セイメイ最終作戦~非日常の侵食

    作者:佐和

     それは、教室の窓から見下ろせる中庭に、早咲きの桜が彩りを添え出した時期。
     いつも通りに授業を終えて、いつも通りに吹奏楽部の活動を始めようとした、夕暮れ時。
     練習の為に音楽準備室にある楽器を持って移動し始めたそこに、7体のゾンビが現れた。
    「あれ? 今日あの空き教室、演劇部が使うんだったっけ?」
    「すごーい。あれ、特殊メイクとか言うやつ?」
     最初は皆、本物だなんて思わなかった。
     私だってそうだ。
     ゾンビの中に、よく見かける演劇部の仲良し5人組の姿があったし。
     破れた服に虚ろな瞳、顔色が悪いを通り越した不健康そうな肌の色。
     そのリアルさを感じながらも、お化け屋敷くらいの印象しかなかった。
     でも。
     すぐにゾンビが私達に襲い掛かってきて、それが虚実ではないと思い知らされる。
     一番前にいた杏ちゃんが噛みつかれて、皆の悲鳴が上がって。
     隣にいた柚が、楽譜の入ったバインダーでゾンビをばしばし叩いて。
     桃先輩が近くの教室から箒を持ってきて振り回して、でも噛みつかれて。
     誰かが泣きながら倒れた人の身体を引きずって逃げる。
     混乱した中で、私もわけがわからないまま、皆と一緒に戻るように逃げて。
     そこに残ったままだった部員にも状況を伝えて、部屋の扉に鍵をかける。
    「杏ちゃん……起きてよぉ。やだよぉ」
    「しっかりしてよ柚。ねえ。ねえってば!」
    「どうして? どうして桃先輩がこんな……」
     その後ろで、何とか引きずってきた3人に数人が縋りついて泣いていた。
     私も泣きたかった。
     高校に入ってから2年間一緒に頑張ってきた柚。
     可愛い後輩で、いつも元気で笑顔だった杏ちゃん。
     しっかり者で頼れる桃先輩。
     さっきまで普通に話してて、笑い合っていた仲間達。
     それが今は、床に横たわってピクリとも動かない。
     3人とも、噛み傷さえなければ、寝ているかのようにも見える。
     扉の向こうに近づいてくるゾンビの足音を聞きながら、私は呆然と立ち尽くした。
     
    「ゾンビ、高校に現れる」
     教室に集まった灼滅者達に八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)は告げる。
     本当は、富士の迷宮での大勝利を伝えるはずだった。
     白の王セイメイや海将フォルネウスを灼滅することができ、さらに、セイメイが準備していた数千体のゾンビを壊滅させ、迷宮も崩壊した、先の突入戦の結末。
     だが、その続きとも言える事件が起こってしまったのだと言う。
     各地の高校に突如ゾンビが出現し、生徒などを噛み殺してゾンビ化させているのだ。
     放置すれば高校がゾンビに制圧され、近隣住民にも被害が広がるだろう。
     しかし、人をゾンビ化させるゾンビ、というのは今までいなかった。
     それが発見された場所と報告があったのは、つい先ほど。
    「迷宮の下層にいた……『生殖型ゾンビ』って、とりあえず呼んでる」
     俯き加減に秋羽は事件の繋がりを告げる。
     そう。高校に現れたゾンビは、セイメイの迷宮から現れたものなのだ。
     被害が各地に及んでいるのは、迷宮の転移機能であると思われる。
     そして、秋羽は地図を広げ、1つの高校を示した。
     もっと詳しい場所と状況を、と求める灼滅者だが。
    「……予知、うまくできない。場所しか、わからない」
     秋羽は珍しく未開封のお菓子の袋をぎゅっと握って俯いた。
     エクスブレインの予知を妨げる何かが、生殖型ゾンビにはあるのかもしれない。
     それでも事件が起こるのは確かだからと、秋羽は灼滅者達に依頼する。
    「生殖型ゾンビ……バベルの鎖、持たないから、サイキック以外でも、攻撃できる。
     でも、バベルの鎖、持たないから、情報は伝えられる」
     懸念するのは、ゾンビが増えてしまうことはもちろん、倒した後のこともある。
     情報が伝達されてしまえば、混乱は必須。
     それを防ぐためには、可能な限り早急に事件を収め、物証を消す必要があるだろう。
     幸い、迷宮で確認された数千体の生殖型ゾンビのうち大多数は、富士の迷宮突入戦で灼滅されている。
     今回、各地の高校に現れたものが生き残りの全てと思われるため、ここで全て撃破できれば、生殖型ゾンビの脅威は完全に払拭することができそうだ。
     事件を小さく抑えられたという意味でも、先の突入戦は大勝利だったのだろう。
     だからこそ、今回の後始末はしっかりと。
    「セイメイの置き土産……よろしく、お願いします」
     秋羽は灼滅者達をじっと見据えてから、ぺこりと頭を下げた。


