かつての彼が日に微睡む昼の猫なら、今は闇を泳ぐ夜の猫。それも血に飢えた野良猫だ。白いパーカーは返り血に濡れている。斬ったのは鬼と殺人鬼を少々、幸か不幸かまだ人はなし。
ふと見上げれば、早咲きの桜がほのかに色づいている。
「さくら、サクラ、桜……そうか、桜か」
呟く言葉に意味もなく、ただぽつりと漏れただけ。手持無沙汰でポケットに手を突っ込めば、いつぞやのラベンダーの香袋。
風はまだ冷たく、春の訪れには未だ早い。だがだからこそ、風流の報せを求めていくらかの人が桜に群がっていた。
そして男は思い出す。自分が血に飢えた獣であることを。しかも牙はこの手に、爪は足に備わっているのだ。
「咲け、咲け、咲け……っ!」
瞬間、猫の足は地を蹴っていた。血の花を咲かせ、叫び喚く獲物を切り裂いた。
闇堕ちした茶倉・紫月(影縫い・d35017)が発見された。どうやらうずめの追手や下位の六六六人衆と交戦しながら移動していたようで、すでに都内に入っている。そこで、桜が早咲きした公園を見付け、居合わせた人間を皆殺しにしようとする。
「当然、見逃すわけにはいかないわ」
と口日・目(高校生エクスブレイン・dn0077)。傍らには猪狩・介が待機している。
「事件が起きるのは、都内の公園よ。時間は夕方。まだ寒いから人は多くないけど、放っておけば皆殺しよ」
闇堕ちした紫月(シヅク)は紫月(シヅク)と名乗り、六六六人衆として動いている。このままでは多数の一般人が犠牲になるだけでなく、紫月はますます力を増していく。
「救出するにも灼滅するにも、まずは倒さないと。みんなには現場に赴いて六六六人衆・紫月を撃破してほしいの」
幸い、紫月は一般人より灼滅者への攻撃を優先するようだ。加えて、介も避難に加わるので大きく戦闘の支障になることはないだろう。
戦闘においては殺人鬼、影業、クルセイドソードに類似したサイキックを使う。説得が上手くいけば、戦闘能力を下げることができるが、それは向こうもよく知っている。やりすぎれば逃走を早めることも考えらえる。
「今回の機を逃せば、次がいつになるかは分からないわ。これが最後だと思って」
そして、
「肉体は茶倉さんのものだとはいえ、相手はダークネスよ。迷って隙を作るようでは勝てないわ。……救出が無理なら、灼滅を。その覚悟もしておいて」
目の表情は硬い。自ら送り出した仲間の討伐を依頼しているのだから当然か。
灼滅者達も同じだ。仲間を討つことはしたくない。彼は闇に身を委ねてまで、皆の退路を守ったのだから。
また、紫月は六六六人衆らしく、不利になれば逃走の可能性もある。
「この六六六人衆だけど、言葉遊びが好きで、その性質を利用すれば上手く挑発できると思う」
目が『視た』予知では、『咲け』。咲け。裂けろ。叫べ。三つの意味が込められているようだ。もちろん、それに気を取られて戦闘が疎かになっては本末転倒だが、頭に入れておいて損はないだろう。
「お願い。みんな、無事で帰ってきてね」
はっきりとは言わないが、それには彼も含まれているのだろう。灼滅者達は頷いて、戦場へと赴いた。
参加者 | |
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倫道・有無(闇を生む作禍宣誓・d03721) |
氷上・鈴音(悲しみの連鎖を断ち切らん・d04638) |
天渡・凜(天を渡る歌声・d05491) |
神凪・燐(伊邪那美・d06868) |
水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774) |
神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017) |
アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721) |
穂村・白雪(焔輪白猩々・d36442) |
●サクラ
