夕暮れの駅は混雑していた。いわゆる帰宅ラッシュというやつである。
それを逃れるためにベンチでぐったりと座る男子生徒に、友人が口を開いた。
「なー、知ってるかー?」
「んー?」
「だいぶ昔にこの路線で電車に轢かれる事故にあって死んだ女の人がいてなー?」
「いや、知らねー」
「今でも夜な夜な化けて出ては事故で失った左足を探して四つんばいで徘徊してるって話」
そこまで語ると、二人の間で会話が止まる。
「――お前! 何でそういう話を今すんだよ!?」
「男も女もお構いなしに人の左足をもいでだな――」
「止めろよ!? 今は夕暮れでも俺の家、この路線の近くなんだぞ!?」
しかもこのテの話は大の苦手ときている。だからこそ、友人も話しているのだが。
「問題はな? そこじゃないんだ」
「何だよ!?」
「足が一本ない場合って四つんばいでいいのか? 三つんばいでなくて」
「知らねぇよ――考えたら怖ぇよ!?」
「……正直、冗談ならいざ知らず現実に現れると怖いだろうね」
小さな溜め息とともに須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はそうこぼすと、表情を引き締めて語り始めた。
「今回、みんなに頼みたいのはある路線で出現するようになった都市伝説の対処だよ」
その路線で囁かれる、いわゆる怪談の類だ。
以前、この路線で電車による事故で死んだ女性がいた。結果は即死であったが、どうしても女性の左足だけが発見されなかったのだという。
以後、この路線では夜な夜な失った自分の左足を探して四つんばいで徘徊する女性の悪霊が出現するようになった――これが都市伝説である。
「何でも自分の左足の代わりに出会った相手の左足をもごうとするんだって……うう、想像したらすごく怖いよね」
想像してしまったのだろう――まりんは身震いするとブンブンと顔を左右に振って言葉を続けた。
「この都市伝説は、この路線のある駅の周辺に終電が終わってから出現するの。場所はわかってるから、みんなにはそこに向かって倒して欲しいんだ」
この都市伝説が出現する場所はわかっている。まりんは取り出した地図を広げるとサインペンできゅーと一つ丸をつけた。
「ここは今はつかってない工場の駐車場になってるんだよ。で、ここで待ち構えてればみんなのところに都市伝説は姿を現すから、そこを倒して」
注意すべき事は、都市伝説がどこから襲ってくるかわからない事だ。全員で警戒する必要がある。そして、周囲が暗い事を考えて光源も必要だろう。
都市伝説は近接の単体の足に喰らいつく攻撃とその長い黒髪で遠距離の広範囲の足を縛り付ける攻撃をしてくる。どちらも足止めの効果があるので、そこは要注意だ。一体のみとはいえその戦闘能力は高い、油断は出来ないだろう。
「放置しておけば、どれだけの人が犠牲になるかわからないよ。だから、何としても犠牲が出る前に食い止めて」
頑張ってね、みんな、とまりんは真剣な表情でそう頭を下げ、灼滅者達を見送った。
参加者 | |
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七咲・彩香(七色の気持ち・d00248) |
百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286) |
月雲・悠一(火竜の戦鎚・d02499) |
空崎・充(鉄鎚の魔術師・d03443) |
鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864) |
シャルロッテ・モルゲンシュテルン(黎明の唄・d05090) |
譲原・琉珂(高校生ダンピール・d07746) |
エルフィ・ミティアス(翠緑・d07914) |
●
――深夜。静まり返った駐車場をヘッドライトのついたヘルメット姿でシャルロッテ・モルゲンシュテルン(黎明の唄・d05090)がこぼした。
