セイメイ最終作戦~青き剣士の生き様

    作者:藤野キワミ


     放課後、部活中の剣道場は一瞬の不気味な沈黙の後、混乱混沌悲鳴で満たされた。
     数か月前のハロウィンを彷彿とさせるゾンビ然とした三人が、いきなり剣道場に現れ、驚いたリューイチは演劇部の誰かの仕業だと笑いながら彼らに近寄って、噛まれた。
     ただ噛みつかれたわけではない。噴き上がった血の量は尋常ではなく、叫びのたうち回り、やがて痙攣を繰り返して動かなくなった様子から、ジョークや演技といったたぐいのものではなく、それはまぎれもなく現実だった。
     茫然と立ち尽くすナオキも襲われ、竹刀を取り落とし逃げようとしたユーカもまた、絶望の絶叫を上げた。
     異形の化け物に噛みつかれたツカサの断末魔の悲鳴は、不可抗力に耳を劈く。
    「ツ、!?」
     彼は面の狭い物見の間で起こる惨劇に、喉を凍りつかせた。
     剣道場に突如として現れた、まるで映画の中から抜け出してきたようなゾンビは、次々に後輩たちに襲いかかっている。面垂れなんぞ防御の意味を成さず、分厚いそれごと噛みつかれ、鮮血を噴き上げ道着を真っ赤に染めていく。
    「ケ、ケーゴ……!」
     震える声で名を呼ばれて、ケーゴははっと我に返った。
    「シオリ、」
    「に、逃げ――」
     彼女のすぐ背後に迫ったゾンビに、ケーゴは咄嗟に竹刀を振り下ろす!
     いつもとは違う感触が竹刀を伝播して、非日常が現実味を帯びて、心臓を鷲掴みにされた。果たして、ゾンビはひるんだ。
    「シオリ、構えろ!」
    「な、なんなの、こいつら!?」
     混乱しつつも体に染みついた中段の構えは一部の隙もない。
    「わかんねーけど、やらなきゃ、やられちゃうだろ!」
     しかし打っても突いてもゾンビは動きを止めない。打突が効いているようで効いていないのは明白だ。
    「ケーゴさん! シオ先輩! コレ!」
     決死の形相で渡されたのは木刀だった。持ってきてくれた後輩も、竹刀ではなく木刀を持っていた。
    「マキ! サンキュ、お前も構えろよ!」
     襲いかかってくるゾンビをわけもわからないままに、打ち下ろす。
    「みんなは、」
    「言ってる場合ですか!」
     シオリの不安そうな声をマキは一喝する。
     状況を飲み込めないまま、襲いくるゾンビを捌きながら、ケーゴは倒れ伏している部員の元へ近寄っていく。
    「おい、ナオキ! ユーカ! ツカサ! 大丈夫か!? 返事しろよ!」
    「ケーゴさん! 逃げないとダメ――」
    「きゃあああああ!?」
     マキの声をかき消すようにシオリの絶叫がこだました。
     シオリの背後にリューイチがゆらりゆらりと不安定に立っていて、その口元は真っ赤にぬめ光っている。
     半開きの口をぱくぱくとわななかせ、よたよたとケーゴの元に歩いてくるシオリを抱えた。
    「ナオキさん、ツカサ、ユーカ……!? どうしたの……!」
    「マキ、逃げるぞ……」
     ケーゴはシオリを担ぎあげ、木刀を垂れになんとか佩いて、覚束ない足取りでこちらに寄ってくる友人たちに背を向けた。
    「行くぞ!」
     マキの援護を受け、どこか身を隠せる場所を探して三人は剣道場から逃げだした。
    「ケーゴさん、用具室! 内側から鍵、かけられたはず!」
    「よし、マキ急ぐぞ! しっかりしろよ、シオリ!」
     彼女の返事はなかった。


