セイメイ最終作戦~いつまでもいっしょ

    作者:六堂ぱるな

    ●ゾンビパニック
     校舎のあちこちにいたゾンビたちは、気付けば彼女たちを追って図書室に来ていた。
     泣きじゃくりながらドアにロッカーを立てかけ、椅子をドアノブにかませる。
    「手伝って! 開けられちゃうよ?!」
     廊下に面した扉にとびついて、美凪は声をはりあげた。
     泣き声をあげていた同じ図書委員の少女が、はっとして一緒にドアノブを引っ張る。
     と同時に廊下側からドアを引っ張られ、二人は悲鳴をあげた。
    「手伝って! ねえ!!」
     床に座り込んで泣いていた少女が、必死の形相で加勢した。なんとか扉を閉めると、ドアノブにカーテンを括りつけて書棚の足に縛り付ける。がたがたと揺れるドアに司書の机を寄せて当て、机の上に乗せてドアを塞ぐ物はないか室内を見回した。
     床に倒れてこちらを見ている霧香と目が合う。

     ううん、霧香は見ていない。
     喉に噛みつかれてあんな大きな傷ができて、息をしていないんだから。
     それでも、ゾンビが歩いているような場所に、幼馴染の霧香を置いてこれるわけがない。

     司書室の中には図書委員の女子が四人と、委員長の私。
     私がなんとかしなくちゃいけない。
     部屋の隅にある掃除用具入れを開けてモップを取り出し、美凪は泣きじゃくり床にへたりこむ女子たちを背に立った。
     まさか室内に、彼女たちを襲うものが既に入り込んでいるとは思わずに。

    ●バベルの鎖なきことは
     大型作戦の呼集が今日もかかる。先の戦いでの大勝利は既に学内でもちきりの話題だ。それに連なる呼集とあって、教室で待っていた埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)も普段よりは幾分晴れやかな顔をしていた。
    「まず、富士の迷宮戦における諸兄らの敢闘に心より感謝する。白の王セイメイ、海将フォルネウスの灼滅ばかりか、セイメイが用意していた数千体にのぼるゾンビを壊滅させるとは、快挙以外の何でもない」
     しかも迷宮は崩落したときている。再利用不可のこの上ない結末と言うべきだが。
     残念ながら、白の王の置き土産としか言いようのない事件が発生していた。
    「日本各地の高校の校舎に、数体のゾンビが突然現れる。そのゾンビは遭遇した生徒などを噛み殺し、ゾンビ化させつつ学校を制圧しようとしている」
     制圧しようとしている。ゾンビが?
     そんな空気になったのも無理はない。
     長い話になる、と前置きして、玄乃は持ち込んだお茶を一口飲んだ。
    「このゾンビは噛み殺した人間を同じゾンビにする。単体で増える特徴から仮に『生殖型ゾンビ』と呼称するが、こいつらは我々エクスブレインの予知を妨害する力があるらしい」
     理由は簡単。このゾンビは『バベルの鎖をもたない』からだ。
     おかげでエクスブレインも、ゾンビが現れる場所はわかるが、そこでどんな状況になっているかはわからない。少なくとも場所はわかっているので、灼滅者に急行して欲しいというわけだ。
    「無責任な物言いで申し訳ない。だが他に方法がない、宜しく頼む」
     ちょっと困った顔で、玄乃は一礼した。
     
