セイメイ最終作戦~終の美学

    作者:一縷野望

    ●変貌した放課後
     ガシャン!
     モップに散らされた窓硝子が、黄昏の赤を受けはらりはらり、命の水めいた煌めき伴い堕ちていく。
    「こっちだ」
     燃えるような茜を肩に受けるモップを背負った男子生徒、照は、土気色の女生徒だったもの達へ臆せぬ瞳を向けた。
     だが、
    『あ゛ぁー』
     手前の部屋から現れた中年女性には、焦りが浮かび眉根が寄った。
    『あ゛ぅ゛あっ!!!』
     妙にてらてらとして分厚く鮮やかな赤で汚したエプロン揺らし、中年女は包丁を突きつける。
    「くッ……」
     照はモップの先で叩き辛うじて刃先を逸らす。
     ぶんっ!
     更にモップで半円描き、制服の腕や肩口を肉ごと噛み千切られた屍人を牽制。動きが止まった瞬間、背を向け非常階段へダッシュ。
    (「とにかく引き離すんだ、ここから」)
     非常口の鉄扉は誘うようにあけたまま、螺旋階段へと身を躍らせた。
     人の多いところに行くのはマズい、か?
     でも、ひとりで倒せるのか?
     いや、倒せるかどうかなんて考える暇があったら走れ――例えばその先に破滅しかないのだとしても、だ。
     こんな死に様、男としてきっと悪くない。
     未練背負って彼女を追っていた恥を晒すよりは、ずっとずっと。

     壁を隔てた向こう側、廊下を踏み荒らすように遠ざかっていく足音は、安堵より不安を煽る。
    「照(てる)ちゃん、照ちゃん……」
    (「――どうして照ちゃんは、あたしなんかを助けてくれたんだろ?」)
     イチカは、つきあいだして半月の彼の『体』を傍らに、無数の小穴が開いた壁に背をあて身を震わせた。
     部屋の中は死んだように静まりかえっている――そう、人の形をした者は幾人か倒れているけれど。気配が、ない。
     動かない彼のポケットからは、社会教師である担任の信頼を得て預かっている鍵のタグが見えている。
     愛を交わしあう秘密の場所、そこのドアが勝手に開きゾンビが襲いかかってきてから、5分と経っていないのに……。

     ――今背中で動かなくなってる彼は、恐怖からイチカを屍人の方へ突き飛ばした。
     ――たまたま近くにいた照がイチカの腕を引き、彼女は難を逃れた。
     ――その間、室内で倒れていた5人の内3人が次々と起き上がり、彼へと噛み付いた。
     ――動かなくなった彼とイチカを非常階段傍の部屋に押し込み、照は廊下へ。そして今に到る。

     一緒に逃げても足手まといだ、わかってる。
    「でも、照ちゃん……」
     いつだって照はイチカに何も言わずに事を進める。気持ちを口にする事なんて、ない。それが不安で、イチカは中2の冬から2年つきあい別れを告げた。
     極限状態の時、人の底が見えるという――盾にされた時点で、新しい恋人への気持ちは欠片もなくなった。
     虫が良くても照と一緒に逃げたかった。
     ……此処に取り残すのが照の優しさだとわかっていても。
     
    ●武蔵坂のとある教室にて
    「お疲れ様、そしてありがとう」
     それはエクスブレインというよりは、この世界に生きる戦う力なき者の1人としての言葉。
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は深々と頭を垂れると、この度の富士の迷宮突入戦の勝利へ感謝の意を示す。
     白の王セイメイの身と迷宮の破壊、フォルネウスの灼滅。
     なによりセイメイが準備していた数千体のゾンビ潰滅は、世界の有様を変貌させる程の危機を見事阻止したと言える。
    「そんなセイメイの忌むべき置き土産、残った僅かなゾンビが各地の高校の校舎に出現し、生徒を噛み殺す事件が発生してるんだ……」
     噛み殺された生徒はゾンビとなる。放置すれば生きた人はいなくなり、学校が制圧されるのは想像に難くない。
    「噛んで殖えるから『生殖型ゾンビ』と称するけど、こいつらボクらエクスブレインの予知をかいくぐるみたいなんだ」
     悔しげに奥歯を噛みしめるも、すぐに標は顔をあげる。
    「なんとか事件が起こる学校のひとつがわかったよ。状況不明で行ってもらうのは心苦しいけれど……」
     お願い、と少女は短く請うた。
     
