セイメイ最終作戦~DEAD OR ALIVE?

    作者:篁みゆ

    ●パニック
     それが起こったのは、放課後の事だった。部活動に残っていたのは1.2年生のみで、そう多くなかったのは幸いといえるのだろうか。
     突如校舎内に現れたのはまるで映画の中から現れたようなゾンビで、中には運動部のユニフォームを着た生徒のゾンビまでいた。
    「緊急事態です! 無事な人は近くの校舎の4階へ避難して、バリケードを作ってください! ゾンビが入ってこないように!」
     校内放送が流れる。最初は半信半疑だった生徒たちも、実際にゾンビを目にしてはその放送を信じるしかなかった。教室棟であるA棟とB棟、特殊教室のあるC棟、それぞれに残っていた生徒たちは、協力してバリケードを作り、4階の教室の一つに立てこもっている。
     主に生徒会活動や委員会活動、文化部の活動をしていた者たちと教師が、教室に立てこもっていた。
     一体何故ゾンビが、自分たちは助かるのか、助けは来るのか――その問いに答えられる者は誰もいない。
     彼らに出来るのは、すぐ下の階まで迫っているゾンビたちに、バリケードが破られぬように祈ることだけだった。
     

     いつになく神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)の顔が険しい。向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)を始めとして集まった灼滅者達は、事態があまり良くないであろうことに気がついていた。
    「富士の迷宮突入戦は大勝利に終わったね」
     白の王セイメイや海将フォルネウスを灼滅し、白の王セイメイが準備していた数千体のゾンビを壊滅させ、白の王の迷宮も崩壊させたのだ。
    「ただ、喜んでばかりもいられないんだ。日本各地の高校の校舎で、白の王の置き土産ともいえる事件が発生している」
     各地の学校の校舎に出現した数体のゾンビが生徒などを噛み殺し、その生徒をゾンビ化しつつ学校を征圧しようとしているのだ。
    「噛み殺した人間を同じゾンビとする性質から、このゾンビは仮に『生殖型ゾンビ』と呼ぶ事にするね。生殖型ゾンビは、エクスブレインの予知を妨害する力があるらしくてね、事件現場の状況はわかっていないんだ」
     小さく息をつき、瀞真は続ける。
    「しかし事件が起こる場所だけは確認することができたから、急ぎ事件現場に向かってほしい」
     瀞真は和綴じのノートを開いた。
    「敵となる生殖型アンデッドは、富士の迷宮の下層にいたものと同じと推測されるよ。決して強力な敵ではないけれど、噛み殺した人間を同じゾンビとする能力は脅威だね。ほうっておけば次々と数を増やし、生徒だけでなく周辺住民をもゾンビ化してしまうことだろう」
    「そんな……」
     ユリアが悲痛な声を上げる。言葉が続かないようだ。
    「幸い、数千体いた生殖型ゾンビの大多数は富士の迷宮での戦いで灼滅する事ができているよ」
     生き残りは100体以下であり、その全てが地上に出てきていると推測される為、ここで全ての生殖型ゾンビを撃破できれば、生殖型ゾンビの脅威を完全に払拭する事が出来るだろう。
    「生殖型ゾンビには『バベルの鎖を持たない』という特徴もある為、ゾンビ撃破後、可能な範囲でゾンビがいたという物証を持ち帰るか破棄するようにお願いしたい」
     バベルの鎖が無ければ情報が伝達されないという効果も無くなる為、物証を残せば残すほど、ゾンビのような超常現象が表に出てきてしまうのだ。
    「完全に情報を遮断する事は不可能だけれど、可能な限り証拠を隠滅できるように宜しくお願いしたい」
     告げて、瀞真は頭を下げた。
    「生殖型ゾンビが5000体もいれば、日本社会をズタズタにする事も簡単だっただろうね。富士迷宮の戦いで最下層に向かってくれた皆は、結果的に日本を救ったのかもしれない」
     瀞真はそう言い、和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)
    篠原・朱梨(夜茨・d01868)
    姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)
    リアナ・ディミニ(不変のオラトリオ・d18549)
    天束・織姫(星空幻想・d20049)
    天原・京香(信じるものを守る少女・d24476)

