか嘲笑する女の声が響いた。
    『えー、自分の家も満足に掃除できないなんて女として終わってるし』
    『しかもゴキブリがしょっちゅう出るなんてありえない』
    『どこに目つけてるわけぇ?』
     ずきんと胸が痛い。目に何かが滲んだが、こんなのは掃除し損ねた埃だ。
     アハハハハ、と追い打ちをかけた笑い声に、少女は手にした雑巾を握りしめ叫んだ。
    「待ってください、もう一度掃除しなおします!!」
     
    「みんな集まったかな? それじゃ、説明始めるね」
     手にした資料をめくり、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が話し出したのは、シャドウと呼ばれるダークネスによる事件だった。シャドウはとある少女の精神世界(ソウルボード)に侵入し、その心を悪夢によって荒らしエナジーを吸い取っているという。
    「シャドウたちがいるのは真奈って女の子の夢の中だよ。今中学生なんだけど、最近憧れだった一つ年上の先輩に告白して、付き合い始めたばかりみたい」
     舞台は一軒家の中。彼女は家に迎えた先輩を精一杯もてなそうと、冷たい飲み物やお菓子を甲斐甲斐しく自室に運んでいる。
     そこへ。
    「シャドウたちが難癖をつけてるの。やれそこに埃が落ちているだの、お茶に髪の毛が入っていただの……口調は爽やかに、でもすっごくねちっこく言うんだよね」
     加えてそこに馬鹿にしたような口調の若い女性の声がどこからか響く。
     憧れの先輩を前に同性の嘲りを込めた口調は、何よりも強く少女の心とプライドを傷つけ消耗させている。
     好きな人を前に彼女として、女の子としての至らなさを声高に笑われている少女はどんなに惨めな思いをしているだろう。
     そこへ想い人に扮したシャドウが止めの一言を放つと来た。
    「今一番楽しくて嬉しい時間のはずなのにひどいよね。元々、なんで自分が……って先輩と付き合っていることを少し気後れしてる感じもあるから、委縮してる彼女の掃除を手伝ったり、話をしたりして先輩に恋してた楽しい気持ちを思い出させてあげてほしいの。彼女にとってその夢が悪夢じゃなくなってきたら、邪魔な侵入者を排除しようとシャドウが襲いかかってくるだろうから」
     真奈の部屋は二階。シャドウたちの階段が汚い、虫が入ってきている、お茶が温いといった難癖に必死に応えている。
     まずは真奈の心を軽くしてあげなければ、シャドウも姿を現さないだろう。
     少女を追い詰めているシャドウは優しげな男の子の姿をしているという。後衛に陣を構え、シャドウハンターのサイキックと同じような能力で攻撃をしかけてくるだろう。
     対して配下たちは3体。
    「すごく強いってわけじゃないけど、放っておけるほど弱くない。シャドウも悪夢内で戦闘力が落ちてるけど、油断しちゃだめだよ」
     女子高生に扮した3体の配下たちは前衛に位置し、後衛に陣したシャドウに近づけさせまいと攻撃してくる。カッターを武器に近接攻撃はもちろん、同性へ向けてドレインのエフェクトを持つ嘲笑を浴びせてくる。
    「未来予測の優位はあったとしてもダークネスの戦闘力を侮る事はできないんだ。全員で協力して、必ず生きて帰ってきてね」
     ぐっと拳を握り、まりんは灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    琴月・立花(高校生シャドウハンター・d00205)
    ハツネ・アルネブ(スイーツ系男子・d02256)
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    歌枕・めろ(夢見鳥・d03254)
    ディアナ・ロードライト(ノーブルレッド・d05023)
    十津金・旭(桜火転身トツカナー零五・d06921)
    御代・信蔵(サービス精神旺盛な忍者・d07956)

    ■リプレイ


     精神世界にふわりと降り立った灼滅者たち。