「夜の駐車場、出るとわかってくるとちょっと怖くはありマスネ……!」
装備で何となく工場というよりも炭鉱にいる気分だが、確かに独特の空気がある。工場の周辺には人の気配は一切しない。その代わりに虫の鳴き声や風の音が、いつも以上に耳によく届く。
――確かに、何かが化けて出そうな雰囲気だった。
灼滅者達は全方位を警戒する陣形で都市伝説を待ち受けていた。言葉は発しても周囲への警戒を誰も怠らない。
「この手の都市伝説は聞いている分には面白いんだけど、実際に現れてしまうのは嬉しくないね」
譲原・琉珂(高校生ダンピール・d07746)が棒付きキャンディをガリガリと噛みつつ、吐き捨てる。それにランタンの明かりで前方を照らし出し警戒していたエルフィ・ミティアス(翠緑・d07914)も溜め息交じりにこぼした。
「足を求めて、か……欠けた一部を探す、という怪談はどこにでもあるけれど。都市伝説は際限がないから困る、奪ったもので満足するでもないだろうに」
「噂の段階なら笑い話だけど……実際に出てきやがったとなると笑えねーよな、やっぱり」
月雲・悠一(火竜の戦鎚・d02499)がWOKシールドのコインを手の中で弄びつつ、言い捨てる。
都市伝説は、ただ都市伝説に語られる行動をなぞっているだけなのだろう――だとすれば、あまりにも皮肉な存在だ。
――探しても探しても足は見つからない事になっていて、噂話にはもいだ足のその後は語られていないので、もいでもただそこで終わるのだから。
空崎・充(鉄鎚の魔術師・d03443)が肩をすくめると不意にした気配に警告を発した。
「八時方向! すぐ近くだ!」
ロケットハンマーを構え身構える充の声に、全員がそちらへ視線を向けた。
「ボクは、守ってみせるの!」
解除コードと共に七咲・彩香(七色の気持ち・d00248)の手足が軽くなる――その浮遊感はただの一瞬、しっかりとした地面の感触が戻る頃にはその手には解体ナイフが握られ、その足元には霊犬のシルキーが身を低く警戒態勢を取っていた。
ガサリ、と茂みが揺れ、『ソレ』が姿を現す。それを見て、エルフィが目を細めて笑みと共に呟いた。
「お出ましだね、盗人」
『あ、あ、あ、あ……!』
茂みから這い出て来たのは、一人の女だ。その服も汚れ、長い黒髪で顔も見えない――なのに女だと判断出来た事が、むしろ痛々しい。女はまるで獣のように四つんばいでこちらへと動くが、その動きはまるで半身を引き摺るようなものだ。
当然だろう――四つんばいとしては、その左足が足りないのだから。
「――イグニッション」
解除コードを呟いた悠一が、WOKシールドを展開させ吐き捨てた。
「さっさと片付けて、笑い話にしてやるとしようぜ」
「うん、悲しい物語に終焉を迎えてあげましょう――La Vie en rose」
百瀬・莉奈(ローズドロップ・d00286)が手の中に現れたマテリアルロッドに唇で触れて精神を研ぎ澄ます。
『あ、し……足……!』
「『MusicStart!』 足を取られたら踊れないのでお断りデス!」
ブン、とサイキックソードを横一文字に振るい、シャルロッテが言い放つ。その言葉に都市伝説は苛立つようにガリガリ……とアスファルトを爪で掻き毟った。
『足を、足……ちょうだい……!』
「青・龍・召・喚!」
スレイヤーカードを掲げ、鷹合・湯里(鷹甘の青龍・d03864)が解除コードを高らかに叫ぶ。その笑顔の絶えない表情で、しかし湯里は真っ直ぐに言った。
「見つからない足を探す気持ちもわかります。でも他人の足は、その代わりにはなりません……貴女と同じ不幸な人を増やすだけ。そうならない為にも、速やかにお祓いいたします!」
『あぁ、しいいいいいいぃィ!!』
都市伝説が加速する。それは左足がないとは思えないほどの速度だ。ここに妄執に囚われた都市伝説と灼滅者達の戦いの幕が切って落とされた。
●
加速する都市伝説に、灼滅者達はすぐさま陣形を整える。
