綺麗な花には……

    作者:奏蛍

    ●迷いの森
     森田・依子(深緋・d02777)の目の前には、たくさんの本が並んでいる。知識欲に誘われて、本屋に立ち寄ったのだった。
     たくさんの色と面白そうなタイトルがずらりと並んだ背表紙に、指を走らせていた時だった。
    「あの森の噂きいた?」
    「あー、気づいたら迷い込んでるってやつでしょ?」
    「森なんてどこにあるのよって感じだよね」
    「噂によると、とある場所にいると森が出現するんだって……」
    「まじで!?」
    「うん、それで次の日に死んで帰ってくるらしいよ」
    「……殺されるの!?」
    「わからないけど、怖いよね……」
     よくある噂としては、ひとりの少女の反応は異常だった。怯えていると言っても過言ではない。
     その様子がどこか気になって、依子は微かに眉を寄せたのだった。
     
    ●帰り道を探して……
    「本当なら存在しない森に行くことになります」
     集まってくれた仲間を見渡しながら、依子が口を開いた。緩く編んだ長い髪を揺らして、須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)からの情報を話す。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     依子が気になった噂は、実際に都市伝説として存在していることが明らかになった。日付が変わる、ちょうど0時にとある場所にいると、気づくと森に迷い込んでいるらしいのだ。
     そして森から出ようと、帰り道を探す。けれど帰り道など存在しないのだ。最終的に迷い込んだ人は、綺麗な花を見つけることになる。
     大きな木に巻きついて咲いた花は、この世のものと思えないほど美しい。恐ろしい雰囲気が漂う森の中で、その場所だけがひどく安全で幸せな場所に見えることだろう。
     少しだけ……そんな気持ちで木の下に座り込んでしまうのも当然と思える。しかしそこで休んだら最後、その花に憑かれてしまうのだ。
     憑かれた人は錯乱して、自ら命を絶ってしまう。そして次の日の朝、死体となって帰ってくるのだ。
     みんなにはこの花の都市伝説の灼滅をお願いしたい。
    「まずはここに行って、森の中に入る必要があります」
     地図を取り出した依子が、丸く印の付いている何もない空き地を指差す。日付が変わる少し前から、この辺りにいれば自動的に森に入れるだろう。
     森に入るとバラバラになってしまうが、歩いていれば花がある場所にたどり着くことができるはずだ。森の中は恐ろしい雰囲気が漂っているが、怖がりな人でなければ大丈夫だろう。
     そして花がある場所に集まったら、憑かれてもらうことになる。けれど全員が憑かれる必要はない。
     ひとりが蔓に絡まれて憑かれれば、花の本体が現れてくれるのだ。花の精霊が現れたら灼滅してもらえれば、森から生還できるだろう。
     しかし蔓が絡まっている間は、一種の催眠状態のようになる。蔓を素早く切り落として、解放してもらえればと思う。
     もちろん花の精霊も逃がさまいと抵抗してくる。解放しないまま戦闘になれば、仲間が攻撃してくる状態になるので気をつけてもらいたい。
     花の精霊はバトルオーラと鋼糸に類似したサイキックを使ってくる。
    「憑かれている時に、本人の意思は存在しているのでしょうか」
     少し考えるように依子が首を傾げるのだった。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    日月・暦(イベントホライズン・d00399)
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    森田・依子(深緋・d02777)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    神山・大地(語り狼・d27622)