    参加者
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)
    ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)
    夕凪・真琴(優しい光風・d11900)
    霧島・サーニャ(北天のラースタチカ・d14915)
    アイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)
    ヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)
    ルティカ・パーキャット(黒い羊・d23647)

    ■リプレイ

    ●境界
     そこは、普通の高校だった。
     下校する数人の生徒が楽しそうに横を通っていく。
     運動着姿の生徒が次々に校庭の方向に向かい。
     窓越しに見える廊下にも、行き交う生徒が多数見える。
     校門から垣間見えた本当に普通の光景に、志賀野・友衛(高校生人狼・d03990)はぐっと奥歯を噛んだ。
    「行きましょう」
     だからこそ、とヴィア・ラクテア(ジムノペディ・d23547)は声をかける。
     そして笑顔のまま頷いた橘・彩希(殲鈴・d01890)と共に、校舎内へと走り出す。
     一刻も早く、その場所へと辿り着く必要があるから。
     友衛も、誰かに呼び止められないよう念のためにと殺界形成を展開しつつ後を追った。
    「あたし達も行こっか」
     続いて、アイリス・アレイオン(光の魔法使い・d18724)がふわりと宙に浮く。
     応える代わりにというかのように、ジンザ・オールドマン(オウルド・d06183)と霧島・サーニャ(北天のラースタチカ・d14915)も空へと舞った。
    「気を付けてください」
     地を行く3人と空を行く3人。
     双方へと夕凪・真琴(優しい光風・d11900)が気遣う眼差しと声とを向けた。
     今回、エクスブレインの予知が上手く働いていない。
     ゆえに灼滅者達は、事件が起きている可能性の高い場所に急ぐ者と、そこへ向かいつつ他の異変を探る者とに分かれることにした。
     真琴は、後者。
     仲間達の背が見えなくなるより前に、こちらも動き出さねばと、もう1人残ったルティカ・パーキャット(黒い羊・d23647)へと振り向いて。
     2人は揃って旅人の外套で身を隠す。
     そして校舎内を急ぎ足で進んで行った。
     こちらに気づかぬまますれ違うのは、笑顔の生徒達。
     寄り道の話に盛り上がっていたり。
     部活へと急いでいたり。
     図書室の本を抱えていたり。
     足取り重く職員室に呼び出されていたり。
     そんなあまりにも日常のままの光景を見て、真琴は囁く。
    「セイメイさんの新型ゾンビの被害はここで終わりにしたいです」
     本当は1つの被害も出したくなかったけれども、それは叶わないから。
     ならばせめて、と真琴は決意を込める。
    「ゾンビハンターじゃ、とでも言えば納得されるかとも考えたが……」
     ルティカは歩きながら実際にゾンビと相対した生徒達への対応も考え中らしく。
    「あまり事を大きくしないためには、ゾンビを広めてはいけませんものね」
    「難しいのぅ」
     零れた意見に苦笑すると、ルティカが悩むように腕を組んだ。
     周囲への警戒は怠っていないが、そんな会話が交わせるほどに校内は普通そのもので。
     だからこそ向かう先の非日常を思うと胸が痛む。
     でも、無線機に異常なしを告げて、真琴は前へと、非日常へと進み行く。
     ルティカの手元で、ストップウォッチが校門からの時を静かに刻んていた。

