イフリートの川下り

    作者:波多野志郎

     ドドドドドドド……、と滝が落ちる音が鳴り響く。
     そこそこ大きな滝だ。高さにすると十メートル程度だろう――自然の中にある滝だからだろう、雨が降れば色々な物が流れてくる。
     落石、流木、そして――。
    『ガル――!?』
     ――イフリート。いや、これはこの滝の歴史でも初めてだろう、多分。
     ドボーン! と豪快な水音を轟かせ、ジュワ! と水面から激しい水蒸気を立ち昇らせながらイフリートは自分が落ちた滝を見上げる。
    『ガル……』
     自分の背よりも高い。その赤い瞳を後方に向ける。そこにはまだまだ先へと続く浅い川があった。
    『ガルルゥ』
     とりあえずイフリートは川を下る事にしたらしい。水蒸気を立てながら、川に添って歩き始めた……。

    「ただし、その川を下っていくと人里にたどり着く……それだけは笑い話にならないぜ?」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は渋い表情でそう言うと細かい説明を始めた。
     ヤマトが未来予測で察知したのはダークネス、イフリートの行動だ。いつもはもっと山の奥にいるイフリートが足を踏み外して滝から落下、どうやらそのまま川を下り始めてしまったらしい。
    「行動からもわかるように理性的な行動は行わない。その代わり、圧倒的な破壊力と殺戮欲を持っているのがイフリートだ。もしも人里にたどり着けばその本能のまま破壊を行うだろう……それだけは、許す訳にはいかない」
     イフリートは川を下ってきている。なので、ある一点で待ち受ければ自然と遭遇出来る。ヤマトは黒板に張った地図にペンで丸をした。
    「ここに、今は使ってないキャンプ場跡地がある。ここなら広い平地だし、障害物もない。真正面から迎撃できるはずだ。イフリートはお前達を見つければそれこそボールにじゃれつく犬のように襲い掛かってくるであろう」
     そんな予言風に言われても困る、という灼滅者達を置いてヤマトの説明は続く。
    「このイフリートはファイアブラッドのサイキックを使って来る。その図体に見合ったタフさと意外に機敏な動きを併せ持ってるから、数の上で勝ってるからと言って油断はなしだぜ?」
     ダークネスの戦闘能力は総じて高い。このイフリートもその例にもれず強力な個体だ。全員が力を合わせてようやく勝機が見える、その事を忘れないで欲しい。
    「敵は強敵ではあるが、チームワークをもってあたれば勝てない相手じゃない。強さだけが勝敗を決する訳じゃないとこを見せてやれ」
     頼むぜ、灼滅者! とヤマトはいい笑顔で締めくくり、灼滅者達を見送った。


    参加者
    暮松・雪奈(舞い落ちる炎・d00111)
    ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)
    宇佐・兎織(リトルウィッチ・d01632)
    七枷・陣(殺人衝動に苛む迷い子・d02305)
    白鐘・衛(白銀の翼・d02693)
    大場・縁(高校生神薙使い・d03350)
    六徒部・桐斗(雷切・d05670)
    黒須・司馬(夜を越える・d07485)