     エクスブレインの少年は灼滅者たちの目を見、口を開いた。
    「白の王セイメイ、海将フォルネウスは灼滅された。白の王が準備していた数千体のゾンビを壊滅させ、白の王の迷宮も崩壊した。
     富士の迷宮突入戦は大勝利だった。よくやってくれた、お疲れ、ありがとう――と、言いたいところだが、手放しで喜んでばかりもいられない」
     少年は、ひとつ吐息をした。
     日本各地の高校の校舎で、白の王の置き土産ともいえる事件が発生しているという。校舎内に出現した数体のゾンビが、生徒などを噛み殺し、その生徒をゾンビ化しつつ学校を征圧しようとしているのだ。
     噛み殺した人間を同じゾンビとする性質から、このゾンビを仮に『生殖型ゾンビ』と称することにする。
    「この『生殖型ゾンビ』は、俺たちエクスブレインの予知を妨害する力を持っているようで、事件現場の状況はわからない。だが、先の突入戦で得られた情報から、事件が起こる場所だけは確認することができた」
     そして、彼が告げた高校の名前は、これから急行することになる場所だった。校内の見取り図も差し出し、言葉を続ける。
    「校内のどこでどんな状況になっているのか、皆目見当もつかないが、資料はないよりある方が良いだろう――」
     彼は、唸るように息をついた。
     敵となる『生殖型ゾンビ』は、富士の迷宮の下層にいたものと同じと推測され、決して強力な敵ではないが、噛み殺した人間を同じ『生殖型ゾンビ』とする能力は脅威そのもの。
     放っておけば、次々と数を増やし、高校の生徒や教職員だけでなく、周辺住民をもゾンビ化してしまうことは、想像に難くない。
     幸い、数千体いた生殖型ゾンビの大多数は、富士の迷宮での戦いで灼滅できている。
     生き残りは100体以下であり、そのすべてが地上に出てきていると推測されるため、ここですべての生殖型ゾンビを撃破できれば、この脅威を完全に払拭することができるだろう。
     また、生殖型ゾンビには『バベルの鎖を持たない』という特徴もある。
     ゾンビ撃破後、可能な範囲で、『ゾンビがいたという物証を持ち帰るか破棄する』ことに努めてほしい。
     バベルの鎖がなければ、『情報が伝達されない』という効果もなくなるため、物証を残せば残すほど、ゾンビのような超常現象が表面化してしまう。
     もちろん完全に情報を遮断する事は不可能だが、可能な限り証拠を隠滅してほしいと、エクスブレインは念押しした。
    「白の王の置き土産か――笑えないB級映画ならどれだけマシだったか」
     エクスブレインの少年は毒づいて、
    「これほど危険な生殖型ゾンビは、なんとしても全滅させなければならない、抜かりないようにな」
     彼は灼滅者たちに発破をかけ、送り出した。


    参加者
    藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)
    ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ


     冷たくなっていくシオリの体を撫でながら、マキはしゃくり声を上げる。
    「シオ先輩、っ、シオせんぱ、…目を開けて、ください!」
     ケーゴも溢れそうになる涙を堪えながら、後輩の背中を撫で、シオリの手を握り、血の気の失せた死に顔を見つめる。
     泣きじゃくるマキを沈痛に見返して、次の瞬間、目を見張った。
     冷たい手がケーゴの手を握り返したのだ。
    「シオ、!?」
     むくりと起き上った彼女は能面のような顔で、マキの顔を見ている。
    「離れろ、マキ!」
     その異様さに、咄嗟に立ち上がったケーゴは声を張り上げる。
     命の絶えたシオリが、立っているのだ。寸刻前のリューイチやナオキを思い出す――彼らと同じだ。
    「シオせんぱ、よかっ…」
    「シオリじゃない!」
     木刀を掴み上げ、後輩の襟首を掴み、無理やりに引き剥がす。
    「さっきの、リューらとおんなじだろ!」
     広くない用具室に緊張が走る。生前、ついぞ見たことのない凄惨な顔でシオリが迫ってくる。
     木刀を振り上げるも、渾身の力を込めることはできない。
     迫りくるシオリはシオリではない。頭では分かっていても、心が追いつかない。
     それでも彼女はマキが落とした木刀を拾い上げ、問答無用で剣を振り下ろしてくる。防御するも手に伝わってくる衝撃は尋常ではなく、ケーゴは悲痛にシオリの名を呼ぶ。
    「シオリぃ!! 頼む、やめてくれ!」
     返事はない。震えるマキを背に庇い、血塗れの姿で激烈に打ち込んでくる友人に太刀を掴まれ、へし折られた。
     そして、三度目の肉薄――。


