恋し恋しや母の髪

    作者:篁みゆ


     お母さんはどうして帰って来ないの?
     聞くとお父さんはいつも怒る。でもそのあと悲しそうな顔をするから、あたしはもう聞かないことにしたの。自分でお母さんを探すことにしたの。
     電車通学をしている梨羽(りう)はまだ少し大きなランドセルを背負ったまま、駅のホームにあるベンチに座っていた。きょろきょろと視線を動かして、行き交う人達を見る。
    (「お母さん、今日は帰ってくるかな……」)
     足をぷらぷらさせて、母を待つ。これが最近の梨羽の日課。どうせ家に帰っても、自分でランドセルにつけてある鍵をつかって玄関を開けるしかない。父親は仕事だ。だから梨羽は、夕方の帰宅を促すチャイムが鳴るまで駅にいる。一回駅員に声を掛けられたことがあるから、時々待つ場所を変えることにした。
    (「隣のおばさんは、奥さんに逃げられて可哀想ってお父さんの事話してたけど……」)
     梨羽は母親が戻ってきてくれるのを待っている。自分を迎えに来てくれると信じている。
     ドクンッ。
    (「え……?」)
     日課をこなしていたこの日、突然梨羽の心臓が強く脈打った。ベンチに腰をかけていただけなのに、突然。
     湧き上がる今までにない衝動が、梨羽の心を這いまわっていく。
     彼女は知る由もないが、今まさに彼女の母親がヴァンパイアになったのだ。遠く、彼女の知らぬ所で。
    「お嬢ちゃん、気分でも悪いの? 大丈夫?」
     胸を抑えて顔を上げると、優しそうな女の人が梨羽の顔をのぞき込んでいた。お母さんと同じ長い髪が、列車がホームに入ってくる風に揺れる。
    「……あのね……」
     梨羽の小さな唇が、誘いの言葉を紡ぎだす。

     数分後、梨羽は女性と手をつないで改札を抜けた。
     その後、その女性は二度と駅に現れなかったという。

    「皆様、来てくださりありがとうございます」
     灼滅者達が姿を見せると、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は立ち上がり、頭を下げた。
    「闇堕ちしてヴァンパイアになりかけている少女を助けていただきたいのです」
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし彼女は元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
    「彼女が灼滅者の素質を持つのならば、闇落ちから救い出してください。けれども完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に灼滅をお願いします」
     少女の名は松波・梨羽(まつなみ・りう)。東京郊外の私立小学校の一年生だ。
    「梨羽さんは家を出てしまったお母さんの帰りを待っています。学校の帰りに、最寄り駅で」
     けれどもどこか遠くで彼女の母親がヴァンパイアになってしまったことで、彼女も同時に闇堕ちしてしまった。
    「梨羽さんは気分の悪そうな彼女に声をかけてきた女性を駅の裏手に誘い込み、その手首から吸血しようとしています」
     母親と同じ長い髪が、母を探す彼女の心を大きく動かすのだろうと姫子は言う。
    「梨羽さんは自分に心配そうに声をかけてきた、髪の長い女性を誘います。気分が悪いので家まで付き添ってくれないか、そんなふうに甘えるでしょう。そして、一緒に改札を出て、駅の裏手の寂れた広場まで連れて行って手首から吸血します」
     広場にはかつて売店だった建物などがあり、あまり整然としていないが戦闘に支障はない。身を隠す場所もあるだろう。
    「人混みに紛れて駅のホームから追跡するか、事前に広場で隠れて待ち伏せするか、どちらを選んでも大丈夫です」
     もしも誰かが一般人女性より先に声をかけて囮となるならば、ひとり、かつ髪の長い女性ならば大丈夫だろう、姫子は言った。勿論、条件を満たすように変装するのも良い。年齢にこだわりはないようだが、ある程度梨羽より年上に見える方が更にいいだろう。彼女は母性を感じたいのだろうから。
    「梨羽さんはダンピールの能力相当の攻撃をしてきます。彼女の力は強力です。けれども説得が成功していれば、彼女の力を弱らせることができます」
     ふう、と姫子は小さく息をついて。
    「梨羽さんは寂しさを、母親を求める心を母親と同じ長い髪の女性の血を吸うことで満たそうとしています。彼女自身はまだ幼いため、その衝動が悪いことだと上手く理解できていないでしょう」
     小さな女の子の説得は難しいかもしれない。理詰めでは納得させられないかもしれない。
    「少し難しいとは思いますが……皆さんを信じています」
     姫子はひとつ、頷いた。


