華麗なるデビュー☆ ながいも・れーでー

    作者:矢野梓

     平和とは雪が降り出す前の秋晴れをいう……というのは冗談にしても、その日この町は穏やかな陽射しに包まれていた。
    「で、次はどこ?」
     小さな建物をから出てきたのはどう見てもお風呂上がりの若い女性達。片手に温泉セットを提げて、もう片方には温泉マップ。どうやら温泉めぐりをしているらしい。この町は温泉街ではないけれど、こうした客人はいなくもない。何しろ町全体、小さな温泉施設はばら撒いたようにあるのだ。
    「ほんの少し離れただけでお湯の色まで変わるんだって」
     楽しみだよね――笑いさざめく声が道路を渡って行こうとした瞬間、奇妙な声が降ってきた。
    「ながいも・れーでー! 推・参!!」
     2人の女性の前にふわりと降り立つマントの人影。70年代のアニメのような鳥型マントにヘルメット。なのに手にしているのはどこからどう見ても菜っ切包丁。
    「おんせんもいいですが~、世界は長芋のためにあるのです!」
     よく見れば体にフィットした戦闘スーツっぽいものの上には長芋の図。
    「なに言ってんの? この人……」
     どう見ても10代とは思えない声の質、身のこなし。なんか見てるだけでかゆい。というかヤバい。察するにこの町のゆるキャラか、さもなくばこの辺の店の宣伝か。
    「お察しの通り、私は長芋の使者、人呼んで『ながいも・れーでー』!!」
     はい?――女性達があんぐりと口を開けた。どこからツッコミを入れればいいのか、脳内はぐるぐる。
    「ながいも?」
    「れーでー?」
     単なる変人だよね――女性達は顔を見合わせ、決めた。関わり合いにならないのが吉、と。心底どうでもいいとばかりに向けた背に衝撃が走った。ねっとりとした何かが温泉上がりの肌に広がる。
    「みましたか、ムチン・ビームの威力を!」
     自称ながいも・れーでーは1人をも狙い撃つ。ねっとりねばねば。
    「さあ、ご一緒に世界征服に参りましょう!」
     長芋でお肌ツルツル、消化酵素たっぷり便秘知らず、おまけに血糖値まで下げちゃう優れもの――れーでーの高らかな宣言を聞いているうちに女性達の表情に変化が表れ始めた。
    「私についてくれば、生涯のつやつや肌をお約束しますよ!」
    「「れーでー……れーでー! ながいも・れーでー!!」」
     目にはありありと憧憬の色。そこには世間の常識はなく、目的に向かって突き進む女性集団だけが残り。
    「さあ、行きますよ。世界をこの手に!!」
     元気よく闊歩する3人の女性。それがこの地の不幸の始まりとなる――。
    「いやー、日本って広いよねぇ。カミトーサン地方って知ってた?」
     灼滅者達が教室に顔をそろえるやいなや、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は一同の顔を見渡した。一体どう切り返したものか、集まった面々は反応に困ったように互いを見やる。
    「漢字で書くと『上十三』。上北郡、十和田市、三沢市なんだって」
     まりんはボードに大きく書き記す。要するに今回の依頼の舞台は本州は北の果て、青森県ということのようだ。ちなみに『サンパチカミキタ(三八上北)』となると、三戸、八戸、上北となる。
    「場所は青森の東北」
    「……?? 逆じゃないか?」
    「いや、ほんとにあるんだってば、東北町ていうのが」
     長芋と温泉の町だよ――まりんはきっぱりと言い切った。まあ、名前が微妙なのは彼女も認めるところだけれど、青森県上北郡東北町。れっきとした地方自治体である。