前衛のクラッシャーに彩香と悠一、充、琉珂、ディフェンダーにエルフィ、中衛のキャスターに湯里、後衛のメディックにシャルロッテとシルキー、スナイパーに莉奈といった布陣だ。
『足いいいいいいいいいいい!!』
ガリ、とアスファルトに爪痕を刻むほどの腕力で間合いを詰めた都市伝説の髪が揺らぐ――その髪は瞬く間に伸びると前衛の足へと絡みついた。
「うるせぇ!」
その頭へ悠一がシールドバッシュを振り下ろす。ガン! という堅い激突音、ギラリ、と都市伝説の狂気に満ちた視線が悠一を見上げた。
「青龍の名を継ぎし者……参ります!」
湯里がその右の拳を突き出す――その右腕は瞬く間に巨大化、異形のそれとなり枯れ木のように軽い都市伝説が殴りつけた。
『ああああああああ、あ、あ!!』
しかし、湯里の鬼神変を受けてなお、都市伝説の動きは鈍らない。それに続くようにエルフィが駆けた。
「立派に動けるじゃないか」
エルフィの右手がひるがえる。その袖口から伸びた鋼糸は這うように動き、死角から都市伝説の右足を切り裂いた。
「そこだよ!」
スイーツや星等のストラップを揺らし、莉奈がマテリアルロッドを突きつける――その直後、都市伝説の背中を切り裂くように赤いオーラの逆十字が出現した。
『あ、ああああああ、あ!』
「まとめて回復デスヨ!」
のたうちまわる都市伝説から視線は外さず、シャルロッテが清めの風によって前衛を回復させる。
「何か……ひどいの」
「あぁ、そうだね」
シルキーの浄霊眼を受けながら彩香が魔力を宿した霧を展開し、同じくヴァンパイアミストを展開した琉珂が棒キャンディーを噛み砕いた。口の中にはお気に入りのストロベリーの甘さが広がるのに、その表情には苦味がある。
『あ、ああああああ、あぁ、しいいいいいいいいいい!!』
ガリガリガリ、とアスファルトに爪を立て、都市伝説がわめきちらす。その姿は、恐ろしさもだが、痛々しさも感じるのだ。
「ったく、救いのねぇ」
予言者の瞳で己のバベルの鎖を瞳に集中させ、充が吐き捨てた。倒す事でしか終わらない苦しみを背負った者をその瞳で見つめ、充が言い捨てる。
「とっとと、終わらせてやろうぜ?」
●
いくつもの光源が、駐車場に影を交差させる。
「させないの!」
シルキーの撃ち込む六文銭射撃に合わせ、彩香が解体ナイフを振るった。緋色のオーラを宿したナイフを切り上げ、その左腕を切りつける。
『ああああああああああ!!』
都市伝説ががなり声を上げた。もはや、その叫びは意味をなさない。幼子のようにわめき散らし、獣のように吠え付くだけだ。
「……御祓いします!」
その都市伝説を湯里の巻き起こした神薙刃が切り裂く。そして、悠一が足に負った夥しい傷をクリエイトファイアで燃やすながら、駆けた。
「こっちだ!!」
ロケットハンマーをゴルフスイングのようにフルスイング――ガゴン! 噴射で加速したハンマーが都市伝説の顎を強打してかちあげる。
『ぐ、あああああああああああああ!!』
それでも都市伝説は怯まない。その悠一の足に牙をつきたてようと襲い掛かった。だが、その動きをエルフィが読んでいる――すかさず割り込んだ。
「傷を癒す歌デスヨ~! ゆっくり聞いてくださいネ。あ、でも足はとめちゃだめデスヨ?」
「ああ、まさに天使の歌声だ」
シャルロッテの天使を思わせる愛らしい歌声に、エルフィは肩越しに振り返り笑みと共に片手を上げて礼を告げる。その動きで放たれた鋼糸を、都市伝説はカエルのように跳躍し、掻い潜った。
「うん、いい場所」
その着地のタイミングを合わせて莉奈はマテリアルロッドを振り下ろし、都市伝説の右腕を撃ち抜いた。ゴロン、と都市伝説は体勢を崩すもすぐに起き上がる――だが、そこには既に琉珂が刀を振り上げ待ち構えていた。
雲耀剣が繰り出される。その琉珂が放つ大上段の斬撃を都市伝説は右足で地面を蹴り転げる勢いを加速、その軌道上から跳び退いた。
「四つん這いじゃ確かに表現出来ないな」
刀を構え直し、琉珂がこぼす。四本足の獣よりも不規則な動きだ――さすがは都市伝説と言うべきなのだろうか?
