ハロー、宇宙ステーション

    作者:西宮チヒロ

    ●eillig
     いつもの日常を変えたのは、一本の電話だった。
    「日渡・暁乃さんですか」
     役所名と名前を添えた男からの問いに娘が短く肯定すると、男は簡潔に言った。
    「お兄さんの日渡・晨さんが亡くなりました」
     受話器越しにそう伝えてきた声は、ひどく簡素に思えた。
     海外出張中の交通事故で、即死。
     日本国内で火葬するかと尋ねられ、両親も他に頼れる身寄りもなく亡骸の搬送費は支払えない、と伝えると、「それでは火葬は現地で行い、ご遺骨をお届けします」と言われた。
     男の言うように、しばらくして自宅に骨壺が届けられた。
     ちいさな白磁の壺だった。
     暁乃を育てながらも、宇宙飛行士になる夢を追いかけていた晨。そんな兄の背中はいつだって空のように大きかったのに。
     涙は、未だ流れていない。
     実感がないのだ。あるのはちいさな骨壺と、がらんどうになった心と――あの日から突如水晶化し始めた身体だけ。
     漠然とした不安が湧き上がる。どうなってしまうの、と口に出しても答えは返ってこない。見つからない。だから娘は、今日もそこにいた。
     神奈川県三浦半島南端、城ヶ島。
     生まれ育ったその街の西にある公園。島から見える星はどれも綺麗だったけれど、ここから見るそれは一等煌めいているようで、幼い頃からよくふたりで星を見に来ていた。
     ――ほら、あれが宇宙ステーションだ! いつか絶対、オレもあそこに行くんだ!
     ――なら、私はここから写真を撮る! カッコイイお兄ちゃんの姿、残しておく!
     ――じゃあ、兄ちゃんも手を振るな。あきのに見つけて貰えるように。
    「ダメだよ……見つからないよ、お兄ちゃん……」
     夜明け前の1時間。緋色に染まり始めた海と空の境界線を見つめながら、暁乃は力無く膝をついた。
     もうすぐ宇宙ステーションが空を往くのに、その光が見つからない。兄がいなければ、光ひとつ見つけられやしない。
     夜よりも深い闇が、がらんどうな心を尚も蝕み始めた。
     
    ●klarlich
     ノーライフキングに闇堕ちしかけている少女がいる。
     宵も過ぎた音楽室に集った灼滅者たちを見渡すと、小桜・エマ(高校生エクスブレイン・dn0080)はそう切り出した。
     名は日渡・暁乃(ひわたり・あきの)、高校1年生。
     数年前に両親を、そして数日前に事故で10歳年上の兄・晨(しん)を亡くした彼女の心は、既に闇に飲まれている。
    「でも、今ならまだ間に合います」
     本来なら闇堕ちした時点で消えてしまう『人間としての意識』が未だ残り、ダークネスの力を持ちながらもダークネスになりきっていない存在――それが、今の暁乃だ。
    「もし、彼女に灼滅者の素質があるなら救出を。なければ……そのときは、灼滅を」
     何度口にしても慣れぬ言葉を伏し目がちに告げると、エマは抱えた音楽ファイルにある情報を読み上げた。
     
    「彼女を闇堕ちから救うには、戦闘してKOする必要があります」
     そのとき灼滅者の素質があるなら生き残り、なければダークネスとして灼滅される。
     加えて、彼女の内に残る『人間の心』に響く言葉をかけられれば、彼女の力を弱めることもできるという。
    「このままだと暁乃さんは、日の出を見に来た観光客を殺して最初の眷属にしちゃいます。ですからその前に……彼女を、止めてください」
     暁乃が使うのは、エクソシスト相当のサイキック。現地に到着するのは日を跨いだ夜中になるが、戦闘場所となる公園は拓けており、光源さえ確保できていれば、他に戦闘の障害になるものもない。
     あとは皆と、そして暁乃次第。
     「皆さんなら……見つけられるって、信じてます」
     失くしたものの代わりではなく、見落としていた、確かにそこに在るはずのものを。
     寒いから暖かくしてってくださいね。エクスブレインの娘は灼滅者たちを見送りながら、そう柔らに微笑んだ。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)
    奥村・都璃(焉曄・d02290)
    小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    佐見島・允(フライター・d22179)
    饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)