    「で、そこに現れいでたるご当地怪人。その名もながいも・れーでー」
     当人はladyといいたいらしいんだけどさ――まりんは言葉を濁す。恐らくうまく発音できないのだろう。方言とか諸々の事情で。そういわれてしまえば灼滅者とて黙りこむほかはない。なら別の名にすればいいのにというのは多分言ってはいけないことなのだ。
    「彼女は長いも料理をこよなく愛するダークネス」
     どんな事情で闇落ちをしたのかは知らないが、どうやら長芋で世界征服したいらしい。すなわち知名度を上げ、全国展開をし、海の向こうへの進出も視野に入れたいとかなんとか。
    「でもね、ダークネスになっちゃったら全部裏目にしかならないんだよね」
     まりんは大きく溜息をついた。というわけで今回はご当地怪人退治に乗り出してもらうことになったのである。
     今回とってもらう戦法はズバリ待ち伏せ。
    「全能計算とかもろもろから考えると、それが一番だと思う」
     次に怪人が現れるのは町の『ごはんやさん』前。一応レストランとは銘打っているけれど、東京のファミレスとは全く趣が異なる。まあ定食屋さんといった具合か。
    「ながいも・れーでーは長芋料理オンリーにしろって突っ込んでくるから……」
     長芋怪人が店に入る前にまずは入り口を守ってもらいたい。戦闘に持ち込みさえすればながいも・れーでーは灼滅者達を第1ターゲットに選んでくれるはずだ。つまり、長芋世界征服の最初の関門と認識するのだ。
    「そうなると長芋ビームとか、浴び放題になっちゃうけど……」
     心配そうにまりんは言う。長芋とビームという組み合わせはなんとものんびりとした印象を与えるが、この長芋のねばねばには結構な毒が仕込まれているし、彼女の剣技はなかなかどうして、いっぱしの剣士並みに優れているのである。
    「うーん、どうもね、ここの長芋は千切りにして食べるといい……って主張みたいでね」
     鎧も防具もお構いなしにざくざく切りつけてくる。その無慈悲さは類を見ず、まともに攻撃を受けてしまったら、灼滅者自身が千切りにされかねないところだ。
    「まあ、れーでー1人でも結構大変なんだけど、お供もちゃんといるから……」
     そっちの対処もよろしくね……そういいつつ、まりんは大きく溜息をついた。お供というか配下は長芋怪人に強化されてはいるものの人間で、当然ながら怪人程の強さはない。だが彼らも長芋ビームを自在に操ることができるし、すごい勢いでタックルをかましてくる。
    「回復とかって意味じゃないけど、援護系なんだよね」
     だから足にタックルなんかされた時には動けなくなってしまう場合もある。そうなればながいも・れーでーのいい標的になってしまいかねない。そのあたりよく気をつけて戦闘に臨んでもらいたい。
    「ああ、戦闘場所は店の前になるけど……」
     昼時というわけではないし、もともと人がわらわらで歩くような町でもなし、一般人の巻き添えはほとんど考慮する必要はないだろう。無論バベルの鎖の効果で見とがめられる心配もない。とにかく作戦は慎重に、けれど遂行は大胆に――そんな気持ちで乗り切ってもらいたい。
    「いろいろツッコミたいこともあると思うけど……まあ、受難の日っていうのもありだよね」
     だけどあれでなかなか強敵だから、くれぐれも油断だけはしないで――まりんの瞳は真剣そのもの。灼滅者達もまた同じ表情で頷き返す。
    「あ、それともうひとつ注意。彼女、ですます調でないと共通語わかんないからね!!」
     そういうわけでよろしくね――そんな声を背中に聞いて、灼滅者達は秋早い北の地へと旅立っていく。