     音もなく地に足を着けた御代・信蔵(サービス精神旺盛な忍者・d07956)は「それにしても不用心でござるな」と首を振る。
     彼らは開いていた窓から真奈の部屋に侵入したのである。
    「乙女の気持ちを踏みにじるなんて絶対に許さない」
     強い怒りを込めた口調で琴月・立花(高校生シャドウハンター・d00205)に、うんうんと黒咬・昴(叢雲・d02294)が頷く。
    「悪夢ごとずたずたにしてあげましょう」
     ぐっと拳を握った彼女の横で、「これが噂の『まりっじぶるー』……?」と首を傾げた十津金・旭(桜火転身トツカナー零五・d06921)。
    「んー、これは所謂青春というものよ」
     きっと彼女にはまだ早いだろう。
     微笑ましく思いながら訂正の声を入れる。
    「ところで真奈さんはどこにいるんでしょうね?」
     ぐるりと空間を見回したクリストフ・ズィールベン(偽典・d00855)。
     白とブラウン基調で統一された家の中、肝心の少女の姿が見当たらない。
     ーーと。
    「大変、大変たいへん……!」
     扉が開いたと思った瞬間、小柄な少女が飛び出してきた。口走る言葉以上に表情が強張り、うっすら青ざめているようにも見える。
    「皆、打ち合わせ通りに真奈さんに言葉を掛け合って……」
    「まずはシャドウを誘き出そうね」
     立花の作戦を確認する言葉に歌枕・めろ(夢見鳥・d03254)は相槌を打ち、他のメンバーも力強く頷く。
    「んじゃ、始めよっか!」
     ハツネ・アルネブ(スイーツ系男子・d02256)は伸びをし、仲間とともに歩み寄る。
     きちんとおもてなしをしたい。
     そう願って一生懸命な彼女を応援し、励ますために。


     困惑したようにお盆を胸の前で抱き寄せた真奈。すかさずディアナ・ロードライト(ノーブルレッド・d05023)が進み出た。
    「私はディアナ。あなたは?」
    「真奈、です」
    「おねーさんたち、貴方のことお手伝いしに来たのよ」
     昴の言葉にきょとんと目を瞬かせた真奈。そして集まった彼らのそれぞれに整った容姿に別の意味で目を見張る。
     その膝が痛々しいほど赤くなっていることに、目ざとく信蔵が気が付いた。
    「真奈殿。その膝はどうしたでござる?」
    「あ、えと。ちょっと……ドジをしちゃって」
     頭に手をやり乾いた笑いを漏らした彼女の様子をおかしいと、気が付かない彼らではない。
     そっと手をとっためろの視線にうつむき、掃除しなきゃいけなかったから……と小さく言った。
     立花は低く唸り、クリストフは拳を握りしめた。
    「掃除は大事です。でも、難癖をつけるのは間違ってます」
     きっぱりと言い切った彼の言葉に少女は再度うつむいた。
    「これをやらなきゃ嫌われちゃう、じゃなくて、これをやったら喜んでもらえるって気持ちでやろうよ」
     楽しい気持ちでやった方が、絶対いい結果になるから。ハツネはにっと笑い語りかける。
    「お掃除、ボクも手伝うよ!」
     小さな体でうつむいた少女の顔を覗き込み、旭はにっこり笑う。
    「一緒にすればピカピカになるからね」
     めろは雑巾を貸してくれるように言い、昴はバケツに水を汲み大して汚れもしていない雑巾をすすいだ。
    「真奈ちゃんは彼氏さんのどんなところが好きなの?」
     霊犬の審とともにしゃがみこみ、めろは穏やかに話しかける。彼女に楽しい記憶を思い出させるように。
     手を動かしながら、少女はゆっくり口を開いた。
     一緒に勉強するとき、わからない箇所を根気よく教えてくれる人で。運動神経もよくて、でもそれを鼻にかけないところとか……。
     そこまで話し、不意に真っ赤になる。みなまで言わなくとも、その続きは二文字の言葉だろうから。
    「ねね、先輩との馴れ初めは? 告白はどうやって?」