    ■リプレイ


     ごくありふれた家庭だった。
     市役所勤めの父に、専業主婦の母。兄の晨と妹の暁乃は10ほど歳が離れていたが、一緒によく星を見に行くほど仲が良かった。
     両親が亡くなったのは、暁乃が9歳のころであった。結婚記念日だからと、兄妹が勧めた夫婦水入らずでのスキー旅行。その旅先での雪崩事故であった。
     ふたりきりになってからも、兄妹はたびたび島から星を見た。徒歩15分ほどで着く島の東端にある公園。その奥にある高台が、ふたりの気に入りだった。
    「……――っ」
     じくりと湧いた痛みに、暁乃は背中を丸めてしゃがみ込んだ。
     兄を亡くしたあの日から、心臓を中心に水晶と化し始めた身体。
     手袋を外し、辛うじて血肉の残る指先で頬に触れる。冷たい夜気に晒され続けた頬はすっかり冷え切っていたが、それでも、触れた場所から伝わる熱は、まだ己が『ヒト』であることを教えてくれた。
    「お兄ちゃん……」
     数え切れぬほど零した言葉。応えが返ってきやしないのは解っている。――それでも。
    「……綺麗な光ですね」
     睦月・恵理(北の魔女・d00531)の声に、暁乃は反射的に振り返った。一礼すると、恵理は肩から零れた黒髪を耳に掛けながら微笑する。
    「あなたも天体観測ですか?」
    「それとも、もっと他の何かを探してる……の?」
     手にしたちいさなランタンの灯りに浮かぶ、小沢・真理(ソウルボードガール・d11301)の快活な笑顔と、饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)の柔らかな笑み。いずれも学生と思われる姿に若干安堵しながらも、暁乃はやおら立ち上がり一歩後ろへと距離を取った。
     じくりと再び湧いた痛みに、無意識に身を僅かに屈めて胸へと手を当てる。
     痛むほどに進む結晶化。またどこかが『ヒト』ではなくなってしまったのだろうか。死に近づいてしまったのだろうか。
    「怖がんなくていーぜ」
     暁乃の抱えるものを感じ取った佐見島・允(フライター・d22179)は、静かに語りかけた。その不良めいた顔立ちに一瞬戦くも、三白眼を緩めて見せる笑みはどこか兄の笑い方に似ていて、暁乃は微かに緊張を解く。
    「初めまして、暁乃さん。私たちは、宇宙ステーションの依頼で来ました。……大切な港の、大事な光を護って欲しいって」
    「宇宙……ステーション……?」
    「知ってるんです。お兄さんのことも……水晶のことも」
     柔らかな恵理の声音に、暁乃の双眸が見る間に見開かれていく。
    「僕たちは、武蔵坂学園の生徒です。貴女の兄のことに関しても、耳にしています」
     無表情ながらも澄んだ紫の瞳で語りかける竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)に、允も続く。
    「俺らはお前のその水晶と、同じ力を持ってるメンバーなんで。困ってるみてーだから助けに来たのよ、俺ら」
    「でも、もう無理だよ……身体の半分も、水晶になっちゃってるもの……!!」
     こんな身体、どうやったら助かるっていうの。
     誰を信じたらいいの。
     わからない。わからない。わからない――。
    「っあああああああああ……!!」
     娘の叫びと共に具現化した黒い光。瞬く間に巨大化するそれに、四方へと光源を設置し終え駆けつけた木元・明莉(楽天日和・d14267)と共に、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)が周囲へと殺気を放つ。
    「暁乃さんは、絶対こちらに連れ戻す」
     刃を横に構えて意志を灯す奥村・都璃(焉曄・d02290)に頷き、允も胸元のタリスマンを握り締める。
     己に言い聞かせるように。
     そして、祈るように零す。
    「ステーションが通るまで時間あるし……まだ間に合うからよ」