    参加者
    姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)
    霧乃海・宝児(ご当地刑事ホージ・d01441)
    神代・紫(なんちゃって縮地使い・d01774)
    ヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)
    マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)
    秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)
    文野・湖(滲み陽・d08000)
    浜崎・天(熱泉爆装アルワイヤー・d08362)

    ■リプレイ

    ●めくるめく秋 北の僻地
     青森県は東北町。逆じゃないかとくる客ごとのツッコミにも慣れたもの。豊かな自然と長芋の出荷日本一を地味~に誇る上北地方。
    「雪はあんまし積もんねーべ」
    「んだ、せーぜー膝までだぁな」
     たまにやってくる観光客には雪の少なさをアピールし、自身は日向ぼっこに温泉巡り。この街の人々はのんびり長閑に日々を暮している。
    「どんなとこにも例外はあるって事だよね」
     神代・紫(なんちゃって縮地使い・d01774)が空を仰ぐと、高く澄んだ青には燦々と陽の光。この眩い陽射しにご当地名物長芋が育つと思えば一段と感慨深い。しかしこの空の下、現れるのがご当地怪人となれば話は180度違ってくる。
    「ながいもってちょっと苦手です。ねばねばしたものって生理的に受付けないって感じで……」
     マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)は身震いする。件の怪人はムチンビームとやらのねばねば攻撃をしてくるというではないか。凄く受けたくない……ぽつりと零すマリーゴールドをヴァン・シュトゥルム(中学生ダンピール・d02839)と慰める。そんな様子を横目に紫は再び空を見上げた。積極的なPRという点で文句をつける気はないけれど……。
    「強要行為にまで及んでしまっては止めるしかないよね」
     呟きのゆく先は志を同じくする仲間達と秋の空。
    「手段を選ばないのもどうかと思うわね」
     秋野・紅葉(名乗る気は無い・d07662)も無条件に同意を示す。まあ自分達にできる事といえばこれ以上の被害の拡大を防ぐこと位なのだけれど。そしてそれは120パーセント果たす気満々なのだけれども!
    「ムチンビームにつやつや肌などの効能が残ってるかが、1番大事よね!」
     きりりと眉を吊り上げた紅葉の表情は、獲物を待ち構える肉食獣の如く。お肌つやつや効果が残るか否か――深遠なる命題ではあるけれど、とにもかくにも灼滅者達はこの街のレストラン、『ごはんやさん』へ。かのながいも・れーでーなる怪人は世界征服の手始めにこの店のメニューを長芋オンリーにするつもりらしい。気宇壮大も結構だけれど、その手始めが青森の東北では前途は遼遠にして多難。そう思ってしまうのは自分だけだろうか、と浜崎・天(熱泉爆装アルワイヤー・d08362)は疑問に思わずにはいられない。だがそれよりも切実なのは……。
    「……皆お腹空いてこない?」
     紫の指摘は天の欲求のど真ん中を射抜いていった。先程からじゅうじゅうと何かを焼くと醤油の香ばしく焦げる匂いが漏れ出してきているのだ。こんな良い匂いだけを嗅がせられて、長芋怪人を待ち受けるだなんて、拷問にも等しいではないか。いっそ1秒でも早く姿を見せてくれないものか――。