    ■リプレイ


     穏やかな昼下がり。山から涼しい風が吹くキャンプ場跡で宇佐・兎織(リトルウィッチ・d01632)が歓声を上げた。
    「おー、高い高ーい♪」
     はしゃぐ兎織を肩車して白鐘・衛(白銀の翼・d02693)はふと森の一点を見て、その異常に気付く。
    「お-きたきた。チビすけ見えっか~?」
    「はっ!」
     衛の指摘に兎織も森から立ち昇る水蒸気に気付いた。あの森の中、川沿いにイフリートが下ってきている証拠だ。
    「よーし、行くのだ白鐘号! はいよー」
    「って、こらマフラーつかむな!? ……ったく、しゃぁねぇなぁ」
     マフラーを手綱のように操る兎織に、悪態をつきながらも白鐘号は小走りで仲間達の元へと駆け寄った。
    「イフリートだと言うのに水浴びとは……妙な違和感を禁じ得ないね、君」
     玩具のパイプをくわえ、ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)が重々しくこぼす。それに内心の恐怖が和らいだのか、小さく微笑み大場・縁(高校生神薙使い・d03350)が言った。
    「滝から落ちてきたイフリート…。話を聞くだけだとちょっぴり間抜けで可愛いかなって思っちゃいますけど、人里に辿り着いたら大きな被害が出てしまいます……」
     ぜ、絶対に止めないと……、と縁が決意を固めた頃、ついにその巨体が姿を見せた。
    『ガル……』
     川から水蒸気を上げて歩いて来たのは、一体の巨獣だった。燃える毛皮を持ち、強靭な体躯、ねじれた角と真紅の瞳を持つ神話存在だ。
    「あれが私の宿敵……」
     小さく息を飲み、暮松・雪奈(舞い落ちる炎・d00111)がイフリートを見上げた。その命の息吹が感じられるほど近くに存在する巨獣の存在感は圧倒的だ。それでも雪奈はロケットハンマーをしっかりと握り締め、一歩前へと出る。
    「……そうね、大きい相手ほど殴り甲斐があるってものね」
     雪奈は感じるプレッシャーを速やかに闘志に変える――その横で黒須・司馬(夜を越える・d07485)がスレイヤーカードを手に言い捨てた。
    「散歩はここまでだ。悪く思うな、犬っころ――ローディング」
     解除コードと共に司馬はガンナイフを構える。
    「起きろ」
     同じく解除コードを唱え六徒部・桐斗(雷切・d05670)は足元に影をうごめかせ、刀を手にした。
     灼滅者達がそれぞれの武器を手に構えたのを見て、イフリートは小さく小首を傾げる。その赤い瞳で灼滅者達を眺めると、ハッと気付いたように地響きを立てて駆け出した。
    (「……俺は上手くやれるんだろうか?」)
     七枷・陣(殺人衝動に苛む迷い子・d02305)は解体ナイフの握る手が震えるのを感じていた。初めて相対するイフリートという強大な敵への恐怖がある。
     だが、何よりも自分の中に眠り殺人衝動を抑えきれるか? 自己との闘争、その恐怖もあった。
     それでも怯まず、陣は仲間達と共に巨獣を迎え撃った。


    「よし、やってやろうぜ?」
    「うん、白鐘号もしっかりな!」
     衛が肩の上から兎織を降ろす頃――イフリートは真っ直ぐに陣形を整えた灼滅者達の元へ飛び掛ってきた。
     前衛のクラッシャーに雪奈、ディフェンダーに縁と陣、桐斗、中衛のキャスターに兎織、ジャマーに衛と司馬、後衛のメディックにポーといった布陣だ。
    『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートがその燃え盛る拳を振り下ろす――そのレーヴァテインの重い一撃を構えたWOKシールド受け止めて、桐斗が強く踏み止まった。
     体中が軋みを上げる。受け止めながらもその衝撃だけで細胞という細胞が消し飛ばされそうな――そんな錯覚を受ける凶悪な一撃だった。
    「……ふぅ、ようやく目が覚めた」
     そう桐斗は言い捨てると受け止めた拳をいなすように横回転、その巨大な拳を吹き飛ばすようにシールドバッシュを叩き込んだ。
    『グル!?』
    「戦闘開始だな……っと」
     マフラーをなびかせ衛がガンナイフを構え、引き金を引いた。腕を弾かれ体勢を崩したイフリートの膝へと銃弾を命中させる。
    「どんな叩き具合か、試させてもらうわ」
     そこへ雪奈が跳躍する。肩担いだロケットハンマーがロケット噴射で加速する――大上段のロケットスマッシュが轟音と共にイフリートの頭部を強打した。
    「……いった」
     殴ったハンマーを握る手に痺れが残る。雪奈は着地するが、見上げれば直撃を受けたイフリートはボリボリと頭を掻いているところだった。
     まるで今受けた猛攻も蚊に刺されたようなものだ、という仕種だ。しかし、一つの声がそれを否定した。
    「回復は僕に任せておきたまえ、各自役目を果たせば問題は無い」
     ヒーリングライトの暖かな光で桐斗の傷を癒し、ポーがニヤリと笑う。熊のきぐるみ姿の少年はどこまでも冷静だ。
    「そうですね、効いていないはずはないんです」
    「あぁ、確実に自分がすべき事をするだけだ」
     縁がWOKシールドでイフリートの膝を殴り、司馬の赤い逆十字がその巨大な拳を切り裂く。そして、自分の足をしげしげと眺めるイフリートの仕種に兎織がどこか興奮したように言った。
    「おー、真っ赤なわんわんみたいなイフリートなのだ……? じゃあこっちもわんこで対抗するんだよっ!」
     兎織の足元から影が伸びる――猟犬のように変化した影がイフリートの足に喰らいつき、影縛りによってその動きを阻害する。
    「こいつを人里に降ろしたら大変な事になる。ここで絶対止めないと……!」
     かすれた呟きと共に陣はその目にバベルの鎖を集中させ、預言者の瞳で自己強化する。
     イフリートはわずらわしげに腕を振り回すと灼滅者達へと襲い掛かった。