    ■リプレイ

    ●緊迫
     のんびりとしていられない状況だということは痛いほどわかってた。すでに、そしてこれから惨劇が起ころうとしているのだから。
     灼滅者達は校門を抜けると走った。辺りに注意しつつも足を動かす。3つの班に分かれて、それぞれが校舎を目指す。特に校門から一番遠いC棟を目指す者達の表情は一段と緊迫していた。他の棟より到着が遅れる分、事態が悪化している可能性が高いからだ。
    「A棟は任せるっ」
    「こっちは任せて下さい。そっちはお願いします!」
     リアナ・ディミニ(不変のオラトリオ・d18549)の言葉に狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)は笑顔で返した。リアナ達B棟へ向かう班はC棟へ向かう班と共に駆けてゆく。
    「わたくしたちも参りましょう」
     校門から一番近いA棟を目指す姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)が同じ班の翡翠と向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)に告げる。彼女たちは万が一の時にゾンビが外に出にくくなるように校門を閉めていたのだ。もしかしたらゾンビたちは校門など軽く乗り越えてしまうかもしれない。それでも少しでも時間稼ぎになればという思いがあった。三人もすぐにA棟目指して駆け出した。
    「今のところ校舎外にゾンビは見当たりませんね。ですがそちらもお気をつけて」
    「そちらも頑張ってください」
     B棟の入り口の一つに到着した天束・織姫(星空幻想・d20049)がC棟へ向かう者達に声をかける。黒岩・りんご(凛と咲く姫神・d13538)が応え、天原・京香(信じるものを守る少女・d24476)と篠原・朱梨(夜茨・d01868)と共に更に奥、C棟へと走っていった。
    「行くぞ」
     同じ班の叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)の声に頷いて、ディアナも織姫もB棟内へと侵入した。

    ●状況
     A棟1階。本来土足で上がるべきではないところにたくさんの砂や泥が落ちている。これは誰かが土足で侵入した証。ここに来るまでにぬかるみなどは見当たらなかったから、足跡と呼べるほどのものではないけれど、それでも数人が土足で校舎内に踏み入った証。
    「姫条さん、向坂さん、お願いします」
    「かしこまりました」
    「はい」
     翡翠を先頭に足早に一階の廊下を進みながら、セカイとユリアはテレパスを使用する。近くにいる逃げ遅れた人の表層思考を読み取れればという思いだったが、1階では収穫を得ることはできなかった。その代わり。
    「あれは」
     入ってきた側とは別の入口付近に翡翠が発見したのは、野球部のユニフォーム姿の男。ゾンビにやられてしまったのだろう事は想像に難くないが、倒れて動かない彼がやられてから何分経過しているのか、それはわからない。
    「打ち合わせ通りにやるしかありませんね」
     道中遺体を見つけたらゾンビ化を防ぐために破壊する、それが皆で決めたこと。剣を握るセカイの手が震える。それでも剣を非物質化させて一気に振り下ろした。
    「セカイさん、行きましょう……」
     ユリアがセカイの肩に手を置いてそっと告げる。すでに二階に向かう階段に脚をかけていた翡翠も、セカイの視線に頷いてみせた。それぞれ思うところは色々あれども、まだ生きている人がいるならその人達を見つけ出し、助けることが最優先事項なのだから。

