海坊主は、夜の海からやって来る

    作者:波多野志郎

     海坊主、そう呼ばれる妖怪がいる。夜の海に現れ、船を破壊するというこの妖怪は、島国である日本各地にその伝承が語られているという。
     その海でも、海坊主の伝承はあった。それは体長六メートルほど、魚人とも言うべき姿をしているとされる。また、この海坊主は船だけではなく時折陸地に現れては、悪事を行なっていたと伝承には残されていた。
    『海が荒れ、海坊主が陸地にある時は、決して子供は家から出てはいけない』
     あるいは、嵐の危険から子供を守るためにそんな存在が語りだされたのかもしれない。その教訓の中でだけいれば、決して脅威ではなかったろう。しかし、その伝承を耳にして嵐の夜に怯えた子供にとって、それは確かな恐怖でしかなく……。

    「教訓が都市伝説という危険を生む、というのも皮肉な話っす」
     そう、湾野・翠織(中学生エクスブレイン・dn0039)はため息と共にこぼす。
     今回、翠織が察知したのは都市伝説の存在だ。
    「その海には、とある海坊主の伝承があったんすけどね? その海坊主が都市伝説になって、暴れまわるんすよ。そうなると、厄介なんす」
     何せ、バベルの鎖がある。一般人には対処不可能な脅威だ。
    「だからこそ、存在を知ったからにはみんなに対処を願いたいんす」
     海坊主は、夜の海から姿をやって来る。岩場で待ち構えていれば、問題なく接触できるだろう。
    「光源は必須っす。一応、ESPによる人払いもお願いするっす」
     敵は一体、体長六メートルほどの魚人だ。海坊主は伝承によっては、数十メートルとも言われる事がある。それを考えれば、この巨体でも小柄と言えるのだろうか。
     今回は、戦場は岩場となる。運動能力的に戦闘にはさほど問題はないが、しっかりと足元に注意を払っておけば、よく磐石の戦いができる。
    「とにかく、犠牲者が出るかどうかの瀬戸際っす。そうなる前に、どうかしっかりと終わらせてほしいっす」


    参加者
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    迅・正流(斬影騎士・d02428)
    エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)
    三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)
    風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)
    琶咲・輝乃(紡ぎし絆を宝と想いし者・d24803)

    ■リプレイ


     ザザン、と暗闇の向こうから漣の音だけが聞こえてくる。その音に耳を傾けながら、琶咲・輝乃(紡ぎし絆を宝と想いし者・d24803)が呟いた。
    「戒めとか教訓から都市伝説が生まれるのは、何とも言えないなぁ……。被害が出る前に察知できてよかったよ」
    「教訓の物語が生み出す都市伝説……危険が関わるために人々の想いを大きく動かすでしょうし、この都市伝説以外にもいろいろといそうです」
     タタリガミに利用されるとかは避けたいですね、と答える風輪・優歌(ウェスタの乙女・d20897)に、表情を曇らせて輝乃は言った。
    「…………海に、引き釣り込もうとはしないよね?」
     漆黒の海に引きずりこまれたら――そう想像しておろおろする輝乃に、エリザベス・バーロウ(ラヴクラフティアン・d07944)が言う。
    「物語は聞いた者に恐怖を与えこそすれ、危害を加えるべきではない。それが教訓であれ娯楽であれ、な」
     その時だ、規則正しかった波の音が乱れた。ばしゃん、ばしゃん、と波ものではない大きな水音に、三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)が呟いた。
    「海坊主の話は怪談として聞いたことはあるけど、実物を見るのは初めてだな。6メートルの魚人……なんか、すっごいぬるぬるしてそう」
     渚緒の疑問の答え合わせは、すぐに行なわれる。光源に照らされ現れたのは、まさに魚人とも言うべき存在だった。きらきらと光源に光る鱗、ぎょろっとした魚特有の目。鱗に包まれた体長六メートルの巨体が、バシャンと岩場に這い上がって来るのを見れば、迅・正流(斬影騎士・d02428)が無表情のまま言った。
    「しかし、夜の海岸での防衛戦……なぜだろう……心躍るものがあります!」
     確かに怪獣映画の一幕のようだと思えば、それは心躍る光景だったかもしれない――ただし、それは観る側であれば、だ。当事者になってなおそう思えるのは、戦う力と意志があるからに他ならない。
    「ダークネスの動きが活性化してきている今だからこそ、こうした都市伝説による被害はきっちり防ぐよ。それがヒーローとしての使命っ!」
    「海の魔物、海坊主……相手にとって不足無しです。わたしの土星魔砲を全力全開でお見舞いしてやるのですね!!」
     戦闘に意識を切り替えた八重葎・あき(とちぎのぎょうざヒーロー・d01863)が、バイオレンスギターを引き抜いた土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)が、凛と宣言するのに海坊主は足場の岩を踏み砕きながら、夜空を見上げた。
    『ヒュゴ――!!』
     まるで、風の唸りのような咆哮。ビリビリと震える大気に、眼鏡を押し上げながらからんと橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)が下駄を鳴らして踏み出した。
    「海坊主が陸に上がってくるとは御苦労な事で。まァ態々此方の領分に踏み入ってくれるのですから、喜んで御相手致しましょう」
    『ヒュオー!!』
     海坊主が、その拳で足元の岩を殴打する。その直後、ゴゴゴゴゴ……! と地響きを立てて、濁流が灼滅者達を襲った。