白猫が地を蹴り、桜を恋紅で染めようとする。猫を負うように、影も獣の形をとった。が、爪も牙も、人々には届かない。灼滅者達が、間に立ちはだかったからだ。
「仮の舞台で遊ぶより、狩りの部隊と遊ぶ方が楽しいのでは? それと、その咲けは避けろを忘れていたりしません?」
そう告げ、神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)は黒い長剣を突き付けた。時計の長身を模したそれは、残酷な真実を表している。時間は有限で、残り少ない。ここで猫を逃せば、紫月は帰ってこないのだと。
「いや、それはない。ついでに言うと、お前らを呼んだつもりもないんだが」
後者の問いだけ否定し、無意味に言葉を重ねる。おそらく、鮭と、そこからサモン(召喚)に繋がっているのだろう。
「おやおヤ、つれないじゃないか」
不敵に笑う倫道・有無(闇を生む作禍宣誓・d03721)の頭で、狐の耳がぴょこぴょこ揺れる。まさか猫に対抗してではないだろうが、ただでさえ胡散臭いのが増したようにも見える。
「……迷子の茶倉……みつかって……よかった……茶倉……あなたを……ゆうのところへ……必ず帰す……の……」
猫が迷子になるのはよくあること。だから、さっさと連れ戻さなくては。悪い猫ならなおさら。アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)は背後の友にちらと視線を送ってから、白猫に向き直る。
「助けに参りましたよ。咲かせて見せましょう思いの花。貴方の闇を切り裂いてみせましょう。今しばらく、私は曼珠紗華となりてさくら咲かす為に舞って見せましょう。本気でいきますよ」
神凪・燐(伊邪那美・d06868)が眼鏡を外すのとほぼ同時、彼女の家族が一般人を守るために動き出した。これで憂いはない。ただただ、目の前の敵に集中しよう。
(「喪いたくない、喪うわけにはいかないの。だから……」)
そっと紫のシュシュに触れ、天渡・凜(天を渡る歌声・d05491)は心をぎゅっと固める。先の戦いで、学園は仲間を亡くした。すでにロッドを持つ手が震えるのも、討ってしまうのが怖いから。それでも、結末を恐れては何もできない。
「笑顔の花を今宵この地に咲かせる為に、私も私でなくなりましょう……蕾綻びし悪意の花よ、咲き誇る前に此処で散れ!」
胸のロザリオから指を離し、力を解放する氷上・鈴音(悲しみの連鎖を断ち切らん・d04638)。表情が少女の柔らかいそれから、研ぎ澄まされたものに変わった。冷たい笑みを浮かべ、獣を挑発するように目前に立つ。
「まつとし聞かば 今帰り来む……あなたを待っている人がいること、忘れないでください」
水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)は紫月が闇落ちした戦いに参加していた。力及ばず二人の闇堕ちを出し、一人はもう帰ってこない。だから、せめて。紫月は連れ戻さねば。
「今回は離れ離れだ。死ぬなよ、相棒」
自らの腕を切り裂き、ライドキャリバー・クトゥヴァに血を浴びせる穂村・白雪(焔輪白猩々・d36442)。お互いに炎の尾を引きながら、戦線に並ぶ。
「いいぜ、やってやる。綺麗に咲いてくれよ?」
白猫は標的を灼滅者に改めて、殺意を向けてきた。殺せるなら誰でも構わない。けれど灼滅者達の血は、さぞ美しく散るだろう。
●サクラサク
先んじるは紫月。背後に殺気が凝集し、次の瞬間には濁流のように灼滅者に襲い掛かる。
「さぁ、踊れ」
肉食獣の獰猛な笑み。けれどそれも一瞬。殺気の波をクトゥヴァが押し退け、その後ろから白雪が突撃してきたからだ。
「悪いが踊れるほど器用じゃなくてな!」
分厚い鉄塊を力ずくで叩き付ける。重量ゆえの衝撃が全身を打ち付け、猫の両足を地面に突き刺した。
「なぁに、芸術会の礼とでもしておこうか」
動きが止まった隙を、見逃すはずもなく。有無は音もなく忍び寄り、鴉の都市伝説を模したギターを振り上げた。禁癒の活性化をし損ねたことに気付いて、慌てて畏れ斬りを繰り出す。
