足売り婆

    作者:佐和

    「足はいらんかね?」
     夜道を歩く1人の少年に、しわがれた声がかけられた。
     振り向けば、俯き気味に立っている小柄な老婆の姿。
    「足はいらんかね?」
     再び尋ねられた問いに、少年は訝しげに顔を歪め、そのまま無視して歩みを再開した。
    「足はいらんかね?」
     だが、問いかけの声は少年を追いかけてくる。
    「足は……」
    「いらねぇよ!」
     イラつきながら叫ぶように答えた少年に、老婆はその容姿に似合わぬ力で襲いかかり……
     少年の断末魔の悲鳴が、人気のない夜道に消えていった。
     
    「現実となってしまった都市伝説を倒してください」
     集まった灼滅者達を前に、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はまず簡潔に切り出した。
     対象の都市伝説は『足売り婆』。
    「夜道を1人で歩いていると、おばあさんに『足はいらないか』と尋ねられます。
     それに『いらない』と答えると足を取られてしまい、『いる』と答えると足をつけられてしまう……
     という話ですね」
     足を切断されるか、3本目の足を無理矢理縫い付けられるか。
     どちらを答えても、老婆に襲われ、命を落とす結末となる。
     数日前にも1人の少年が犠牲となっているのだと、姫子は表情を曇らせた。
     これ以上の被害を防ぐために、灼滅者達の力が必要なのだ。
    「おばあさんに出会うためには、誰かが1人でいないといけません。
     すぐ近くに他の誰かがいれば、都市伝説は現れないでしょう」
     とはいえ、老婆は殲滅者が1対1で戦って勝てる相手ではない。
     つまり、誰かが襲われるのを待ってから、残りのメンバーが合流する形を取ることになるだろう。
    「ただし、おばあさんの他に、おばあさんが『売る』ための足を取ろうとする女性が3人いて、その人達が合流を妨害してきます」
     その女性達は老婆より弱いが、それでも灼滅者1人分の実力は有している。
     女性達を無視して老婆だけに向かうことは危険だ、と姫子は注意を促した。
     そして、1つだけですが、と朗報を付け加える。
    「一般人の方が巻き込まれない場所と時間帯は分かっていますので、その点に関しての心配はいりません」
     考慮すべきは、老婆と女性達への対応。
     そして、最初の老婆の問いかけへどう答えるか、だ。
    「おばあさんに『足はいらない』と答えると、かなりダメージの高い攻撃を繰り出してきます。
     逆に『いる』と答えると、足止めや捕縛などのバッドステータスが多くついた攻撃になります」
     答え方で、クラッシャーかジャマーかに変化する、といった具合だろうか。
    「また、おばあさんは最初に狙った相手を執拗に狙い続けますので、囮となる方はお気をつけて」
     そうして、灼滅者達へ一通りの説明を終えた姫子は、最後に真剣な顔をふっと緩めると、ふわりと微笑んだ。
    「夜も寒くなってきましたから、風邪などひかないように気をつけてくださいね」
     事件が解決されることを微塵も疑わないその笑顔から伝わってくるのは、信頼。
     灼滅者達も表情を緩めて、姫子へと頷いた。


    参加者
    冥賀・ルイ(小学生ファイアブラッド・d00724)
    葛木・一(スーサイドリッパー・d01791)
    霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)
    柊・志帆(浮世の霊犬・d03776)
    シャンロン・チョンチュ(その姿には炎・d04246)
    神楽・雄介(壊れた心の歯車・d04467)
    イノンド・ディル(雨下の魔法使い・d07978)
    エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)

