セイメイ最終作戦~フレッシュ・フレッシュ・スクール

    作者:西灰三


     『それ』が現れたのが2月の放課後だったというのが幸いだったか。校舎内に残っている生徒は少ないことが『それ』による被害者の拡大を防いだとも言えるかもしれない。だからと言ってバリケードを作って立てこもっている10人に満たない生徒たちにとってみればそれは何の気休めにもならない。
     部屋のの外には元生徒たちや、元教師たちが仲間を増やそうと徘徊している。いずれここも気づかれてしまい、重い機械で作ったバリケードも破られてしまうだろう。最後の手段の戦いに使える工具もあるが、非力な女子の方が多い。
     いつパニックが起きるか分からない、そんな絶望に満ちた空気が部屋に満ちていた。
     彼らは知らない、『それ』を倒す力を持つ者たちが近づいてきているのを。
     

    「みんな富士の迷宮突入戦お疲れ様。白の王とその秘密兵器を叩き潰して、迷宮も崩壊。大勝利! ……なんだけど、その置き土産が一つ残っているんだ」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)がそう言うと詳しい解説をする。
    「日本のあちこちの高校にゾンビが現れて生徒や教師たちを噛み殺してゾンビ化させて学校を制圧しようとしているんだ。あ、噛み殺して増えるから『生殖型ゾンビ』って呼ぶね」
     それでと、顔を曇らせてクロエは『生殖型ゾンビ』について説明する。
    「噛み付いて増えるのが特徴の一つ何だけど、もう一つ。……エクスブレインの予知を妨害する力があるんだ」
     故に今回は場所は分かっても、詳しい状況までは分からない。
    「というわけで現場まで急行して欲しいんだ」
     今回彼女の指し示す現場にいる『生殖型ゾンビ』は富士の迷宮にいたものと同じだと思われる。はっきり言って戦力的には大して強くはない、銃器を持った普通の人間でも8人いれば倒せる相手だ。だが放っておけば爆発的に増えていく力がある。学園を制圧したら周辺地域も生殖型ゾンビだらけになってしまうだろう。
    「だけど『生殖型ゾンビ』の殆どはみんなの活躍で殆ど灼滅したから、残るのは100体以下だけ。ここを何とかすれば生殖型ゾンビの脅威も完全になくなるはずだよ」
     ここでクロエが一つ指を立てる。
    「生殖型ゾンビには『バベルの鎖を持たない』という特徴もあるんだ。だからできるだけゾンビが居たっていう証拠を持ち帰ったり壊したりしてきて」
     バベルの鎖がなければ情報が伝達されないと言う効果もなくなるため、証拠が残るとゾンビのような超常現象が表に出てきてしまう。
    「人手が要るかもしれません、私もお手伝いしましょう」
     水藤・光也(闇払い・dn0098)が申し出る。完全に情報を遮断する事は不可能だろうが、手が増えればそれだけ漏れる量を減らせるだろう。
    「……こんなに少ないのに、これだけの騒ぎを起こせる存在なんだ。生殖型ゾンビって。もし全部残っていてセイメイが生きていたらどんな風に使われたか分かんない。ひょっとしたら皆は日本を救ってくれたのかも。……それじゃみんな、最後の一仕事頑張ってきてね!」


    参加者
    加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)
    武野・織姫(桃色織女星・d02912)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)