「……だめよ。あなたは……シヅキは……ここにいては、だめ」
アリスの腕が獣のそれに代わった。桜の木を蹴り、鋭角的な軌道で斬りかかる。銀爪が白いパーカーを切り裂き、肉を抉る。そして返り血も浴びぬほどの速度で距離をとった。
「さて、止まっていていただきますよ」
次いで、燐。影の蝶は見る間に芋虫へと姿を変え、白猫の脚にまとわりつく。一匹、また一匹と増えていくほどにその動きは鈍っていく。ダークネスは灼滅者より速い。動きを奪うのは定石であった。
「うざいんだよ!」
ナイフを逆手に持ち替え、首元めがけて突き立てる……が、その刃はゆまによって遮られた。肩に深々と刺さっているが、それでも音は上げない。そんなもの、痛くもない、と。
「あなたに人は殺させません」
ほとんど零距離、光の盾で殴りつける。あの時に分かれた道を、もう一度ひとつに。二度と戻らぬものはあるけれど、紫月はそうではないと信じて。
「桜さらさら、風に舞う 桜くらくら、貴方に酔う さくら、茶倉、名前を呼ぼう この声涸れても届くよに」
響くは癒しの歌。桜の花びらともに旋律は空を舞う。戻ってきて。そう願いを込めて、凜は声の限りに、力の限りに歌う。
「皆を守る為に覚悟を決めたお前の気持ち、私も痛い位にわかるよ。だからこそ大切な人の所に帰りたいと叫ぶ声、見過ごす事など出来ない!」
紫月達の闇堕ちがなければ、田子の浦で多くの灼滅者が挟撃に散っただろう。なればこそ、今度は自分達が紫月を救わねば。鈴音は槍に炎を纏い、構えた時点で先刻使ったサイキックを思い出し、氷の弾丸へと切り替える。合間にレーヴァテインを挟む必要はなかった。
「お待たせ、一般人の避難は終わったよ」
ここで避難誘導を担っていた猪狩・介(ミニファイター・dn0096)と支援の灼滅者が合流。五分かどうかという戦力は完全にこちらが上回った。
「ぞろぞろ虫みたいに。暑苦しいんだよ」
そう吐き捨てる六六六人衆の表情には、わずかに焦りが見える。逃げ道か、あるいは弱点を探しているのか。視線が絶えず動いている。
「しーくん……サシェ、まだ持っているんでしょう? それを作る時、針で何回も指刺してましたね白状します。見ていて可愛いと思ってました。ね、だから、可愛いしーくん。みんなで迎えに来たから、もう帰しましょう」
もう少し、もう少しで帰ってくる。攻撃するのは心苦しいが、同時にそんな実感もあった。逸る気持ちを抑えながら、柚羽は剣を握り直した。
●シヅク
数を増した灼滅者は連続攻撃で白猫を追い詰める。傷付いた体では包囲を飛び越えることはできず、もはや最初の機敏な動きは見られない。
「シヅクは……心のなかに……還って……茶倉と返るの……そして……ゆうと帰るよ……ゆう、鳴いてるよ……茶倉がいないって……泣いてるの……」
透けるほどに薄い、アリスの日本刀が紫月を捉えた。刃は水に沈むかのように易々と肉を破り、鮮血の花を咲かせる。
「このっ……!」
白猫は退路も確保できぬまま地を蹴った。どちらにせよこのままでは同じことだから。しかし、灼滅者の執念はそれさえ阻む。
「朔の月夜に咲く桜。柵に隔たれ咲く桜。自ずと咲くを知る桜。裂くのであれば、情け知らずと」
ゆまは紫月の行く手を遮り、剣の一撃を見舞う。剣から放たれる白光は桜をよく照らし、花吹雪を映えさせる。刹那、己が斬られたにもかかわらず、紫月は呆けていた。
「さくらは今からが花盛りです。さあ、戻って来て下さいませ!!」
赤い指輪から魔弾が放たれ、白猫の動きを縫いとめる。もともと鈍っていた動きが、さらに鈍くなる。傷も目に見えて深く、燐の仕事はそろそろ終わりそうだ。
「咲く桜を裂かれる命の紅に染めさせたくはない。願うのは誰一人欠けることのない帰還です。茶倉さん、あなた自身の声を聴かせて!」
凜の紡ぐ歌声は真っ直ぐに大気を貫き、六六六人衆へと届く。このまま倒して、紫月が返ってくる確証はない。けれど、それでも彼と仲間を信じて歌う。
「いきはよいよい。もえさくら、みずにかえるは損だぜ」
