●六花の女王
南アルプスの山中に、1人の女性がふわりと降り立つ。
白いドレスからすらりと伸びた四肢。白いティアラを乗せた青色の髪と、腰に巻いた青みを帯びた銀色のリボンが、山の風を受けて優雅に靡いていて。
それはまるで、雪の女王が降臨したかのような、光景。
けれど、青の瞳には輝きがなく、何処か遠くをぼんやりと見つめているかのよう……。
「ここで待っていれば、灼滅者達が襲撃してくる、と……」
呟きに似た独り言を風に流した女性は、遠くの山々へ視線を止める。
武蔵坂の灼滅者達を迎え撃とうとしているのは、自分だけではない。
自分も含めた、6名の盟主候補達が、この試練に挑もうとしているのだ。
「灼滅者8人との戦いに勝利して帰還することが、盟主となれる試練というなら……」
この試練は、自分達にとっても厳しいものになるのは、間違いないだろう。
けれど、『うずめ様』達に盟主として必要されていること、頼られている状況に『六花の女王』――加賀谷・彩雪(永遠なる天花・d04786)の心は高揚していて。
「わたしは闇堕ちして、強くなっただけではないわ」
そう、自分は有力なダークネス達からも必要とされ、頼られる存在になったのだ。
それに比べて、もう1人の自分は闇堕ちしなければ仲間を守れない、なんて弱い子なのだろうか……。
「この戦い、お引き受けしましょう」
盟主の試練に打ち勝つことができれば、今よりももっと頼られ、もっと必要とされる。
その為ならば――手段は問わない。
●6人の盟主候補~加賀谷・彩雪
「先日の富士の迷宮での作戦では、白の王『セイメイ』と大悪魔『フォルネウス』を灼滅するだけではなく、迷宮に隠されていた、恐るべき計画を阻止することができました」
その直後に発生した『生殖型ゾンビ』についても、多くの灼滅者が対応に向かっているという。
里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は一息置くと、新たな進展があったと、集まった灼滅者達に告げた。
「実は、生殖型ゾンビと同じタイミングで崩壊する富士の迷宮から逃げ延びたと思われる、ダークネス達に関する情報を掴めたのです」
「――!」
うずめ様という、エクスブレインとは違う予知能力を持つダークネスがいるため、その行方を捜索するのは、困難を極めていて。
けれど、田子の浦で闇堕ちした、6人の灼滅者達の動きを掴むことができたと続けるや否や、教室がどよめいた。
「本当なの?」
「はい、わたくし達も負けておられませんから」
この瞬間を、待ちわびていた者も多かったのだろう。
安堵に似た溜息を吐いた灼滅者の1人に、執事エクスブレインも微笑む。
「6人の闇堕ち灼滅者のうち、5名が南アルプス辺りの山中で、残る1名が三重県の鈴鹿山脈で、武蔵坂の灼滅者を待ち構えているとのことでございます」
この6人のうち、1人でも闇堕ちから救出することができれば、富士の迷宮から逃げ延びた、ダークネス達の足取りを掴むことができるかもしれない。
そう続けながら、執事エクスブレインは手元のバインダーから資料を取り出した。
資料には、――加賀谷・彩雪と書かれていた。
「皆様方には、南アルプスの山中に現れます、彩雪様の救出をお願いいたします」
闇堕ちされた彩雪を含めた6名の目的は、うずめ様ら富士の迷宮から逃げ延びたダークネス達を安全に逃がすこと。そして、自らが、彼らを率いる『盟主』になることだという。
「周囲に配下らが潜んでいる様子はなく、彩雪様1人を相手にすることになりましょう」
単独で灼滅者達を迎撃し、撃破することが、その試練の1つなのかもしれない……。
「闇堕ちされた彩雪様は、本来は小学生でございますが、闇堕ちにより大人の姿へと成長し、純白のドレスを纏った女性の姿へと成長しております」
あどけない少女の面影はなく、静観な笑みと妖艶な雰囲気を醸し出す、六花の女王。
まるで、雪の女王でございますねと、執事エクスブレインは付け加える、と……。
「ただ、彩雪様がどのような戦い方をされるのかは、わたくし達にもわかりませんでした」
これもまた、うずめ様の予知が干渉しているせいなのかは、わからない。
はっきりとわかっているのは、厳しい戦いになるということだけだ……。
「彩雪様は1度闇堕ちされておりますが、その時とは異なる攻撃をしてくることも、考えられます」