     生殖型アンデッドは富士の迷宮下層にいたものと同じと推測される。1体1体の力はさほどでもないが、噛み殺した人間をゾンビにして殖えていく能力は脅威だ。
     高校を制圧させたら地域周辺に溢れゾンビ化が加速する。それはなんとしても止めねばならない。
     幸い、数千体の大多数は富士の迷宮で灼滅できている。生き残り全てが地上に出てきているはずだから、ここで全てを灼滅してしまえば『生殖型アンデッド』の脅威は完全払拭できる。
    「アイツら『バベルの鎖を持たない』から、撃破後は可能な限り、ゾンビがいたって物証を持ち帰るか破棄してきて欲しい」
     バベルの鎖の効果『情報伝達を防ぐ』が発揮されないため、ゾンビがらみの超常現象が表沙汰になってしまう。それはマズい。
    「被害者の口止め含め、出来る限りの証拠隠滅をお願いするよ」
     白の王の恐るべき置き土産、生殖型ゾンビ。
    「こんなの、もう連鎖させちゃいけない。命をおもちゃにされたい人なんていないよ、だからここで止めて――お願い」
     謡われるような祈りは、詳細見えぬ戦場へとキミ達の背を押した。


    参加者
    比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)
    レイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    雪乃城・菖蒲(虚無の放浪者・d11444)
    東堂・昶(月守護の黒狼・d17770)
    久条・統弥(影狐抜刀斎・d20758)

    ■リプレイ

    ●知らぬが故の
     放課後、完全下校まであと一時間半残す学び舎。三分の一が卒業で目減りした上で部活動を愉しむ者が残る程度とあり、校門からも閑散として平和にゆるんだ空気が窺える。
    「なにあれ、ほうきー?! 吊ってる?」
    「浮いてるよね……」
     箒にのり西棟へ飛ぶ比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)の姿は明らかに日常を逸脱している。しかし一刻を争う灼滅者にとって手段のなりふりを構っていられないのも事実だ。
    「ヤベェ、原チャぐらい速度でてね?」
     続き朧火駆り走り抜けた東堂・昶(月守護の黒狼・d17770)以外はスマホを取り出す男子生徒に足を止めざる得なかった。
    (「でも、全員が止められちゃダメなんだお」)
     マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)の判断は即座のものであった。覚悟握りしめた少女の背を、レイ・アステネス(高校生シャドウハンター・d03162)も即追った。
    「ッ……失礼」
     西側から震える空気を感じ雪乃城・菖蒲(虚無の放浪者・d11444)もまたほぼ止まるコトなく地を蹴る。
    (「ゾンビ騒動を知らないなら帰した方がいいはず」)
     そしてこの時点で端末回収などと事を荒立てたくは、ない。
     メルキューレ・ライルファーレン(春追いの死神人形・d05367)と同様の思惑に辿りつく久条・統弥(影狐抜刀斎・d20758)だが、鼻腔擽る業の香りに焦燥を煽られた。
     ――人を手にかけるコトを業というのならば、濃密なそれが西にあたる場所から中央へと移動している。
    「頼めるかい?」
    「ああ、行ってくれ」
     有無を言わさず男子の手首を掴んだのは、多くの命を掬い取りたいと願う文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)だ。
    「帰れ」
    「ひっ!」
     圧力かけるように一睨み、もう一度「帰れ」と告げ手首を開放すれば三人は這々の体で去っていく。

    ●西棟1
     カンカンとタンタンが混じった存在消したがりな足音の隙間を、下手くそな演奏の如くズレた足音がぺちょりぺたりと湿り埋める。そんな不協和音は中二階の踊り場で止まった。
    『あ゛ッ!』
     獣めいた咆吼と共に跳躍、一階へ向かう照の眼前に降り立つ女子生徒……だったモノ。
    「チッ……」
     最大限距離を取るようにモップを伸ばしていた照は、二体に挟まれ追い込まれる。
    「こいよ」
     ここで斃さねば自分は死ぬ。
     ここで斃さねば……イチカが殺されるかも、しれない。
     ――照にとっては後者の方が忌むべき展開。だが所詮やる事はひとつ。
     前からの腕を打ち払い様振り向くが、遅い!
    「させるかよ!」
     響いたのは不幸を覆す機銃音。踊り場の床に指かけ昶はしこたま地面を蹴った。
     くるり。
     宙返りでねじ入り腕を噛ませ庇い、焔の如く未だ反響続ける機銃に合わせ己の殺気を開放し、灼く。
    「チッ、一発じゃさすがに死なねェか。よォ、度胸あるニイサン?」
     ここまで照にとっては一瞬の出来事である。だから、印象的な深紅の耳飾りゆらしにぃと笑む彼に未だ礼を言う余裕もない。
    「助けに来たぜ、とにかく早く乗れ!」
     照に噛み疵がないのはさりげに確認済み……間一髪だった。
    「……俺はいい。四階の音楽室に女生徒がいる」
     ――助けてやってくれ。
     その懇願は背中を弾かれ喉に詰まった。
    「安心して下さい。そちらには仲間が行ってますから」
     更にもう一回、体全身を揺さぶるような、衝撃。
     慈悲を捨てよ、女王蜂。
     追撃するゾンビへ容赦ない杭をかまし叫ぶ菖蒲の声は、状況に反して落ち着き払っている。
    「任せるぜ?」
    「ええ、任されました――アレクセイさん、音楽室確定です」
     無線からは「了解です」の返事。同時に硝子の砕ける音が耳を劈いた。
    「職員室に避難だ、こい」
    「あ、ああ」
     四階から降り注ぐ硝子の雨を不安げに見上げる照を引き摺り、昶は移動を開始する。
    「メル、男子生徒を保護したぜ。そっちは?」