    ■リプレイ

    ●迷いの森
     灯りをつけた森田・依子(深緋・d02777)は、無意識に左手を握っていた。どこかから聞こえるフクロウのような鳴き声に、蔦が絡まった木たち。
     依子が手にした灯りに照らし出された森は、何かが潜んでいるようにも感じられる。灯りが届かない暗闇で、牙を剥いているような……。
     まるでホラー映画のような空気が漂っている。そして先に待つのは、命を奪う花だ。
     花と共に眠る……恐ろしくも美しい花に恐怖はに、森も怖いとは思わない、思わないのだが……。
    「命を奪うものでなければ、物語みたいだったのに」
     小さく息を吐いた依子が森の中を駆け出した。そんな不思議な森の中、別の場所に立った暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)はきょろきょろと周りを見渡している。一人で歩くのはどんな気分になるだろうと思っていた。
    「……意外に、暗くない」
     この森の話を聞いたとき、依子が好きそうな話だと思ったサズヤだ。そして実際に花を見ようと、一気に駆け出した。
    「これは……知らずに独りで進むのは相当心細いだろうな……」
     いそいそとライトを点灯させた百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)が先を照らしながら囁いた。その間も仲間の声や足音が聞こえないかと耳を澄ませる。
     可能な限り最短ルート……がどのルートかはわからないが、ともかく進む煉火なのだった。
    「……トゲよりも、怖いネ」
     一足先に大きな木にたどり着いた堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)が呟いた。暗闇は平気だが、憑かれて自由が利かなくなるのはぞっとしないと距離を取った。
     しかしそんなことを言ってられるのも、自分たち灼滅者だからだとぼんやり考える。そんな朱那の隣に立った十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は自然と頷いていた。
    「綺麗な花ほど毒があるって聞きますけれど理不尽極まりない」
     絶望の先にあった希望の花、しかしその希望に殺されてしまうとは夢にも思わないだろう。
    「お早いですね」
     木々の間から身を滑らせた六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)が声をかけた。迷い込む場所もばらばらなら、花までの距離もばらばらのようだ。
     しばらくすると、依子とサズヤ、煉火、神山・大地(語り狼・d27622)が到着した。
    「俺が最後だったみたいだな」
     長い髪を揺らした日月・暦(イベントホライズン・d00399)が、静香を見て口元を緩めた。
    「それじゃ、皆。よろしく頼んだぞ」
     全員が揃ったところで、大地がみんなに声をかけてから花が巻きつく木の下に座るのだった。

    ●花の精霊
     綺麗な花には何とやら……トゲや毒とかいろいろあるものだが、それで狂って死ぬのはごめんだ。ちゃんと家に帰らせてもらう予定で、大地はそっと瞳を閉じた。
     隠れて様子を見ていた仲間が異変に気づいたのは、唸り声が聞こえてきたからだった。まるで狂犬のような唸り声が続く。
    「何か動いてるネ」
     姿を現すタイミングを図って、目を凝らした朱那が呟く。その言葉に頷いた依子が灯りを再びつけた。
     照らされたのは蔓に絡め取られた大地、そして美しい花の精霊だった。柔らかそうな髪を、絡まった蔓が結び上げている。
     綻んだ綺麗な花たちは精霊の翡翠色の髪に彩を加える。まるで物語の一ページが開かれたような光景が広がっていた。
     思わず息を飲んだ依子が、眼鏡の奥の瞳を微かに見開く。けれどそれも一瞬だけで、すぐにその身を滑らせた。
    「こんばんは、あなたに見惚れて帰れない。そんな子を出すわけにはいかないんです」
     そう宣言しながら、依子は一気に地面を蹴った。ジェット噴射を伴って、精霊に突っ込む。
    「ごめんなさいね」
     小さく呟いて、大地を解放すべく蔓を断ち切ろうとする。そんな依子を見て、精霊の口元が弧を描いた。
     森の中に誰かが潜んでいることなどわかっていたというように……。ふわりと精霊が動くのと同時に、依子が切ろうとしていた蔓が動く。
    「森田、任せろ」
     いつの間にか飛び出していたサズヤの声が近くで聞こえる。
    「ん……今、解放する」
     蔓のみを確実に狙って断斬鋏を繰り出す。
    「ダメよ。この子は私の……」
     まるで葉が擦れるような音で精霊が囁き、大地を守るようにさらに蔓を絡ませた。完全に蔓を断ち切ったと思ったら、別の蔓が伸ばされる。
    「悪いが返して貰うぞ!」
     絶対に返さないというように、増やされる蔓を煉火が炎を纏った蹴りを放って阻止しようとする。
    「ダメって言ったわ」
     精霊が手を振ると、そこから放出されたオーラが煉火の体を貫いた。さらに片腕を半獣化させた大地が鋭い爪を振り下ろす。
     煉火の代わりに狭霧が攻撃を受け止めた。
    「操り人形にされちゃうのは御免被りたいっすねー」
     こんなに綺麗な花なら一輪くらい持ち帰りたいとも思う狭霧だが、自分の意志がないのは冗談じゃない。刃を繰り出して、一気に蔓を斬った。
    「ま、散りゆく花を愛でるのも中々に粋ってもんです」
     バラバラと斬られた蔓が地面に落ちていく。さらに狭霧に合わせて飛び出していた朱那が標識を振り下ろした。
     完全に蔓が断ち切られて、大地の体が転がった。衝撃に驚いた大地が何事かと瞳を彷徨わせる。
     突然、眠りから覚めたような感じなのだろう。
    「……わり、やっぱ俺、アンタの手は取れねぇわ」
     瞬時に事態を把握した大地が、間合いを取るように跳ねるのと同時に精霊に声をかける。そして白き炎を放出させて仲間を包み込む。
    「手間取らせてゴメンな……こっからは俺も頑張る!」
     自分のそばから離れてしまった大地を見る精霊の視線はどこか寂しげに見える。
    「絡め取り、魅入らせて自分の物に……私に似た妖花もあったもの」
     すっと日本刀の緋願刀・散華を鞘から抜いた静香が呟き、微笑んだ。まるで自分も都市伝説みたいだと……。
     素早い動きで死角から飛び出した静香の刃が、精霊を斬り裂く。ふわりと長い静香の髪が背に落ちる時には、暦の影が精霊を絡め取っている。
    「でも、ダレでもいい訳ではなく……不埒なあなたより、私の美しさ(鋭さ)が勝っていると、証明してくれますよね。暦?」
     ぴったりの呼吸で攻撃を繋ぐ暦を見て、静香が問いかけるのだった。