    ●れーでー登場
    『おーほっほっほ~ ながいも・れーでー、ここに推参』
     願いはすぐに報われた。もちろん飛び上がる程喜んだ者は皆無であったけれども。
    「現れたな。ながいも・れーでー。お前の曲がった性根、俺達が叩き直す!」
     朗々たる大音声で出迎えたのは霧乃海・宝児(ご当地刑事ホージ・d01441)。宿敵を迎えるならばこちらも筋と礼を通して。
    「この店に入りたいのなら俺達を倒してからにし……て下さい!」
     れーでーはですます調でしか共通語を理解しない――天は舌を噛みそうになりながらも敬語で言ってのけた。対するれーでーはといえば
    『まがった性根ですって? 上北の長芋は白くてまっすぐなのが売りなのですよ』
     こちらも当然負けてはいない。ご当地者同士、郷土愛は溢れる程持っている。
    (「これがダークネス……学園で聞いていたイメージと違う」)
     文野・湖(滲み陽・d08000)はしみじみとれーでーを観察した。事前情報通りの鳥型マントにヘルメット。まだ若い女性のように見えるのに、鳥型マントを翻し、右手に菜っ切り、左手に長芋。
    『この1本、お腹によろしくてよ!!』
    「危ない」のは確かか――湖は顔をそむけると大きく息をついた。美味しい料理で世界を繋ごう、ならまだ共感できると思う彼でさえ、このれーでーの趣味は如何とも評し難い。
    「あたしだって長芋料理は好きだけど、それだけが最高とまでは思わないし……」
     ぶっちゃけ迷惑です――姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)は大仰に嘆息してみせると、
    「長芋料理オンリーですか。そればかり、というのは如何なものかと思いますよ」
     ヴァンも追い打ちをかける。今にも灼滅者達を押しのけて扉に向かおうとしていたれーでーがぴたりと止まった。
    『何ですって?』
     眉の間の縦じわがぎゅっと深くなった。
    「まあ、痒くなるので自分で料理しようとは思いませんが」
     続けたヴァンに今度はその眉がぴんと跳ね上がる。どうやられーでー、長芋の使者を名乗るだけあって、長芋の悪口は何一つ放っておけないらしい。それをまた天晴と評すべきかどうか、灼滅者達には難しすぎる課題である。
    『長芋はあくまでも引き立て役! 主役にはなれない!』
     だがそうと判れば追い詰めるだけ追い詰めればいい。紅葉がびしりと人差し指を突きつければ、れーでーはもうぷるぷると。
    「て言うか、あなたの存在自体が長芋にとって風評被害だわ、です」
     夜桜の挑発ももはや耳に入らぬ程に、れーでーの形相は凄まじかった。
    『構うことはありません。配下・英、微意、恣意、出井、井伊! やっておしまいなさい!』
     ずらりと並んでポーズを決める配下達。
    「いえす、れーでー、れーでー!」
     目には憧憬、態度には恭順。配下の人々も大変に痛々しい。だがこうして配下もずらりと勢揃いした事。ここはもう問答無用と行かねばなるまい。
    「ご当地刑事ホージ、出動!」
     宝児のカードが天高く掲げられたその時が、灼滅者達の宣戦布告。
    「長芋はお好み焼きの生地に欠かせない大事な仲間だ。仲間の悪行、見過ごす訳にはいかない!」
     威勢の良い啖呵に湖もくいっと眼鏡をかけ直す。
    「レディ、貴女はお呼びじゃないですよ。長芋料理オンリーなど御免です」
     
     ――平穏極まりなかった東北の空に、今、戦いの時がやってくる。

    ●上北vs全国
    「ご当地怪人でなければ意気投合できたのかもしれんが……残念です」
     女性に手をあげるのは余り好きではありませんが――ヴァンは素早くサウンドシャッターを発動する。これで物音は不審に思われない。完璧に整った戦場を最初に駆け抜けたのは白いねばねば。夜桜はそのムチンビームの前に飛び出した。べっとりと覆われた白にれーでーの顔が緩む。素敵でしょう、美味しそうでしょう――そんな風に洗脳しようとするかのように。だがディフェンスにかけては夜桜に一日の長。更にマリーゴールドの防護の符と彼女のナノナノ、菜々花に助けられ、夜桜はれーでーに余裕の笑みを向ける。
    『……!』
     いつもと勝手が違う事に気がついたれーでー。
    「KAGAミリオン・ビーム!!」
     だが対策をとる間もなく、天のビームが胸を貫き、白い不思議な霧に視界を遮られ――それが灼滅者をして狂戦士ならしめるものだと、無論彼女は知る由もない。
     霧が晴れたと思ったその刹那、れーでーの目に映ったのは配下の1人を切り払う紫。そして噴き出す血をものともせずにその傷口を更に切り広げた小さな犬。
    「ご当地の味覚……荒らす者に、容赦しないわよ?」
     紅葉の闘気は雷鳴となって拳に宿り、夜桜のそれと相まって配下の腹に綺麗に吸いこまれていく。
    『英……』
     よろける配下を一輪のバイクによる機銃が襲い、その行方を見届けるよりも早く、目を射るばかりの光が爆発する。
    「……気の毒な」
     湖の呟き通り、配下の1人は光の中に消えていく。だが彼の意識は消えゆく者よりも生きて仇なす者の方へと向けられていた。降臨させた十字架は無数の光線を放ち、配下達の力の一部を封じたらしい。熾烈を極める筈の反撃――タックルが思ったよりも決まらない。
    『×××! せばっ! ××!』
     れーでーの顔から完全に余裕が消えている。ならばムチンビームで蹴散らすまで――そう聞き取れたのはハイパーバイリンガルを駆使できる紅葉のみ。だがさしあたって彼らにはそれで十分なのだ。
    「流石、ムチンビーム……全く避けられる気がしないわね?」
     全身に長芋のねばねばを浴びつつ彼女は報告を怠らない。一方、赤いオーラに彩られているのはヴァンが作り出す逆十字。2人目の配下に大きく穿たれた傷が体のみならず心までをも損傷するのを感じ取り、マリーゴールドは真紅の焔で己が武器を包み込む。
    「焼きます、焼けばねばねばじゃなくなる筈!」
     叩きつけられた炎は見る間に配下の体を燃え上がらせ、のたうつ所へ宝児の光が爆発する。哀れ炎と光に焼かれた配下に未来はない。
    「ながいも料理ねー……じゃあ調理の手間を省いてあげるよ」
     紫が死角に入るのも夜桜の拳からびりびりと雷の気が弾けるのも、気が付く事さえままならず。ゆっくりと崩れ落ちる配下にはもう誰も関心を払わなかった。

