●壊れていく日常
「帰りにどっか寄ってかない?」
お腹減っちゃったと少女が苦笑する。
「いいよー、どこ行こっか」
携帯をいじりながら、答えたもうひとりの少女の足が止まった。突然空き教室から出てきた三人に瞳を見開いた。
「え? なにそれ? すごーい!」
特殊メイクを終えた三人の生徒に向かって感嘆の声をあげた。すると隣の空き教室からも、四人の生徒が出てくる。
何かに噛まれた痕は本当にリアルだ。
「誰にやってもらったの?」
自分たちもやってみたいと楽しそうな声をあげた少女が突然悲鳴をあげた。近寄ってきた名演技の生徒に拍手をしていた少女が噛み付かれたのだ。
ひどい音と同時に、鉄の匂いが広がる。
「あ、あぁ……」
腰が抜けて廊下に座り込んだ少女が何とか這いつくばって逃げようとする。しかしそんな少女にゾンビたちは噛み付いていく。
「きゃぁあ!」
たまたま通りかかった少女と少年が、広がる光景に恐怖の声をあげた。その声に反応したゾンビたちは、逃げようとする二人を捕まえて咬み殺す。
動かなくなった四人を残して、ゾンビはさらなる獲物を狙って歩き出す。ゾンビたちがいなくなってしばらくしてからだった。
四人の中の一人が動き出す。少年だったものは、ゾンビたちと同じように獲物を求めて徘徊を始めた。
●高校のホラー化を止めて!
「富士の迷宮は大勝利だったよ!」
白の王セイメイや海将フォルネウスは灼滅され、セイメイが準備していた数千体のゾンビを壊滅させた。当然ながら、白の王を失った迷宮も崩壊した。
「でも喜んでばかりもいられないんだ」
笑顔だった須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)の表情が曇る。日本各地の高校で、白の王セイメイの置き土産ともいえる事件が発生してしまったのだ。
校舎に現れたゾンビは生徒を噛み殺し、噛み殺した生徒をゾンビ化しつつ学校を制圧しようとしている。噛み殺した者をゾンビとする性質から、このゾンビを仮に『生殖型ゾンビ』と呼ぶことにする。
生殖型ゾンビは、まりんたちエクスブレインの予知を妨害する力があるらしく、事件現場の状況はわからない。
「でも事件が起こる場所だけはわかったんだ」
急ぎ現場に向かって、事態を収拾して欲しいのだ。
「現れるのは、富士の迷宮の下層にいたものと同じみたい」
強力な敵ではないが、噛み殺した者をゾンビとする能力は脅威でしかない。放っておけば、次々に数を増やしていくだろう。
生徒だけではなく周辺の住民までゾンビ化してしまう。
「大多数の生殖型ゾンビを、富士の迷宮で灼滅できたのが幸いしたよ」
生き残った生殖型ゾンビの数は100体以下だ。そしてその全てが地上に出てきていると推測できる。
ここで全ての生殖型ゾンビを撃破することができれば、この脅威を完全に払拭することができるだろう。
「あと、可能な限りでのお願いなんだけど……」
バベルの鎖を持たないという特徴を持つ生殖型ゾンビだけに、物証が残れば残るほどゾンビのような超常現象が表に出てきてしまう。そのため、可能な限り物証を持ち帰るか破棄してもらいたいのだ。
完全に情報を遮断することは不可能だが、可能な限りの隠滅をお願いする。
「もし5000体の生殖型ゾンビが現れたら……って考えると、最下層に向かってくれたみんなが、結果的に日本を救ってくれたのかもね」
そして今回の事件を解決することで、生殖型ゾンビから完全に日本を救い出して欲しいと、まりんがみんなにお願いするのだった。
参加者 | |
---|---|
ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689) |
初食・杭(メローオレンジ・d14518) |
ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671) |
灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765) |
ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187) |
レティシア・ホワイトローズ(白薔薇の君・d29874) |
アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299) |
蓬野・榛名(陽映り小町・d33560) |
●屋上から……
「全く、セイメイの遺作がまさかB級ホラーのようなものだとはな……」
下駄箱で仲間と二手に分かれて、階段を駆け上りだしたルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)が口にする。
「陽気な黒人枠が必要だったな、残念だ」
大真面目に呟いたルフィアの言葉に蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)が銀色の瞳を細める。