    「スキュラにしろセイメイにしろ、ロクな置き土産を残して逝きやしねえ……!」
     柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232) は毒づきながら、生殖型ゾンビを校外へと逃がさないよう用心のために校門を閉じた。
     闇を纏った高明の前を走るのは、土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)だ。
     緊張に顔を強張らせた筆一はいつものスケッチブックを握り締め、前を向く。
     どこに何体の生殖型ゾンビが潜んでいるのか、判明していないのだ。用心を怠るわけにはいかない。
     走れ。
     間に合え。
     この廊下の奥から伸びる屋外廊下の先に、剣道場があるはずだ。
     大きなすのこのような木板が剣道場まで続いている――果たしてそこには、高校には似つかわしくない、腐臭を撒き散らす生殖型ゾンビが二体いた。
     その様相から、富士の迷宮から転移されたそれとすぐに分かった。
     このゾンビどもがここにいるということは、剣道場内の学生を殺し尽くした――ということではないのだろうか。
    「…いよいよ普通のホラー映画のようになってきたな」
     森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)はげっそりと呟くも、すぐさま雑念を振り払い、眼前のダークネスの腱を引き裂き、機動力を奪う。
    「そちらは任せた」
     拳撃を雨あられとゾンビに叩き込んだ藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)の言葉に、
    「そっちも抜かるなよ」
     高明はにやりと笑んで、手を上げ走っていく。
     詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)も駆け出した。
    「あ、沙月! 待って」
    「心配しないで」
     詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)の心配をよそに沙月は笑んで、背を向けた。
    「(無理しないで)」
     誰にも聞こえないほどの声で囁いてから、華月は赤瞳を尖らせて、姉の後を追った。
     三人の背を見送ったヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821) は、剣道場前にいるゾンビに向き直る――それより先に、筆一が煌く矢群を解き放っていた。
     矢が刺さり倒れ伏したゾンビどもを、とりあえずそこに放置して、剣道場へ足を踏み入れた。
    「な…ただの民間人を…」
     ヘイズは絶句した。
     それは凄惨な現場だった。
     剣道部員同士が庇い合うように折り重なって倒れている。一人はうつ伏せでもがき苦しんだ様子が死後からも察せられた。その他にも学生が事切れていた。
     ゆらゆらと所在なく突っ立っているのは、生殖型ゾンビと化してしまった高校生だ。
     その数、三体。

     ――ゾンビを一体、発見しました。そっちへ向かいます。

     連絡用のインカムに最初に入った連絡は、魔法使いの戒道・蔵乃祐(プラクシス・d06549)のものだった。


     高校の校舎には似つかわしくない、ゲートボールのスティックを持った老人が徘徊していた。
     それを目ざとく見つけたのは、上空から単身探索を兼ねつつ剣道場へと向かっていた蔵乃祐だった。
     見つけられたのは、女子生徒の悲鳴が聞こえたからだ。剣道場へ向かう途中であったが、そちらへ急行する。
     連絡用に持ったトランシーバーで今の状況を知らせ、蔵乃祐は急ぐ。
     中庭の花壇に開花前の菜の花とチューリップが植わっている――それを腐臭で汚した『生殖型ゾンビ』は、すでに少女に噛み付いていた。
     噛まれた少女は友人と談笑していたのだろうか、蔵乃祐は、凶行の瞬間に間に合わなかったことを悔いて、それでも唇を引き締める。
     噛まれて間もない女子生徒と、それを目の当たりにしてしまった友人だろう少女は、腰を抜かしてへたり込んでしまっている。
     蔵乃祐は旅人の外套を脱ぎ捨て、地上に降り立ち、ゾンビの背後から竜の骨をも断つほどに強力な斬撃を見舞う!
     確かな感触――今の斬撃では仕留められなかったが、繰り出されたゾンビの攻撃を蔵乃祐が食らうことはなかった。
     躱しざまに生存者を見やる。血を浴びてはいるが、外傷はなさそうだ。
     短く鋭く呼気。ゾンビに最後の太刀を浴びせれば、どうっと倒れ、ようよう屍に戻った。
    「あ、あ…」
     少女は緊張の糸が切れたように、その場で意識を手放した。
     噛み殺されてしまった少女に向き直り、蔵乃祐は重い息を吐く。
     このまま十五分もこの場で留まっている時間はない。
    「…誰かがやらなきゃいけないんだよ…僕は、正しいことをしている、僕は間違ったことはしていない、これは全部セイメイの仕業で、セイメイが悪い、だから――だから、僕は悪くない」
     逡巡は一瞬だった。
     黙祷を捧げ、口の中で呪詛のように呟きながら、蔵乃祐はもう一度大きく深呼吸をして、魔導書のページに指をかけた。


