もうすぐ放課後……その高校は、平穏であった。
水面下で日常が壊れ始めている事など、生徒達は知る由もない。
「あー、掃除終わった」
「後はホームルームだけか、今日どうする?」
たわいもない会話をしながら、4人の女子生徒が廊下を歩いている。
反対から歩いて来た別の一団とすれ違おうとして、
「きゃっ!?」
悲鳴が上がる。その理由は、相手の容貌にあった。
向こうから歩いてきた生徒は……中には部外者らしきものも混じっている……は、まるでゾンビのような顔をしていたのだ。首の噛み傷が生々しい。
「あー、卒業式の出し物か何かでしょ? サプライズ的な」
「いや、うち卒業式もう終わってんじゃ……」
生徒の1人が傾げた首めがけ、ゾンビが噛みついた。
生徒はその場に倒れ、それきり動かなくなる。
「やだ、そういうのやめてよ」
「もしかして、アンタもグルなわけ……きゃああああッ!?」
悪ふざけの一環としか思っていなかった生徒達を、次々噛み殺していくゾンビ達。
ほどなく4人全てを床に転がすと、新たな獲物を求めて、廊下を闊歩する3体のゾンビ。
打ち捨てられた生徒達……その体が、ゆらりと立ち上がる。
新たな生ける屍の誕生であった。
「富士の迷宮戦は、我々の勝利に終わった。白の王セイメイとソロモンの大悪魔・海将フォルネウスを灼滅したばかりか、白の王セイメイが準備していた数千体のゾンビを壊滅。白の王の迷宮も崩壊した」
吉報とは裏腹に、初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)は焦りを隠せない様子だった。
「だが、喜んでいる暇はない。全国各地の学校に出現した数体のゾンビが、生徒達をゾンビ化しつつ、学校を征圧しようとしているのだ」
噛み殺した人間を同じゾンビとする性質から、このゾンビは仮に『生殖型ゾンビ』と呼称される事になった、と杏は言う。
「子孫を増やす行為は、単細胞生物の分裂も含め、全て『生殖』と呼ぶらしいな。このゾンビのケースは、噛みつくという行為がそれにあたるわけだ」
生殖型ゾンビにはエクスブレインの予知を妨害する力があるらしく、事件現場の状況は不明な状態。
「なんとか、事件が起こる場所だけは確認できた。皆には、その学校の1つに急行して欲しいのだ」
杏から提示されたのは。東北にある公立高校だった。全校生徒500名弱の、ごく普通の高校であるらしい。
校舎は三階建て。渡された見取り図を見る限り、北校舎と南校舎に分かれているくらいで、特別変わった施設はない。
「この生殖型アンデッドは、富士の迷宮の最下層にいたものと同じだろう。戦力的には恐れる程ではないが、噛み殺した人間を生殖型ゾンビ化する能力は厄介だな」
放っておけばネズミ算式に数を増やし、やがては外にいる周辺住民をもゾンビ化してしまうに違いない。
ただ、数千体いた生殖型ゾンビの大多数は、富士の迷宮戦で灼滅されている。生き残りの総数は、多く見積もっても100体以下。その全てが地上に出てきているようなので、ここで撃破できれば、これ以上事件化することはない。
「生殖型ゾンビには『バベルの鎖を持たない』という特徴もある。そこでゾンビ撃破後、ゾンビがいたという物証を可能な限り回収、あるいは破棄してくれ」
バベルの鎖の効果が働かないため、物証を残せば残すほど、今回の事件が一般人に広まってしまうからだ。
情報を完全にシャットアウトする事は無理だと思うが、ゾンビの灼滅と同じくらい重要な任務だ、と杏は念を押す。
「もし数千の生殖型ゾンビが動き出していたら、一般社会を大混乱に陥れる事も絵空事ではなかっただろうな……。富士の迷宮最下層で奮戦してくれた皆にも、感謝しなければならないな」
セイメイの遺恨を断つために、もうひと踏ん張りして欲しい、と杏は依頼するのだった。
参加者 | |
---|---|
天鈴・ウルスラ(星に願いを・d00165) |
普・通(正義を探求する凡人・d02987) |
桃野・実(水蓮鬼・d03786) |