    参加者
    一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)
    春川・暁奈(ペパーミント・デイブレイカー・d03813)
    久野儀・詩歌(絞めて嬲って緩めて絞めて・d04110)
    天河・蒼月(月紅ノ蝶・d04910)
    天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417)
    月雲・螢(とても残念な眼鏡姉・d06312)
    神爪・九狼(中学生ファイアブラッド・d08763)
    茨井・青葉(蒼い霹靂・d09117)

    ■リプレイ

    ●幾筋もの思い
     昼が夕方へと表情を変えようとしている頃。電車から降りたのは小さな子供をつれた母親や、小学生が多かった。ところどころに見える中高生は部活動をしていないのか授業が早く終わったのか。時間的にお年寄りやサラリーマンは少ない。
     ホーム数カ所に置かれているベンチのひとつに、ランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶった少女が座っている。電車が風を連れてホームに入ってきても乗る様子はない。電車が風と共にホームを去っても動く様子はない。足をぷらぷらさせて親子連れを目で追って、自分の足を見てぷらぷらさせて。
     その様子をホームで遠巻きに見ていた一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)と天河・蒼月(月紅ノ蝶・d04910)は胸が潰れそうな想いだった。
    (「僕も母さんが大好きで、だけど今は離れて暮らしているから、彼女の気持ちはよくわかる。ううん、梨羽ちゃんは僕よりずっと小さくて、お母さんの居場所もわからないんだからもっとずっと寂しいよね」)
     時折動く視線が親子連れと髪の長い女性を追っているのが切ない。蒼月はきゅっと通話中にしたままの携帯を握り締める。
    (「しかも、お母さんは……」)
     見れば見るほど切なさが増して、そっと目を伏せる。 
    「螢が動いた」
     暦の冷静な声で蒼月は顔を上げる。視線を梨羽に向けると、視界に入ってくる長い銀色の髪があった。
     暦とて梨羽の気持ちはわかる。幼少の頃は両親が不在がちで、兄はいたけれども寂しい思いは抱いていたから。けれども暦は知っている。傍に誰かいれば、それは薄れるということを。だから、それを梨羽にも知ってもらいたい。
     二人は携帯を握りしめたまま、少女が長い髪に母を見るのを見守っていた。

     結っている長い髪を下ろし、屋根のあるホームに横から差し込む日差しを受けながら月雲・螢(とても残念な眼鏡姉・d06312)はゆっくりと歩んだ。目標は螢の数メートル先のベンチに座っている。
     少し緊張しているだろうか、自然な形になるようにと意識して一歩一歩近づく。ああ、梨羽が胸を抑えた。螢は足を早め、他の人が彼女と接触する前にと梨羽の前へとしゃがみこんだ。
    「お嬢ちゃん、大丈夫かしら?」
    「……あ、あたし……」
    「気分でも悪いの? 背中さすりましょうか?」
     そっとランドセルと背中の間に手を入れて、ゆっくりとさする。自然近くなった距離に、梨羽は何を感じただろう。
    「まだ気分が悪いかしら?」
     螢が顔を覗きこむと、梨羽はどこか遠いところを見るような瞳で、ホームに入ってきた電車の起こす風になびく螢の長い髪を見つめていた。
    「……うん、少しだけ」
     その瞳がうっとりとした色に変わる。梨羽は螢と視線をあわせ、恥ずかしげに俯き、あのね、と続ける。
    「あたしのお家、近いの。でも……どこかでもっと気持ち悪くなったら、どうしたら良いのかわからないから、お姉さん、その、一緒に来て欲しい……」
     照れるように俯いて呟かれた言葉。少し顔を上げて上目遣いに「だめ?」と懇願する瞳。それは吸血衝動を満たすためだけではなく、誰かに甘えたいという純粋な心が大部分を占めているのではないかと思われる。螢は優しく梨羽の頭を撫でて。
    「いいわよ。送って行ってあげるわ。歩ける?」
    「うんっ! ……手、繋いでくれる?」
     返事の代わりに綺麗な手を差し出して、微笑む。梨羽はひょいっと立ち上がり、頬を染めて小さな手を重ねた。その手を優しく握りしめ、梨羽の歩調に合わせて螢はホームを歩き出す。このままいけば例の広場に着くはずだ。