     その剣戟が遠く山に木霊する。
    「私の炎が負ける気なんてしない――負けるものですか!」
     雪奈の炎に包まれたロケットハンマーがイフリートの胴へとめり込んだ。だが、それすらもイフリートは受け止める。
    「本当に頑丈だな、こいつ!」
    「わんわん対決でも負けないのだっ!」
     右足をガンナイフのナイフを巧みに使い衛が零距離格闘で切り裂き、左足を兎織の影業が猟犬の姿を取り死角からその牙を振るった。
     そこへ、ダブルジャンプで高く跳躍した桐斗が頭上からシールドバッシュを頭頂部に叩き込み、そのまま押し込んだ。
    『ガル!?』
     ズン……! とイフリートが地面に叩き付けられ転ぶ。だが、巨獣の立て直しは速い――右拳で地面を殴りつけるとその反動ですぐに起き上がった。
    「――そこだ」
    『グルル……!?』
     その着地点を読んで、ガンナイフに影を宿して司馬がその胸元を斬りつける。イフリートが怯んだように唸るそこへ陣が解体ナイフを振るい、イフリートの背中をティアーズリッパーを切り裂いた。
    (「……いける」)
     ギュ、と陣が自分に言い聞かせるようにナイフを握る手に力を込めた、その瞬間だ。
    「来るぞ!? 君!!」
     ポーの警告は前衛に向かって放たれたものだ。イフリートは両手を掲げ、手中に生じたその炎の奔流を足元へと叩き付けた。
    「だ、大丈夫……ですか?」
     バニシングフレアの炎を搔き分け、縁がソーサルガーダーのシールドを陣に張り回復させながら訊ねた。
     しかし、それに陣は答えない――その口元に皮肉げな笑みを浮かべ、言い捨てた。
    「ハッ……駄犬が。調子に乗るな」
     クルリ、と解体ナイフを左右の手の間で器用に踊らせ、陣が言い捨てた。
    「さて本日はお日柄も良く、脱童貞にうってつけだね。 人じゃなく駄犬なのが片手落ちではあるが……文句言える立場じゃない。せいぜい、いい悲鳴で死んでいけ」
    「やれやれ」
     その豹変振りを見てポーは肩をすくめる。しかし、その冷静は視線は戦況を有利と踏んでいた。
    (「チームワークの勝利だね」)
     イフリートは強大だ。一撃の破壊力に秀でたレーヴァテイン、広範囲の対象を飲み込みバニシングフレア、加えてフェニックスドライブという回復手段も揃っている。
     灼滅者達は一人一人では力及ばないだろう――だが、それぞれが役目を負い、それを果たす事が出来れば強大な単騎と互角以上に戦えるのだ。
    (「怯えてたらみんなを守れないよね……」)
     縁が内心で覚悟を決める。口には出せなかったが、縁はイフリートを恐れていた。破壊と殺戮の本能に突き動かされる暴虐の獣、神話の存在である巨大生物――もしも一人であったならば、決してこうして立ち向かう事など出来なかったはずだ。
     独りではないという確信が、縁から震えを消していく――そして、その時はついに訪れた。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
    「……くッ、抜かった……犬が熊に噛み付くつもり――」
     イフリートがポーへとバニシングフレアの炎を放とうとした――その軌道上に縁が立ちはだかる!
    「させ……ません!」
     縁が炎の奔流へシールドを叩きつける――バシュ! と空中でバニシングフレアが相殺され、弾けて消えた。
    「まだキャンプファイアーの時間には早いんだよっ!」
     兎織の影の猟犬がイフリートの足に噛み付く――その動きが止まった瞬間を狙い、雪奈が燃え盛るロケットハンマーをフルスイング――レーヴァテインをその腹部へ叩き込んだ。
    「灰も残さず消えるといいわ」
     ゴウ! とイフリートが炎に包まれる。そこへモコモコと腕を変形させポーが駆け込んだ。
    「お返しだよ!」
     ポーの鬼神変がイフリートの顔面を打ち抜き、大きくのけぞらせた。ザッ、と踏み止まったイフリートへ司馬がセイクリッドクロスでその胸を十字に切り裂いた。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
    「お一つ涼しいのはどうだ!?」
     そして、そこへ衛がその掲げた右手を振り下ろす――ビキビキビキ! と燃えるイフリートの体が衛のフリージングデスによって凍り付いていく。
    「――――!」
     そこへ刀の柄に手を伸ばした桐斗と解体ナイフを逆手に構えた陣が駆け込んだ。
     桐斗の鋭い踏み込みからの居合い斬りがイフリートの胴を深く切り裂き、死角へと回り込んだ陣が解体ナイフを振り抜く――!
    「黄泉路へ潔く……疾く逝くがいい。汝、斬死に処す……!」
     ヒュオン、と陣がナイフを振るい血を払う――その直後、イフリートの巨体が前のめりに崩れ落ち、その巨体がゴウ! と一気に燃え上がった……。