    「Akino, it's a lethal condition.I beg you to come back to us!」
     宇宙ステーションからの交信を思わせる流暢な英語で、繰返し語りかける真理。ラジオから聞こえるそれに似た口調に、娘の動きが鈍る。
     攻撃のたびに暁乃の眼前に生まれる、漆黒の球体。
     内に孕んだ光が時折煌めく様はまるで宇宙の縮図のようだったが、不安定に揺らぐそれは寧ろ、娘の心そのものと言えた。球体から放たれる無数の闇に怯むことなく、明莉と脇差が左右から肉薄する。
     死角からの一刀で体勢を崩したところへ放たれた、雷を孕む強拳。その軌跡を描く桜の花を思わせる淡い光を掬うように、男は振り抜いた刃を返して構え直す。
    「当たり前に居るはずの人が居なくなる喪失感……それを日渡は二度も受け容れることになるんだな」
     自身ですら、恐らくは受け入れ難いほどの感情。
     けれど、明莉もまた喪失を知っていた。だからこそ、それを受け入れろと強いる言葉を敢えて紡ぐ。
    「でも、それを拒むことは、大切な人が此処に居たことすら拒むことになる」
    「大切な、人……拒む……?」
    「ああ。……大切な人たちは、確かに日渡の傍にいたんだ。だから、その辛さから逃げたら駄目だ」
     向けられた虚ろな瞳に、僅かに見えた光。それを引き出さんと、脇差も続く。
    「兄の歩みを見届けると約束したんだろ? だったら最期まで目を逸らすんじゃねーよ」
     人はいずれ死ぬ。だからこそ夢を持つ。限られた時間の中で、何かを目指し残そうとする。
    「記憶に刻み受け止めてやれ。喜びも哀しみも、全て含めて人生だ。兄の生きた道を、お前が認めてやらないでどうする」
    「でも、受け止めたってお兄ちゃんはもういない……もう光は灯らない!」
    「本当に? 願いは、祈りは、そこに残ってるんじゃないの?」
     だから呼び続けたんじゃないの。返らずと知っていても、兄の名を。必死に叫ぶ樹斉に、恵理が重ねる。
    「灯台がなければ船は迷ってしまいます。それは宇宙に出るときも同じです」
     続けざまに打たれた恵理の拳。星座のように紡がれた光に絡め取られた娘の、その胸元へと指先を向ける。
    「お兄さんが出港して、また帰って来たかった先はきっとそこですよ」
     治癒の音色で軽くなる身体。真理へと感謝しながら、一層笑みを深くする。
    「手を振ってあげたかった、大切な地上の灯台……ねえ、光ならあなたの中にあるじゃないですか」
     想い出も、願いも。
     兄の残した命さえも。
    「あなただけが灯し続けてあげられるんですよ」
    「お兄さんの姿を写真に収めたかったのなら、せめて兄の行くべき場所だった宇宙ステーションを写真に収めるように、兄の分まで長く、強く生きて下さい」
     祝福の言葉で紡いだ治癒の風を仲間たちへと施しながら、藍蘭も添える。
     空を夢見た兄と、その夢を写真に収めたかった妹。
     己には励ますことしかできずとも、それでも強く生きて欲しいと藍蘭は願って止まない。
    「本当に失われるのは忘れたとき。誰かが覚えている限り無くならない。あなたが諦めて水晶に負けたら、本当にそのふたりでの夢は無くなっちゃう。――闇に負けないで!」
     一族最期の祈りの籠もる指輪とともに、手早く描いた魔法陣。樹斉の放った魔法弾で更に動きが鈍ったその懐へ、都璃も躊躇うことなく飛び込んだ。
     大切な人を失った気持ちは計り知れない。
     だが、それで己までなくしてしまっては駄目だ。
    「暁乃さんが人間の心を失くしてしまったら、そのときこそ、本当にお兄さんはこの世界からいなくなってしまう」
    「それは、嫌……!」