    ●遣る瀬無い思い
    『螢が梨羽と接触。移動を開始。後数分でそっちに着くから準備お願い』
    「了解」
     手にした携帯電話から伝えられたのは囮作戦成功の連絡。暦の冷静な声を受けて茨井・青葉(蒼い霹靂・d09117)は携帯を耳から離す。隣の春川・暁奈(ペパーミント・デイブレイカー・d03813)を見れば、同じ連絡を蒼月から受けたようだった。
    「あぁー……遣る瀬ねぇーな」
     青葉はその遣る瀬無さをどこかに吹き飛ばすかのように、パック入りのクランベリージュースの残りを一気にズズッと吸った。母親が恋しい気持ちはわからないでもない。
    (「俺だってそれで闇堕ちしかけたりしたんだったし、なぁー」)
    「帰って来ない母親の帰りを待つ……か」
     青葉の言葉に釣られるようにして、ため息のように想いを吐き出したのは天樹・飛鳥(Ash To Ash・d05417)。切ない話ではある。
    「でも、一般人に被害が出るのは正直見過ごせないよ」
    「そうね。やろうとしたことはちゃんと叱ってあげないとね」
     久野儀・詩歌(絞めて嬲って緩めて絞めて・d04110)には母が恋しいという気持ちは正直良くわからない。両親との思い出はなく、梨羽と同じ年の頃には殺しの訓練をさせられていたからだ。けれども幸せな記憶がある故に、失ったそれを求めているというのはわかる。それがほんの少しだけ、羨ましい。
    「多分、今どんな気持ちで過ごしているかとか誰かに聞いてもらいたいんじゃないかな」
    「そうだね、小さい子なんだもんね。小さい胸に色々しまいこんじゃっているんだよね」
     あんな小さい子まで闇堕ちさせてしまう……その事実が苦しくて。でも暁奈は心に強く誓う。絶対助けてみると。
    (「ンー暇だな」)
     待ちくたびれたとばかりに神爪・九狼(中学生ファイアブラッド・d08763)はあくびを噛み殺した。一応今までかわされていた会話は耳に入っているので、まもなく暇でなくなることはわかっている。
    「お子様の説得とか、そういうデリケートなことはお嬢さん方にお任せしちゃう」
     軽く言ってみたが彼の中の本能のようなものが告げている。遠慮容赦は一切無用。というかナメ過ぎるとこっちが死ぬ、と。
    「来たようだぜ」
     広場に入ってきた二人連れ見える。青葉はジュースの空きパックを握り潰し、投げ捨てた。