    ●中央棟1
    「一階は静かなものです。ただ中央棟に業の深い者がいると統弥さんが……」
     階段に差し掛かった所で、一足飛びで先に上階へ向かった仲間を浮かべメルキューレは通信に返す。
    「こっちにババアのゾンビがいなかったから、二階か三階じゃねェか」
    「わかりました」
     メルキューレは一旦通信を終了し傍らを見る。
    「先に上の方がよさそうだな、急ごう」
     追いついてきた咲哉も、日常そのものの一階にはひとまず触れずに済ます判断の様子。
     ――ドンッ。
     階段トンネルを抜け反響する破砕音、これは果たして? 焦燥に息を呑み、二人は階段を駆け上がった。

    ●西棟2
     ガシャン!
     割った硝子の欠片で頬が疵付いたが、アレクセイの心は更にささくれ立っている。
     しかし事態は危急。
     美術室からわき出たゾンビが窓に手をつき頭突きと共に侵入開始しているのだ。
     悲鳴。
     と。
     軽い裏拳に見せかけ針を差し込み引きはがすように後ろへ放り投げる。
    「助けに来ました」
    「あ、あぁ……あっ、照ちゃん……じゃ、ない……」
     果たして室内には口元覆い震えるイチカが、いた。
     傍らには無数の噛み疵を負った男子生徒の遺体。更に四人が事切れて横たわっている。
    「くっ」
     とにかくゾンビ化を阻止せねばと魔力を編むも、既に三人が蠢いているし、廊下の二体も侵入まで間がない。
    「……く」
     魔力を廊下と反対側の窓にぶつけ、同時にイチカを引き上げると箒にのせた。
    「目をつぶって僕にしっかり捕まっててください」
     腰に無理矢理腕を絡めさせて箒ごと身を翻す。
     幾らゾンビが弱いとはいえ、一人でイチカを庇い対処は至難の業だ。故に撤退と状況の報告を選ぶ。
     ……普段、予知によりどれ程的確に人数割り振りができているかを噛みしめながら。

    ●東棟1
     中央棟低層階と同じく此処でも平穏が満ちる。だからわざわざ職員室へ移動させるのは躊躇われた。
    「少し拍子抜けですね」
    「……それでも油断はならないお」
     一階図書室内を左右それぞれから確認したレイとマリナは、即座に二階へ。
    「放送がかからないお」
    「そうだね」
     統弥の『中央棟に業の深い者がいる』という報告も気掛かりである。生存者はこのまま東棟に隔離した方が安全な気がする。
    「おっ……上階にゾンビがいなければだけど……」
     予知で判別していない事がこんなにも不安なのか。それはレイも同じ事。
    「いっそ二階は私が見て、君は四階から確認するかい?」
    「……わかったお」
     一旦別れるも二人はほぼ同時に振り返り「防火扉」と口にした。

     ――結果として二人の判断が東棟の皆の命を救う事となる。

     レイが顔を覗かせると「わ、誰の彼氏?」「イケメンー」と、囃す一年生達。
    「ああ、失礼」
     人数を覚え脳裏の構内図にメモし、レイは閉ざした防火扉を背に肩を竦めた。
    (「ゾンビの襲撃なんてB級映画みたいな状況と隣り合わせ……な、はずなんだけどね」)
     此処は余りに平穏だ。