     白光を帯びた斬撃に、暁乃は身体をふたつに折ながら蹌踉めいた。膝をつき俯く娘の、その汚れた頬を一筋の涙が伝い落ちた。
    「失くしたくないよ……お兄ちゃんの顔、声、想い出……でも、どうすればいいの……?」
     空を往く微かな光を見つけてくれたように、生きる標を灯してくれた兄はもういない。
    「甘ったれんなよ。兄だってお前の歩みを見てるだろうに、いつまで心配させる気だ」
     厳しい言葉ながらも、人一倍、暁乃を想っていたのもまた、脇差であった。奮い立たせたい。その気持ちを心で明莉が支え、言葉で都璃が継ぐ。
    「下ばかり見ていたら、空どころか何も見えない。お兄さんが見たいのは、そんな貴女じゃない筈だ」
    「空見る時は、夢見てなきゃダメなんだよ」
     紡がれる言葉たちに、暁乃が息を飲んだ。ゆっくりと顔を上げ、涙を溜めた眼で都璃と允を見つめる。
    「お兄さんは、暁乃さんに前を向いて貰いたいと思っているんじゃないか」
    「うん。そう思うな」
     綺麗な光が見えるから、私も夜空を見上げるのが好きだよ。寄り添うように傍らへと戻ってきた相棒・ヘル君を、真理が柔らかに撫でる。
    「深い闇の中でも上を向いて探せば、きっと光は見つかるよ。それは目指した光じゃないかもしれないけれど、お兄さんもきっと上を向いて欲しいって思ってると思う」
     喩えれば、今の暁乃がいるのは、夜の闇が一等深くなる夜明け前。
     ちょうど、宇宙ステーションが見える――晨と暁の刻。
    「……夜明けは目前、だから頑張って」
    「夜明け……」
     呟く娘の前に、允も獲物を下ろしてしゃがみ込んだ。目線を合わせ、静かに語る。
    「兄貴の夢が叶うことが、お前の夢でもあったんだよな。けど、お前はお前でやりたいこととか叶えたい夢を持ってるんじゃねーの?」
    「やりたい、こと……?」
    「おうよ。例えば、スゲー天体写真を撮るとか」
     想い描いた何かがあるのだろう。視線を逸らして思考する暁乃に、允も頷く。
    「まあ、これからは自分のことも見てやれよ、今まで苦労してきたお前ならぜってーやれるって。手伝うから、諦めずに探そうぜ」
    「ええ。僕も、貴女の助力になりますよ」
     倣って腰を下ろした藍蘭の隣、膝をついた恵理がそっと暁乃の手を取った。
    「影に負けないで……冷たい人形なんて、絶対あなたの欲しい『やり直し』じゃない。光が足りなければ、並んで一緒に歩きましょう」
    「ああ。空の光を見つけたいなら、闇なんかに囚われんな」
     例え失くしたとしても、絆は残る。そう信じたい。
    「自分の足で今という大地を踏みしめろ。その覚悟があるのなら、俺たちも手伝ってやるさ」
     そう言った脇差を見つめた娘は、手の甲で頬を濡らしていた涙を拭った。黙ってゆっくりと立ち上がると、揺らぎの消えた双眸で灼滅者たちを見据える。
    「……どうすれば助かるの?」
    「私たちに、一度倒されて欲しい」
    「倒される……?」
     都璃の言葉を反芻する暁乃に、明莉が眦を緩める。
    「気絶するだけだ。それで、日渡を蝕む水晶も消える」
    「僕たちを信じて。水晶なんかの寂しい光に、夢を潰させたりなんかさせない」
     力強い樹斉の声に、暁乃も静かに首肯した。灼滅者たちの組む陣の内に、すべてを託すかのように力を抜いて立つ。真理がギターの弦に指を添え、藍蘭が構えた刃に破邪の光を喚び始める。
     允の掲げた交通標識。蒼天へと翼を広げる機体はまるで、道標。
    「一瞬で終わらせてやる。――お前の中の希望の光を、空の兄にも見せてやれ」
     そう言った脇差へと返った娘の笑顔が、爆ぜるような光に溶けていった。