    ■リプレイ

    ●補導された方がまだいいかもしんない
     明かりもまばらな夜道に、小さな足音が1対、響く。
     一時外灯に照らされ、また夜闇に入っていったその姿は、足音と同様に小さい。
     まだ幼さの残る容姿も、真面目な優等生のような雰囲気も、こんな夜遅い時間の外出には不釣合いだ。
     その少年……冥賀・ルイ(小学生ファイアブラッド・d00724)は、夜闇を見据えて、少し不安そうな表情を見せた。
    (「夜、1人で歩くのって、少しこわい、です……」)
     例えルイが大人だったとしても、1人で歩くには怖い闇道。
     小学生の彼が恐怖を覚えるのは当然だろう。
    (「でも……」)
     だが、ルイは夜道を歩き続けた。
    (「おばあさんにおそわれた人は、もっとこわかったと思う、から……」)
     都市伝説を倒す……自分達に託された依頼をやりとげるために。
    (「自分は、こわさには負けません……!」)
    「足はいらんかね?」
     唐突に、しわがれた声でかけられた問いに、ルイは、外灯の下で足を止める。
     振り向くと、ルイよりも小柄な老婆が俯き気味に立っていた。
     ルイの予想通りに。
     だって、ルイはこのための囮なのだから。
     老婆へと真っ直ぐに視線を向けて、ルイは、あらかじめ決めていた通りに首を横に振って拒否の意を示す。だが。
    「足はいらんかね?」
     再びの問いかけの声。動作だけでは、老婆はこちらの答えを受け取ってくれないようだ。
     ルイは少し考えて、ポケットの中に用意していたものを確かめるように握り締めてから、すうっと息を吸った。
    「足はいらんかね?」
    「いりません」
     再度の問いかけに、はっきりと答えた直後。
     ルイが握っていた防犯ブザーが高らかに音を鳴らし出すのと同時に、老婆はルイへと襲いかかってきた。

    ●私はいりませんが誰々のところへ行ってください、というのが回避策らしいです
     夜道の向こうから聞こえた甲高い音に、エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)は駆け出した。
     いや、彼女だけではない。ルイからの合図を離れて待っていた7人の灼滅者とそのサーヴァント全員が、ルイと合流すべく、音に向かって走り出していた。
     しかしすぐに、灼滅者達の行く手を阻むように、闇夜から複数の人影が現れる。
     足を切り落とすには充分な刃物を握った、3人の女性達……都市伝説の一部。
    「発見!」
     すぐさま霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)が目標を女性達へと変え、援護射撃でその足を止める。神楽・雄介(壊れた心の歯車・d04467)も戦闘開始を認識して、同じ前衛陣へとヴァンパイアミストを展開した。
     そう。2ヶ所に現れる都市伝説に対し、灼滅者達は、挟撃されることを避けるためそれぞれを別々に倒すことにしたのだ。
     だがこれでは囮となったルイが1人で戦う時間が長くなってしまう。
     それを防ぐために灼滅者達が立てた作戦は2つ。
     まず、女性達を早く倒すこと。
     7人のうち3人をクラッシャーに、そしてサーヴァント2体をディフェンダーにした、攻撃的な布陣。
     女性達は前衛の3人に目をつけたのか、それぞれが1人ずつに向けて襲い掛かる。
     傷を受けながら、臆するどころか自ら女性達の注目を集めるかのように、
    「初仕事アル! 頑張るアルよー! アチョー!」
     クラッシャーの1人、シャンロン・チョンチュ(その姿には炎・d04246)が、中央の女性へと鍛え抜かれた拳を打ち抜いた。
    (「私は樹氷の魔女エデ・ルキエ……私は魔女になる……強くなるんだ!
     だから、怖くなんかないよ! 今日ここから始めるんだから! エデ・ルキエの頑張り物語を!」)
     その隣で、同じく初めての戦いとなったエデは、緊張と攻撃を受けた怖さを抱えながらも心を奮い立たせて、シャンロンに続くように中央の女性へと紅蓮斬を繰り出す。
     スナイパーのイノンド・ディル(雨下の魔法使い・d07978)は、ビハインドのフェンネルをディフェンダーとして送り出して攻撃させつつ、自身は少し下がってバベルの鎖を瞳に集中させた。
    「いくぜー! ずばばばばーん!」
     葛木・一(スーサイドリッパー・d01791)が、やんちゃ小僧の遊びみたいな台詞に似合わぬどす黒い殺気を放つと、そのサーヴァント、霊犬の鉄も、ポメラニアンのような見た目から一転、鋭い斬撃を繰り出し中央の女性を切り裂く。
     そんな怒涛の攻撃の応酬が1つ、収まったところで。
    「今だよ、コペル」
     柊・志帆(浮世の霊犬・d03776)が霊犬のコペルを伴って走り出した。女性達をかわして向かうのは、ルイと老婆の戦場。
     ふっと女性達の視線が志帆を追いかける。が。
    「おっと、そっちには行かせないぜ?」
     雄介が、志帆に一番近い女性の前に、その視線を遮るように立ちはだかった。
     鉄も雄介に倣うように飛び込むと、女性へと威嚇のうなり声を上げる。
    「アナタ達の相手はワタシ達アル!
     余所見してないで、中国拳法の真髄、とくと見るヨロシ! ハイヤー!」
     シャンロンがバトルオーラを拳に集中させ、すさまじい連撃を繰り出して。
    「志帆さん達がルイくんと合流できる様に、貴女達の注意をひきつけるのが私達の役目!」
     緋色に輝く解体ナイフを構えて、エデも叫ぶ。
     ……回復役を囮役と先に合流させる。
     これが灼滅者達の2つ目の作戦だった。
     その作戦の成功を示すかのように、女性達は先ほどと同じ相手……雄介、シャンロン、エデへと攻撃を向けてきた。
     これなら志帆とコペルは何の妨害もなくルイと合流できるだろう。
     役目の1つを無事終えたことを、6人は確信する。
    「では、こちらを早く片付けて、志帆さんとコペルに追いつきましょう」
     イノンドは言いながら、正確無比な魔法の矢を放った。
    「さて、お姉さん方……縛りプレイです」
    「うねうねー!」
     その矢が向かったのと同じ相手へと、刑一と一の足元から伸びた影が襲い掛かる。
     足が止まったその女性に、さらに、
    「私の足はあげられないよ。パパとママがくれた大切な身体だもん。
     それに……私はこの足で! どんな地獄も踏み越えてやるって決めたんだから!」
     鮮血のような色のエデのナイフが強い決意とともに襲いかかり、緋色の刃にさらに赤が重ねられていった。
     立て続けに攻撃を受けたその女性が、ふらりと足元を揺したところに。
    「さ、これで終いだ」
     雄介の居合斬りが走り、一瞬で女性を断ち切った。
     崩れ落ち、消えていく女性を雄介は静かに見下ろして……
     そこに、別の女性からの攻撃が襲い掛かる。
    「……っ痛ぇ」
    「雄介さん、あと2人いますからね」
    「忘れてねぇ、よっ!」
     イノンドの声に叫び返しながら、雄介は次の相手に向けて日本刀を構え直した。