    ●侵食
     まずその現場に辿り着いたのは、空から向かった3人だった。
     覚えた地図の通りに中庭を突き抜け、音楽準備室の窓をコンコンと叩く。
    「Quiet.これ以上怖い目が嫌なら、騒がないように」
     集まった視線の前で、ジンザは人差し指を立てて静かにのジェスチャーを見せる。
     だが、室内の生徒達は顔を強張らせていた。
     3階の部屋の窓の外に人が飛んでいれば、驚きもする。
     しかもそれがヘルメットで顔を隠していれば尚更だろう。
     それを見たサーニャは、代わりにと前へ出てにっこりと笑いかけた。
    「窓を開けて欲しいでござるよ」
     同年代の少女の笑顔は、ラブフェロモンの効果も重なり、生徒の1人に願いを聞き届けてもらうことに成功する。
     音楽準備室内に入るなり、ジンザはまず素早く状況を確認。
    (「死者3名。生存者は8名、ですか」)
     そのまま廊下側へと駆け抜けて。
    「失礼、お嬢さん」
     扉の前に立つ少女をそっと押しのけ、鍵と扉を開ける。
     目の前に、先ほど押しのけた少女と同じ制服を着たゾンビが立っていた。
     悲鳴が上がる中で、ジンザはゾンビを蹴り押しやりつつB-q.Riotの銃撃を放つ。
     続いたアイリスは、水晶の剣を非物質化させてゾンビへ斬りかかった。
     サーニャも窓を閉めてから廊下へ向かい、月の光の如き一閃でゾンビを後退させる。
     2人と入れ替わるようにジンザは再び室内へ戻り、倒れた3人を抱え上げた。
    「杏ちゃんっ!」
    「桃先輩に何するの!?」
     非難の声に、サーニャはゾンビと相対しながら顔だけを生徒達に向けて。
    「すまぬが救護のため移動させるでござるよ」
    「怪我人優先。ごめんね」
     アイリスも続けて声をかける。
     その間に、怪力無双を使ったジンザは3人を廊下へと運び終えて。
    「柚……っ」
    「こちらから開けるまで、閉じていてください。出来れば、全部忘れて」
     近くにいた、先ほど押しやった少女にそっと告げると、扉を閉ざした。
    「これで中の8人は大丈夫ね?」
     アイリスがサウンドシャッターを展開しながら確認すると、勿論とジンザが頷いて。
    「この学校の生徒達を、迷宮にいたあのゾンビ達の様にはさせないでござるよ!」
     笑顔を消したサーニャが鋭くゾンビを睨み据える。
     彼女は富士の迷宮の下層部で見たのだ。
     横たわる数多の死者達を。
     そしてそれが『生殖型ゾンビ』として動くのを。
     目の前にいる7体のゾンビはその時と同じ者。
     いや、同じなのはそのうちの一部、破れたスーツを纏う2体だけ。
     残る5体は、揃いの女子制服を着ていた。
     足元に横たわる、先ほど音楽準備室から移動した女子生徒の遺体と同じ服を。
     既に出てしまった犠牲。
     しかしこれ以上は増やさせないと、サーニャは顔を上げる。
     だがアイリスは足元を見て、3人の遺体に剣を向けて。
    「そこまでしなくてもいいだろう」
     廊下を走ってきた友衛の声に、手を止める。
     生殖型ゾンビに噛み殺された者はゾンビ化する可能性が高い。
     ならゾンビ化して敵となる前に、と考えるのは、戦術としては有効だ。
     とはいえそれを抵抗なくできるわけもなく。
    「警戒はちゃんとしておきます」
     すぐに現れたヴィアも、重ねるようにそう告げて。
     彩希がひょいと肩を竦めて見せる。
    「んー、わかった。それじゃ、こっちからね」
     アイリスは頷いて剣を下げ、既にゾンビ化した7体へとその切っ先を戻した。

    ●非日常
     その頃、校舎の反対側では。
    「他にゾンビの気配はなさそうじゃの。不幸中の幸いといったところか」
     手早く空き教室の中を確かめたルティカの呟きに、ええ、と短く頷いた真琴が足を速める。恐らく、今校舎内にいるゾンビは音楽準備室周辺の7体のみ。ならばふたりが今すべきは一刻も早い仲間たちとと合流と、そして。
    「待って、上には行かないでください」
     階段を上ろうとした、つまりは音楽準備室の方向に向かおうとした女子生徒を、旅人の外套を解除した真琴が呼びとめる。
    「えっ……なに、急に?」
    「校舎に不審者が侵入したのじゃ。音楽準備室のあたりをうろついているらしいゆえ、上は危険じゃよ」
     ルティカがそう説明し、真琴に一度視線を向ける。目を合わせた真琴が頷き、胸に片方の手を当てた。
    「みなさんにも、そちらに行かないように伝えてくれませんか? 警察への連絡はしておきますので、その間に……」
    「いつ不審者が移動してくるか分からぬ、できればすぐに鍵のかけられる教室などに避難しておとなしくしておくのじゃ」
     真剣な声音で願う真琴にルティカもそう言い添えれば、生徒はややあって一度頷いた。そのまま踵を返す彼女を短く見送って、ふたりは足音を殺して階段を駆け上がる。ここから先にあるのは、彼女の知る日常の領域ではない。そして、それを彼女に教える必要も――ない。

