真っ黒は真っ赤に

    作者:夏雨

     平日の放課後の時間帯。町の片隅にある神社の境内には、5人の男子中学生がたむろしている。そこへスケッチブックを手にした7、8歳くらいの少女がやって来た。不審がる中学生の視線を浴びながら、少女は堂々と話しかける。
    「お兄ちゃんたち。すみの作ったお話、聞いてほしいの」
     そう言って少女が開いたスケッチブックには、クレヨンでここの神社の風景が描かれていた。
     スケッチブックを紙芝居のように掲げる少女は、神社に住みついていた1匹の黒猫の話を語り出した。その黒猫に覚えがある中学生たちの表情は、みるみる青ざめていく。
     少女の紙芝居には、中学生たちに神社で殺された黒猫の恨みがつづられていた。
    「前足が痛い、後ろ足が痛い、おなかが痛い、目が痛い、頭が痛い――痛いよう、痛いよう」
     1枚のページにクレヨンで描かれた猫の体からは、真っ赤な色があふれ出している。少女は切々と黒猫の苦痛に満ちた最後を語った。
     スケッチブックを閉じた少女は両手で顔を覆い、泣きながら中学生たちに訴える。
    「ひどいよ、お兄ちゃんたち――どうして? どうしてクロを殺したの? どうして僕ヲ殺シタノ?」
     指の間からのぞく少女の瞳は、猫のように大きく縦長に変化していた。少女の変化はそれだけではなく、黒い毛並みの耳としっぽが生えそろった姿は、黒猫が化けた姿そのものに見えた。
     少女が威かくする猫のような鳴き声を発すると、少女の影から更に巨大な黒猫がずるずると姿を現す。
    「ひっ……!」
     急に日が落ちたように辺りは暗くなり、恐ろしい形相をした少女の双眸が鋭く光る。
     恐怖にすくみ上ってろくに動けない中学生たちは、ひたすら謝り続けていた。
    「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ――! 許して、許して……!」
     タタリガミへと変貌した少女は、容赦なく彼らに襲いかかった。

    「猫をいじめるようなクソ野郎は五体バラバラに引き裂かれちまえ、とは思うけども――」
     小学2年生の黒江・澄美(くろえ・すみ)という少女の闇堕ちを予測した暮森・結人(未来と光を結ぶエクスブレイン・dn0226)は、腹立ち紛れに穏やかでないことを言う。
     神社を縄張りにしていた黒い野良猫を澄美は可愛がっていたが、近所の中学校の生徒たちに無残に殺されてしまった。命を命と思われずに弄ばれた黒猫の死を受けて、澄美が内包していた闇が表へと姿を現すことになる。
     凶悪なタタリガミへと変貌しようとしている澄美だが、まだ救える余地はある。
    「澄美ちゃんていう子に中坊共を傷つけさせる訳にはいかないんよ。それを止めないと闇堕ちが完全なものになって、灼滅者になる可能性は失われるだろうね」
     澄美が完全に取り込まれるのを止めるためには、中学生たちに危害を加えるのを防ぎ、戦意を失うまで相手をする必要がある。
     澄美は黒猫の怨霊が自らに憑りついたと思い込み、都市伝説・黒猫の『クロ』になりきっている。中学生たちを守る素振りを見せれば、問答無用で襲いかかってくるだろう。戦闘になれば澄美は小学生とは思えない力を発揮し、自らが持つ『七不思議』の能力を駆使してくる。『黒猫の怪談』もその1つに含まれる。
     結人は思い詰めたような表情で言った。
    「きっとクロの気持ちを誰よりも理解して、悲しんでくれてるいい子のはずなんよ。そんないい子が、クズのために手を汚してほしくないもんだよ」


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)
    成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)
    皇樹・桜夜(夜光の死神・d06155)
    十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)
    イヴ・ハウディーン(怪盗ジョーカー・d30488)
    妃・柚真(混沌使い・d33620)
    風上・鞠栗鼠(剣客小町・d34211)