     ……視聴覚室にいたアニメ研究会の面々に非常に見目がウケたとかは脇に避け、とっとと鉄扉を閉めたマリナは階段を駆け下りる。
     三階で落ち合った二人もまた中央棟からの破砕音に気付く。更にアレクセイからの応援要請が続いた。
    『西棟四階、女生徒を保護しました。けれど申し訳ありません。五体以上は僕ひとりでは手に余るため一旦離脱しました。死体の処理もまだです――』
     素早く視線を交わすと三階の確認へと移りながら返答開始。
    「東棟、ゾンビも死体もなしだ」
    「マリナ達がそっち向かうお」
     やはり平穏な三階を騒動から閉ざすが如く防火扉を閉めて、二人は階段を駆け下りる。
    『こちら西棟非常階段。ゾンビ二体もうすぐ処理完了予定。すぐに上階に向かいます』
     鈍い打撃音混じりの菖蒲からの通信に、ますます二人は足を早めた。

    ●中央棟2
     二階、統弥が駆け込んできた瞬間に遡る。
    「いやああああ!」
     悲鳴は階段から二つ目の二年二組から、悟った刹那教室に躍り込んでいた。
    「その子から手を離しなさいっ」
    「な、なにこれえっ……」
    「いや、やだぁあ」
     被害に遭ったのは、補習を受けていた三人と女教師だ。一人が捕まり同じ制服の女生徒に肩を囓られている。
     運命予知の恩恵を受けぬ灼滅者達は知ろう由もないが、照が惹きつけ損ねた二体が入り込んでいた。もし中央棟に人手を裂いていなければ、此処もゾンビで溢れかえっていた事だろう。
    「下がって」
     極力異様な力は見せぬよう気遣い放つ裂の打撃は、猛々しい音を響かせ校舎を揺るがせる。
    (「これじゃない。この業じゃない……」)
     しかし浅く苦しげに息をつく被害者を見捨てられない! 
    「逃げて! 職員室へ」
     だが階段傍のドアが開き包丁を構える中年女――業の正体が、逃亡者を阻む。
    「このっ!」
     顰められた統弥の表情が安堵に解けた。
    「もう大丈夫だ。落ち着いて避難してくれ」
     庇い立つ咲哉は包丁に刺されなお、峰打ちに見せかけ腱を的確に断つ。
     この時、アレクセイの報告が耳に響いたが「中央棟対処中」と告げるが精一杯。
    『ぎっ、ぁああぅ』
    『うー』
     更に続けて二体のゾンビがメルキューレの氷に撒かれ悶え苦しむ。
    「ただし職員室ではこの事を口にしないで」
     もう少しパニックに陥ってると思ったが、予想外に規模が小さい。
    「な……何を言ってるの? こんな事件、ちゃんと……」
     メルキューレは放つ氷よりなお冷たき凍てついた眼差しで射すくめて、続ける。
    「あと、今日見たこと体験したことは決して誰にも言ってはいけない、文字にしてはいけない」
     人だったモノを壊しながら淡々と吐かれる言いくるめを耳にしつつ、統弥は集めた気を少女の傷口にあて続ける。
    「……しっかりして」
    「う……ぁ、はぁはぁ……」
     うっすらひらいた女生徒に瞳に宿るは自分に襲いかかった非日常への拒絶と恐怖と痛み。皮肉にもそれが彼女を人間たらしめているなによりもの証し。
    「噂を広げた者もゾンビになる」
     冷静に盾となる咲哉の言葉もまた真に迫るものがある。
    「周囲の人間にも伝染します」
     王者の風を使うまでもない、意気消沈の娘達は唇を震わせ目を逸らした――承諾は明らかだ。
     だがその隙をつき中年女が渡り廊下を東棟へと這い出ている。
    「頼んだよ。俺はこの子を」
     追跡は二人に任せ、怪我人を背負い監視も兼ね一階へ。
    『がぁぁッ、ああぁ゛!』
     閉ざされた東の防火扉に苛つき露わ、拳を振り上げるゾンビ。咄嗟に放たれる二人の焔と氷、しかし女は構わず防火扉を叩き壊すに集中する。
    「させない」
     追いついた首を狩り咲哉は素早く蹴りを入れる。
    「ここで終わりです」
     メルキューレ側に振り向かせた所へ、零の死神は聖別剣を一振り――この学校の死を招いたゾンビは崩れ去った。

