セイメイ最終作戦~想い、重なり合い

    作者:長野聖夜

    ●崩れ落ちる日常
    「ハァ、ハァ、ハァ……何なんだよ、お前ら!?」
     バコン! と近くに取り付けられていた消火器でゾンビの一体を殴りつけながら思わず叫んでいた。
     何のことはない。今日はちょっと皆で早目に来て朝練に勤しむだけの日だった。ただ……それだけの筈だったのに。
     どうして……こんなことになってしまったんだろう。
     周囲には、突然僕達の前に姿を現したまるで映画で見るゾンビの様な姿の人が5人いる。
     更にその周りには、一緒に練習に来ていた人達がゾンビに齧られ倒れている。
     その数は、全部で4人。
     皆、僕や彼女の友達だった。
     そう……後ろにいる彼女の。
    「よ、陽太郎君……」
     僕に縋りつく様に震えている優香さんの表情と温もりが、これが夢じゃない、現実なんだと否が応にも僕に教えて来る。
    「大丈夫。優香さんだけは……僕が、必ず守るから」
     震える膝に力を籠めて、僕はもう一度消火器を構え直す。
     ――守りたい人が、後ろにいるから。
     
     
    ●白の王の遺産
    「……皆、本当にお疲れ様。……セイメイとフォルネウスのことは聞いている」
     沈痛さを感じさせられる、北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)の呟きに其々の表情を浮かべる灼滅者達。
     白の王の迷宮の戦果は、想像以上だった。
     白の王セイメイは灼滅されてクロキバだった灼滅者は元に戻り、海将フォルネウスも灼滅されたのだから。
     だが、その為の犠牲もあった。
     佃戸の浦の戦いで闇堕ちしていた灼滅者の1人がセイメイとの戦いで死亡し、フォルネウスの戦いで、1人の娘が闇に堕ちたから。
     ――それでも。
    「……ルナさんは生きている。何時か、何処かでまた必ず会えるはずだ。俺達も、今、全力で探している。だから、目の前で起きている問題をなんとかして欲しい。……カリル君の死に報いる為にも」 
     戻って来て間もない灼滅者達に其れを告げるのも酷であることを理解しながらも、淡々と呟く優希斗に、一先ず首を縦に振る灼滅者達。
    「皆が持ち帰って来てくれた、白の王セイメイの研究による、新種のゾンビ……俺達は『生殖型ゾンビ』と呼んでいるけど」
     この、生殖型ゾンビには、優希斗達、エクスブレインの予知を妨げる力がある。
     しかし、灼滅者達が齎した情報が……彼等に、ゾンビ達が事件を起こす場所を確認することを、可能にさせてくれた。
    「とある町にある高校。そこに、複数体のゾンビの一団が現れる。君達には、このゾンビ達に対処して貰い、セイメイの遺した最後の企みを完全に阻止して貰いたい」
     優希斗の言葉に、灼滅者達は其々の表情で返事を返した。

    ●敵戦力
    「この生殖型ゾンビだけど、多分、白の王の迷宮の下層にいた者達だと推測できる」
     淡々と語る優希斗だったが、彼の言葉にはその実とてつもない事実が隠されている。
     すなわち其れは、もしゾンビ達を放置して野に放てば、高校だけでなく、その周囲の住民全てがゾンビ化してしまうと言う事。
     それは、十分以上に大きな災いとなる。
    「せめてもの救いは、数千体いた生殖型ゾンビの大多数を、皆が灼滅してくれたから、さほどゾンビ達が残っていないと言う事だと思うけれど。でも……」
     彼等は、『バベルの鎖』を持たない。
     それはつまり、仮に此処で灼滅したとしても、ゾンビ達の情報が伝播する可能性があると言う事。
    「だから、ゾンビ達を倒したら、可能な限り、物証を持ち帰って来るようにして欲しい。……人の口に戸は立てられぬ、とも言うから、流石にすべての情報を抹消するのは不可能だけれど……」
     俯き加減の優希斗の呟きだったが、灼滅者達は其々の表情で首肯する。
     ――まるで、大丈夫と言う様に。
    「……場所だけは分かったとはいえ、そこで何が起こっているのかは俺達には分からない。けれども、もしゾンビに襲われて、まだ生きている人達がいるならば、出来れば助けてほしいと思っている。……生殖型ゾンビがセイメイの犠牲者であるからこそ、これ以上セイメイによる犠牲者を出してほしくないんだ。……どうか皆、よろしく頼む」
     静かに一礼する優希斗に背を向け、灼滅者達は其々の想いを胸に秘め、そっとその場を後にした。