ダークネスで思考は歪んでいても、守るために戦うという行為が行動原理であるならば、そこから活路を見出すことが出来るかもしれないが……。
そう付け加えた執事エクスブレインの表情が、ふと神妙なものに変わる。
珍しく不快さを露にし、何処か吐き捨てるように口を開いた。
「富士の迷宮から脱出したダークネス共は、自分達が逃げ延びるために、生殖型アンデッドすら囮に使ったのかもしれませんね……」
軽く咳払いした執事エクスブレインは、灼滅者達に向けて深く頭を下げる。
彩雪が闇堕ちしたのは自身が担当した依頼。表面上は穏やかでも、胸の内では激しく責任を痛感していても、おかしくはない。
「わたくしにとっても彩雪様は大切な方でございます。難しい戦いになると思いますが、何卒宜しくお願い申し上げます」
参加者 | |
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花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240) |
迫水・優志(秋霜烈日・d01249) |
ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253) |
夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486) |
槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) |
音鳴・昴(ダウンビート・d03592) |
王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969) |
枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615) |
●
「彩雪、聞こえるか? 迎えに来たぜ!」
六花の女王を視界に捉えるや否や、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)は仲間と共に、素早く包囲する。
女王はそれを冷ややかに見つめながらも、左足を半歩引いて、迎撃態勢を整えた。
「よう、加賀谷……迎えに来た」
「彩雪ちゃん、あなたを必要としてる人も、あなたが守った命もここにいるよ!」
周囲に敵が潜んでいる様子や、介入の気配はない。
すぐに女王――加賀谷・彩雪に視線を止めた迫水・優志(秋霜烈日・d01249)は、クロスグレイブに力を込め、花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)が凍てついた心を砕かんと、巨大化させた片腕を叩き付ける。
彼女の人格をある程度揺るがさないと、届く筈の声も届かない。
「お久しぶりです女王様! えぇ無視?!」
退路を塞ぐように後方に着いた王・龍(瑠架さんに踏まれたい・d14969)と枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)に気を止めず、女王は虚ろな視線を音鳴・昴(ダウンビート・d03592)の霊犬に止めた。
『ひとりずつちゃんと倒してあげる』
もう1人の自分がサーヴァント使いという面影に、引きずられたのだろうか。
言葉と同時に魔力を秘めた雫が浸透した霊犬は、苦悶に体を折り曲げる。
「ポジションはキャスターか、めんどくせぇ」
トラウマに駆られた霊犬に、昴が即座に癒しを秘めた矢を撃ち放つ。
その隙に、攻撃力を強化したヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)が、両手に集中させたオーラで牽制するけれど、女王は指先を霊犬に触れ、死の冷気を流し込んだ。
(「加賀谷と関わったのは、アイツとの初戦か……」)
――忘れるものか。あの時のことは、全て。
霊犬が消滅するや否や、即座に穴を塞ぐように動いた夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が、網状の霊力を放射して女王を絡めとる。
けれど、守るべきものを得た女王は怯まない。ドレスを翻すように半歩前に進むと……。
『次は、あなた』
女王の冷たい視線が昴に止まるや否や、康也が庇うように肉薄する。