     ゾンビは富士の迷宮の下層にいたものと同じと推測される。
     大した攻撃力はないが、噛み殺した人間をゾンビにするとネズミ算で増えかねないところが脅威だ。解決に手間どれば学生のみならず、周辺住民まで被害が出ることになるだろう。
    「幸いというか、『生殖型ゾンビ』の大多数は富士の迷宮で灼滅されている」
     残っていると思われる『生殖型ゾンビ』は100体に満たない。その全てが各地に現れていると思うので、ここで殲滅できれば今後の脅威を完全に払拭できるだろう。
    「バベルの鎖を持たないということは、証拠を残しておくと世間に噂が流れるという点が実に厄介だ。従ってゾンビの撃破後、可能な範囲でゾンビがいたという物証になるものを破壊するか、持ち帰って貰いたい」
     何しろ情報伝達齟齬も働かないので、証拠があるほど超常現象が明らかになってしまう。
    「無論完全に隠滅することは不可能だ。だが可能な限りの証拠の破壊か持ち帰りを願う。生存者には口止めも忘れずにな」
     行く先の高校の校舎見取り図を配りながら、玄乃は顔をしかめた。
    「厄介なものを五千体も、白の王とやらはろくな真似をしない。富士の迷宮で下層へ行った灼滅者諸兄は、実に直接的に日本を救ったな」
     見取り図が行き渡ったことを確認し、溜息をつく。そろそろ活動が活発になる何かを思い出したせいらしかった。
    「激弱ゾンビとはいえ、1体見逃せば30体になって帰ってくる手合いだ。くれぐれも油断のないよう、対応を願いたい」


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    殺雨・音音(Love Beat!・d02611)
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    鳴神・千代(ブルースピネル・d05646)
    奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    月影・黒(血に塗れた怨嗟の徒花・d33567)

    ■リプレイ

     ものごころついたときからいっしょだった。
     これからもそばにいるんだと思っていた。
     ――今日、この日までは。

    ●一
     西の空で落ちかける陽が雲をまだらの茜色に染めているさまは、胸騒ぎを誘う。
     今回は時間勝負、足首を回しながら無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)はポケットを確認した。事後対応の為のライターと煙草は用意してある。
    「セイメイの残した置き土産、ここできっちり片付けて縁を清算しないとね」
    「あの野郎、厄介なもん残しやがって……年度末の大掃除だ、証拠一つ残さず片付けるかね!」
     ビハインド・紫電を伴い、敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)が唸った。校舎を眺めた殺雨・音音(Love Beat!・d02611)が、けも耳をぴょこぴょこさせながら首を振る。
    「あんまり騒ぎにはしたくないけど、警察に始末して貰えるならそれがイイのかにゃ~。にしてもゾンビだって! 普通の学校でホラー展開は望んでないんだよ~ぶるぶる☆」
    「今回の敵は『市井の人々と超常の世界の境界』ね……この件、今後の私達に大きく影響しそうだわ」
     レスキュー隊のような橙色のツナギを着用し、縄梯子を抱えた稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)が嘆息した。無線機が作動していることを確認した鳴神・千代(ブルースピネル・d05646)が仲間を見回す。
    「じゃあ先行するね」
    「皆さんも気をつけて下さいね」
     千代と同じく先行組である奏川・狛(獅子狛楽士シサリウム・d23567)が仲間を気遣い、月影・黒(血に塗れた怨嗟の徒花・d33567)が平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)と時計を合わせる。
    「行くぞ」
     合わせが済むなり黒が駆けだした。晴香、狛、千代が続く。
     彼らを見送った和守は校舎見取り図に視線を落とした。
    「一般社会の平穏を壊さないためにも、奴らの存在は抹消せねばならん。彼女たちには、悪い夢を見たんだと思ってもらえれば良いんだが……どこまで誤魔化せるか」
     生存者はゾンビをあまりにはっきり見ている。同じ夢を見た、で済ませるには苦しい。それでも覆い隠さなくてはならないのだ。
    「考えても仕方ない、全力を尽くそう」
    「始めようぜ。今出てる被害を最後にするしかねえ」
     吐息をつく和守に、雷歌が頷いて駆けだした。