成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536) |
小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978) |
クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529) |
レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267) |
サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414) |
●北校舎の戦い
校門を抜け、校舎内に突入するなり、灼滅者達は散開した。互いの健闘を祈りあって。
桃野・実(水蓮鬼・d03786)と小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)が目指したのは、職員室。
ホームルームの準備中だった教員達に、生徒達が教室で待機するよう、放送を頼む葵。
しかし、まだゾンビ騒動はここまで伝わっていないようだ。相手にとっては、いきなりやってきた灼滅者達の方が不審者である。
仮に伝わっていたとしても、ゾンビをけしかけたのが自分達灼滅者だと、一般人に誤解されたら。実には、そんな懸念もある。セイメイが、そこまで織り込み済だったかどうかはわからないが。
やむなく、葵は王者の風の力を借りる事にした。無気力化した教員を伴い、放送室へと向かう。
葵と別れた実は、保健室の確保へと向かった。怪我人への対応として、重要なポイントになるだろうから。
同じ頃、ESPダブルジャンプで一足飛びに北校舎3階にたどり着いたピエロ……サイレン・エイティーン(嘘月トリックスター・d33414)。
この階は、卒業した3年生の教室ばかりで、人気がなかった。だが、空き教室の掃除にやってきた生徒達が被害に遭った可能性は高い。
案の上、とある一室で、サイレンは血だまりを発見する。
「現場はここみたいだね。あれ、何か見つけたの、アルレッキーノ?」
ウイングキャットに呼ばれて廊下に出ると、いきなりゾンビが視界に飛び込んできた。しかも、3体も。
全員、この学校の制服に身を包んでいる。転位してきた生殖型ゾンビの被害者だろう。
「3体だけ……他のゾンビはもう移動しちゃったのかな。ともかく、行くよアルレッキーノ!」
相棒と共に、サイレンがゾンビに立ち向かった。
その頃、天鈴・ウルスラ(星に願いを・d00165)は、北校舎2階を探索していた。
周囲に視線を走らせると、倒れている生徒が目に入る。首筋に噛み跡。助かるレベルの傷ではない。
「この辺りにゾンビの気配はない……南校舎、それとも1階に?」
いずれにせよ、とウルスラは、周囲の生徒に呼びかけた。
「倒れてる人には近寄らないで離れてね、撮影中だから」
「撮影?」
いぶかる生徒達だったが、ウルスラの小道具を見るなり、納得の表情になった。この学校の制服を着ていたのも、功を奏したらしい。
死体を動かし、人目のない所で手早く処理を行っていると、サイレンから連絡が入った。ゾンビとの遭遇。
「同じ北校舎……今行きます!」
死者の冥福を祈りつつ、ウルスラは駆けだした。
●南校舎の戦い
南校舎の探索も進んでいた。
1階は、クラウディオ・ヴラディスラウス(ドラキュリア・d16529)の担当。
そして2階と3階を担当するべく、一度は別れた成瀬・圭(キングオブロックンロール・d04536)とレオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)だったが、ほどなく再合流していた。
その理由は、無論、ゾンビである。しかも2体。
南校舎2階廊下には、既に死体が転がっている。いずれも噛み傷がある。まずい。
更にまずいのは、10数人の生徒達が、この光景を目撃している事だ。