「むぅ……高校をホラー化なんてさせないのです」
見取り図はしっかり頭に入っているが、見慣れない校舎に榛名はもしもを想像してしまう。もしも灼滅者に覚醒していなかったら、この高校に通う生徒のように普通の生活を続けていたのだろうか……。
ふとそんなことを思って、榛名は微かに首を振った。そんなことを考えても仕方がない。
「わたしは、わたしが出来ることをするのです」
自らを奮い立たせるように呟いた榛名が、階段から廊下に踏み出して手前の教室の扉を開けた。開けてもらった扉から教室に飛び込んだ初食・杭(メローオレンジ・d14518)が息を飲んだ。
教室の中は、全く人の気配がしない。けれど、そこには確かに人がいた。
「助けられなかった……」
動かなくなった生徒の体を見た杭が悲しみに襲われる。椎名も自分の足が震えるのがわかって、必死に自分は灼滅者だと心の中で言い聞かせた。
「立つ鳥跡を濁さずって言葉を知らないのかしら?」
セイメイも面倒なものを残してくれたと、ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)が小さく息を吐いた。
「徹底的に浄化してやらんきゃ」
被害にあったことは気の毒に思うブリジッドだが、噛まれた相手に躊躇することはない。
「時間は待ってくれないよ」
ブリジットに声をかけられて、杭は大丈夫と頷いた。
「まだ生きてる人いるもん、こんなとこで、泣きべそかいてる場合じゃねーよな!」
周りに生存者がいないのを確認した杭が、その炎で燃やした時だった。
「きゃぁあー!」
廊下から響いた悲鳴に、全員が瞬時に反応する。恐怖に震えた女子生徒が、廊下で震えていた。
そしてその前には男子生徒がいるが、血に染まった体には噛み跡がある。
「はいはーい、助けに来たよ!」
颯爽と跳躍したブリジットが、女子生徒と男子生徒の間にふわりと着地する。
「あ、あ……助けて!」
思わずしがみつこうとする女子生徒に、ブリジットが首を振った。
「死にたくなかったら、私たちの邪魔はしないでね」
そうしないと君もゾンビになってしまうからねと、ブリジットが瞳を細めると女子生徒は伸ばした手を止める。
その間に廊下を蹴ったブリジットが殴りつけるのと同時に魔力を流し込んだ。内部から起こった爆破で吹き飛んだ体目掛けて、ルフィアが飛び出す。
さらに殴りつけ魔力を流し込み、続けて内部からの爆破を引き起こさせる。ふたりの攻撃に転がった体が、そのまま動かなくなった。
「大丈夫ですか?」
目の前で起こったことがどれも信じられない女子生徒は、榛名の言葉に微動だにしないのだった。
●階下から……
チリン、チリンと鈴の音を響かせながら歩いていた灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)が足を止めた。
「醜悪ですね、美しくない」
廊下にはふたりの女生徒とひとりの男子生徒が横たわっている。三人をこんな姿にした生殖型ゾンビのことを考えたひみかが思わず呟いていた。
噛まれた後から流れ出ていた血もすでに流れていない。近くの教室の扉は空いていて、中にも遺体があることが血の匂いでわかった。
時間を戻すことはできない。事前に防いであげたかったと、ひみかが瞳を伏せる。
そんなひみかの隣で、アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)が微かに眉を寄せた。
「最後まで厄介ごと残していきましたね……」
下駄箱から二手に分かれて一階から校内を見て回っていたアルルーナの声には、イラつきが微かに含まれている。ひみかとレティシア・ホワイトローズ(白薔薇の君・d29874)が、足に炎を纏って遺体を焼いていく。
「すぐに後を追う」
レティシアが死因を加工しながら三人に声をかけた。ゾンビの発見が遅くなれば遅くなるほど、被害は増していくのだ。
頷いたふたりが二階に向かって階段を駆け上がるのだった。その間、箒に乗って外から偵察していたヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)が瞳を見開いた。
そして二階に駆け上がった仲間がいる窓のそばに近寄った。
「角を曲がったところにいるよ」
声をかけなら箒のスピードを上げて、開かれた窓から廊下に着地する。そして魔法光線を発射して、ゾンビと化した生徒を撃ち抜いた。
そしてうめき声をあげている生徒の前に立つ。襲いかかってきたゾンビが、ヴィントミューレの体に噛み付こうと手を伸ばす。
「いくで! 私の七不思議、其の四! 願いを叶える桜の妖精!」
駆けながら姿を変えたアルルーナが、身を低くして一気に跳躍した。ヴィントミューレに噛み付こうとしていたゾンビに迫る。
「どこの誰だか知らんけど、手加減は出来へんからなっ!」
言いながら殴りつけるのと同時に魔力を流し込み、アルルーナがゾンビを内部から爆破させた。