     場内にいるゾンビの垂れには、林、田口、宮内と名が刺繍されていた。
     剣道で勝負となれば結果は違っていただろうか――世迷言だ。今は違う。彼らはダークネスの眷属だ。そしてそれであれば、徹也らにとって、敵ではなかった。
     このあとの予定は詰まっている。剣道場を制圧した後、校内の被害状況をクリアにしなければならないのだ。
     小細工はなしだ。素早くけりをつける。
    「いきます」
     確実に灼滅できるように、筆一のイカロスウイングが三体のゾンビに巻きつき絡みつき、捕まえてしまった――が、林がするりと抜け出して、ヘイズへと走ってくる。
     歪な走り方だった。それにまた心がざわつく。ヘイズは振り下ろされた拳を躱し、漆黒の刀身のナイフをぎらつかせ、林の視界から消え、まだ辛うじて着けていた胴ごと叩き切った。
     瞬間、煉夜の鞭剣が唸りをあげる。吹き荒れ逆巻く颶風は宮内を切り裂いた。
     宮内が倒れていくのがスローモーションのように見えた。
     彼の奥――折り重なるように倒れていたうちの一人が、むくりと起き上がったのだ。
    「排除するのみ――」
     正確無比な機械のごとき疾駆の後、徹也は田口の顔面にオーラキャノンをぶちこむ!
     徹也はとにかく、眼前の敵に集中し、確実に灼滅した。
     そんなおり、用具室へと向かった三人たちから連絡が入った。
    「はい、分かりました。こちらはもうすぐ終わります――生存者は、いませんでした…」
     後方に控えていた筆一が、苦しそうに答える。

     ――そっか、なら僕はこのまま校内の探索を続けます。

     蔵乃祐の声も入ってくる。先刻のゾンビの対処も終わったようだ。
     それを耳にしながら、起き上がってきたゾンビを瞬く間に屠ったヘイズが、慟哭にも似た烈声を上げた。
     そして、場内に不気味な沈黙が訪れる。
    「これ以上、ゾンビを増やす前に…」
     殺された高校生たちを見下ろしながら、煉夜が武器を握る。
    「胸クソ悪ぃ…」
     ヘイズは毒づく。しかしやらねばならない。ジレンマに襲われた。
    「僕たちが、やらないと、いけませんから」
     眼鏡の奥の黒瞳に映るのは、悲しみだった。それを押し隠すように唇を引き締める。
    「…偽装で済むならば…」
     それでも徹也は、損傷の少ない遺体に仮初めの命を吹き込んだ。
    「では、手分けして校内を探索しよう」
    「そうだな、二手に分かれるのが良さそうだ」
     徹也の案に、煉夜が頷き、校内の見取り図を広げた。
    「まずは一階からだ。俺はこちらの校舎を見て回ろう」
     冷静沈着な声音で徹也の指が紙面を撫でる。
    「じゃあ、俺もそうしよう――土屋とフォルクは、この校舎を頼む」
     煉夜の言葉に異論はなく、ヘイズは、了解と返事をした。
     そうして、煉夜はこれからの行動の連絡を入れる。蔵乃祐からの返事と校庭の進捗状況も入り、高明の声も届く。
    「…一人でも、多くの人を助けないと」
    「なら急ぐぞ」
     ヘイズに肩を叩かれ、彼らは駆け出した。


     用具室は果たしてすぐに見つけることができた。凄惨な血痕がそこまで続いていたのだ。
     そしてそこには、血染めの剣道着を着た少女のゾンビと、ジャージ姿の男性教諭と思しきゾンビがいた。
     腕がもげた男のゾンビは、こちらを向いて不自由そうに歩いてくる。華月は畏れを纏って、それに厳然と斬り込む!
    「虫唾が走るわ」
     華月はぼそりと低く唸るように呟いた。
     まったく関係のない人間が巻き込まれてしまったことに同情こそすれ、排除しなければならない標的であることに変わりなかった。
     高明は神霊剣で少女ゾンビに攻撃を加え、息の根を完全に止めた。
     今の騒ぎでも用具室のドアは開かない。
    「開けてくれ!」
     高明が一応声をかけてみるも、返事はない。肩をすくめ、「やーっぱ無理かあ」と独りごちた瞬間、中から悲痛な声が漏れてきた。