    参加者
    水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)
    セレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)
    狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)
    荒谷・耀(護剣銀風・d31795)
    霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)
    ノイン・シュヴァルツ(黒の九番・d35882)

    ■リプレイ

    ●『開幕』と侵入
    「……此処、ですね」
     血の滲んだ包帯を頭に巻いた荒谷・耀(護剣銀風・d31795)。
     無表情なその顔からは何の感情も読み取れないが、添え木と包帯で左腕を固定している様子が、先程までの戦いの苛烈さを物語っている。
     それは、衣服の所々が縺れ、体のあちこちに傷の痕を残し、憂いと曇りを帯びた眼差しで学校を見上げているセレスティ・クリスフィード(闇を祓う白き刃・d17444)も同じだった。
    「2人とも、大丈夫か……?」
     白の王の迷宮での激戦の中で、共に戦った白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)の気遣いも、何処か空虚だ。
     心が籠っていない訳じゃない。適当にあしらっている訳でもない。
     ただ……。
    (「あの時、何も出来なかった……」)
     そう。敵の最期は愚か、『彼女』の闇堕ちする様さえも見届けられず、仲間達に救われて共に脱出してきたと言う事実が、明日香の心に深い傷跡を残していた。
     まるで縋る様に、何かを抑えようとするかの様に……無意識に首の逆十字のペンダントを握りしめる明日香。
     少しだけ先行していた狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)が、守衛に対してプラチナチケットを使い、自分達を学校関係者と信じ込ませた。
     簡単な手続きを終え、自分達が入れる状況を作り出すと同時に、有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)が、苦い顔になりながら、王者の風で守衛を無力化する。
    「よし、行くぞ」
    「……どうして、そんなに淡々としていられるんですか……?!」
     冷徹に告げる刑に、雄哉が存中に燻るその想いを叩きつける。
     刑は、雄哉には答えず、ただ、淡々と傍に控えていたノイン・シュヴァルツ(黒の九番・d35882)へと目配せする。
     その態度が雄哉の感情を負の方向に強く刺激する。
     この場で襟首掴んで怒鳴りつけてやりたいくらいだが、時間を無駄にするだけなのが惜しまれる。
     ――いっそ……。
     全てを壊してしまうのも悪くはないかも知れないが、それさえも今は無意味だ。
    (「どうしても納得いかないけれど……こうするしかないのか……!」)。
     悔し気に俯きながらも、雄哉は刑達と共に、急いで戦場へと走り出す。
     ……救いにも、償いにもならないけれど、今は其れしか出来ないから。

    ●『業』の行方
    「敵と思しき気配を感知しました」
     淡々と状況を報告するノインに、首を縦に振る霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089) 。
     ノインが嗅ぎ取った『業』と防音設備のある施設への最短距離を頭に叩き込んでいた明日香とセレスティに先導されながら、刑は、自嘲気味に笑う。
    (「対象の『業』を嗅ぎ取るDSKノーズ、か……」)
     自分達が今からやろうとしていること。
     本当は、其方の方が、余程『業』が深いのではないだろうか。
     皮肉な考えが脳裏を過り、自身がこれからする行為への深い自己嫌悪と殺意が頭をもたげる。
     その様子に気付いたのだろうか。
    「『……戦場では、優しさが時に命取りになることを、覚えておくがよい』」
     ポツリ、と小さくそう呟いたのは、水無瀬・旭(瞳に宿した決意・d12324)。
    「何?」
    「ある戦いで、俺がとある亡霊武者から告げられた言葉だ。此処にいる何人かも一緒に聞いている」
    「……あいつ、か」
     旭の呟きに明日香が僅かに目を細めながら小さく反応し、耀も無表情にその旭の話を耳にしている。
     ――……ルナ、先輩……。
     あの時は一緒にいた彼女のことを思い出し、心が締め付けられる様に苦しくなったが。
    (「もし……」)。
     自分が彼女に同意しなければ、あの悲劇は避けられたのだろうか。
     自責の念に苛まれる耀の様子に気が付いたか、セレスティが気丈に微笑み、同じ痛みを少しでも分かち合おうとするかの様に肩に手を置く。
     その様子を、闇子がチラリと横目で確認し、そっと息を一つついた。
    (「まだ……大丈夫そうだね」)
     何かを悲しむのは、後でいい。
     其れが分かっているのなら、今、何かを言う必要はない。
    「……俺達に必要なのは、セイメイの遺した形見でこれ以上の悲劇が起きない様に食い止めること。その為に、暴力を振り撒く『悪』になることを躊躇わない覚悟、なんだ」
     自らの覚悟を告げる旭の様子に刑は僅かに目を瞠る。
     だが、程なくして暗い微笑を唇に乗せた。
    「ああ……そうだな」
     非情に徹するつもりではあったが、それでも尚、自分への嫌悪が溢れて仕方ない。
     旭の様に、簡単に折り合いも付けられそうにない。
     先の戦いで、同じ武蔵坂学園の仲間に堕ちられたのだから、尚更。
     普段とは異なる、死人の様な顔色で、険しい表情をしたまま、刑は旭達と共に音楽室へと飛び込んでいく。