その大半は何が起こっているかわかっていないようだが、被害者の友人らしき 生徒が、死体に寄り添って揺さぶっている。
圭は仲間に連絡を入れると、王者の風で生徒を誘導にかかった。
どうにも気分が沈むレオン。灼滅者に覚醒する時に体験した殺人ゲームを思い出したからだ。
だがそれをこらえつつ、レオンは、生徒達を手近な教室に押し込める。
「いいかい? 死ぬ気でここに立てこもっていてくれ。そうすれば――オレがこのくそったれた状況にケリつけるから。絶対に諦めるな。生きてりゃ勝ちだ」
そう告げ、ぴしゃりと扉を閉める。日常と非日常を遮断するように。
「よし、これ以上死ぬ奴は出させねえ!」
「ここで不毛な連鎖は、断ち切ってやろうかね」
殲術道具を解放し、ゾンビに立ち向かう圭とレオン。2対2なら、分は悪くない。
「ったく、胸糞わりい話だよな。オレがこの学校の普通の生徒だったらって思うと、ゾッとするぜ」
「全くだよ。うずめ様とかは流石に来てない……よな?」
一方、北校舎1階。
見取り図を手に、普・通(正義を探求する凡人・d02987)が校舎を端から調べていると、放送が響いた。
「生徒の皆さん、不審者が校内に侵入しました。廊下に出歩かず、教室内で待機してください」
どうやら、葵がうまくやったようだ。
ウルスラやサイレン、遅れて圭やレオンからも、相次いで接触の知らせが届いている。迅速に持ち場の探索を進めなくては……そんな通の耳に、悲鳴が届いた。
1体のゾンビが、今まさに教員に襲い掛かろうとしていたのだ。
「校内を不審者が徘徊しています! 教室に籠もっていてください!」
通の反応は迅速だった。廊下を行く生徒に呼び掛けると、ゾンビに断斬鋏を突き立て、教員から引き剥がす。
周囲に怪我人の姿は見当たらない。被害が出る前に遭遇できたらしい。不幸中の幸いである。
「スーツ姿……先生か、それとも、セイメイのとこから転位してきたゾンビかな?」
レーヴァテインでゾンビを焼きながら、推測する通。
だが痛覚などとうに失ったゾンビは、火傷に構わず、手を伸ばしてくる。
その腕が、見えざる壁に阻まれた。
クロ助を伴った実の、除霊結界だ。
「助かりました」
「もう1階にまで来てるなんて……ここで止めないと」
「ですね、来ますよ!」
自分を挟み撃ちにする2人と1匹に、ゾンビが牙を剥いた。
校舎各所でゾンビとの戦闘が起こる中、クラウディオも奮戦していた。
南校舎1階で、2体のゾンビと交戦中である。生徒達には既に避難してもらっている。
霊犬シュビドゥビが斬りかかった直後、クラウディオの十字光がゾンビの目と肉を焼く。しかし、シュビドゥビの体が、もう1体のゾンビに捕まった。
そんな霊犬の危機を救ったのは、駆け付けた葵だった。
「クラウディオ、無事か?」
「ええ、そっちは大丈夫だったのかしら?」
「ああ。死体がゾンビ化するとしてもまだ時間はあるはず……今は動いているゾンビを倒すのが先決だな」
葵は魔力を練り上げ、ゾンビ退治にかかった。
●二局の戦い
北校舎1階での戦いは、2対1と、灼滅者の方が優勢だった。
通の火炎蹴りがゾンビの背中に、実の流星蹴りが腹に炸裂する。
クロ助も交えたコンビネーションの前に、ゾンビは土塊に還っていく。
「これでまず1体ですね」
それから、先ほど襲われていた教員の無事を確認する通。
ゾンビに引っかき傷を負わされたらしく、おろおろする教員を、通と実が冷静に諭す。
「このくらいなら大丈夫ですよ」
「仮に噛まれていても、生きていればゾンビにはならない」
2人は、教員に生徒達を守るよう言い含め、再び探索に向かう。
その戦いから、遅れる事数分。南校舎1階での戦いも、決着を迎えようとしていた。
死とは重く尊いもの。そして、自分の役目は安らかに眠りゆく人を見送ること。葵はそう思う。
なのに、こんな形で命を落としてしまった人達と、仕方ないとはいえ遺体を討たねばならない現実に、悔しさが滲む。
何とかゾンビは灼滅できたものの、その様子は生徒達に目撃されていた。