「これ以上、彩雪に倒させるもんか、ぶっ飛ばす!」
攻撃も、向ける言葉も迷いなく。
康也は女王目掛けて、至近距離からダイダロスベルトを伸ばした。
●
「みおも、頑張らないと……」
――誰かを救える、魔法使いになりたい。
数年前に初めて女王と対峙した時は物怖じしてた水織も、何人もの悪魔と出会い、複雑な想いを重ねたことで、心身共に成長していて。
ブレイクを入れて少しでも戦力差を縮めようと狙い定める水織に、自身の傷を癒しながら戦況把握に務めていた昴が呟く。
「相手はエンチャントしてこなさそーだな」
女王は逃走する素振りもなく、灼滅者の言葉に耳を傾ける余裕すらみせている。
後列ごと呑み込んだ凍てつく猛吹雪も、やはり昴を狙ったものだった、が……。
「回復はメディック任せで行けそうだな、いろいろ似た者も多い様だし」
幸い、昴の体力は中後衛の中では1番なので、すぐに倒れることはなさそうだ。
率先して庇おうとする治胡と康也をちらり見て、優志は大型犬を模した影を伸ばす。
「このまま押し切って、きっちり連れて帰らねーとな」
ヴァイスとは別方向から攻めるように駆け出した治胡は、ましろの弾丸の軌跡を追うように、炎を纏った激しい蹴りを繰り出す。
冷気で軋んだ空気に足を鈍らせることなく、ヴァイスも追撃と言葉を織り交ぜた。
「如何に我が身を強い力で取り繕おうと、心の弱さは変わらない」
その強さは己が頼られるための自己顕示欲か、強いという気分に浸る虚勢でしかない。
「その原点……己が心の弱さに向き合わず、ただ感情を封じ込めるだけでは真の強さなど得られない」
仲間を助けるために闇堕ちした少女との落差を辛辣に指摘するヴァイスに、女王はぞっとするような微笑を返した。
『ふふ、違うわ』
言葉を逆手に取るのは、悪魔の常套手段。
静かに祈りを捧げて傷と穢れを同時に癒した女王は、柔らかく微笑む。
『弱いあの子は、弱い仲間を守るために、強いわたしに身体を明け渡して消えたのよ』
自分がここにいるのは彩雪だけではない、灼滅者達の弱さのせいでもある、と。
『……弱さは罪よ、そして罪の結果が、わたし』
そう告げた女王は、六花の聖杖を持つ逆の手を胸に添える。
一瞬の沈黙の中、優志は拳を強く握り固めた。
(「絶対に、全員揃って帰ってやる……」)
過去に闇堕ちするなと釘を刺しておいて、何故そこにいる?
――罪。優志には、その言葉に彩雪が否定されたようにも見えた。
「わたし達は彩雪ちゃんが強いから必要としてるんじゃないし、彩雪ちゃんが弱いから一緒に居るんじゃない」
その刹那。ましろが叩き付けたクロスグレイブが、静寂を破る。
恐くても、頑張って一歩を踏み出せる子だということを、ましろは知っている。
人の痛みがわかる、優しい子だということも知ってる。だからこそ――!
「彩雪ちゃんと一緒に頑張りたい、一緒に居たいって思うんだよ」
ましろが真っ直ぐ女王を見据え、水織も言葉を重ねた。
「罪……って言うのも、彼女に言い聞かせたいだけじゃないの?」
女王は、彩雪が自分から自立することを、恐れている。
彩雪が仲間を守れる力を身につければ、女王を頼る――闇堕ちする理由がなくなるからと水織が指摘すると、昴と共に回復に専念していた龍も声を荒げた。
「彩雪さんは弱い子なんかじゃありませんよ。誰かを守るために自分を犠牲にする選択ができる、とても強い人です」
――彩雪さんをナメるなよ?
怒りを一言に集約した龍が双眸を細め、誰よりも助けたいという想いが強かった康也も、女王と至近距離を保ちながら、積極的に言葉と刃を交わしていて。
「弱いままでいい、とは言わねー、強くなりたいって気持ち、否定はしねぇ」
黒革手袋を通して槍を構え直した康也は、穂先に螺旋の捻りを加えて突き出す。
「だけど、彩雪は弱くなんかねーよ、だって彩雪は、一度「お前」に勝ったんだ!」
何が何でも、彩雪を救出する。
その1点に統一された8人は本当に強く、女王は内心焦りを抱き始めていて。
重ねられた言葉と攻撃は力強く、視線すら受け止めようとしなくなっていた。
●
『わたしが先頭に立ち、そして導くのよ』
目に見えてわかる劣勢でも、女王は姿勢を崩さない。
再び後列に狙い定めた瞬間、治胡が横槍を入れるように網状の霊力で縛り付けた。
「確かに俺達の純粋な力はダークネスより弱い、だから共に戦うんだ」
――加賀谷、覚えてるか?