    ●『衝動』との戦い
     ――バコン!
     音楽室に入るや否や、鈍い音が室内に響いた。
     傷を負った少年と、その後ろに匿われている少女に今、正に齧りつこうとしていたゾンビが、僅かに後退する。
     ――その2人が、陽太郎と優香。
    「貴様達に与える慈悲はない!」
     部屋に飛び込むや否や、そう叫び、陽太郎達と、ゾンビとの間に割って入る様にシールドバッシュを叩きつけたのは、闇子。
     僅かに踏鞴を踏んでいたゾンビの一体が、その攻撃に大きく仰け反る。
    「クソッ……! クソッ……!」
     闇子の一撃により、肉の一部が崩れ落ちる様子を見た雄哉が、苦虫を噛み潰した表情になりながら走り寄り、耀や刑と共に、生存者である2人を守る包囲網を作るべく立ちはだかった。
    「あ……あの……?!」
    「……お休みなさい」
     混乱した様子で問いかけてくる陽太郎に有無を言わさず、耀が魂鎮めの風。
     生まれてくる前、胎内にいた時に誰もが無意識に感じる様な、安らかな温もりを帯びた風が少年たちを包み込み、そのままゆっくりと地面に倒れ込むのを、雄哉と傷ついた天使の様な翼を展開したセレスティが抱き留める。
    「……御免」
     掠れた雄哉の呟きが虚ろに響く部屋の中で、生存者を味方に引き入れるべく襲い掛かろうとする、ゾンビ達。
     ただ、その時には彼等の死角にいた明日香が素早く姿を現し、ゾンビ達の1体の足を不死者殺しクルースニクで斬り捨てていた。
    「行かせるわけには行かないんだよ!」
     明日香が足止めしたゾンビと共に、少年たちに飛び掛かろうとしていたゾンビを、旭の鐵断が斬り払う。
    「……すまない。俺達は、貴方達、無辜の人達の命を奪う『悪』となる」
    「対象を確認。撃ちます」
     ガスマスクを着用したままであるノインが淡々と呟きつつ、ホーミングバレット。
     ガンナイフの先端から撃ち出された黒光りする弾丸が、ゾンビ達の後方を射抜いた。
     自分達ではない、何かを撃ち抜いたそれに、ゾンビ達が僅かに怯む様子を見せた。
     その隙を見逃さず、自らの体に響く傷の痛みに顔を顰めつつ、セレスティが力の限りを振り絞ってウロボロスブレイドを高速回転させて旋風を生み出し、ゾンビ達を斬り刻んでいく。
     斬り刻むゾンビ達の中に、背格好から、中学生くらいの女の子を基にしたゾンビが紛れていることに気が付き、パラジウム戦の時に堕ちた仲間と僅かに重なり、口の中に苦いものがこみあげて来た。
    (「今は、目の前のことに集中しないと……!」)
     僅かに逡巡する間にゾンビが齧りついて来るが、片手でも振るうことが出来る様レストアされた片刃の無敵斬艦刀『零式・改』の背の部分で、辛うじて耀が攻撃を受け止めた。
    (「くっ……!」)
     普段であれば大した負傷にはならないが、片腕が使えない分、衝撃がいつもより大きい気がして、苦痛で顔を歪めるが……。
    「もう、同じ過ちは繰り返したくありませんから……!」
     自分に言い聞かせる様に小さく呟き、腕に力を籠めて零式・改で無理矢理ゾンビを押し切り、地面に刃を突き立て、振るう。
     摩擦と籠められた魔力が、衝撃波となって周囲のゾンビ達をまとめて薙ぎ払い、ゾンビ達が、苦し気なうめき声を上げた。
    「グゥゥゥゥゥ……」
    「アアアアアア……」
    「なんで、なんでこんな……!」
     片腕を斬り裂かれ、傷つきながらも尚群がって来る2体のゾンビから陽太郎達を守るために立ちはだかる雄哉が顔を歪めて喚きながら、片方のゾンビからの噛みつき攻撃を左腕で受け止める。
     更にもう一体の顔面に、硬質化させた拳を叩きつけ、畳みかける様に、踵落としを叩き込んだ。
     足を踏み砕かれながら、後退するゾンビを焼き払う様に、刑が無数の罪を灼く光線を撃ち出し、全てを射抜く。
    (「……罪を灼く光線、か。だが、本当の罪人は……」)
     ゾンビだけでなく、それを焼き払っている光景を昏い炎を宿した瞳で見つめる刑。
    「射程圏内。続けます」
     弾丸をばら撒くノイン。
    (「これが……最善なのでしょうね」)
     陽太郎達を眠らせ、この光景を記憶に焼き付けない様にする。
     それはきっと、正しいやり方。
     けれども、自分が破壊しているものは、かつては、自分達が守っている彼等の『友達』だったモノ。
     撃ち抜く度に、胸を掠める、諦念と微かな焦燥。
     そして、傷を受けたわけでもないのに、心臓の辺りを走る、杭で貫かれるような、鋭い痛み。
     ノインの射撃により負傷しているゾンビ達をまとめて薙ぎ払うべく、闇子が腰の帯を全方位に展開し、一斉にまだ立っているゾンビ達を絡め取っていく。
     締め上げられることで、肉が崩れ落ちるその姿に少しだけ胸が痛んだ。
     ――けれども。
    (「今ここで助けられる人がいる限り、ボクは手を抜いたりしないから!」)
    「……迷わず送ってあげよう。それしか、俺達に出来ることは無いから」
     闇子の想いを代弁する様に、彼女が締め上げているゾンビの1体を、腕を槍の様に変化させて突き倒し、旭が哀しげに言い捨てる。
    「……止めだ!」
     明日香が闇子によって締め上げられているゾンビの一体に接近し、冥界に落とす力を持つとされる大鎌『絶命』で残虐に斬り裂き止めを刺す。
    (「ドウだ? 気分がイイだろう、代役?」)
     自分を支配する残酷な喜びに、明日香は無意識に口許に鱶の様な笑みを浮かべる。
     其れは、吸血と殺戮……背徳的な衝動への歓喜。
     あまりにも甘美で、ともすれば引き込まれてしまいそうなその愉悦。
     だが……。
     ――仲間が闇堕ちした時の悔しさが、電流の様に胸を貫いた。
    (「くそっ……!」)
     自意識を取り戻し、首の逆十字のペンダントを握りしめる明日香。
     その明日香の隙を狙って、ゾンビが刑達に迫りくる。
    「! 有城先輩……!」
     向かってきたゾンビにセレスティと協力して止めを刺した耀が声聞きながら、雄哉が反射的にゾンビに鋼鉄化した拳を叩きつけた。
     グシャリ、と血生臭い音が周囲に広がり、その感触が、雄哉の中の『其れ』を激しく刺激し、色々な事があって綯交ぜになった感情と同時に爆ぜた。
    「ウォォォォォォ……!」
     ――壊したいこわしたいこワしたいこワシたいコワシタいコワシタイ。
     泣き笑いの表情を浮かべながら、自分の中の衝動に飲まれて拳を滅茶苦茶にゾンビに打ち付けていく。
    「雄哉さん! もう……もういいんです!」
     セレスティの鋭い制止の言葉。
    「あっ……」
    「もう……終わっていますから」
     セレスティの労わりに、ハッ、と正気を取り戻し、自分の生み出した光景から思わず目を背ける雄哉に耀が僅かに愁いを帯びた眼差しを向け、哀し気に首を横に振った。
     ――数分。
     現場に辿り着き、敵を全滅させるのに必要な時間は、たったそれだけだった。