クトゥヴァのエンジン音と白雪のチェーンソーの駆動音が二重に轟く。それは咆哮。今、俺達はここにいるのだと世界に叫び、刻む雄叫び。力任せの連続攻撃で敵を吹き飛ばす。
「私を狂わせたのは君へのアイ。キミを失うのはいと惜しい。それ程キミが愛おしい」
着地点に先回りする柚羽。長剣を霊体化させ、胸を突く。今、ダークネスが受けている傷より心が痛い。けれど、傷付けることでしか取り戻せないなら、迷う理由はない。いや、もし取り戻せないとしても、終わりはこの手でと決めていた。
「今宵咲くのは笑顔の花、今宵裂くのはお前を縛る闇だ!」
鈴音の黄色のリボンが直線に伸び、白猫を切り裂く。望み、願うものをつかめますように。そう込められた祈りは、その通りにダークネスを追い詰める。
「ああ、ここまでかよ」
灼滅者の言葉遊びに満足したのか、あるいはただ諦めたのか。紫月はあっさりと結果を受け入れた。
「では、さようなら」
歪んだ笑みを浮かべ、有無は闇がこびりついた魔導書の禁を解いた。そして頁は独りでにめくれ、やがて魔を否定する光で、野良猫の意識を遮断した。
●シヅキ
意識を失った紫月が倒れる寸前、柚羽が抱き留めた。耳に、規則的な呼吸音が届く。
「生きてる……生きて、ます」
噛みしめるように繰り返す。頬を伝う雫には、気付かないふりをする。
「よかった、よかったよお!」
紫月の無事は波紋のように灼滅者に伝わった。みな一様に安堵の表情を浮かべる。その中でも反応が大きかったのは凜だった。ロッドも手からこぼし、思わず鈴音に抱き付く。
「はい、はい……私も嬉しいです」
まるで姉みたいに、年下の少女の頭を撫でる。でも、気持ちは同じだ。仲間を喪わずに済んだのだから。
「……あぁ、何とか生き残れたな。相棒。大丈夫。まだ走れるさ」 白雪はクトゥヴァのボディを撫でてやる。傷だらけだが、まだ動ける。なら十分だ。何も言わず、公園を去る。残り火もすぐに消えるだろう。
「さて、帰りましょうか。何か食べて帰ります?」
支援に来てくれた家族を引き連れて、燐もすぐにいなくなった。大家族なのだろうか、結構な人数であった。
「飼猫には首輪でもつけときなあ。それじゃあ……あ、こら!」
「これ何でできてんの? よくできてるねぇ」
カッコよく帰ろうとした有無の狐耳を、介が引っ張った。七不思議使いといえど都市伝説を武器化したり身に纏ったりはできないので、何かの詐術だろう。できないことを無理にやれば歪みが生じる。あるいは、その歪みこそが有無らしさかもしれないが。
「……行こう……エミーリア」
「わふっ」
少しひっぱいてやりたい気持ちのアリスだったが、なかなか目を覚まさないのを見て取ると、エミーリアと一緒にその場を離れた。ここから先は、野暮だから。
「ありがとう、と。目覚めたらそう伝えてほしい」
眠る紫月と支える柚羽に跪き、頭を垂れるクレンド。紫月が闇堕ちし戦いに彼もいた。学園に帰還できたのは闇堕ちのおかげだった。
「私からも、お願いします」
ゆまもまた頭を下げ、そして邪魔にならぬように立ち去った。桜を見上げる眼はここを見ているようで、違う場所を見ているようだった。
「……ゆーさん?」
二人きりになったのを見計らったみたいに、紫月が目を覚ました。目を覚ましたといっても眠そうで、それがすごく彼らしくもあった。膝枕されているのにも気付かない様子。
「あー、もう、戻りますよ馬鹿猫。私が言ったこと全部忘れて。夢は覚めたら大体忘れるものでしょう? 忘れないと顔面にアイスを打ち込みますよ」
「えっと、うん」
早口でまくしたてられて、そう答えるしかなくて。
「それから……」
「それから?」
「少し、目をつむっていてください」
「……うん」
言われた通り、目をつむる。一瞬遅れて、よく知る、いい匂いがした。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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