    ●その頃、おばあさんは
    「ルイさん、お待たせ。無理はしてないよね?」
     仲間達の協力もあって、志帆とコペルは難なくルイとの合流を果たしていた。
     ルイは老婆と対峙しながらも、志帆へこくんと1つ頷く。だが、肯定の答えに反して、ルイの身体にはいくつかの傷があった。
     いくら灼滅者とはいえ、老婆の強力な攻撃を防ぎきることは当然不可能。
     とはいえ、ディフェンダーのポジションを取り、盾も使って防御に徹していたおかげでその程度で済んでいるのだ。
     老婆が現れたことをすぐに察知できたことも大きい。静かな夜道とはいえ、そうと確信できる合図がなければ、初動に差が出ていただろう。
     作戦が間違っていなかったことを感じながらも、すぐに志帆は闇の契約でルイを回復する。
    「皆が合流するまでもう少しだけ……頑張ってね」
     優しい癒しの力と言葉に、ルイはまたこくんと頷いた。
     戦いはまだ終わっていないのだ。
     志帆が合流しても、ルイの戦法は変わらない。防御に徹して耐えるのみ、だ。
     だが、メディックである志帆とコペルのおかげで、回復量は跳ね上がる。
     残りの仲間を待つのも大分楽になる……と、思われたのだが。
    (「回復しきれない……」)
     すぐに志帆はそれに気がついた。
     ヒールサイキックでは癒せない、殺傷ダメージの蓄積。
     志帆とコペルが揃えば、ルイが受けるダメージを相殺してさらに上回る回復量になる。だが、それはダメージが全て衝撃ダメージであれば、の話だ。
     治しきれない傷が増えてしまえば、ルイは……
    「コペル!」
     志帆の合図に、コペルは回復役から一転、小柄な身体で老婆へと襲い掛かった。
     ルイの様子を見て、回復の合間に、志帆自身も身につけた指輪から魔法弾を放つ。
     大したダメージは与えられないと分かっていても、それでも、その一撃が少しでもルイの力になれると信じて。
    (「皆……早く、来て!」)
    「……だいじょうぶ、です」
     ふっと。ルイは志帆へとふりかえり、そっと微笑んだ。
     そのまま傷だらけの手を掲げ、空に炎を生み出す。
     攻撃ではない。ファイアブラッドであるルイのESPだ。
     夜空に生まれた眩い灯りは、だがすぐに消えて……
    「おっまたせー!」
     やたら元気に一と鉄が飛び込んできた。
     志帆が振り向くと、女性達を倒してこちらへ合流してきた仲間達の姿。
    「いくら商売上手な婆ちゃんでも、流石に商品が足じゃお断りだな」
    「勝手に持ってくるのも持ってくのもごめんアルよ!」
     軽口を叩きながらもルイと共に前衛に並ぶのは、雄介とシャンロン。
    「足、もらいに来たよっ!」
     エデは早速、老婆へとジグザグスラッシュを放ち。
    「さあ、次は服を破りますよー。
     ……いえ、決して、どうせ破るならさっきのお姉さんの方がよかったなんて思ってませんよ?
     もちろんですとも!」
     刑一がジャマーの本領発揮と言わんばかりに、BSを狙って影の刀を繰り出す。
     イノンドの魔法の矢がそれに続き、そのまま老婆へと一斉攻撃が始まった。
     そんな攻撃の嵐の中でも、老婆は執拗にルイだけを狙ってくる。
    「ねちねちしつこいBBAだこと」
     志帆も風を生み出し刃とし、老婆を切り裂く。
     回復を任されたコペルと、ディフェンダーとしてルイを庇うフェンネルと鉄。そんなサーヴァント達の助力を受けつつ、灼滅者達の攻撃がただひたすらに老婆へと続く。
     見切られないように多彩な攻撃を次々と、休む間もなく繰り出して……
    「そろそろ終わりです!」
     老婆のダメージを見て、刑一が影縛りでその動きを止めると、ルイへと視線を向けた。
     やはり最後は一番やられた奴がやり返すのが筋だろう。
     意図を汲み取って、ルイは防御から攻撃へと一転、これまでのお返しとばかりに赤いオーラの逆十字を出現させ、老婆を切り裂いた。