    「また一つ、事件が解決されたのだよ、君」
     玩具のパイプをくわえポーがそう満足気に呟くと、仲間達もようやく一息ついた。
    「最期まで燃え続けるんだ。イフリートとしては本懐かもな」
     燃え尽き、灰も残さなかったイフリートを思い出し司馬がそうこぼす。衛も軽く伸びをして言った。
    「やー敵とはいえ、ガチれる奴は嫌いじゃぁねぇなぁ……ま、負けてたら被害出てたかもだけど」
     そう、これで被害は出さずにすんだのだ――そう笑みがみんなにこぼれた時、縁が不意に呟いた。
    「イフリートも元は人だったのでしょうか……?」
     ダークネスとはそういう存在だ――それは理解している。しかし、感情はそう納得してくれないのだ。
     その疑問に、桐斗が更に問いを重ねた。
    「どうして人を殺してはいけないのですか?」
    「……え?」
    「後学のために聞いておきたくて」
     どこか眠そうな、しかし真っ直ぐとした桐斗の視線に縁は困ったように小首をかしげ、言葉を選ぶように言った。
    「――わかりません。ただ、人だったのであれば無事に闘いが終わったら、次は安らかに生きて頂けるように祈りたいです……。破壊をする為に失われる命だなんて……そんなのって悲しいです……」
     その返答に桐斗は一つうなずきを返すだけでその話題を切り上げた。自分の変貌振りに凹んでいた陣も考え込むような仕種を見せる。
    「……三百円分のおやつ、あげるのだ」
     兎織が食べるのを楽しみにしていたおやつをイフリートへと捧げた。それに、仲間達も黙祷を捧げる。
     イフリートによる犠牲者は出さずにすんだ――そして、救えた命もあったのだ、と……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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