     わくわくした様子でれっつ恋バナ! と身を乗り出し話をねだった旭。
     同じ委員会なのがきっかけとなり、どうやら手紙で告白をしたらしい。
    「青春してるねー」
     昴は思わず呟き、立花も穏やかに微笑む。
    「怖がることないわ。貴女の気持ちは綺麗で正しいんだから」
     その言葉に、真奈は困ったように笑みを浮かべる。
    (「真奈殿の自信のなさも問題でござるな」)
     信蔵が危惧するように、今の彼女からは自信のなさと不安、怯えにも似た恐怖が強く感じられた。
    「ところで、そのお盆は何に使うでござる?」
     雑巾とお盆。ちぐはぐな組み合わせにふと尋ねる。
     あっと小さく声を出し、口に手をやる真奈。
     駆け寄った先にはオーブンには、こんがり焼けたきつね色のクッキーが焼けていた。
    「ふふ、憧れの先輩のための準備なんてドキドキね」
    (「私にはそういうのはまったく……」)
     面倒見のよさを存分に発揮した立花だったが、ふと気が付くと思考があらぬ方向へ行ってしまいそうだ。
     味見を買って出たディアナ。ふわりと香った爽やかな風味に目を細めた。
    「これは……レモン?」
     甘いものが得意じゃないって聞いたから……と言った少女に、偽りなく褒め言葉を口にする。
     自信がなく不安がる気持ちと認められたい思い。
     それは相対するように見えて実は同じベクトルだ。
    (「好きな人に嫌われたくないって気持ちわかるもの」)
     幼い頃、兄や姉に認められたいと願った思いと似ているから。
    「もしかしたら難しいかもだけれど、笑顔でいる事に努力を向けてみて。先輩が喜んでくれる一番のおもてなしだと思うわ」
     ウインクとともに言われたアドバイスに「そんな簡単なことで喜んでくれますか……?」と真奈は戸惑いがちに首を傾げた。
     クッキーを運ぶ真奈に続いてさりげなく部屋の中に続いた彼らだったが、奥に置かれた座布団の上に、まだシャドウの姿形はない。
     そっとクッキーを置き、どうぞと控えめな笑顔の少女がほっと息をついた時だ。
    『やぁだー、なんか焦げ臭くない?』
    『うまくできないんだったら見栄張んないで買ってくればいいのにー』
     ねばついた声が語尾をこだまのように響かせ、悪意を振りまく。
    『それ、髪の毛とか入ってないよね?』
     最後の一言は姿こそないがおそらくシャドウ本人のもの。
    「気にしちゃだめ。こんなに頑張ってるんだもん、真奈ちゃんは素敵な子。そんな所が先輩も好きなのよ」
     表情を曇らせた少女にめろが笑いかけるも、力なく首を振る。躊躇いと不安とが瞳の奥で揺れている。
    「先輩だって、好意も何も無い相手からの告白なんてオッケーするはずないですよ。だから、もっと自分に自信を持って?」
     クリストフの台詞に続いて、ハツネも明るく言葉を継いだ。
    「先輩も完璧な女の子じゃなくて、真奈のこと好きだから付き合うことになったんでしょ?」
     なんつって。アハッ! とハツネの冗談交じりにした言葉に、真奈はぽかんとした顔で振り返った。何かを考えるように、混乱と惑いに振れている瞳がぎゅっと閉じられる。
     そんな少女の肩に手を置き、目を合わせた昴。
    「貴方の好きな先輩はそんなこと言う人間?」
     部屋にゴミが落ちているとしつこく指摘したり、お茶が温いと文句を言ったり、作ったクッキーを品定めしたりーー。
    「……っ、違います!」
     即答だった。首を激しく振り、同時にはっと口に手を当てる。
    「思い出してみて。先輩との楽しかったこと」
    「僕はまだ、恋したことなんてないけれど、人を好きになるってことは、凄く楽しくて、幸せなことだと思うんだ。君も今がそうなんでしょう?」
     少女の気づきを後押しするように、立花とクリストフはそっと言葉を添える。あともう一歩。昴は静かに言った。
    「貴方自身も、その先輩も、信じてあげなさい」