    ■リプレイ

    ●走る
     灰色のコンクリート製の角ばった建物。どこにでもある普通の学校である。だがここにいるのは生徒や教師ではなく、かつてそうであったもの。もう早い時間ならば人の声があっただろう。
    「……痛いね」
     望む道を走りながら、ぽつり。エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)からこぼれ落ちる。一緒に駆けている灼滅者達の中で最も今回の事態に心を痛めている人間だった。
    「うん、生き残っている人だけでも助けよう!」
    「今ならまだ間に合う方もいるはずです」
    「それがアタシ達に出来る『最良』だ」
     構内を共に探索する武野・織姫(桃色織女星・d02912)と水藤・光也(闇払い・dn0098)、淳・周(赤き暴風・d05550)の3人がエメラルの痛みに気付いて返す。
    「……ああ。うん、そうやな」
     銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)が彼女の隣で頷く。いつも通りの軽さのように見えて、少し別の何かが混じっているような口調だ。
    「……それにしても厄介なものを残してくれたな」
    「何も、ゾンビ映画を再現する事ないと思うんだ」
     槌屋・透流(トールハンマー・d06177)と風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)が校門が見えたところで呟く。創作の中のゾンビなど実在していては困る。
    「物語と同じなら犠牲者が増えていくでしょう。ここで食い止めましょう」
     加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)が門を超えると同時にカードから力を引き出す。校庭には既に生殖型ゾンビがうろついていた、それらは灼滅者達の姿を見やると新たな仲間を増やそうとにじり寄ってくる。
    「ここはお任せします、紅葉たちは校舎に行ってくるの」
     今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)を含む6人は、織姫達を含むA班に校庭を任せて校舎に踏み込んでいく。死肉を狩る戦いが始まる。

    ●校舎上階
     校舎の入り口、いわゆる下駄履を置いてある付近で灼滅者は二手に別れ透流、右九兵衛、エメラルの3人は階段を駆け上がる。1階にはゾンビたちがひしめいていたが、逃げようとした所で襲われたのだろうか。
    「………」
     多分ついさっきまで生きていたのだろう。衣服の返り血は未だ赤い。エメラルは唇を真一文字に結び上を目指す。彼らの足音だけが早いテンポを刻む。それらに引きずられるようにゾンビたちが寄ってくるが逐次彼らは撃破していく。
    「まずは一番上目指しましょ。屋上とかに人おるかもしれんし」
    「そうだな」
     射撃で敵を撃破した右九兵衛に透流は短く返す。彼女は監視カメラを警戒していたが校舎内にはないようだ。この2人は少なくとも表面上は敵の様子に対して思うところは無いらしい。短くやり取りをして彼らは上を目指す、上階で遭遇するゾンビは制服を着ていない恐らくは教師達だっただろうものが多く見受けられる。
    「死体は私がやっておく、いいな?」
     透流が答えを待たずに死体をサイキックで砕く。そしてたどり着いたのは屋上だ。鉄製の扉が半開きになっている。
    「これって……」
     エメラルが息を呑む。鉄の扉は何かで殴られたような凹みと、赤いものがこびりついていた。良く見れば蝶番も鍵もひしゃげてしまっている。
    「いこか。この先にもいるみたいやし」
     エメラルと透流の頭の上で右九兵衛から言葉が発せられる。彼女たちからは彼の表情は見えない。3人が扉を蹴破れば、待ち受けるのはゾンビ達。恐らくはここに逃げた者たちだろう。
    「……ぶっ壊す」
     透流が一気に敵陣へと踏み込む。彼女を援護するように右九兵衛のガトリングガンから弾丸が放たれる、ゾンビの一体が踊るように吹っ飛んでいく。それを横目に弾けるように動いた彼女の足が相手の胴に突き刺さる。
    「ぶち抜く」
     彼女が足に力を込めると同時に炎が巻き起こりゾンビを焼きつくす。そのまま相手は崩れて倒れていく。
    「……ごめんね」
     ここにいるのは逃げて逃げて、そのまま生き物でなくなってしまった人達。そんな彼らにエメラルはきちんと眠らせるために歌を贈る。まだ生きている自分から、終わってしまった彼らに。彼らのサイキックでゾンビたちは動かなくなっていく。
    「……ここは終わったか」
     透流は被っている帽子の感触を確かめるとやや安心したような声を出す。
    「そやね、ここもさっさと片付けて下もきちんと見てこか」
     倒れている死体の頭を撃ち抜いて右九兵衛は返す。彼は彼女達に背を向けていて表情は見えない。例えば口元が歪んでいる様子などは。
     灼滅者達は更に校舎内を探索するために再び扉を開く。