    ●二
     先行チームは校舎の裏側に回ると三階の窓を見上げた。
     図書室は三階の角、司書室はその隣だ。壁歩きを使ってのぼった晴香が窓ごしに見たのは、窓の前に固まっている四人の女子生徒。モップを持って扉に向かっている一人の女子生徒だった。扉ががたがたと揺れ、大きな亀裂が入る。
     即座に晴香は窓ガラスを割った。反射的に女子生徒たちが悲鳴をあげる。
    「はーい、お待たせ! レスキュー隊の登場よ!」
     窓から飛び込んできて縄梯子を下ろす晴香に、女子生徒たちが固まった。
     四人の女子生徒たちのすぐそばにひどい噛み傷のついた遺体がある。
    「助けなの?」
     美凪の問いに答えるより早く、何かが割れる不吉な音がした。椅子をかませて机を寄せた司書室の扉が割られ、亀裂をこじあけ身を乗り出した作業着姿の男が床に転がる。
    「ちぇっ……やっぱやらなきゃ、ダメなのね!?」
     封印を解くと同時、セクシーな赤いリングコスチュームに変わった晴香が美凪と男の間に飛び込んだ。男は異臭を放ち、土気色の肌は傷だらけだ。縄梯子を上ってきた千代が立ちすくむ美凪の傍らを駆け抜け、続いて転がりこんだゾンビに蹴りかかる。
     なんの武器もない二人が割って入ったことに驚き、モップを渡そうと美凪が前へ出かかるのを狛が止めた。
    「危ないですよ。後ろへ下がっていて下さい」
    「でも、あの人たち」
    「大丈夫ですから」
    「……『我が名は【怨嗟】』
     なだめる狛の横をすり抜けながら、黒が殺気のこもった声でカードを解放した。黒いコートを翻す手元に幾重にも捻れた柄が生まれ、その先に禍々しい血の紋を刻む三日月のような刃が現れる。守り切れぬなら堕ちる覚悟すらしてきた。
    「指一本触れさせるか!」
     裂帛の気合とともに『黒鎌・怨嗟』を振りかぶるや、まろび入ってきたゾンビをしたたかに切り裂いた。
     床に倒れた霧香を一瞥して千代は悲しい吐息を洩らした。校門からここまでで八分。霧香がゾンビと化すなら、もう時間はない。
    「千代菊、倒れてる人をそっちの端へ引っ張って!」
     主の意を受け、千代菊が霧香を美凪たちと離すように引っ張った。
    「霧香が!」
    「ごめんね、彼女を戦いに巻き込みたくないんだよ! 他に噛まれた人はいない?」
     ゾンビを蹴り倒しながらの千代の問いに、少女たちの視線が美凪へ集中する。制服の袖は破け、何箇所か噛まれているようだったが、生命には別条ない。
    「転身っ!」
     彼女たちを後ろに庇い、狛がカードを解放した。 
     関節部などに黄色い差し色の入った鮮やかな緑の装甲に覆われる。翻ったマントもシークヮーサーを思わせる表が緑、裏が黄色。そして頭部は沖縄の護り神、シーサー――獅子狛楽士シサリウムはひしゃげた扉からこぼれ出てきたゾンビの前に飛び出すと、がっしと着衣を掴んだ。勇壮なシーサーのオーラをまとい、一息に投げ落とす。鈍い音がして、ゾンビは動かなくなった。
    「何時かの将来の為の宣伝活動……になるかしら!」
    「ゾンビ相手ではホラー映画の宣伝っぽくなりそうでグース」
     ゾンビにエルボー・ドロップを見舞いながら営業を考える晴香にシサリウムが答えた時、扉の外に群がっているゾンビが薙ぎ倒される音がした。無線を聞いた千代の声が響く。
    「皆が来たよ!」

    ●三
     ゾンビたちを襲ったのは和守が放った弾丸の雨だった。直線の廊下をワークギアの脚部ローラー『戦闘靴2型改二』のダッシュで疾走してくる。最短時間で来れたのは、二人組で二手に分かれ校舎内を探索した結果、ゾンビが此処にしかいないと思われたからだった。
    「10分経過だよっ、霧香ちゃんがゾンビ化するならそろそろっぽいね~」
     鞭剣の乱舞でゾンビを切り刻みながら、時計を確認した音音が唇を尖らせる。
     反対側から雷歌と理央も駆けつけてきた。校舎内にある遺体の数と位置は見取り図に記入済みだ。校舎は一棟しかなくはぐれゾンビも見当たらなかったが、発見した遺体の多さに雷歌も苛立ちを隠せない。
    「行くぜ、オヤジ!」
     どうせ焼くことになるのだ、雷歌は掌から炎を噴き出した。炎風でゾンビが圧倒された一瞬、紫電が一体に斬撃を加え、真ん中に飛び込んだ理央が暴風すら生む回し蹴りを喰らわせる。ほとんどがその一撃でひしゃげ、動きを止めた。
     バベルの鎖がないと驚くほどにもろい。
     脚が妙な方向に曲がったゾンビが一体起きあがり、音音がぴゃっと声をあげた。
    「ばっちいからあんまり触りたくないにゃ~。他の人が燃やしてくれるならお願いしたいかも~」
     ちらっちらっと見ながらの、どこか憎めない音音に雷歌が苦笑した。
    「燃やすってそれ、俺特定じゃねえか」
     炎に包まれた愛用の斬艦刀『富嶽』を振り上げ、一刀のもとに仕留めた瞬間、雷歌を音音のダイダロスベルトがかすめてしなった。振り返ると、雷歌に襲いかかろうとしていたゾンビの腹を貫いている。インに滑りこんだ理央を覆う『戦人の闘気』が膨れあがり、とどめの拳撃を叩きこんだ。
     そして司書室の中では、恐れていた事態が起きていた。