     ごり、と戦場に鈍い音が零れた。迫って来たゾンビの歯を得物で受けた友衛が、そのまま押し返すように青剣に力を込める。
    「生殖型ゾンビか。初めて目にするが、これは……酷いな」
     ぽつりと零す友衛の口元には、悲しみと悔しさの入り混じった表情が滲んでいた。目の前に立つ制服姿の――恐らくは、友衛と変わらぬ年齢だったであろうゾンビ。つい先ほどまで生者であったのだと分かるその面立ちは、灼滅者たちの心を痛ませる。
    「わかっていたとはいえ、全てを救えないのは辛いですね……」
     ゆるりと首を振るヴィアの表情は薄いままだ。だが、その言葉にも偽りはないのだろう。迷宮の地下でも生殖型ゾンビを目にしてきた彼に、ジンザが眼前のゾンビを抑えたままにその声だけで問いかける。
    「どうです? 地下のゾンビとは、戦力的に違いとか」
    「違いは、ないように思います」
     手短に答え、同じくあの場にいたというサーニャに視線を投げれば、彼女も浅く頷いて。
    「手ごたえは同じくらいでござるな」
     迷宮地下の光景を思い出したのか、その声色は苦い。オーライと答えて、ジンザはガンナイフを手の中でくるりと回した。
    「死んだら『モノ』よ」
     彩希の言葉は仲間たちに対してか、或いは狙い定めたゾンビに対してか。一瞬で死角に回り込み、ゾンビの急所に花逝を刺し込みながらも、彼女は笑みを浮かべて。
    「橘先輩」
    「その一時で死にきれないモノを終わらせられるなら、私が見たくないものを終わらせられるなら、それで充分」
     友衛の言葉を遮るように、彩希は刃を軽く捻った。ぶつり、腱を斬る感触。それが手の内から消えないうちに、アイリスの聖剣がゾンビの霊魂のみを叩き斬る。ずるりと崩れ落ちるゾンビを一瞬横目で見送って、サーニャが敵前衛へと魔法を放つ。三体のゾンビの手足が、たちまち音を立てて白く凍りついた。
     けれどその両腕を振り上げて、二体のゾンビがヴィアに迫る。片方は友衛が間に割り込み、逸らした。けれど、もう一体の歯は。
    「……っ」
     袖にしぶいた紅を掌で抑えて、ヴィアは至近距離の敵を見据える。手練れの灼滅者にとって、それは致命傷にはほど遠い。だが、ここで全てを殲滅しなければ、この歯は。
     確かめるように武器を握り直した彼を、不意に涼やかな風が包む。腕が癒えていく感覚に振り返れば、真琴が祈るように手を組んでいるのが見えた。
    「他にゾンビや犠牲者は今のところおらんようじゃ! こちらに向かう生徒には避難を呼び掛けておいたゆえ、目の前に集中して大丈夫じゃよ!」
     声と共に駆けてきたルティカが、前衛に並び立つ。ひとつ大きく頷いて、彩希は笑みの色を微かに変えた。
    「死にきれない、か」
     先程の彼女の言葉をなぞりながら、友衛も剣の柄を握り締める。後味の悪いことだとは思う。やりきれないとも。だが、こうも思う。彼らとて、数瞬前まで笑い合っていた友を傷つけることなど望まないだろうとも。
     未練を断ち切るように、一閃。刃に裂かれた筈の体からは、血も臓物も零れない。ただくぐもった呻きだけを残して、制服姿のゾンビは二度目の眠りについた。
     その最期の声を聞きながら、真琴は廊下に運び出された三人の少女にちらと目をやって。
    「ゾンビ化しないなら、やっぱり無暗に傷つけたくないです……でもゾンビ化してしまうなら、その前に人として死なせてあげるのが良いのでしょうか?」
    「どうでしょうね」
     低く返したヴィアの武器が、不意に杏の方を向く。咄嗟に刃を突き立てられながらも、ゾンビと化した少女は唸り声を上げながら灼滅者たちに腕を伸ばした。
    「他の子は」
    「今のところは、まだ」
     ヴィアの声が、ごく簡潔に仲間たちへと現状を伝える。ルティカがストップウォッチに目を落とし、すぐに視線を敵へと戻した。
    「相手がダークネスなら、軽口叩いて煽るトコですけど。こういう手合いはどうにも調子が狂います」
     ぼやきながらも、ジンザの狙いに狂いはない。肉迫して振るい抜いた刃が、ゾンビの喉笛を掻き切ってそのまま動かぬ骸へと還す。これで、三体。開けた視界を見渡せば、残る四体の姿がはっきりと視認できた。
     そのうちの一体へと彩希が迫り、構えた刃に有形無形の『畏れ』を纏わせる。鋭い呼気と共に放たれた斬撃に、ゾンビが大きくたたらを踏んで。
     アイリスが剣に刻まれた祝福を風と変え、仲間たちの傷と不調を吹き払う。風に背を押されるようにして大きく一歩踏み込んだサーニャが、その勢いを乗せた上段からの一撃で四体目のゾンビを斬り伏せる。
     真琴の光が、ルティカの蹴りが、死してなお眠れずにいるゾンビへと突き刺さる。友衛の刃が細くただれた腕にかち上げられた瞬間にヴィアが飛びこみ、同じく肉体を傷つけぬ刃で音もなくとどめを刺す。更にはジンザの弾丸が、アイリスの斬撃が、列攻撃に巻き込まれて消耗していたゾンビを挟み込むように捉えて眠らせて。
     最後のゾンビの真後ろへ。くるりと身を翻し、彩希は静かに笑んだ。身を守るものごと肉を断つ高速の刃が、もはや動かぬ心臓へと沈む。
    「どうぞおやすみなさい」
     囁きかけた言葉が、宙へと溶けた。