ゾンビが倒されたのを見て、それまで我を失っていた生徒達が、思い出したように携帯端末を取り出した。SNSにでも投稿するつもりだろう。
「……これは、吸わないと、ダメかしら。ダメ、よね」
クラウディオが、奥歯を噛む。正直吸血捕食は、苦手だ。
しかし、外部に情報がもれるような事になれば、証拠隠滅は難しくなる。その事実が、クラウディオを苦しめる。
(「仕方ない仕方ない仕方ない仕方ない。これは仕方ない事、必要な事。好きで吸う訳じゃない、絶対に」)
だから、決意した。
記憶の処理を済ませると、クラウディオと葵は、トイレに死体を移動させる。それから、ゾンビ撃破の事実を、仲間に報告。
その連絡は、南校舎2階の圭とレオンにも届いていた。
「セイメイのクソ野郎が……!」
目の前のゾンビが自分と同年代の生徒だったかと思うと、圭も怒りを禁じえない。しかも、その元凶は、既に存在していないときている。
行き場のない感情……せめてこのゾンビを灼滅して、セイメイの凶行にケリをつけてやる。
そんな圭の決意を後押しするように、レオンのドグマスパイクが、腐肉をえぐった。
最も多くのゾンビを相手にしていたのは、北校舎2階のウルスラとサイレン。しかし、ゾンビをあと1匹まで追い詰めていた。
「全く、セイメイも厄介なの残してくれたよね。でも、これでハッピーエンドにしてみせる!」
サイレンに足を狙われ、ゾンビがよろめく。
もし被害者の死体が放置されていれば、新たなゾンビが誕生してもおかしくない頃合い。
それを心に留めつつ、ウルスラが高速の挙動で、ゾンビを貫く。遺体とはいえ、あまり傷を付けたくはない。
「悪いけど、もう死んだ子は素直に眠ってね? 黄泉へと送る列車の七不思議も、ちゃんとあるからさ!」
サイレンの七不思議奇譚が、『生きた死体』という矛盾を、冥府へと送り返さんとする。
そこへ、1階の確認を終えた通と実が駆け付けた。
これにはゾンビも、多勢に無勢。
遂に最後の1体も、あるべき場所へと魂を還したのだった。
●ゾンビクライシスの果てに
北校舎班と南校舎班は、互いに連絡を取り合うと、再び校舎内の確認に移った。
教室内から聞こえるざわめきから、混乱が校内全体に広がっていることを察する葵。急ぎ、死体の隠し場所を伝え合い、それらの処理にかかる。
「ここはオレの出番だな」
死体に走馬灯使いをかけていくレオン。ゾンビになるものは、効果を受けないはず……その推測は的中した。
反応のなかった死体を、優先的に処理対象にしていく。
「やれやれ、必要と解っていても気が滅入ります」
ゾンビ化防止策を施しつつ、ウルスラがぼやく。
通のサイキックの炎も、死体を浄化していく。傍らには、あらかじめ確保しておいた生徒手帳を添える。
死体の処理を済ませると、次は物証の消去。
圭は魂鎮めの風で、校内の生徒達を次々眠らせていく。皆と手分けして、通信端末を取り上げにかかる。
「大事なもんだろうけど、カンベンしてくれな」
小声で謝る圭。どう口止めしたところで、この人数だ。動画やメッセージの類は記録されているだろうから。
平行して、目撃者の記憶処理も行われた。
「……最低の気分、だわ。本当に、たまらない。本当に、面倒なものを残してくれたものね、セイメイは。本当に、もう」
記憶処理の吸血捕食を終えた安堵から、クラウディオを疲労感が襲った。血を得た以上に、ひどい嫌悪感が心身をさいなんでいる。
そしてサイレンが最後の教室を確認した頃、パトカーの音が聞こえてきた。やはり誰かが外部に連絡していたらしい。
「ダークネスと戦うならまだいいけど……国家権力相手は面倒だな」
思わず口をついた実の呟きに、皆が頷くのも無理からぬ話だった。
できる限りの事後処理を済ませ、ひそかに学校を脱出する一行。
人目をここまで気にしなければならない戦いは、これきりにしたいと思いながら。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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