     幼馴染が目の前で殺されただけでなく、ゾンビとして蘇り襲ってくる――そんな事態に直面させたくなかったのに。遺体を攻撃できなかった千代の目の前で、ゆっくりと霧香と呼ばれた遺体が起き上がる。
    「プロレスラーの『受ける戦い』が役に立ちそうね!」
     噛みつこうとする霧香を晴香が抑え込んだ。ゾンビを簡単に薙ぎ倒した彼らが何をするか、想像がついた美凪が狛にすがりつく。
    「幼馴染なの、やめて!」
    「お友達だったかもしれないけど、もう前までの霧香ちゃんじゃないんだよ。私たちはキミ達を守りたいから」
     酷いことをしてると思われても構わない。自分たちだって事故に見せかけて事態を隠蔽するのだから違いはないのだ。今生きている彼女たちを守るために、千代は腕を鬼のもののごとく異形化させる。
     その一瞬、狛がシークヮーサーの皮にしか見えない『アームドシークヮーサー』を起動して美凪の顔を覆った。
     霧香を受け止めていた晴香が跳び退くと同時、千代の腕が霧香を捩じ伏せる。起き上ろうとする背中に黒の鎌が深々と突き立ち、美凪に見えぬ間に、全ては終わった。

     学校に一般人が近づかないよう、黒が殺気を放つ。
     彼女たちにゾンビに遭ったことを忘れさせることはできない。それでも無残な死を迎えた霧香がゾンビと化した、という記憶は奪える。
     一行は生存者の少女たちを治療のため保健室へ入れた。ベッドのカーテンを引いて黒を潜ませた中に、狛が傷を診るといって美凪を連れこむ。同時に腕をとって引き寄せた黒が首筋に牙をたてた。声をあげる暇もなく、一瞬目を見開いた美凪が崩れ落ちる。
     このルーチンで残る四人の記憶と血も奪うと、彼女たちをベッドに寝かせて魂鎮めの風を吹かせた。意識を失った少女たちには千代が付き添い、一行は事後処理を始める。