    ●日常
     走馬灯使いで仮初の命を与えられた死者たちは、どこか呆けたような表情でいつも通りの帰路へとついていった。その中には、柚と桃の姿も。あと数日で、彼らは『自然な』死を迎えるのだろう。それは覆せない未来ではあるけれど――ゾンビとして無残に死んだままよりは、きっとずっといいのだろう。
    「他にはもうありませんか?」
     王者の風を伴う言葉に力なく首を横に振る生徒たちを一瞥して、ヴィアはかき集めた携帯電話をしまい込んだ。どこに画像や音声が残っているとも限らない。ならば気の毒かもしれないが、これらは彼女たちの手元に残さないほうがいい。
     憎みたかったなら、憎しみのはけ口にしても構わない。そう言い残したきり、そのまま廊下の後始末のために準備室を出ていく彼と入れ替わりに、ルティカがひとりの少女の傍らに膝をつく。最も憔悴した様子だった彼女の首筋に口を寄せる様に、生徒のひとりが何か声を上げかけるが、彩希がその視界を塞ぐようにして制止した。
     ねっとりとした喉越しと匂いを感じながら、ルティカは手早く生徒たちに吸血捕食を施していく。口の中が、ほのかに甘い。
    「暫くは水以外の液体は遠慮したいの」
     呟く彼女を労うように一瞥した後、友衛は少女たちの記憶に擦り込むように言い含める。
    「この学校に入り込んだのは、ただの不審者……そう、不審者の凶行だったんだ」
     言い回しに、少しだけ苦さを覚えないでもなかった。だが、『その程度』の非日常でしかなかったと思ってほしかったし、思われなければならないのだ。
    「廊下はあらかた片付けました。僕らもそろそろ撤収しましょう」
     ジンザの声に準備室内の灼滅者たちは振り返り、立ち上がる。服の裾を軽く払いながら、サーニャがぽつりと呟いた。
    「生きる屍のすべて、ここで断ち切れたのでござるよな」
    「……だと、いいな」
     やはり短く返して、友衛もまた準備室を後にする。そのまま言葉少なに校舎を出る灼滅者たちの一番後ろを歩きながら、ふと真琴は放課後の空を見上げて――静かに、もう一度両手を胸元で組んだ。

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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