     飲み込み押し流す濁流の圧力、その中から正流が大きく跳躍して跳び出した。
    「斬影騎士”鎧鴉”! 見……斬!」
     見、で振りかぶった槍を、斬の声と共に螺旋の軌道で繰り出す。正流の螺穿槍を、海坊主はその巨大な右腕で受け止めた。ギギギギギギギギギギギン! と金属と金属がぶつかりあうような音と共に、火花が散る。その火花の下を、璃理の乗ったライドキャリバーが突撃した。
    『ヒュオ!!』
     ガゴン! と脛にライドキャリバーが激突しても、海坊主は揺るがない。そのまま海坊主はライドキャリバーごと璃理を踏み潰そうとするが、それは空振りに終わった。
    「よっと!」
     ぎゅいいいいん! と掻い潜りながら璃理のかき鳴らしたリバイブメロディに、濁流がばしゃん! と爆ぜていく――そのタイミングで、正流も強引に槍を振り切った。
    「やれ!」
     ぐらり、と大きく海坊主の巨体が揺らぐ。正流の声に答えたのは、九里だ。真っ直ぐに跳躍し、橘花布をなびかせながら槍を放つ!
    「硬かろうと、貫けぬほどではないようで――!」
     バキン! と鱗を打ち抜き九里の螺穿槍が、海坊主の右脇腹に突き刺さった。海坊主は強引に一歩後退、刺し貫かれる前に九里の槍を引き抜く。だが、そこへエリザベスが回り込んでいた。
    「ヨーロッパにもシービショップ(海の司教)という伝説があるが――こうした洋の東西での伝説の共通点、興味深くはある」
     まさに、黒猫の疾走だ。夜に紛れた黒猫の素早さに、海坊主がついていけない。エリザベスの黒色のコートがひるがえり――レイザースラストが射出された。
    『ゴ――』
    「海は海でこんな伝承が生まれたりするんだね。色々興味深いなぁ」
     しゃん! と錫杖の仕込み刀を引き抜き、黒い僧衣の渚緒が影を走らせる。それに合わせて間合いを詰めたビハインドのカルラが、ジャラララララララララララン! と長い数珠を鳴らして海坊主の眼前で顔を晒した。
     不意に、海坊主が体勢を崩す。踏ん張った足へ、駆け込んだ優歌がクロスグレイブを鋭く振るった。
    「お願いします!」
    「私は宇都宮ぎょうざヒーローの八重葎あき! 深き海からの来訪者、覚悟してもらうよっ!」
     優歌の呼びかけに、あきがバイオレンスギターを掻き鳴らす。ヴィン! というあきのソニックビートの衝撃波を受けて、海坊主は大きく後退した。
    「意外に身軽だね」
     だからこそ引きずりこまれたら、という考えを振り払いながら輝乃は彩葉秋を振るう。紅葉の枝から離れた黄色いイチョウの葉が、潮風に乗って舞っていく――輝乃のイエローサインだ。
    「硬いですね、やはり」
    「だが、貫けないほどではない」
     クロスグライブから伝わった手応えに言う優歌に、エリザベスはそう応える。巨体ではあるが、それは的が大きいという意味でもある――ならば、倒れるまで攻撃を重ねるまでの話だ。
    『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッ!!』
     突風のような呼気と共に、海坊主が駆ける。そして、旋風のごとき回し蹴りで足元を薙ぎ払った。