    ●校庭
     その屋上から望む校庭ではひたすらに現れてくる生殖型ゾンビたちと戦っていた。校舎から、体育館から、多くの生殖型ゾンビが生者である彼らを目指し襲い掛かってくる。
    「こちらを狙ってきてくれる分には良いんだけれど」
    「結構大変ですよね、これ」
     校門は閉じてあり相手はこちらを狙ってきてくれている。そういう意味では戦いやすいのだがなにせ数が多い。元が減っているとはいえ全滅させるには時間がかかりそうだ。織姫と光也のエクソシスト2人がちょっとした大仕事に小さな溜息をつく。
    「なあに、こちらから探しに行く手間がはぶけるってもんさ」
     辺りに炎をばらまいて周が敵を焼いていく。そこまで知性のある相手では無さそうなので固まって来るので複数を巻き込む攻撃は有効なようだ。
    「温度差で倒せたり、しないですよね」
     織姫が周りから温度を奪いて敵を凍てつかせていく。もう既に体温の意味のない相手だが逆だった氷が敵の体を切り刻んでいく。
    「体育館からはもう来ないみたいですね」
     光を放ち続ける十字架を呼び出した光也は体育館の方を伺う。そもそもあまり人がいなかったのだろう。校舎から溢れた敵の方が多いらしい。ともかくもこのまま倒し続けていればきちんと探索なり死体の処理なども出来るだろう。そんな時。
    「……サイレン?」
    「警察ですね」
     周と織姫が互いに頷くと、残った光也に後を任せて対応しに行く。ここでゾンビが増えかねない可能性も潰して置かなければならない。2人が校門にまでたどり着くと、パトカーが停まっており制服姿の警官が校庭を覗き込んでいた。彼らは織姫と周の姿を認めると声をかける。
    「あ、君達はこの学校の生徒かな。悲鳴が聞こえてくるって通報があったんだけど」
     警官は周のプラチナチケットによって彼女らをこの学校の関係者、つまり生徒として認識したようだ。このままでは彼を帰らせることは出来ないだろうと織姫がラブフェロモンを使う。
    「今、保健所さんのお手伝いでここは危険なんです。暫く待っててください~」
    「危険ならそれこそ私がお手伝いしましょうか? 任せて下さい」
    「え? え、えっと、わたしたちだけで大丈夫ですから!」
    「そうですか……本当に大丈夫ですよね?」
     彼女たちはそんな感じに警官を押しとどめる。ラブフェロモンは「付き合い始めたばかりの恋人」や「有名人に会えて嬉しいファン」の精神状態にする能力だ。恋人や好きな有名人が危険なところにいるというのだからこういう反応もありうるだろう。まあお願いは聞いてもらえるので問題はあまり無いのだが。
    「一応あとでお願いすることがあるかもしれませんから待っていてもらいましょう」
    「あとは全部叩き潰すだけだな」
     彼女たちは互いに頷くと再びゾンビを倒しに戻っていく。