     暫くして目覚めた暁乃と、その身体を気遣う允を見ながら、と恵理が口許を綻ばせた。
    「……さ、一度帰りましょう」
     泣きはらした顔や汚れた服を気遣うその言葉に甘えて一度出直した暁乃は、公園で待つ灼滅者たちへ晴れやかな笑顔を向けた。
    「冬の夜空は、星が良く見えて私は好きなんだ。それに、近くの暖かさも感じられるだろう」
     どうぞ、と都璃から手渡されたカモミールティーを受け取ると、じんわりとした熱が掌に広がった。
    「ここに来る前に、暖かくしてってね、って私の友達も言っていたんだ」
    「その子も、武蔵坂学園……だっけ? そこの学生?」
     目覚めた直後は敬語だった暁乃も、今やすっかり打ち解けていた。学園のことを説明するたび、驚き、笑い、時に真剣な眼差しを見せる。
    「宇宙ステーションはばっちり見せてあげる。宇宙部部員に任せて!」
    「宇宙部!? 天文学部とかじゃなくて!?」
    「興味ある? 暁乃ちゃんならいつだって大歓迎だよ!」
     真理と笑い合う娘の膝には、ちいさな骨壺があった。宇宙ステーションを見るなら一緒にと、一眼レフカメラと併せて暁乃が持ってきたのだ。
    「みんながいるなら……武蔵坂学園、行きたい。……けど」
     言い淀んだ娘の、続く言葉を誰もが静かに待った。
     話すことで実感が湧くこともあるだろう。だから、彼女の話したいことだけを望むままに聞きたいと、恵理は思う。
    「……1人で抱え込まずに、僕達に打ち明けてくれたら……少しは楽になるかと思います」
    「ああ。話すことで、何か変わることもある」
     様子を窺う藍蘭に、都璃も頷く。空になったカップへ樹斉が注いだココアを一口飲むと、娘が口を開く。
    「島を離れるのも、淋しい……でも、それじゃダメなんだよね」
     お兄ちゃん、と囁いた声が、抱きしめた白磁へと毀れた。
     人生に無数にある別れのなかで、『死』は一番残酷で――きっと、一番幸せな別れだろう。
     辛いということは、本当は幸せなこと。
     つい先程、脇差にだけ聞こえる声で明莉がそう語っていたのを思い出し、男は娘を見ながら傍らに呟く。
    「言わないのか」
    「どう上手く伝えればいいか……。そう言う鈍はどうなんだよ?」
    「俺に気の利いた言葉がかけられると思うか?」
     そう一瞥すれば、悪かった、と返る詫びに、脇差も無言で寛恕した。素直に優しい言葉を紡げぬ己でも、話を受け止めることで心の整理の手助けになればいい。
     青年たちのやり取りの合間に、どうやら娘は心を決めたようだった。
    「――私、学園に行く」
    「……いいのか?」
     案ずるような允の視線に、いいの、と暁乃は腕の中へと視線を落として微笑んだ。
    「島には、いつだって来られる。それより、私は前を……上を向かなきゃ。そうでしょ?」
     教えてくれたのは、彼ら。
     だから、ここからは自分で探していきたい。見つけられるようになりたい。
     そう意志を灯す瞳を見留めると、脇差はすっくと立ち上がった。不思議そうに見上げる娘へ、視線だけ向ける。
    「宇宙ステーション、探すんだろ?」
    「うん……!」
    「じゃあ行くか。星座盤持ってきたんでマジ探すけど……やっぱ暁乃の記憶と経験のが頼りかもな」
     言いながら頭を掻く允に、ううん、と娘は首を振った。
    「みんなで見つけたい。生まれ変わった私の、最初の光だから」
    「……んじゃ、写真撮るなら手伝うぜ」
     口許を緩ませながら、ぽんぽん、と頭を撫でる掌に頷きを返して、暁乃は高台へと駆け出した。
     これからどう歩んでいくかは、彼女次第。それでも、希望の光はいつだって空に輝いているはずだと樹斉も思う。
    「いつか写真、見せてくれないか」
    「じゃあ、今日のこの1枚なんてどうかな?」
     そのときにまた、兄の話を。都璃と約束を交わした娘を、灼滅者たちが呼んだ。

     指さす空には、一筋の光。
     シャッターを押しながら、消えてゆくその彼方へと大きく手を振った。
    「……ハロー、宇宙ステーション」
     私は、ここにいるよ。
     ――ここで、生きていくよ。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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