    『ゴ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
    「なるほど、荒れた海。その風の音なんだね」
     吠える海坊主に、感心したように渚緒に呟く。都市伝説は、ただ忠実にその伝承を体現しているのだ。あるいは、時化や暴風が海坊主という存在で表現されたのが、この都市伝説の始めなのかもしれない。
    「そう思うと、全てに意味があるんだね」
     渚緒が巨大化した鬼の腕を、カルラが数珠を握った拳を同時に振りかぶった。そして繰り出された渚緒の鬼神変とカルラの霊撃が、海坊主の足を打撃する。
    「片足をやられれば、こちらに重心が移るだろう?」
     そして、海坊主が踏みとどまったそこへ正流が足元の岩を蹴って滑り込んだ。破断の刃の巨大な刀身を、全体重を乗せて横回転――正流の黒死斬が、海坊主の足を切り裂いた。
    『ゴ、オ――ッ!?』
    「もうひとつ、です」
     そこへすかさず跳んだのは、優歌だ。放たれる跳び蹴り――スターゲイザーが、海坊主を大きくのけぞらせた。
    「――ッ!?」
     しかし、海坊主はのけぞったままバク転する。体長6メートルのバク転だ、もはやそれだけでも近付こうとも近付けない牽制となった。そして、ズシン、と海坊主は着地。すぐさま、その拳を豪快に振るった。
    「今日はギターの気分だね!」
     ぎゃぎゃーーーん!!! という音が、夜の海に響き渡る。庇った璃理が、バイオレンスギターで海坊主の拳を受け止めたのだ。吹き飛ばされる璃理、それにもう一発叩き込もうと逆の拳を振りかぶった海坊主に、ガガガガガガガガガガガガガガン! ライドキャリバーの機銃掃射が叩き込まれた。
     そこへ、九里が迫る。海坊主は反射的に濁流を生み出し――しかし、バシャン! と濁流が削り飛ばされた。九里の神薙刃だ。
    「やれやれ、春近しと言えど濡鼠は御免被りたいですねェ」
     眼鏡へ飛んだ飛沫をうっとおしそうに親指で拭い、九里は笑う。自身の一撃は、確かに威力を削がれた。しかし――。
    「エリザベス!」
    「ああ」
     その間隙に横へ回り込んでいた輝乃の呼びかけに、エリザベスが答える。黒猫の疾走、Bast & Sekhmetの猫の爪が海坊主のアキレス腱を切り裂き、龍がごとき腕へと変貌した右腕を輝乃は全力で叩き込んだ。
    『ヒュゴ――ッ!?』
     そのまま、海坊主が岩場を転がる。その巨体が起き上がる間に、あきが防護符を璃理へと放った。
    「土御門先輩、だいじ!? 今回復するよっ」
    「ふふ、土星魔砲の撃ち甲斐があるのです」
     自身を祭霊光で回復を重ねて、璃理は笑った。荒れた海を具現化した存在、海坊主はまさに撃ち抜き甲斐のある相手だろう。
     戦いそのものは、互いに一歩も退かない打撃戦となっていた。しかし、大きな差はある。一撃一撃が重い海坊主ではあるが、それを補って余りある手数と回復手段を持つ灼滅者達相手には、本来は有利なはずの長期戦こそ不利となっていく。
    (「それでも、油断はできませんね」)
     優歌は、そう判断する。それが正解だ、一撃当たり所が悪ければ追い込まれる、それだけの威力が海坊主の攻撃にはあるのだから。
     だからこそ、油断はない。油断はなく――だからこそ、その時は訪れようとしていた。
    『ゴ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
    「おや、こちらですか――」
     海坊主の拳が、九里を捉えた――吹き飛ばされた九里の足元には、岩場もない。そのまま海に放りだされてしまう、そう思った時だ。
    「さァ、種も仕掛けもございません」
     ふわり、と九里が空中で静止。そのまま、眼鏡を押し上げて一礼すると、そのまま空中を駆け出したのだ。
    「ああ、なるほど」
     エリザベスは、気付く。種も仕掛けもあるのだ、九里は濡烏を事前に岩場に張り巡らせていたのだ。黒い鋼糸の上を、疾走している――種を明かせば単純なトリックだ。だが、エリザベスがそれと気付けたのはあくまで自身がばらまいたサイリウムの輝きで見えたからまでの事。それがなければ、文字通り空中を疾走しているとしか思えなかっただろう。
    「海坊主と言うのなら、大人しく海の中で経でも唱えていれば佳いものを。代わりに僕達が葬って差し上げますよ……極楽浄土へとは参りませんが、ね」
     ガガガガガガガガガガガ! と岩を削りながら九里は濡烏を操り、海坊主を切り刻む! 大きく体勢を崩した海坊主へ、あきが吠えた。
    「海がない栃木県をばかにするなーっ」
    『ヒュオ!?』
     半ば、というか完全な八つ当たりである。放たれた漆黒の弾丸、あきのデッドブラスターが着弾。爆発を巻き起こした。
    「逝くよキャリバー!! 全速全開であいつをぶっとばせぇぇぇ!!!」
     ギュオン! とエンジンの唸りを上げてライドキャリバーとそれを駆る璃理がジャンプ、海坊主の胸板へライドキャリバーが突撃し璃理が土星魔砲腕【マジカル☆ハンド】の輪を回転させ、渾身で殴打した。
    『――ッ!?』
     6メートルの海坊主の巨体が、宙を舞う。そこへエリザベスが、奇譚を紡ぐ。
    「それは、海から迫る恐怖――!」
     バシャバシャバシャ!! と水音を立てて、エリザベスの足元から巨大なイカの足が伸びた。海坊主対クラーケン、まさに怪獣大決戦の様相が眼前で繰り広げられる。
    「行くよ、渚緒!」
     空中でクラーケンの触手と格闘する海坊主へ、輝乃と渚緒が同時に跳ぶ。カルラは数珠を構え合掌、霊障波を放った。ズドン! という衝撃に動きが鈍った海坊主へ、輝乃は白い焔を脚に纏わせて蹴りを放つ!
    「貂毘流、壱の型『流転・白焔蹴』!」
    「海の怪異は汀にてお帰り願おう。ここから先へは行かせないよ」
     輝乃のグランドファイアに重ねるように、渚緒のしゃらんという泡沫夢幻の居合い斬りが海坊主を切り裂いた。力が抜けた海坊主へ、跳んだ優歌のスターゲイザーが駄目押しの一撃を――岩場へと、叩き付けた。
    「今です!」
     優歌の言葉に、正流は槍を投げ捨てる。両手で破断の刃を上段に構えて駆ける正流に、海坊主は裏拳で反応した。
     しかし、それを正流は掻い潜る。這い蹲るような下段の構えに、雷光が如き速さで切り上げた。
    「無双迅流秘剣! 天昇地雷光!」
     ズザン! と海坊主が、両断される。低く轟く風の音のような断末魔を残し、海坊主は掻き消えていった……。