    ●中央棟・職員室前
    「四階で女子を保護したってよ」
     アレクセイからの報告の明るい部分だけを唇にのせて昶は照の肩を叩いた。
    「……そっか、良かった」
     今更ながらに抜けた腰に震えへたり込む照は顔を覆った。
    (「メルが言いくるめるっつってたけど……どうしたもんかねェ」)
     教師の視線にふいっと顔を逸らし手を差し伸べた所で統弥とばったり。
    「怪我人がいるから保健室へ」
    「あァ? 大丈夫なンかよ?」
    「疵は塞がったよ」
     ゾンビ化は免れぬたようだと暗に。
    「照ちゃん!」
     保健室のドアを開けた所で、アレクセイに保護されたイチカが駆け寄り窓越しから身を乗り出した。
    「イチカ、怪我ないか?」
     ただ其れだけで満足だと口元緩める照へイチカは頭を掴み近づける。
    「それは、こっちの台詞だよ。バカ、無茶して……照ちゃん照ちゃん」
     わぁわぁと泣きじゃくる声を耳にアレクセイは踵を返した。気が重かろうが、これ以上の不浄を重ねぬ為には手を汚すしかないのだ。
    「中央棟、まだ最上階まで見れてないんだ」
    「おっけ。で、口止めは?」
     オンになったままだったか、昶の耳元「完了してます」とメルキューレの声がした。であればと、昶は再び朧火を駆り西棟へ。統弥も上階へと駆け上がる。

    ●西棟3
    「久しぶりに暴れられてなによりです」
     美術室で二人、音楽室ではイチカの恋人含め三人、都合五体の屍を前に悪魔奇譚を謡う暇もないと菖蒲は存外満足気に吹かす。
     ――何時も暴れてる? あれは六割位と、既に二体を下した菖蒲は総ざらえの蛇剣洗礼。先程しこたま暴れた女王蜂は、とりあえず納め。
     腐った眼差しへ憐れみがないわけでは、ない。
     此処へ辿りついた仲間達が多かれ少なかれ持つ、悔悟の気持ちがないわけでも、ない。
     でも。
    「救える命はできる限り抱えるまで」
     ひとつ、ふたつ、みっつ……屍を両腕にぶら下げて、吠え猛り振り払う。
     よっつ、
    「大丈夫か」
     割入りかわりに引っかかれ乱れた胸元を直すレイの指つきは余裕の優雅。その頬掠めマリナの藍糸が空間を、斬った。
     ぞぶり。
     五つ目に歯を立て貪り切り。
    「広がってないのなら、全て隠滅するまでだおっ」
     倒れ伏したゾンビの脇を抜け着弾した魔力はイチカの恋人だった男を破滅させる。
    「そう、ですね」
     軋むアイデンティティを握りしめてアレクセイも箒から降り立つ。
    「胸糞悪い話はここまでだぜ」
     焔にまたがり描くは朱の軌跡、昶の声に菖蒲は頷いた。
    「終わらせましょう」
    「ああ」
     疵癒す菖蒲の七不思議に耳を預け、レイも牡丹灯籠を翳す――。

    ●あとしまつ
    「中央棟で他に被害がなかった以上、発生源はこの資料室のはずだが……」
     断末魔の瞳で手にしたマリナの情報ともそれは一致している。資料室のドアをあけた瞬間に中年女襲われたようで、出現の詳細は不明なのが悔しい。
    「おっおー……なんにもないお」
     レイとマリナは資料室から四階全てを調べたが収穫はなかった。

     なるべく日常へ還したいと咲哉の言に昶も手伝い灯された走馬灯。
    「……ゾンビになってしまった者には無理なんだな」
     先の闘い、屍人の数を大幅に減らせたのに、それでも悲劇は各地で産まれてしまった――其れが、やりきれない。
    「なら、僕が……」
    「いや、俺がやる」
    「ええ。燃やしてしまいましょう、全て」
     言いつのるアレクセイを留め統弥と菖蒲が屍に火を放った。
     そう、火が出ても差し支えない――此処は家庭科室だ、証拠も全て灰とする。
    「父と子と聖霊の名において、アーメン……」
     祈り捧げ少年牧師は膝を折り項垂れる。死者への冒涜は余りに耐えがたくて……。
    「あなたはイチカさんを助けたじゃないですか。死神は私です」
    「メル……」
     厭世的に笑む相棒へ昶は言葉を詰まらせ奥歯を噛みしめる。

     巻き込まれた者達が手にした証拠は全て没収し握りつぶした。
     この事故は、謎を多く孕み物議を醸すであろうが、やがて世間の片隅で風化していく事だろう。
     そう仕向けた、精一杯。
     勿論、割り切れたわけなどあるはず、ない。
     それは八人の胸が、鉛を飲まされたように重たい事からも明らかだ。
     それでも――予知という有利さのない中、様々な状況を想定し柔軟に対応した彼らは善戦した……死者は想定の最小値だったのだから。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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