俺は今でも感謝してるんだと、治胡は微笑む。
「闇堕ちしなければ守れない? 3年前の戦い、俺を守ってくれたのは加賀谷だぜ」
仲間を庇い続けた治胡の傷から赤々と燃える炎が、女王の白い肌を照らす。
陶器のような美しい横顔に、ヴァイスが口を開いた。
「嘗て、大切な者の闇堕ちを救ってきた私にはわかる」
付け焼刃の力で強さを手に入れようと、所詮心の弱さは変えられない。
他人を犠牲に得た力、見せかけの信頼に何の価値があるのかと説くヴァイスに、女王は先程と同じ笑みを返した。
『罪で無いというのなら、教えてちょうだい?』
どうすれば、田子の浦の絶望的な状況で、誰も倒れること無く勝利できたのか、と。
ましろと昴、優志を一瞥し、柔らかく微笑んだ女王は、更に畳み掛ける。
『それとも……わたしを力づくで倒して、無力でないことを証明し――』
「うるせぇ」
その刹那、女王の言葉を遮るように赤色標識をフルスイングしたのは、昴。
シュールな光景に反して彼が激昂していたのは、目に見えて明らかだった。
「守りたいもん持ってて、その為に覚悟持って行動できる彩雪に、てめぇが敵うわけねーだろ。すっこんでろ、うずめの人形」
目の前で闇堕ちされ、ストレスフルな昴にとっては、十二分な起爆剤で。
心情が台詞になって滑ってしまうくらいには、溜まっていたらしい。
「用があるのは加賀谷だ、お前じゃない」
悪魔との語りは時間の無駄だと言うように、優志も行動阻害のサイキックで応戦する。
そうすれば、攻撃が女王に、言葉が彩雪に、届きやすくなるはずだから。
「うずめ様達は、本当に彩雪ちゃん自身を頼りにしてるの?」
ただ、強い盟主が必要なだけでは、ないだろうか。
そう指摘したましろに、女王は黙したまま、応えない。
「攻撃パターンも掴めて来たし、回復は任せた」
「そんなぁ」
攻勢に転じた昴に、龍が短い悲鳴をあげる。
けれど、すぐに切り替えるように水織の傷を癒して護りを固め、虚空の闘気を纏ったヴァイスも、魔術で引き起こした雷を撃ち放つ。
「加賀谷、音鳴がブチキレる前に帰ってこい」
「力づくってことだけど、今回も勝つんだからな、俺達と一緒に!」
絶対に取り戻す。
縛霊手に炎を宿した治胡が距離を詰めると、康也は後方の仲間を背にしつつ、冷気に変換した妖気の弾丸を、至近距離から撃ち出す。
「あなたは、盟主の器じゃないと思う……」
盟主候補となる相応の実力はあるし、きっと配下に対しても優しさを示せるだろう。
でも、そこに組織としての成長はあるのかと、水織が言葉を重ねようとした時だった。
『いらないわ、貴女の評価なんて』
激昂した女王が後列目掛けて、劇的なまでの吹雪を迸らせたのは――!
●
「大丈夫ですか?」
氷に覆われて片膝を着いた水織を中心に、龍が浄化をもたらす優しい風を招く。
けれど、瞬間的な爆発力はそれまで。灼滅者達は包囲網を維持したまま、女王を完全に追い詰めていた。
「強さを求めた理由、本当に守りたいと思ったものは何だ」
銀の髪を靡かせて己の腕を巨大な砲台に変えたヴァイスは、銃口を女王に突きつける。
何を守るために闇堕ちまでしたのか、と。
「嘗ては確かにあった、失われた自身の誇りを、想いを取り戻せ」
積み重ねて来た説得が効いているのだろう、攻撃の威力も落ち始めていて。
ヴァイスが放った毒性を持つ光線に足を貫かれた女王の体が、ぐらりと揺れる。
その隙を逃さず、治胡が声を張り上げた。
「オマエをオマエのまま必要としてるヤツがココにいる、それに応えずどっか行っちまうような意地の悪いコじゃァねーだろ」
何かと戦い、何かを守るということは、己の無力さと向かい合うことにも繋がる。
悩んでいる本人にとっては、より深刻な問題だろう。
「けど、それでも諦めず、立ち上がり進んで来た。そうだろ、加賀谷?」
今までも、これからも。
手を差し伸べるように伸ばした治胡の霊力の網は、ジャマーの優志と共に全体の命中底上げに大きく貢献していた。
「力なんていくらあっても、何の為に必要なのか忘れたら、ただの暴力でしかねーだろ」
昴は周囲を警戒しながらも、疲弊が見えてきた女王に神秘的な歌声を響かせる。
「お前の守りたかったもん、ちゃんと思い出せよ。このままだとその何か、たぶん守れなくなっちまうぜ」