     B棟に入った三人は、まず近くの階段から上の階を目指した。
    (「何の罪もない人を巻き込むような所業は気に入らない」)
     先頭を行く宗嗣の心の中に宿る強い想い。ひとりでも多くく助けたい、階段を一段飛ばしでのぼっていく。
    「この辺りも何も読めません」
    「上へ向かおう」
     2階でテレパスを使用していたリアナの言葉に短く答え、宗嗣は階段を登る。
    「っ!?」
    「あっ」
     踊り場から三階へと上がった宗嗣が足を止める。後を追っていた織姫が声を上げた。最後尾でテレパスを使いながら駆け上ってきたリアナもその光景を見て一瞬息を呑んだ。2体のゾンビが今まさに、同じ階段から4階へ向かおうとしていたのだ。
    「倒してから上へ向かう」
     宗嗣が『大神殺し』を非物質化させてゾンビへと振り下ろす。リアナもまた『紅鋼』を振るって宗嗣が傷つけた1体を屠った。
    「ゾンビにはテレパスは効かないみたいです」
     そう、近くにいたのにゾンビの表層思考を読むことはできなかった。読めない、それがわかっただけでも成果があったといえるだろう。
    「白の王セイメイはもう居ない、嫌な置き土産ね」
     もう1体のゾンビに剣を振り下ろし、織姫は近くに倒れたゾンビへと視線を向けた。きっと他のゾンビも徘徊しているのだろう、ここで時間を食うわけにはいかない。
    「これで」
     ゾンビの攻撃を受け止めつつ宗嗣が刀を振り下ろす。崩れ落ちたゾンビ。試したいこともあった、けれども今はそれよりも。
    「先に上へ! 他のゾンビが別の階段で上がってるかもしれない!」
    「わかりました!」
     リアナが階段を駆け上がる。織姫がそれに続き、最後尾が宗嗣。4階まで駆け上がると、明らかに今までと違う『声』がリアナに届いてきた。
     ――怖い怖い怖い。
     ――どうしてこんなことに……。
     伝わってきたのはたくさんの恐怖と混乱。
    「バリケードありました!」
     織姫が声を上げる。B棟には三人が使った階段の他にもう一つ階段があった。だがバリケードを施した教室はもう一つの階段よりも三人がいる階段に近い。
    「助けに来ました! もう少しこの教室から動かないで下さい!」
     バリケードの奥へとリアナが叫ぶ。中にいる生徒たちのざわめきが聞こえるが、今はそれに応えるよりも両方の階段からのぼり来るゾンビたちを倒すのが先だった。