    ■リプレイ


     かわいそうなクロ。怖かったよね。苦しかったよね。痛かったよね。助けてあげられなくてごめんね。
     お兄ちゃんたちをいじめたら、天国にいる黒に会えなくなっちゃうのかな。でも、どうしても許せないの。黒がどれだけ怖い思いをしたか、お兄ちゃんたちにも知ってほしいの。
     澄美の視界は殺されたクロを思う涙でにじんでいく。同時に激しい憎悪が澄美の心中を満たしていった。
     スケッチブックを脇に抱え、両手で顔を覆いながらすすり泣く澄美。
    「ひどいよ、お兄ちゃんたち――どうして? どうしてクロを――」
     次に顔を上げると、中学生たちと澄美の間に立ちはだかる灼滅者たちの姿があった。
    「だれ?」
     予期せぬ外野の登場に一瞬間の抜けた表情を見せる澄美。
    「復讐した所で、あなたのクロが戻ってくることは無いのですよ」
     目的を見透かした妃・柚真(混沌使い・d33620)の言葉に澄美は驚く。
     成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)は『王者の風』を放つと同時に、逃げるよう中学生たちを促した。
    「失せろ。次にその面を向けてみろ、首を落とすぞ」
     瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)に凄まれると、中学生たちはすぐに逃げ出そうとする。それを見た澄美は躊躇せず中学生たちに襲いかかろうとした。
     皇樹・桜夜(夜光の死神・d06155)は澄美の攻撃を阻止するため、澄美の線上に進み出た。澄美の鋭い爪が桜夜の腕を深く切り裂くと同時に、澄美の姿は化け猫の姿に様変わりしていた。
     十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)はすぐに澄美をけん制しに向かい、澄美に向けて光弾を放つ。
     澄美は深月紅の攻撃をまともに食らい大きく態勢を崩すが、両足は地面を踏み締めている。
     澄美は痺れが走り思い通りに動かない体の変調に気づくが、本物の猫のように「フシャーッ!」と威かくする行動を見せる。
    「邪魔するなっ! 許さない許さナい許さナイ許サナイ――!!」
     激昂しながらも思うように動かない体を引きずり、澄美は誰であろうと寄せ付けない剣幕を見せる。
    「死んでしまった猫は、あなたが復讐することを望んでいるのでしょうか? 本当に、それで喜ぶと思いますか?」
     そう問いかける桜夜の言葉は、純粋に澄美を止めたい気持ちを含んでいた。深月紅も桜夜と共に興奮する澄美をなだめようとするが、
    「殺された、事に、対する、恨みや、悲しみは、よく分かるから、やっちゃダメとは、言えない。でも、それで、澄美の、心が晴れても――」
     深月紅の言葉を遮るように、澄美の影から現れた巨大な黒猫が深月紅に襲いかかる。燃え盛る黒い炎のように揺らめきながら現れた黒猫の一撃は、深月紅の不意を突こうと間髪をいれずに放たれた。それでも深月紅は冷静な表情で、地面を割り砕く猫の鉄拳から身をそらす。


     中学生たちが神社から逃げ去るのを見送った圭。追撃のタイミングを図りながら、
    「やり過ぎだっつうの、瑠璃垣」
     圭は中学生に対する恢の態度に意見する。
    「誰かさんが猫っぽいからって、重ねて見てねえか?」
    「……うるさいよ」
     茶化す圭を尻目に、恢は澄美との間合いを詰めに向かっていく。
     圭が恢を茶化していた間にも、セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)は剣技と槍術を駆使して立ち向かう。
     澄美が操る『七不思議』の1つである黒猫は、魔法使いの姿のセリルの刃から澄美を守ろうとする。前足で器用にセリルの刀をいなし続けるが、先に澄美の集中力が途切れる。踏み込んだセリルの刃が脇腹をかすめ、澄美は慌てて飛び退いた。その瞬間を狙っていた恢の槍が空を切り、澄美へとまっすぐに向かう。澄美の肩口に向かってその刃が走るが、黒猫の巨大な手が急所に到達する前にはねのけた。『七不思議』の一部である黒猫は、澄美の手足となってその守りを支える。
     柚真が炎が灯るロウソクの燭台をかかげると、炎は花弁の形を成してひらひらと舞い始めた。炎の花弁は澄美を狙って弾丸のように飛んでいくが、相手は猫さながらの俊敏な動きで逃げ切ってみせる。他の者の追撃からも次々と逃れ、縦横無尽に境内を駆ける。そして澄美は、狛犬の像の上から風上・鞠栗鼠(剣客小町・d34211)へと飛びかかった。少しでも反応が遅れていたら、澄美の鋭い爪は鞠栗鼠の喉元を切り裂いていただろう。
     わずかにそれた澄美の攻撃を見て、イヴ・ハウディーン(怪盗ジョーカー・d30488)はダイダロスベルトを射出する。澄美の動きを追って自在に伸びるベルトは、鳥居の横の大木へと澄美を追い詰める。更に鞠栗鼠が巻き起こす烈風の刃で大木の根元に押し留められる澄美に、イヴは真摯に語りかける。
    「クロはすみちゃんに愛されて幸せだったと思うよ。クロを殺した奴らと同じことをしちゃいけないよ。クロだってきっとそう思ってる――」
     澄美は「うるさいっ!」と怒鳴り、イヴの言葉を遮った。
    「邪魔をする子なんて嫌いだっ! 邪魔をするなら――」
     攻撃の波が更に強まる前に、澄美は反撃に転じようとする。
    「お兄ちゃん、お姉ちゃんたち……すみの作ったお話、聞いてほしいの」
     そう言う澄美は歪んだ笑みを向け、開いたスケッチブックで覆った口元からささやき声がもれ聞こえてくる。と同時に激しい耳鳴りが重なり、怪奇の気配が現れ始める。
     圭が澄美を止めようと一歩踏み出すと、何かを踏み砕いた感触が足元から伝わる。
     足の下から現れた折れた赤いクレヨン。クレヨンの断面からは真っ赤な色が溶け出すように広がり、大きな血だまりのようになる。そこから無数の小さな生き物が一斉に生み出され、虫の大群のようにはびこり広がっていく。
     紙のように薄くクレヨンで描かれたような質感の赤い生き物。奇妙に歪んだ様々な動物の姿形で、灼滅者たちの体に群がろうとする。
     圭を始めとする8人はすぐに距離を取ったが、あふれ出した赤い大群は凄まじい勢いで一気に押し寄せる。津波のように押し寄せる赤い塊を浴びるように被り、恢、圭、桜夜、鞠栗鼠の4人は瞬時に振り払う。すべてを払い落とすことはできず、真っ赤な群れは何十匹も4人の体にまとわりついた。1匹1匹が体中をかじり始める疼痛に加え、虫のように体を這いずられ肌が粟立つ感覚を味わう。見ている側もぞっとするような状況を見兼ね、澄美の怪奇を掃討しにかかる。
     セリルは澄美の怪奇を蹴散らしつつ、それらを操る澄美自身を狙う。セリルは鬼の腕へと変容する右腕を振りかぶるが、黒猫は瞬時にその腕につかみかかった。すると、セリルは渾身の力を出し切って腕にしがみつく黒猫を地面へと叩き伏せる。澄美は危うくその下敷きになりかけ、地面を転がるようにしてその危機から脱した。
    「死を悼む気持ちはわかる。下衆の行為に憤り、復讐を望むのも道理だ」
     黒猫を押さえつけたまま、セリルは言った。
    「けれど、それでは君もまた外道に堕ちるだけの事……こんな悪夢は終わらせるんだ。断ち切るのは他人じゃない、他ならぬキミだ」
     苦しそうに起き上がる澄美の眼差しが一瞬和らいだようにも見えたが、セリルの背後に赤い怪奇の群れが忍び寄る。桜夜は捨て身の行動でその群れへと突っ込み、セリルから注意をそらそうとした。靴底の車輪から地面との摩擦による炎を散らしながら、桜夜は一気に群れを蹴散らす。更に風の刃を操る圭と鞠栗鼠によって群れは散り散りになり、澄美にもその猛威を振るう。