「やっぱり、囲んでボコっちまうしかないな」
充がロケットハンマーを肩に担ぎ、言い捨てる。どんなに不規則な動きでも追えない相手ではない――それは、ここまでの戦いで確信した。
「うん、ボクはこっちから行くの」
「それじゃあ、改めて囲むとするか」
彩香が真剣な表情でコクンと一つうなずき、悠一が言い放つ。それに都市伝説は獣のように身構え、威嚇の叫びをあげた。
『ああああああああああああああああああああ!!』
――都市伝説と灼滅者達の戦いは、灼滅者達に有利に進んでいた。
単騎として見るなら、その動きや攻撃には目を見張るものがある。だが、灼滅者達が役割を果たしあえば、個々の実力不足も補う事が出来た。
(「左足を求めて彷徨っているから攻撃してくる部位が足限定なんだね。納得したよ」)
内心で琉珂ガ納得する。勿論、足をあげる訳には行かないけどね、と警戒は怠らずに、間合いを計る。
「行くの!」
「うん、合わせるよ」
彩香が踏み込み、シルキーと莉奈が合わせた。投げつけられる六文銭と莉奈のフリージングデスにその薄汚れた体が白く凍り付いていく中、彩香の変形したナイフがその胴体を切りつけると氷が加速していく。
『ああああああああああああああ!!』
都市伝説の髪が踊る――その髪が妄執のように前衛の足に絡みつく、それを跳躍して充がかわし、エルフィのケープの中から放たれた鋼糸が髪を切り刻んだ。
「髪は女の命だというのに、こんな事に使うものではないとは思うけれど」
エルフィの鋼糸が都市伝説の髪を切り裂き、その右足を絡め取る。そして、空中でハンマーをロケット噴射で加速させた充が言い放った。
「へっ、オレの足は上等すぎて、お前さんにゃあもったいねぇよ!」
充は体ごと独楽のように横回転、遠心力で加速させたマルチスイングで都市伝説を殴りつけた。
『ぎゃ、あ!?』
地面に叩き付けられ、都市伝説が悲鳴を上げる。そこに悠一が間合いを詰めた。
「笑えねーよな、お前」
ガゴン!! とロケットスマッシュで加速させたハンマーの一撃が胴体にめり込み、更に地面に押し潰す。
「私の唄、しっかりと聞いてクダサイネっ!」
シャルロッテの神秘的な歌声に合わせて、琉珂の刀の一閃がそのズタボロの服を切り裂く――そして、湯里が優しい笑みで告げた。
「お還りなさい……在るべき場所へ!」
吹き荒れる神薙刃の渦巻く風に、都市伝説が深く切り刻まれていく。都市伝説は、その血塗れの手を虚空に向けた。
『わ、たしの、あ、し……ど、こ……?』
その姿が風に掻き消えていく――ここに、一つの都市伝説が終焉を迎えた……。
●
「未練はあると思うけど……ゆっくりおやすみなさい」
線路に白い花束を供え、莉奈が黙祷を捧げる。その横では皆を癒し終えた湯里も紳士に祈りを捧げていた。
「起きた不幸は防げませんケド、これで不幸は防げたのデショウカ?」
そう疑問を口にするシャルロッテに、彩香が莉奈を見上げる。その視線を受けて、莉奈は微笑んだ。
「……うん、そう思うよ?」
莉奈が星空を見上げる。そのどこまでも澄んだ秋の夜空の下、起きてしまった事には安らかに眠れるように祈る事しか出来ないのだ。
「今回は笑い話にしてやれたけど、もっと強力な敵が出るかもしれない。……もっと強くならないと。護りたい人を、護れる位には」
悠一はそうこぼし、夜空を見上げた。仲間達もその星空を見上げる――この空の下、いくつの取り返しがつかない出来事が起きているのか、想像も出来ない。
それでも、これから起きる不幸なら防ぐ事が出来るのだ――その事実を胸灼滅者達は胸に強く刻みつけた……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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