「右舷、いい子。行きましょう」
ウイングキャットの右舷に声をかけたひみかがバサっとマントを翻して、その身を投じる。それに合わせて右舷がゾンビに攻撃を仕掛けた。
大きくバランスを崩したところに、ひみかの飛び蹴りが炸裂する。廊下を転がったゾンビの体が、壁にぶつかって止まった。
動かなくなったことを確認したヴィントミューレが、倒れている女生徒の傷を見る。
「これで回復すれば……」
そして呻いていた女生徒に向かって、鋭い裁きの光条を放つ。女生徒の呻き声が消えて、傷が癒されていく。
目の前で起こっていることが信じられずに、瞳を見開いたこの女生徒がゾンビ化することはもうない。
「あ、あの……」
灼滅者と転がっているゾンビを見て、女生徒が戸惑った声をあげる。そして状況を把握することができずに震えるのだった。
●合流
ヴィントミューレが傷を癒し終えるのと同時にレティシアが仲間に追いついた。さらに三階から四人が下りてくる。
そのそばには、三人の生徒が身を寄せていた。
「上はもう大丈夫です」
全ての場所を確認してきたことを榛名が仲間に告げる。
「残りはこの先だ……」
この先だけだと告げようとした言葉をアルルーナが止めた。教室から校舎に不釣合いな姿をしたゾンビが出てきたからだ。
そばにいた生徒たちから、悲鳴があがった。咄嗟に杭がウイングキャットのネコマタに生徒を守らせた。
「このような不愉快な物が歩き回る光景など真っ平御免なのでな」
言いながら剣を構えたレティシアがゾンビの懐に滑り込む。
「余の剣で刻んでやろう」
緋色のオーラを宿したレティシアの剣が、ゾンビを斬り裂く。同時にビハインドのレギオンが攻撃を仕掛けた。
ふたりの連携にひるんだゾンビを、杭の影が大きく口を開いて飲み込んだ。さらにルフィアが、正確な斬撃でゾンビの急所を切断した。
糸が切れたように、ゾンビが床に崩れ落ちる。
「もう一体いるみたいよ」
言いながら駆け出したブリジットが横に飛び壁を駆けて、後に続いて現れたゾンビに炎を纏った蹴りを決める。予想にもしてなかった場所からの攻撃だったのだろう。
ゾンビがふらついて足をもつれさせるが、そのままブリジットに噛み付いた。不愉快そうな表情を見せたブリジットが思い切り蹴飛ばして、ゾンビを自分から遠ざける。
「回復するのです!」
声を出した榛名が、すぐに帯を射出させてブリジットの傷を癒していく。その間にまた口を開いたゾンビを狙って、ヴィントミューレが魔法光線を放つ。
衝撃にひるんだゾンビの後を追って、ひみかが駆けた。炎を纏ったひみかの蹴りがゾンビをとらえるのと同時に、再び姿を変えていたアルルーナが飛び出してとどめをさす。
「こういう汚れ仕事、好きじゃないんですけどね……」
不愉快そうに呟きながら、アルルーナがさらに奥の扉を開けた。教室の中には、ふたつの体が転がっている。
「もう、助けられないのです」
そばによって息を確認した榛名の足が再び震えだす。
「ただの人形でも目視されれば生きるのに、これは本当にただの残骸」
榛名の横に立ったひみかが呟いた。
「生きていたはずなのに」
遺体に感慨はないひみかではあるが、その声は少し悔しそうに……残念そうに響くのだった。
●事件の後で
「非現実的すぎるよな……こんな超常現象、受け入れて信頼してくれ、なんて言えねーよ……」
いまだに混乱している様子の四人の生徒を前に、杭が呟いていた。
「不運であったと済ませるにはちときついかもしれんが……悪いな」
言いながらレティシアが、ひとりの生徒の首の血を吸った。その光景にパニックになった三人を、みんなで押さえる。
四人の血を吸ったレティシアが時間を確認する。
「携帯は破壊し処分させてもらうよ」
吸われてから十分前後の記憶が曖昧になるのを利用して、ブリジットが携帯を取り出していく。それをヴィントミューレとルフィアが破壊する。
「これが限界だろう」
可能な限りの物証を片してきたルフィアが戻ってきた声をかけた。
「では、行きましょう」
長居は無用だと、その場を離れるアルルーナの後に榛名も続く。ずっと自身を奮い立たせていた榛名だが、一般人の命が危険に晒されるのを目の当たりにしたのは初めてだった。
高校のホラー化を止めることができてほっとした気持ちと同時に、足が震える感覚が蘇る。
「放火騒ぎ程度に見せかけられたかしら?」
首を傾げたブリジットが高校を振り返った。
「どうでしょう」
その問いの答えを探すように、ひみかも振り返る。無事に生殖型ゾンビを倒すことができた。
守れた命もあるが、失われた命はもう戻ってこない。
「どうか安らかに」
囁いたひみかの声が、静かに響くのだった。
作者:奏蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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