催眠に誘う歌声に重ねるように水織のリングスラッシャーが宙を裂いて飛び、ましろが声を張り上げた。
「『さゆたちが力を合わせたら……絶対に負けない』んでしょ?」
強くなりたいという気持ちは、わかる。
自分も弱いから誰かが傷つき、自分が守りたいものに、いつも守られてばかりだから。
「だから次は絶対に負けない為に、みんなと一緒に強くなろうよ」
声掛けは止めず、手も緩めず、ましろは魔法の矢を真っ直ぐ撃ち放つ。
孤独で独りぼっちになってしまう前に、一緒に帰ろう、と――。
『やめて……』
ましろの強い眼差しに、女王は半歩後ずさる。
即座に祈りを捧げて傷と穢れを取り払うけれど、攻撃の手は明らかに減っていた。
「皆心配してるし、待ってる。彩雪が必要なんだ……俺だって」
よろめきながらも戦意を失わない女王に、康也も刃と言葉を重ね続けていて。
女王も最後まで抗おうと、六花の聖杖を振り上げた、その時。
「俺、彩雪が好きだ! だから、強くなるなら、一緒がいい! 一緒じゃなきゃ嫌だ!」
突然の康也の告白に、女王の瞳がはっと見開く。
虚ろだった瞳は驚きの色で瞬き、ぴたりと動きが止まった。
「彩雪さん、あなたの帰りを待っている人がいる。あなたの不在のために心を痛めている人がいるんですよ?」
その隙に、死角に回り込んでいた龍が、想いと共に鋭い斬撃を乗せる。
どうか、自分を見失わないで、と――。
「護りたかったものをこれからも護る、その為にも戻って来い」
ダークネスの『六花の女王』ではなく、『加賀谷・彩雪』を待ってる仲間が大勢いる。
そう告げた優志はクロスグレイブの銃口を解放し、真っ直ぐ突きつける。
「戻って、そいつらと一緒にまた護りたかったものを護ろうぜ?」
路を照らすように優志が放った「業」を凍結する光の砲弾が、女王の腹を穿つ。
彩雪が作り上げた、絆の力を信じて。
「加賀谷、帰って来い」
共に歩きたい、手放したくない。
重ねるように治胡に炎を叩き付けられた女王は、身を蝕む炎に体を折り曲げた。
「帰り道は照らしてやる、一緒に帰ろう!」
大切なものを守るべく更に半歩踏み込んだ康也は、槍に螺旋の捻りを加えて突き刺す。
そして、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた少女を、しっかり受け止めた。
「彩雪っ!」
腕に飛び込んで来た温もりは、とても小さくて温かくて……。
感極まって震えた唇を強く結んだ康也は、もう一度小さな体をぎゅっと抱きしめた。
●
「追手が来る様子はなさそうだな」
彩雪が闇堕ちから戻った後も、優志達は油断せずに周囲を警戒していて。
速やかにここを離れようと進言したヴァイスに、目を覚ました彩雪も頷き、ふと視線を落とす。
「……わたしは、弱くて、きっとこれからも一杯、迷惑掛けちゃいます」
――でも、やっぱり。
一度だけ瞼を伏せた彩雪はすぐに顔を上げると、8人に真摯な眼差しを向けて。
「……皆さんと一緒に、強くなっていくのが、一番幸せ、だから……ただいま、戻りました」
そう微笑む彩雪に、龍が首を縦にして頷いた。
「私も闇堕ちしたときに色々と教わりましたからね。益にはなるんですよ」
……まぁ、戻ることができればの話だけど。
龍のオチに水織が溜息を零し、目と目が合った優志とましろも軽く肩を動かして。
「何はともあれ、お帰り? 加賀谷……」
「さぁ、一緒に帰ろ?」
久しぶりに見上げた空は、黄昏色を帯びている。
差し伸ばされた手と言葉の温かさに、彩雪が柔らかく瞳を細めた時だった。
「音鳴も良かったな」
「……なんでだよ」
治胡が笑いながら昴の肘を突くと、ぶっきらぼうな少年は視線を逸らしてしまう。
「ありがとう、ございます」
黄昏色に染まり始めた山々に、春の温かさに似た柔らかな笑みが零れる。
改めて礼を述べた彩雪の首元には、真新しいネックレスが嬉しそうに揺れていた。
作者:御剣鋼 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年3月24日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 8
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