     戦場を緩やかな風が巡っていく。湖が呼ぶ癒しの風が邪悪なものの全てを吹き払うかのように。毒が消され、足止めが解かれ、灼滅者達はますます優位に、ダークネス勢力はますます不利に、殊は緩やかに推移していく。ビームを諦めたのかれーでーは必殺の剣技を天に向けたけれど、威力を誇るそのダメージもディフェンダーたる者達を真に追い詰めることは敵わない。
    「さあ……」
     舌うちしたげなれーでーにマリーゴールドが贈るのは五星結界符。配下の足捌きに乱れが生じたのはその瞬間。ヴァンの冷静な視線はそれを当然の如く見逃さなかった。再びの赤い逆十字。
    「ん負ぁけるかぁぁ、こちとら百万石パワーだッ!」
     今度は天の抗雷撃と共に瀕死の配下を完全な沈黙の世界へ。人として次に目覚める時には全てが終っているから――そんな小さな祈りと共に、灼滅者は最後の局面へと挑む。

    ●れーでー退場
     戦いは激しさを増しつつ、続いていった。だが勝利の天秤がどちらに傾きつつあるのか、湖にはそれがはっきりと見えている。
    「あの配下レディ、もう限界だろう」
     裁きの光を善なる者へ――宝児の無数の傷が音もなく塞がっていく。彼はにっと笑んで謝意を伝えると、すぐさま最後の配下へと武器を構える。
     視線の先ではただ1体残された配下が紅蓮の人柱と化しており、更には漆黒の影がマントの如く炎ごと包み込み。赤に黒、そのコントラストだけでも溜息が出る程美しいというのに、天と宝児はそこへ2つの光を餞に――空を切る光の刃、剣の光が招く爆発。神々しくも残酷な光を見つめ、紫は霊犬の久遠と無言の笑みを交し合う。配下の最後の一息は久遠の刃があっさりと切り払っていった。