    ●『罪人』達の後始末
    「……後は任せて貰おうか」
     全てを見届けた刑の淡々とした呟き。
     壊れかけている者が決して自分だけではないことを悟りながらも、更に『罪』を重ねていく。
    「任務ですから。……問題ありません」
    「……私も、手伝います」
     ノインと耀が後始末に手を貸す間に、明日香が旭と雄哉に周囲を任せ、眠っている2人に近づく。
    「コウヤッテ血ヲ吸うノハ久しぶり、ダナ」
     そのまま首筋に歯を突き立てて舐める様に生き血を啜り、舌なめずりを一つ。
     これで、陽太郎と優香の中では、今回のことは夢と思える様になるだろう。
    「回収、終了したよ」
    「……清掃も、終わりました」
     アイテムポケットの中に遺体を収納した闇子と、周囲に飛び散った血を片付けたセレスティが声をかけた。
    「……これで全部、ですね」
     耀が頷き、そっとアイテムポケットを閉じた。
     後はこれを学園に持っていくだけだ。
     そうすればゾンビの特性について、何らかの解析と研究は出来るだろう。
    「……行きましょう、皆さん」
     ノインの呟きに、闇子達が其々の表情で頷き、2人の記憶端末を破壊して静かに去っていく。
    「……友達とお別れもさせてあげられなくて、御免」
     雄哉のその呟きが、陽太郎達に届いているのかどうか。
     それは、誰にも分からなかったけれど。