     まずは相手を信じること。そしてそれは自分を信じることでもあるのだから。
     贈られた言葉はきっと、たぶん彼女が誰かに言ってもらいたかったもの。
    「はい……」
     はらりと一筋の涙が流れ……どこかで空間にぴしりとヒビが入るような感覚の後、薄いヴェールがはがれるように不意に現れた人影は誰の目にもはっきりと映った。
     ーーシャドウである。


    「誰なの……?」
     震える声で問うた彼女の手を引き、後方に押しやったハツネ。
    「奴らは真奈殿の不安が生み出した怪物。しかし安心召されよ。我らは真奈殿の心が生み出した戦士にござる。我らを信じよ。それすなわち己を信じることでござる!」
     目覚めたとき彼女が少しでも自信を持てるようにーー、声高らかに宣言した信蔵は不敵に笑って見せる。
    「真奈殿は弱くなどない。それを拙者が証明してみせよう! ーー彼処への案内仕る」
     振り下ろされたカッターナイフをハツネが受け止めると、信蔵は後ろに陣取る少年へ爆裂手裏剣を叩き込んだ。
    「下がっていてーー大丈夫、すぐに終わるから」
    「目を瞑っていなさい。全部夢なのよ」
     めろとディアナは代わる代わる優しく声をかけ、素直に下がった真奈。途端に彼らの雰囲気が一変する。
     後衛に陣したシャドウを護る配下1体ずつの撃破に力を注ぐ。
     先陣を切ったのは立花だ。
    「貴方達、乙女の気持ちを台無しにするなんて許されると思ってるのかしらね……!」
     冴え冴えとした口調の中に怒りを露わに日本刀を構え、
    「恋する乙女を救う為、トツカナー零五、今ここに桜火転身!」
     旭が元気よく変身ポーズで敵を迎え撃つ。
    「さぁて、おしおきの時間よ……?」
     フェニックスドライブを展開、昴は酷薄に唇を持ち上げ。
    「まずは女子高生を叩きます! ーーアイン!」
     クリストフは指輪から弾丸を放ち、ビハインドへ指示を飛ばす。攻撃に打って出た前衛陣に続く形でめろとディアナも攻撃を加えた。
    『もう信じらんなぁい。女のくせに乱暴すぎない?』
     片膝をつき嘲笑を唇に乗せた女子高生の言葉を、立花は間髪入れず氷点下の口調で叩き落とす。
    「刃物振るってる貴方に言われたくないわね」
    「アハハ、ちょっとちょっと、その攻撃は甘いんじゃない?」
     ハツネはとぼけた台詞とともに、繰り出した影で飲み込み止めを刺す。
    「大丈夫?」
     ふんわり首を傾げためろ素早く立花へ護符を飛ばし、霊犬の審は六文銭射撃を仕掛ける。
    『邪魔をしないでもらいたいな』
     囁くようにシャドウの声が響く。次いで襲ってきた毒を孕んだ弾丸に旭が狙い撃たれた。
    「まぁだまだ!」
     体を蝕む痛みなんてなんのその。サイキックソードに宿した炎を揺らめかせ、迫る女子高生へ叩きつける。
     すかさず進み出た霊犬の刃が浄霊眼を向けるも、毒の浄化には至らない。
     よろめいた女子高生へ信蔵はシールドで殴りかかり、クリストフの鋭い刃に転じた影が続けざまに斬り裂いてゆく。
    「ふふふ……一撃斬壊!」
     ふぅと息をついたのは一瞬。深紅の瞳をきらめかせ、昴が繰り出した一撃で、女子高生の体が揺らめき消える。
    「邪魔よ……貴女達に用はないの」
     狙いは初めからシャドウのみ。
     立花の構えた日本刃が鋭く振り下ろされ、ディアナのバスタービームが炸裂する。
    「無駄にござるよ!」
     素早い身のこなしで攻撃を避けた信蔵は、お返しとばかりに重い拳を叩き込み、ハツネは影で女子高生を覆いつくす。
    (「助けてあげたい……いいえ、助けるわ」)
     回復させる暇など与えない。ディアナの放った矢が雨のように降り注ぐ。
     消滅は一瞬、残ったのは強張った表情で揺らめくシャドウだ。
     平気な顔をしていたが、体を駆け巡る痛みが消えるわけではない。ふらついたとき、目に入ったのは心配そうな表情のクリストフ。次いで傷が、痛みが癒えたのを知り、旭は元気に笑った。