    『よくも! ×××……!』
     恐らくはやってくれたなとか何とかれーでーは叫んだのだろう。紅葉の通訳を介さずともその位は見当がつく。だが共通語を操る余裕の消えたながいも・れーでーは自暴自棄そのもの。右手の菜っ切りが不気味な光を放った。秋の陽は穏やかに優しい筈なのに、それは人の血を吸ったギロチンの刃のような鈍い輝きを見せている。
    『せばっ! ×××!!』
     スラッシュ、危険、回避。そんな単語が宝児の脳裏を駆け抜けていった。だがれーでーの気迫が彼の足を鈍らせた。時間にすれば一瞬の何分の一かという位だっただろう。けれど宝児を追い詰める傷を残すには十分な時間。
    「……!」
     逃げる事適わず、ぎりぎりで受け流しを――反射の速度で決めた覚悟。だが千切りと名付けられたその剣戟は彼の元には落ちかからなかった。
    「闇堕ちって怖いわねぇ……」
     宝児の視界には一杯の金の髪。罷り間違っても、こういうダークネスにはなりたくないわ――呟きと共に微かに感じる鉄臭い匂い。さらりと振り向く夜桜に促され、彼は一っ跳びに大勢を整え直した。入れ替るように彼女はれーでーの襟を取っている。一再の抵抗を許さず掴み取った手、マントだけを投げているかのような軽々とした腕の動き。そして宙を泳ぐご当地怪人の体。
    「地面とキスしてなさいっ!」
     わざわざ危険極まりない所を選べる程に夜桜には余裕があった。
    『……世界は長芋の為に!』
     背中から落ちたれーでーはごふりと嫌な空気をはいた。呟かれた言葉は呪詛か何かのように低く、おどろおどろしい。起き上がろうとするれーでーを湖のロッドが押さえつける。
    「愛と情熱だけは、認めるけど……!」
     ほんの一振り振り下ろしただけのように見えたのにれーでーの体は大きく弾んだ。その体内で何が起きているのか、湖は誰よりもよく知っている。
    「KAGA! ミリオンキィィィィィック!」
     そこへ天の蹴りが鮮やかに決まり、間髪入れずに紫のオーラが拳を覆う。光をも超えそうな速さで繰り出されるだけ気は止む事を知らず、走り抜ける久遠の刃が長々とした傷を穿つ。
    『……』
     膝をついたれーでーに登場時の面影はまるでない。そこにいるのは徹底的に打ちのめされたダークネス。
    「ながいも・れーでー! お前は間違っている。目を醒ますんだ!」
     実体無き宝児の剣が光に包まれた。ご当地への歪んだ愛はご当地の愛でただす――光の爆発が未だ止まぬその中で、夜桜は軽々と敗者の体を持ち上げる。大地を打って投げつけられた彼女は最後の抵抗を試みる。
    「この一撃を……見切れるかしら?」
     紅葉の鍛え抜かれたその拳。ムチンビームが見当違いの方向にそれたその刹那、鋼鉄の拳はながいも・れーでーの命脈を断ち切って余りある成果を誇った。
    「ながいもの夢は……まだやぶれて……再び世界の……」
     細く白い手がことりと大地を打った。ねばねばがそれを一瞬包み込んで消えた時、1本の長芋だけがかつて彼女がそこにいた証のように転がっていった。

     東北町、長芋の危機はこうして去った。後片づけをした後はそれこそ、長芋づくしなりこの町名物の温泉なりを楽しむべきだろう。
    「おんや、お客さんかえ」
     からりとごはんさんの扉があいた。途端に香ばしい匂いが通りまで漂ってくる。よぐ来たよぐ来た、食ぃ、食ぃ――誘われるままに一同は店に入った。今日はこれから長芋尽くしといってみるのも悪くない。
    「後で温泉もですよー」
     ねばねばを忘れる為にも温泉入って行きたいです――マリーゴールドが強く強く主張すれば、その影でナノと小さな声もする。
    「日本一黒いモール温泉とやらが、あるらしいしね?」
     紅葉が呟けば、店の客人たちが一斉に頷いた。後で送ってやるよと至れり尽くせりの申し出もあり、灼滅者達は上機嫌。ながいも・れーでーには妙な目にあわされたけれど、ご当地の温泉を楽しめるならばそれもまたよし。
    「すっかり秋の気配ねえ……」
     夜桜はゆったりと空を見上げた。東北の森はそろそろ紅葉の時期。もう暫くすればここは白一色の街になるのだろう。せめてその前に幸せなひと時を――。一行は足取りも軽くごはんやさんに入っていった。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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