    「シオリぃ!!」

     激しい焦燥感が背筋を駆け上がってきた。
     ライドキャリバーのガゼルがドアに体当たりし、高明も無理やりドアをこじ開けた。
    「っぅらあああああ!!」
     蹴破られた扉の先には、木刀を持った剣道着の少女と、顔面蒼白な男女がいた。
    「大丈夫ですか!?」
     沙月が慌てて駆け寄り、二人を背に庇い、魂鎮めの風を招く。
    「あん、たは?」
     問われたが、微笑を返すだけ。少女はすぐに意識を手放した。
    「眠ってください、安心してください、もう、大丈夫ですから…」
     優しい声に、少年の意識は混濁を始める。
     華月はその三人のやり取りを横目で見やりながら、ゾンビへと斬り込む――死角に入り込んだ彼女は、素早く女の腱を切り裂いた。
    「シオ、リ…?」
     彼の声は、シオリに届くことはなかった。落ちた瞼の隙間から、涙がこぼれた。
    「ったく、こういうのは映画の中だけにしろっての!」
     毒づいた高明は、剣道着を血で汚した少女へ神霊剣を叩き込む!
     ふらふらと木刀を振りかぶった彼女だったが、華月の神霊剣によってその動きを止めた。
     胸糞が悪い。持って行き場のない怒りと悲しみが心を苛む。
    「…どうして、私はこんなに力が足りないのでしょうね」
    「人一人の力なんて、そんなに大きなものじゃない」
    「それでも…もっと、強くならないと」
    「それは同感」
     姉妹の間に入って、高明は少女をガゼルに頼み、自身は少年を担ぎ上げた。
    「次は体育館だな。華月ちゃん、先導頼んだよ」
     言って、華月を先頭に体育館へと移動を開始した。
     連絡用のトランシーバーで、用具室制圧の連絡を入れる。返事は、ややあって入った。筆一だ。

     ――こちらは、もうすぐ終わります。生存者は、いませんでした。

     その言葉に、しかし奮起して、これ以上の被害を出すまいと心を強く持つ。
    「お邪魔します」
     律儀に挨拶をした沙月だったが、言うが早いか、部活中の体育館内に魂鎮めの風を招いた。
     部活中の高校生たちは、ボールを取り損ね、ラケットを落としてその場で眠りについてしまう。あっという間に館内は静まり返った。
     ここにはまだ生殖型ゾンビの魔の手は及んでいないようだ。それだけで安心した。なんでもない日常が安堵させる。
    「それじゃあ、校内探索といくか――沙月ちゃん、頼んだぜ」
    「なにかあったらすぐに呼んで」
     彼女は少年の涙を拭ってあげながら、微笑み頷く。そして高明はトランシーバーで連絡を入れる。

     ――体育館の確保、完了したよー。いつでもおいで、イデっ!? なんだよ、ガゼル、別にちょっとぐら、
     ――なに遊んでるの、行くわよ。

     高明と華月の声が、仲間の緊張を少しだけ解きほぐした。


     蔵乃祐は空から校舎外を、彼以外の六人は校舎内を隈なく探索して、校内に散った戦闘の痕跡や血痕は片付けた。生存者は沙月によって体育館で眠りについている。仮初めの命も与えられるだけ与えた。死の偽装も施した。
     あとは、最大の証拠だけだ。
     静寂だけが支配する中庭に、ゾンビ化した高校生らの遺体を並べ、持参したガソリンを撒き、十分に距離をとってから火のついたライターを投げた。
     一気に炎が吹き上がる。
     燃えていく。無念を轟々と叫びながら、真っ赤に燃え上がっていく。
    「許してくれとは言わない、恨んでくれ…」
     体育館内で眠る生徒たちのスマートフォンを回収したヘイズは、校庭で焚かれた火の中に放り投げた。燃え上がる炎を目に焼きつけ、やり場のない感情を排出すよう吐息した。
    「――ちょっと一服してもいいですかね」
     蔵乃祐は誰ともなしに訊き、答えを待たずに紫煙を燻らせた。肺腑の奥まで煙を吸い込み、たっぷりと時間をかけて吐き出す。
     辛い。
     ただダークネスを灼滅するだけではないのだ。
     なんの関係もない高校生たちが無残に犠牲となり、さらなる被害を防止するためとはいえ、抵抗なき遺体に力を振るわなければならなかったことが、辛い。
     正しい。これが正義だ。多くを救うための尊い犠牲だ。
     頭では分かっている。しかしどうしても心は重く暗澹として浮かばれなかった。
    「やってらんねぇ…」
     苛立ちに任せてヘイズは、炎に背を向けた。
    「一人でも多くの高校生を救うことができた」
     感情を悟らせない徹也はしっかりと火炎を見つめ、「僥倖だ――任務は、成功と認識した」と呟いた。
    「そうだと、いいですね」
     筆一は徹也の少し後ろでスケッチブックを握り締める。
    「さて、ちょっと噂話でも流しにいってこようかな」
     煉夜が、高校生たちの眠る体育館へと歩いていく。
     その背中を見つめていた沙月の様子を伺って、華月は名を呼んだ。そうすると、姉は小さく首を傾げてみせる。火で赤く照らされているはずの白い頬が、青ざめているように感じられた。
    「帰ろう、沙月。もう、こんなところに、用はないわ」
    「…そうね。でも、もう少し…」
     青瞳に燃え上がる炎を映し、沙月は祈りを捧げる。
     どうか、どうか、これ以上――

    作者:藤野キワミ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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