     澄美は流れる烈風に顔を伏せ、立っているだけで精一杯のようだ。なんとか狛犬の像の影に逃げ込んだ澄美に向かって、圭は声を上げた。
    「本当に死んだ猫のためになると思うのか? お前がスッキリしたいだけの自己完結なんじゃねえか?」
     澄美の無言を答えと捉えた圭は、更に問いかける。
    「わかんねえのにお前は続けるのか?」
     圭に続き、鞠栗鼠も澄美の注意を引きつける。
    「黒猫ちゃんのことが好きやったんやろ? あんたのためにもクロのためにも、ここであんたが壊れたらあかんよ」
     狛犬の影に隠れる澄美を守るように、巨大な黒猫は澄美に寄り添う。
    「そんなこと……そんなこと……」
     ぶつぶつとつぶやきながらその黒猫を見上げる澄美の眼差しには、迷いが生じているようにも見えた。
     深月紅は注意が散漫になる澄美の元へ素早く回り込み、助走をつけて相手の正面へと飛び込む。勢いをつけた深月紅の蹴りを受け止めようした黒猫は突き飛ばされ、澄美もその衝撃で地面に飛び込んだ。
    「少し痛いかも知れませんけど貴女の為です、我慢してください」
     狙いを定めていた柚真は、吹き飛ばされた澄美へと逆十字型の赤い波動を放つ。イヴは足元からくずおれる澄美に向かっていくが、怪奇の赤い群れが山のように積み重なってその進路を塞ぐ。
     恢は再び猛威を振るおうとする赤い群れを寄せ付けないように立ち回りながら、
    「クロとの思い出を大切にしてやれるのはきみだけだろ」
     盲目的に攻撃を繰り返す澄美に向かって呼びかけた。
    「だから、戻っておいで――」
     狛犬を踏み台にして大きく跳躍した恢は怪奇を振り切り、宙で体をひねった瞬間、
    「捕まえた」
     正面に捉えた澄美に向けて、貫き引き戻すための一撃。恢がダイダロスベルトを射出した直後を狙い、圭も鬼の腕と化した右腕を振るう。
    「目ェ、覚ましやがれ!!」
     澄美は一瞬踏み止まったが、強烈な拳骨を食らいその場にあっけなく倒れ込んだ。

    「私の不思議な力は、クロのせいじゃなかったの?」
     意識を取り戻し闇堕ちの状態から解放された澄美は、自身に起きた現象について疑問をぶつける。
    「ある意味、そうでは、あるけど、説明、すると、長くなる」
     他者に説明を委ねようとしている心持ちの深月紅。そんな深月紅と目が合った桜夜は、武蔵坂学園の存在について説明した。
    「私たちの学園に来てみませんか?」
    「武蔵坂学園には、あなたと似たような境遇で灼滅者に目覚めた方も多いですよ」
     柚真の一言を聞いて、澄美は大いに関心を示す。
    「もっと元気になったらさ、一緒に猫カフェ行こうぜ!」
     そう言って無邪気に笑うイヴに釣られて、澄美も笑顔を見せた。

    作者:夏雨 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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