    (「心を置き去りにして体だけむりやりに動かすなんて、それで他の人を死に引きずり込むなんて、朱梨はそんなの、認めないし許せない」)
     C棟までの距離がとても遠く感じる。幸いにも校舎の外でゾンビに出会うことはなかった。だがいくつかの遺体を見つけることになってしまった。ジャージ姿やユニフォーム姿のそれは外で活動していた運動部の生徒たちだろう。朱梨、りんご、京香の三人は取り決め通り遺体に攻撃を加えてゆく。そうするしかないことに心を痛めながら。
    (「死してなお動かされる悲しいひとたちも、死の恐怖に怯えて震えるひとたちも、みんな朱梨が助けるから」)
     強く想い、朱梨は階段を上りながらもウイングキャットの紫乃をぎゅっと抱きしめた。
    「紫乃、一緒にきてね。朱梨が負けないように見守っててね」
     なぁ、と小さく声を上げて、紫乃は朱梨の腕の中で彼女に擦り寄った。
    「この辺では一般人の思考は拾えないね。やっぱりもっと上にいるのかも」
    「では、上へ向かいましょう」
     京香の報告に答え、りんごが先頭になって階段を登ってゆく。道中、特に三階から四階へと至る間に幾つかの遺体を見つけた。ここまでゾンビに出会わなかったということは、殆どのゾンビは4階へ上ってしまったのかもしれない。
    「!?」
     上の方から何か倒れるような音が聞こえた。急がなければ、逸る心を抑えつつ、後顧の憂いを断つために遺体に攻撃を加えていく。本当ならば死者に鞭打つようなこんなことはしたくない。けれども今回に限っては必要なことなのだ。割り切れない思いを抱きつつ、三人は4階へと上がった。そして。
    「……!!」
     4階の廊下に広がる光景に息を呑んだ。10体近いゾンビたちが4階を徘徊しており、机と椅子を使って作られたバリケードの一部が壊されているのだ。
     ――いやだ怖い。
     ――助けて助けて。
     京香のテレパスが拾ったのは恐怖と祈り。運の悪いことにこの棟にいる生徒たちが作ったバリケードは三人が上がってきた階段とは別の方向にあった。
    「許しません!」
     りんごはバリケードに近づこうとしているゾンビの横をすり抜け、すでに破壊行動を行っているゾンビへと剣を振るう。彼女を追った朱梨の視界には、助けることの叶わなかったと思しき伏した少女の姿があった。きゅっと心臓が絞られるようだった。それでも今やらなければならないことを強く思い描き、りんごの狙った敵へと剣を振るう。
    「京香さん、援護よろしくお願いしますね」
    「任せて」
    (「数が多いわね」)
     答えた京香は二人とは少し離れた位置から状況を分析する。出来ることならばなるべく傷をつけぬように倒したいというのが総意であったが、すでにバリケードが破壊されている以上そんなことを言っている暇はなさそうだ。まだ、生きている人の命を守らなくてはならないのだから。
     京香は慣れた手つきで『Reine malicieuse』を構え、そして狙う。
     ――!
     今まさに教室の後ろの入り口の、バリケードに使われた最後の机を取り除こうとしていたゾンビの頭部を狙った魔法光線。一瞬動きを止めたゾンビにりんごが斬りかかり、とどめを刺した。
    「助けに来たわ。もうしばらくの我慢だから、出入り口からなるべく離れていて」
     朱梨が教室を覗き込んで告げる。そこは音楽室だったようで、楽器を抱きしめた生徒たちが譜面台の林の向こうで震えながら頷いた。
     敵の数のほうが多い――紫乃がリングを光らせて傷を癒していく。幸いにも敵の強さはそれほどでもない。教室の出入り口を背にしてゾンビたちを屠っていく。むしろ、後始末のほうがいろいろな意味で苦労しそうに感じていた。

    ●捜索と収穫
     A棟の三人はテレパスに頼りながら生存者を探しつつ、上の階へと進んでいた。すべての階のすべての教室を覗いている余裕はない。テレパスで表層思考を読めなければ誰もいない――否、生者はいないと判断して上の階へと上るしかなかった。これ以上犠牲者を出したくないのは皆、同じだからだ。
    「セカイさん、『声』が」
    「ええ。どうやらこの上の中に無事な生徒さん達がいるようです」
     ユリアとセカイの表情に少しばかり明るさが戻る。だがそれも束の間のことだった。
    「ゾンビです!」
     先頭で階段を登っていた翡翠が声を上げた。3階と4階の間の踊り場で上を見上げたその時、ゾンビの姿が見えたのだ。翡翠はそのまま階段を駆け上がり、巨大な刀を振り下ろし、3体のゾンビを巻き込んだ。セカイの歌声が、そのうちの1体を床に伏させた。
    (「平和な学校を……何も知らない人たちが……」)
     テレパスで伝わってくる恐怖。平和な学校を襲った惨劇、それに加えてバベルの鎖が及ばぬゆえに生存者達がすべてを知覚してしまうという酷い事態にセカイの胸が張り裂けそうだ。
    「ユリアさんは回復をお願いします!」
    「はい!」
     生前の様子を色濃く残すゾンビ相手にユリアの手を汚させたくない、その思いでセカイは彼女に回復を指示する。
     翡翠は回復援助を受けて、ゾンビたちの中へと斬りこんでいく。そしてバリケードへとたどり着くとプラチナチケットを発動させながら声をかけた。
    「助けに来ました! もう少し教室内で耐えて下さい!」
     少しでも生存者たちを安心させたい。バリケードを背にして立つと、教室内からわずかに安堵の声が聞こえてきた。プラチナチケットの効果で翡翠をレスキュー隊のようなものと勘違いしたのだろう。だが今はそれでいい。下手に外に出てこられた方が困ってしまうのだ。
    「狩野さん!」
    「姫条さんはあちらのバリケードをお願いします!」
     階段付近のゾンビを倒し終えたセカイに翡翠はもう一つのバリケードを指した。そちらにもゾンビが集まってきている。
    「翡翠さん、回復します!」
     ユリアが癒やしの力を込めた矢を放ったその時、ユリアの携帯が着信を知らせた。