    ●『提案』
    「……あの、すみません」
     武蔵坂学園に戻る途中。
     不意に、俯き加減だったセレスティが顔を上げた。
    「……クリスフィード先輩?」
    「その……戻る前に少しだけ、1人になる時間を、作りませんか?」
     たどたどしさを感じさせるセレスティの提案。
     それに僅かに表情を変える耀。
    「……そうだね。その方がいいだろう。少しの間、俺が様子を見ているからそうしてきたらいい」
    「あっ……ボクも手伝うよ」
    「任務了解しました」
     何かを察したか、そう促す旭に、闇子とノインが同意する。
    「すみません。ありがとうございます」
     小さく一礼するセレスティに、旭が気にするな、と言う様に首を縦に振った。

    ●『庇護』の想い
     ノイン達から少し離れたセレスティが、人知れず空を仰いだ。
    (「私は……」)
     強くなった、と思っていた。
     沢山の大切な人が出来て、多くの戦いを乗り越えて。
     でも、パラジウムの時も、フォルネウスの時も、目の前で堕ちてしまった人がいる。
     ――守れなかった、人がいる。
    (「ただ……守りたい、と思うだけでは駄目なのでしょうか……?」)
     どうしてなんだろう。
     どうして目の前で、この手が届かない所にいってしまう人がいるのだろう。
     悔しかった。哀しかった。
     どうしようもなくて……涙が、瞳から零れた。

    ●『贖罪』の在処
     同様に、そっと仲間の輪から離れた耀は、セレスティに感謝していた。
     グチャグチャの想いと、焼き切れてしまいそうな悲哀を、少しでも整理する時間をくれた様に思えたから。
    (「私は……」)
     闇堕ちと言う1つの『死』の恐怖を受け入れて、強くなったと信じていた。
     ……その結果が、『彼女』の闇堕ち。
    「……ルナ、先輩……」
     体の傷は、時間が経てば、癒えていく。
     けれど、『彼女』がいつ戻って来るのかは分からない。
     ――でも……。
     これからもずっと戦い続ける。
     強くなる為。『彼女』を取り戻す為。
     それが、自分の『贖罪』だから。
     固く心に誓いながらも、内からこみあげて来る嗚咽を、今の耀には止められなかった。

    作者:長野聖夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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