    ●美しさ
    「ああ、俺が惹かれたのはその心が綺麗だったから、だからね」
     他の誰でもない、静香の心に惹かれたのだと暦が思いを言葉にする。静香になら何でも合わせられるし、静香となら何でも合わせられる。
     そして何にでも合わせるのが、暦の役割なのだ。綺麗な花には刺があると言うが、暦はもう何にも惹かれないかもしれないと思う。
     なぜなら隣にもっと魅力的な花が咲いているからだ。
    「ね、暦。あなたは、私のものですよね?」
    「ね、静香。俺は静香のものだよ?」
     赤い心と書いて、恋。心を受けると書いて愛。
    「暦の心の中で、私の笑顔はどんなアカい色で咲いていますか?」
    「静香の笑顔はいろんな色、どんな色でも受け止めさせてよ」
     妖花に負けない美しさでありたいと、微笑んだ静香が花びらを散らせる。
    「愛する貴方と……緋斬花舞と参りましょう」
    「恋した貴女と……どんな踊りでも、一緒に」
     確かめ合うのと同時に、二人は精霊に向かって駆け出していた。再び、何度でも二人で舞うために……。
     その間に狭霧がシールドを広げて仲間に耐性を与える。
    「花は好きよ」
     囁くように呟いた依子が赤く揺らめく炎を灯す。そして炎の花を作り出して飛ばした。
     ただ愛でるだけでいられたら良かった。終わらせるからには跡形もなくと、容赦なく炎を燃やす。
     けれど決してその色は忘れない。
    「依姉さんに、合わせるネ」
     舞うように飛ぶ炎の花と一緒に、朱那が駆け出す。そんな朱那の足にも炎が揺れる。
     ふわりと跳ねた朱那に合わせて、炎が尾を引いていく。そしてそのまま豪快な蹴りを食らわせた。
    「なぜ魅入られてくれないの?」
     ふらついた精霊の体を、炎の花が埋め尽くしていく。精霊は儚く、けれど凛と咲く花のように美しい。
    「麗しい花はそれだけで心が潤うものだがな」
    「そう、私を見て。心を潤わせて」
     煉火の言葉に、精霊が嬉しそうに微笑んだ。けれど煉火の表情は厳しいままだ。
    「……人の命で自らが潤う花など言語道断だ!」
     言いながら駆け出した煉火が、殴りつけながら網状の霊力を放射する。
    「そうだな。潤わせたいなら、ちょっとやり方が間違ってるぜ」
     そんな煉火に合わせた大地が、縛られた精霊に向かってリングスラッシャーを射出した。斬られた蔓が、体が、地面に落ちて枯れていく。
    「んー……」
     サズヤが考えるように、微かに首を傾げた。綺麗な花には毒があったり刺があったりするらしいが、触って欲しくないからなのだろうか……。
     けれど触ってほしくないのに、見て欲しいと言ったり、逃がさないのは実に不思議だ。そして綺麗な花を倒すのは少し気がひける。でも犠牲者を出すわけにもいかない。
    「真夜中の森の散歩は、今日でおしまい」
     自分の中で完結したサズヤが小さく頷いて、一気に飛び出す。高速回転させた杭を容赦なく精霊に突き刺し、サズヤはねじ切った。