    ●君の心を聞かせて
    「お姉ちゃん、あたしのお家こっち、こっちだよ!」
     螢の手を引っ張る梨羽は笑顔で足早だ。とてもさっきまで気分が悪かったようには見えないが、螢は「ちょっと待って」と早足で彼女についていく。
    「どうしたの?」
     そんな梨羽が広場の一角ではたと立ち止まったので、螢はその覗きこむように腰を落として。
    「……あたし、喉乾いちゃった」
    「じゃあ、ジュースでも……」
    「ううん」
     自販機を探して立ち上がった螢の手を、梨羽がぐいっと引っ張る。思いの外それが力強くて、彼女の中のヴァンパイアの片鱗を見た思いだ。
    「……お姉ちゃんの手、白くて綺麗ね。美味しそう……」
     梨羽が螢の手首に顔をうずめるようにした――その時。
    「そこまでにしておいた方がいいと思うよ」
     さっと姿を表したのは詩歌達、隠れていた五人。その声に梨羽はびくんと反応して、顔を上げた。
    「それをしたら、帰れなくなる。君まで居なくなったら、お父さんが悲しむよ」
     駅の方角から姿を表したのは蒼月と暦。気がつけば囲まれている。
    「あ、あたし……」
     なぜ自分が囲まれているのかわからないといった表情の梨羽。まだまだ幼いその愛らしさは彼女の生来のものなのだろうが、ダークネスは上手く利用しているようだ。
    「寂しかったのよね……辛かったね」
    「一人で待つのは、さみしいよな」
    「!?」
     繋いだ手を離さずに目線の高さを合わせる螢。嘘は吐かない、その気持で声をかける青葉。
    「な、なんで知ってるの!?」
    「聞かせて欲しいんだ。君の事を」
     驚いたように視線をせわしなく動かす梨羽に、暦が静かに告げた。それはもう我慢しなくてもいいよの合図。
    「あたし、は……お母さんが、寝てる間にいなくなっちゃって、大好きなお母さんで、帰って来なくて……」
     話に筋道が通っていないのは溢れ出る涙のせいか、それとも小さな心にいっぱいに詰め込まれていた寂しさのせいか。
    「大好きなお母さんが急にいなくなったら寂しいよね」
     飛鳥が梨羽の心を整理するように頷く。灼滅者達は最初は能力を解放せずに説得を試みることに決めていた。それも相手が7歳と幼いことから理詰めではなく、彼女の心情を吐露させてそれに同意する方向で行く事にしている。
    「お父さん、怒るし……お母さん、どうして帰って来ないか教えてくれないし、……近所のおばさんたち、変なこと言うし……」
    「そうだね、それじゃあ随分、不安だったよね」
     子供は大人が思っている以上に大人の言葉の雰囲気から色々なものを感じ取っている。静かに蒼月が告げると、梨羽はこくんと頷いた。その拍子に瞳に溜まった涙がこぼれ落ちる。
    「あたしどうしていいか、分からなくて……お母さんを追いかけたいけど、学校にいく電車しかわからないから……」
     だから彼女は家の最寄り駅で母親の帰りを待つしかできなかったのだ。だれも母親がいなくなった理由も行き先も教えてくれない。それは梨羽のためなのかもしれない。けれども彼女が本当に望んでいるのは違う。
    「梨羽さんは偉いねぇ」
     すっと前に出て梨羽と視線を合わせるように屈んだのは詩歌。涙に濡れた彼女の瞳をじっと見つめて。こういうのはあまり得意とはいえないが、できるだけ優しい対応を心がける。
    「今まで我慢してたのだろう?」
    「そうよ。私だったら我慢できなかったかもしれない」
     螢が合わせるようにして、指で彼女の涙を拭う。
    「お母さんって、特別なんですよね。他のどんな人にも代わりは務まらない……とてもつらくて寂しい毎日だったと思います」
     暁奈が横から梨羽の顔を覗き込むようにして続ける。その言葉に頷きかけた梨羽だったが。
    「でも、それはお父さんも同じなんじゃないでしょうか。お母さんだけでなく梨羽さんまでいなくなってしまったら、お父さんは今よりももっと悲しい気持ちになると思いますよ。梨羽さんはそれでもいいんですか?」
    「お父さん……」
     びくっ。問われ、梨羽の身体が一瞬震えた。そして彼女の表情は拗ねたような、頬をぷーっとふくらませたものになる。
    「お父さんは、あたしにお母さんのこと教えてくれないもん。意地悪だもん。確かに、ちょっと寂しそうだけど……でも」
     父親のことは嫌いではない、けれども母親の方が梨羽の中で存在が大きいのだろう。どちらかを取るならば母親。彼女の中では両親は天秤にかけなければいけないものになっているようだ。普段ならともかく今の状況では無理はないだろう。
    「ごめんなさい、お父さんの寂しさ、梨羽さんは十分わかってますよね」
     暁奈が慌てて謝れば、梨羽は頬をふくらませるのをやめて渋々頷いた。
     九狼はというと、任せるといった通りに一同の輪の後ろの方で説得を見守っていた。ただし戦闘になればすぐに飛び出せる心づもりで。今のところその兆しはないが……。
    「なあ、梨羽。俺たちも一緒にいちゃ駄目か?」
    「え? お兄ちゃん達一緒にいてくれるの?」
    「ああ。でも俺たちが一緒にいるにはちょっとした条件があってな」
     青葉は頭をかくようにして言葉を選ぶ。嘘は吐かないけれど、恋しい母親がダークネスになってしまっているという真実はせめて今ここでは伝えたくない。
    「梨羽の中にいる悪い者を退治しなきゃいけないんだよ」
    「血が欲しくなった、違う?」
     飛鳥と暦の問いに梨羽は素直に頷いた。今も、と小さく付け加えて。詩歌が後を引きとった。
    「それは悪いことなんだよ。だからそんな気持ちにさせる悪い者を退治しないとねぇ」
    「悪いのいなくなったらお母さん、帰ってくる? いいよ、悪いの退治して!」
     両腕を広げる梨羽にかける適切な言葉の判断に迷う。だが灼滅者達は迷って機を逃すようなことはなかった。