    「ありがとう!」
    「どういたしまして。もう少しだ、頑張りましょう」
     ちょうどそのとき、シャドウはその胸元にスペードのマークを輝かせていた。
    『それは僕の獲物だよ……』
     横取りするなと。なぜ邪魔をするのかと。
     抑揚のない声のシャドウの言外の物言いに、昴の視線が凍てつく。
    「鉄・血・制・裁」
     一言ずつ区切り言い切った昴。繰り出された戦艦斬りはすさまじい威力でシャドウを文字通り、粉砕した。
    「貴方を見ているといらいらする……乙女の敵は、消えて貰うわ」
     ぴんと張った鋼糸を繰り出しシャドウを絡め捕る立花。その動きを封じる糸を巻きつかせる。
     ……揺らめいた体に言いようのない不安を感じた刹那。
    「気を付けるでござる!」
     信蔵の叫びは届くには遅かった。
     精神に潜むトラウマを引き摺り出し、具現化させるーートラウナックル。影を宿し振るわれた攻撃は、前線に出ていたハツネを標的としていた。
     その途端、眼前に広がる光景が二転三転する。
     血に染まった口を開けたヴァンパイア。
     どこでこれを見たんだ。……そうだ暖炉の前で、姉貴が血を吸われてたんだ。
     小さな舌打ち一つ、ハツネは滴る血を拭おうともせず襲いかかってきた敵と無言で斬り結んだ。
     薄ら笑いを浮かべたシャドウに信蔵が肉薄する。繰り出された拳は唸りを上げ、スペードが宿したシャドウの強化の力ごと撃ち砕いた。
    「めろが癒してあげる!」
     橙色の瞳を見開き、めろは癒しの手を差し伸べる。防護符だ。
     瞬時に霧散した幻影ともいえる光景を短く息を吐いて振り払ったハツネを、シャドウがなんともいえぬ表情で見つめる。
    『何を見たかわからないけど、素敵な顔だったよ』
    「……っ、悪趣味だね」
     薄く汗をにじませ唸りとともに緋色のオーラを宿した攻撃を繰り出せば、ゆるく首を振り肩を竦めたシャドウ。
    『……わからないなあ』
     どうしてこの子にこだわるのか。関係ないだろうとシャドウが問う。
    「わかってもらう必要もありません!」
     クリストフの叫びとともに斬影刃、アインの霊撃が斬り込まれシャドウの体が大きく揺らいだ。
    「刃もお願い!」
     ディアナの声に刃は攻勢で応え、凛と吠える。
    「乙女の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて灼滅しちゃえッ!」
     ボク、馬じゃないけど! と突っ込みを入れつつ旭の戸塚キックが炸裂。度重なる攻撃に耐えかねたシャドウは、身を翻し霧散するように逃げ出した。
     少女を消耗させた悪夢の終わりだった。


     助けることができてよかったと息をつくディアナ。そんな彼女に刃が身を寄せる。
    「私、大丈夫よ」
     いい子ねと撫でるその手先はいつも優しい。
    「真奈さん、末永くお幸せにね! 自信を持って、ファイト、だよ!」
    「大丈夫。どーんといきなさい!」
     ぐっと拳を握り笑った旭と昴に、真奈は大きく頷いた。
    「どーんと、ですね!」
     その顔にもう不安はない。
    「今度は楽しい夢を見てね」
     微笑んだめろは、次に審を「よくがんばったねぇ!」と撫で、ともに勝利を祝う。
    「応援してござる。然らば!」
    「頑張ってね」
     信蔵もハツネも言葉少なに声をかける。
     もう言葉は必要ないのだ。
     揺らぎ始めた精神世界で、ありがとうと少女の口が動いたのを灼滅者たちは確かに目にしたのだから。

    作者:冬月立花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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