    ●四
     結局ゾンビは10体、司書室の前にいるので全てだった。明らかにこの学校内の関係者ではない様子の3体が、迷宮から転送されてきたゾンビらしい。それらに噛まれて死亡した、教師らしいスーツの中年男性一人と学校の制服を身につけた男女の生徒が7人。
     校内の最終確認に行った音音と和守が戻ってきた。
    「校門のとこについてた防犯カメラはダミーだったよ~」
    「隅々まで確認した。もうゾンビも遺体もない」
     遺体を抱えてきた和守が、ゾンビだった遺体と並べる。ゾンビにならなかった遺体は15体で、累々たる屍を前に音音がしょんぼりと肩を落とした。
    「助けられなくて、ゴメンね」
     遺体を家庭科室に集めて火をつける予定だったが、司書室の扉が破壊されているので変更せざるを得なくなった。遺体に理央が焼死の『偽死化粧』を施していく。
     あとは死体を念入りに焼いて、ゾンビの襲撃という事実を葬り去る。
     そして生存者の口止めだ。代表して晴香が口を開いた。
    「私達は、世界を密かに支配する強大な敵と戦うレジスタンスよ。今回の事件も、その敵の企みの一環よ」
    「……冗談、ですよね?」
     少女の一人が放った言葉には、死者が出たことも何もかも、全てが冗談であってほしいという願望がみてとれた。無理もない。だから見るからに一般社会にない技術で作られたワークギアを身に付けた、和守が語を継いだ。
    「我々が普通でないことは見たらわかると思う。戦いは現実なんだ」
    「でももし皆が今日の事を広めてしまえば世間がどれ程混乱するか、想像してみて。だから今日の事は他言無用と約束して普通の生活に戻ってほしいの」
    「今回の被害者は煙草の失火で亡くなったものとなるように処理する。君たちも気が付いたら火事が起きていて避難したと、証言してもらいたい」
    「そんなこと……!」
     思わず女子生徒たちが声をあげた。美凪も例外ではない。ゾンビが出たこと、他に被害が出ないよう警戒を呼び掛けて貰うべきだという彼女たちの主張は尤もだ。
     だがそれこそ、灼滅者たちが避けねばならぬことだった。
    「今回の事、公的組織に伝えたら、生存者の君達がゾンビにならないか実験動物レベルで徹底的に調べられるだろうね」
     不意に理央が切り込んだ。思いがけない、けれど考えたらありそうな話に少女たちが顔を見合わせる。意図が充分伝わったとみた理央は語調を和らげた。
    「君達は火災に気付いて逃げた、それで全て丸く納まるよ」
    「代わりになるかわからないけど、私も皆に一つ約束。私は今日そうだった様に、これからもずっと皆の味方よ。どんなに苦しくても、貫いて魅せるから、ね」
     穏やかに言葉を重ねる晴香を美凪は見返した。気遣ってくれた狛、戦い身を挺して守ってくれた千代に、黒。駆けつけてきてくれた和守や音音、雷歌、理央。
    「ごめんね」
     目を赤くした千代が呟く。
     ――自分が霧香を失ったような悲劇が他の人に起こらないよう、この人たちが防いでくれるのだと。何故かわからないけれど、そう信じようと、美凪は思った。
     そっと晴香が差し出した小指に、涙をこぼした美凪が自分の小指をからめる。
    「約束、よ」
    「ええ」
     晴香が頷いた。

    ●五
     少女たちには晴香と狛、音音、黒が付き添って校舎を出た。和守が中心になって司書室に死体を運びこみ、理央と千代が細々と手伝ってまわる。
     雷歌が斬艦刀の刃を左手で無造作に握ると、滴る血が炎を噴き上げた。
    「これだけの被害者やゾンビを焼くには、結構な量の血が必要になるよ。大丈夫?」
    「炎は俺の十八番だぜ?」
     笑って理央に返したものの、恋人になんて言い訳をしたものか考えると頭が痛い。
    「この前がっつり怪我して心配かけたんだけどな……まあこれは必要な分だし。仕方ない、よな?」
     問われた紫電がうーんといった顔で首を傾げた。
     それにしても遺体の処理とは、つくづくいい気分のする作業ではない。
    「バベルの鎖……これまで、どれだけこの存在に頼り切っていたか考えさせられるな」
     吐息をついて和守が呟く。自分たち灼滅者が干渉することで、いくらかでも広がるはずだった情報がバベルの鎖で阻害されることを祈るしかない。
     炎が遺体を呑みこむ。目を逸らさずそれを見て、千代は祈らずにはいられなかった。
    (「犠牲になった人たちが安らかに眠れますように」)

     紅く染まるうろこ雲まで届くような、黒い煙があがる。
     消防車のサイレンが近づいてくる中、立ち去る一行の背中を図書委員の四人と美凪は見つめていた。校門の前に立っている彼女たちを消防車に乗った署員が見つける。
     非日常の終わりを、サイレンと滑りこんでくる赤い車体が告げた。

     なぜかつらい別れの瞬間はよく思い出せないから。
     これからは変わることのない笑顔の記憶がともにある。
     私たちはいつまでも、いっしょ。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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