    ●下階
    「……多いね」
     紅葉はゾンビたちを前にそう呟いた。おそらく密度的には下の階の方が集まっているのだろう。幾ばくかは上に行った仲間を追ったり、外に出て行ったりしているがそれでもここがもっとも多いだろう。それでも熟練の灼滅者が本気を出せば大した事のない相手だ。
    「なんでこのゾンビたち、バベルの鎖に引っかからない……? いえ、考察は後回し、今は残ってる人たちを助けて、ゾンビを殲滅しないと。……痛っ」
     気の抜けていたせりあが手傷を負う。逸る気持ちだけが先行していて戦いのことを疎かにしていたツケだろう。気を取り直し彼女は改めて武器を握る。踊りかかってくるゾンビたちを撃破する傍ら、彼方が扉を開けては中を調べ生存者を確認する。
    「ここもいない、と」
     彼方は扉にバツの字を書いていないことを記す。果たして幾つここまでに書いてきただろうか。生存者はもういないのかもしれない。そんな想像が彼の脳裏によぎる。
    「まだ全部を調べてないの」
     紅葉が彼の焦りを感じ取ったのか淡々と敵を蹴散らしながら呟く。そう言った彼女ははっと顔を上げてある方向を指す。
    「あちらは特殊教室が並んでいる方だったような」
     せりあが見取り図を思い出して言う。具体的な条件を上げられていなかったが故に総当りに近い調べ方をせざるを得なかったためそちらは未確認の方だった。
    「……あちらの方から何かを叩く音がしたの」
     それは襲われているということではないか、紅葉は自分達以外にゾンビに襲われている相手を気にしていたが故に気づけたのだろう。灼滅者達は障害になるゾンビたちを蹴散らしてその方向へと駆けていく。だが彼らが辿り着くよりも先に重い何かが倒れるような音が鳴り響き、そして。
    「きゃあああっ!」
     悲鳴が上がる。灼滅者達は更に足に力を込めて急げば数秒も待たずにゾンビ達が入っ行く部屋を見つける。部屋の名前を示す札には『工作室』とある。灼滅者達が横殴りにゾンビ達を吹き飛ばし部屋に踏み込めば金属製の工具を手に傷つきながらも応戦している男子生徒とその後ろで震えている女子生徒がいた。
    「周りの暴れている人たちをどうにかするからあとはまかせて」
     彼方は光の十字架を浮かべて、部屋にいるゾンビ達を牽制する。同じくせりあが結界を張ればゾンビたちの動きは制される。
    「少し待っていてくださいね」
     せりあの言うとおり、全てのゾンビが動きを止めるまでは大した時間はかからなかった。灼滅者達がゾンビを撃破すると、なんとも言えない表情で彼らは灼滅者達を見ている。そんな彼らに彼方が大丈夫だよと微笑みかけて安心させる。
    「……これ以上校舎にいるのは危険なの。せりあは外の人達に連絡して」
    「分かりました」
     紅葉はもう安全な場所はないと判断して、彼らを外に避難させるために仲間達を呼ぶ。彼らから携帯電話などの記録媒体も回収し、後は校舎内の少数のゾンビたちを掃討するだけだ。


     つつがなく校内の生殖型ゾンビを撃退し、生存者達も脱出させた一行が最後に行う事、それは一切の証拠の焼却であった。死体と情報媒体を校内の部屋の一角に集め、燃料をかけて火をつける。不燃素材で作られた部屋の中で炎は逃げ場を失い、赤々と焼いていく。
     その炎は灼滅者達を焼きはしない、だが胸の中の何かを燻らせることくらいは出来る。
    (「前のような、人とダークネスの分離? それともこちらのエクスブレインのような隙間を縫う? だめ、ゾンビの行動は制御出来ない、縫えない。一体何……?」)
     せりあの疑問に答えはない、ただ彼方の呟きが一つの手がかりになる。
    「うずめはこちらにはやっぱりいないか……」
     単純にうずめが制御出来ていたらどうだっただろう、もっと言えば本来は白の王セイメイが制御するつもりだったと考えるのが自然だろう。
    「割りと燃えるもんやね」
     淡々と記録媒体が燃えているのを確認する紅葉の後ろから右九兵衛が覗きこむ。ちらりと彼は窓の外に目を向けるが、もう動いているものはいない。
    「あとは警察の人に任せるだけですね」
    「あんまりこんな事はしたくなかったけどな」
     織姫と周はさっと身を翻して外へと向かう。証拠隠滅の手段としては適当であろう、ただ心の何処かに何かが残るだけだ。
    「……帰ろう、終わったんだ」
     炎を背に透流は部屋を出る、目元は鍔の影になって見えない。次々と灼滅者達は部屋を出て行く。最後まで部屋に残っていたのはエメラルだ。
    「………」
     彼女は唇と瞼を震わせながら、炎を見つめて、深く頭を下げた。そして彼女もまた部屋を後にする。いつしか炎は消える、ささやかな世界の危機もまた同時に消えていった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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