    ●灼滅
    「善悪無き殲滅(ヴァイス・シュバルツ)」
    「忌わしき血よ、枯れ果てなさいッ……」
    「get set」
    「現状把握、行動を開始するよ!」
     凛としたはっきりとした声の暦、切なさを帯びた螢の声、空気に刻むように呟かれた青葉の言葉、そして指を鳴らす仕草とともに高らかに響く飛鳥の声。それぞれの言葉で能力を開放していく。
    「このままやられて……たまるか」
    「!?」
     と、梨羽の瞳が昏くなり、絞りだすような声で喋り出した。梨羽の中のダークネスがあがいているのだろう。だが、梨羽は説得に応じている。ダークネスは本来の力を持たぬだろう。
     梨羽はピアニカケースに緋色のオーラを宿し、九狼を狙った。だがそれを暁奈が無理矢理身体をねじ込んで代わりに受ける。
    「……もしかしたら、梨羽さんの気持ちを受け止めてくれる人が周りにいなかったのかもしれませんね。この攻撃のひとつひとつが梨羽さんの気持ちなら、私はいくらでも受け止めてみせますよ……!」
     暁奈の傷は深くはない。最初に動いた螢は明らかに手加減した攻撃を与える。暁奈は小さな子を全力で殴ったことはない。故に少し気後れしてしまう。けれどもためらっている場合ではないと判断した。が、説得が効いていると思うとやはり手加減をしてしまう。
    「痛い痛い、やめてぇ」
     梨羽の姿でそう訴えられると思わず手が止まってしまいそうになる。だが最初から彼女に全力で当たるつもりだった九狼は揺らがない。手加減していては彼女の中のダークネスは消せない。
    「しかしだなぁ、ここでしっかりしないと、君は速やかに面白おかしな変死体へと早変わりするわけだ」
     九狼の体内から噴出した炎が巨大な刀に宿り、梨羽に叩きつけられる。その炎は彼女をも燃やす。
    「だがここで生き延びて、更に運が良ければ母親と再会することも有るかもしれない。小さな体で大変だろうが、ここが正念場だと俺は思うよ」
     苦しそうに声を上げる彼女を見て、九狼は思う。実際に再会したら悲惨なことになりそうだが、と。
    「僕たちは君を倒したいんじゃない、助けたいんだ!」
     殺人鬼の力は怖いけど、この力を誰かのためにだけ使うと決めた蒼月の攻撃。
    「安心して……峰打ちだから」
    「手加減というのは中々に難しい物だねえ」
    「私達と一緒に行こう梨羽。君の寂しさを私達に分けて欲しいんだ」
     それでも手加減をする飛鳥と詩歌。語りかける暦。皆の優しさが、梨羽を包む。けれどもこのままでは梨羽を徒に苦しませるだけだ。梨羽が正気を取り戻すことを祈り、皆で攻撃を仕掛ける。
     とどめを刺したのは、九狼の一撃だった。

    「がんばったね」
     目覚めた梨羽を螢が抱きしめて。精神的疲弊から「母親って大変だわ」と思わず小さく呟いた。
    「俺たちと一緒にいるなら学園の事を説明しないとな」
     青葉が梨羽にもわかるように説明をして。時折詩歌が言葉を挟む。
    「理想的な展開になってよかったな?」
     九狼が軽く言えば、程度の差こそあれ皆が表情を緩めた。
     幼い梨羽が立ち向かわねばならぬ未来は厳しいかもしれない。でも今は、少しでも寂しさを和らげてあげられれば……そう思う灼滅者達であった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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