    「これは事故。有毒ガスによる中毒と暴走。ゾンビに見えたのは幻覚です」
     B棟4階に集まってきたゾンビたちを倒した後、リアナは教室に入り、ラブフェロモンを併用しつつ生存者達へと説明を行っていた。
    「今他の仲間が別の階の安全確認に向かっています。もうしばらくここで待機していて下さい」
    「有毒ガス……なんでそんなものが学校に……」
    「そこまではまだ分かりません」
     少しでも有毒ガス説を信じてもらえるように、リアナは教室で生存者たちを落ち着かせると同時に後始末を見られぬよう時間を稼いでいた。
    「ゾンビ化してしまった人達を元に戻してあげられたらよかったのに。走馬灯使いの効果が出ても、数日後には再び亡くなってしまうのね」
     織姫と宗嗣は他の階を回りながら撃ち漏らしたゾンビはいないか、これからゾンビになってしまう遺体を見逃していないかの確認をしていた。
    「仮初とはいえ、穏やかな死をやり直せるなら、少しは気が楽になるかな、しっかりしないと」
     独り言のように呟いた織姫。すべてを助けたい、そんなことは傲慢であることはわかっている。それでも、願ってしまうのは止められない。
    「おかしい」
    「えっ……?」
     その時、走馬灯使いを使用していた宗嗣の言葉で織姫は瞳をあげた。
    「ゾンビには走馬灯使いが使えなかった。だからゾンビになっていない遺体ならと思ったんだが、この遺体には使えない」
    「どういうことですか?」
    「分からない。こっちの遺体は……使える。ということは」
     宗嗣の頭の中で何かが繋がった。
    (「ゾンビには走馬灯使いが使えない。遺体にはゾンビになるものとならないものがある。走馬灯使いが使える遺体と使えない遺体がある、ということは」)
    「走馬灯使いが使えない遺体はこの後ゾンビ化する。使える遺体はゾンビ化しない」
    「ではすべての遺体を破壊する必要は」
    「ない。俺はこの棟の遺体を調べて、使えない遺体だけ破壊する。間に合えば他の棟へもいくからこのことを連絡してくれ」
     そう織姫に告げ、宗嗣は走りだした。

     C棟では教室へ入ろうとするゾンビと対峙している最中に京香の携帯が鳴った。だが出ている余裕がなかったため、ゾンビを倒し終わり京香が生存者へ有毒ガスのせいだと説明し終えてから折り返すことになった。
    「そう。時間的に間に合うかわからないけど、一応二人にも伝えておくわね」
     通話を終え、京香は再びボタンを押した。
    「っ……」
     りんごと共に犠牲者の遺体を攻撃して回っていた朱梨の瞳から涙がこぼれた。嗚咽が漏れる。擬死化粧を施すりんごは聞こえているが聞こえていないふりをした。言葉で自分に言い聞かせてはいたが、割り切ることは難しい。無辜の人たちがこのように大量に犠牲になってしまうこと、そして更に遺体を傷めつけなくてはならないのはきつい。我慢していたものが溢れても仕方がなかった。

    「こちらは発見した遺体はすべて対応してきましたので、宗嗣さんにはC棟へ向かうようお伝え下さい」
     ユリアが通話を終える。A棟ではゾンビをすべて倒し終え、翡翠とセカイが生存者達の対応をしていた。

    「1体だけ、まだ時間に余裕がある遺体がありますの」
     りんごと朱梨と合流した宗嗣はC棟の4階で遺体に走馬灯使いを使おうと試みる。
    「大丈夫だ」
     1体でも壊さなくていい遺体を見つけられて、朱梨は先程とは別の意味で涙を零した。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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