    ●光が差す方に……
    「意思であれ体の自由であれ。奪うってやり方、大嫌いナンだよネ……!」
     ふわりと跳躍した朱那の手には、赤に変えた標識が握られている。そしてそのまま思い切り標識を振り下ろした。
     吹き飛ばされた精霊の体はどこまでも軽く、地面に落ちる前にふわりと浮き上がる。
    「なぜ拒絶するの?」
     精霊の瞳に宿っていた悲しみが、怒りに変わっていく。冷たい視線が依子を見るのと同時に、蔓が鋭く斬り裂いた。
    「後ろはボクが支える! ……さぁ、ぶった斬れ!!」
     指先に集めた霊力を依子に撃ち出した煉火が声をあげる。その声に後押しされるように、精霊の隙を狙った依子が飛び出す。
     そして死の中心点を狙って貫いた。同時に大地が毎夜、人を食らうという人狼の話……人狼村奇譚を紡ぐ。
    「アオォオオオオオオオオン……!」
     飛び出した人狼が容赦なく精霊に噛み付いた。空気を震わせるような音を発した精霊に呼応するかのように、蔓が動く。
     静香に向かって、何度も何度も蔓を叩きつけてくる。血が滲んだ皮膚にちらりと視線を送った静香が、そのまま駆け出す。
    「茨の上を赤い靴を履いたように踊りましょう、王子様」
     その声に応えるように、暦が飛び出した。傷だらけの女の子を見るのは、耐え難いほどにつらい。
     さらにそれが静香となれば余計だ。帰ったらゆっくりと手当しないとと思う暦だった。
     上段に構えた緋願刀・散華を、静香は真っ直ぐに振り下ろす。そして舞うように身を翻した静香の後ろから、暦が断罪の刃を振り下ろした。
     二人に斬られて、精霊の体がだらりと力を失う。かろうじて立っている精霊の体から花びらが落ちていく。
     そんな精霊を死角に回り込みながら、サズヤが斬り裂いた。がくりと膝を追った精霊の瞳に、再び悲しみが映り込む。
    「不思議で悲しい魔法の時間はオシマイにしましょ」
     0時に現れる森……まるで灰かぶりの魔法みたいだと狭霧は思う。まぁ、灰かぶりの魔法は0時に解けてしまうのだが……。
     緋色のオーラを宿したクルセイドソードの星葬で、狭霧が精霊を斬った。花びらが一気に舞い散り、倒れた精霊の上に降り注いでいく。
    「もっとロマンティックならば良かったけれど……」
     呟きながら、狭霧は星葬をしまった。舞い落ちていく花びらだけを映す精霊の瞳に、大地が映り込んだ。
     差し伸べられた手に、精霊は迷わずに手を伸ばしていた。
    「誰もいない森で一人は寂しいよな」
     そう声をかけた大地に、精霊の瞳に光が宿る。そして完全にその姿を消した。
    「『森の奥、美花に魅入りしその人は。哀れ囚われ、帰ることはまかり通らぬ』……こんな感じか?」
     確かにその力が自分に吸収されたのを感じた大地は言葉を紡いだ。これから奥花乱蔓となって、大地の力として活躍してくれることだろう。
    「何で生まれたかナンて都市伝説に無粋だろうケド」
     どうせなら、綺麗な花は癒すために存在してもらいたいと思う朱那だった。
    「お、あそこが出口っすねー」
     光が差す場所を見つけて、狭霧が指さす。花が消えた地面を、一度だけ撫でた依子が立ち上がった。
    「……帰りましょうか、夜が明ける前に」
    「ん」
     依子の言葉に、サズヤが頷いた。灼滅者が森を抜けるのと一緒に、その森は姿を消しているのだった。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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