    「些かオリエントの香りが強いが、たまにはこういう変わり種も良いだろう。我が“怪談(ウィアード・テールズ)”の一つとして収録させて貰う」
     エリザベスが告げると、ぴしゃんという水の音と共に自分の中へ海坊主の都市伝説が宿るのを確かに感じた。その光景を見て、ふうとため息をこぼして、あきがこぼす。
    「ふぅ……みんなおつかれさま。被害を防げてほんとうによかった……」
     もしもあれが町中で暴れていれば――その背筋も凍る想像は、想像で終わったのだ。その事に、ようやく彼らは安堵した。
    「……通報しても、どうしようもないでしょうか?」
     優歌は周囲を光源で照らし、そうこぼす。おそらくは、少しでも海が荒れればこんな痕跡は掻き消してしまうだろう、不思議とそう思えた。それこそが、自然の脅威なのだ、と。
    「……此れ以上は遠慮致しますよ。例え往き着く先が同じ様な昏闇でも」
     ……僕は泳げませんもので、と夜の海を見やって冗談めかして笑う九里に、コクコクと輝乃は真顔でうなずいた。
     ――こうして、海坊主の脅威は排除された。海坊主はただ、伝承と教訓の中で子供を危険な目に合わせないために、細々と語り継がれていくだろう。そして、エリザベスの元に新たな味方が生まれた……そういう結末となったのだった。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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