    ●足売り婆というより押売り婆でした
    「しっかし、さすが都市伝説。何考えてるのかさっぱり分からない相手でしたねー」
     老婆が消えた夜道を眺めながら、飄々と呟いたのは刑一。その横から一がひょこっと顔を出して、
    「今あるのでいいです、って答えたらどーなんのかな?」
    「俺は、答えなかったらどうなるか、の方が気になるかな」
    「それに、『要る』なら縫い付ける、っていうのは何処にだったのかな。尻尾みたいにお尻、とか?」
     志帆までもが加わって、プードル尻尾をつつきながら言う。と、コペルが困ったように見上げてきた。その可愛い仕草に、志帆はさらに尻尾をつついてしまう。
    「ま、でも、これで少しは夜道も安全になったろ」
     気楽な口調で言いながら、だが、そんな雄介は結構ボロボロだった。
     女性達は老婆と同じく最初に狙った相手ばかりを狙って来ていたので、攻撃優先にしていた前衛3人が傷だらけなのは当然だろう。
     常時自己回復を行っていたエデはまだ無事な方だし、コペルの回復もあったのだが、それでも蓄積した殺傷ダメージは、無視できるほど軽い傷ではない
     そして。
    「……早く戻って、休んだ方がいいですね」
     重傷には陥らなかったものの、相当なダメージを負ったのは、やはり、囮役となったルイだった。
    「どうにかして、攻撃を分散させられればよかったのですが……」
     心配そうに見下ろすイノンドに、けれども、ルイはふるふると首を横に振る。
    「みんな来てくれたから……だいじょうぶ」
     そしてルイは仲間達を見渡して、
    「ありがとう。すぐに来てくれるって、しんじてました」
    「嬉しいこと言ってくれるアルー!」
     思わず怪我人に力いっぱい抱きつきそうになった、こちらも怪我人のシャンロンを、慌ててイノンドが止め、そのやり取りに皆から笑い声がこぼれる。
    「さて、帰りますか」
     笑顔の中で刑一はそう言って、ちょこまかと無闇に辺りを走り回っていた一の首根っこを無造作に捕まえると、夜道を学園へと歩き出した。 

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 10
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